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2012年9月22日 (土)

マーク・ブキャナン「複雑な世界、単純な法則」草思社 阪本芳久訳

 数学は人間にとって唯一、終わりのない営みだ。物理学や生物学では、人間は事実上あらゆることを理解するようになるだろう。けれども、人間が数学を知り尽くすことは絶対にありえない。問題が無限にあるからだ。……だから、ぼくがほんとうに興味をもてるのは数学だけなのさ。  ――ポール・エルディシュ

【どんな本?】

 合衆国大統領から知り合いのツテを辿って、あなたに至るまで何人の人間が必要か?大抵の場合、解は6ぐらいになる。合衆国大統領に限らず、世界中のあらゆる人同士は、だいたい6人ぐらいのツテで繋がっている。「世界は意外と狭い」という意味で、これを「スモールワールド」と言う。このスモールワールドという概念は、物理学者が発見し、物理学・大脳神経学・地学などの自然科学から空港の混雑や貧富の差・エイズの感染まで、あらゆる場面で似たパターンが見つかっている。

 誰が、いつ、どんな風にスモールワールドを発見したのか。それはどんなモノで、どんな特徴があるのか。意図したわけでもないのに、自然にスモールワールドが出来上がるのはなぜか。どんな特徴があって、そんな違いがあり、どんな応用が考えられるのか。

 現代の数学・科学・経済学・社会学を横断してホットな話題となっているネットワーク科学の歴史と概要を多くのエピソードで綴り、最近(と言っても2002年)の動向を伝える、一般向けの解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Nexus : Small Worlds and the Groundbreaking Science of Networks, by Mark Buchanan, 2002。日本語版は2005年3月3日第1刷発行、私が読んだのは2005年3月18日発行の第2刷。半月で増刷だから、相当に売れたんだなあ。単行本ハードカバーで縦一段組みで本文約330頁+訳者あとがき4頁。9ポイント45字×18行×330頁=267,300字、400字詰め原稿用紙で約669枚。長編小説ならやや長め。

 翻訳物の科学・数学解説書のわりに、文章は比較的素直で読みやすい。数学といっても、特に数式は出てこないので、特に構える必要もない。敢えて言えば、指数・対数の概念があると楽、という程度。

【構成は?】

 序章 複雑な世界を読み解く新しい方法
第1章 「奇妙な縁」はそれほど奇妙でない
第2章 ただの知り合いが世間を狭くする
第3章 スモールワールドはいたるところにある
第4章 脳がうまく働く理由
第5章 インターネットが従う法則
第6章 偶発性が規則性を生みだす
第7章 金持ちほどますます豊かに
第8章 ネットワーク科学の実用的側面
第9章 生態系をネットワークとして考える
第10章 物理学で「流行」の謎を解く
第11章 エイズの流行とスモールワールド
第12章 経済活動の避けられない法則性
第13章 偶然の一致を越えて
 訳者あとがき/図版出典/原注

【感想は?】

 内容はダンカン・ワッツの「スモールワールド・ネットワーク 世界を知るための新科学的思考法」とほぼ重なる。どちらも一般向けの解説書だが、素人が最初に読むなら、本書「複雑な世界、単純な法則」を薦める。

 ワッツ本はネットワーク科学の中心的な研究者が書いた本であるためか、詳しくはあるのだが少々専門的。本書は雑誌編集経験を持つ著作の専門家が書いているためか、素人に難しい事柄を説明するコツを心得ていて、本書の方がとっつきやすくてわかりやすい。

 なぜ世界は狭くなるのか。ご近所の人同士は、互いが互いを知っている。こういう、クラスタ化した関係だけだと、世界は狭くならない。遠くに住む、滅多に会わない人との知人・友人関係(本書はリンクと呼んでいる)が、世界を狭くするのだ。誰だって、遠くに住む友人・知人または親戚の一人や二人はいるだろう。

 ダンカン・ワッツとスティーヴン・ストロガッツは、ちょっとしたシミュレーションをした。世界人口60億人を円周上に配置して、それぞれ最も近い50人と知り合いである(リンクがある)、というモデルで、最も遠い隔たりは幾つか計算した。だいたい6千万だ。次に、ランダムに遠くの人との知り合い関係を追加した。一万リンク中2本をランダムにしただけで、最も遠い人への経路は8に激減した。

 つまり、基本的には近所の人との関係が多いが、少しだけ遠くの人とも関係がある、そういう形態のネットワークが、スモールワールドの正体である。

 スモールワールドには二つの傾向がある。貴族主義的か、平等主義か、だ。

 Web だと、Yahoo! や Google へリンクを張る頁は沢山あるが、このブログへのリンクはとても少ない。人気サイトは人気がある故に更に多くの人を集め、より充実していく。モテる奴はモテるが故に更にモテる。こういう「金持ちほどますます豊かになる」減少を、本書では貴族主義的と呼んでいる。

 この場合、一般に「べき乗則」が効く。100のリンクを持つサイトが10万あれば、1000のリンクを持つサイトは1万ぐらいで、一万のリンクを持つサイトは100ぐらい。スケールがx倍になると、その条件を満たす要素は1/yに減る。世の中、大抵はそんなモンである、哀しいことに。

ちなみにこれは私の推測だが、日本のブログのページビュー(pv)とブログ数の関係もべき乗則っぽい。ロボットを除く一日のpvが100以上のサイトは全ブログの5%~20%程度、pv200以上のサイトは2.5%~10%、pv400以上は1.2%~5%程だろう。根拠は後日。

 これに対し、平等主義的なネットワークの代表として出ているのが米国の空港。ハブ空港に集中しそうなモンだが、一つの空港が処理できる便の数には限界がある。流行ってない空港は空いてるため好評で、大空港を追い出された小型機に喜ばれる。

 貴族主義的なネットワークはハブが潰されると大ダメージを受ける。web なら Google や Yahoo! が落ちると世界中がパニックになりかねないが(少なくとも私は Google と Wikipedia が落ちるとパニックになります)、このブログが消えてもたいした問題にはならない。1999年に合衆国国防省は「潤沢な資金を持つ組織的な攻撃に備えよ」との報告を受け取っている。まあ、実際には、ハブとなっているサイトほどセキュリティ体制もしっかりしてるんだけど…少なくとも、民間では。

 逆に貴族主義的な性格を利用する事もできて、例えば性病の予防。一般に性的関係は貴族主義的で、少数の人が多くのパートナーを持つ。この少数に充分な予防体制をとらせれば、性病は一気に押さえ込める。

 ただし社会的な応用には解釈の問題で面倒くさい点があって。富の偏在は交換で緩和できる、というのは分かっている。税は交換の一形態なので、税金を取って再配分すればいい。一般に消費を活発にする政策は富の再配分を促す、とまり景気が良くなれば不公平感は減るんだけど、贅沢品に重税をかけると消費を抑えるので逆効果、とある。…税金をかければいいのか、かけない方がいいのか、どっちやねん。

 途中、捕鯨を巡って日本人には少し気に障る部分もあるけど、縁故就職のコツや放浪の数学者ポール・エルディシュなど雑学的な面白さもギッシリ。電撃実験のスタンレー・ミルグラムも顔を出したりするんで、数学・科学の学際的な方面は好きだけど数式や化学式は苦手、ってな人には格好のお勧め。

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