« 新井素子「・・・・・絶句 上・下」ハヤカワ文庫JA | トップページ | トルーマン・カポーティ「ティファニーで朝食を」新潮社 村上春樹訳 »

2012年9月26日 (水)

ウィリー・ハンセン,ジャン・フレネ「細菌と人類 終わりなき攻防の歴史」中公文庫 渡辺格訳

 本書『細菌と人類』は、特に19,20世紀の研究者たちが、人類を苦しめてきた種々の病気の原因となった細菌をつぎつぎと発見した長い道のりを描いたものである。一方で、診断、予防、治療の領域で大きな進歩があったにもかかわらず、たとえば、ペスト、コレラ、結核などが21世紀初頭においても惨劇を招いていることには驚かざるをえない。  ――はしがきより

【どんな本?】

 人類を脅かしてきた伝染病のうち、ペスト・コレラ・結核など細菌に由来するものに焦点をしぼり、歴史上の流行・かつての対策と治療法・感染経路の特定・病原菌の発見・治療法の確立、そして現在の状況などを解説すると共に、その病気に関するエピソードを紹介する一般向け科学・医学・歴史ノンフィクション。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は DES BACTERIES DES HOMMES, Jean FRENEY er Willy HANSEN, 2002。日本語訳は2004年4月1日中央公論新社より刊行。私が読んだのは文庫版で2008年11月25日初版発行。文庫本縦一段組みで本文約282頁+著者のひとりジャン・フレネの「日本の読者に」2頁+訳者あとがき4頁。9ポイント40字×17行×282頁=約191,760字、400字詰め原稿用紙なら約480枚。長編小説なら標準的な分量。

 翻訳物のノンフクションとしては、かなり読みやすい部類。構成も短いコラムが繋がる形で、親しみやすい。医学の本ではあるが、一般人を読者対象とした本であり、特に前提知識は要らない。中学生レベルの理科と歴史の知識があれば充分に楽しめる。

【構成は?】

 はしがき/はじめに
ペスト/コレラ/腸チフス、その他のサルモネラ症/細菌性赤痢/発疹チフス/淋病/脳脊髄膜炎/ジフテリア/百日咳/ブルセラ病(マルタ熱)/結核/梅毒/破傷風/ボツリヌス病/炭疽病/ハンセン病
 日本の読者に/訳者あとがき

 それぞれの病気について10~30頁ごとの独立した章からなり、各章も1~8頁に区切られたコラムやエピソードから成っているので、気になった所から拾い読みできる親切設計。

【感想は?】

 伝染病と人類の関わりをざっと知るには手ごろな本。文章も平易で読みやすいし、科学・医学に関しても特に難しい前提知識は要らない。図版も反故で4~8頁に1頁ぐらいの割合で入っているし、各章にも1~2頁の面白エピソードを幾つか交え読者を飽きさせない工夫を凝らしている。

 ただ、その分、それぞれの病気や挿話については少々突っ込み不足と言うか、「もちっと詳しく教えてよ」ってな気分になり、つい Wikipedia で調べてしまったりする。訳者はあとがきで「本書が将来を担う少しでも多くの有為な若者の関心を引くことができれば、訳者の幸せこれに過ぎるものはない」と書いているので、そういう意味では見事に訳者の思惑に嵌っている。いや私は有為な若者じゃないけど。

 各章の構成はだいたい決まっていて、だいたい4つの事柄で出来上がっている。

  1. 病気の歴史。その病気が歴史上初めて現れたのはいつか,いつどんな形でどれぐらいの被害を及ぼしたか,かつてはどんな原因だと思われていたか,どんな治療や対策が取られたか。
  2. 科学・医学的な病気の解説。どんな症状か。罹患率・致死率はどれぐらいか。病因は何か。どこからどんな風に感染するのか。
  3. 現代医学への道のり。いつ誰が科学的に原因を究明したのか,予防法・治療法はいつ誰が発見したのか,その効果はどれぐらいか。
  4. 現代での各病気の位置づけ。今はどんな対策が取られているか。罹患率・治癒率はどれぐらいか。近年の動向と今後の見通し。

 科学史・医学史として読むと、やはり顕微鏡の発明の影響が最も大きく、次に予防接種、そして抗生物質の発見だろうか。冒頭にいきなりコッホ(→Wikipedia)の病因特定の四原則(→Wikipedia)があって、これを覚えておくと以降の章が理解しやすい。

  1. 病気となった動物の体内に病原菌が存在する
  2. 病原菌が純培養可能である
  3. 培養された菌を健康な動物に移植すると病気を生じさせる
  4. 菌がその(3.の)動物の体内から検出される

 なお、以降の章でもコッホ先生は大活躍なされます。
 最初の章のペストから、その衝撃は相当なもの。1340年代の流行では、「たったの5年間で、ヨーロッパの人口の半分が消えうせた」。感染源はネズミにつくノミ。ご婦人がネズミを嫌うのは理に適ってるわけ。

 致死率が高い病気も怖いが、感染しても症状が出ない人もいて、自覚症状が全くないのも、これまた困ったもの。腸チフスの項では、無症状保菌者「チフスのメアリー」の物語が怖い。1869年生まれのメアリー・マロン、1883年に新大陸に移民し、別荘の調理人として働く。ところがこの別荘に泊まった客は次々と腸チフスに感染し…

 下世話な興味で面白いのは、やっぱり性病。この本では淋病と梅毒を取り挙げている。どっちも歴史は古くて、淋病は「古代メソポタミア(紀元前6000~1000年)、あるいは、紀元前1000年頃の中近東で、楔形文字による記述が残されている」。梅毒もコロンブスが新大陸から持ち込んだと思われてるけど…

タラント湾にある紀元前80~250年のギリシア植民地メタポンテで発見された219の成人、53の小児の骨と歯を調査したところ、47人にトレポネーマ感染と考えられる症状が見つかっている。

 日本の俗説じゃ加藤清正が半島から梅毒を持ち帰ったといわれているけど、この本では16世紀にオランダ船が持ち込んだ事になっている。時代的にはどっちもアリだねえ。梅毒のルーツが分からない理由は二つあって、一つは淋病と併発してる場合が多いこと、もう一つはハンセン病と混同されがちなこと。なお、この本ではヒトラーも梅毒に感染していた、とある。バルバロッサ作戦の頃に脳までいっちゃったんだろうか。

 そのハンセン病の歴史は悲惨で、欧州でも昔から差別されていた模様。ドイツでは7世紀頃から隔離病棟が作られたけど、「隔離と重労働を目的としており」って、おい。これが病院の起源だけど、「中世の隔離施設における治療はどのようなものであったか。皆無である!」この本では感染ルートは不明って事になってて、「1995年の資料によると、ハンセン病原菌となんらかの形で常時接触している人でも95%は発病しない」。

 読んでて少々不安になるのが、各病気の現代の動向。先進国では20世紀末ごろに底を打ってるんだけど、少しづつ耐性菌が出てきている。そして、旧東側やアジア・アフリカの発展途上国では、なかなか撲滅できない。炭疽病の章では生物兵器の利点が挙げられてて…

 生物兵器の有用性とは、その大量生産が極めて安価に出来ることにつきる。1969年に専門家が調査したところ、一平方キロメートル内の民間人を攻撃するとき、通常の兵器では2000ドルかかるところが、核兵器を用いれば800ドル、神経麻痺性毒ガスは600ドル、そして、生物兵器ならなんと1ドルですむというのである。

 暗い話も多いけど、結核の章などはレントゲンなども関わって、科学の発展が人類の健康に大きく貢献する様子が心地よく楽しめる。分量も軽いし、「科学と歴史の手軽な本」が欲しい時向け。

【関連記事】

|

« 新井素子「・・・・・絶句 上・下」ハヤカワ文庫JA | トップページ | トルーマン・カポーティ「ティファニーで朝食を」新潮社 村上春樹訳 »

書評:歴史/地理」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/201750/55745259

この記事へのトラックバック一覧です: ウィリー・ハンセン,ジャン・フレネ「細菌と人類 終わりなき攻防の歴史」中公文庫 渡辺格訳:

« 新井素子「・・・・・絶句 上・下」ハヤカワ文庫JA | トップページ | トルーマン・カポーティ「ティファニーで朝食を」新潮社 村上春樹訳 »