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2012年9月15日 (土)

シャーリー・ジャクスン「たたり」創元推理文庫 渡辺庸子訳

「ねえ、不思議だと思わない?どうしてこんなに何もかもが、ずっと静かなままなのかしら。こんなふうにただ待っていても、かえって気分が落ち着かなくて、何か起こってくれた方が、よっぽどマシだって思えてくるわ」

【どんな本?】

 「魔女」の二つ名を持つアメリカの女流作家シャーリー・ジャクスンが残した恐怖小説であり、スティーヴン・キングが「過去百年の怪奇小説の中で最もすばらしい」と絶賛した事でも有名な名作。「山荘綺談」を改訳。

 丘のふもとに80年間ひっそりと建っていた<丘の屋敷>の怪の謎を解くため、心霊学研究者のモンタギュー博士は協力者とともに屋敷に泊まりこむ。ポルターガイスト現象の経験者のエレーナ・ヴァンス、透視能力を持つセオドラ、そして屋敷の相続権を持つルーク・サンダースン。見るからに禍々しい様相の<丘の屋敷>で彼らを出迎えたのは、無愛想な管理人のダドリー夫妻だった。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は THE HAUNTING OF HILL HOUSE, by Shirley Jackson, 1959。日本語版は以前早川書房から出ていたが、私が読んだのは創元推理文庫版で1999年6月18日初版。文庫本縦一段組みで本文約313頁。8ポイント42字×18行×313頁=約236,628字、400字詰め原稿用紙で約592枚。長編小説としては標準的な分量。

 新訳のためか、古い作品のわりに拍子抜けするぐらい読みやすい。著者の語りの巧さもあって、終盤は紙面から目を離すのに苦労する。

【どんな話?】

 心霊研究家のモンタギュー博士は、80年間ひっそりと立つ“幽霊屋敷”の謎を解くため、泊り込みの実験を計画し、協力者を集める。現れた協力者は二人、加えて屋敷の所有者から一名の参加を要望され、受け入れる。

 32歳のエレーナ・ヴァンスは、病弱で小言が煩い母親の介護で11年間孤独に暮らしてきた。姉と義兄とも折り合いが悪く、友達もいない。突然に飛び込んできたモンタギュー博士の招待状に反対する姉夫婦を押し切って、エレーナは実験に参加する。

 明るく独立心の強い女性セオドアは、折り悪くルームメイトと大喧嘩したため、ほとぼりを冷ますため実験に参加した。屋敷の現所有者である叔母に疎まれた「不良の甥」ルーク・サンダースンは、面白がって参加を決めた。

【感想は?】

 巧いわ、この人。特に会話が巧い。

 序盤、エレーナ・ヴァンスが屋敷に辿りつくまでの記述が、一気に読者を物語りに引き込む。彼女と姉夫婦が車の使用を巡って争う会話が、それまでのエレーナの人生を要約しているようで、実に見事。姉とその夫の性格やエレーナとの関係について、直接は何も語っていないのに、ひしひしと関係が伝わってくる。おためごかしで言いつくろいつつ、相手の全てを否定する人間のいやらしさを、会話だけで伝える技術は名人芸。

 基本的な登場人物は四人。実験を計画したモンタギュー博士、参加者のセオドラ、屋敷の相続権を持つルーク、そしてエレーナ。物語は基本的にエレーナの視点で語られる。この視点が、特に後半、この小説では大きな意味を持ってくる。

 エレーナという人物の造形が、この作品の大きな魅力を生み出した。内気で引っ込み思案、人と張り合うのが苦手。姉夫婦との会話に続き、老女との会話が、これまた彼女の性格を雄弁に物語る。年頃は同じだが、明るく独立心旺盛なセオドアと彼女を対比させることで、この物語は大きな効果をあげている。

 終盤、エレーナが屋敷に泊まる各員の会話を盗み聞きする場面は、「もうやめてくれ~」と言いたくなるほどの痛さ。なぜにここまでエレーナをいじめるのか著者よ。

 会話の巧さが出ているもう一つの場面は、モンタギュー夫人の登場シーン。今まで鬱々とした物語に、突如現れた異分子として彼女が登場するのだが、そのキャラクターの強烈なこと。それまでの緊張の反動もあって、思わず笑い転げてしまった。博士の好みもよくわからん。

 もともと「山荘綺談」というタイトルで紹介された作品だけに、もう一人?の主人公は<丘の屋敷>。1959年のアメリカの作品だけに、一応は電気やガスもあるが、暖炉もある。カタログ・スペックだけで見たら、結構贅沢。埃臭いかと思ったら、通いの管理人ダドリー夫妻がちゃんと保守してる。

 見るからに不気味な屋敷の管理を任されるだけあって、ダドリー夫妻もなかなかの曲者。初登場時から明確な悪意を見せ付ける夫も相当なものだが、存在感が大きいのは、やっぱりダドリー夫人。事務的な会話の中で感情的な交流をきれいさっぱりと拒絶する姿勢は、クールなんてもんじゃない。

 その夫妻がいるのは昼だけ。「夜に何を叫んでも、わたしどもには聞こえません。誰にもです」とエレーナたちを脅すダドリー夫人。いかにも抑揚のない感じが、嫌な予感を逆に盛り上げる。

 肝心の「怪」は、セオリーどおり次第に盛り上がってくる。特に怖いのが、<屋敷>が明確なメッセージを示す部分。いやメッセージの意味はよくわからないんだけど、何かを伝えたがっているのはハッキリとわかる。その意味を想像すると…

 エンディングは、唐突で衝撃的。思わず何度も読み返してしまった。これもまた、その後の展開を考えると、怖くもあるけど、それ以上に私は切なかった。だってさあ、きっと、心配するのは別の事だろうし。間違った人物に感情移入したせいかもしれない。

 「魔女」の二つ名は伊達じゃない。屋敷より怪奇より、こういう救いのない心理劇を容赦なく抉り出す著者が一番怖い。

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