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2012年9月 2日 (日)

ユージーン・H・カプラン「寄生虫のはなし わたしたちの近くにいる驚異の生き物たち」青土社 篠儀直子訳

 1937年の万国博覧会で、やせ薬だとのふれこみで、ある製品が売られたことがあった。やがてスキャンダルが勃発する。この製品の有効成分として、ヒトに寄生するウシのサナダムシ、無鉤条虫の頭節が大量に使われているとわかったからだ。
 このサナダムシ薬は、健康でがっしりとした太り気味の人には効かなかった.。

【どんな本?】

 ホフストラ大学海洋研究所所長の著者が、世界各地で実際に観察・体験した寄生虫や、学生に実地訓練を行った阿鼻叫喚の授業の様子を交えつつ、なまなましくもユーモラスに、寄生虫や共生のエピソードを紹介する一般向けの科学解説書。

 出演者はマラリア原虫・カイチュウ・フィラリア・日本人に馴染み?のアニキサスなどの寄生虫を始め、ヒル・珊瑚・カッコウ・コバンザメなどバラエティ豊か。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は What's Eating You? : People and Parasites, by Eugene H. Kaplan, 2010。日本語版は2010年12月30日第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約404頁。9.5ポイント46字×18行×404頁=334,512字、400字詰め原稿用紙で約837枚。長めの長編小説の分量。

 文章は、翻訳物の科学解説書として標準的な読みやすさ。科学解説書だが、数式や分子式は出てこないので、特に前提知識は要らない。国語が得意なら中学1年生でも充分に読みこなせる。ただ、単位系がヤード・ポンド系なのは少し不親切。また、テーマが寄生虫だけに、潔癖症の人にはお勧めできない。

【構成は?】

 はじめに――個人的寄生体/謝辞/おわび/生命の神聖さについて
序章 しょっぱい解決――内なる海
第1章 微笑の国……赤痢アメーバ
第2章 ヨルダン・ローズとの遭遇……リーシュマニア
第3章 わたしはアフリカに農場を持っていた……マラリア原虫(1)
第4章 あるマウスの死……マラリア原虫(2)
第5章 親密な関係……カイチュウ
第6章 肛門をのぞき見る――わが子の……ギョウチュウ
第7章 ぶらぶらイヌ……フィラリア
第8章 燃えるヘビ……メジナ虫
第9章 ほとんどありえないこと……アニキサス
第10章 反ユダヤ主義のサナダムシ……サナダムシ(1)
第11章 母はわたしにほんもののドクターになってもらいたかった……サナダムシ(2)
第12章 マーフィー夫人の赤ちゃん……サナダムシ(3)
第13章 マッチョ・テストに落第した日……肺吸中
第14章 聖書のなかの災い……住血吸虫(1)
第15章 路地裏のネコとカモメたち……住血吸虫(2)
第16章 よりよいネズミ捕り……吸虫たちの上陸
第17章 スキャンダルと幽霊……単生吸虫
第18章 とげとげ頭の怪物たち……鉤頭虫
第19章 血を吸う野獣たち……ヒル
第20章 ゴキブリに寄せる頌歌
第21章 コウモリ、虫、咬みつくやつら
第22章 ちっちゃなノミの背中にもっとちっちゃなノミが
第23章 毛ジラミ撃退法
第24章 野生の処女たち……ハエ、トリパノソーマ
      説明不可能な行動――すぐれて親密な関係というものがある
第25章 さかさまの世界
第26章 カリブの一日
第27章 チー、チー、シジュウカラさん――カッコウの話
第28章 生命のゲーム――そのカテゴリーに名前をつけよ
第29章 讃歌……カエルと寄生虫
第30章 旅行者に送るチップ……ランブル鞭毛虫、マンソン孤虫、ヒトヒフバエ、肝蛭
 エピローグ
  典拠/図版引用文献/訳者あとがき/用語集/索引

 ほぼ独立した10~20頁の章が並んだ構成なので、気になる所だけを拾い読みしてもいい。注は同じ見開きまたは次の見開きにある。

【感想は?】

 テーマが寄生虫なだけに、繊細な人は注意。しばらく寿司や生野菜が食べられなくなる。ヌトヌト・ウニョウニョな生き物が続々と出てくる上に、糞便や解剖の話も多いので、想像力豊かな人も食前に読むのは控えよう。動物実験では意図的に猫やマウスを寄生虫に感染させる場面もあるので、動物愛護精神に富む人も避けるが吉。では、覚悟はいい?

 出てくる寄生虫は、やはり人間に寄生するものが多く、様々な地域のエピソードが出てくる。

 いきなり怖いのが、リーシュマニア。食糧問題などでおなかの膨らんだ子供の写真をよく見るが、その原因のひとつがこれ。本来なら免疫機能を果たすはずの白血球に潜み、肝細胞に入りこむ。細胞と大量の白血球で脾臓・肝臓が膨らみ、腹水が溜まって腹が膨らむ。伝播するのは地を吸うサシチョウバエ。ネズミ・猫・イヌ、そしてヒトを襲うので、ペットや家畜からも感染してしまう。

 社会問題として考え込んでしまうのが、エジプトの灌漑用水路の巻貝に潜むセルカリアが伝播するビルハルツ住血吸虫。ヒトの皮膚から侵入し肝臓で成長し、膀胱の上の血管に住み着き、毎日数百の卵を産む。卵は炎症を起こして膀胱に穴をあけ、多ければ毎日約0.5リットルの血液が漏れる。尿はオレンジ色に染まり、身長は伸びず、肝硬変を患い、疲労倦怠感を抱える。古代エジプトのミイラの肝臓からも痕跡が見つかっている。

 アスワン・ハイダムで増えた水路が感染率を100倍に跳ね上げた、というから酷い。著者はアスワン・ハイダムに批判的で、「7つの災い」を挙げている。

  1. ナイル川が運ぶ肥沃な土壌が失われ収穫が減り、農民は欧米から肥料を買う羽目になった。
  2. 農地拡張で収穫物を入れる倉庫が増えラットの生息地も拡大し、線ペスト襲来の危険が増えた;ラットにつくノミが感染源。
  3. ナイルが運ぶ肥沃なミネラルが地中海に入らなくなり、漁獲高が減った。
  4. ナセル湖の造成で村人が退去させられた。
  5. 灌漑用水路が住血吸虫病を蔓延させ、ダム完成後の四年で元は10%だった子供の感染率が7倍になった。
  6. 住血吸虫は膀胱がんの発症率を上げる。
  7. 中東戦争でエジプトが勝てないのは農民兵士が住血吸虫病で弱っているから?

 こじつけっぽいのもあるけど、特に熱帯で水路を下手に弄ると思わぬ副作用がある、と実感させられる。

 教授としての著者の姿勢がよく出ているが、授業でマウスにマラリア原虫を感染させる実験。学生を二人一組にし、「マウスの命を救え」と課題を出す。中にはジントニックをマウスに与える生徒もいるとか。結局、約二週間でお陀仏なんだけど。

 最近はあまり見ないけど、昔は住居にネズミがいた。これが媒介するのがサナダムシ。なんとモスクワじゃ97%の感染率って、大丈夫かおい。コネティカット州のペットショップで売られていたラットの1/3が小形条虫に感染していた例もある。けどサナダムシは腸内で「人口」を調整し、あまり悪さはしない模様。また「ほとんどの甲虫にはサナダムシがいる」ので、カブトムシを飼うなら注意が必要かも。

 笑っちゃったのがシラミの対処法。胸毛や腕毛に住み着くコロモジラミは衣服に住み着くので、「医学文献では、コロモジラミを退治する策として、三、四日服を着ないでいることが推奨されている」。裸族は清潔なのだ。ちなみに毛シラミの退治法は…

  1. 陰毛の中心部分を、幅一インチの帯状に剃る。
  2. 片側の陰毛部分にケロシンを塗る。
  3. そこに光を当てる。
  4. シラミが剃毛部分に出てきたら、アイスピックでつぶす。

 末尾近くになると深海の熱水噴出孔の生態や、サンゴと藻の共生など、本業の海洋生物の話は中心になって、最後は爽やかな気分で読了できた。

 しかし、これだけ多様な寄生虫がいて、よくも今まで人類は生き延びてこれたなあ。つくづく感心してしまう。

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