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2012年8月12日 (日)

クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学 あなたの脳が大ウソをつく」文藝春秋 木村博江訳

 フラッシュバルブ記憶を人に話したり、人に話してもらったりすると、何時間でも会話がはずむ。今度あなたが退屈なディナーパーティーに出席したときは、試してみるといい。

【はじめに】

 一時期、話題になった動画がある。下の動画を見て、白シャツの選手がパスする回数を数えてみよう。英語の解説も入れ、全部で1分42秒の動画だ。他の動画も、サイト The Invisible Gorilla から参照可能。

【どんな本?】

 モーツァルトを聞くと頭がよくなる?運転中の携帯電話がいけない理由は片手が塞がるから?はしかの予防接種は自閉症を招く?サブリミナル広告は危険?雨の日はリューマチが痛む?…。世にある俗説の多くは、ちょっとした勘違いが元になっている。人はどんな勘違いをするのか、なぜ勘違いをするのか、どんな勘違いがあるのか、その傾向は。2004年イグ・ノーベル賞を受賞した著者が、多くのエピソードを交え、人がおかしがちな勘違いを語る、一般向けの楽しい解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Invisible Gorilla and other ways our intuitions deceive us, by Christopher chabris & Daniel Simons, 2010。日本語版は2011年2月10日第一刷。私が読んだのは2011年5月5日の第三刷。単行本で縦一段組み本文約300頁+訳者あとがき3頁+成毛眞の解説「脳トレ・ブームに騙されるな!」4頁に加え、参考文献がなんと53頁の充実ぶり。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も、参考文献こそ充実して学術書のような体裁だが、中身は親しみやすく分かりやすい。上の動画でわかるように、語り口がユーモラスなのでとっつきもいい。書名に「科学」とあるが、特に難しい前提知識もいらない。ただ、米国の読者を対象としているので、一部のエピソードは日本人にピンとこない物もある。

【構成は?】

 はじめに 思い込みと錯覚の世界へようこそ
実験Ⅰ えひめ丸はなぜ沈没したのか? 注意の錯覚
実験Ⅱ 捏造された「ヒラリーの戦場体験」 記憶の錯覚
実験Ⅲ 冤罪証言はこうして作られた 自信の錯覚
実験Ⅳ リーマンショックを招いた投資家の誤算 知識の錯覚
実験Ⅴ 俗説、デマゴーグ、そして陰謀論 原因の錯覚
実験Ⅵ 自己啓発、サブリミナル効果のウソ 可能性の錯覚
 おわりに 直感は信じられるのか?
  謝辞/訳者あとがき/参考文献/解説 脳トレ・ブームに騙されるな! 成毛眞

【感想は?】

 最初の動画は、「実験Ⅰ注意の錯覚」で使ったもの。知っている人はひっかからないのが、この実験の辛いところ。テーマはパスの回数ではなく、途中のゴリラの乱入に気づくか否か。約半数の人が気づかないというから驚き。ちなみに気づかない人に傾向はなく、敢えて言えばバスケットボールの選手は気づく傾向が高いが、ハンドボールの選手は他の人と似たような成績だとか。

 「つまり人の注意力には定量があって、一つに集中すると他の事が疎かになるんだ」と著者は説く。ここではもうひとつ、重大な提言をしている。自動車の運転中、ハンズフリーの携帯電話は安全か?

 危険なのだ。信号の停車や、いつもの角を曲がるなど、慣れた動作は問題ない。だが、予想外の事態への反応が遅れる。想定内の変化には問題ないため、ドライバーは安全だと思いがちだが、多くの事故は想定外の事態で起きる。そして、想定外の事態への注意力は、携帯電話の会話に奪われる。

 などと、ユーモラスな実験やエピソードと深刻な問題を適度に混ぜ、人間が陥りがちな勘違いの傾向と原因をひとつひとつ暴いていく。心理学の本だが、エセ科学に巻き込まれないための心得も綺麗にまとまっている。例えば、原因の錯覚を三つに分類していて、これがなかなか便利。

  1. 偶然のものにパターンを見いだし、そのパターンで将来を予測する。
  2. 二つのものの相関関係を、因果関係と思い込む。「アイスクリームが売れると水難事故が増える」
  3. 前後して起きたことに、因果関係があると思い込む。はしかの予防接種を受け終わる頃に、自閉症の診断が可能になる。

 ちなみに予防接種と自閉症の因果関係は見つかっていない(というか今は複数の遺伝子が自閉症に関わっているという見解が主流)、リューマチの痛みと雨は無関係、サブリミナル効果はでっちあげ。

 困ったことに、人は統計より個々のエピソードを重視する傾向があるし、マスコミはデマの取り消しに不熱心だ。モーツアルトの実験で使ったのは「二台のピアノのためのソナタ」だったが、噂に便乗したレコード会社は多くのCDを出したが、「二台のピアノのためのソナタは、どのCDにも入ってなかった」。ちなみに追実験だと、ポップ・ミュージックを聞いた子供の成績が最も良かったそうな。つまりは気分がいいと知能テストの成績も上がるんだろう、と著者は推測している。

 IT系の開発者には耳が痛いのが、「知識の錯覚」。世界最優秀プログラマーを決めるトップコーダー・オープンで2008年に優勝したティム・ロバーツの戦略は…

最初の一時間を使って仕様書を調べ、その製作者に、少なくとも30項目の質問をおこなった。そして完全に問題を理解したのを確認したあと、ようやく彼はデータのコード化を開始した。

 いきなりコードを書き始めて痛い目を見た経験がありませんか。私はあります、しかも数え切れないぐらい何度も。えっへん←威張ってどうする
 やっぱり開発で失敗しやすいのが見積もり。大抵は甘すぎてデスマーチになる。これも面白い手法を著者は提案してる。ひとつは似た案件を過去の記録から掘り出して参考にすること。もうひとつが面白い。

ほかの人たちに新鮮な目で計画案を見てもらい。見積もってもらうのも一つの方法である。"彼ら”が計画を実行した場合ではなく、あなた(あるいは、あなたが依頼する建設業者やあなたの部下など)が、実行した場合を見積もってもらうのだ。

 この項で面白かったのが、もう一つ。使い慣れているものは、その構造を理解していると人は思いがちだって事。あなた、トイレのウォーターハンマーの仕組みを説明できますか?私はできません。えっへん。

 疑似科学への免疫をつけるにもよし、逆用して効果的なプレゼンテーション作成に活用するもよし、情報リテラシー養育に使うにもよし。ト学会系の本が好き(だけどマニアというほどでもない)人なら、きっと楽しめる。

 ちなみに冒頭の引用のフラッシュバルブ記憶とは、911や311など衝撃的な事件報道に接した際、人は自分がどこで何をしていたか、などを鮮明に覚えているという現象。鮮明ではあるが、実はあまりアテにならないそうな。

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