篠田節子「はぐれ猿は熱帯雨林の夢を見るか」文藝春秋
「こういう会社で、社長が背広なんか着て、ぶっつわりこんでたら、事業を大きくすることはできません。あたしは、どこにでもトラックで駆けつけます。魚の顔見りゃ,あんた、世界が見えまっせ。市場の職員にナメられることもない」 ――深海のEEL
【どんな本?】
直木賞作家篠田節子の、現代~近未来を舞台とした本格SF作品集。SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2012年版」のベストSF2011国内編でも、堂々12位にランクイン。書名や集録作のタイトルは有名作品のパロディのため、軽い作品を集めたような印象を受けるが、中身は惜しげもなくアイデアをブチ込んだ、紛れもない現代SF傑作集。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2011年7月10日初版発行。初出は「オール讀物」2009年二月号~2011年三月号。単行本縦一段組みで本文約300頁。9ポイント43字×19行×300頁=約245,100字、400字詰め原稿用紙で約613枚。長編小説としては標準的な分量。
文章は抜群に読みやすく、一気に引き込まれてスイスイ読める。SFだけに理科っぽい部分は多少あるものの、わかんなければ読み飛ばしても結構。ソコも美味しいのは確かだが、それ以外にも美味しいところがてんこもりなんでご安心あれ。
【収録作は?】
- 深海のEEL
- その年、駿河湾のタカアシガニ漁の引き網漁船は異変に見舞われた。お目当てのタカアシガニは全くかからず、2メートルを超えるウナギばかりだ。これでは大きすぎて蒲焼にならず、値がつかない。そこに現れたのが激安寿司の金太郎チェーンの社長。現金で全部を買い入れ、颯爽と去ってゆく。
非鉄金属の五洋マテリアルから外郭団体の特殊法人に体よく出向に出された斎原は、役人相手の接待に苦りきっていた。締めの鰻重をつまんだところ…
間違いなく本格的な海洋SFであり、現代日本を支える縁の下を描く産業SFでもある。話がテンポよくコロコロ転がっていくのがコメディ調で気持ちいい。テンポこそコメディ調だが、冒頭の引き網漁船から水産物の流通、金太郎チェーンのビジネスの秘訣や斎原の奮闘など、産業界から省庁の絡みなどのリアリティは抜群。人物像はコミック風にデフォルメしながらも、組織間の駆け引きは「いかにもありそう」な線に落ち着かせる匙加減は絶妙の職人芸。 - 豚と人骨
- すったもんだの相続争いが一段落し、祖父の家はマンションに建て替えることになった。ところが、施工を請け負う吉松建設から不吉な電話が俊秀に入る。なんと、人骨が出たというのだ。だが、人が触れたとたんに骨は霧散してしまう。見なかった事にして更に掘り進むと、巨石の下に無数の骨が…
これもまたテンポがいい上に、話が二転三転するサービスぶりが見事。関東平野じゃ工事中に骨が出るって話はよくあって、長期間の工事中断に泣かされる施工主も多い。アクの強い登場人物が多い中でも、際立ってるのが法医学博士の藤堂。彼の変態紳士っぷりには、ひたすら脱帽。「なにやら世知辛い話だなあ」などと思ってると、たいへんな方向に話は転がっていき、壮大なビジョンへとつながっていく。最近のアメリカ作家なら長編にしちゃう話を、徹底して凝縮した贅沢な作品。 - はぐれ猿は熱帯雨林の夢を見るか
- 藍子は田舎町の一軒家に住み、松沢科学に勤める独身OL。事務所には六十近い社長と奥さん、定年近い総務部長しかいない。昨日までは取引先の興田電気の開発チームの一人、金森がいたのだが、既に引き上げていた。藍子は物静かで穏やかな金森が気になっていたのに。
金森の机を整理し、見つけた不思議な携帯ストラップを記念品がわりに家に持ち帰った藍子は、40cmぐらいでキャタピラ駆動のラジコンカーに付きまとわれ…
海洋産業SF、怪奇物ときて次はどうなるかと思ったら、若い女性が付きまとわれるサスペンス仕立て。これも感心したのが、興田電気の設定。ハイテク企業が、土地の安い地方に研究・開発の拠点を置くのは、最近じゃよくあるケース。「こんなこともあろうかと」が出ないのが不思議な浅賀工場長がいい味出してる。初出は「オール讀物」2010年五月号だが、むしろ「トランジスタ技術」あたりに載せたら好評なんじゃないかと思う。また、森博嗣が好きな女性の感想も聞いてみたい。 - エデン
- 63年もかかった工期が、明日、終わる。極寒の地で続いた、トンネル工事。その向うには、何があるのか、誰も知らない。掘り進むのは、巨大なトンネルボーリングマシン。地表に出るには、一時間以上もトラックで走る必要がある。地表に出ると、夜空には見事なオーロラが広がっている。
隔絶された村で、物静かに禁欲的に生きる村人たち。単調で刺激のない生活に放り込まれた日本人青年。いったい、この村は何なのか。何か宗教的なコロニーなのか。ヤマギシ会のような怪しげな思想集団なのか、それとも異界に迷い込んだのか。今までの彼女の作品をヒントに考えてたら、これまた見事なオチに背負い投げを食らう繊細にして豪快な作品。
「ベテラン直木賞作家の書くSF」とはとても思えない。いや確かに文章はスラスラ読めるし人物造詣も確かだし、社会背景もしっかりしてる。が、何より、作品にみずみずしさが溢れている。著者名を伏せて「大型新人作家の作品集」といわれたら、私は素直に信じ込んで絶賛するだろう。特に表題作の「はぐれ猿は熱帯雨林の夢を見るか」。
SF的な仕掛けも、煩いSF者をうならせる細やかさを備えると同時に、疎い読者を煩わせない絶妙の加減に仕上がっている。それより何より、「今、自分が置かれた立場に微妙に馴染めない若者の孤独感と孤立感」は、若手SF作家こそ得意とする感覚だろうに、ベテランの著者がこうも見事に描くとは。
私がこの作品を読んで連想したのが、これ。リンク先は微妙にネタバレなので要注意。話題を呼んだ一作目に比べ、微妙にカルトな扱いをされてるけど、あまり期待せずカップルで暇つぶしに観るには格好のお勧めの映画。
SF周辺的な作品を書いていた著者だからどうなるかと思ったら、小松左京や小川一水の向うをはる本格SFが詰まってて、綺麗に背負い投げを食らった気分になった。
【関連記事】
| 固定リンク
「書評:SF:日本」カテゴリの記事
- 酉島伝法「るん(笑)」集英社(2022.07.17)
- 久永実木彦「七十四秒の旋律と孤独」東京創元社(2022.04.06)
- 菅浩江「博物館惑星Ⅲ 歓喜の歌」早川書房(2021.08.22)
- 小川哲「嘘と正典」早川書房(2021.08.06)
- 草上仁「7分間SF」ハヤカワ文庫JA(2021.07.16)
コメント