ロバート・R・マキャモン「スワン・ソング 上・下」福武書店 加藤洋子訳
「あの娘を護ってやれ、いいな?きっといつか、彼女にも自分がいったい何ができるのか、はっきりわかるようになるだろう。つまり、いまおれがいったようなことだ。彼女を護ってやれよ、わかったな?」
【どんな本?】
核戦争後の荒廃したアメリカを彷徨う三組の旅人たち。幼い少女スワンと元悪役レスラーの黒人ジョシュ、ベトナム帰還兵マクリン大佐とゲームおたくのローランド少年、そして狂ったホームレスおばさんシスター率いる一行。日は厚い雲に遮られ汚染物質を含む雪が舞う死の世界で三者が出会うとき、聖と邪の最終決戦が始まる。
1987年度ブラム・ストーカー賞・1994年日本冒険小説協会大賞受賞の娯楽長編小説。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は SWAN SONG, by Robert R. Mccammon, 1987。日本語版は1994年4月11日初版第一刷発行。今は福武書店から文庫版が上下巻で出ている。私が読んだのは新書版で上下巻。縦一段組みで本文は上巻約630頁+下巻612頁に加え訳者あとがき8頁。9.5ポイント41字×18行×(630頁+612頁)=916,596字、400字詰め原稿用紙で約2292枚。そこらの長編小説なら4冊分の大ボリューム。
当事の翻訳物としては文章は読みやすい方。ただし単位系がヤード・ポンド系なのがちと辛い。ボブキャット(→Wikipedia)って何かと思ったら、北米のオオヤマネコの一種なのね。
解説を策に読む人は、要注意。感動的な場面のネタを明かしちゃってる。こういう物語で「誰が生き延びて誰が死ぬか」は重要な要素だと思うんだが。
【どんな話?】
7月17日、世界は核戦争で滅びた。
黒人の悪役プロレスラーのジョシュは、移動中に立ち寄ったガソリン・スタンドの地下室に店長のポーポー,あばずれ女のダーリーンとその9歳の娘スワンと共に閉じ込められ、九死に一生を得た。マンハッタンの狂ったホームレス女シスターは、地下鉄の下水路で命拾いした。ベトナム帰還兵のマクリンとローランド少年は、民間の核シェルターにいた。
生き延びた彼らが見た世界は、地獄だった。都市は破壊しつくされ、地には死体が転がっている。空には厚い雲が立ち込め、7月だというのに吹雪が吹きすさぶ。辛うじて生き延びた人々も、放射能障害でアタバタと倒れてゆく。生存者たちは、残った食料や燃料などの生活必需品を奪い合い…
【感想は?】
この本は危険。下巻を読み始めるなら、充分な時間の余裕を取っておこう。私は「下巻はどんな感じなんだろ」と読み始めたが最後、「もうちょっとだけ」「次の場面転換まで」「この章が終わるまで」とズルズルと頁をめくり続け、気がついたときは深夜で残りは1/3。後はご想像のとおり。
この頃のマキャモン作品には、拭いきれないB級臭がある。考証は甘いし、人物は類型的、演出は「どっかで見たよね」感ありあり。でもいいのだ。収まるべきモノが収まるべき所に収まって、「うんうん、そうこなくっちゃ」な気持ちで読み終えられれば。そーゆー物語が欲しい時ってのが、人にはあるのだ。
コミック的と言うより、漫画的なのだ。いやアメコミはよく知らないけど。弱くて傷ついた人たちが、智恵と勇気と意思を振り絞り、強大な力を持つ邪悪なものに立ち向かい、少しづつ絆を深めていく、そーゆー王道の話が気持ちいいのだ。
著者が南部出身のためか、プロテスタント的な匂いもプンプン。ジョシュって名前もヨシュア(→Wikipedia)を思わせるし、途中で何度も聖書の引用が出てくる。また、幾つかのシーンでは教会が象徴的な意味を果たす。「南部ってのは、そういう感覚なんだな」ぐらいに思っておこう。
などと文句ばかり言ってるようだが、物語の面白さは抜群だし、終盤は感動の嵐。今まで着々と積み重ねた伏線が次々と回収され、お話はどんどん盛り上がっていく。私が一番好きなのは、ジョシュの帰還場面。類型的といえば類型的だけど、やっぱり彼の最後はこうでなくちゃ。
基本構造は正邪の戦い。なんだが、悪役側は強固な信念を持っているのに対し、善玉は「普通の人」なのに注目して欲しい。スワンは不思議な力を持つが、中身は貧しい普通の女の子。アバズレな母に連れられ各地のトレーラーハウスを転々とし、望みは「数ヶ月、一箇所に定住すること」。そうすれば友達ができるから。泣かせます。
彼女の保護者となるジョシュはコワモテの黒人で大男。優れた体格と運動神経を活かし悪役レスラーとして活躍中。初登場の場面から機転が利き根は優しい事をうかがわせる。別れた女房と子供に未練たっぷりで、トレーニング不足が気になっちゃいるが、とりあえず今日はドーナツ食って寝ちまおう…と、まあ気は優しくて力持ちだけど、特に禁欲的でもない普通の男。たまたま「最後の日」にスワンと一緒にいたため、彼は大きな役割を背負う羽目になる。
マンハッタンで浮浪者生活を送るシスターは、ちとオツムがイカれてる。全財産が入ったバッグを後生大事に抱え、同じ浮浪者同士の縄張り争いなどの荒事にも慣れている。彼女がマンハッタンの廃墟でガラスの不思議なリングを拾った時、彼女は大きな運命に巻き込まれ…
スワン・ジョシュ・シスター共に、世界をどうこうしようなどと願っちゃいないし、自分が重要な人間だとも思っちゃいない。いつの間にか変な役割を割り振られ、とりあえず今日を生き延びながらアメリカを彷徨っているだけ。
ところが、悪役側は明確な「理想の世界像、自分のあるべき姿」を持っているのが皮肉。特に明確なのがマクリン大佐。彼の望む清浄なる世界、そこに生きる人々のあるべき姿、そして果たすべき役割は、確かに規律正しく禁欲的なんだが、同時に極めて傍迷惑なシロモノ。この辺、信心深い南部に育ちながら相応のバランス感覚を備えた著者の思想が出ているのかも。
ホラー作家に分類されるだけあって、悪役の造形が印象的なのも、この作品の味。アルヴィン天帝の登場場面は、呆れるやら笑うやら。なんだよその玉座。70年代~80年代のホラー映画に詳しい人は、次から次へと登場するクリーチャーに、きっと大喜びするんだろうなあ。私はあんまりネタが分からなかったけど。
もう一人印象的なのが、ファット・マン。「いやこの状況でコイツはねーだろ」などと突っ込み入れちゃいけません。こういう安っぽいホラー映画っぽいノリも、当事のマキャモンの外せない味。まあホラー映画だけあって、相応しい運命が舞ってるんだけど。
悪役がエキセントリックなのに対し、善玉の脇役は「そこらにいるオッサン・オバハン」的な人が多い。というか、そういう普通の人が燦然と輝く場面が随所にあるのも嬉しいところ。流れ的に下巻に偏っちゃうんだけど。
女性ではアナ・マクレイおばさん。アーカンソー出身でサーカスの雑役婦をしてた人。あなたの職場にもいませんか、何でも屋的な立場で細々とした仕事を一手に引き受けてる古株の女性が。普段は目立たない彼女が、危機に瀕した緊急集会で切る啖呵のカッコいいことったら。
男性でカッコいいのは、スライことシルベスター・ムーディ。元は林檎農園を営んでいた老人。ワケありの奥さんと暮らしてる。彼が奥さんとの馴れ初めを語る場面は、男のしょうもなさを…って、そっちじゃなくて、光るのは彼が再び登場する場面。彼の再登場で、物語は俄然勢いを増していく。下巻中盤で、くたびれた爺さんが最高の見せ場を作ってくれる。
物語は、終末後の世界で、最後に残された希望のスワンと、彼女に襲い掛かる悪の軍団の最終戦争へと雪崩れ込む。オカルト風味の仕掛け、ハッタリの利いた演出、そしてお約束をキッチリ守ったエンディング。安っぽいけど、考証は甘いけど、類型的だけど、やっぱり王道の展開には否応なしに泣かされるのだ。
【関連記事】
| 固定リンク
« ティム・ワイナー「CIA秘録 その誕生から今日まで 上・下」文藝春秋 藤田博司・山田侑平・佐藤信行訳 2 | トップページ | ブライアン・フェイガン「水と人類の1万年史」河出書房新社 東郷えりか訳 »
「書評:フィクション」カテゴリの記事
- ドナルド・E・ウェストレイク「さらば、シェヘラザード」国書刊行会 矢口誠訳(2020.10.29)
- 上田岳弘「ニムロッド」講談社(2020.08.16)
- イタロ・カルヴィーノ「最後に鴉がやってくる」国書刊行会 関口英子訳(2019.12.06)
- ウィリアム・ギャディス「JR」国書刊行会 木原善彦訳(2019.10.14)
- 高木彬光「成吉思汗の秘密」ハルキ文庫(2019.06.19)
コメント