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2012年8月13日 (月)

メアリー・シェリー「フランケンシュタイン あるいは現代のプロメテウス」光文社古典翻訳文庫 小林章夫訳

「呪われし創造主よ!おまえすらも嫌悪に目を背けるようなひどい怪物を、なぜつくりあげたのだ!神は人間を哀れみ、自分の美しい姿に似せて人間を創造した。だがこの身はおまえの汚い似姿に過ぎない。おまえに似ているからこそおぞましい。サタンにさえ同胞の悪魔がいて、ときに崇め力づけてくれるのに、おれは孤独で、毛嫌いされるばかりなのだ」

【どんな本?】

 SFの原点と人はいう。19世紀イギリスの作家メアリー・シェリーが、バイロン卿らとスイスを訪れた際の会合を機として書き上げた、怪物を作った男と、男に作られた怪物の物語。今やドラキュラ・狼男と並ぶモンスターの常連だが、実は「フランケンシュタイン」は怪物を作った男の名前で、怪物自身に名前はついていない。不憫だ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Frankenstein ; or, The Modern Prometheus, 1831, by Mary Shelly。今回読んだ日本語版は2010年10月20日初版第1刷発行。文庫本縦一段組みで本文約378頁+1831年版まえがき+1818年初版序文+訳者による解説+訳者あとがき+メアリー・シェリー年譜。9ポイント38字×15行×378頁=215,460字、400字詰め原稿用紙で約539枚。長編小説としては標準的な長さ。

 古い本ではあるが、案外と文章はこなれていて読みやすい。文中に引用している詩や小説は訳者が適切な注をつけている。この注も、巻末ではなく見開きの左頁の左袖なので、いちいち頁をめくる必要がなくて便利。こういう細かい心遣いはありがたい。

【どんな話?】 

 ロシアから北極海航路の開拓を目指すロバート・ウォルトンは、航海中氷に閉ざされ立ち往生している時、一人の紳士を救出する。ヴィクター・フランケンシュタインと名乗る紳士は、彼が一人で北極海を旅している理由を語り始めた。

 ジュネーヴ生まれの彼は科学に興味を持ち、インゴルシュタット大学で学び優れた才能を開花させる。生命創造の秘密を掴んだ彼は、密かに自らの力で命を持たぬ身体に生命を吹き込む。だが、己の作ったモノのあまりの醜さに耐え切れず、逃げ出してしまった。

 身の丈2.4m、怪力にして俊敏、粗食に耐え雨風をものともしない頑健な肉体。優れた知性を持つ怪物は、森に隠れ生き延びるが、やがて人の縄張りへと近づいてゆく。その姿ゆえ人に恐れられ疎まれる彼は、小さな小屋に潜み隣の貧しい家族を覗き見ながら、人の社会について学んでゆく。

 老いた父と若い兄妹、そして兄の嫁の四人家族は、貧しいながらも互いにいたわりあっていた。彼らに好意を抱いた怪物は、姿を隠して薪を送るなど密かに支援しながら、彼らに助けを求める計画を立てるが…

【感想は?】

 おお、これは、確かにSFの原点だ。古いだけあって冗長な部分もあるし科学考証は甘い(というより魔法に近い)が、描かれるテーマは現代のグレッグ・イーガンや瀬名秀明へと脈々と受け継がれている。

 なんといっても、怪物がフランケンシュタインに語る部分がいい。センス・オブ・ワンダーに溢れている。知性を持った、だが人間ではない存在が、どうやってこの地上で生き延びていくか。生まれたてでボンヤリしていた彼が、知性の芽生えと共に世界を認識していく経過の描写は、イーガンの「ディアスポラ」でヤチマが誕生する場面を思わせる…って、本当はシェリーが元祖だけど。

 野生動物のような生活から、火を覚え、道具の使い方を覚え、「家」に住み着くくだりもゾクゾクする。「人類の歴史四千年」を四週間に凝縮したような雰囲気。これ読んだら、ペットを捨てるなんて出来なくなるぞ、きっと。

 ここから隣の家族を覗き見、人間社会について学んでゆくんだが、ここからが切ない。見た目こそ化け物だが、心は無垢。そして、自分が人に恐れられる事も知っている。互いに思いやりいたわりあう家族を好ましく思い、自らの孤独をかみ締めながら、決して自分は一家団欒の輪に加われぬ事も分かっている。リア充に囲まれた喪男の悲哀というか←ちょっと違う

 という「一人の人間(の、ようなもの)」としての怪物の心情もさることながら、彼の無垢な目から見た人間社会のあり方、という視点もSFの重要な原点のひとつ。人間とは何か、を考えるにあたり、人間の対比物を置いて、それから見た人類の姿を描く、という手法は、まさしく瀬名秀明が得意とするもの。

 そして、「哀しく孤独なヒーロー」という側面。頑健な肉体を持ち、それを活かして人に奉仕しながら、その特異性ゆえに排斥されてしまう。この怪物に比べたら、最近の特撮ヒーローは甘えすぎ←をい。

 そう、この物語は孤独に彩られている。最初の語り手ロバート・ウォルトンは、北極海航路開拓の野望に燃えながらも、「友達がいないのです」と、心を通じ合える者がいない寂しさを訴えている。ロバートがやっと見つけたフランケンシュタインは、自らの抱えた秘密により、人と親しく付き合えない。そして、彼に作られた怪物に至っては…

 と、これ書いてて気がついたんだが、せめて名前ぐらいつけてやれよフランケンシュタイン。動き始めたら即効で見捨てるって、酷いじゃないか。

 と、そんなわけで、フランケンシュタインの語りが中心なのだが、どうにも読んでて怪物に感情移入してしまい、フランケンシュタインに同情できないんだよなあ。いや確かに彼の運命も悲惨なんだけど、なんか自業自得って気がして。せめてマスク被せるとか、特製スーツ着せるとかさあ←しつこく特撮ヒーローに拘ってる

 「異星人の郷」や映画 E.T. へと繋がるファースト・コンタクト物で描かれる文化の軋轢、ロボット物で扱われるヒトを映す鏡としての人間の対比物、そしてトランスフォーマーやワイルドカードや仮面ライダーに受け継がれるヒーローの孤独。荒削りで未成熟ながら、この作品は豊かで多彩なSFの種を確かに秘めている。

 フランケンシュタインが逃げ出さず面倒を見ていたら?サーカスに売り払っていたら?工場を作って大量生産したら?自分で自分の仲間を作れたら?感情を持たなかったら?怪物が人ではなく猫やワニに似ていたら?美少女だったら?少しアレンジするだけで、妄想はいくらでも広がっていく。それが、原点といわれる所以だろう。

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