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2012年8月の15件の記事

2012年8月30日 (木)

SFマガジン2012年10月号

「何年も昔のある日のことだ。ひとりの男が通りかかり、海の音のひびくなか、日のあたらない冷たい岸に立ってこういった。“われわれには、海のむこうによびかける声が必要だ。船に警告を与える声が。おれがその声をつくろう。あらゆる時と、これまであった霧を、一つにこりかためたような声を……”」  ――レイ・ブラッドベリ「霧笛」

 280頁の標準サイズ。今月はブラッドベリ追悼特集。まずは彼の作品5編、中村融訳のエッセイ「連れて帰ってくれ」・中村融訳「生まれ変わり」・中村融訳「ペーター・カニヌス」・伊藤典夫訳「霧笛」・宮脇孝雄訳「歌おう、感電するほどの喜びを!」。オマージュの短編が二つ、井上雅彦「祝杯を前にして」・新城カズマ「Hey! Ever Read A Bradbury? ―― a tribute prose」。追悼文は巽孝之,新井素子,梶尾真治,瀬名秀明,ニール・ゲイマン,ブルース・スターリング,グレッグ・ベア,ウィリアム・F・ノーラン。加えて主要邦訳作品や年譜など。

 「生まれ変わり」は、生き返ってしまった死体の物語。地下の棺桶の中で生き返ってしまった男は、ゆっくりと爪で掘り返し、地上へと出て、星空を見る。やるべき事があるような気がして、墓地を出て町へと歩き出し…
 一人称として「きみ」を使う手法は誰が始めたのか知らないけど、ブラッドベリの使い方は独特だなあ。

 「ペーター・カニヌス」は賢い犬の話。その病院には、火曜と木曜にリオーダン神父が巡回に来る。お供の犬を連れて。患者たちは、赤いバンダナを巻いたその犬が大好きで…
 「病院に犬って衛生的にどうなのよ」などと野暮言っちゃいけません。時として人より犬の方が役立つこともあるし。

 井上雅彦「祝杯を前にして」。小説仕立ての思い出話。アレをこういう風に仕上げる発想が面白い。やっぱり妄想と現実が混ざり合うのがブラッドベリの味だよね。

 新城カズマ「Hey! Ever Read A Bradbury? ―― a tribute prose」。失礼ながら冒頭から笑ってしまった。本当に死んだってのが、暫くは信じられないんだよね。霧のように消えていくんなら、少し納得できるんだけど。「――で、きみは彼の作品を、どれだけ読んでる?」私は初期の作品しか読んでないです、はい。

 「霧笛」は、人里離れた灯台で夜を過ごす二人の男の話。昔から灯台に勤めているマグダンは、海で起こる不思議な出来事をよく知っていた。ジョニーに向かい、とっておきの話を始める。「毎年、いまごろになると――何かがこの灯台をたずねてくる」。
 思いっきり有名な短編。どう見てもキワモノなシロモノを登場させながら、読了感はひたすら切ない。腐った目で読むと、マグダンの最後の台詞が更に切ない。いや薦めませんが。

 「歌おう、感電するほどの喜びを!」。母親が亡くなり、その家族は四人になった。父さんと三人の子供、ぼくとクララとティモシー。クララ叔母さんがぼくたちを引き取るって言ってるけど、ぼくたちは家族一緒がいい。今まで来たメイドや家庭教師や子守りはみんなハズレ。そこで父さんが考えたのが…
 ツンデレ幼女のクララちゃんが可愛い。この時代にそういう属性を作り出すとは、ブラッドベリ侮れない←違います。

 第43回星雲賞受賞者コメントでは、小林泰三に期待。「天獄と地国」はシリーズ化の構想もあるとか。

 新刊紹介は NONFICTION の「フランス流SF入門」、マンガやアニメの隆盛に比べて活字SFが苦戦しているのも世界共通」というけど、日本のライトノベルはどういう扱いなんだろ。SFとライトノベル、双方の属性を兼ね備えた作品も多いわけで。

 椎名誠のニュートラル・コーナー「我々はもっと一馬力を大事にすべきだった」、今回は馬の話。なんだけど、チンギス・ハーンの軍装を再現するネタがニワカ軍ヲタとして興味深々。馬の皮を編んだ鎧で、強度のわりに軽くて俊敏な動作も可能。馬の乗り方も腰を下ろさず、走る馬上から矢を射れる。モンゴル軍の快進撃の原因の一端が、これだそうだ。

 山本弘「輝きの七日間」ついに完結。正直言ってかなり不満…と思ってたら、編集後記で「加筆の上、単行本にて刊行予定」とあるので、今は控えよう。とまれ、イベントを七日間という短い期間に抑えたのは巧い仕掛け。いや人って明確な締め切りがないとズルズルいっちゃうし、今できる事を今すぐ取り掛かるには丁度いい期間だと思う。

 籘真千歳「蝶と夕桜とラウダーテのセミラミス(後編)」。いよいよ迫る桜麗祭に向け、雪柳と揚羽のチェイスも激しさを増す。優れた統率力と冷徹な頭脳で追い詰める雪柳に対し、揚羽はなすすべなく連行され…
 いきなり扉のイラストで爆笑。いいなあ雪柳。今後もレギュラーで活躍して欲しいなあ。オチは…すんません、第一話と第二話を読んでないんで、立ち位置がわかんないっす。まあJAで「スワロウテイル序章/人工処女受胎」が出るというから、その際に読もう。

 丸屋九兵衛「逆襲のスタトレコロジー」、今回はなんとラリイ・ニーヴン脚本のスタトレ・アニメの話。あの世界にクジン人やステイシス・ボックスを投げ込むという無茶をやらかしてる。すんげえカオス。

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2012年8月29日 (水)

ブライアン・フェイガン「水と人類の1万年史」河出書房新社 東郷えりか訳

 ナイル川の勾配は非常に緩く、メソポタミアで利用されていたような放射状に広がる水路のネットワークもここでは非実用的だった。おおむねどんな場所でも川筋は不規則に蛇行し、地形が突如として変わるため、単純な水盤灌漑以外のどんな灌漑形式もほぼ不可能になっていた。

【どんな本?】

 人類の文明が採取から農耕に移行する過程で必要とされてきた灌漑、そして治水。時には乾いた土地を潤し、時には洪水で全てを押し流す。天水の利用から始まり、メソポタミアでは河川から水路を引き、バリ島では複雑なネットワークで持続的な稲作農耕を発達させ、古代ローマは大衆浴場を普及させ、欧州では産業革命の準備を整えた。

 生存に必要な水。だがそれは気候の変化により供給は大きく変動する。人類は水をどう調達し、管理し、利用してきたか。それは社会にどう影響してきたのか。治水を軸に人類の歴史を眺め、今後の水との付き合い方を考える。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は ELIXIR : A History of Water and Humankind, by Brian Fagan, 2011。日本語版は2011年3月30日初版発行。ハードカバー単行本で縦一段組み本文約456頁+訳者あとがき4頁。9ポイント46字×18行×456頁=377,568字、400字詰め原稿用紙で約944枚。長編小説なら約二冊分。

 翻訳物のノンフクションとしては標準的な読みやすさ。世界史に詳しいと、より楽しめるだろう。また、ローマの水管理に一章を割いているので、「テルマエ・ロマエ」が好きな人はそこだけでも読んでみよう。

【構成は?】

 序章
第1部 運河と用水路、そして水田
 第1章 生命の万能薬
 第2章 農耕民と用水路
 第3章 「水路がある者には女房がいる」
 第4章 「すべて失われしもの」 ――ホホカムの灌漑システム
 第5章 水の権力――バリ島
第2部 はるか遠方からの水
 第6章 エンリルの土地――メソポタミアの地下水利用
 第7章 エンキの国――シュメールの灌漑技術
 第8章 「われは水路を切り開かせた」――アッシリアの水道橋とカナート
 第9章 ゼウスの水――古代ギリシャの給水システム
 第10章 ローマの水道
第3部 貯水槽とモンスーン
 第11章 浄化する水――インダス川とモンスーン
 第12章 中国の悲しみ――黄河の氾濫
第4部 古代アメリカの水理学者
 第13章 睡蓮王――マヤ文明と人工の貯水池
 第14章 重力の勝利――重さを用いた水管理
第5部 重力とその先へ
 第15章 イスラームの水――類まれな水管理
 第16章 「100人力よりも確実」――ヨーロッパの揚水技術
 第17章 人類は水を支配したのか?
  謝辞/訳者あとがき/原注

【感想は?】

 蛇口をひねれば水が出ることのありがたみがよくわかる。特にこの季節は。

 毎年、この国じゃ夏になると水不足が話題になる。水不足ったって、この国じゃせいぜい時限的な断水ぐらいだ。なんと贅沢な悩みであることか。

 メソポタミアで、ナイルで、マヤで、降水量の変動は王朝を興しては滅ぼしてきた。少なければ渇水で、多すぎれば洪水で。1876年から78年の大型エルニーニニョで中国北部は乾燥し、1878年に恵みの雨が降っても「復興は困難だった。なにしろ、人口の7割が死に絶えていたからだ」。

 水は権力構造にも大きな影響を及ぼす。比較的に水量が豊かな地域では村が貯水池を作れば自活できるので、小権力が乱立しやすい。またイランのようにカナートが発達すると、カナートを握る者が権力を掌握する。これも小権力乱立の原因となる。バリ島の稲作地帯も多くの水路が複雑なネットワークを構成しているため、権力構造も複雑な形になる。

 メコンやアマゾンで古代文明が発達しなかった理由は、小権力が乱立して大権力が台頭しなかったためかしらん。

 大きな王朝が発達するのは、大河に依存する場合。ティグリス・ユーフラテスに依存するメソポタミア、ナイルに依存するエジプト、そして黄河を擁する中国。

 水路や堤防を作るのはもちろん、維持にも手間がかかる。「用水路の斜度が急すぎれば、水は速く流れすぎて侵食される。緩すぎればシルトが溜まり、水路は急速に埋まっていく」。適切な斜度を維持するため、往々にして水路は等高線に沿った形で掘削される…もちろん、人手で。

 乾燥地では休耕も重要。窒素を固定するって意味もあるけど、塩害を防ぐ意味もある。灌漑すると地下水面が上昇して塩分が地表に漏出してくる。休耕して雑草を繁らせると、風による侵食を防ぐ他、地下の水を吸って土壌を乾燥させ、地下水面を下げる。一旦塩害が発生すると大変で、「その土地は一世紀ほど放棄せざるをえなくなる」。欲こいた王が休耕地で栽培し、塩害で全滅ってのが王朝滅亡のパターン。

 壮大な用水路の話も出てくるが、緻密さで光るのがローマ。テルマエ・ロマエにあるように、「入浴はローマの暮らしの中心をなしており、市民としての誇りであり、帝国の威光を示すものだった」。鉛の送水管を使い、多きな谷を越える際はサイフォンの仕組みまで使っていた。とまれ今と違い蛇口なんてもんはない。

ローマ人は水道水から鉛中毒になっていたという迷信はまだ残っているが、実際にはそうではなかった。彼らの水道水はつねに流れており、水道管内で淀むことがまずなかったからだ。

 とまれ水の供給には多寡がある。渇水時の調整方法が賢い。途中に大きな水槽を作り、高さを変えて三つの水門を作る。水門の高い順から 一般家庭用>公衆浴場と劇場>市の水汲み場 となる。これは同時に、渇水時に水が止まる順番となる。一般家庭ったって、同時のローマで家庭に水道を引けるのは金持ちだけ。案外と公平。まあ、市民の間の話だけど。

 日本に住んでると欧州って乾燥した印象があるけど、むしろ「降水量が多すぎて洪水が起きることが、農民にとっても領主にとっても、最大の課題となっていた」。豊富な水量は水車の発達を促す。

1540年に、イタリアの冶金学者ヴァンノッチョ・ビリングッチョは「(水)車の揚水力は100人力よりも確実で強い」と書いた。おそらく彼の言うとおりだろう。わずか二馬力の小型の射上式の水車でも、おそらく女性中心の、30人から60人の人びとを粉挽き作業から解放できたのだ。

 同様にフェルト加工では35倍ほど生産性を上げ、起毛機は労働時間を「100時間から12時間に短縮」した。ポンプのイラストを見ると、大小の歯車・クランク・ピストンを組み合わせた複雑なマシンとなっている。紡績工場も水力が活躍し、「戦意革命を本当に築いたのは、1769年に特許が取られたリチャード・アークライトの水力紡績機だった」。

 産業革命は蒸気ばかりが注目されるけど、それを制御するピストンや歯車も重要な要素。そういった周辺的な技術を成熟させたのが、豊富で安定した流量を誇るイギリスの川だったわけ。アラブで産業革命が起きなかった理由の一つは、安定して流れが急な川がなかったためかも。

 中国と周辺国でダム建設による水源問題が浮上してるけど、現在ホットなシリアとトルコも同じ問題を抱えているとか。「ユーフラテス川の水の90%はなにしろトルコからやってくるのだ」。「トルコはティグリス川とユーフラテス川で野心的な計画を進めており、灌漑と水力発電の双方のために多数のダムを建設する予定を立てている」。イラクも絡み、この先どうなることやら。

 ナセルの功績といわれるアスワン・ハイダムも功績半ばで、広い農地を灌漑できる反面、シルトが下流に流れず土地が痩せ、「地中海沖のイワシ漁場は不漁に苦しんでいる」。また地下水位の上昇による塩害も怖い。上流の南スーダン・スーダンと話し合いで解決…どころの騒ぎじゃないんだよね、今は。

 色々あるけど、毎日風呂に入れる生活って、世界的に見るとかなり贅沢な暮らしなんだなあ。

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2012年8月24日 (金)

ロバート・R・マキャモン「スワン・ソング 上・下」福武書店 加藤洋子訳

「あの娘を護ってやれ、いいな?きっといつか、彼女にも自分がいったい何ができるのか、はっきりわかるようになるだろう。つまり、いまおれがいったようなことだ。彼女を護ってやれよ、わかったな?」

【どんな本?】

 核戦争後の荒廃したアメリカを彷徨う三組の旅人たち。幼い少女スワンと元悪役レスラーの黒人ジョシュ、ベトナム帰還兵マクリン大佐とゲームおたくのローランド少年、そして狂ったホームレスおばさんシスター率いる一行。日は厚い雲に遮られ汚染物質を含む雪が舞う死の世界で三者が出会うとき、聖と邪の最終決戦が始まる。

 1987年度ブラム・ストーカー賞・1994年日本冒険小説協会大賞受賞の娯楽長編小説。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は SWAN SONG, by Robert R. Mccammon, 1987。日本語版は1994年4月11日初版第一刷発行。今は福武書店から文庫版が上下巻で出ている。私が読んだのは新書版で上下巻。縦一段組みで本文は上巻約630頁+下巻612頁に加え訳者あとがき8頁。9.5ポイント41字×18行×(630頁+612頁)=916,596字、400字詰め原稿用紙で約2292枚。そこらの長編小説なら4冊分の大ボリューム。

 当事の翻訳物としては文章は読みやすい方。ただし単位系がヤード・ポンド系なのがちと辛い。ボブキャット(→Wikipedia)って何かと思ったら、北米のオオヤマネコの一種なのね。

 解説を策に読む人は、要注意。感動的な場面のネタを明かしちゃってる。こういう物語で「誰が生き延びて誰が死ぬか」は重要な要素だと思うんだが。

【どんな話?】

 7月17日、世界は核戦争で滅びた。

 黒人の悪役プロレスラーのジョシュは、移動中に立ち寄ったガソリン・スタンドの地下室に店長のポーポー,あばずれ女のダーリーンとその9歳の娘スワンと共に閉じ込められ、九死に一生を得た。マンハッタンの狂ったホームレス女シスターは、地下鉄の下水路で命拾いした。ベトナム帰還兵のマクリンとローランド少年は、民間の核シェルターにいた。

 生き延びた彼らが見た世界は、地獄だった。都市は破壊しつくされ、地には死体が転がっている。空には厚い雲が立ち込め、7月だというのに吹雪が吹きすさぶ。辛うじて生き延びた人々も、放射能障害でアタバタと倒れてゆく。生存者たちは、残った食料や燃料などの生活必需品を奪い合い…

【感想は?】

 この本は危険。下巻を読み始めるなら、充分な時間の余裕を取っておこう。私は「下巻はどんな感じなんだろ」と読み始めたが最後、「もうちょっとだけ」「次の場面転換まで」「この章が終わるまで」とズルズルと頁をめくり続け、気がついたときは深夜で残りは1/3。後はご想像のとおり。

 この頃のマキャモン作品には、拭いきれないB級臭がある。考証は甘いし、人物は類型的、演出は「どっかで見たよね」感ありあり。でもいいのだ。収まるべきモノが収まるべき所に収まって、「うんうん、そうこなくっちゃ」な気持ちで読み終えられれば。そーゆー物語が欲しい時ってのが、人にはあるのだ。

 コミック的と言うより、漫画的なのだ。いやアメコミはよく知らないけど。弱くて傷ついた人たちが、智恵と勇気と意思を振り絞り、強大な力を持つ邪悪なものに立ち向かい、少しづつ絆を深めていく、そーゆー王道の話が気持ちいいのだ。

 著者が南部出身のためか、プロテスタント的な匂いもプンプン。ジョシュって名前もヨシュア(→Wikipedia)を思わせるし、途中で何度も聖書の引用が出てくる。また、幾つかのシーンでは教会が象徴的な意味を果たす。「南部ってのは、そういう感覚なんだな」ぐらいに思っておこう。

 などと文句ばかり言ってるようだが、物語の面白さは抜群だし、終盤は感動の嵐。今まで着々と積み重ねた伏線が次々と回収され、お話はどんどん盛り上がっていく。私が一番好きなのは、ジョシュの帰還場面。類型的といえば類型的だけど、やっぱり彼の最後はこうでなくちゃ。

 基本構造は正邪の戦い。なんだが、悪役側は強固な信念を持っているのに対し、善玉は「普通の人」なのに注目して欲しい。スワンは不思議な力を持つが、中身は貧しい普通の女の子。アバズレな母に連れられ各地のトレーラーハウスを転々とし、望みは「数ヶ月、一箇所に定住すること」。そうすれば友達ができるから。泣かせます。

 彼女の保護者となるジョシュはコワモテの黒人で大男。優れた体格と運動神経を活かし悪役レスラーとして活躍中。初登場の場面から機転が利き根は優しい事をうかがわせる。別れた女房と子供に未練たっぷりで、トレーニング不足が気になっちゃいるが、とりあえず今日はドーナツ食って寝ちまおう…と、まあ気は優しくて力持ちだけど、特に禁欲的でもない普通の男。たまたま「最後の日」にスワンと一緒にいたため、彼は大きな役割を背負う羽目になる。

 マンハッタンで浮浪者生活を送るシスターは、ちとオツムがイカれてる。全財産が入ったバッグを後生大事に抱え、同じ浮浪者同士の縄張り争いなどの荒事にも慣れている。彼女がマンハッタンの廃墟でガラスの不思議なリングを拾った時、彼女は大きな運命に巻き込まれ…

 スワン・ジョシュ・シスター共に、世界をどうこうしようなどと願っちゃいないし、自分が重要な人間だとも思っちゃいない。いつの間にか変な役割を割り振られ、とりあえず今日を生き延びながらアメリカを彷徨っているだけ。

 ところが、悪役側は明確な「理想の世界像、自分のあるべき姿」を持っているのが皮肉。特に明確なのがマクリン大佐。彼の望む清浄なる世界、そこに生きる人々のあるべき姿、そして果たすべき役割は、確かに規律正しく禁欲的なんだが、同時に極めて傍迷惑なシロモノ。この辺、信心深い南部に育ちながら相応のバランス感覚を備えた著者の思想が出ているのかも。

 ホラー作家に分類されるだけあって、悪役の造形が印象的なのも、この作品の味。アルヴィン天帝の登場場面は、呆れるやら笑うやら。なんだよその玉座。70年代~80年代のホラー映画に詳しい人は、次から次へと登場するクリーチャーに、きっと大喜びするんだろうなあ。私はあんまりネタが分からなかったけど。

 もう一人印象的なのが、ファット・マン。「いやこの状況でコイツはねーだろ」などと突っ込み入れちゃいけません。こういう安っぽいホラー映画っぽいノリも、当事のマキャモンの外せない味。まあホラー映画だけあって、相応しい運命が舞ってるんだけど。

 悪役がエキセントリックなのに対し、善玉の脇役は「そこらにいるオッサン・オバハン」的な人が多い。というか、そういう普通の人が燦然と輝く場面が随所にあるのも嬉しいところ。流れ的に下巻に偏っちゃうんだけど。

 女性ではアナ・マクレイおばさん。アーカンソー出身でサーカスの雑役婦をしてた人。あなたの職場にもいませんか、何でも屋的な立場で細々とした仕事を一手に引き受けてる古株の女性が。普段は目立たない彼女が、危機に瀕した緊急集会で切る啖呵のカッコいいことったら。

 男性でカッコいいのは、スライことシルベスター・ムーディ。元は林檎農園を営んでいた老人。ワケありの奥さんと暮らしてる。彼が奥さんとの馴れ初めを語る場面は、男のしょうもなさを…って、そっちじゃなくて、光るには彼が再び登場する場面。彼の再登場で、物語は俄然勢いを増していく。下巻中盤で、くたびれた爺さんが最高の見せ場を作ってくれる。

 物語は、終末後の世界で、最後に残された希望のスワンと、彼女に襲い掛かる悪の軍団の最終戦争へと雪崩れ込む。オカルト風味の仕掛け、ハッタリの利いた演出、そしてお約束をキッチリ守ったエンディング。安っぽいけど、考証は甘いけど、類型的だけど、やっぱり王道の展開には否応なしに泣かされるのだ。

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2012年8月22日 (水)

ティム・ワイナー「CIA秘録 その誕生から今日まで 上・下」文藝春秋 藤田博司・山田侑平・佐藤信行訳 2

「われわれはホメイニが何者かも、その運動に寄せられた支持もわからなかった」
  ――イラン人質事件当事のCIA長官スタンズフィールド・ターナー提督

「このイラン人たちには、CIAがそもそもこんな重要なところに、土地の文化と言葉にこれほど無知な者を送り込んでくるとは重いもよらなかったのだ。あまりに思いもよらなかったから、数週間後、とうとう本当の事実を知ったときには、自分が傷ついたように腹をたてた。イラン人たちにとっては、CIAが自分たちの国に、経験のない職員を配置するなどということを認めるだけでも難しすぎた。しかしこの局員たちが自分たちの国の言葉も話せないし、その習慣、文化、歴史も知らないというのは侮辱を超えていた」
  ――同事件で人質になったCIA職員ウィリアム・J・ドーアティ、テヘランは彼の最初の任地

 ティム・ワイナー「CIA秘録 その誕生から今日まで 上・下」文藝春秋 藤田博司・山田侑平・佐藤信行訳 1」に続く。

 ハリー・トルーマンによりOSSの後継として設立されたCIA。当時は第二次世界大戦が終わり、冷戦が始まろうとする時代。共産主義の脅威に怯える米国の世相を反映してか、トルーマンが求める「新聞」ではなく、工作に傾いてゆく。

 手始めは1947年12月14日イタリア総選挙で共産党を与党にしない事。イタリア系アメリカ人の富裕層をパイプとして、キリスト教民主党に数百万ドルを供与。共産主義者を排除した政権の樹立に成功する。その後もキリスト教民主党との関係が続くばかりか、同様の買収の構図が「イタリアやその他の多くの国で繰り返されるようになり、その後25年間もの間、続くしきたりとなった」。

 同じ例が日本。太平洋戦争で「戦略金属からアヘンまで」を外務省・陸軍省・海軍省・特別高等警察などに売りさばき財をなした児玉誉士夫は、彼の会社を隠れ蓑に朝鮮戦争でもCIAとの取引で大儲けする。日本軍の貯蔵庫からタングステンをアメリカに密輸出したのだ。

 だが、本格的な工作は岸信介と賀屋興宣を通した自民党との関係だ。岸を通してCIAは自民党の主要議員に金を渡し、「この資金は少なくとも15年間に渡り」自民党に渡る。そして「ダレスは賀屋を自分の工作員とみなしていた」。国務省とCIAが認めた1958年から1968年の秘密計画は4つ。目的はイタリア同様、左翼の影響を排除すること。

  1. 少数の重要な親米保守政治家に対しCIAが資金と選挙に関するアドバイスを提供する。
  2. 穏健派の左翼勢力を野党勢力から切り離すこと。
  3. 日本社会の重要な要素に働きかけて極左の影響を拒絶させる。宣伝と社会行動にほぼ等分する。
  4. 不明。著者は岸の支援と推測している。

 これは巧くいったが、東側への侵入工作は軒並み失敗する。原爆の開発も、フルシチョフのスターリン批判も、キューバへのミサイル搬入も、ベルリンの壁崩壊もCIAは予想できなかった。二重スパイに侵入されていたのだ。新しい所では1985年4月からソ連に情報を売っていたCIAソ連部のオルドリッチ・ヘンリー・エイムズがいる。

 なんてミスは可愛い方で、身の毛がよだつのはケネディ政権時代。彼はFBIのJ・エドガー・フーバーとCIAのアレン・ダレスを再任するが、その理由は両者がケネディ家の秘密を掴んでいたため、としている。CIAを担当したのは弟のロバート・ケネディ。「アイク(アイゼンハワー)が八年の在任期間中に行ったCIAの主要な秘密工作は170だった。ケネディ兄弟は三年足らずで163に上る」。そしてビッグス湾事件(→Wikipedia)を通してキューバ危機(→Wikipedia)へと向かう。このキューバ危機のケネディ政権の対応はドタバタ・ギャグとしか思えない。

ケネディ「なんの利益があるのか。まるで、われわれが突然、相当な数のMRBMをトルコに配置しはじめたかのようではないか。めちゃくちゃに危険なことだ」
テッド・バンディ「でも大統領、実はわれわれはそれをやったのですが……」

 そのケネディは暗殺されるのだが、それについても本書は重大な示唆をしている。何度もカストロの暗殺を試みたケネディへの反撃の可能性がある、と。

 ベトナムの泥沼は「ベスト・アンド・ブライテスト」に詳しい。ホワイトハウスは楽観的な見積もりを望み、軍もホワイトハウスに迎合して虚偽の報告を流す。CIAも軍と同調した、とある。同様の構図はニクソン政権でも続く。チリではアウグスト・ピノチェト(→Wikipedia)を支援してサルバドル・アジェンデ(→Wikipedia)政権を倒す。

 独裁政権を支援して大金をばら撒き、失敗した工作は大統領にも隠す、などと暗澹たる気分になる事ばかりが書かれているが、唯一ホッとできるのがカーター政権。暴力的な工作を控え…

CIAに命じて書籍を出版させ、ポーランドやチェコスロバキアでの雑誌や新聞の印刷、配布に助成金を出した。ソ連反体制派の著作を配布し、ウクライナ人やソ連のその他の少数民族の政治活動を支援した。自由な精神をもった人々の手にファックス装置やテープカセットが鉄のカーテンを超えて行き渡るようにした。

 それでもソ連のアフガニスタン侵攻には、対抗勢力への武器援助を承認するんだけど。CIAの主な取引相手はグルブディン・ヘクマティアル。パシュトゥンの軍閥で、タリバンと組み北部同盟に対抗した男。

 日米自動車交渉を仕切った橋本龍太郎、でもこっちの動きはアメリカに筒抜けだった。

 日本政府内で盗聴の恐れがない電話はほとんど外務省に管理されていた。しかし通産省の当局者は、これらの電話の使用を避けた。一つには、同僚の外交官に盗聴させないためだった。もう一つの理由は、橋本龍太郎にとって、当時首相の座を狙うもっとも強力なライバルが外相(河野洋平)だったことである!

 ちなみに後藤田正晴はCIAとの関係を公言している。まあ警察官僚だしなあ。

 冒頭の引用にあるように、CIAの弱点の一つは他国の文化や歴史、そして言語を知らないこと。これは本書で何度も繰り返される。冒頭の引用でもう一つわかるのが、イラン人の自己評価。今でも大帝国だと思ってる。両者の認識の齟齬が、今の両国関係やイランの外交に影響している。

 他にもハサン・サラメとCIAがつるんでたり、ベオグラードの中国大使館誤爆事件の原因をバラしてたり、衝撃的な内容が一杯。また、米国の各大統領の姿勢がわかるのもいい。意外と陰険なケネディ、清教徒的なカーター、経済重視のクリントン、イケイケのレーガン。続編は出るんだろうか。

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2012年8月19日 (日)

ティム・ワイナー「CIA秘録 その誕生から今日まで 上・下」文藝春秋 藤田博司・山田侑平・佐藤信行訳 1

 ハリー・トルーマンが欲しがったのは、実は新聞だった。

【どんな本?】

 第二次世界大戦中にルーズベルトが設立した戦略情報局OSSの後を継いで誕生した諜報機関CIA。だが秘密のベールに守られたCIAは豊富な資金を得て暴走、世界各国で無謀な工作を繰り返しては失敗し、それを議会にさえも押し隠す。

 ビッグス湾事件・トンキン湾事件・ウォーターゲート事件など世界的に有名な事件に加え、戦後日本の自民党との秘密献金・日米自動車交渉など日本人が深い感心を抱く題材を中心に、ニューヨーク・タイムス記者がCIAの実態を暴きだす。

 特筆すべきは、ソースの多くを明記している事。公開資料とインタビューが中心で、ソースノートが全頁数の約1/4を占めている。実際、ソースを明示されなければ信じがたい内容が多く、作品の信頼性を確保するため最大限の努力をしている事がうかがわれる。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Legacy of Ashes : The History of the CIA, by Tim Weiner, 2008。日本語版は2008年11月15日第一刷。今は文春文庫から文庫版が出ている。単行本縦一段組みで上下巻、464頁+476頁。ただし本文や解説はそれぞれ344頁・393頁で、残りはソースノート。著者がソースの明示に力を入れている事がよくわかる。9ポイント45字×19行×(344頁+393頁)=630,135字、400字詰め原稿用紙で約1574枚。長編小説なら3冊分ぐらい。

 文章は翻訳物として読みやすい部類。ただし内容が諜報物なので多くの人物が絡み、各員の関係がややこしいので理解するのに少々骨が折れる。また、扱う事件について大枠の説明はない。新聞などで報道された概要を読者が知っているという前提で書かれている。若い読者は、Wikipedia などで事件の背景や顛末を調べておこう。

【構成は?】

上巻
 第一部 トルーマン時代 1945年~1953年
   第1章 「諜報はグローバルでなくては」 誕生前
   第2章 「力の論理」 創設期
   第3章 「火を持って火を制す」 マーシャル・プラン
  第4章 「最高の機密」 秘密工作の始まり
  第5章 「盲目のお金持ち」 鉄のカーテン
  第6章 「あれは自殺作戦だ」 朝鮮戦争
  第7章 「広大な幻想の荒野」 尋問実験「ウルトラ」
 第二部 アイゼンハワー時代 1953年~1961年
  第8章 「わが方に計画なし」 スターリン死す
  第9章 「CIAの唯一、最大の勝利」 イラン・モサデク政権転覆
  第10章 「爆撃につぐ爆撃」 グアテマラ・クーデター工作
  第11章 「そして嵐に見舞われる」 ベルリン・トンネル作戦
  第12章 「別のやり方でやった」 自民党への秘密献金
  第13章 「盲目を求める」 ハンガリー動乱
  第14章 「不器用な作戦」 イラク・バース党
  第15章 「非常に不思議な戦争」 スカルノ政権打倒
  第16章 「下にも上にもうそをついた」 カストロ暗殺計画
 第三部 ケネディ、ジョンソン時代 1961年~1968年
  第17章 「どうしていいか、だれにも分からなかった」 ビッグス湾侵攻作戦
  第18章 「われわれは自らも騙した」 キューバ・ミサイル危機 1
  第19章 「喜んでミサイルを交換しよう」 キューバ・ミサイル危機 2
  第20章 「親分、仕事はうまくやったでしょう」 ゴ・ディン・ディエム暗殺
  第21章 「陰謀だと思った」 ケネディ暗殺
  第22章 「不吉な漂流」 トンキン湾事件
 著者によるソースノート・上巻
下巻
 第三部<承前> ケネディ、ジョンソン時代 1961年~1968年
  第23章 「知恵よりも勇気」 マコーンの辞任
  第24章 「長い下り坂の始まり」 新長官、ラオス、タイ、インドネシア
  第25章 「その時、戦争に勝てないことを知った」 ベトナムからの報告
  第26章 「政治的な水爆」 チェ・ゲバラ捕獲
  第27章 「外国の共産主義者を追い詰める」 ベトナム反戦運動
 第四部 ニクソン、フォード時代 1968年~1977年
  第28章 「あの間抜けどもは何をしているのだ」 ニクソンとキッシンジャー
  第29章 「米政府は軍事的な解決を望む」 チリ、アジェンデ政権の転覆
  第30章 「ひどいことになるだろう」 ウォーターゲート事件
  第31章 「秘密機関の概念を変える」 シュレジンジャーの挫折
  第32章 「古典的なファシストの典型」 キプロス紛争
  第33章 「CIAは崩壊するだろう」 議会による調査
  第34章 「サイゴン放棄」 サイゴン陥落
  第35章 「無能で怯えている」 ブッシュ新長官
 第五部 カーター、レーガン、ブッシュ・シニア時代 1977年~1993年
  第36章 「カーターは体制の転覆を図っている」 カーター人権外交
  第37章 「ただぐっすり寝込んでいたのだった」 イラン革命
  第38章 「野放図な山師」 ソ連のアフガニスタン侵攻
  第39章 「危険なやり方で」 レバノン危機
  第40章 「ケーシーは大きな危険を冒していた」 イラン・コントラ事件1
  第41章 「詐欺師のなかの詐欺師」 イラン・コントラ事件2
  第42章 「考えられないことを考える」 ソ連の後退
  第43章 「壁が崩れるときどうするか」 湾岸戦争とソ連崩壊
 第六部 クリントン、ブッシュ時代 1993年~2007年
  第44章 「われわれにはまったく事実がなかった」 ソマリア暴動
  第45章 「一体全体どうして分からなかったのか」 エームズ事件
  第46章 「経済的な安全保障のためのスパイ」 日米自動車交渉
  第47章 「厄介な事態に陥っている」 ウサマ・ビンラディンの登場
  第48章 「これほど現実的な脅威はあり得ないだろう」 9.11への序曲
  第49章 「暗黒の中へ」 ビンラディン捕獲作戦
  第50章 「重大な間違い」 イラク大量破壊兵器
  第51章 「葬儀」 灰の遺産
   あとがき/謝辞/編集部による解説/著者によるリリースノート・下巻

【感想は?】

 野望と行動力に溢れた男たちが豊富な資金を得て、世界中で大暴れする話。ただし、オツムが少々足りなくて、その自覚はもっと足りない。自分がドコにいて何をしていて結果がどうなるか、周囲の人々はどんな文化でどんな社会で誰が有力者でどんな力関係かは何も知らないし、結果がどうなろうと責任を取るつもりは毛頭ない。

 9.11からイラク侵攻の流れを思い出そう。アメリカは事件を防げなかった。大量破壊兵器はウソだった。サダム・フセインは倒したが、その後の統治は散々だった。アメリカはイラクの社会構造・習慣を何も知らず、地元の誰に何をさせればよいか、何も知らなかった。山師とテロリストが跳梁跋扈し、注入した多額の資金はいつのまにか蒸発した。

 つまり、CIAはその程度の能力しか持っていなかった。アメリカはイラクについて何も知らず、ひたすら武力に訴えることしかできなかった。ファルージャの建物の半分を破壊しても、テロリストは根絶できなかった。

 こういった、無知で粗野で傲慢なアメリカは今に始まったわけではない事を、この本は豊富な事例で教えてくれる。

 著者は、スパイの仕事を大きく二つに分ける。ひとつは諜報、つまり情報の収集・評価・分析・報告。もうひとつが秘密工作で、暗殺・サボタージュ・破壊・政権の転覆・反政府組織の支援などの実力行使。CIAは前者が貧弱で、後者ばかりに力を注いだ。その結果、地元の状況を何も知らない者が闇雲に金をバラ撒き銃を乱射する羽目になる。いい例がイラク占領だ。

 若い読者は、冷戦時代の世界背景が感覚的に分からないかもしれない。今は中国もロシアも観光旅行で気軽に入れるし、他国資本の企業も進出しているが、当事の中国やソ連の内情を知るのは、今の北朝鮮の内情を知るのと同じぐらい難しい状況だったのだ。当然、インターネットなんて便利なものはない。

 内容は衝撃的だ。表向きは「フェア」を気取るアメリカが、世界で積み重ねた愚行の記録と言える。扱う事例は目次を見ればわかる。詳細は、次の記事で。

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2012年8月17日 (金)

月村了衛「機龍警察 自爆条項」早川書房

[ライザには自由が必要なのよ]

【どんな本?】

 アニメの脚本などで活躍した著者による、近未来を舞台とした警察SF長編「機龍警察」の第二弾。ハインラインの「宇宙の戦士」のパワードスーツを思わせる「龍機兵」を用いてテロリストに対抗する、警察のはみだし者部隊警視庁特捜部の活躍と、警察内部の軋轢、そして龍機兵に乗り込む「傭兵」たちの葛藤を描く。

 SFマガジン編集部編「このSFが読みたい!2012年版」でもベストSF2011国内編で11位に食い込む健闘を見せた。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2011年9月25日初版発行。今はハヤカワ文庫JAから上下巻で文庫本が出ている。単行本縦一段組みで本文約455頁。9ポイント45字×22行×455頁=450,450字、400字詰め原稿用紙で約1127枚。

 「警察小説」という内容のため、娯楽小説として読むにはやや硬い文章。まあ、そうでないと雰囲気出ないしねえ。SF的な仕掛けはあるものの、メカっぽいのが苦手ならその辺は読み飛ばしてもいい。それより、北アイルランド紛争の概要を掴んでおこう。基本構造はプロテスタントのイングランド vs カトリックのアイリッシュなんだけど、かなり込み入ってる。また、銃器について詳しいと、より細かい所が楽しめる。

 また、続き物なので、前作の「機龍警察」は読んでおこう。この物語の世界設定や、特捜部の面々の人物像がわかる。

【どんな話?】

 通報を受けた鶴見署は横浜港大黒埠頭の小型貨物船の荷降ろしを調べようとしたが、突然被疑者の白人少年が短機関銃を乱射、刑事四人や荷役責任者を殺害後、船に乗り込み船長や船員も虐殺し、自殺する。捜査で発見されたのは二体の軍用有人兵器、機甲兵装だった。

 警視庁特捜部は強引に捜査に割り込み、捜査線上にアイルランド人の関与が浮かぶ。おりしも極秘でイギリスの高官ウイリアム・サザートンの来日が決定、アイルランドのテロ組織IRFがサザートンの暗殺を狙う疑いが濃くなった。IRFの有力メンバーで<詩人>ことキリアン・クインが現在姿をくらましており、特捜部は色めきたつが、外務省や公安は特捜の排除を目論み…

【感想は?】

 鬱々とした組織内の葛藤を描く警察小説としての側面と、ド派手なアクションが爽快なロボット物を合体させたこのシリーズ、前作では龍機兵の三人の搭乗者中、元傭兵の姿俊之にスポットがあたった。今回の主役は純白のバンシーに乗り込む無表情な美女ライザ・ラードナーが主役。

 とはいうものの、この作者、とことん登場人物を苛めまくるドSだ。ライザちゃんに用意された運命も過酷なんてもんじゃない。長く混乱を続け和平と闘争を行き来するアイルランド紛争の、溜まりに溜まった澱を凝縮したかのような彼女の一家の運命ときたら。ライザちゃんのファンは覚悟して読もう。

 このシリーズのもう一つのテーマは、疎外。分かりやすいのが特捜部の立場。基本的に順送りで成立する日本の警察組織の中で、外交官出身の沖津が立ち上げた特捜部。その成立の異様さから、警察内部からは異端視され、なにかと「いじめ」にあう。これのワリを食ってるのが、どう見てもまっとうな刑事の夏川警部補と由紀谷警部補の捜査班の両主任。今まで本道を歩いてきたのに、沖津にスカウトされたばっかりに同期や先輩から徹底してハブられる。ああ、悲惨。

 その特捜部の中でも、やっぱり疎外はある。日本の警官としての自負を持つ捜査班に対し、龍機兵に乗る三人は正体の知れない「傭兵」だ。実際に傭兵として世界の戦場で戦ってきた姿と、元テロリストのライザはもちろん、もともとロシアの刑事だったユーリ・オズノフすら、捜査班は「外様」扱いで接する。最初から覚悟ができてる姿、何事にも無感情なライザに対し、「警官であること」に未練たっぷりのユーリが切ない。

 やはり疎外を感じさせるのが、ライザちゃんの生い立ち。支配者として振舞うプロテスタントに疎外されるカトリック、そのカトリックの中でも七面倒くさい事情があって…。二重三重に疎外されるライザちゃんに涙すべし。

 こういう物語は、悪役がキモ。今回の悪役、キリアン・クインは冷酷で底の見えない頭脳派。<詩人>というコードネームに相応しく、意味ありげな言動で人を惹きつけ、無慈悲・無差別な殺戮を繰り返す。彼と沖津の息詰まる読み合いは、中盤以降の緊張感をビンビンに盛り上げる。

 などという鬱陶しい展開の憂さを晴らすのが、龍機兵と機甲兵装のバトル・シーン。姿俊之はダーク・カーキの都市迷彩フィアボルグ、漆黒のバーゲストを駆るユーリ・ミハイロヴィッチ・オズノフ、そして純白のバンシー。今回披露されるバンシーの「一号装備」に注目。発想が凄い。つか、よく開発したな、こんなの。

 前回活躍したフィアボルグ、今回主役を務めたバンシーに比べ、今ひとつ冴えないバーゲスト。次回は何か見せ場があるんだろうか。戦術巧者のフィアボルグ、火力のバンシーに対し、バーゲストの持ち味は速さ?

 全般的にどシリアスな色調のこの作品だが、終盤の展開は仰天もの。ひとつ間違えばおバカになりかねない仕掛けを、徹底して真面目に描いてる。ってんで気がついたんだが、この作品、読みようによっては、戦隊物の定番ガジェットを擁護する論文なんじゃなかろか。

 いやアレ、ヒネた青少年は色々とケチつけるでしょ。曰く無意味だ、むしろ邪魔だ、必然性がない…。けど、これ読めば、彼らがアレをわざわざ取り付ける意味が否応なしに分かるのですね。

 ということで、陰鬱でシリアスなトーンが漂う作品であるいながら、案外とその真意は「おバカな設定を大真面目に考察する」とゆー、回復不能なSF者が悶絶して喜ぶ危険な作品だったりする。特撮物が好きな人は頑張って読もう。「我が意を得たり!」とガッツポーズを決めたくなる。

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2012年8月15日 (水)

ジェリイ・デニス「カエルや魚が降ってくる!気象と自然の博物誌」新潮社 鶴岡雄二訳

…子どもたちが大きくなって、「なぜ空は青いの?」「鳥の群はどうしていっせいに向きを変えられるの?」「どうしてアオカケスはワタリツグミみたいに渡りをしないの?」「雪の結晶はひとつひとつ形がちがうってホント?」といった、するどい質問をするようになって、わたしたちはひどくお粗末な知識しかもっていないのを思い知らされました。
(略)
 この本は、子どもたちと、子どもっぽく思われることをおそれない大人たちの疑問に答えようとしたものです。

【どんな本?】

 なぜ雲ができるのか。飛行機が雷に打たれたらどうなるのか。なぜ夜の虫は街灯に集まるのか。最も長い渡りをする鳥は。鳥がV字編隊する理由は。星のまたたきで天気が予想できる?日常生活で経験する身近な気候の現象、それを人はどう解釈してきたか、その中で生きる植物や動物の生態から驚異的な能力までを解説する、典型的な「面白くててためになる理科の本」。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は It's Raining Frogs and Fishes, 1992, by Jerry Dennis。日本語訳は1997年10月30日発行。ハードカバー縦一段組みで約391頁、うち本文約367頁。9.5ポイント43字×20行×367頁=315,620字、400字詰め原稿用紙で約790字。長編小説なら長め。

 翻訳物の科学解説書としては文章はこなれている部類。内容的には科学というより理科に近く、特に難しい前提知識は要らない。中学卒業レベルで充分、どころか理科が得意で「寒冷前線」の意味を知っていれば、小学校高学年でも読みこなせるだろう…たまに難しい漢字が出てくるけど。ただ、米国人の読者を想定しているため、出てくる動物や昆虫が北米大陸の種が中心なのが少し残念。

【構成は?】

 謝辞/はじめに
春のはじめに/風よ、吹け/空気の球/雨降り、どしゃ降り/虹――四月の驟雨のあとで/カエルは降るは、魚は降るはの大騒ぎ/硬い雨――雹/自然の驚異――トルネード/空中セックス
夏のはじめに/炎熱にあぶられて/流れ星/蝕――太陽と月の消滅/雲をつかむような/雷鳴あるところ稲妻あり/自然の猛威――熱帯性低気圧/日の出、日の入り/聖ならざる幻影――蜃気楼などの光学現象/夜の虫/イオリア帯――空中の生息域/鳥と昆虫の天気予報
秋のはじめに/紅葉の上空で――渡り鳥/渡りをする昆虫/鳥の飛行/昆虫の飛行/哺乳類、魚類、その他の飛べる動物/オーロラの夜/月の輝く夜に/あいまいな「程度」の問題――霧、スモッグ、靄、露
冬のはじめに/寒さ/身の毛もよだつ尾をもつ星――彗星/宇宙のガラクタ/氷の花――霜/自然のバロック結晶――雪の結晶/自然の猛威――ブリザード/タフな鳥たち
 訳者あとがき/索引

 全体を季節ごとにわけ、また各章は(ほぼ)独立した短いコラムで構成しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

【感想は?】

 理科のおさらい。空はなぜ青く、夕焼けはなぜ赤いか。なぜ風が吹くのか。そういった基本的な疑問に加え、「虹のふもとには黄金の壺がある」など世界中の伝説を教えてくれるのも嬉しい。

 例えばトンボ。秋津島なんていうくらいだから、日本人にとってトンボは愛すべき昆虫。実際、害虫を食べるから益虫だし。でも嫌う地域もあって、「イギリスのワイト島の伝説では、トンボは、よい子を魚のたくさん釣れ場所につれていき、悪い子を針で刺すといわれています」。酷い。

 おさらいで「え?」と思ったのが、地平線に近い月が大きく見える理由。私は「地上に対比物があるから」だと思っていたんだが、これは古いそうな。「最近では、理由は明らかではありませんが、人間の視覚は、水平に見るときのほうが、垂直に見上げるときより、対象物を大きく感じてしまう傾向があるとしている研究者たちもいます」。つまり、よくわかってない。

 同様に知らなかったのが、大気の対流圏の高さが緯度によって違うこと。「赤道付近では約一万六千メートル、中緯度では約一万一千メートル、極地では約八千メートル」。

 雨粒の形も意外で、「じっさいの雨つぶは、よく絵に描かれているような涙滴型ではなく、天辺と底が平たく押しつぶされた、小さなハンバーガーバンズのようなかっこうをしています」。雨が降る前に、雨の匂いを感じることがあるけど、実はあれ、水の匂いじゃなくて。

じつは植物が発したオイルが土壌に吸収されて、土の匂いとまじりあったものなのです。(略)湿った空気は乾燥した空気よりも匂いをよく伝えるので、わたしたちもふだんより敏感になって、地球の麝香のような香りに陶然となりやすくなるわけです。

 書名の「カエルや魚が降ってくる!」、この現象の凄いのは凍ったカエルが降ってきた、という話。「アイオワ州デュビュークでは、1882年6月16日、二匹のカエルが生きたまま雹に閉じ込められて降った(氷が溶けると、カエルは跳んで逃げたといいます)」。きっとチルノが遊んでたんだな。

 この季節は裸族も多いかと思うけど、ピッタリした服はよくないとか。汗が蒸発する際に皮膚や血管から熱を奪うから涼しいんで、ぴったりした服は濡れた皮膚に空気が届かないから冷却効果がなくなっちゃう。「砂漠の民が何千年にもわたって、引きずるようなだぶだぶの服を着てきたのは、肌にじかに空気の流れをあてるためなのです」。

 「月がとっても青いから」なんて唄もあるけど、あれは火山灰の効果かも。「火山灰によって月光が屈折されると、ときには月が青みがかって見えることもあります」。火山が噴火した後は女性をデートに誘おう。

 「南極点のピアピア動画」じゃ蜘蛛に過酷な使命を命じてたけど、あながち無茶でもなさそう。「エヴェレストの山腹、海抜6700メートルという高さの氷原にも、ハエトリグモがいます」。何を食ってるのかというと、「無数のハ、アブラムシ、蝶、蛾、甲虫、アリ、ブヨ、ユスリカ、ダニ――どれも標高の高いところに土着のものではありません――が、上昇気流にさらわれて山頂まで運ばれ、氷雪の上に投げ出されていくことがわかったのです」。成層圏で蜘蛛が目撃された記録もあるってんだから凄い。糸を吐いて風に乗っていくんだそうな。

 けど長距離飛行のチャンピオンはキョクアジサシ。「毎年春と秋に、文字どおり地球の反対を目指して出発し、北極と南極を行き来します」。遠回りなルートなんで、「毎年、合計四万キロの世界一周の旅をしていることになるわけです」。んじゃ航法はどうやってるのか、というと、地球の磁気。確かめ方が酷い。

(伝書)ハトの首に小さな磁石をつけて放しました。予想どおり、この磁石が体内磁石を狂わせたために、伝書鳩はたちまち方向感覚を失ってしまったのです。

 飛ぶのは鳥だけじゃない。昆虫はもちろん、ムササビも飛ぶ。怖いのは蛇。

マレー半島のパラダイス・トゥリー・スネイクや、南東アジアのゴールデン・トゥリー・スネイク(略)体長90センチから1.5メートルほどのこの樹上の住民は、腹部をへこませて、わき腹の鱗を広げ、体を平らにして、木のてっぺんから地面へと滑空する能力を発達させてきました。

 ツチノコの正体は、もしかして?
 最後に、うらやまけしからん風習を紹介しておわりにしよう。昔から朝露は何か特別な効力があると思われていたが、この風習は世界に広げて欲しかった。

 古き良き時代のイギリスの五月祭では、ときに、うら若い乙女が、朝まだきの露の上を裸になって転がり、よりいっそう美しくなろうと努力したという話です。

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2012年8月13日 (月)

メアリー・シェリー「フランケンシュタイン あるいは現代のプロメテウス」光文社古典翻訳文庫 小林章夫訳

「呪われし創造主よ!おまえすらも嫌悪に目を背けるようなひどい怪物を、なぜつくりあげたのだ!神は人間を哀れみ、自分の美しい姿に似せて人間を創造した。だがこの身はおまえの汚い似姿に過ぎない。おまえに似ているからこそおぞましい。サタンにさえ同胞の悪魔がいて、ときに崇め力づけてくれるのに、おれは孤独で、毛嫌いされるばかりなのだ」

【どんな本?】

 SFの原点と人はいう。19世紀イギリスの作家メアリー・シェリーが、バイロン卿らとスイスを訪れた際の会合を機として書き上げた、怪物を作った男と、男に作られた怪物の物語。今やドラキュラ・狼男と並ぶモンスターの常連だが、実は「フランケンシュタイン」は怪物を作った男の名前で、怪物自身に名前はついていない。不憫だ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Frankenstein ; or, The Modern Prometheus, 1831, by Mary Shelly。今回読んだ日本語版は2010年10月20日初版第1刷発行。文庫本縦一段組みで本文約378頁+1831年版まえがき+1818年初版序文+訳者による解説+訳者あとがき+メアリー・シェリー年譜。9ポイント38字×15行×378頁=215,460字、400字詰め原稿用紙で約539枚。長編小説としては標準的な長さ。

 古い本ではあるが、案外と文章はこなれていて読みやすい。文中に引用している詩や小説は訳者が適切な注をつけている。この注も、巻末ではなく見開きの左頁の左袖なので、いちいち頁をめくる必要がなくて便利。こういう細かい心遣いはありがたい。

【どんな話?】 

 ロシアから北極海航路の開拓を目指すロバート・ウォルトンは、航海中氷に閉ざされ立ち往生している時、一人の紳士を救出する。ヴィクター・フランケンシュタインと名乗る紳士は、彼が一人で北極海を旅している理由を語り始めた。

 ジュネーヴ生まれの彼は科学に興味を持ち、インゴルシュタット大学で学び優れた才能を開花させる。生命創造の秘密を掴んだ彼は、密かに自らの力で命を持たぬ身体に生命を吹き込む。だが、己の作ったモノのあまりの醜さに耐え切れず、逃げ出してしまった。

 身の丈2.4m、怪力にして俊敏、粗食に耐え雨風をものともしない頑健な肉体。優れた知性を持つ怪物は、森に隠れ生き延びるが、やがて人の縄張りへと近づいてゆく。その姿ゆえ人に恐れられ疎まれる彼は、小さな小屋に潜み隣の貧しい家族を覗き見ながら、人の社会について学んでゆく。

 老いた父と若い兄妹、そして兄の嫁の四人家族は、貧しいながらも互いにいたわりあっていた。彼らに好意を抱いた怪物は、姿を隠して薪を送るなど密かに支援しながら、彼らに助けを求める計画を立てるが…

【感想は?】

 おお、これは、確かにSFの原点だ。古いだけあって冗長な部分もあるし科学考証は甘い(というより魔法に近い)が、描かれるテーマは現代のグレッグ・イーガンや瀬名秀明へと脈々と受け継がれている。

 なんといっても、怪物がフランケンシュタインに語る部分がいい。センス・オブ・ワンダーに溢れている。知性を持った、だが人間ではない存在が、どうやってこの地上で生き延びていくか。生まれたてでボンヤリしていた彼が、知性の芽生えと共に世界を認識していく経過の描写は、イーガンの「ディアスポラ」でヤチマが誕生する場面を思わせる…って、本当はシェリーが元祖だけど。

 野生動物のような生活から、火を覚え、道具の使い方を覚え、「家」に住み着くくだりもゾクゾクする。「人類の歴史四千年」を四週間に凝縮したような雰囲気。これ読んだら、ペットを捨てるなんて出来なくなるぞ、きっと。

 ここから隣の家族を覗き見、人間社会について学んでゆくんだが、ここからが切ない。見た目こそ化け物だが、心は無垢。そして、自分が人に恐れられる事も知っている。互いに思いやりいたわりあう家族を好ましく思い、自らの孤独をかみ締めながら、決して自分は一家団欒の輪に加われぬ事も分かっている。リア充に囲まれた喪男の悲哀というか←ちょっと違う

 という「一人の人間(の、ようなもの)」としての怪物の心情もさることながら、彼の無垢な目から見た人間社会のあり方、という視点もSFの重要な原点のひとつ。人間とは何か、を考えるにあたり、人間の対比物を置いて、それから見た人類の姿を描く、という手法は、まさしく瀬名秀明が得意とするもの。

 そして、「哀しく孤独なヒーロー」という側面。頑健な肉体を持ち、それを活かして人に奉仕しながら、その特異性ゆえに排斥されてしまう。この怪物に比べたら、最近の特撮ヒーローは甘えすぎ←をい。

 そう、この物語は孤独に彩られている。最初の語り手ロバート・ウォルトンは、北極海航路開拓の野望に燃えながらも、「友達がいないのです」と、心を通じ合える者がいない寂しさを訴えている。ロバートがやっと見つけたフランケンシュタインは、自らの抱えた秘密により、人と親しく付き合えない。そして、彼に作られた怪物に至っては…

 と、これ書いてて気がついたんだが、せめて名前ぐらいつけてやれよフランケンシュタイン。動き始めたら即効で見捨てるって、酷いじゃないか。

 と、そんなわけで、フランケンシュタインの語りが中心なのだが、どうにも読んでて怪物に感情移入してしまい、フランケンシュタインに同情できないんだよなあ。いや確かに彼の運命も悲惨なんだけど、なんか自業自得って気がして。せめてマスク被せるとか、特製スーツ着せるとかさあ←しつこく特撮ヒーローに拘ってる

 「異星人の郷」や映画 E.T. へと繋がるファースト・コンタクト物で描かれる文化の軋轢、ロボット物で扱われるヒトを映す鏡としての人間の対比物、そしてトランスフォーマーやワイルドカードや仮面ライダーに受け継がれるヒーローの孤独。荒削りで未成熟ながら、この作品は豊かで多彩なSFの種を確かに秘めている。

 フランケンシュタインが逃げ出さず面倒を見ていたら?サーカスに売り払っていたら?工場を作って大量生産したら?自分で自分の仲間を作れたら?感情を持たなかったら?怪物が人ではなく猫やワニに似ていたら?美少女だったら?少しアレンジするだけで、妄想はいくらでも広がっていく。それが、原点といわれる所以だろう。

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2012年8月12日 (日)

クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学 あなたの脳が大ウソをつく」文藝春秋 木村博江訳

 フラッシュバルブ記憶を人に話したり、人に話してもらったりすると、何時間でも会話がはずむ。今度あなたが退屈なディナーパーティーに出席したときは、試してみるといい。

【はじめに】

 一時期、話題になった動画がある。下の動画を見て、白シャツの選手がパスする回数を数えてみよう。英語の解説も入れ、全部で1分42秒の動画だ。他の動画も、サイト The Invisible Gorilla から参照可能。

【どんな本?】

 モーツァルトを聞くと頭がよくなる?運転中の携帯電話がいけない理由は片手が塞がるから?はしかの予防接種は自閉症を招く?サブリミナル広告は危険?雨の日はリューマチが痛む?…。世にある俗説の多くは、ちょっとした勘違いが元になっている。人はどんな勘違いをするのか、なぜ勘違いをするのか、どんな勘違いがあるのか、その傾向は。2004年イグ・ノーベル賞を受賞した著者が、多くのエピソードを交え、人がおかしがちな勘違いを語る、一般向けの楽しい解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Invisible Gorilla and other ways our intuitions deceive us, by Christopher chabris & Daniel Simons, 2010。日本語版は2011年2月10日第一刷。私が読んだのは2011年5月5日の第三刷。単行本で縦一段組み本文約300頁+訳者あとがき3頁+成毛眞の解説「脳トレ・ブームに騙されるな!」4頁に加え、参考文献がなんと53頁の充実ぶり。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も、参考文献こそ充実して学術書のような体裁だが、中身は親しみやすく分かりやすい。上の動画でわかるように、語り口がユーモラスなのでとっつきもいい。書名に「科学」とあるが、特に難しい前提知識もいらない。ただ、米国の読者を対象としているので、一部のエピソードは日本人にピンとこない物もある。

【構成は?】

 はじめに 思い込みと錯覚の世界へようこそ
実験Ⅰ えひめ丸はなぜ沈没したのか? 注意の錯覚
実験Ⅱ 捏造された「ヒラリーの戦場体験」 記憶の錯覚
実験Ⅲ 冤罪証言はこうして作られた 自信の錯覚
実験Ⅳ リーマンショックを招いた投資家の誤算 知識の錯覚
実験Ⅴ 俗説、デマゴーグ、そして陰謀論 原因の錯覚
実験Ⅵ 自己啓発、サブリミナル効果のウソ 可能性の錯覚
 おわりに 直感は信じられるのか?
  謝辞/訳者あとがき/参考文献/解説 脳トレ・ブームに騙されるな! 成毛眞

【感想は?】

 最初の動画は、「実験Ⅰ注意の錯覚」で使ったもの。知っている人はひっかからないのが、この実験の辛いところ。テーマはパスの回数ではなく、途中のゴリラの乱入に気づくか否か。約半数の人が気づかないというから驚き。ちなみに気づかない人に傾向はなく、敢えて言えばバスケットボールの選手は気づく傾向が高いが、ハンドボールの選手は他の人と似たような成績だとか。

 「つまり人の注意力には定量があって、一つに集中すると他の事が疎かになるんだ」と著者は説く。ここではもうひとつ、重大な提言をしている。自動車の運転中、ハンズフリーの携帯電話は安全か?

 危険なのだ。信号の停車や、いつもの角を曲がるなど、慣れた動作は問題ない。だが、予想外の事態への反応が遅れる。想定内の変化には問題ないため、ドライバーは安全だと思いがちだが、多くの事故は想定外の事態で起きる。そして、想定外の事態への注意力は、携帯電話の会話に奪われる。

 などと、ユーモラスな実験やエピソードと深刻な問題を適度に混ぜ、人間が陥りがちな勘違いの傾向と原因をひとつひとつ暴いていく。心理学の本だが、エセ科学に巻き込まれないための心得も綺麗にまとまっている。例えば、原因の錯覚を三つに分類していて、これがなかなか便利。

  1. 偶然のものにパターンを見いだし、そのパターンで将来を予測する。
  2. 二つのものの相関関係を、因果関係と思い込む。「アイスクリームが売れると水難事故が増える」
  3. 前後して起きたことに、因果関係があると思い込む。はしかの予防接種を受け終わる頃に、自閉症の診断が可能になる。

 ちなみに予防接種と自閉症の因果関係は見つかっていない(というか今は複数の遺伝子が自閉症に関わっているという見解が主流)、リューマチの痛みと雨は無関係、サブリミナル効果はでっちあげ。

 困ったことに、人は統計より個々のエピソードを重視する傾向があるし、マスコミはデマの取り消しに不熱心だ。モーツアルトの実験で使ったのは「二台のピアノのためのソナタ」だったが、噂に便乗したレコード会社は多くのCDを出したが、「二台のピアノのためのソナタは、どのCDにも入ってなかった」。ちなみに追実験だと、ポップ・ミュージックを聞いた子供の成績が最も良かったそうな。つまりは気分がいいと知能テストの成績も上がるんだろう、と著者は推測している。

 IT系の開発者には耳が痛いのが、「知識の錯覚」。世界最優秀プログラマーを決めるトップコーダー・オープンで2008年に優勝したティム・ロバーツの戦略は…

最初の一時間を使って仕様書を調べ、その製作者に、少なくとも30項目の質問をおこなった。そして完全に問題を理解したのを確認したあと、ようやく彼はデータのコード化を開始した。

 いきなりコードを書き始めて痛い目を見た経験がありませんか。私はあります、しかも数え切れないぐらい何度も。えっへん←威張ってどうする
 やっぱり開発で失敗しやすいのが見積もり。大抵は甘すぎてデスマーチになる。これも面白い手法を著者は提案してる。ひとつは似た案件を過去の記録から掘り出して参考にすること。もうひとつが面白い。

ほかの人たちに新鮮な目で計画案を見てもらい。見積もってもらうのも一つの方法である。"彼ら”が計画を実行した場合ではなく、あなた(あるいは、あなたが依頼する建設業者やあなたの部下など)が、実行した場合を見積もってもらうのだ。

 この項で面白かったのが、もう一つ。使い慣れているものは、その構造を理解していると人は思いがちだって事。あなた、トイレのウォーターハンマーの仕組みを説明できますか?私はできません。えっへん。

 疑似科学への免疫をつけるにもよし、逆用して効果的なプレゼンテーション作成に活用するもよし、情報リテラシー養育に使うにもよし。ト学会系の本が好き(だけどマニアというほどでもない)人なら、きっと楽しめる。

 ちなみに冒頭の引用のフラッシュバルブ記憶とは、911や311など衝撃的な事件報道に接した際、人は自分がどこで何をしていたか、などを鮮明に覚えているという現象。鮮明ではあるが、実はあまりアテにならないそうな。

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2012年8月11日 (土)

榊涼介「ガンパレード・マーチ2K 新大陸編 3」電撃文庫

「ソックス一トンの価値は……」
「金塊一トンの価値に勝る」

【どんな本?】

 2000年9月、SONY Playstation 用ゲーム「高機動幻想ガンパレード・マーチ」のノベライズとして始まったシリーズ。ゲーム本体は(当時としては)卓越した自由度・野心的なシステム・アクの強い世界観と登場人物が好評を博し、星雲賞に輝いた。なお、現在では PSP 用にアーカイブで復活している。

 ノベライズのシリーズも2001年12月発行の短編集「5121小隊の日常」から始まり、ゲームに準じた内容は「5121小隊の日常Ⅱ」で完了。以後、榊涼介オリジナルの内容で「山口防衛戦」よりシリーズは再開し、現在まで続いている。この巻で通算33巻目。

 この巻は久しぶりの特別短編「ソックスハンター列伝 ソックスギャルソーンの積と罰」を収録。ひゃっほーい。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2012年8月10日初版発行。文庫本縦一段組で本文約262頁。8ポイント42字×18行×262頁=198,072字、400字詰め原稿用紙で約496枚。標準的な長編小説の分量。安定して健筆だなあ。

 ライトノベルだけあって文章は読みやすい。ただし、元のゲームの世界設定が独特で複雑である上に、小説も長いシリーズのため、登場人物が多く背景事情が込み入っている。この巻から読み始めても、まず意味不明だろう。

 できればシリーズ開始の「5121小隊の日常」または時系列的に最初期になる「episode ONE」から読み始めるのが理想だが、「そんなに根気が持ちそうにない」という人は、「新大陸編1」から読み始めてもいいだろう。舞台が大きく変わり登場人物が整理されたので混乱が少ない上に、一応「前史」として「これまでのあらすじ」を冒頭に収録し、また、主要登場人物の一覧を口絵で紹介している。

【どんな話?】

 カナダのセントローレンス湾に上陸した幻獣は東海岸を大挙して南下、米軍はマジノ線を模して構築したボストン防衛線で幻獣をかろうじて食い止めたが、幻獣の勢いは衰えず、国民を欺く楽観的な報道とは裏腹にボストンも危機に瀕していた。

 米国に派遣され、フォレストウッド空軍基地に軟禁された5121小隊だが、大原首相の後押しもあり、行動の自由を得て海兵隊と共にレイクサイドヒルの救援へと向かう。既に同じ作戦に向かい挫折した陸軍の残兵を吸収しつつ、フェルナンデス中佐の指揮する海兵隊と戦闘を通じて連携を深めていくが、レイクサイドヒルに近づくに従い幻獣の攻撃は激しさを増し、救援軍は疲労と消耗を深めていく。

 幻獣の王族ハニエルは、軍産複合体を擁するマーメイド・グループを簒奪し国防長官アーロン・バーナードを抱きこみ、米国の政治・経済界に浸透を図る。バーナードは空襲の誤爆を装ってまで5121小隊つぶしを画策するが、フェルナンデスの副官デイヴィッド・プラッター大尉のコネクションにより謀略は暴露の危機を迎える。

 レイクサイドヒルで警部ケヴィン・マクベインと協力し市民の避難を支援していた浅井遊馬は、避難所へ合流するが、閉鎖された環境でストレスを溜めた市民により、避難所は次第に険悪な空気が漂い始め…

【感想は?】

 前巻では閉塞された空軍基地から脱出、九州撤退戦から5121小隊のお家芸となった救出作戦へと向かい、それなりに爽快な場面があったものの、この巻は全般を通して「溜め」のステージ。レイクサイドヒル・5121小隊+海兵隊・ボストン防衛線と、いずれもギリギリと締め上げられる緊張感に支配されている。

 整備班主催の悪ふざけで感情の交流はあったものの、近づけばそれなりに衝突が増えるのが人間関係。連戦の疲れも相まって、事務的に接していた時には表に現さない不満も口に出すようになる。一見、雰囲気が悪化しているように思えるけど、実は少しづつ本音で話せる関係になりつつある、と見るがどうなんだろ。ゴキブリもとい多脚戦車M11の弱点も意外。幻獣は物量作戦だしねえ。

 同じ対立の解消でも「下品の王様小隊」は彼らの流儀。苦労するねえ、トラちゃん。こっちじゃ唯一英語が話せる能見が大忙し。拾っといてよかったね。

 海兵隊ではフェルナンデスとプラッターの会話が意味深。海兵隊で佐官と言うと、民間企業だと部長クラスにあたるのかな?組織の中で、その辺になって見えてくる事情を、「これが現実」と受け入れつつ、それでも最善の結果を求めて判断を下すフェルナンデスの器の大きさも相当なもの。前巻に続き、この巻も映画ネタがチラリ。「胃を押さえ」とあるけど、フェルナンデス、実は結構楽しんでないか?

 疲労とストレスが蓄積する戦闘の中、楽園を見つけた舞。米軍も力で押さえつけず、潰れかけの牧場に子馬の数頭もつけて進呈すれば舞を釣れたのにねえ。

 肝心の救出作戦は、予想通り地形を利用した計画が持ち上がる。それも、単に敵のウラをかくだけじゃない。この地方だからこそ可能な、大胆不敵な作戦となる。幻獣側の不穏な動きもあり…

 レイクサイドヒルでは、浅井とジュディが意外な活躍を見せる。今まで勢いだけの人だったジュディが、ノリの良さを生かしてなりきるあたりは惚れてしまう。

 特別短編「ソックスハンター列伝 ソックスギャルソーンの積と罰」は…ついに、きた!ここになって明らかになる、人類の隠された影の歴史。地理的にも大きく広がったためか、時代的にも大変なことになっている。予想通り、新大陸にも困った人たちはいて、困ったコネクションが成立してしまった模様。お互いの利害が一致すれば、貿易と外交も一段と深まる。果たして、これを元にソックス外交が展開されるのだろうか。嫌な外交だw

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2012年8月 9日 (木)

篠田節子「はぐれ猿は熱帯雨林の夢を見るか」文藝春秋

 「こういう会社で、社長が背広なんか着て、ぶっつわりこんでたら、事業を大きくすることはできません。あたしは、どこにでもトラックで駆けつけます。魚の顔見りゃ,あんた、世界が見えまっせ。市場の職員にナメられることもない」  ――深海のEEL

【どんな本?】

 直木賞作家篠田節子の、現代~近未来を舞台とした本格SF作品集。SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2012年版」のベストSF2011国内編でも、堂々12位にランクイン。書名や集録作のタイトルは有名作品のパロディのため、軽い作品を集めたような印象を受けるが、中身は惜しげもなくアイデアをブチ込んだ、紛れもない現代SF傑作集。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2011年7月10日初版発行。初出は「オール讀物」2009年二月号~2011年三月号。単行本縦一段組みで本文約300頁。9ポイント43字×19行×300頁=約245,100字、400字詰め原稿用紙で約613枚。長編小説としては標準的な分量。

 文章は抜群に読みやすく、一気に引き込まれてスイスイ読める。SFだけに理科っぽい部分は多少あるものの、わかんなければ読み飛ばしても結構。ソコも美味しいのは確かだが、それ以外にも美味しいところがてんこもりなんでご安心あれ。

【収録作は?】

深海のEEL
 その年、駿河湾のタカアシガニ漁の引き網漁船は異変に見舞われた。お目当てのタカアシガニは全くかからず、2メートルを超えるウナギばかりだ。これでは大きすぎて蒲焼にならず、値がつかない。そこに現れたのが激安寿司の金太郎チェーンの社長。現金で全部を買い入れ、颯爽と去ってゆく。
 非鉄金属の五洋マテリアルから外郭団体の特殊法人に体よく出向に出された斎原は、役人相手の接待に苦りきっていた。締めの鰻重をつまんだところ…

 間違いなく本格的な海洋SFであり、現代日本を支える縁の下を描く産業SFでもある。話がテンポよくコロコロ転がっていくのがコメディ調で気持ちいい。テンポこそコメディ調だが、冒頭の引き網漁船から水産物の流通、金太郎チェーンのビジネスの秘訣や斎原の奮闘など、産業界から省庁の絡みなどのリアリティは抜群。人物像はコミック風にデフォルメしながらも、組織間の駆け引きは「いかにもありそう」な線に落ち着かせる匙加減は絶妙の職人芸。
豚と人骨
 すったもんだの相続争いが一段落し、祖父の家はマンションに建て替えることになった。ところが、施工を請け負う吉松建設から不吉な電話が俊秀に入る。なんと、人骨が出たというのだ。だが、人が触れたとたんに骨は霧散してしまう。見なかった事にして更に掘り進むと、巨石の下に無数の骨が…

 これもまたテンポがいい上に、話が二転三転するサービスぶりが見事。関東平野じゃ工事中に骨が出るって話はよくあって、長期間の工事中断に泣かされる施工主も多い。アクの強い登場人物が多い中でも、際立ってるのが法医学博士の藤堂。彼の変態紳士っぷりには、ひたすら脱帽。「なにやら世知辛い話だなあ」などと思ってると、たいへんな方向に話は転がっていき、壮大なビジョンへとつながっていく。最近のアメリカ作家なら長編にしちゃう話を、徹底して凝縮した贅沢な作品。
はぐれ猿は熱帯雨林の夢を見るか
 藍子は田舎町の一軒家に住み、松沢科学に勤める独身OL。事務所には六十近い社長と奥さん、定年近い総務部長しかいない。昨日までは取引先の興田電気の開発チームの一人、金森がいたのだが、既に引き上げていた。藍子は物静かで穏やかな金森が気になっていたのに。
 金森の机を整理し、見つけた不思議な携帯ストラップを記念品がわりに家に持ち帰った藍子は、40cmぐらいでキャタピラ駆動のラジコンカーに付きまとわれ…

 海洋産業SF、怪奇物ときて次はどうなるかと思ったら、若い女性が付きまとわれるサスペンス仕立て。これも感心したのが、興田電気の設定。ハイテク企業が、土地の安い地方に研究・開発の拠点を置くのは、最近じゃよくあるケース。「こんなこともあろうかと」が出ないのが不思議な浅賀工場長がいい味出してる。初出は「オール讀物」2010年五月号だが、むしろ「トランジスタ技術」あたりに載せたら好評なんじゃないかと思う。また、森博嗣が好きな女性の感想も聞いてみたい。
エデン
 63年もかかった工期が、明日、終わる。極寒の地で続いた、トンネル工事。その向うには、何があるのか、誰も知らない。掘り進むのは、巨大なトンネルボーリングマシン。地表に出るには、一時間以上もトラックで走る必要がある。地表に出ると、夜空には見事なオーロラが広がっている。

 隔絶された村で、物静かに禁欲的に生きる村人たち。単調で刺激のない生活に放り込まれた日本人青年。いったい、この村は何なのか。何か宗教的なコロニーなのか。ヤマギシ会のような怪しげな思想集団なのか、それとも異界に迷い込んだのか。今までの彼女の作品をヒントに考えてたら、これまた見事なオチに背負い投げを食らう繊細にして豪快な作品。

 「ベテラン直木賞作家の書くSF」とはとても思えない。いや確かに文章はスラスラ読めるし人物造詣も確かだし、社会背景もしっかりしてる。が、何より、作品にみずみずしさが溢れている。著者名を伏せて「大型新人作家の作品集」といわれたら、私は素直に信じ込んで絶賛するだろう。特に表題作の「はぐれ猿は熱帯雨林の夢を見るか」。

 SF的な仕掛けも、煩いSF者をうならせる細やかさを備えると同時に、疎い読者を煩わせない絶妙の加減に仕上がっている。それより何より、「今、自分が置かれた立場に微妙に馴染めない若者の孤独感と孤立感」は、若手SF作家こそ得意とする感覚だろうに、ベテランの著者がこうも見事に描くとは。

 私がこの作品を読んで連想したのが、これ。リンク先は微妙にネタバレなので要注意。話題を呼んだ一作目に比べ、微妙にカルトな扱いをされてるけど、あまり期待せずカップルで暇つぶしに観るには格好のお勧めの映画。

 SF周辺的な作品を書いていた著者だからどうなるかと思ったら、小松左京や小川一水の向うをはる本格SFが詰まってて、綺麗に背負い投げを食らった気分になった。

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2012年8月 8日 (水)

デイヴィッド・E・ダンカン「暦をつくった人々 人類は正確な一年をどう決めてきたか」河出書房新社 松浦俊輔訳

これまでに火を見たことのない人が、火は燃え、物を変化させ、それを破壊することを推理によって証明したとしても、それを聞く人の精神はそれでは満足しないだろうし、自分の手や可燃物を火にのせて、自分の理性が教えてくれることを、経験を通じて証明するまでは、火を避けることもないだろう。しかしひとたび燃焼という経験を得てしまえば、精神は納得し、真実の光の中で安堵する。この推理では十分ではない――経験が必要なのだ。  ――ロジャー・ベーコン「大著作」

【どんな本?】

 今日は2012年8月8日だ。では、2012という年は、いつ、誰が、どうやって決めたのか。なぜ年の初めは1月1日なのか。なぜ月は12月までで、2月だけ短いのか。うるう年の規則は、どんな経過で決まったのか。なぜ曜日は日月火水金土の七日なのか。

 地球が太陽を巡る公転運動、地軸を中心に回る自転運動が関係していて、困ったことに年の日数は整数にならない。カレンダーの不規則さの原因には、この困った自然現象があり、それを計測・予測する科学があり、表現する数学があり、利用する人間の都合があった。

 現在、多くの国や地域で使われているグレゴリオ暦(→Wikipedia)の歴史を軸に、科学・数学・そして社会の変転を、豊富な挿話で綴る。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Calender : Humanity's Epic Struggle to Determine a True and Accurate Year, by David Ewing Duncan, 1998。日本語版は1998年12月10日初版発行。単行本縦一段組みで約366頁、うち本文約329頁。8.5ポイント49字×21行×329頁=338,541字、400字詰め原稿用紙で約847枚。長編小説なら長め。

 文章は最近の翻訳物のノンフクションとしては標準的な読みやすさ。テーマが「一年の長さ」なだけに、中学校程度には理科、特に天文の素養が必要。といっても、地球は自転し、太陽の周囲を公転し、地軸が23.4度傾いて季節を生み、地軸がすりこぎ運動してる、まで。正直、この本の科学解説の部分はちと不親切なので、恒星年と回帰年の違いを生む歳差については、Wikipedia(→恒星年回帰年歳差) などで補うことを薦める。

【構成は?】

 <暦の指標>
序章 時間にかけられた網
1 孤独な天才が時間についての真相を訴える
2 ルナ――時を惑わす月の女神
3 カエサルが太陽を採用する
4 輝く金の十字架
5 静止する時間
6 修道士は指折り数えながら夢を見る
7 シャルルマーニュの砂時計
8 365.242199への長い旅路
9 智恵の館から暗黒のヨーロッパへ
10 ラティノルム・ペヌリア(ラテン世界の貧困)
11 時間をめぐる争い
12 黒死病からコペルニクスまで
13 時間の謎を解く
14 永遠に失われた10日間
15 原子時間で生きる
 訳者あとがき/時の年表/図版出典/文献注記

【感想は?】

 この本に出てくるグレゴリオ暦は、現在日本で使っている暦だ。キモはうるう年の入れ方。年を西暦で表し、プログラム風に書くと、こんな感じ。

if( 4で割りきれない ) then { 平年(うるう年でない) }
else if( 400で割り切れる ) then { うるう年 }
else if ( 100で割り切れる ) then { 平年 }
else { うるう年 } /* 4で割り切れて100で割り切れない */

 普通の文章だと…

4で割り切れなければ、平年。
4で割り切れるなら、うるう年。
ただし100で割り切れるなら、平年。
ただし400で割り切れるなら、うるう年。

一見、めんどくさいようだが、昔はもっとめんどくさかった。月の満ち欠けを基にした太陰暦を使ってると、「わずか16年で夏至と冬至が逆になってしまう」。ところがエジプトは六千年前に太陽暦を採用してる。この原因は、ナイルの氾濫と農業にあるんじゃないか、と推測している。

 この本の大きなテーマは二つ。ひとつは、科学・数学の側面で、人がどうやって正確な一年を求めたか、という話。二つ目は、その正確な一年をどうやって受け入れたか、という社会的な側面の話だ。

 昔は大抵の国の基本産業は第一次産業だった。そのため、正確な暦は必須だった。でも一日は地球の自転周期で決まり、一年は公転周期で決まる。どっちも自然の気まぐれだから、整数にならず、ズレが出る。暦は社会の基本で、大抵は権威者が制定する。暦のスレは権威者の面子に関わるんで、狂ったからといっておいそれとは変えられない。この現実と権威者の面子の葛藤が、社会的な側面だ。

 科学・数学の側面では、小数点や位取り記法に意表を突かれた。改めて考えれば当然なのだが、確かに少数の概念がなければ正確な「年」は定義できない。計測は、紆余曲折の末に1543年のコペルニクスの「天球の回転について」が大きな基準となる。この時代に回帰年と恒星年の違いを認識していた、というから凄い。大雑把に言うと、恒星年は地球の公転周期だけで計算したもの、回帰年はそれに歳差を加えたもの。紀元前にヒッパルコス(→Wikipedia)が発見していた、というのも唖然。

 コペルニクスは「この本、ヤバくね?」とビクつきながら出したが、「ほとんど物議をかもさなかった。理解できた者がほとんどいなかったのである」。わはは。

 なぜヤバいかと言うと、つまりは教会だ。ところが、暦の定義・改訂の原動力となったのも、キリスト教なのが皮肉。「復活祭をいつにするか」「その日が聖書とズレちゃマいのではないか」という懸念により、教会は正確な暦を求めたのだ、としている。日本じゃクリスマスが有名だけど、キリスト教じゃイースターの方が重要だとは知らなかった。

 そうなるまではユリウス暦でやってきた欧州、偉大なローマがキリスト教を受け入れ腐敗し分裂し、舞台は東方に移って…ってな感じに物語りは進む。七世紀の欧州が「われわれは時間の終わりを生きている」(7世紀のフランクの年代記作家フレデガー)などと黄昏れた気分の終末論に浸っていたのに対し、833年に完成したバグダートの「知恵の館」は「単独のものとしてはアレキサンドリアの大図書館以来の最も優れた知識と学問の宝庫となった」。

 再び欧州が勃興し始めると、東方との貿易も増え、暦を統一する必要が出てくる。というか、その前は、地方ごとにバラバラな暦を使っていたので、日数計算が面倒くさいことったら。キリスト教が普及して地域ごとにローカルな聖人が増え、同時にその記念日も増えたんで、農夫などは「3月21日だとは言わずに、聖ベネディクトゥスの日」などと表現したそうな。

 時はめぐり16世紀の医師アロイシウス・リリウスが提案した案を天文学者クリスロフ・クラヴィウスが推薦し、教皇グレゴリウス13世が会議を開いて採用する。が、この時期にキリスト教世界は東方教会と袂を分かち、またお膝元でもプロテスタントが叛旗を翻している。それまでユリウス暦に従っていたための10日間のズレもあり、受け入れるには宗教的・社会的に大きな抵抗があって…

 自然そのものに根拠を得て天体の運動を求める数学・科学と、独自の論理に根拠を得て復活祭の日付を求める宗教が、互いの食い違いを解消しようと葛藤するドラマは、なかなかに刺激的。インターネットの普及もあって、最近になって出てきた新しい暦の提案など、現代の面白話もある。ちょっと変わった側面から歴史を探る河出書房新社のシリーズの一冊、科学よりは歴史の比重が大きいんで、カテゴリは歴史/地理とした。

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2012年8月 6日 (月)

マイケル・B・オレン「第三次中東戦争全史」原書房 滝川義人訳

「イスラエル政府は、戦争に特定のゴールを設定したことはない。それは、ボトムアップの形で出てくる。軍から政治のトップへあがっていくのである。戦後になって初めて、政府が戦果を丸で囲み、これが政府のもともとの目的であった、と宣言するのである」  ――イスラエル軍作戦部長(当時)レハバム・ゼービ

【どんな本?】

 1967年。ソ連を後ろ盾とするシリアはイスラエル北部への砲撃を続け、イエメンに足を取られているように見えたナセルのエジプトはシナイ半島に大戦力を展開、国連緊急軍を退去させてチラン海峡を封鎖する。トランス・ヨルダンのフセイン国王は武力衝突を避けようとするが、その穏健な方針はパレスチナ系を中心とする国民の不満を呼び、王制の危機を迎える。

 ベトナムで足掻くアメリカのリンドン・ジョンソンはイスラエルへの支援には消極的であり、フランスのド・ゴールも戦闘機の引渡しを遅らせる。ファタハのテロはやまず、イスラエル政府は窮地に追い込まれるが、政府内でも開戦派と慎重派は互いに譲る気配を見せない。

 イスラエルは予備役を動員してシナイ方面を中心に防衛体制を固めるが、動員による経済負担は大きく、国庫の破綻が次第に迫ってくる。合衆国が提案する、多国籍船団によるチラン海峡通過計画「紅海レガッタ作戦」は西側諸国の協力を得られず、暗礁に乗り上げる。

 懸命の努力を続けたイスラエル首相エシュコルは、決断を下す。

「私は行動の時が来たと確信する。私は国防軍に対し、行動開始時と方法を決めるよう命令をくださなければならない」

 国際的には孤立無援の立場であり、兵力でも圧倒的な劣勢でありながら、たった六日間でイスラエルがエジプト・ヨルダン・シリアの三方面を相手に戦史上稀に見る圧勝を納めた六日間戦争こと第三次中東戦争。その背景と経緯、そして戦闘の様子を、元イスラエル防衛軍士官で駐米大使の著者が、多くの資料と取材により再現する。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Six Days of War : June 1967 and the Making of the Modern Middle East, by Michael B. Oren, 2002。日本語版は2012年2月5日初版第一刷発行。単行本で縦一段組み、本文約561頁+インタビュー(マイケル・オレン×ファド・アジャミ)15頁+あとがき6頁+訳者あとがき4頁+索引12頁+資料・脚注・参考文献95頁。本文だけなら9.5ポイント48字×20行×561頁=538,560字、400字詰め原稿用紙で約1347枚。長編小説なら2~3冊分。

 一つの戦争を描く本としては、訳もこなれていて、意外と読みやすい。ただ、一部、地図と本文で地名の表記が異なっている。軍事的な知識はあまり必要ないが、中東の歴史や地理、そして当事の世界・中東情勢がわかってないと、今の若い読者には辛いかも。例えば、当事のイランは王制で親米。

【構成は?】

 謝辞/まえがき
第1章 背景
第2章 触媒
第3章 危機
第4章 秒読
第5章 戦闘 第一日目、六月五日
第6章 戦闘 第二日目、六月六日
第7章 戦闘 第三日目、六月七日
第8章 戦闘 第四日目、六月八日
第9章 戦闘 第五日目、六月九日
第10章 戦闘 第六日目、六月十日
第11章 余波
 巻末付録 インタビュー(マイケル・オレン×ファド・アジャミ)
 あとがき/訳者あとがき
 索引/資料と表記について/脚注/参考文献

【感想は?】

 著者の経歴のためもあり、全般的にイスラエル寄り、というか、イスラエル軍の視点で見た第三次中東戦争、といった印象。例えば政治的な方面では、イスラエル政府内部の意見対立などは資料に基づいて詳しく書かれているのに対し、シリアの内部情勢は大雑把。まあ、その最大の理由は、アラブ側の資料はあまり公開されていないから、なんだけど。とまれ、エジプトやシリアの前線で戦った将兵の言葉も載っているので、できる限り多くの視点から資料や証言を集める努力をしている模様。

 内部事情を最も詳しく書かいてあるのはイスラエル。それに次ぐエジプトは、ナセルとアブダル・ハキム・アメル元帥。(トランス・)ヨルダンは一貫してフセイン国王の視点が中心で、シリアは外側から伺うかんじ。周辺国としてはアメリカが最も詳しく、ついでソ連。

 開戦までの4章は、息詰る緊迫感で胃がもたれる。周辺四国から締め上げられ、しかもエジプトとシリアのバックにはソ連がついている。アラブの流儀でマスコミに載るニュースの言葉はやたらと勇ましく、今日にでも攻めてきそうな按配。ただ、幸いにして、互いに連携を欠き足の引っ張り合いにも熱心。こういう所は、ラップの世界に似ているかも。

 鳥井順の「中東軍事紛争史Ⅲ」ではナセルの意図が判然としなかったが、この本ではアメルとの確執やイエメンでの苦戦による面子の泥をすすぐため、のように読める。もう一つ、エジプトで異様に思えたのが、シナイでの陸軍の壊滅の原因。この本では、その責任の多くをアメルに帰している。

 まずは軍内の指揮系統の混乱。当初のナセルの意図は防御的なもので、シナイ半島に戦力を集めチラン海峡を封鎖、イスラエルの第一撃を待って叩く、というもの。アメルはナセルの片腕と言える立場だが次第に独走がちになり、この際も参謀本部を通さず部隊をシナイへ移動させる。参謀総長まで任務を知らなかった、というから酷い。当初は防衛計画だったのが、アメルの独走で攻勢計画になり、前線の部隊は無秩序に次々と移動命令を受ける…目的は明かされずに。

予備兵やイエメンからの帰還兵など数万の人間が、シナイへ陸続と流れこんでいた。その多くは牛車に乗り、銃はおろか軍服もないみすぼらしい姿で、飢えを訴えていた。

 更にアメルは指揮系統をいじり…

最高司令部から第一線の現場に命令が届くまでに、六人をくだらぬ上級将校の手を経由しなければならなかった。そして、その要所要所には、例によってアメルの縁故者やとりまきが配置された。

 対するイスラエル軍、「軍は形式的なところがなく、敬礼とか隊伍を組んだ行列とは無縁の存在」で「下級将校でもその場で重大な決心をすることができた」。ま、実際、「指揮官先頭が常」なため指揮官の死傷率が高く、指揮権の委譲が異様に多いのもIDFの特徴。

 開戦時、イスラエル空軍は保有機200機あまりのうち「ジェット機のうち十二機を残して全機投入」。「平均三回、時間が許せば四回攻撃したが、第一回は爆撃、それ以外は地上掃射」。「攻撃の優先順位は、第一が滑走路破壊、その次がイスラエルの年攻撃能力を持つ長距離爆撃機、第三が戦闘機の地上撃破」「最終目標が、ミサイル、レーダーそして支援施設」。対空戦力が最後なのは意外。

 これでエジプト空軍は壊滅。呆気にとられたのはイスラエルも同じ。「飛行一個中隊だけでひとつの航空基地を制圧し、完全に破壊できるとは、考えもしなかったのである」。空軍で特に対照的なのが帰投してから再出撃までの時間で、イスラエル8分エジプト8時間。

 エジプトは混乱、アメルは酩酊。ナセルは英米直接関与のデマを流す。地上戦ではネゲブ進撃をニュースで流しつつ、シナイの部隊には「極めて無秩序な一斉退却を命じた」。慎重に準備した防衛計画は破綻、総崩れとなってスエズへと将兵は雪崩れ込む…まあ、死守命令よりはマシか。アメルは将兵を残し峠とスエズの橋の爆破を命じる。スエズの対岸では「女達が列を作り立ちつくしていた。息子の安否を気遣い全土から集まってきた母親たちである」。

 四日目になるとイスラエル空軍には「無傷鹵獲のため、敵車両の破壊を中止せよ」なんて命令まで出る。五日目にはゴラン高原占領を目指しイスラエルはシリアにも進撃、国際圧力が高まる中、時間との競争でしゃにむに前進を続ける。

 この本で初めて知ったのが、戦後アラブ諸国でユダヤ人迫害がおきたこと。例えばエジプトには四千人のユダヤ人がいたが800名が逮捕された上に「資産を政府に差し押さえられた」。「全部で700名のユダヤ人が、アラブ諸国から追放された。多くの人がリュックだけで追い出されたのである」。

 この後、アラブではイスラムを核とした連帯が始まり、その一部は過激化して911へと暴走する。エジプトはムバラクの穏健政策を経由して、今は岐路に立っている。ヨルダンは黒い九月を経て、今はアメリカとアラブの仲介役として貴重な存在となった。シリアは…唯一、スエズの対岸で息子の安否を気遣う母親たちの場面が平和の希望って気がするんだが、どうなんだろ。

 前半は神経をヤスリで削られる政治劇、中盤から後半にかけては、むしろドタバタ喜劇としか思えぬほどのイスラエルとアラブ側の対照的な戦闘。リバティ号への誤爆の詳細も含め、圧倒的な量に相応しい充実した内容の本だった。

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2012年8月 3日 (金)

H・F・セイント「透明人間の告白」新潮社 高見浩訳

「残念ながら、話すことはなにもないね。きみの目に見えることがすべてさ」

【どんな本?】

 ニューヨークに住み、ウォール街で働く証券マンが、事故に巻き込まれ透明人間になってしまった。便利だって?とんでもない。職場には顔を出せない、買い物もできない、楽しいパーティーもおあずけ、綺麗な女性も口説けない。現代のニューヨークで透明人間が生き延びる方法を真面目に、でもユーモアたっぷりに考察した、新人作家の異色のデビュー作。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Memoirs pf An Invisible Man, by H.F. Saint, 1987。日本語版は1988年6月15日初版発行、私が読んだのは1991年11月25日の15刷。売れたんだなあ。今は新潮文庫と河出文庫から上下巻で文庫本が出ている。単行本縦二段組で本文約456頁+訳者あとがき5頁。9ポイントに10%ぐらいの扁平をかけた感じで26字×23行×2段×456頁=545,376字、400字詰め原稿用紙で約1364枚。長編小説二冊分ぐらいの分量。

 翻訳物の小説としては、標準的な読みやすさ。SFとはいっても、小難しい理屈は出てこないのでご安心を。一部ソレっぽい記述はあるけど、「なんかハッタリかましてるな」程度に思って読み飛ばそう。本筋とは関係ないんで、何の問題もない。

【どんな話?】

 ニック・ハロウェイはニューヨークに住む独身の証券アナリストだ。最近はニューヨーク・タイムスの美人記者アン・エプスタインにご執心で、昨夜やっと思いを遂げた。今日は彼女を誘ってマイクロ・マグネティックス社の発表会に行く。ところが何やら事故がおき、ニックは透明人間になってしまった。さっそく政府か軍だかの連中が現場を隔離し、ニックを「保護」しようと取り巻き始める。そりゃ透明人間は諜報じゃ便利だろうけど、モルモットになるのは御免だ。なんとか逃げ出したが、さて、どうやって自宅まで戻ろう?

【感想は?】

 世の男性なら、一度は透明人間に憧れるだろう。いろんな所を除き放題だし。でも、落ち着いて考えてみよう。実は、色々と不便なのだ。マスコミにバレて客寄せパンダになったり、政府にバレてモルモットになる覚悟があるならともかく、一般人として生活がしたいなら、実はいろいろと不便なのだ。

 まず、物がもてない。透明人間が物を持って歩くと、物が空中を動いているように見える。大騒ぎは必至だ。それじゃ、買い物だってできない。食料も買えないんじゃ、飢え死には確実。ニックは証券会社で働いてるけど、職場に顔も出せやしない。そもそも、普通に道を歩くのさえ困難で…

 ってな感じに、現代のニューヨークで透明人間が生きていくための困難を、徹底的に誠実かつ現実的にシミュレートしたのが、この作品。その姿勢は誠実そのもので、透明となった場合の日常生活の困難さを、とことん下世話かつ生活感たっぷりに突き詰めていく。

 お話を面白くしてるのが、ニックを追いかける政府の諜報機関の存在。ニックをモルモットか秘密スパイに仕立てたいらしく、しつこくしぶとく追いすがってくる。お陰でニックは自宅を追われ、ニューヨークでサバイバル生活を余儀なくされる。これがまた、ニューヨーカーである著者の特色がよく出ていて、少し変わったニューヨーク案内としても楽しめる。

 このお話の場合、ニックは着ていた服や靴も一緒に透明になる。そのため、一応は服を着て出歩けるのだが、今着ている服以外を着たら、世間じゃ怪奇現象扱いされ大騒ぎになる。それが嫌なら、一張羅の着たきり雀で過ごさなくちゃいけない。他にも困難は次から次へと立ちふさがり、例えば髭はどうやって剃る?鏡を見たって、剃刀が空中を動き回ってるだけだし。

 …などと生活上のこまごまとした事柄が、キッチリ書き込まれているのにはひたすら感心するばかり。車の運転も気をつけなきゃいけない。無人の車が動いてたら大騒ぎだ。じゃ公共交通機関を使えばどうかというと、これもまた大問題で、下手に人の体に触れたら大変な事になる。ってんで、あまり混んだ乗り物には乗れない。そもそも道を歩く事すら難しい。向うから人が歩いてきても、相手にはこっちが見えないから、こっちが避けなきゃいけない。前から来るのはなんとかなっても、後ろから走ってくる奴は…

 などと透明人間がニューヨークで行きぬく難問を描くこの作品、このテーマを巧く生かしているのが、ニック・ハロウェイの人物像。ニューヨークをよく知る若い独身の証券アナリストで、特に宗教や政治的な拘りもない。適度にスケベで適度に愛想よく適度に職務熱心。売り買いは比較的保守的で業界の汚い所も知っており、それに対し開き直りもしなけりゃ憤りもしない。やや豊かな普通の人で、ニューヨークの群集に入れば目立たない、ある意味「社会的に透明」な人。

 このため、お話は教条的にも政治的にもならず、徹底して「透明人間がニューヨークで生きていくには」というテーマを純粋に突き詰める形になり、読者の親近感を増す結果となった。

 なにせ、最初の戸惑いから感心してしまう。透明人間が目を閉じたらどうなるか?意味がないのだ。目を開けているのと同じ。なぜって、まぶたも透明だから。わはは。

 この辺、科学的に考えると少しアレで、実は透明人間は目が見えない。目に入る光を色覚細胞が捉え、それを視神経が脳に伝える事でモノが見えるんだから、目に入る光を完全にスルーしちゃったら、色覚細胞は何の反応も起こさず、脳に何の信号も伝わらない。でも、そーゆー所は突っ込まないのがお約束。

 著者は真面目かつ誠実にシミュレートしてるけど、雰囲気は決して堅苦しくもなければ、絶望的でもない。これもニック君の人柄で、基本的に楽天的で前向き。タフガイ気取りもなければ使命感に燃えてもいない。女性の豊かな胸には未練たらたらだし、冷たいビールも大好き。ただ、人とおしゃべりできないのは寂しくて…

 新人作家らしく、やや冗長な感があって、それがこの作品の最大の欠点。もうちょい絞って半分ぐらいの長さにすれば傑作なんだけどなあ。

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2012年8月 1日 (水)

吉村昭「羆嵐」新潮文庫

 「遠すぎるさ。もし仕損じたら次のタマをこめる前に襲いかかってきて一撃のもとに叩き殺される。だから、最初の一発で仕とめなければならない。それには、近くで射たないとな。おれは、普通五間(九メートル)ほどの距離で射つが、二間ぐらいで射ったこともある」

【どんな本?】

 1915年(大正四年)12月に起きた、三毛別羆事件(→Wikipedia)と呼ばれる日本最大規模の獣害事件。北海道の寒村を巨大な羆が襲い、開拓民七人を殺害した。

 事件の舞台となった六線沢とはどんな所か。そこにはどんな人たちがいて、どの様に暮らしていたのか。問題の羆が出現した時、村の人々はどう行動し、どんな対策を取ったのか。ベテラン作家吉村昭が、徹底した取材を元に小説化したドキュメンタリー・ノベル。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 初出は1977年新潮社より単行本で刊行。1982年11月25日に新潮文庫で文庫化。私が読んだのは2006年8月20日の33刷。順調に版を重ねてる。文庫本縦一段組みで本文約215頁+倉本聰の解説「羆嵐の吹いた沢――解説にかえて」6頁。8.5ポイント42字×17行×215頁=153,510字、400字詰め原稿用紙で約384枚。長編小説としては短め。

 ベテラン作家らしく、文章は読みやすい。ただ、漢字の使い方に独特のクセがある。例えば冒頭の引用の「射つ」、普通は「撃つ」を使う。誤用かと思ったが、この文脈だと「射つ」の方がしっくり来るから、意図的な当て字かもしれない。

【どんな話?】

 北海道天塩山地の麓の六線沢。東北からの開拓民が開墾した、十五戸あまりの小さな村だ。開墾は数年前に始まったばかりで、畑には未だ木の根や石が残り、村の者はみな貧しい。11月、ある家のトウキビが羆に食い荒らされる。馬を食われたら今後の生活が成り立たない。近くの大きな村である三毛別村に出向き、猟銃を持つ老人に助けを求めるが、羆は見つからず、老人は三毛別に戻っていった。

 そして12月、積雪が増し、村は冬越しの準備の最終段階に差し掛かっていたが…

【感想は?】

 冒頭から、一気に引き込まれる。素直に時系列順に書いてるんだが、描かれる世界があまりに壮絶でドラマチック。現代日本の都市部に生活する人にとっては、もはや異世界と言っていいぐらい、生活様式が全く違う。

 蛇口をひねれば安全な水が出るし、夜は電灯をつければ明るくなる。あまり大きな音を出せば隣に迷惑だし、夜中に腹が減ったらコンビニに行けばいい。テレビ・新聞・インターネットで世界中のニュースがわかるし、緊急の連絡どころか他愛ないおしゃべりだって電話でできる。

 ところが、この小説に出てくる人々の生活ときたら。

 北海道だというのに、壁は草。板張りなら優雅な方だ。服だって粗末なもので、犬の毛皮のチャンチャンコが羨まれる。暖をとるのは囲炉裏に薪、当然自給自足で、冬が来る前に木を切って家の周囲に積み上げておく。食事は雑穀の粥で、米は年に数回しか食べられない。魚は近くの渓流で取る。見事な自給自足の生活。

 物語の構造は「ジョーズ」などのパニック映画と同じで、巨大で凶暴な動物が人間を襲う、という話なのだが、こういう垢じみた生活の描写が、そこに生きる人々の生臭い体臭と、それを包み込む北海道の猛々しい自然を感じさせ、否応なしに人間の非力さを見せ付ける。

 感想を一言で言えば「怖い」で終わってしまう。だが、何が怖いかと言えば、肝心の羆より、北海道という土地そのものが怖くなってくる。これは、冒頭に描かれる六線沢の歴史の衝撃が大きい。

 元は水害に悩む東北の農民が開拓民として移住したのが始まり。ところが、最初に移住した土地は虫が凄まじく、「馬はアブと蚊に体をおおわれ」「夏季には、小さな糠蚊が大量発生し、あたり一面が白くかすんだ」。一匹の蚊で寝不足になる軟弱者には想像もできん。そして、止めが蝗。

 ってんで、別の土地を探す官吏が指定したのが、六線沢。村役場まで30km、どころか隣の家だって数百m離れてるってんだから、スケールが違う。

 こっちは虫も少なく、近くに渓流があるから水を引くのも便利。収穫は少ないが着実に増え…と思ったところに、羆。読んでて、蚊やブヨや蝗などの脅威が凝固した存在なんじゃないか、とすら思えてくる。

 体重350kg、体長2.7m。もはや動物というより怪獣だ。これだけの脅威を目の当たりにしたとき、人は「万物の霊長」から単なる「群れる猿」に成り下がる。中盤、意気揚々と銃を持つ集団が現れ、次々と戦意を失っていく様子は、読んでいて情けなくなる。いや登場人物がではなく、自分を含めヒトという種そのものが。

 個々の人物の感情・心理描写は、ほとんどない。同行した六線沢区長の目を通して語られるか、または地の分で動作や表情を描くという素っ気無く突き放した文章なのだが、それが見事に「荒々しい大地の中にノコノコ踏み込んできた直立猿」というヒトの立場を、容赦なく際立たせる。

 ノンフィクションかフィクションか、どっちにするか迷ったが、とりあえずフィクションに分類しておく。どうやら「起きた事柄」は事実だが、人物の名前などは変えてある模様。

 小説としては短く、クセはあるものの文章は読みやすい。冒頭から読者を引き込む吸引力も充分で、読み始めたらあっさりと読み終えられる。が、濃い。今の作家なら、500頁の上下巻ぐらいになるんじゃなかろか。内容が内容だけに、血生臭く凄惨な場面も多いので読者は選ぶが、耐性のある人ならきっと熱中する。版を重ねた実績は、伊達じゃない。

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