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2012年7月15日 (日)

ナヤン・チャンダ「ブラザー・エネミー サイゴン陥落後のインドシナ」めこん 友田錫・滝上広水訳

 この10年間の物語は、客観的な教訓としていかされなければならない。それは、インドシナのような脆弱な地域の未来を形づくるものは、イデオロギーではなく、歴史と民族主義だということである。インドシナにおいては、外見はどうあれ、だれがだれの手先であるかを見極めることは、至難の技なのである。

【どんな本?】

 サイゴンが陥落し、合衆国がベトナムから引き上げた後も、インドシナ半島では戦乱が続いた。第三次インドシナ戦争といわれる、ベトナムのカンボジア侵攻(→Wikipedia)と中越戦争(→Wikipedia)である。同じ共産主義国同士で、なぜ戦争が起きたのか。彼らは何を望み、何を得たのか。

 共産主義の秘密のベールに包まれた、1975年~1985年のインドシナ半島の政治/外交情勢を、インドに生まれ育ちサイゴンに特派員として駐在したジャーナリストが、中国・ベトナム・カンボジアそしてラオスとタイの歴史的経緯を基盤に、アメリカとソビエトの冷戦を背景として、豊富なエピソードやインタビューを交え、民族的な対立という視点で描写・解説する。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Brother Enemy - The War after the War, A History of Indochina Since the Fall of Saigon, by Nayan Chanda, 1986。日本語版は1999年12月15日第1刷発行。ハードカバー縦一段組みで本文約660頁、付録や訳者あとがきを含めると700頁を越える大著。9ポイント45字×18行×660頁=534,600字、400字詰め原稿用紙で約1337枚の大ボリューム。長編小説なら2冊分以上。

 一般に、政治/外交関係の本は、わかりにくいものだ。特に、共産主義/社会主義国の場合、あからさまな情報が少ないため、微妙な「読み」を要求されるため、ややこしさがハネ上がる。が、この本は、難しい問題を扱っているわりに、意外と読みやすい。訳者が二人とも新聞社・通信社の記者の経験があるためだろうか。

 とはいえ、700頁を越える分量。しかも馴染みのないベトナム/カンボジア系の登場人物が大量に登場する。それなりの覚悟はしよう。

【構成は?】

  謝辞/主な登場人物
 序章 退場
第1章 昨日の敵と新しい戦争
第2章 カイコとネズミ
第3章 ポル・ポト、北京でデビューする
第4章 歴史をのぞく
第5章 西に吹く風
第6章 東風は圧す
第7章 嵐の前の静けさ
第8章 戦争への道
第9章 ヤンキー・カム・ホーム
第10章 赤いクリスマス
第11章 インドシナ――戦火は止まず?
 エピローグ
 付章 カンボジア和平から現在まで
  訳者あとがき/年表/人名索引

 基本的に時系列順に進むが、タイトルで判るように、第4章で当地の歴史に触れる。全般を通して歴史的な経緯が重要な意味を持っているので、重要な章となる。また、「付章 カンボジア和平から現在まで」は、著者が日本語版への序として書き下ろしたものなので、最初に読んでもいい。

【感想は?】

 まさに力作。インドシナ情勢を読み解くには、なかなか役に立つ。

 書名の示すように、本書の主な内容は、1975年~1985年のインドシナ情勢だ。米軍撤退と、それに続くサイゴン陥落に始まり、カンボジアからベトナムが撤退する直前の1985年までに焦点をあてる。ベトナム・カンボジア・中国の三国を主人公とし、米ソ両国が冷戦の当事者として登場する。ラオスはベトナムの属国扱い。もうひとつ、近隣の大国としてタイが睨みを利かす。

 私はこの辺の歴史や情勢を全く知らなかったので、むしろ歴史的な背景や、現代に続く基本的な利害/外交関係が興味深かった。

 まずは帝国として中国の存在がある。ベトナムとカンボジアは、いずれも中国に朝貢する衛星国の位置づけ。この地方に対する中国の朝貢外交は形式重視で、臣下の礼が必要な他はほぼ独立国としての振る舞いを認める、というもの。貿易の意味もあったけど。最も、中国もベトナムの内政に首を突っ込む余裕なんて滅多になかったんだけど。

 ベトナムは中国から儒教をはじめ多くの文化を輸入し、教養人は中国の古典の素養を誇った。威勢のいい時は地域の大国として振る舞い、小中国としてカンボジアを指導し、従属させようとする。カンボジアはそんなベトナムを疎ましく思い、時として中国に泣きつく。ちなみにクメール・ルージュの母体となったカンボジアの共産党勢力は、ベトナムが育てている。

 中国の羽振りがいい時は、カンボジア支配を狙うベトナムを諌め、軍を送り込む時もある。が、内部で分裂していたり、北方の蛮族に手を焼いている時は、インドシナに構っている余裕はない。「現代においては、ソ連が北方の蛮族なのだ」。中国は「強いベトナム」を望まず、四分五裂したインドシナが好ましい。

 ベトナムは内部分裂した中国・蛮族に悩む中国を好む。カンボジアはベトナムに対抗するため、中国に頼る。また、タイも、ベトナムの強大化を恐れ、カンボジアの支援に回る。

 ってな風に敵に囲まれたベトナムが、今世紀になり見つけた盟友が、ソビエト連邦。幸い中国と張り合ってる関係だし。ソ連もアジアの東欧化を狙うが、ベトナムは傀儡になる気はない。てんで、微妙な綱引きが展開される。対米戦争では中国・ソ連の両者から支援を引き出し、サイゴン陥落後はアメリカに色気を示しつつ、ソ連への傾倒を深める。

 本書では、ベトナムのしたたかさを強調している。「(歴史的に)中国の侵略軍に勝利をおさめたあとは、“天子”に使節を送って許しを請い、貢物を差し出すのが常で、中国の方も、必ずベトナムのねがいを容れてきた」。ディエンビエンフーでフランスを打倒した後、ホー・チ・ミンは語る。「次の段階ではフランスの友情と強力が必要になる」。ベトナム戦争後も、国家再建のための資金調達に際し…

 1977年春にハノイを訪れたあるアメリカの銀行家が私に語ったことだが、ベトナムの当局者たちによる西側の実業家との対応ぶりが柔軟性に富み、実際的であるのに驚いたということだった。

 ところが当事の米国議会じゃベトナムは禁句、むしろ中国との国交回復が主要な問題で、ベトナムは後回しにされる。比較的柔軟だったカーター政権に対しても、ベトナムは無償復興支援に拘りすぎて機会を逃す。

 …といった大きな流れは情勢を理解するのに役立つが、野次馬として面白いのが、共産圏での外交関係の読み解き方。

 ソ連や中国がハノイで催すレセプションはまた、ベトナムとほかの兄弟社会主義国との友好関係について、その温度差の変化を探る貴重な機会だった。外交官たちが注目するのは、ベトナム要人の地位だけではなかった。要人がパーティにそれぐらいの時間出席していたかを、常に時計に目をやってチェックした。

 他にも各国の新聞記事を読み比べ、どの段落が省略されているかをチェックしたり、同じ面にどんな記事があるかを調べたり、発表の日が過去の歴史的事件の記念日に重なっているかを調べたり。航空便の発着スケジュールも重要な情報。

 1977年12月、ベトナム軍は電撃的にカンボジア東部を席巻し、すぐに引き上げる。翌年春、ポル・ポトとその取り巻きは、東部地区に親ベトナム勢力が浸透していると疑心暗鬼に取り憑かれ、東部地区の幹部や住民を虐殺しはじめる。有名なキリング・フィールドだ。険悪化するベトナムとカンボジア、世界はクメール・ルージュに嫌悪を感じながらも、インドシナ支配を狙うベトナムを嫌う中国とタイを筆頭にベトナム非難の声が高まる。

 全般的に中立的な立場で書かれている印象を受けるが、読了後はベトナムびいきな気分になる。そこで一つ気になることがあって。

 アメリカはヴァンス vs ブレジンスキー、中国は四人組 vs 穏健派など、内部の対立に踏み込んで描いているのだが、ベトナム政界は一枚岩の印象を受ける。著者はサイゴンやハノイに駐在してベトナムの内情に詳しいはずなので、これは少々不自然な気がする。

 今やベトナムはドイモイに沸き、南沙諸島を巡って中国と対立し、アメリカと共同演習までしている。複雑怪奇に見えるインドシナ情勢だが、この本が提供する歴史的な視点は、同じ中国の周辺国である日本人にとってすんなりと飲み込めるだろう。

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