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2012年7月21日 (土)

サイモン・シン「暗号解読 ロゼッタストーンから量子暗号まで」新潮社 青木薫訳

第一次世界大戦は化学者の戦争であり、第二次世界大戦は物理学者の戦争だった。(略)第三次世界大戦が起こるとすれば、それは数学者の戦争になるだろうと言われている。

【どんな本?】

 現代のインターネットや携帯電話には欠かせない暗号技術。それは、いつ、誰が、どのように開発し、使われ、そして破られたのか。紀元前五世紀のスパルタの転置式暗号から第二次世界大戦のドイツのエニグマ、最新の公開鍵式暗号から未来の量子暗号、そしてロゼッタストーンに代表される古代文字の解読まで、様々な暗号と、その使われ方を豊富なエピソードで紹介すると共に、それを開発する者と解読する者の熾烈な、だが機密保持の壁に阻まれ公になりにくい戦いを描写する、ドラマチックな数学と歴史と人間のドキュメンタリー。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Code Book, The Science of Secrecy from Ancient Egypt to Quantum Cryptography, by Simon Singh, 1999。日本語版は2001年7月30日発行。私が読んだのは2002年6月5日の11刷。売れてるなあ。単行本縦一段組みで本文約454頁+補遺・謝辞・訳者あとがきに加え、なんと賞金一万ポンドの例題つき。まあ賞金は既に攫われてるけど。9ポイント43字×20行×454頁=390,440字、400字詰め原稿用紙で約978枚。長編小説なら2冊分ぐらい。今は新潮文庫から上下巻で出ている。

 読みやすさは、抜群。日本語の文章そのものは、翻訳物の一般向け科学/数学解説書としちゃこなれている方、という程度だが、肝心の暗号技術の説明がとてもわかりやすい。かくいう私、今まで何度か公開鍵系暗号の解説記事を読んだが、恥ずかしい事にイマイチ理解できなかった。「なんか素数と素因数分解が関係あるんだろうなあ」って程度。が、この本を読んで、すんなり納得できた。「じゃ説明してくれ」と言われたらお手上げだけど←をい

 理解に必要な数学は、中学卒業程度で充分。具体的に必要なのは、四則演算・余り・累乗、そして素数と素因数分解(→Wikipedia)の概念。実際に素因数分解ができなくてもいい。「素数の積で数を表すのね」って程度で充分。

【構成は?】

 はじめに
第Ⅰ章 スコットランド女王メアリーの暗号
第Ⅱ章 解読不能の暗号
第Ⅲ章 暗号機の誕生
第Ⅳ章 エニグマの解読
第Ⅴ章 言葉の壁
第Ⅵ章 アリスとボブは鍵を公開する
第Ⅶ章 プリティー・グッド・プライバシー
第Ⅷ章 未来への量子ジャンプ
 付録 暗号に挑戦――一万ポンドへの十段階/補遺/謝辞/訳者あとがき 青木薫

【感想は?】

 いやもう、公開鍵暗号の原理が理解できただけで感謝感激。それに加え、基本的な暗号の方法と、その解読法までわかるんだから嬉しい。だけでなく、暗号に関わる事件や人のエピソードも満載なんだからたまらない。短期間に11刷まで行ったのも納得。

 紀元前四世紀には既に暗号があったようで、本書に解説があるのはスパルタのスキュタレー。要は縦読み。八角柱に長い皮ひもを螺旋状に巻きつけ、横書きでメッセージを書く。ほどくと出鱈目な文字列に見えるが、同じ太さの柱に巻きつけると、メッセージが読める。

 有名なのがシーザー(カエサル)暗号(→Wikipedia)。これ、単なるシフトだとすぐバレるけど、単一換字式(→Wikipedia)だと工夫が必要。この解読法/頻度分析(→Wikipedia)が、九世紀のアラビアで文書として出版されていた、というから驚き。例外としてジョルジュ・ペレックの「煙滅」が出てくるのには笑った。有名なのね。

 単一換字式の次に出てくるのが、多換字式ともいうべきヴィジュネル暗号(→Wikipedia)。この解読に取り組んだのが、一部で有名なチャールズ・バベッジ。あの階差機関の人。彼が階差機関開発に乗り出した動機が、意外と言うか順当と言うか。

天文学者のジョン・ハーシェルとともに、天文学・航海術・工学などの基礎となる数表を吟味していた。二人が呆れ返ったことに、そうした表は誤りだらけだった。(略)実際、難破事故や工学的な災害の多くは、数表の誤りのせいで起きていたのだ。

 …計算ミスもあるだろうけど、校正漏れの可能性もあるんだが、印刷の工程には興味を持たなかったのかなあ。
 この辺で気がつくのが、暗号の研究が盛んになるのは、新しい情報伝達の手段が発明された後だ、ということ。バベッジが熱中するのはモールス通信が普及した頃。その後、無線電信がドイツのADFGVX暗号(→Wikipedia)を産み、エニグマ(→Wikipedia)に発展し、インターネットが公開鍵暗号(→Wikipedia)を生み出す。

 エニグマ解読を巡るドイツとイギリス軍の戦いは、これ一個で一冊書けるぐらい面白エピソードが満載。ドイツがスクランブラーをランダム配置する際、「どのスクランブラーも二日続けて同じ位置に来ないようにした」なんてのは、人が持つ「ランダム」って言葉への誤解がよく出てる。英国政府がクロスワード・パズルで新人を募集するくだりは大笑い。ニワカ軍ヲタとしては、英国空軍が機雷を施設し、ドイツ海軍に機雷施設場所の電文を送信させるエピソードが面白かった。

 太平洋戦線では、最後まで解読されなかった栄光のコード・トーカーが感動的。なんの事はない、ナヴァホ語で通信したわけ。ただ、苦労もあって。ネイティブのナヴァホ語には、「戦闘機」や「爆弾」などの軍事用語がなかったので、「ハチドリ」や「卵」などの符丁で置き換えたそうな。

 暗号新時代を感じさせるのが、公開鍵暗号の経緯。それまで暗号と言えば政府や軍が主導して開発・解読してきたのが、これは三人のハッカー(ロナルド・リヴェスト,アディ・シャミア,レナード・アルトマン)が産み出した、と言われていたが…。これや「世界初のコンピュータ」コロッサスの運命は、なにやら切ない気持ちになる。

 ここで爽快なのが、PGP(→Wikipedia)を開発したフィル・ジマーマン(→Wikipedia)。暗号を武器と見なして輸出禁止措置を取った米政府に対し、彼はUSENETに放流、その後はソース・プログラムを書籍として出版する(マサチューセッツ工科大学出版部)。使いたい人は本をスキャナで取り込めばいい。

「ミャンマーのレジスタンス・グループからのメールもあったね」
「彼らはジャングルの訓練基地でPGPを使っているんだ。PGPのおかげで志気が高まったらしいよ。PGPを使うようになる前は、文書が敵の手に落ちれば、逮捕、拷問、家族全員の処刑につながったんだからね」

 今でもシリアじゃPGPが活躍してるんだろうか。

 他にも鉄仮面の正体、ブラック・チェンバーの暗躍、マーティン・ルウーサー・キング・ジュニアの盗聴など、厨二心を刺激するネタが満載。科学ノンフィクション好きに限らず、スパイ物や陰謀論が好きな人なら、最高に楽しめる一冊。

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