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2012年7月23日 (月)

ヘンリー・ジェイムズ「ねじの回転」創元推理文庫 南條竹則・坂本あおい訳

 彼は"そんな簡単なことじゃない”とでも言いたげな表情で、何と形容すべきかを思いあぐねているようすだった。手を額にかざし、ちょっととまどったように顔をしかめた。「恐ろしさ――恐ろしさだよ!」
  ――ねじの回転

【どんな本?】

 19世紀~20世紀にアメリカ・イギリスで活躍した作家ヘンリー・ジェイムズ(→Wikipedia)の、恐怖小説集。スティーヴン・キングがシャーリー・ジャクスンの「たたり」と並び傑作と絶賛する「ねじの回転」ほか、19世紀のイングランド・アメリカ東海岸を舞台にした怪談計五作を収録。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 収録作は訳者が選んだ日本独自のアンソロジー。文庫本縦一段組みで本文約355頁。+訳者あとがき7頁+赤井敏夫の解説「幽霊の実在をめぐる二つの論争――『ねじの回転』と幽霊論争」8頁。8ポイント42字×18行×355頁=268,380字、400字詰め原稿用紙で約671枚、長編小説としてはやや長め。

 難渋といわれるジェイムズだが、訳文は意外とこなれていて、すんなりと読める。やや古めかしく気取った雰囲気なのは、恐らく訳者が意図的にそうしたんだろう。内容そのものも、「ねじの回転」以外は、一般的な怪談として楽しめる。

 問題は、表題作「ねじの回転」。これは人によって様々な解釈があり、論争になっていることでもわかるように、いったい何が起きているのか、最後までわからなかった。一応、私が支持する解釈を末尾に示すが、あまり自信はない。

【収録作は?】

 以下、日本語タイトル / 原題 / 初出年 で示す。発表年と作品の印象を照らし合わせると、若い頃は比較的正統派のわかりやすい書き方で、晩年になるほどヒネくれて肝心の事柄は明示せずにほのめかすだけ、みたいな傾向があるなあ。私は「古衣装のロマンス」が最も気に入った。話の構造的に、朗読に向く形式が多い。

ねじの回転 / The Turn of the Screw / 1899
 みなが順番に怪談を披露した会で、やっとダグラスが話を始めた。彼の妹の家庭教師で、20年前に亡くなった女性の手記だ。
 駆け出しの彼女は、ロンドンに住む魅力的な独身の青年紳士に雇われる。両親を失った幼い甥と姪がブライの屋敷にいる、二人の面倒を見てくれ、ただし今後何があろうと相談も連絡も不要、給金は弁護士経由で渡す、と。
 屋敷は心地よく、女中頭のグロース夫人も気持ちのよい人だった。肝心の生徒ときたら、妹のフローラも兄のマイルズも天使のように愛らしく素直で、彼女にも懐いてくれる。だが、なんと、兄のマイルズは、寄宿学校の校長から「これ以上お預かりすることはできません」という手紙ひとつで放校になっていた。だが、彼女にもグロース夫人にも全く心当たりがない。
 そして、ある日の夕暮れ、彼女が見たのは…

 舞台はイングランドの田舎の夏。センスの良い屋敷で、愛らしく素直な兄妹と過ごす日々に、忍び寄る怪異。つまりは幽霊譚なんだが、その幽霊を見ているのは家庭教師だけ。肝心の事をぼかすのは晩年のジェイムズの癖らしく、なぜ青年紳士が兄妹を放置するのか、なぜ幽霊が現れるのか、幽霊が生前どんな悪さをしたのか、マイルズの放校の理由などは、ほのめかされるだけで明示はなし。スタージョンの「ビアンカの手」(「海を失った男」収録)と並び、相当に注意深く読まないと読み解けない。ネタバレを含む解釈は末尾に示す。
古衣装のロマンス / The Romance of Certain Old Clothes / 1868
 18世紀の中頃、マサチューセッツ州に住むウィングレイヴ夫人は、若くして夫を失ったが、三人の子を立派に育てた。兄のバーナードは英国のオックスフォードに留学・卒業し、裕福な紳士の友人アーサー・ロイドを連れ帰郷した。妹のロザリンドとパーディタは容姿も性格も違うが仲のよい姉妹で、それぞれ美しかった。二人はロイドに惹かれ…

 「ねじの回転」に比べると、実に素直で正統派の怪談。約30頁と短いのも、変にもったいぶってなくていい。エンディングへのフラグが嫌な感じに立っていく過程は、夏の夜の百物語にピッタリ。私は表題作より、こっちの方が好きだなあ。
幽霊貸家 / The Ghostly Rental / 1876
 マサチューセッツで神学を志していたわたしは、よく散歩した。ある穏やかな冬の日、わたしはその屋敷を見つけた。古びた屋敷を見て、私は悟った。「これは幽霊屋敷なんだ!」と。周辺の人に聞いても、誰も詳細を教えてくれない。次に屋敷を見に出かけた私は、小柄な老人が、この屋敷に入るのを見かけ…

 ジェイムズの発想が光る作品。こういう幽霊ってのも、なかなか奇妙で斬新…って、100年以上も前の作品だけど。トリッキーではあるけど、晩年の作品ほどはヒネくれていない。
オーエン・ウィングレイヴ / Owen Wingrave / 1892
 スペンサー・コイルは、英国で陸軍士官学校を志望する青年を教えている。特に今の弟子のオーエン・ウィングレイヴは軍人一家の出身で、熱意も魅力もあり、何より才能が飛びぬけていた。が、オーエンは突然「軍人にはならない」と言い出す。もう一人の弟子レッチミアは凡庸だが、オーエンと仲がいい。彼にオーエンの説得を頼もう。こんな事がオーエンの家族、特に烈女で知られる伯母に知られたら…

 比較的晩年の作品で、ちょっと散漫な感じがある。登場人物もストーリーも、もっと簡素化できると思うんだが。ウィングレイヴという名前が「古衣装のロマンス」と同じなんだけど、ジェイムズのお気に入りなんだろうか。
本当の正しい事 / The Real Right Thing / 1899
 著名な作家アシュトン・ドインが亡くなり、夫人は伝記執筆を売れない若手の伝記記者ジョージ・ウィザモアに依頼した。尊敬する師の伝記とあって緊張しながらも、ウィザモアは師の部屋に通い資料を漁る。夫人も協力的で、遺品や手紙を整理してくれる。師の部屋に篭るウィザモアは、彼を見守る師の存在を感じ…

 私は自分が死んだ後にハードディスクの中身を覗かれるのは嫌だなあ。木本雅彦の「星の舞台からみてる」には死後にハードディスクを処分してくれるサービスが出てきたけど、あれ、今は実在するのかしらん。幽霊譚なんだけど、あんまし怖くない。怪異譚、という表現の方がしっくりくる。

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【「ねじの回転」の解釈:ネタバレあり、要注意】

 表題作「ねじの回転」は曖昧模糊とした話で、複数の解釈があり今でも論争が続いている。以下の記述にはネタバレを含むので、嫌な方はご注意いただきたい。

 主な解釈として、以下4つが解説に出てくる。

  1. 幽霊は家庭教師の妄想だった
  2. 同じ現実でも人により見えるものは違うのだ、という寓話
  3. マイルズはダグラスである
  4. グロース夫人の陰謀である

 ちと他の書評を検索すると、最も有力なのは 1. で、ついで 2.。3. と 4. は珍説扱い。謎はいくつかあって。

  • 幽霊を見るのは家庭教師のみ。兄妹は幽霊を見ないし、怯えてもいない。
  • 青年紳士はなぜ兄妹を放置し、一切の関わりを拒否するのか。
  • 幽霊は出てくるだけで、何もしない。何が目的で出てくるのか。
  • 幽霊は生前どんな悪さをしたのか。
  • マイルズの放校の理由。

 で、私は、3.マイルズ=ダグラス 説を支持するのですね。というのも。

 クウィントの幽霊を見た後、家庭教師はグロース夫人にクウィントの風体を細かく語り、グロース夫人が「クウィントです!」と返答している。この時、家庭教師はクウィントについて何も知らない。知らない人物の風体を、家庭教師が詳しく語れるのは、理屈に合わない。なら、幽霊は実在するはず。よって、妄想ではない。なら、1. と 2. は消える。

 3. グロース夫人のイタズラって線もあるんだけど、そこは私の趣味と思い込みで。

 手紙の主(家庭教師)は、ダグラスの妹の家庭教師だった。ダグラスは夏休みに帰郷して彼女に出会った。彼女はダグラスより十歳年上。ここまでは、理屈に合ってる。

 問題は、帰郷したとき、ダグラスは「トリニティ(学生寮)の学生だった」という台詞。これから、当事のダグラスは高校生/大学生という印象を受ける。これは、マイルズが10歳という歳と合わない。が、今 Wikipedia(→トリニティ) で調べたら、「三位一体学寮の意」とあり、学生寮としてはありがちな名前らしい。なら幼年学校の寮でもいいじゃないか。

 他にも、ダグラスと会った時、彼女は誰かに恋をしていた。手記中で、彼女はマイルズの養父にのぼせている。OK、これも符合する。

 最大の問題は、手記の結末。これで、マイルズ=ダグラス説は崩れる…手記が、事実なら。

 この物語は、家庭教師の手記をダグラスが読み上げる、という形で語られる。なら、手記が創作だっていいじゃないか。

 素人の創作なら、肝心の細部がぼやけてても、「本筋じゃないから端折っちゃった」と解釈できる。作者(家庭教師)は、面倒くさいんで細かい設定は考えていなかったのだ。

 そう、これは、腐女子による、ショタコン・ロマンスなのである。

 他にも、手記には不自然な部分が多い。マイルズやフローラの目に何が見えて何が見えないか、家庭教師は把握している。なんでマイルズが見ている(または見ていない)モノが分かる?マイルズやフローラの内心も、家庭教師は見抜いている。家庭教師は「思い込みの強い女性」だ、という解釈もできるけど、素人の創作だとしても、辻褄はあう。

 語る場に、ご婦人はいない。「予定を変更して居残ると言っていた御夫人方は、もちろん――ありがたいことに――のこらなかった」とある。って事は、女性に聞かせたくない、性的な内容である由をうかがわせる。

 ダグラスが家庭教師を評して曰く「素晴らしく魅力的」「あんなに感じのいい女性は見たことがない」「何をやらせたって、立派にやってのけただろう」。もう、ベタ誉めである。知的で明るく愛情豊かな人物を想像するだろう。手記が事実なら、彼女は多少の陰を持っているはずだが、そういう記述はない。

 手記が事実なら、彼女の立場は極めて不利だ。なんたって、腕の中で教え子が亡くなっている。殺人犯と疑われる可能性も高い、というか、あの状況で無実を証明するのは難しいだろう。フローラとグロース夫人を追い出してるのも嫌疑を深める。仮に無実となっても、悪い噂がつきまとうはずだ。が、そういう記述は見当たらない。

 ダグラスは彼女に惚れていたし、それを隠してもいない。恐らく初恋だったろう。初恋の相手が、魅力的な年上の女性が、腐っていた。これは、大変なショックではなかろうか。特に、あの時代では。

 …などと、無茶な解釈をしてみた。いや結構本気だけど。いいじゃないですか、馬鹿な解釈する奴が一人ぐらいいたって。

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