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2012年7月 6日 (金)

クリス・ジョーンズ「絶対帰還 宇宙ステーションに取り残された3人、奇跡の救出作戦」光文社 河野純治訳

無重力ではインクが下にさがらないのでペンが使えないとわかったとき、アメリカ人は何百万ドルもかけて、逆さにしても使えるペンを開発したが、ロシア人は荷物の中に鉛筆を入れておいた。

【どんな本?】

 2003年2月1日、スペースシャトル・コロンビアが帰還途中で空中分解する(→コロンビア号空中分解事故)。合衆国はスペースシャトルの運用を中止するが、大きな問題が残った。その時、国際宇宙ステーションには三人のクルーがいたのだ。シャトルがなければ、彼らは地球に帰れない。

 地上400kmの虚空に置き去りにされたエクスペディション6の三人ケネス・バウアーソックス/ドナルド・ペティット/ニコライ・ブダーリンを中心に、国際宇宙ステーションの様子や生活の模様を豊富なエピソードでリアリティ豊かに描くと共に、あまり紹介されることのないソビエト/ロシアの有人宇宙開発も紹介する、宇宙オタク随喜の本。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Too Far From Home; A Story pf Life and Death in Space. by Chris Jones, 2007。日本語版は2008年7月30日初版第1刷発行。ハードカバー縦一段組みで本文約450頁+訳者あとがき6頁。9.5ポイントの読みやすいサイズで43字×18行×450頁=348,300字、400字詰め原稿用紙で約871枚。長めの長編小説の分量。

 翻訳物のドキュメンタリーにしては、異様に読みやすい。「この訳者タダモノじゃない」と思ったら、「アルジャジーラ 報道の戦争」を訳した人だった。原書のヤード・ポンド法を()つきでメートル法に補う親切も嬉しい。

 宇宙物ではあるが、読みこなすのに難しい科学知識も要らない。「宇宙には酸素がないからロケット飛ばすには酸素も持ってく必要がある」なんて所まで説明してある。中学一年生でも余裕で読みこなせるだろう。

【構成は?】

 プロローグ
第一章 単純な機械
第二章 向うの世界
第三章 孤独の地形
第四章 時間と距離
第五章 あなたは遠く
第六章 孤独のいちばんいいところ
第七章 地球照
第八章 細い糸
第九章 管制センター
第十章 問題発生
第十一章 世界の重さ
 エピローグ
  謝辞/訳者あとがき/用語解説

 大筋ではエクスペディション6の進行に沿う形だが、途中で各員の生い立ちや宇宙開発の歴史が入るなど、時系列的にはかなり行ったりきたりする。が、それはドラマとしての盛り上げを考えた構成なので、素直に娯楽読み物として楽しもう。

【感想は?】

 トム・ウルフの「ザ・ライト・スタッフ」やアンドルー・チェイキンの「人類、月に立つ」、ブライアン・バロウの「ドラゴンフライ ミール宇宙ステーション悪夢の真実」が好きな人には、自信を持ってお勧めできる。というか、時代的にも前三冊の続編と言っていい。

 本書は、エクスペディション6を中心に、国際宇宙ステーションの歴史と、その中での宇宙飛行士たちの生活を描いたドキュメンタリーだ。相当にしつこく取材したらしく、意外な宇宙ステーション内の様子が次々と明らかになる。

 例えば、これはソ連の宇宙ステーション・ミールの話だが。狭い宇宙ステーションでエリートが仕事するんだから、さぞかし整理整頓されてるかと思いきや、「長いあいだにたまったガラクタが、老人のアパートメントの古新聞のように積みあがっていた」。専門家は多いけど、家事の専門家はいなかったようで。これが後に重大な問題を引き起こす。

 書名からエクスペディション6の帰還を巡るサスペンスを期待するが、意外とこれは盛り上がらない。というのも、メンバーの三人のチームワークが良すぎて、危機感が募らないのだ。その分、他の所で充分なサスペンスを味わえるんだけど。

 三人のリーダーはケネス・バウアーソックス。中西部に生まれた少年はジョン・グレンに憧れて宇宙飛行士を目指し、合衆国海軍のテスト・パイロットを経てスペースシャトルに乗り込む、という米国宇宙飛行士の黄金街道を駆け抜けた男。宇宙飛行の経験豊富なベテランで、常に冷静沈着にチームの最善を考え、果敢な決断を下す。

 彼のサポート役がニコライ・ブダーリン。彼も経験豊かな宇宙飛行士で、元はエネルギアの技術者。ミールで二回のミッション(うち1回は7ヶ月に及ぶ)と、9回以上の船外活動を成功させている。温和で明るく根気強く、「ロシア人の禁欲主義的で冷静な面と、アメリカ人の陽気で気さくな面を兼ね備えた男」。

 最後の一人、ドナルド・ペティットは変り種、というか、モロにハッカー気質。オレゴン州シルヴァートンに生まれ、幼い頃から変速機やネジ巻き式の時計を分解しては組み立てて過ごす。研究生活のかたわらNASAの宇宙飛行士に応募し、四度目でやっと合格する。ミッション中もケッタイな実験を繰り返し、また得意の腕を活かし壊れた機械を修理してはミッションに貢献する。

 本書によれば、宇宙では感情が増幅する、とある。ところがこの三人、最後まで感情的に大きな衝突はしない。三人には、一つの共通点があった。それは、「孤独に強いこと」。「ミールに搭乗した宇宙飛行士の何人かは(略)骨塩の量が閉経後の女性の10倍の速さで減少している」というのに、バウアーソックスに至っては「どこも健康そのもので、地上にいたときよりも状態がよくなっているところもあった」。

 お陰で、コロンビア事故の後、二人しか帰還できない場合を想定して「どちらが帰還するかについて話し合うことが多くなり、ついには口論に発展しそうになった」。「問題は、どちらも自分が残りたいと思っていたことだ」。

 などの人間ドラマも勿論面白いが、宇宙オタクが楽しみにしてるのは、宇宙飛行のエピソード。冒頭の引用は「一方ロシアは鉛筆を使った」と某掲示板で有名な話だが、出典はこれだったのね。サスペンスたっぷりなのが、ミール内で、なんと火災が発生する。消火器で鎮火させようとするが…。「ミールは寿命が尽きるまでに約1600もの故障に見舞われ」たというから、宇宙飛行士の仕事も多くはミールの修理に充てられていた模様。この辺はブライアン・バロウの「ドラゴンフライ」が詳しい。

 ロシア(ソ連)のネタでは設計責任者ことセルゲイ・コロリョフの名前も出てくる。凄いのが1965年3月のヴォスホート2号の話。帰還時、予定のコースから3200kmもずれ、アレクセイ・レオーノフとパヴェル・ベリャーエフはウラルの山中に落下する。夜になり寒さをしのぐため火をおこすと、オオカミの群れに囲まれた。仕方なく、カプセルの中に篭って救援を待った。

 二人が恐怖の一夜を過ごして以来、ロシアの宇宙飛行士たちは座席の下にちょっとしたものを押し込んでおくようになった。ソユーズTMA1の(略)中には緊急用品が入っている。防寒服、飲料水、そして――万一の場合に備えて――銃身の短い二連式ショットガン。

 ってなわけで、たぶん、今もISSにはショットガンが載っている。

 他にも、エドワーズ空軍基地のテスト・パイロットの気質の変化、船外活動中にデブリに衝突したらどうなるかという考察(かなりグロい)、宇宙では味覚が鈍くなるのでタバスコなど強烈なスパイスが貴重という話、無重力空間での排便の恐怖、コーヒーが箸で掴めるという話、ロシアの宇宙飛行士は誇り高いのでオムツをしないという話など、宇宙オタクには興味津々なエピソードが一杯。翻訳物だが文章は読みやすく、なじみの無いロシアの宇宙開発の内幕がわかるのも嬉しい。SF者なら、是非読んでおこう。

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