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2012年7月の20件の記事

2012年7月30日 (月)

ニコラス・ディフィンツォ「うわさとデマ 口コミの科学」講談社 江口康子訳

噂のほうが速く旅をする。だが真実ほど長くとどまらない。
  ――ウィル・ロジャース(カウボーイ、コメディアン、コメンテーター)

【どんな本?】

 口さけ女などの都市伝説、芸能人のゴシップ、そして「○○社の××には□□が使われている」など、噂話は多くの人にとって重要な情報交換手段であり、娯楽でもある。人はどんな目的で噂話をするのか、どんな状況で噂が流行るのか、どんなパターンで流布していくのか、流布しやすい噂としにくい噂の違いは何か、それはどんな効果をもたらすのか、そしてデマを打ち消す効果的な手段は。

 ロチェスター工科大学心理学部教授が、古典的な論文や多くのエピソードを交えながら語る、一般向けの親しみやすい「噂」の解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Watercooler Effect ; A Psychologist Explores The Extraordinary Power of Rumors, by Nicholas DiFonzo, Ph.D. , 2008。日本語版は2011年6月22日第1刷発行。単行本縦一段組みで本文約296頁、9.5ポイント43字×17行×296頁=216,376字、400字詰め原稿用紙で約541枚。標準的な長編小説の分量。

 文章は親しみやすく読みやすい。副題に「科学」とあるが、数式や化学式はほとんど出てこないのでご安心を。分量も適切なので、簡単に読み通せる。ただ、米国人の読者向けに書かれているため、都市伝説やゴシップの項で日本人にはあまり馴染みのない例が出てくる程度。

【構成は?】

 訳者まえがき――震災時に飛び交った噂は私たちに何をもたらしたか?
第1章 噂をするのは人の常
第2章 噂の海で泳ぐ
第3章 不明瞭であることは明瞭だ 不確実な世界を噂で理解する
第4章 噂、ゴシップ、都市伝説 似たものどうしを考察する
第5章 井戸のまわりの小さな世界 どんな噂がどこで、なぜ、広まるのか
第6章 信じる噂、信じない噂 なぜ信じたり、信じなかったりするのか?
第7章 事実は曲げられないもの 街の噂を検証する
第8章 噂の製造工場を管理する
 エピローグ――より良く噂話をする
  注

【感想は?】

 全般的に意外性のある内容は少なくて、「なんとなくそうじゃないか」と思っていた法則や傾向が文章化され裏打ちされた、そんな内容が多い。割合にして順当7:意外3ぐらいか。だからといって意味がないわけではなく、モヤモヤした思い込みが明瞭に理論化される快感のようなモノがある。

 案外とこういう事は大事で、「そんなの当たり前じゃん」を実験で検証したり明文化することで、慣性の法則や作用反作用の法則など物理学の基本原則の発見につながったりするわけです、たぶん。

 冒頭で、噂を「願望の噂」「恐怖の噂」「くさびを打ち込む噂」の三種類に分類している。「願望の噂」は、「こうなるといいなあ」という願いを文章化したもので、「明日は大雪で休校らしい」とか。「恐怖の噂」は「○○工場の火災で毒ガスが流れる」みたいなの。「くさびを打ち込む噂」は意図的に政敵が流すテマで、「○○党の××には隠し子がいる」とか。

 ってな感じに定義づけして分類してくと、「噂」というモヤモヤしたシロモノに太刀打ちできそうな気になってくる。

 中でも流布しやすいのが、「恐怖の噂」と「くさびを打ち込む噂」。ネガティブな噂ほど、人に好まれる。その理由は幾つかあって、ひとつは親切心。職場の新人に、気難しい同僚を教えておけば、不要な摩擦は避けられる。でも、多いのは、上品とは言いがたい動機。

 例えば、「事態を理解/コントロールしたい」という、人間の根源的な欲求。嘘でもいいから理論があれば、一応の行動指針ができる。ワケのわからん状況下で、噂を流す側に回れば、状況に流される側ではなく、状況をコントロールする側に回れる。

 または、仲間意識の快感。大抵、悪い噂は本人の聞こえない所で交わす。秘密を共有することで、お互いの仲間意識を高める事ができる。チーム内でライバル・チームの悪い噂話をすれば、チームの結束が高まる。これを悪用すれば、人種差別や宗教差別を正当化できる。

 極悪なのが、「くさびを打ち込む噂」。これの動機は明確で、要はライバルに不利益を与え、自分を有利にしたいから。または、妬ましい奴の悪い噂を流す事で、自分の立場を相対的によくすることができる。

 面白いのが、集団の違いによる噂の真偽の違い。社内で流れる、社内人事などの噂は案外と確度が高くて、9割以上が事実だそうな。また、集団の性質も重要で…

 「多様な考えが存在し、意見の一致を強要しない集団は、その集団のひとりよりも効果的な解決を導く。そのような状況下にあるとき、集団は、その集団でいちばん優秀な個人よりも賢い」  ――ジェームズ・スロウィッキー「『みんな』の意見は案外正しい」

 逆に言うと、「異なる意見を罰する集団」は、正解を導きにくい…当事者に確かめるなどの、確認行動がとりにくいからだ(*)。

 意外なエピソードでは、ニュースの価値がある。株取引をする人は業界のニュースに敏感だ。学生に株取引のシミュレーション・ゲームをやらせ、最新ニュースを与えるグループとニュースを与えないグループを比べると、ニュースを知らないグループの方が利益が多かったそうな。

 などという真面目な話もいいが、下世話な興味で面白いのが、都市伝説や「恐怖の噂」のサンプル。例えば、都市伝説の一つは…

ある女性が駐車場で自分の車に乗り込み発進すると、見知らぬ男も彼の車に乗り込み彼女の後を追いかけてきた。男を巻こうとスピードを出したり脇道に入ったりしたが、しぶとく食らいついてくる。彼女の義理の弟は警官なので、義弟の家の前でホーンを鳴らし助けを呼ぶ。事情を聞いた義弟は後ろの車の男に話しかけると、男は曰く
 「僕はただ、彼女の車の後部座席に不審な男が潜んでいると伝えたかったんです」
その時、彼女の車の中では…

 ホラーというよりジョークだね。次のネタはお子様向けだけど、インパクトは充分。

 ハイキングに行った少年が、川の水で喉を潤す。なんか固いものも一緒に飲み込んじゃったと思って川底を見ると、蛇の卵が重なっている。気にせず家に帰ったが、一年後、少年はいくら食べても痩せていく一方。病院に言って診察を受けた後、医者が彼の腹を強く押すと…
  3mほどの蛇が少年の口から這い出てきた。

 日本にも、膝にフジツボってパターンがあるね。もっと古典的なのは頭山という…

 順当7:意外3の割合もスラスラ読める気持ちよさに貢献していて、「うわさ」という身近で誰もが興味を持つテーマもあり、「××を○○する7つの方法」みたいな記事が書きたいブロガーには、格好のネタ本だろう。

*:私の個人的見解だけど、これには例外がある。ソフトウェアや工業製品のデザインなどエンジニアリングの場合は、「多数の意見を聞いて最優秀な個人が決定する」方法がいい。社内の会議で決定する場合、大抵は最も政治力の大きい者の意見が通る。そして、政治力と設計/デザイン能力は比例しない。

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2012年7月29日 (日)

榊涼介「ガンパレード・マーチ 逆襲の刻 欧亜作戦」電撃文庫

「ぬほほー、求めよ、さらば与えられん……! 俺らはこれで行くっぞ。男子の本懐を見事遂げてくるがよかっ!」

【どんな本?】

 2000年9月発売の SONY PlayStation 用ゲーム「高機動幻想ガンパレード・マーチ」を、榊涼介が小説化するシリーズ。2001年12月発行の短編集「5121小隊の日常」から始まり、ドッグイヤーのライトノベル界においてゲーム本体同様の根強い人気を維持し、この巻で通産25巻目(ガンパレード・オーケストラとファンブックは除く)。

 ゲームの内容に準じたストーリーは「5121小隊の日常Ⅱ」で完了したが、エンディングの後を描く「山口防衛戦」でシリーズは再開し、続く九州奪還編の後、大判の「ガンパレードマーチ ファンブック ビジュアル&ノベルズ」を挟み、逆襲の刻編へと続いている。

 この巻も最後に特別短編「ソックスダンクの栄光と悲惨」を収録。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2010年5月10日初版発行。文庫本縦一段組みで本文約296頁。8ポイント42字×17行×296頁=211,344字、400字詰め原稿用紙で約529枚。標準的な長編小説の分量。

 文章そのものは読みやすいが、世界設定が複雑で独特である上に、登場人物も膨大なので、この巻から読み始めるのはさすがに無茶。お急ぎなら、逆襲の刻編はじめの「東京動乱」が、冒頭に前史として「いままでのあらすじ」が載っているので便利かも。余裕があれば、シリーズ最初の「5121小隊の日常」か、時系列的に最初期を描いた「episode ONE」から入るのが最善。いずれも短編集なので、味見にも向く。

 または、九州奪還編までの内容が、「ファンブック」にまとまっているので、そこから入ってもいい。主要登場人物や兵器などのイラストもあるので、イメージしやすいだろう…ただ、5121小隊の面々のイラストがアレなので、ちとイメージが狂っちゃうけど。

【どんな話?】

 青函トンネルの開通を目指す「天の岩戸」作戦は成功したが、疲労の極に達した5121小隊を含む芝村支隊は、大鰐温泉で一時の安らぎを得るが、幻獣は突如青森に上陸を始める。コンテナ内に潜んだデーモンの奇襲もあり、自衛軍は荒波自らローテンンシュトルムで出撃する危機となり、芝村支隊は前線へと復帰した。

 東京では善行大佐の発案による欧亜作戦が大原首相の承認を得て、即刻実行に移され、善行&原・カーミラ&ハンス、そして緑子がシベリアへと飛ぶ。そこでは、シベリアの幻獣王ミハイルの庇護の下、ロシア人・イヌイート・日本人などが共存し、主に採掘した地下資源を日本に輸出しながら、凍土の大地で逞しく生きていた。そして、日本もまた、シベリアの豊富な資源に依存していたのである。

 欧亜作戦は、以下四つの骨子からなる。

  • 黒:青森戦線の維持および青函連絡船の回復
  • 白:隠蔽されていた戦争の実態の暴露および戦争継続を目論む軍産共同体の解体
  • 紫:シベリアの人類居住区を保護するミハイルとの和平締結
  • 紅:軍事オプション、詳細は不明

 カーミラ配下の青スキュラや海軍の艦砲射撃の支援を得た自衛軍に対し、幻獣は知性体を動員した組織的な攻撃を見せ、圧倒的な兵力で押し寄せる。そして、東京では、樺山一派がなりふり構わぬ実力行使に出始める中、会津閥の雄である山川中将は、かつての盟友である秋月との公開の論戦を承諾するのだった。

【感想は?】

 ゲームのノベライズから青春群像劇、そして架空戦記から政治劇まで取り込んできたこの作品、今回は政治劇がクライマックス。となれば、スポットを浴びるのは加齢臭プンプンのオッサン・オバハン。中でも最高に盛り上がるのが、山川・秋月対談。頁数こそ少ないものの、ある意味芝村ガンパレの世界観に真っ向から挑戦状を突きつけた内容になっている。

 現実の政治の世界だと、立場と主張が異なる者の対談は、大抵が揚げ足の取り合いか非難合戦になるのがオチなんで、こーゆー場面を観られるのはフィクションの世界だけってのが哀しい。いやほんと、たまには互いに誠意と敬意を保ちながらの論争ってのを見てみたい。

 などと思いつつ読んでたら、ここでも大原首相の狐っぷりが凄い。元女優だけあって、マスコミの使い方を存分に心得てる。まあ民意なんて論理より感情で動いちゃうもんだよね、と山川・秋月対談をひっくり返す展開に。にしても「後は自分で考えたまえ」ってのは、試験のつもりかな。立場に相応しい意地の悪さを備えつつあるようで。

 九州奪還でおぼろげに見えてきた幻獣内の勢力事情が、この巻では大きなスケールで骨格が見えてくる。ややこしいアルファ・システム・サーガを適度に取り込みつつ(などと言う私も詳しくは知らないけど)、鉄と硝煙の匂いが渦巻く榊ガンパレに馴染ませるのは難しいだろうなあ。

 シベリアの幻獣の王ミハイルとの交渉には善行が赴く…のはいいが、私が理解できなかったのは原さんの意義。確かに口は達者だけど、外交交渉に出席する立場じゃないよね、なんで?と思ってたけど、この巻で疑問氷解。大原さんは、これを見抜いていたのかしらん。

 前線では、シリーズ開始当初の純情な少年が見違えるようなハーレム状態を満喫している滝川。軽装甲や島さんに加え、ここでは知性体の代表ライザちゃんや青スキュラに囲まれキャッキャウフフの青春を繰り広げ、舞にまで妬まれる始末。今まで削り役でパッとしなかったけど、青スキュラを率いて戦えるのは滝川だけ。多数の空中要塞を率いて偵察から狙撃までこなす機動力と器用っぷりは、第三戦車師団に匹敵する戦力かも。

 東京動乱でしぶとく生き残ったアリウス、前巻ではデーモンの奇襲や青森上陸などで静かに動き始めたのが、この巻ではついに本領を発揮する。東京動乱での暴走を伏線としつつ、これは怖い。どうでもいいけど、映画「バトルシップ」は爽快だったなあ。こんな時でさえ、己の本分を違えぬ岩田に漢を見た。やっぱり、未央ちゃんは「不潔ですっ!」が出ないとね。

 特別短編「ソックスダンクの栄光と悲惨」は、タイトルでわかるようにソックスダンクこと山川道久が主役。炊き出し・生活環境の整備・物品調達など雑務をこなしつつ、一ノ瀬小隊や士官学校候補生部隊のスケジュール管理まで気を配る山川。各集団の接点となる彼には、自然に人と情報と要望が集まり、大忙し。5121小隊整備班に鍛えられ、気持ちに幅が出て、一ノ瀬の奇襲もあしらえるようになってきたが、整備班の本領はこれからだった…
 なんか一ノ瀬さんのキャラが変わってきたような、それともこれが地なのか。

 激戦が続く津軽、政界の大変動の地響きが聞こえる東京、大転回を予感させるシベリア、そしてついに牙をむき出すアリウス。激変の予兆を孕みつつ、物語は次巻へと続く。

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2012年7月28日 (土)

SFマガジン2012年9月号

「よくぞ集まってくれた諸君!君たちは一人ひとりが五稜郭全学生徒から選び抜かれた最強・最精鋭の一兵卒であると同時に、五稜郭の運命を背負った誇り高き勇士だ!」
「「「おおー!」」」  ――籘真千歳「蝶と夕桜とラウダーテのセミラミス(中編)」

 280頁の標準サイズ。今月の特集は二つ、「この20人、この5作」は、厳選した海外のSF作家20人について、代表作5作を紹介する。もうひとつは映画「ダークナイト ライジング」と「アベンジャーズ」の公開にあわせ、「アメコミ特集2012」。お陰で小説は山本弘の「輝きの七日間」と籘真千歳の「蝶と夕桜とラウダーテのセミラミス(中編)」のみ。しくしく。

 「この20人、この5作」の面子は、以下。

アイザック・アシモフ/アーサー・C・クラーク/ロバート・A・ハインライン/フィリップ・K・ディック/カート・ヴォネガット/シオドア・スタージョン/スタニスワフ・レム/J・G・バラード/サミュエル・R・ディレイニー/アーシュラ・K・ル・グィン/ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア/クリストファー・プリースト/ウィリアム・ギブスン/デイヴィッド・ブリン/コニー・ウィリス/ダン・シモンズ/ロバート・J・ソウヤー/グレッグ・イーガン/ニール・ゲイマン/チャイナ・ミエヴィル

 まあ、こーゆーリストってのは、どう作っても文句が出るもんだけど。私なら、ディレイニーとゲイマンとミエヴィルを外してラリイ・ニーヴンとジェイムズ・P・ホーガンとバリトン・J・ベイリーを入れるかな。グレッグ・ベアとスティーヴン・バクスターとマイク・レズニックとR・A・ラファティと…とか言い出すとキリがない。あと、一発屋も特集して欲しいなあ。クリス・ボイルの「キャッチワールド」、グラント・キャリンの「サターン・デッドヒート」、T・J・バスの「神鯨」、スパイダー&ジーン・ロビンスンの「スターダンス」…って、商売にならんな。

 なおブラッドベリは来月に追悼特集をやるんで、あえて見送ったとのこと。テッド・チャンが入ってないのは、寡作だからだろうなあ。ニューウェーヴの不合理に反発したアシモフから始まり、不条理が楽しいミエヴィルで終わるのが皮肉。以下、各作家について。

  • フィリップ・K・ディック:やっぱり彼のテーマは「本物と偽物」だよねえ。「くずれてしまえ」とか「電気羊」とか。
  • カート・ヴォネガット:彼のファンは妖女派と猫派がいるそうな。私は猫派。そういうものだ。
  • シオドア・スタージョン:短編は技巧を凝らしたのが多いけど、長編は素直に娯楽として楽しめるのが多い。私なら、まず「人間以上」を薦める。
  • スタニスワフ・レム:私はソラリスより「砂漠の惑星」の方が好きだ。わかりやすいし。
  • デイヴィッド・ブリン:知性化シリーズを完結させる気はあるんだろうか。
  • グレック・イーガン:他の作家は顔のイラストを掲載してるんで、もしや…と思ったら、No Image。笑った。

 友成純一「人間廃業宣言」、インドネシアのバリからホラー系の変な映画を紹介するこのコーナー。今回は「びっくり映画」Chllerama の第一話「ワジラ」Wadzilla に爆笑。巨大精子の暴走というエロマンガにありがちなアイデアだけど、それを実際に映像化しちまう実行力に脱帽。

 橋本輝幸「世界SF情報」、ペーパーバックは相変わらずジョージ・R・R・マーティンが4位まで独占。ローカス賞のSF長編部門はチャイナ・ミエヴィルの Embassytown。そういや「都市と都市」、まだ読んでないや。

 「アメコミ特集2012」は、柳下毅一郎「アメコミの気恥ずかしさ」で、「アベンジャーズ」と「ダークナイト ライジング」を巧く対比させてる。コミック特有のバカバカしさ・幼稚さを意欲的に取り込み爽快に仕上げたアヴェンジャーズ、敢えて排除しリアリティを追及したダークナイトと評している。

 それぞれの監督のインタビュウも載ってるんだが、「おお!」と思ったのが、アヴェンジャーズのジョス・ウェドン。「6人のヒーローをさばく(描く)のは大変でしょ?」という問いへの返答が見事。娯楽映像作品の真髄を衝いてる。

みんなのインフォメーションを追いかけることは絶対しない。それはやるほうも楽しくないし、観るほうもそう。反対に何が楽しいかと言えば、彼らのエモーションを追いかけること。

 籘真千歳「蝶と夕桜とラウダーテのセミラミス(中編)」。お嬢様養成学校として有名な扶桑看護学校二年の揚羽。人工妖精四等級予定の揚羽だが、なぜか代表生徒ノーブル・フローレンスの候補として出馬する羽目に。辞退するつもりが本命の朔妃は怪我で出馬できず、寡黙な優等生桔梗は多忙で出馬を断念。ミステリアスな雰囲気が好評の周防 vs 生徒会会長の柑奈のライバル対決となる…はずが、面白がって周防が辞退。退路を絶たれ悩む揚羽を見かねてか、剣道実習の時間に非常任講師三条之燕貴が対戦を申し込み…
 重くシリアスで静かな場面が中心な今回だけど、雪柳が登場すると一気に雰囲気が変わり、熱気と喧騒が溢れ疾走感に満ちた展開になるのが楽しい。いいなあ、こういうキャラクター。今度は雪柳を主人公にした作品を是非。

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2012年7月26日 (木)

堀内勝「ラクダの文化誌 アラブ家畜文化考」リブロポート

 ラクダは次第に衰え果てて死ぬ場合も勿論あるが、その様子もなく急に即死する場合がほとんどである。すなわち絶命するまで主人の命令に従って行動し、突如として力尽きて倒れ死ぬのが普通なのだ。「ラクダの死」を意味する語タナッブルも、こうしたことから「矢で急所を射抜かれて即死すること」とも、「絶命するまでその任務を遂行する高貴なもの」との語義であると説かれている。

【どんな本?】

 砂漠の舟といわれ、アラブ社会を象徴する家畜であるラクダ。それはどんな動物で、どんな性質を持ち、どう育てられ、どの様に使われてきたのか。人はラクダをどう扱い、どう利用して、どう暮らしてきたのか。西アジア言語文化を専攻した著者が、言葉と文献、そしてフィールドワークから得た知識を元に、ラクダを通してアラブ社会の歴史と内情を探る。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 1986年3月25日初版第1刷発行。単行本縦一段組みで約461頁。9ポイント45字×18行×461頁=373,410字、400字詰め原稿用紙で約934枚。長編小説なら2冊分ぐらい。一般向け啓蒙書と学術書の中間ぐらいの内容で、文章は比較的読みやすい部類。

【構成は?】

 はじめに
第1章 アラブのラクダ観
第2章 名高いラクダ ――アラブ種の名種、名産地――
第3章 ラクダを崇める ――サムード族伝説と神聖ラクダ――
第4章 ラクダを記す ――歴史に名高いラクダ――
第5章 ラクダを叙す ――ラクダの体の部位(1)――
第6章 ラクダのコブについて ――ラクダの体の部位(2)――
第7章 ラクダの蹄について ――ラクダの体の部位(3)――
第8章 ラクダが生きる ――成長段階――
第9章 ラクダが年とる ――ラクダの年齢階梯――
第10章 ラクダが群らがる ――「群れ」考(1)――
第11章 ラクダを数える、頭数 ――「群れ」考(2)――
第12章 ラクダが鳴く(1) ――アラブの擬音文化考(1) ラクダ以外の動物のオノマトペイア――
第13章 ラクダが鳴く(2) ――アラブの擬音文化考(2) ラクダの動物のオノマトペイア――
第14章 ラクダが運ぶ ――駄用ラクダ――
第15章 ラクダが引っ張る ――牽引用ラクダ――
第16章 ラクダに乗る ――乗用ラクダ・旅用ラクダのこと――
第17章 ラクダが歩く ――距離単位、ラクダ日――
第18章 ラクダが踊る ――キャラバンソングについて――
第19章 ラクダに据える ――ラクダ鞍の考察――
第20章 ラクダに掛ける、吊るす ――運搬用荷具――
第21章 ラクダで身をあがなう ――血の代金とラクダ――
第22章 ラクダで娶る ――婚資について――
第23章 ラクダで税を払う
第24章 ラクダを信じる ――ラクダに関する俗信――
 引用・参考文献/おわりに

【感想は?】

 副題にあるように、この本が扱っているのは、アラブ圏での人とラクダの関係。ということで、主にアラビア半島を中心にイラク・ヨルダン・シリアの三日月地帯に加え、パレスチナ・シナイ半島・エジプトあたり。また、ラクダを軸に見ていくので、商人・遊牧民の視点が中心となり、農民はあまり登場しない。

 著者の専攻が西アジア言語文化のためか、言葉を元に論を展開する部分が多い。例えばラクダの群れを表現する言葉として、dhawd:20頭足らず/sirma:40頭以内/hajmah:40頭以上/akrah:60頭以上…があって…などと話が展開する。一般に言語は生活に密着した方面の語彙が充実する傾向があるので、これは面白い方法ではあるけど、正直読んでて少し退屈。

 ちなみに牧畜の場合、ラクダは羊や山羊と一種に飼われる場合も多い。面白いのが、羊と山羊の関係。羊の群れには必ず山羊が入ってる。毛や乳など羊の方が価値があるんだけど、適応性や病気の抵抗力は山羊の方が上。つまり山羊は保険なわけ。だもんで、平坦で肥えた土地は羊が多く、丘陵・山岳地帯は山羊が多い。生活の智恵ですな。

 面白いのは、やっぱりアラブのラクダ文化そのものを記述した部分。例えば、ラクダの群れの大半が雌だなんて、初めて知ったよあたしゃ。要は費用対効果、雌は乳も出るし子も産むから財産になるけど、雄の大半は交尾できるかできないかぐらいで肉用に屠殺されるとか。残るのは血統や体格の優れた種ラクダのみ。

 ちなみに平均寿命は30歳程度、働き盛りは7,8歳から20歳ぐらいまで。赤ん坊でも1mぐらいあるんで、難産。「母ラクダは非常に子思いで、放牧に出された遠隔地でも、牧者の隙を盗んでは子ラクダの留まっているキャンプ地に戻ろうとする」。知能は高いのかなあ。

 ラクダと言えば涎。涎を垂らす原因は二つで、一つは老化で、もう一つは交尾期(冬)の雄。この時期は気性も荒くなるそうなんで、涎を垂らしてるラクダには近寄らない方が吉。

 育ったラクダの将来は三種類。優れたものは乗用、つまり人が乗る。そうでないのは運搬用か、農耕用。運搬用の場合、荷物の重さは平均160kg。これは行程の長短や道の良し悪し、急ぎかゆっくりかで変わる。まあ当然だね。人を乗せる場合は、二人が限界。

 一日の行程は、だいたい48km。日本の参勤交代も、一日の行程は30km~50kmなんで、昔の旅は、大抵それぐらいが一日行程だったんだろう。「馬もラクダも歩行の習性としては、前後に縦列になり、先行する仲間に従って歩んだり、走ったりする習性がある」。よってキャラバンは長い縦列となるわけ。

 そのキャラバンの先頭をいく者は、歌で群れを導く。「キャラバンソングの律動を変えて歌うことによって、ラクダ達の歩調を変える」というから凄い。大抵は美声の者が先導するけど、美声すぎるのも困り物。以下は皮肉な挿話の概要。

 アブー・バクルは旅行中に某部族の一団に出会った。テントの前には死んだラクダや死にかけのラクダばかり、テントの中には黒人奴隷が枷をかけられている。テントの主人曰く「この奴隷は声がよすぎる。重い荷物をラクダに乗せた旅の途中、奴隷がキャラバンソングを歌ったら、ラクダが張り切りすぎて、三日の行程を一日で進み、このザマじゃ」。

 「第21章 ラクダで身をあがなう」には、「目には目を、歯には歯を」が原則のアラブ社会で、報復の連鎖を止めるための方法の話。今なら損害賠償で、人一人の命はおおよそラクダ百頭だとか。まあ、これは被害者の立場や加害者との関係などで変動するけど。意外と合理的だと思ったのは、傷害の場合。両手な・両足などは命と同じラクダ百頭、片目片腕などは五十頭、指は一本につき十頭など、障害の程度で代償の相場が変わる。

 また手打ちの儀式が、いかにもアラブ。双方の話し合いが合意に達した場合…

殺された側の居住地へ出かけ、その関係者の前庭で連れて行った犠牲動物を屠殺し、その流血を示さねばならない。これによって殺された者の「血の求め」が癒されるわけである。屠殺した動物は料理されて関係者一同に食べられる。この「共食」の行為により義兄弟の縁が結ばれるわけである。

 仲直りの宴会、というわけ。食事を一緒にする事で親愛の情を作る・示すってのは、世界共通みたいだ。

 今は自動車の普及や都市化でラクダ文化は衰えつつあるけど、サウド家が名種を保護してたり、イエメンじゃラクダレースが開催されたりと、アラブのアイデンティティとして、これからもラクダは残っていく模様。ハードコアなアラブ文化が覗ける本だった。

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2012年7月24日 (火)

榊涼介「ガンパレード・マーチ 逆襲の刻 青森血戦」電撃文庫

 「ぬ、どうも湯にのぼせたようじゃ、俺は出るぞ」

【どんな本?】

 2000年9月発売の SONY PlayStation 用ゲーム「高機動幻想ガンパレード・マーチ」を元に、榊涼介が小説化するシリーズとして、短編集「5121小隊の日常」から始まった、俗称榊ガンパレ。ゲームの内容に基づいたストーリーは「5121小隊の日常Ⅱ」で完了し、エンディングの後を描く「山口防衛戦」でシリーズは再開し、続く九州奪還編の後、大判の「ガンパレードマーチ ファンブック ビジュアル&ノベルズ」を挟み、逆襲の刻編へと続いている。文庫本はファンブックとガンパレード・オーケストラを除き、通算24巻目。

 この巻は最後に特別短編「青森からの通信――輝け!突撃レポーター」を収録。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2010年3月10日初版発行。なんと「東京動乱」から4ヶ月連続刊行というハードスケジュール。文庫本縦一段組み、本文約311頁。8ポイント42字×17行×311頁=222,054字、400字詰め原稿用紙で約556枚。標準的な長編小説の分量。

 文章そのものは、こなれていて読みやすい。ただ、内容的にほとんど架空戦記なので、榴弾だ師団だと軍事用語が頻発する。読み飛ばしても大きな問題はないけど、気が向いたら Wikipedia などで調べると、会話の内容がより具体的に理解できるだろう。また、津軽半島を舞台にしているので、青森・弘前近辺を地図帳や Google Map で参照しながら読む楽しみもある。

 長いシリーズだけあって、世界設定が独特かつ複雑で、登場人物も多いので、いきなりこの巻から読み始めるのは無茶。最低でも、逆襲の刻編はじめの「東京動乱」から入ろう。冒頭に前史として「いままでのあらすじ」が載っている。余裕があれば、シリーズ最初の「5121小隊の日常」か、時系列的に最初期を描いた「episode ONE」から入るのが最善。または、九州奪還編までの内容が、「ファンブック」にまとまっているので、「ファンブック」から入る手もある。

【どんな話?】

 拠点防御は諦め戦線を整理し、弘前方面へ転進した5121ら遊撃部隊。弱兵と思われた大阪師団は意外な活躍を見せ、三宮参謀の即席迷路の効果もあり、粘り強く戦線を維持する。整備班の警護・市街に浸透する小型幻獣の掃討・物品調達・他関係者との連絡役・そして炊き出しなど、一ノ瀬小隊や海軍士官学校候補生たちも自らの役割を見つけ、活発に働き始め、調整役の山川道久も忙しく動き回る。

 一方、東京で泉野・木下が企てた首相暗殺は失敗したが、首相の大原は欺瞞に満ちた現在の状況に見切りをつけ、大博打にでる決心をする。軍需産業を仕切り暗殺を企てた黒幕の樺山を排除すると同時に、日本が置かれた政治情勢を転換すべく、東京に滞在していた幻獣共存派のカーミラ・野間集落の緑子と共に、善行と原をシベリアへ送り込む。

 その頃、青森の方面軍司令荒波は、起死回生の策を検討していた。

【感想は?】

 厳しい戦闘シーンが続いた最近の榊ガンパレの仲で、少しだけ息がつける楽しいインターミッション。特に終盤は、榊氏には珍しく正統派のライトノベルしてる。いや最近の榊ガンパレはライトノベルなんだか架空戦記なんだかわかんなくなってきてるから、こーゆーのもちゃんとやってくれないと。

 大筋では、大きな変化が二つ。ひとつは、善行・原・カーミラ、そして緑子が向かう先、シベリア。前巻で思わせぶりに出てきたシベリアの実情が、やっと明かされる。常夏のハワイに行く筈が極寒のシベリアになってしまった原さん、彼女にも弱点はある模様。だから豪華客船なのね。しかし、こういう役割に来須と萌は珍しい人選ミスじゃなかろうか。

 もうひとつ、戦線の大きな変化は、カーミラ配下の幻獣の参戦。さすがに陸上型は移動できないため、空中を移動できるものだけ…といっても、今まで最強の幻獣として君臨した空中要塞スキュラ、それも賢い青スキュラが青森湾に到着。ここじゃ意外な人が納得の理由でモテモテ。

 戦闘シーンでうれしいのが、やっと海軍に活躍の場面が来たこと。いや「幽霊戦線」でも少しでてきたけど、やっぱり海軍らしい活躍をして欲しいしねえ。今時の護衛艦はあまし艦砲射撃とか考えてないけど、見た目はミサイルより砲の砲が迫力あって絵になるし。

 いつの間にやら「下品の王様小隊」が通り名になってしまった箕田小隊、今度は箕田サーカスに改名か。能見が入ってから、更にデンジャラスになってる。そろそろ、久萬と中西にも彼女をあてがってやっても…いや、どっちも人間離れしてるからなあ、色々と。中西は意外と商売が向きそうな雰囲気だけど、久萬はねえ。

 司令部では、前園さんが獣の扱いに一苦労。なんか大変な餌を与えちゃってる。困ったことに、陰の組織はこういう所にも浸透しているらしく、下手に尻尾を出すと大変な事に。

 が、そんな事には動じないのが生徒会長閣下。「そういうコネクションの作り方もある」って、わかってらっしゃる。というか、やっぱり政府上層部にも浸透してるんだろうか。秋元さんとか、怪しいと思ってるんだが。

 息子の方は、色々と気が利く分、あちこちから頼られて大忙し。元々が茜に鍛えられて想定外の状況への対応力がある上に、九州で5121小隊に付き合って柔軟性がグレードアップ。閣下も喜んでるだろうなあ。その茜、「残したらダメじゃないか」って、お前が言うな。肉てんこもりにしてやれ、一ノ瀬。

 その茜、ここでも終盤で名誉の負傷。この辺のシーンは是非ともアニメ化して欲しい所。ファンブック第二弾、出ないかなあ。速水は野間の惨劇の傷が未だ癒えず、苦しんでいる模様。中村と岩田を見習って、早く立ち直れ。にしても湯川、同情するぞ。悪い奴じゃないんだけどなあ。

 特別短編「青森からの通信――輝け!突撃レポーター」は、タイトルでわかるように、桜沢レイちゃん大活躍。人の話は聞かないわ話題はあちこちワープするわで、前線で大暴れ。弱音もはくけど、切り替えと立ち直りが早いのがレイちゃんの取り得。彼女が出てくると、途端に場面が明るくなるから好きだなあ。

 シベリアと津軽、役者が続々と集合し、大きな転機を予感させつつ、次巻へと続く。

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2012年7月23日 (月)

ヘンリー・ジェイムズ「ねじの回転」創元推理文庫 南條竹則・坂本あおい訳

 彼は"そんな簡単なことじゃない”とでも言いたげな表情で、何と形容すべきかを思いあぐねているようすだった。手を額にかざし、ちょっととまどったように顔をしかめた。「恐ろしさ――恐ろしさだよ!」
  ――ねじの回転

【どんな本?】

 19世紀~20世紀にアメリカ・イギリスで活躍した作家ヘンリー・ジェイムズ(→Wikipedia)の、恐怖小説集。スティーヴン・キングがシャーリー・ジャクスンの「たたり」と並び傑作と絶賛する「ねじの回転」ほか、19世紀のイングランド・アメリカ東海岸を舞台にした怪談計五作を収録。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 収録作は訳者が選んだ日本独自のアンソロジー。文庫本縦一段組みで本文約355頁。+訳者あとがき7頁+赤井敏夫の解説「幽霊の実在をめぐる二つの論争――『ねじの回転』と幽霊論争」8頁。8ポイント42字×18行×355頁=268,380字、400字詰め原稿用紙で約671枚、長編小説としてはやや長め。

 難渋といわれるジェイムズだが、訳文は意外とこなれていて、すんなりと読める。やや古めかしく気取った雰囲気なのは、恐らく訳者が意図的にそうしたんだろう。内容そのものも、「ねじの回転」以外は、一般的な怪談として楽しめる。

 問題は、表題作「ねじの回転」。これは人によって様々な解釈があり、論争になっていることでもわかるように、いったい何が起きているのか、最後までわからなかった。一応、私が支持する解釈を末尾に示すが、あまり自信はない。

【収録作は?】

 以下、日本語タイトル / 原題 / 初出年 で示す。発表年と作品の印象を照らし合わせると、若い頃は比較的正統派のわかりやすい書き方で、晩年になるほどヒネくれて肝心の事柄は明示せずにほのめかすだけ、みたいな傾向があるなあ。私は「古衣装のロマンス」が最も気に入った。話の構造的に、朗読に向く形式が多い。

ねじの回転 / The Turn of the Screw / 1899
 みなが順番に怪談を披露した会で、やっとダグラスが話を始めた。彼の妹の家庭教師で、20年前に亡くなった女性の手記だ。
 駆け出しの彼女は、ロンドンに住む魅力的な独身の青年紳士に雇われる。両親を失った幼い甥と姪がブライの屋敷にいる、二人の面倒を見てくれ、ただし今後何があろうと相談も連絡も不要、球菌は弁護士経由で渡す、と。
 屋敷は心地よく、女中頭のグロース夫人も気持ちのよい人だった。肝心の生徒ときたら、妹のフローラも兄のマイルズも天使のように愛らしく素直で、彼女にも懐いてくれる。だが、なんと、兄のマイルズは、寄宿学校の校長から「これ以上お預かりすることはできません」という手紙ひとつで放校になっていた。だが、彼女にもグロース夫人にも全く心当たりがない。
 そして、ある日の夕暮れ、彼女が見たのは…

 舞台はイングランドの田舎の夏。センスの良い屋敷で、愛らしく素直な兄妹と過ごす日々に、忍び寄る怪異。つまりは幽霊譚なんだが、その幽霊を見ているのは家庭教師だけ。肝心の事をぼかすのは晩年のジェイムズの癖らしく、なぜ青年紳士が兄妹を放置するのか、なぜ幽霊が現れるのか、幽霊が生前どんな悪さをしたのか、マイルズの放校の理由などは、ほのめかされるだけで明示はなし。スタージョンの「ビアンカの手」(「海を失った男」収録)と並び、相当に注意深く読まないと読み解けない。ネタバレを含む解釈は末尾に示す。
古衣装のロマンス / The Romance of Certain Old Clothes / 1868
 18世紀の中頃、マサチューセッツ州に住むウィングレイヴ夫人は、若くして夫を失ったが、三人の子を立派に育てた。兄のバーナードは英国のオックスフォードに留学・卒業し、裕福な紳士の友人アーサー・ロイドを連れ帰郷した。妹のロザリンドとパーディタは容姿も性格も違うが仲のよい姉妹で、それぞれ美しかった。二人はロイドに惹かれ…

 「ねじの回転」に比べると、実に素直で正統派の怪談。約30頁と短いのも、変にもったいぶってなくていい。エンディングへのフラグが嫌な感じに立っていく過程は、夏の夜の百物語にピッタリ。私は表題作より、こっちの方が好きだなあ。
幽霊貸家 / The Ghostly Rental / 1876
 マサチューセッツで神学を志していたわたしは、よく散歩した。ある穏やかな冬の日、わたしはその屋敷を見つけた。古びた屋敷を見て、私は悟った。「これは幽霊屋敷なんだ!」と。周辺の人に聞いても、誰も詳細を教えてくれない。次に屋敷を見に出かけた私は、小柄な老人が、この屋敷に入るのを見かけ…

 ジェイムズの発想が光る作品。こういう幽霊ってのも、なかなか奇妙で斬新…って、100年以上も前の作品だけど。トリッキーではあるけど、晩年の作品ほどはヒネくれていない。
オーエン・ウィングレイヴ / Owen Wingrave / 1892
 スペンサー・コイルは、英国で陸軍士官学校を志望する青年を教えている。特に今の弟子のオーエン・ウィングレイヴは軍人一家の出身で、熱意も魅力もあり、何より才能が飛びぬけていた。が、オーエンは突然「軍人にはならない」と言い出す。もう一人の弟子レッチミアは凡庸だが、オーエンと仲がいい。彼にオーエンの説得を頼もう。こんな事がオーエンの家族、特に烈女で知られる伯母に知られたら…

 比較的晩年の作品で、ちょっと散漫な感じがある。登場人物もストーリーも、もっと簡素化できると思うんだが。ウィングレイヴという名前が「古衣装のロマンス」と同じなんだけど、ジェイムズのお気に入りなんだろうか。
本当の正しい事 / The Real Right Thing / 1899
 著名な作家アシュトン・ドインが亡くなり、夫人は伝記執筆を売れない若手の伝記記者ジョージ・ウィザモアに依頼した。尊敬する師の伝記とあって緊張しながらも、ウィザモアは師の部屋に通い資料を漁る。夫人も協力的で、遺品や手紙を整理してくれる。師の部屋に篭るウィザモアは、彼を見守る師の存在を感じ…

 私は自分が死んだ後にハードディスクの中身を覗かれるのは嫌だなあ。木本雅彦の「星の舞台からみてる」には死後にハードディスクを処分してくれるサービスが出てきたけど、あれ、今は実在するのかしらん。幽霊譚なんだけど、あんまし怖くない。怪異譚、という表現の方がしっくりくる。

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【「ねじの回転」の解釈:ネタバレあり、要注意】

 表題作「ねじの回転」は曖昧模糊とした話で、複数の解釈があり今でも論争が続いている。以下の記述にはネタバレを含むので、嫌な方はご注意いただきたい。

 主な解釈として、以下4つが解説に出てくる。

  1. 幽霊は家庭教師の妄想だった
  2. 同じ現実でも人により見えるものは違うのだ、という寓話
  3. マイルズはダグラスである
  4. グロース夫人の陰謀である

 ちと他の書評を検索すると、最も有力なのは 1. で、ついで 2.。3. と 4. は珍説扱い。謎はいくつかあって。

  • 幽霊を見るのは家庭教師のみ。兄妹は幽霊を見ないし、怯えてもいない。
  • 青年紳士はなぜ兄妹を放置し、一切の関わりを拒否するのか。
  • 幽霊は出てくるだけで、何もしない。何が目的で出てくるのか。
  • 幽霊は生前どんな悪さをしたのか。
  • マイルズの放校の理由。

 で、私は、3.マイルズ=ダグラス 説を支持するのですね。というのも。

 クウィントの幽霊を見た後、家庭教師はグロース夫人にクウィントの風体を細かく語り、グロース夫人が「クウィントです!」と返答している。この時、家庭教師はクウィントについて何も知らない。知らない人物の風体を、家庭教師が詳しく語れるのは、理屈に合わない。なら、幽霊は実在するはず。よって、妄想ではない。なら、1. と 2. は消える。

 3. グロース夫人のイタズラって線もあるんだけど、そこは私の趣味と思い込みで。

 手紙の主(家庭教師)は、ダグラスの妹の家庭教師だった。ダグラスは夏休みに帰郷して彼女に出会った。彼女はダグラスより十歳年上。ここまでは、理屈に合ってる。

 問題は、帰郷したとき、ダグラスは「トリニティ(学生寮)の学生だった」という台詞。これから、当事のダグラスは高校生/大学生という印象を受ける。これは、マイルズが10歳という歳と合わない。が、今 Wikipedia(→トリニティ) で調べたら、「三位一体学寮の意」とあり、学生寮としてはありがちな名前らしい。なら幼年学校の寮でもいいじゃないか。

 他にも、ダグラスと会った時、彼女は誰かに恋をしていた。手記中で、彼女はマイルズの養父にのぼせている。OK、これも符合する。

 最大の問題は、手記の結末。これで、マイルズ=ダグラス説は崩れる…手記が、事実なら。

 この物語は、家庭教師の手記をダグラスが読み上げる、という形で語られる。なら、手記が創作だっていいじゃないか。

 素人の創作なら、肝心の細部がぼやけてても、「本筋じゃないから端折っちゃった」と解釈できる。作者(家庭教師)は、面倒くさいんで細かい設定は考えていなかったのだ。

 そう、これは、腐女子による、ショタコン・ロマンスなのである。

 他にも、手記には不自然な部分が多い。マイルズやフローラの目に何が見えて何が見えないか、家庭教師は把握している。なんでマイルズが見ている(または見ていない)モノが分かる?マイルズやフローラの内心も、家庭教師は見抜いている。家庭教師は「思い込みの強い女性」だ、という解釈もできるけど、素人の創作だとしても、辻褄はあう。

 語る場に、ご婦人はいない。「予定を変更して居残ると言っていた御夫人方は、もちろん――ありがたいことに――のこらなかった」とある。って事は、女性に聞かせたくない、性的な内容である由をうかがわせる。

 ダグラスが家庭教師を評して曰く「素晴らしく魅力的」「あんなに感じのいい女性は見たことがない」「何をやらせたって、立派にやってのけただろう」。もう、ベタ誉めである。知的で明るく愛情豊かな人物を想像するだろう。手記が事実なら、彼女は多少の陰を持っているはずだが、そういう記述はない。

 手記が事実なら、彼女の立場は極めて不利だ。なんたって、腕の中で教え子が亡くなっている。殺人犯と疑われる可能性も高い、というか、あの状況で無実を証明するのは難しいだろう。フローラとグロース夫人を追い出してるのも嫌疑を深める。仮に無実となっても、悪い噂がつきまとうはずだ。が、そういう記述は見当たらない。

 ダグラスは彼女に惚れていたし、それを隠してもいない。恐らく初恋だったろう。初恋の相手が、魅力的な年上の女性が、腐っていた。これは、大変なショックではなかろうか。特に、あの時代では。

 …などと、無茶な解釈をしてみた。いや結構本気だけど。いいじゃないですか、馬鹿な解釈する奴が一人ぐらいいたって。

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2012年7月22日 (日)

榊涼介「ガンパレード・マーチ 逆襲の刻 弘前防衛」電撃文庫

「おお、ソックス・ダンク。カレーはとっくに完成しとる。今は普通の煮干しと、青森湾の焼き干しの違いを検証しとるところタイ。ぬしゃ、どっちが好みかの?」

【どんな本?】

 2000年9月発売の SONY PlayStation 用ゲーム「高機動幻想ガンパレード・マーチ」を、榊涼介がノベライズするシリーズ通算23巻目(ファンブックとガンパレード・オーケストラは除く)。短編集「5121小隊の日常」で始まり、熊本城決戦など欠かせないイベントを挟みつつ、ゲーム・シナリオに準じたストーリーは「5121小隊の日常Ⅱ」で完了した。

 その後、榊オリジナルの登場人物も含めゲームのエンディングの後を描く「山口防衛戦」でシリーズは再開し、続く九州奪還編→逆襲の刻編へとつながっている。

 この巻も最後に特別短編「首相暗殺(裏)――浅井遊馬の流儀」を収録。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2010年2月10日初版発行。文庫本縦一段組みで本文約312頁。8ポイント42字×17行×312頁=222,768字、400字詰め原稿用紙で約557枚。標準的な長編小説の分量。

 文章そのものは読みやすいが、内容は架空戦記に近いため、迫撃砲だの12.7ミリだのと軍事系の言葉が頻出するので、そっちに詳しいとより楽しめる。また、舞台が津軽半島なので、地図帳か Google Map があると更によし。

 ただ、元のゲームが相当に込み入った世界設定である上に、登場人物も多いので、さすがにこの巻から読み始めるのは無茶。気が短い人は、逆襲の刻編の始まり「逆襲の刻 東京動乱」の冒頭で「前史」として「これまでのあらすじ」がまとまっているので、そこから入ってもいい。理想を言えば、シリーズ最初の「5121小隊の日常」か、時系列的に最初期を描いた「episode ONE」から入るのが最善。また、「ファンブック」収録の短編が伏線になっている部分もあるので、完璧主義の人は「ファンブック」も必須。

【どんな話?】

 津軽半島に上陸した幻獣は自衛軍を席巻し、国家の流通の補給の命綱である青函トンネルを遮断した。方面軍の指揮官として難がある木崎中将は、山川の策略で後送に成功、替わって荒波と岩田が津軽へと向かう。同様に、5121小隊をはじめ、急遽召集された多くの部隊も津軽へと向かう。

 平坦な津軽平野にあって、前線の部隊は高所などの拠点に篭り、それぞれが孤立して抵抗を続けているが、弾薬が尽きれば後がない。5121小隊・鬼瓦大尉こと那智大尉率いる四十二師団戦車隊第一中隊・アフロ少佐こと植村少佐率いる植村中隊が護衛となって、補給物資を各拠点に届ける作戦が始まる。

 陸軍士官学校生一ノ瀬千穂が率いる学兵部隊は青森市街に撤退し、山川道久が率いる海軍士官候補生たちなどと共に市街地の警備にあたる。藤崎町陣地に篭る合田強欲小隊は、拾った陸軍幼年学校兵の相馬順平・小林恵津子と共に、なんとか拠点を維持してはいたが、蓄積する疲労と欠乏する物資に焦燥を募らせていた。

 その頃、クーデター計画の首謀者の一人で、東京憲兵隊本部に監禁されていた泉野大佐が、何者かに拉致され…

【感想は?】

 どんどん話が大きく複雑になり、シリーズは架空戦記から大河ドラマになりつつある。実のところ「東京動乱」は「ちょっと浮いてるなあ」という感があったんだが、この巻に来て、その伏線が活き始めた、というか。

 話の大筋は津軽半島での戦闘なんだけど、首都である東京でクーデターの後遺症がくすぶり、泉野や木下が行動を始めて大騒ぎ。生徒会長閣下が再び老骨に鞭打って苦労を背負い込む羽目に。にしても泉野、頭がいいんだか悪いんだか。

 合田強欲小隊は、相川が少ない出番で美味しい所を浚っていく。しかし恵津子ちゃん目ざとい。つか子供相手に何言ってるんだ斉藤。おじさんにはダルマストーブが懐かしい場面。現実の今の川口はすっかりベッドタウンになっちゃって、鋳物工場は大半がマンションに替わっちゃってたりする。工場は跡取りがサラリーマンになっちゃうし、職人が集まんなくてさあ。

 根拠地では、潜伏・浸透したゴブリンに苦戦中。陸軍士官学校の一ノ瀬と、海軍士官学校の山川が、どんな化学反応を見せるか。ここでは、懐かしい顔がひょっこり登場。相変わらず冷静と言うかドライと言うか、そーゆー所が素敵です。生き残っただけあって、意外な得意技も明らかに。まあ、あーゆー兵科じゃ当たり前なんだろうなあ。でも、肝心の本職の腕前は、気候の問題で発揮できず。残念。

 一方、山川は、いつの間にかソックス・ダンクという事にされ、色々と便利に使われている、というか、将来のリーダーの片鱗を覗かせている。5121小隊整備班・海軍士官学校候補生・一ノ瀬小隊、そして地元の憲兵や警官との調整役という、これまた親父さんと似たような役柄を、ボヤきながらもそれなりにこなしている模様。

 緑子と共に青森入りしたカーミラは、このシリーズの根幹をなす設定に食い込んでくる。というか緑子ちゃん、彼女の「常識」がいささかアレだった原因もここで明らかに。そりゃ芝村とアレじゃ偏るって。もちょい、師匠は選ばないと…って、教師役に相応しいのは森さんぐらいだしなあ。つか岩田参謀、なんとも準備がいい事で。そーゆー制服の中学校があったら大変だろうなあ。

 肝心の5121小隊戦闘班は、ほぼいつも通り。なにせ九州で大活躍した後、首都でも護衛任務で巨体を晒し、日本中の人気者になった士魂号。それぞれどんな層に人気があるかというと、やはり乗り手のセンスと連動しているようで。森さんに怒られた甲斐があったね、滝川。

 ゲームだと一番楽なのは複座なんだけど。ミサイルの一網打尽も魅力だけど、それ以上に相方が整備してくれるんで、仕事を怠けても勝手に性能が上がるってのが魅力←をい。ちなみにこれ、スカウトも共通してて、しかも滅多に故障しないんで、コツさえ掴めば戦車より楽だったりする。ただ、PCが来須以外だと陰謀人事で押し出し無職の危険があるのが難点。

 さて、補給基地には、依存性の強いトラップが仕掛けられ、舞が大変な目に。うんうん、寒い日にアレはマズい。マズすぎる。島国日本が誇る、最強のトラップかもしれない。

 九州以外の幻獣の内情、そして日本が置かれた立場など、グッと世界の広がりを感じさせつつ、次巻へと続く。

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2012年7月21日 (土)

サイモン・シン「暗号解読 ロゼッタストーンから量子暗号まで」新潮社 青木薫訳

第一次世界大戦は化学者の戦争であり、第二次世界大戦は物理学者の戦争だった。(略)第三次世界大戦が起こるとすれば、それは数学者の戦争になるだろうと言われている。

【どんな本?】

 現代のインターネットや携帯電話には欠かせない暗号技術。それは、いつ、誰が、どのように開発し、使われ、そして破られたのか。紀元前五世紀のスパルタの転置式暗号から第二次世界大戦のドイツのエニグマ、最新の公開鍵式暗号から未来の量子暗号、そしてロゼッタストーンに代表される古代文字の解読まで、様々な暗号と、その使われ方を豊富なエピソードで紹介すると共に、それを開発する者と解読する者の熾烈な、だが機密保持の壁に阻まれ公になりにくい戦いを描写する、ドラマチックな数学と歴史と人間のドキュメンタリー。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Code Book, The Science of Secrecy from Ancient Egypt to Quantum Cryptography, by Simon Singh, 1999。日本語版は2001年7月30日発行。私が読んだのは2002年6月5日の11刷。売れてるなあ。単行本縦一段組みで本文約454頁+補遺・謝辞・訳者あとがきに加え、なんと賞金一万ポンドの例題つき。まあ賞金は既に攫われてるけど。9ポイント43字×20行×454頁=390,440字、400字詰め原稿用紙で約978枚。長編小説なら2冊分ぐらい。今は新潮文庫から上下巻で出ている。

 読みやすさは、抜群。日本語の文章そのものは、翻訳物の一般向け科学/数学解説書としちゃこなれている方、という程度だが、肝心の暗号技術の説明がとてもわかりやすい。かくいう私、今まで何度か公開鍵系暗号の解説記事を読んだが、恥ずかしい事にイマイチ理解できなかった。「なんか素数と素因数分解が関係あるんだろうなあ」って程度。が、この本を読んで、すんなり納得できた。「じゃ説明してくれ」と言われたらお手上げだけど←をい

 理解に必要な数学は、中学卒業程度で充分。具体的に必要なのは、四則演算・余り・累乗、そして素数と素因数分解(→Wikipedia)の概念。実際に素因数分解ができなくてもいい。「素数の積で数を表すのね」って程度で充分。

【構成は?】

 はじめに
第Ⅰ章 スコットランド女王メアリーの暗号
第Ⅱ章 解読不能の暗号
第Ⅲ章 暗号機の誕生
第Ⅳ章 エニグマの解読
第Ⅴ章 言葉の壁
第Ⅵ章 アリスとボブは鍵を公開する
第Ⅶ章 プリティー・グッド・プライバシー
第Ⅷ章 未来への量子ジャンプ
 付録 暗号に挑戦――一万ポンドへの十段階/補遺/謝辞/訳者あとがき 青木薫

【感想は?】

 いやもう、公開鍵暗号の原理が理解できただけで感謝感激。それに加え、基本的な暗号の方法と、その解読法までわかるんだから嬉しい。だけでなく、暗号に関わる事件や人のエピソードも満載なんだからたまらない。短期間に11刷まで行ったのも納得。

 紀元前四世紀には既に暗号があったようで、本書に解説があるのはスパルタのスキュタレー。要は縦読み。八角柱に長い皮ひもを螺旋状に巻きつけ、横書きでメッセージを書く。ほどくと出鱈目な文字列に見えるが、同じ太さの柱に巻きつけると、メッセージが読める。

 有名なのがシーザー(カエサル)暗号(→Wikipedia)。これ、単なるシフトだとすぐバレるけど、単一換字式(→Wikipedia)だと工夫が必要。この解読法/頻度分析(→Wikipedia)が、九世紀のアラビアで文書として出版されていた、というから驚き。例外としてジョルジュ・ペレックの「煙滅」が出てくるのには笑った。有名なのね。

 単一換字式の次に出てくるのが、多換字式ともいうべきヴィジュネル暗号(→Wikipedia)。この解読に取り組んだのが、一部で有名なチャールズ・バベッジ。あの階差機関の人。彼が階差機関開発に乗り出した動機が、意外と言うか順当と言うか。

天文学者のジョン・ハーシェルとともに、天文学・航海術・工学などの基礎となる数表を吟味していた。二人が呆れ返ったことに、そうした表は誤りだらけだった。(略)実際、難破事故や工学的な災害の多くは、数表の誤りのせいで起きていたのだ。

 …計算ミスもあるだろうけど、校正漏れの可能性もあるんだが、印刷の工程には興味を持たなかったのかなあ。
 この辺で気がつくのが、暗号の研究が盛んになるのは、新しい情報伝達の手段が発明された後だ、ということ。バベッジが熱中するのはモールス通信が普及した頃。その後、無線電信がドイツのADFGVX暗号(→Wikipedia)を産み、エニグマ(→Wikipedia)に発展し、インターネットが公開鍵暗号(→Wikipedia)を生み出す。

 エニグマ解読を巡るドイツとイギリス軍の戦いは、これ一個で一冊書けるぐらい面白エピソードが満載。ドイツがスクランブラーをランダム配置する際、「どのスクランブラーも二日続けて同じ位置に来ないようにした」なんてのは、人が持つ「ランダム」って言葉への誤解がよく出てる。英国政府がクロスワード・パズルで新人を募集するくだりは大笑い。ニワカ軍ヲタとしては、英国空軍が機雷を施設し、ドイツ海軍に機雷施設場所の電文を送信させるエピソードが面白かった。

 太平洋戦線では、最後まで解読されなかった栄光のコード・トーカーが感動的。なんの事はない、ナヴァホ語で通信したわけ。ただ、苦労もあって。ネイティブのナヴァホ語には、「戦闘機」や「爆弾」などの軍事用語がなかったので、「ハチドリ」や「卵」などの符丁で置き換えたそうな。

 暗号新時代を感じさせるのが、公開鍵暗号の経緯。それまで暗号と言えば政府や軍が主導して開発・解読してきたのが、これは三人のハッカー(ロナルド・リヴェスト,アディ・シャミア,レナード・アルトマン)が産み出した、と言われていたが…。これや「世界初のコンピュータ」コロッサスの運命は、なにやら切ない気持ちになる。

 ここで爽快なのが、PGP(→Wikipedia)を開発したフィル・ジマーマン(→Wikipedia)。暗号を武器と見なして輸出禁止措置を取った米政府に対し、彼はUSENETに放流、その後はソース・プログラムを書籍として出版する(マサチューセッツ工科大学出版部)。使いたい人は本をスキャナで取り込めばいい。

「ミャンマーのレジスタンス・グループからのメールもあったね」
「彼らはジャングルの訓練基地でPGPを使っているんだ。PGPのおかげで志気が高まったらしいよ。PGPを使うようになる前は、文書が敵の手に落ちれば、逮捕、拷問、家族全員の処刑につながったんだからね」

 今でもシリアじゃPGPが活躍してるんだろうか。

 他にも鉄仮面の正体、ブラック・チェンバーの暗躍、マーティン・ルウーサー・キング・ジュニアの盗聴など、厨二心を刺激するネタが満載。科学ノンフィクション好きに限らず、スパイ物や陰謀論が好きな人なら、最高に楽しめる一冊。

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2012年7月18日 (水)

榊涼介「ガンパレード・マーチ 逆襲の刻 津軽強襲」電撃文庫

 「またふたりで戦場めぐりしましょ? それがふたりの恋のランデブー♪」

【どんな本?】

 2000年9月発売の SONY PlayStation 用ゲーム「高機動幻想ガンパレード・マーチ」を、榊涼介がノベライズするシリーズとして、短編集「5121小隊の日常」から始まったシリーズ。シリーズが続くに従い榊オリジナルの設定や登場人物も増えつつ、ゲームに沿った内容は「5121小隊の日常Ⅱ」で一応終了。

 ところがゲーム本体同様に根強いファンが多いためか、ゲームのエンディングの後を描く「山口防衛戦」でシリーズは再開、続く九州奪還編も完結。大判のファンブックも出て、新たに「逆襲の刻」編が始まり、これでシリーズ通算22巻目(ファンブックとガンパレード・オーケストラは除く)。

 なお、この巻は最後に特別短編「青森からの通信――箕田少尉の女難」が付属。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2010年1月10日初版発行。文庫本縦一段組みで本文約296頁。8ポイント42字×17行×296頁=211,344字、400字詰め原稿用紙で約529枚。標準的な長編小説の分量。

 文章そのものは読みやすいが、内容がほとんどゲームのノベライズというより架空戦記になってる。そのため、師団だ連隊だと軍隊用語が頻出するので、将兵の階級と編成単位は覚えておいた方がいいかも。まあ、ケロロ軍曹で知った程度で充分楽しめるから、あまり悩む必要はない。

 ただ、元のゲームが独特の世界観を持っている上に、登場人物も多い。手っ取り早く概要を知りたい人は、直前の「逆襲の刻 東京動乱」に「これまでのあらすじ」が入っているので、「東京動乱」から入るのも、ひとつの手。「とりあえず味見してみたい」とか「じっくり腰を据えて読みたい」という人は、シリーズ最初の「5121小隊の日常」か、時系列的に最初期を描いた「episode ONE」がお勧め。短編集なので、味見には最適。

 懐に余裕のある人は、「ガンパレード・マーチ ファンブック」から入ってもいい。今までのシリーズのまとめや、主な登場人物・アイテムを、イラスト入りで紹介している。

【どんな話?】

 クーデターは沈静し、5121小隊の面々は東京で平穏な正月を迎えていた。連戦の疲れが溜まっている上に、人間相手の戦闘で各員のストレスは限界を突破し、それぞれが様々な異常行動を見せる。昏倒癖がつき入院中の壬生屋、ハンバーガーの過食に走る滝川、そして借金女王となりつつある原。矢吹中佐をはじめ、大原首相など周囲の大人は、そんな彼らに充分な休養を取らせようと配慮するが…

 年明け早々、津軽半島西海岸に、幻獣の大群が上陸。山口・九州の戦役で主力部隊を引き抜かれ穴だらけとなった自衛軍はあっさりと蹂躙される。日本の重要な補給源は、北海道だ。命綱である青函トンネルが遮断されれば、日本は一ヶ月もたずに窒息する。広島・九州で素寒貧な上に、クーデター騒ぎで屋台骨がガタついた自衛軍は、なけなしの戦力をかき集めて津軽へと向かうが…

【感想は?】

 冒頭から、従来との役割交代のヒネリが利いてる。九州奪還では困ったちゃん役だった森さんが、今度はお守り役になって、困ったちゃん役は滝川と原さん。ただ、滝川は哀れではあっても、イマイチ怖さがないんだけど、ヤバいのは原さん。やっぱし、美人ってのは、アブナい雰囲気もトンガってるというか。にしても、舞、手配書はあんまりだろ。つか滝川、お前はケロロ軍曹かい。

 前巻で大活躍を見せた茜、この巻では序盤から飛ばしまくり。いきなり山川邸に突撃を敢行、中将閣下相手に大演説。九州奪還じゃ敵役だった両者なのに、この和やかさはなんなんだ。まあ茜は人を道具としか見てない部分が多分にあるんで納得だが、半ズボンの怪人と会話を成立させる中将の柔軟性も相当なもの。とはいえ、やっぱりイマイチ人類なのかという疑問は拭えないようで。つか「似たようなものですよ」って、それは日頃の尻拭いを押し付けられる立場としての、ささやかな復讐なんだろうか。

 なお、中盤から後半にかけては、山川中将閣下が八面六臂の大活躍を見せたりする。オジサマ好きは期待しよう…そんな人がいれば、だけど。

 舞台が西から東に大きく移動したためか、この巻は自衛軍で榊オリジナルの登場人物が続々登場。九州撤退戦あたりまではあまりオリジナル登場人物に名前をつけなかった著者だが、九州奪還あたりから登場してすぐ戦死する将兵や学兵も名前を出すようになってきたんで、油断できない。というか、こういう変化が、いかにも架空戦記っぽい雰囲気を醸し出してる。

 戦闘シーンは、地形の違いで恐怖が倍増してる。戦場は、津軽平野。農業が盛んらしく、一面が田んぼか畑で広い平地が多く、道は狭い。つまり、人?海戦術を得意とする幻獣にきわめて有利で、補給が必須の自衛軍には不利な地形。おまけに山口防衛戦・九州奪還戦、そして首都のクーデターと相次ぐ引き抜きで、駐在の自衛軍は手薄になってる上に、経験豊かな古参兵は払拭。

 しかも、困ったことに、この世界じゃ東北は軍人が尊敬される土地柄、という設定。だもんで、将兵の皆さんも戦意は盛ん。いきおい、撤退を潔しとしない小部隊が拠点に孤立して死守、弾薬が途絶えた時点で玉砕、というパターンになる。この辺はデイヴィッド・ハルバースタムの「コールデスト・ウインター」あたりを思わせるけど、多分モデルはもっと前。終盤で展開する幻獣の戦術もアレだし。ただ、季節柄、ひとつだけ自衛軍に有利な点があって…

 特別短編「青森からの通信――箕田少尉の女難」は、白雪姫と七人の愚連隊のお話。いや名前が出てくるのは植村・箕田・中西・久萬・能見の五人だけど。いずれも出世とは縁がないかわりに、始末書とはラブラブな面子。新顔の能見の話に反応する久萬の突っ込みどころが、この愚連隊らしくて爆笑。しかし能見の得物、どっから手に入れたんだ?

 いよいよレギュラー・メンバーが津軽に集結する次巻。人類の命運は、そして4ヶ月連続刊行の無茶に著者は耐えられるか?

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2012年7月17日 (火)

パオロ・バチガルピ「第六ポンプ」新☆ハヤカワSFシリーズ 中原尚哉・金子浩訳

 少年は笑みを漏らした。ふたりは荷物をまとめ、成都に少年を残して外国へ帰るだろう。乞食はいつだってとどまるのだ。  ――ポケットの中の法

【どんな本?】

 「ねじまき少女」が星雲賞に輝き、今最も注目を浴びているアメリカの新鋭SF作家パオロ・バチガルピの第一短編集。「ねじまき少女」と同じ世界を舞台にした「カロリーマン」「イエローカードマン」、水が枯渇した未来のアメリカを描く「タマリスク・ハンター」、カタストロフ後の世界で生きる砂漠の村の新旧対立がテーマの「パショ」など、環境問題への関心の深さをうかがえる作品が多い。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Pump Six and Other Stories, by Paolo Bacigalupi, 2008。日本語版は2012年2月15日発行。新書版の縦二段組で本文約376頁+中原尚哉による訳者あとがき6頁。9ポイント24字×17行×2段×376頁=306,816字、400字詰め原稿用紙で約768枚。長編小説なら長め。

 翻訳物のSFとしては、比較的読みやすい部類だろう。ただ、最近のSFの流儀で、ガジェットの類はあまり詳しく説明しないので、漫画やゲームなどで、ある程度SF的なガジェットや奇妙な世界設定に慣れていないと辛いかも。別の言い方をすれば、ゲームやアニメなどの現実離れした世界設定をすんなり受け入れられる人は、あまり抵抗を感じず作品世界に入っていける。

【収録作は?】

 パオロ・バチガルピというと、化石燃料の枯渇や水資源の奪い合いなど、現代の環境問題をエスカレートさせた陰鬱な世界の中、大国や多国籍企業のエゴに支配された社会の底辺で、踏みつけにされながらもしぶとくたくましく生きる人を描く作家、という印象がある。実際そうなんだけど、私がこの作品集で一番気に入ったのは、「フルーテッド・ガールズ」。

 これ、どう考えてもポルノでしょ。しかも、美少女の百合、それも屈折しまくった想像を絶する変態プレイが展開される。実に素晴らしい。ただ、映像化したら、かえってつまんなくなるだろうなあ。

ポケットの中の法(ダルマ) / Pocketful of Dharma / 金子浩訳
 成長を続ける巨大な生物都市・成都にのみこまれつつある旧市街で、孤児ワン・ジュンは二人組みのチベット人からデータキューブを預かる。「指定の場所で指定の相手に渡せば報酬が手に入るだろう」、と。しかし相手は現れず、ワン・ジュンは黒社会の顔であるガオに話を持ちかけ…

 いきなり巨大な生物都市のヴィジョンに圧倒された。活建築、とあるが、たぶん生物工学で改造した樹木っぽい。高さ1キロ幅5キロ、河水の汚染物質まで吸収して成長を続けていく。そんな超科学的な都市と、追いはぎや恐喝も食うための手段と割り切り、しぶとく生きるワン・ジュンを対比させる。彼のねぐらが、また泣かせる。
フルーテッド・ガールズ / The FLuted Girl / 中原尚哉訳
 成り上がった領主ペラリ夫人の野心によりフルート化した少女、リディア。幼い頃、妹のニアと共にペラリ夫人にスカウトされ、スターになるべく身体を改造された。今日はデビューとなるパーティーの日。だが、リディアは束の間の孤独を味わうため、かくれんぼを楽しんでいた。

 文章から透けて見えるのは、階級社会の退廃っぷり。現代アメリカの貧富の差を皮肉ったのか、資力の差が人権にまで及んだ擬似貴族制の社会。それでも資本主義っぽい所もあって、成り上がる手段も用意されてる模様。などという真面目は話はおいて、やっぱり衝撃的なのはリディアとニアがデビューする場面。変態さん大喜び(もちろん私も)間違いなしの素敵なプレイが展開する。
砂と灰の人々 / The People of Sand and Slog / 中原尚哉訳
 セスコ社の警備を務める俺とジャークとリサ。その日、出動した彼らは、奇妙なモノを見つけた。ボロボロの、だが本物の犬だ。俺たちなら砂や泥を食って、いくらでも生きていけるし、手足が切断されたところで、暫くすれば生えて来る。ロクに食うものもないこの地で、どうやって生き延びて来たのか。ところがジャークが、とんでもない事を言い出した。「犬を飼う」、と。

 鉱山の廃石や廃水を食べ、泥をすすって、それを旨いと感じ、骨を折ってもすぐ直る体。昔の日本のアニメなら戦隊物のヒーローになるんだが、ここに出てくるのは普通の労働者である警備員。バチガルピ独特の皮肉な視点が、じわじわくる作品。
パショ / The Pasho / 金子浩訳
 砂漠の村ジャイから都市ケリに留学し、パショの資格を得て故郷に戻った青年ラフェル。母親のビアは謙遜しながらも、優秀な息子を誇らしく感じている。しかし、祖父は違った。かつて、仲間を率いケリを襲撃して英雄となった祖父ガワルは、ケリの知識がジャイの伝統を侵す事を警戒していた。

 カタストロフ後の未来が舞台だが、ジャイの村は微妙にアラブ系の雰囲気が漂う。「唾を吐く」「酒(メズ)を地面いこぼす」「魚を食べない」習慣などは、創作だろうけど、うまく雰囲気を作り上げている。舞台こそ未来だが、似たような対立は今でもあるんだろうなあ。マイク・レズニックの「空に触れた少女」(キリンヤガ収録)を思い出した。
カロリーマン / The Calorie Man / 中原尚哉訳
 「ねじまき少女」と同じ世界。ニューオリンズで古美術商を営むラルジは、動力屋のシュリーラムからヤバい仕事を請け負った。ミシシッピ河を遡り、カロリー会社のおたずね者「カロリーマン」を運ぶ仕事だ。目立たぬように小型のニードルボートを使い、小容量のゼンマイをこまめに替えながら上流に向かう。

 化石燃料が枯渇し、一度は経済が縮小した未来。新規の病気や害虫が作物を襲い、それに耐性を持つ種子は一部の企業が独占している。内燃機関に替わる主な動力はゼンマイとはずみ車で、これを巻くのはゾウを改造したメゴドント。種子会社のキッチリした管理体制と、全時代的な物理動力のミスマッチが奇妙な味わいを出す。
タマリスク・ハンター / The Tamarisk Hunter / 中原尚哉訳
 渇水に喘ぐアメリカ西部。いや水はあるんだ。ただ、カリフォルニア州が独占しているだけで。タマリスクは成長すると年間約28万リットルの水を吸い上げる。これを刈れば日当と報奨配水にありつける。ロロは巧くやってきた。こっそりタマリスクを移植し、育て、それを刈って褒賞を手に入れる。

 古くて新しい問題、水利権を扱った作品。褒賞配水というアメリカ的な制度も面白いが、それの裏をかくロロの才覚も笑える。季節が冬で、ロロが歩く山や谷に雪が残っているのが苦い。現実にも、中西部じゃ地下水の汲み上げによる地下水位の低下が問題になってるそうで。
ポップ隊 / Pop Squad / 中原尚哉訳
 俺はポップ隊で働いている。子供を産んだ女を捜し出し、子供を始末する仕事だ。なんで子供なんかを欲しがるのか。普通に生きればずっと若くいられるし、習得に時間がかかる能力も得られるのに。アリスがいい見本だ。ビオラに15年間打ち込み、テロゴを弾きこなして喝采を浴びている。なのに奴等は、ちらかし放題の不潔な部屋に住み、ぶざまに太って老いて行く…

 子供を作るか、永遠の若さと命を手に入れるか。若く子供がいない男性なら、不老不死を選ぶ人も多いかも。兄弟が多い環境で育った人は、子供を選ぶ率が高い…のかなあ。
イエローカードマン / Yellow Card Man / 金子浩訳
 これも「ねじまき少女」と同じ世界。かつてマラッカで大人と言われたチャンだが、今は財産も家族も失い、バンコクのイエローカード難民としてホームレス生活の日々の老人だ。今日は急がなきゃいけない。事務員の職が三人分、空いたというのだ。なのに、マー・ピンなんかに合っちまった。昔、羽振りが良かった頃、首にした男だ。今は着飾って…

 落ちぶれて難民となった、かつての大商人チャンが、以前冷たくあしらった部下のマーに会うという、なかなか意地の悪い出だし。それでもしたたかに生きるチャンのしぶとさを描く作品。終盤、意外なゲストが登場して、「ねじまき少女」との関連性を示唆してる。
やわらかく / Softer / 中原尚哉訳
 ジョナサン・リリーは妻と一緒に浴槽に浸かっている。問題は、妻が死んでるってことだ。いや、最初は殺すつもりはなかった、ちょっとしたはずみだったんだ。皿を洗ってないって、肘でつつくから…

 非SF。はずみとはいえ、とんでもないことをやっちまった男の、戸惑いと虚脱を描いた作品。お隣のギャビーとの会話がありがちで笑える。いるよね、こういう人。
第六ポンプ / Pump Six / 中原尚哉訳
 トラビス・アルバレスは、ニューヨークの下水施設の管理をしている。同僚も上司もトンマばかりだ。ゆうべ夜10時に第六ポンプが故障したってのに、チーは何の手当てもしてない。アッパー・ウエストサイドの下水が止まってるってのに。

 みんながおバカになっちゃってる未来のニューヨーク。街には野生の半猿半人で両性具有のトログがうろつき、あたりかまわず交尾してる。設定は未来だけど、少し前の情報系のエンジニアは、トラビス君みたいな立場でもがいた人も多いはず。

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2012年7月16日 (月)

榊涼介「ガンパレード・マーチ 逆襲の刻 東京動乱」電撃文庫

 「戦争を散々体験してきた者こそが、心から戦争を否定することができる。どうか、一刻も早く、不法な反乱を鎮圧して欲しいのです。内戦は流通の敵なのですよ」
 「検問所がひとつあるだけで渋滞が起こります。渋滞しているうちにアイスクリームは溶けてしまいます」

【どんな本?】

 2000年9月発売の SONY PlayStation 用ゲーム「高機動幻想ガンパレード・マーチ」のノベライズとして、短編集「5121小隊の日常」から始まったシリーズ、ゲームに沿った内容は「5121小隊の日常Ⅱ」で完了したが、以降も続きを望むファンの声に応えてか、ゲームのエンディングの後を描く「山口防衛戦」で再開し、続く九州奪還編も完結。大判のファンブックも出て盛り上がった所で、新たに始まった「逆襲の刻」編の冒頭を飾る、シリーズ通算21巻目。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2009年12月10日初版発行。文庫本縦一段組みで本文約311頁。8ポイント42字×18行×311頁=235,116字、400字詰め原稿用紙で約588枚。以後4ヶ月連続刊行と無茶なスケジュールをこなしている。そりゃ不健康作家になるわ。

 ライトノベルらしく文章はこなれているが、この巻はクーデターがテーマ。政府と軍の関係などの政治関係、迫撃砲や自走砲など軍事関係の用語が頻繁に出てくる。いったい、どの辺の年齢層を読者として想定してるんだろ。まあ、面白いからいいけど。

 長いシリーズだけあって、世界設定は込み入ってるし、登場人物も多い。できればシリーズ開始の「5121小隊の日常」か、時系列的に最初となる「episode ONE」から入って欲しいが、なにせ20巻もある。この巻の冒頭の「前史…始めて読む人に」で、いままでのあらすじがまとめてあるので、この巻から入っても、なんとか…なるかな?

 また、時系列的には 九州奪還編→「ガンパレード・マーチ ファンブック」収録の短編→逆襲の刻 となっている。席亜背景や主要人物の紹介もあるので、懐に余裕のある人はファンブックから入ってもいいだろう。

【どんな話?】

 極秘指令百二十一号により、薄氷の勝利を得、日本は半世紀ぶりに幻獣との和平を実現した。今まで撤退の連続だったためもあり、東京は勝利の報に沸きたち、また5121小隊は英雄として祭り上げられる。のみならず、肥大して大きな影響力を持つ軍需産業と、好戦的な一部の軍人を中心に、「更なる勝利」を求める声が高くなり、和平の維持に奔走する大原首相の立場は次第に苦しくなっていった。

【感想は?】

 ゲームのノベライズから、次第に架空戦記の色が濃くなってきたこのシリーズ、特にこの巻では加齢臭プンプンのオッサン・オバサンが暴れまわり、「いったいどこがライトノベルなんだ?」という突込みが聞こえてきそうな。

 だいたい口絵からして平均年齢が40歳超えって、どうよ。いや年齢不明な人や明記してない人もいるけど。でも桜沢レイちゃんが出てるから許す。今度は水着の全身像を、原さんとツーショットで是非←をい

 なんたって、テーマがクーデター。幻獣相手ならいくらでも活躍できる士魂号だが、この巻では人間、それも同じ自衛軍が相手。速水ならともかく、滝川や壬生屋が戦力を発揮できるわけもなく。それでも、終盤にはちゃんと見せ場が用意してあるあたりは流石。

 替わって活躍するのが、大原しのぶ首相。なんたってクーデターである。首相である彼女の動きが、政権の動向を左右する。今までの巻で狸っぷりの片鱗を見せてきた首相、この巻の前半で見せる丁々発止のやりとりと、限界状況で示すふてぶてしさは相当なもの。

 その彼女をエスコートするオッサンが、これまたしぶとい人で。今までも散々叩かれつつ、土壇場じゃ度胸と口先で巧く立ち回って来た人に相応しく、決定的な場面で絶妙のバランス感覚と鬼気迫る交渉術を見せる。つくづく政治家って奴は…

 怪演といえば、5121小隊で予想外の大活躍を見せるのが、茜。館山の海軍士官学校でおとなしくトイレ掃除に励んでいるはずはなく、キナ臭い政治状況を嫌味に分析しつつ、血の気の多い士官候補生たちを思いもかけぬ方向に暴走扇動していく。後半、彼が率いる愚連隊?が活躍する佐倉のシーンは、もう抱腹絶倒。これを大真面目にやらかすんだから、やっぱり彼は天才なのかも。こんなの飼ってる士官学校の懐も相当なものというか、下手にシャバに放ったら何するかわからんので隔離してるってのが真相かもしれない。

 その海軍士官学校、茜と一緒に佐藤たちモグラ一党も潜伏中。「歴戦の学兵」と言われても、あまりに雰囲気が。美少女に囲まれウハウハ?な鈴木が妬まれていじめられないか心配。イザとなったらオキアミパンでご機嫌を…取れるわけないか。にしても、人気ナンバーワンは、やっぱり橘さん。せいぜい夢を見たまえ、士官候補生諸君。

 滝川・森のカップルは相変わらずというか。士魂号が約8mだから、1/35というと、約22cm。あんまし詳しくないんだけど、結構デカいなあ。「子供」などと言われつつ、瀬戸口に加え東三条大尉にまで教えを請うている様子。素直だから、成長も早…いのかなあ。

 いつの間にやら東京に侵入しているカーミラ。ハンス君との会話は、双方シリアスな顔してるくせに、妙にドツキ漫才の香りがしてくる。「九州奪還」でも意外と凝り性な一面を見せたハンス君、ここでも好奇心全開で没頭しちゃってる。全般に気を回さにゃならん立場がら遠慮してるけど、本来の性格は学究肌なのかも。ちゃんと打ち込む余裕があったら、匿名で歴史の学術誌あたりに論文を投稿しそう、というか、もうやってるかもしれない。

 同じく真面目なのが緑子ちゃん。彼女も東京に出てきて、なんとか巧くやっている様子。ただ、周囲にマトモな大人がいないというのも考え物で。真にとっていい人と、そうじゃない人は見分けようね。

 熊本から東京に来て、感覚がズレちゃってるのは5121小隊の面々も同じ、来須のセンスも相当なものだったが、舞も意外と大胆というか。まあ気持ちはわからんでもないが。

 クーデターという物騒な休暇を挟み、更に剣呑な最後の2行で幕を引きつつ、次巻へと続く。

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2012年7月15日 (日)

ナヤン・チャンダ「ブラザー・エネミー サイゴン陥落後のインドシナ」めこん 友田錫・滝上広水訳

 この10年間の物語は、客観的な教訓としていかされなければならない。それは、インドシナのような脆弱な地域の未来を形づくるものは、イデオロギーではなく、歴史と民族主義だということである。インドシナにおいては、外見はどうあれ、だれがだれの手先であるかを見極めることは、至難の技なのである。

【どんな本?】

 サイゴンが陥落し、合衆国がベトナムから引き上げた後も、インドシナ半島では戦乱が続いた。第三次インドシナ戦争といわれる、ベトナムのカンボジア侵攻(→Wikipedia)と中越戦争(→Wikipedia)である。同じ共産主義国同士で、なぜ戦争が起きたのか。彼らは何を望み、何を得たのか。

 共産主義の秘密のベールに包まれた、1975年~1985年のインドシナ半島の政治/外交情勢を、インドに生まれ育ちサイゴンに特派員として駐在したジャーナリストが、中国・ベトナム・カンボジアそしてラオスとタイの歴史的経緯を基盤に、アメリカとソビエトの冷戦を背景として、豊富なエピソードやインタビューを交え、民族的な対立という視点で描写・解説する。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Brother Enemy - The War after the War, A History of Indochina Since the Fall of Saigon, by Nayan Chanda, 1986。日本語版は1999年12月15日第1刷発行。ハードカバー縦一段組みで本文約660頁、付録や訳者あとがきを含めると700頁を越える大著。9ポイント45字×18行×660頁=534,600字、400字詰め原稿用紙で約1337枚の大ボリューム。長編小説なら2冊分以上。

 一般に、政治/外交関係の本は、わかりにくいものだ。特に、共産主義/社会主義国の場合、あからさまな情報が少ないため、微妙な「読み」を要求されるため、ややこしさがハネ上がる。が、この本は、難しい問題を扱っているわりに、意外と読みやすい。訳者が二人とも新聞社・通信社の記者の経験があるためだろうか。

 とはいえ、700頁を越える分量。しかも馴染みのないベトナム/カンボジア系の登場人物が大量に登場する。それなりの覚悟はしよう。

【構成は?】

  謝辞/主な登場人物
 序章 退場
第1章 昨日の敵と新しい戦争
第2章 カイコとネズミ
第3章 ポル・ポト、北京でデビューする
第4章 歴史をのぞく
第5章 西に吹く風
第6章 東風は圧す
第7章 嵐の前の静けさ
第8章 戦争への道
第9章 ヤンキー・カム・ホーム
第10章 赤いクリスマス
第11章 インドシナ――戦火は止まず?
 エピローグ
 付章 カンボジア和平から現在まで
  訳者あとがき/年表/人名索引

 基本的に時系列順に進むが、タイトルで判るように、第4章で当地の歴史に触れる。全般を通して歴史的な経緯が重要な意味を持っているので、重要な章となる。また、「付章 カンボジア和平から現在まで」は、著者が日本語版への序として書き下ろしたものなので、最初に読んでもいい。

【感想は?】

 まさに力作。インドシナ情勢を読み解くには、なかなか役に立つ。

 書名の示すように、本書の主な内容は、1975年~1985年のインドシナ情勢だ。米軍撤退と、それに続くサイゴン陥落に始まり、カンボジアからベトナムが撤退する直前の1985年までに焦点をあてる。ベトナム・カンボジア・中国の三国を主人公とし、米ソ両国が冷戦の当事者として登場する。ラオスはベトナムの属国扱い。もうひとつ、近隣の大国としてタイが睨みを利かす。

 私はこの辺の歴史や情勢を全く知らなかったので、むしろ歴史的な背景や、現代に続く基本的な利害/外交関係が興味深かった。

 まずは帝国として中国の存在がある。ベトナムとカンボジアは、いずれも中国に朝貢する衛星国の位置づけ。この地方に対する中国の朝貢外交は形式重視で、臣下の礼が必要な他はほぼ独立国としての振る舞いを認める、というもの。貿易の意味もあったけど。最も、中国もベトナムの内政に首を突っ込む余裕なんて滅多になかったんだけど。

 ベトナムは中国から儒教をはじめ多くの文化を輸入し、教養人は中国の古典の素養を誇った。威勢のいい時は地域の大国として振る舞い、小中国としてカンボジアを指導し、従属させようとする。カンボジアはそんなベトナムを疎ましく思い、時として中国に泣きつく。ちなみにクメール・ルージュの母体となったカンボジアの共産党勢力は、ベトナムが育てている。

 中国の羽振りがいい時は、カンボジア支配を狙うベトナムを諌め、軍を送り込む時もある。が、内部で分裂していたり、北方の蛮族に手を焼いている時は、インドシナに構っている余裕はない。「現代においては、ソ連が北方の蛮族なのだ」。中国は「強いベトナム」を望まず、四分五裂したインドシナが好ましい。

 ベトナムは内部分裂した中国・蛮族に悩む中国を好む。カンボジアはベトナムに対抗するため、中国に頼る。また、タイも、ベトナムの強大化を恐れ、カンボジアの支援に回る。

 ってな風に敵に囲まれたベトナムが、今世紀になり見つけた盟友が、ソビエト連邦。幸い中国と張り合ってる関係だし。ソ連もアジアの東欧化を狙うが、ベトナムは傀儡になる気はない。てんで、微妙な綱引きが展開される。対米戦争では中国・ソ連の両者から支援を引き出し、サイゴン陥落後はアメリカに色気を示しつつ、ソ連への傾倒を深める。

 本書では、ベトナムのしたたかさを強調している。「(歴史的に)中国の侵略軍に勝利をおさめたあとは、“天子”に使節を送って許しを請い、貢物を差し出すのが常で、中国の方も、必ずベトナムのねがいを容れてきた」。ディエンビエンフーでフランスを打倒した後、ホー・チ・ミンは語る。「次の段階ではフランスの友情と強力が必要になる」。ベトナム戦争後も、国家再建のための資金調達に際し…

 1977年春にハノイを訪れたあるアメリカの銀行家が私に語ったことだが、ベトナムの当局者たちによる西側の実業家との対応ぶりが柔軟性に富み、実際的であるのに驚いたということだった。

 ところが当事の米国議会じゃベトナムは禁句、むしろ中国との国交回復が主要な問題で、ベトナムは後回しにされる。比較的柔軟だったカーター政権に対しても、ベトナムは無償復興支援に拘りすぎて機会を逃す。

 …といった大きな流れは情勢を理解するのに役立つが、野次馬として面白いのが、共産圏での外交関係の読み解き方。

 ソ連や中国がハノイで催すレセプションはまた、ベトナムとほかの兄弟社会主義国との友好関係について、その温度差の変化を探る貴重な機会だった。外交官たちが注目するのは、ベトナム要人の地位だけではなかった。要人がパーティにそれぐらいの時間出席していたかを、常に時計に目をやってチェックした。

 他にも各国の新聞記事を読み比べ、どの段落が省略されているかをチェックしたり、同じ面にどんな記事があるかを調べたり、発表の日が過去の歴史的事件の記念日に重なっているかを調べたり。航空便の発着スケジュールも重要な情報。

 1977年12月、ベトナム軍は電撃的にカンボジア東部を席巻し、すぐに引き上げる。翌年春、ポル・ポトとその取り巻きは、東部地区に親ベトナム勢力が浸透していると疑心暗鬼に取り憑かれ、東部地区の幹部や住民を虐殺しはじめる。有名なキリング・フィールドだ。険悪化するベトナムとカンボジア、世界はクメール・ルージュに嫌悪を感じながらも、インドシナ支配を狙うベトナムを嫌う中国とタイを筆頭にベトナム非難の声が高まる。

 全般的に中立的な立場で書かれている印象を受けるが、読了後はベトナムびいきな気分になる。そこで一つ気になることがあって。

 アメリカはヴァンス vs ブレジンスキー、中国は四人組 vs 穏健派など、内部の対立に踏み込んで描いているのだが、ベトナム政界は一枚岩の印象を受ける。著者はサイゴンやハノイに駐在してベトナムの内情に詳しいはずなので、これは少々不自然な気がする。

 今やベトナムはドイモイに沸き、南沙諸島を巡って中国と対立し、アメリカと共同演習までしている。複雑怪奇に見えるインドシナ情勢だが、この本が提供する歴史的な視点は、同じ中国の周辺国である日本人にとってすんなりと飲み込めるだろう。

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2012年7月11日 (水)

榊涼介「ガンパレード・マーチ 九州奪還0 萩 幽霊戦線」電撃文庫

 「隊員は家族であり、互いに支えあい、助け合う仲間たい。戦友愛の精神あるからこそ、5121小隊はこれまで数々の危難をくぐりぬけることができた。……反論はあるかの? ソックスステルス、ソックスロボ弐式?」

【どんな本?】

 2000年9月発売の SONY PlayStation 用ゲーム「高機動幻想ガンパレード・マーチ」を、榊涼介がノベライズするシリーズ。「5121小隊の日常」で始まり、ゲームに沿った内容は「5121小隊の日常Ⅱ」で完了したが、以降もファンの人気は衰えず、小説は「その後」を描く「山口防衛戦」で再開、続く九州奪還編もめでたく完結した。

 この巻は、山口防衛戦編と九州奪還編の間を補う内容となる。シリーズ通算20巻目。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2009年2月10日初版発行。初出は雑誌「電撃マ王」2008年9月号~2009年3月号に連載したものに、一部加筆修正。

 文庫本縦一段組みで本文約311頁。特別短編「ソックスステルスの困惑」10頁に加え、なんときむらじゅんこのカラー・イラスト5頁が付属。8ポイント42字×18行×311頁=235,116字、400字詰め原稿用紙で約588枚。長編小説としては標準的な長さ。

 文章そのものはライトノベルらしくこなれてて読みやすいが、けっこう真面目に戦争してるんで、軍隊っぽい堅苦しい言い回しが多い。まあ、判らなくても、充分に楽しめるけど。

 それより、長いシリーズ物なので、初見の人は、世界設定や登場人物の説明がないのが辛いかも。世界設定については、冒頭に「前史」として「これまでのあらすじ」がついてる。登場人物もカラー頁に人物のイラストがあるが、顔だけで説明がない。しかも、肝心の5121小隊の紹介がない。

 この巻から読み始めてもいいが、できればシリーズ開始の「5121小隊の日常」か、時系列的に最初を描いた「episode ONE」から始めるのが理想。または編成表や登場人物一覧が「九州奪還2」~「九州奪還4」に付属しているので、九州奪還編は0~4をまとめて買おう。なお読む順番は刊行順でもよし、0,1,2,3,4と数字順でもよし、お好きなように。

 なお、懐に余裕のある人は、「ガンパレード・マーチ ファンブック」から入るという奥の手もある。

【どんな話?】

 自然休戦期を破る突然の幻獣の本州上陸に戸惑ったものの、荒波・岩田参謀の構想による岩国防衛陣地は優れた効果を発揮、人型戦車を主力とする5121小隊と諸科連合による善行戦闘団の活躍もあり、自衛軍は首の皮一枚で防衛に成功し、本州から幻獣を駆逐しつつあった。

 例外は、萩市に陣取った幻獣である。10km四方ほどの領域に包囲されながら、自衛軍の攻撃にしぶとく抵抗し、膠着状態に陥りつつあった。攻めあぐねる自衛軍を尻目に、最新装備で固めた新着の部隊が積極的な攻勢に出た。海兵第一旅団である。

【感想は?】

 幕間劇というか、お蔵だしというか、ファンサービスというか。九州奪還編の背景事情を補う形のお話。ハイライトは戦闘場面だが、読み所はむしろ人間関係というか、軍内、それも海軍内の政治闘争っぽい部分に重点が置かれている。

 今までは会津閥 vs 芝村閥って構図が多かったが、ここでは陸軍と海軍の立場の違い、そして海軍内の海兵旅団の扱いが物語の大きなテーマとなり、それに加え、九州奪還編の本編に出てきた細かい謎のタネあかしが絡む、という形で物語りは進む。

 読みながら思ったんだが、まさか榊さん、自衛軍全体の編成表とか作ってるんだろうか。派閥争いみたいな生臭い話が、前半にヒョイヒョイ出てくる。表立った組織としては陸軍と海軍があって、空軍も一応は独立している模様。それとは別に会津閥と芝村閥、それに薩摩閥もある模様。出身地ごとに連隊を編成するしきたりも、帝国陸軍の習慣を引きずってる。

 一般に旧帝国陸海軍じゃ陸軍が悪役になりがちだけど、これに出てくる海軍は微妙に嫌な感じ。この雰囲気だとすると、5121小隊を編成した善行が、いかに型破りな人間かが、よくわかる。東三条を可愛がる理由の一つは、両者の経歴にあるのかも。ほんのわずかだけど、商船の奮闘にも触れているのには注目。

「そもそも、陸上戦闘は陸軍の仕事で、海軍は軍艦に乗るのが仕事でしょ?なんで(人型)戦車が必要なの?」という疑問は、ごもっとも。この巻で善行が明かす海兵旅団の構想が飲み込めてると、「5121暗殺」や「新大陸編」を、少し違った側面から楽しめるようになるのでお楽しみに。

 物語の序盤は、戦後を考えはじめつつ、大活躍の影響で微妙な立場になった5121小隊の面々の日常が描かれる。いきなり笑っちゃうのが滝川。天下の荒波中将に連行され、客寄せパンダ役を仰せつかる…が、ここでも「地味」と連呼される。まあ、そういう役どころなんだらしょうがないやね。士魂号の操縦は得意だけど、微妙な人間関係は苦手な滝川、まず頼りにするのが森ってのが可愛い。いいコンビだよねえ。

 対して、ひとりでも充分な能力を発揮しているのが狩谷。「小隊の日常」の頃からは想像できない進歩というか、たぶん元々バスケット・ボールをやってた頃から人を率いるのは巧かったんだろうなあ。元来の理論派に加え、過酷な先頭を通じて充分な経験を厳しい師匠の元で積んだだけあって、自分なりの工夫も加え、立派に役目を果たしている模様。

 細かい謎という点では、なんといっても植村大尉のアフロの謎。実は私も一時期似た経験があるんで、植村大尉の告白には思わずガッツポーズ。そうそう、あれ、往々にして大きな反動が来るんだよなあ。その辺、少しは考えればいいのに。けど、あの髪型、ヘルメットはどうしてるんだろ?

 もう一つは、カーミラが合コンに拘った理由。なんというか、文化の交流って、別の表現をすると、お互いに汚染しあうという事でもあるのですね。逆に向うからは、どんなシロモノが流れてくることやら。

 特別短編「ソックスステルスの困惑」は、タイトルでわかるように、アレな人向けの短編。いつの間にか弐式としてロボが復活している。やはり自家用士魂号の夢を捨てきれないのか。新大陸編を読むと、それなりに民需もありそうだし、案外と実現性が高そうな気もする。いつか、各員の戦果一覧表が出ないかなあ。

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2012年7月10日 (火)

シェイクスピア全集2「ロミオとジュリエット」ちくま文庫 松岡和子訳

ジュリエット ああ、月に賭けて誓うのは止めて。
        移り気な月は ひと月ごとに満ち欠けを繰り返す
        あなたの恋もあんなふうに変わり易いといけないから

【どんな本?】

 英国の文学・演劇界に、今なお燦然と輝くウイリアム・シェイクスピアの名作を、松岡和子が親しみやすい現代語に訳すシリーズ。ウエストサイド物語など何度もリメイクされ、今後も若手俳優・女優の出世作としてリメイクされるであろう、悲劇のラブ・ロマンスの原点。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 解説によると、1596年に成立、という説が今のところは最も有力だとかで、シェイクスピア32歳ごろの作品。松岡和子の日本語訳は1996年4月24日第一刷発行、私が読んだのは2007年4月10日の第八刷。

 文庫本縦一段組みで本文約217頁+訳者あとがき5頁+中野春夫の解説「死を印された恋」11頁+戦後日本の主な『ロミオとジュリエット』上演年表(1945~95年)。9ポイント29字×17行×217頁=106,981字、400字詰め原稿用紙で約268枚。小説なら中篇の分量。

 文章そのものは読みやすいが、なにせ形式が戯曲。地の文がないので、登場人物や背景が説明されない。冒頭の登場人物一覧は必須。ジュリエットの年齢がもうすぐ14歳というから、劇中では13歳。マキューシオやパリスの歳は明記されていないので、ジュリエットの歳から好きなように脳内で設定しよう。

【どんな話?】

 花の都ヴェローナでいがみあう二つの名家、モンタギュー家とキャピュレット家。いがみあいは下の者も巻き込み、喧嘩が耐えず、大公エスカラスも頭を痛めている。偶然にもキャピュレット家の仮面舞踏会の開催を聞きつけたモンタギュー家の若者たちは、跡取り息子のロミオを連れ舞踏会に侵入する。

 ロミオは、舞踏会で、モンタギュー家の一人娘ジュリエットに出会い、互いに恋に落ちる。互いの立場を理解しつつ、それでも思いを捨てきれぬロミオは、モンタギュー家に忍び込み…

【感想は?】

 いかにも若い頃の作品だなあ、というのが正直な感想。「オセロー」や「マクベス」に比べると、物語や人物がイマイチ整理されてない感がある。反面、勢いがあるというか、若者に受けそうな台詞がポンポン出てくる。

 特に盛り上がるのが、第二幕第二場。一旦舞踏会を引き上げたロミオが、想いに引きずられてキャピュレット家に忍び込み、窓の向うのジュリエットと言葉を交わす場面。かの有名な「ロミオ、どうしてあなたはロミオなの」のシーン。落ち着いて考えるとロミオのやってる事は不法侵入のストーカーなのだが、そこはイケメン無罪である。納得いかない。

 …ではなくて。恐らく今まで何度もラブソングに引用され、これからも引用されるであろう名台詞が満載。しかも、ロミオ/ジュリエット両者とも、結構台詞が長い。ジュリエットの年齢設定が13歳だから、舞台や映画になる際は、両者とも若手の新鋭役者が演じると思うんだが、ここをキチンと演じるには相当の力量が必要なはず。逆に考えると、ロミオ/ジュリエットを演じる役者は、相当に見込まれてるって事になる。

 にしてもロミオ君、手が早い。初登場の時は、別の女性に思い煩ってる。それを心配した友人のマキューシオやベンヴォーリオが、憂さ晴らしにキャピュレット家の仮面舞踏会に誘い、そこでコロリとジュリエットに乗り換えるんだから酷い。しかも、その場でジュリエットの唇を奪ってしまう。くっそー。いいなあ、イケメンは←しつこい

 …などと、主役については人物像がクッキリしているんだが、反面、それ以外の人物はどうも巧くイメージできない。マキューシオは、今の日本なら若手漫才師が演じそうな、少々下品なお調子者で、ジュリエットの乳母は、やっぱりその場の雰囲気で態度をコロコロ変える、でも基本的にはジュリエットを溺愛してるお喋りなオバサン、ぐらいか。

 それと、二人の仲を取り持つロレンス神父は、聖職者だけど世知にも富んだ、落ち着いた懐の深いオジサン。まあ若い二人の恋の仲立ちをするぐらいだから、綺麗ごとだけのクソ真面目君じゃないのは確か。両家の諍いに悩むエスカラス大公は、胃痛に苦しむ感じの、顔色の悪い痩せた人のよさそうな老人。「重責に腰が折れそう」な雰囲気を出して欲しい。

 難しいのが、パリス。当主キャピュレットが、ジュリエットを嫁がせようとする相手。パリス本人もジュリエットとは顔見知りで、縁談には乗り気。でも肝心のジュリエットはロミオにゾッコン、という可哀想な人。彼をスケベったらしい脂ぎった役者が演じれば、物語は判りやすくなるけど、ちと俗っぽい。「よき兄貴」的な感じで演じると、より悲劇性は増すけど、ロミオが霞んでしまう。案外と、劇の色合いを左右する重要な役かも。

 シリアスな劇だと思っていたが、意外とユーモラスな場面も多い。特にマキューシオと乳母はシモネタ満載。これをカラリと「ガサツだけど陰湿でない」風に演じるには、かなりの年季が要るだろうなあ。

乳母 お嬢様のお喜びのために骨を折るのが私の役目。
    でも夜がくれば、お嬢様が重労働。

 などと考えると、この劇は典型的なアイドル映画の構造をしてる。ロミオ役・ジュリエット役に、時の話題の美男美女の新進役者を充てて若者の客を呼び込み、マキューシオや乳母などの脇役は演技派で固めて劇のクオリティをあげ、パリスで監督の独自色を出す。いかにも若者をあてこんでるよなあ、と思うのも、次の台詞。

ロミオ 恋人に会うときは、下校する生徒のように心がはずみ、
     恋人と別れる時は、登校する生徒のように心が沈む。

 昔から若者は勉強嫌いと相場が決まっていたようで。

 シェイクスピア劇で気がつくのが、神話・伝説の類を頻繁に引用している点。この劇でも、恋の神キューピッドはもちろん、ローマ神話の曙の女神オーロラ,アイルランド/イングランドの伝説の妖精マブの女王,ギリシャ神話のゼウスとレダの娘ヘレンと、日本人にはイマイチ馴染みのない名前がヒョイヒョイ出てくる。

 この辺は文化の違いなんだろうけど。特にシェイクスピア劇は、現代のドラマや映画でもよく引用されるんで、読んどくと、より細かいところが楽しめるってのはあるんだが、そのシェイクスピアを楽しむには、更に古い文学や伝説の教養が必要ってのは、なんかキリがないよなあ、って気になる。

 もっとも、解説を読む限り、シェイクスピアも、一から話を作ってるわけではなくて、大抵は既存の伝説や物語を加工して劇に仕上げているそうで。まあ、実際、この劇、最初の幕はキャピュレット家のサムソンとグレゴリーで始まるんだが、登場人物一覧がないと、誰がどっち側の人物なのか、よくわかんなかったりする。劇だと衣装で区別できるようにするんだろうか。

 ってな事を言いたいわけじゃなくて。劇ってのは、小説と違って地の文がない。だから、細かい説明とかができない。既存の、観客が良く知ってる物語を持ってきて、概略は観客の知識で補ってもらう、って事なのかも。

 戯曲ってのは、小説とだいぶ違う読み方をする必要があるなあ、などと、やっと気づいたのでありました。

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2012年7月 9日 (月)

榊涼介「ガンパレード・マーチ 九州奪還5」電撃文庫

 「これは紀元前から連綿と続く、人類のウラ趣味ばいね。オモテの社会では禁忌とされ、地下……アンダーグラウンド秘めやかに追求されてきた快楽ばい」

【どんな本?】

 2000年9月発売の SONY PlayStation 用ゲーム「高機動幻想ガンパレード・マーチ」のノベライズとして「5121小隊の日常」が出版されたのがシリーズの始まり。ゲームに沿った内容は「5121小隊の日常Ⅱ」で完了したが、以降もファンの人気は衰えず、小説は「その後」を描く「山口防衛戦」で再開、九州奪還編へと続き、この巻でフィナーレを迎える。ちなみにシリーズ通算では19冊目。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2009年1月10日初版発行。文庫本縦一段組みで本文約373頁に加え、著者によるあとがき2頁。8ポイント42字×18行×373頁=281,988字、400字詰め原稿用紙で約705枚。長編小説としてはやや長め。榊さん、最終巻は長くなる傾向があるみたい。

 文章は読みやすいが、内容的にゲームのノベライズと言うより架空戦記なので、軍事用語がポンポン出てくる。慣れている人なら、細かい部分をより深く楽しめるだろう。ただ、この巻だとファンタジー要素もだいぶ濃くなってくるんだけど。

 元のゲームも世界設定が独特な上に、榊オリジナルの登場人物も多い。長いシリーズの一巻なので、さすがにこの巻から読み始めるのは無理。余裕があればシリーズ開始の「5121小隊の日常」か、時系列的に最初を描いた「episode ONE」から始めるのが理想。「根気が続きそうにない」という人は、「九州奪還1」の冒頭にに「前史」として「いままでのあらすじ」があるので、そこから始めるか、または次の巻「九州奪還0」から入ってもいい。編成表や登場人物一覧が「九州奪還2」~「九州奪還4」に付属しているので、まとめて大人買いしよう。

 なお、懐に余裕のある人は、「ガンパレード・マーチ ファンブック」から入るという奥の手もある。

【どんな話?】

 九州の戦線は膠着状態へと押し返したが、国家財政は破綻寸前。現状が続けば数週間で日本経済は崩壊し、戦線も壊滅するだろう。舞・瀬戸口両名による起死回生の案は迅速に承認され、極秘指令百二一号として走り出す。

 人類の異端5121小隊・共生派の異端野間集落,そして幻獣の異端カーミラの三者が連合し、幻獣/共生派の攻撃から野間集落を防衛、幻獣内の勢力図を書き換え、幻獣の主導者となったカーミラと和平卿協定を結ぶ、という奇想天外な作戦である。

 今まで人類は野間集落の存在はもちろん、幻獣との意思疎通が可能である由すら知らず、共生派を苛烈に弾圧してきた。作戦が成功すれば結果オーライで誤魔化しようもあるが、失敗した上で作戦が露見すれば内戦にも発展しかねない。しかも戦力差は絶望的であり、成功の確率は限りなく低い。だが、万が一にも成功すれば、半世紀以上も続いた幻獣との戦争終結が見えてくる。

 しかし、いかなる状況にあろうとも、人類は愚行と縁が切れない。温泉に浸るカーミラ・森・原・新井木らを狙う、怪しい影が五つ…

【感想は?】

 感動のフィナーレ。ゲーム内で語られた内容とは全く違う、けれどゲームのファンとして充分に納得できるケリのつけ方だった。とは言っても、小説はまだまだ続くんだけど。

 ゲーム内では全くコミュニケーション不能な敵だった幻獣が、榊オリジナルの登場人物カーミラによって、内情が見えてきたのは大きい。彼女を通じて、幻獣がこの世界に来た事情、それぞれの幻獣の正体、そして幻獣が人類を敵視する理由なども、この巻で明らかになる。

 と同時に、今まで単なる無表情な護衛役だったハンス君とカーミラの関係が見えてくるのもお楽しみ。無表情だからといって無感情とは限らない。単純な主従ではなく、裏で色々と丁々発止のやり取りをしてるあたりで、カーミラとハンス君の「人間味」が伝わってくる。つかカーミラ、「合コン」って言葉を使いたいだけなんじゃなかろか。

 そもそも人間味とは何か、ってのが、存分に現れているのが終盤、カーミラ・ハンス・新井木・中村の会話場面。この深刻な状況で、それでも己の本分を通す漢気はあっぱれ。というか、それが人間味ってのも…。

 読者サービスか、温泉シーンが多いのもこの巻の特徴。オキアミ鈴木の立場は天国か地獄か。もはや拷問に近い。意外なのが藤代さんの秘密。マニアックな趣味に理解がある、と解釈していいんだろうか←たぶん違う

 フィナーレを飾る巻でありながら、意外とユーモラスな場面が多いのも嬉しい。というのも、やはりハンターどもの前に、次々と獲物が現れるため。今までは戦場で稀に顔を合わせるだけだった人たちと、今回は同じ拠点で生活することになる。当然、接触の機会も増えるわけで。「5121小隊の日常Ⅱ」収録の「海へ」ではわかっていなかった狩谷も、さすがにここでは連中の性癖を充分に理解している模様。

 シリアスな場面では、冒頭の石丸さんの絶叫が光る。東三条大尉は、これを聞いて引くか惚れるか。その辺、是非聞いてみたいんだが。

 肝心の作戦内容、彼我の戦力差の具体的な数字が驚き。普通なら狂気の沙汰だってのが、否応なしにわかる。ちょっと朝鮮戦争のマシュー・リッジウェイの方針を連想したんだが、ガンパレの場合は補給は期待できても増援は期待できないのが辛い。これは戦争の性質も関係してて、このあたりはカーミラの説明から想像するっきゃないんだけど。

 5121小隊の4人のパイロットの立場の違いも明確になってきて、意外と重宝されているのが滝川。というのも、今まで5121小隊だけで戦ってきたのが、自衛軍に組み込まれ、他隊との関係ができたため。ただでさえ相性で人を選ぶ人型戦車、舞・速水・壬生屋のような特別の才能を持つ者は期待できない。

 けど、普通の少年である滝川が、その戦歴の中で産み出した戦術・戦闘パターンなら、他のパイロットも真似できる。って事で、滝川が人型戦車の規範になりそうな雰囲気。これで説明が巧ければ、将来は人型戦車学校の教官に納まりそうなんだが。まあ、人格には問題ないから、なんとかなるんじゃないかな。けど、カーミラの滝川評は辛辣。

 追い詰められた人類が、最後の希望を託す極秘指令百二一号。人類・野間集落・カーミラの思惑は、結実するのか。シリーズの転回点に相応しい、見事な幕切れだった。

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2012年7月 8日 (日)

朝日新聞社アタ取材班「テロリストの軌跡 モハメド・アタを追う」草思社

 「イスラム圏から来た学生は、数年たつと二つのタイプに分かれる。一方は、西欧社会を受け入れてとけ込もうとするタイプ。他は西欧を拒否し、仲間だけの世界を強く固めようとするタイプ。アタは後者だった」
  ――ハンブルグ工科大学でアタの指導教授だったディトマー・マフーレ

【どんな本?】

 世界中を震撼させた9.11の主犯と目されるモハメド・アタ33歳。彼は、どこでどう育ち、どんな人間だったのか。いつ、どこでアルカイダと接触し、なぜテロへと走ったのか。彼の生い立ちから犯行までの足跡を追い、テロリストが生まれるまでの経過を辿ると共に、偶然にも彼の足跡に接触してしまったがため、大きな騒動に巻き込まれてしまった人々の声を伝え、また、テロの衝撃が社会に及ぼす波紋を警告するルポルタージュ。

 なお、著者名が「朝日新聞社アタ取材班」となっているが、別に著者を隠匿する意図はなく、巻末に取材班の一覧が出ている。朝日新聞アタ取材班は以下9名。

 松本仁一/植村隆/古山順一/国末憲人/小森保良/伊藤千尋/高城忠尚/小倉いずみ/中山由美

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2002年4月25日第1刷発行。単行本縦一段組みで本文約261頁。9.5ポイント45字×18行×261頁=211,410字、400字詰め原稿用紙で約529枚。長編小説なら標準的な分量。新聞記者が書いただけあって、文章は読みやすい。内容的にも、素人に理解できるよう書かれているため、特に前提知識は要らない。あ、もちろん、9.11については知っている必要があるけど、余程若い人でなければ、当事のTVニュースで得た知識があれば充分。

【構成は?】

 (資料写真)
第1部 ハンブルクの優等生 ドイツが拠点だった
第2部 カイロでの生い立ち 中東に飛ぶ
第3部 見えざる網の目 再びヨーロッパへ
第4部 9.11までの足どり アメリカに渡る
第5部 取材のなかで考えたこと
 エピローグ
 あとがき/朝日新聞アタ取材班プロフィール

【感想は?】

 宗教が絡むテロとして、多くの日本人はオウム真理教による地下鉄サリン事件が思を思い浮かべるだろう。この本を読む限り、今後も日本で同様の事件が起きる可能性は、充分にある。それも、アラブ人によるものではなく、日本人による犯行で。

 というのも。アタが過激な思想に傾倒していく過程・彼が嵌った手口が、今の日本でも頻繁に使われているからだ。

 モハメド・アタ、犯行当時33歳、エジプト出身。テロ容疑者は全部で19人、うちエジプト人は彼だけ。他はサウジアラビア人15人、アラブ首長国連邦2名、レバノン1名。年齢がわかる中ではアタが最も年長で、最も若いハムザ・サレー・アルガムディは20歳か21歳。平均すると25歳ぐらいだろう。みな青年と言える年頃だ。

 アタはエジプトのカイロで生まれる。父親は弁護士で、そこそこ裕福。小学校の頃は大人しく優しく礼儀正しく、成績は優秀で、「いつもクラスで二番か三番だった」。これは高校でも同じ。「母はアタをでき愛していた」。難関のカイロ大学工学部に進み、都市工学を専攻する。政治や宗教には興味を示さなかった。

 だが、失業率の高いエジプトでは就職するには、コネが要る。アタは得意のドイツ語を活かし、ドイツのハンブルグ工科大学に留学、8年半在籍する。ここでも穏やかで礼儀正しく、内気な性格は変わらない。意欲的だが謙虚な優等生で、教官の指導にも素直に従う。ムスリムらしく女性との握手は断るが、その意思の表明はあくまで紳士的。

 バイト先の雇い主は「締め切りまでにきっちり仕上げ、できばえは申し分ない」。同僚も「理想的なアルバイト学生」「まじめで仕事は優秀」と、極めて好評。ただし、この辺で転機が訪れたらしく、急激にイスラムに傾倒していく。学校の友人(ドイツ人)に「西欧とイスラム社会は対等な関係じゃない。われわれは犠牲者だ」と語っている。

 カイロ時代はノンポリだった。彼が原理主義にハマるきっかけは、ハンブルクにあったと考えられている。

 「モスクは基本的に、開かれた祈りの場であり、イスラム教徒ならだれでも訪れることができる」。ここで過激派は網を張り、カモを釣り上げる。モスク自体に問題があるのではなく、そこを漁場にしている者がいる、というわけ。実はもう一つ漁場があって、それは刑務所。「布教目的で自ら逮捕される者もいる」。

 ここで、過激派に狙われる青年の特徴をまとめている。「人のいい人間」だ、と。礼儀正しく優しい。内気で真面目な努力家。故郷を離れ一人で暮らしている。政治や宗教には深入りしていない。

 わかっただろうか。日本でも、春先はカルト宗教や過激な政治団体が大学のキャンパスで勧誘を繰り広げる。手口が、あれにそっくりなのだ。違うのは、イスラムを看板に掲げている点と、ネットワークが世界規模である点、そして資金の豊富さ。安上がりなテロが可能になれば、日本人が事件を起こす可能性はある。

 だたし、これをもっ辛辣に捉える人もいる。フランス紙ルモンドのカイロ支局長アレクサンドル・ブシャンティは…

欧米で女性とのトラブルか何かを経験し、アラブ人を差別しているとひがむのは、ブルジョアのイスラム教徒だったらよくあることだ。

 彼の足跡にたまたま居合わせ、事件後に騒動に巻き込まれた人も多い。ハンブルク郊外の会社を経営する日本人は、一週間、アタを臨時のバイトとして雇ったためにマスコミの報道に巻き込まれ、「取引先を一軒一軒回って事情を説明」した。「以来、アルバイトでアラブ系学生を雇うときは指紋をとっている」。

 アタが航空機の操縦を学んだホフマン航空学校も、テロ以降の航空業界景気低迷や取材攻勢に根を上げ、「中東から入学手続きの問い合わせがあると、『担当者があとで連絡する』と答えて放置している」。

 と、テロにより、アラブ系の人が深刻な被害を蒙っている。酷いのが、テロの一週間後にロスアンゼルス郊外で銃で撃たれたエジプト出身のアデル・カラス。なんと、彼は、エジプトでイスラム原理主義者から迫害され、アメリカに逃れてきたコプト教徒(キリスト教の一派)だった。

 イスラム教徒にとっての過激派は、日本人仏教徒にとってのオウム真理教みたいなものだ、という声も紹介している。まあ、確かに遠くからじゃ違いがわからない。ただ、一般のムスリムの中では「911はユダヤの陰謀だ」という声も大きく、エジプト人記者曰く「いま(エジプト)国内で世論調査をしたら、国民の大半がイスラム教徒の犯行ではないと答えるはずだ」。

 テロと(フセイン時代の)イラクとの関係、燃料満タンの大型旅客機の破壊力は小型核爆弾に匹敵するという話、旧東ドイツとアラブ社会の関係、ロンドンに政治亡命者が多い理由、パンジシールの獅子ことアフメド・マスードと911の関連など、細かいトリビアも満載。肝心のアタが過激派に傾倒していく過程はぼやけているが、イスラム系テロ組織の意外な素顔が見える本だった。

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2012年7月 7日 (土)

榊涼介「ガンパレード・マーチ 九州奪還4」電撃文庫

 「忍ぶ恋こそ至上なり。あの清楚さ、純朴さ、愛らしさ。彼女に純白のソックスを履かせる委員会を今から発足する。タイガー、仲間に入れてやってもよかよ」

【どんな本?】

  2000年9月発売の SONY PlayStation 用ゲーム「高機動幻想ガンパレード・マーチ」のノベライズとして「5121小隊の日常」を皮切りに始まったシリーズ、浮沈の激しいライトノベルの中でも異様に根強く長い人気を保ち、ついに18冊目となった。ゲームのエンディングは「5121小隊の日常Ⅱ」で迎えたが、以降もノベライズのシリーズは続き、エンディングの後を描く「山口防衛戦」で再開し、九州奪還編へ続いている。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2008年10月10日発売。文庫本で縦一段組み、本文約306頁+登場人物一覧6頁。なお、今回は特別短編「福岡からの通信――ビルからビルへ、路地から路地へ」11頁も収録。8ポイント42字×17行×306頁=218,484字、400字詰め原稿用紙で約547枚。標準的な長編小説の分量。

 文章そのものは読みやすい。ただ、もはやゲームのノベライズというより架空戦記の様相を呈しているので、旅団だ師団だバルカン・ファランクスだと軍事用語が頻出する。とりあえず軍人の階級ぐらいはわからないと辛い。また、舞台が福岡県若松半島近辺なので、地図帳か Google Map を見ながら読むと、より堪能できる。

 長いシリーズの中の一巻だ。世界設定は独特だし、登場人物一覧が6頁もあることでわかるように、キャラクターも多い。榊氏オリジナルの人物も劇中で大きな役割を果たすので、いきなりこの巻から読み始めるのは無茶。できればシリーズ開始の「5121小隊の日常」か、時系列的に最初となる「episode ONE」から読み始めるのが理想だが、なにせ巻数が多い。一応「九州奪還1」に「前史」として「おままでのあらすじ」があるので、そこから始める手もある。懐に余裕のある人は、「ガンパレード・マーチ ファンブック」から入るという奥の手も。

【どんな話?】

 5121の活躍もあり、自衛軍の虎の子の第三戦車師団と第三師団は多くの犠牲を払いながらも脱出に成功した。山川中将にかわり指揮をとる荒波による戦線の縮小は、即席ながらも岩田独特の築陣も相まって充分な効果をあげ、戦闘は膠着状態へとかわる。

 行方不明となっていた森は、カーミラに保護され野間集落に保護される。様々な人が混在しながらも、田舎風の生活感漂う集落の様子に戸惑った森だが、山積する修理・整備の仕事をこなすうち、次第に村人やカーミラと打ち解けてゆく。カーミラが明かす幻獣の正体と、その内情は…

 その頃、東京で政治家や情報関係者を相手に綱渡りを続ける善行をよそに、5121小隊は安定した戦闘パターンを獲得しつつあった。しかし、トラブルは常に予想外の方向から忍び寄る。岩田参謀との化学変化により劇薬と化した生物兵器は5121小隊の整備ハンガーを席巻し、既に二号機パイロット滝川陽平はその虜となりつつあった…

【感想は?】

 シリーズ全体を通し、大きな転回点へと向かう助走が、この巻。シリーズ18冊目にして、やっと幻獣の正体が明かされる。まあ、ゲームの方で「世界の謎」とかやってるんで、知ってる人は知ってるんだけど。それと同時に、幻獣の内情、そして気まぐれで残酷な爆弾娘カーミラの真意も見えてくる。つかカーミラって名前で「わたしだってノーマル」て言われても…

 カーミラに連行?された森さんは、意外と元気。どころか、山積する仕事に没頭し、周囲から頼られ感謝されながら、気持ちも落ち着いてくる。「リーダーとしてしっかりしなくちゃ」的に無理に頑張るのではなく、夢中で手を動かしているうちに落ち着きを取り戻す、というのが森らしい。働き者なんだよね、根本的に。

 集落の人間模様もいろいろで、意外な所から人が集まっている様子。日本海の漁師に「日本海は○○の海」の「○○」に好きな言葉を入れろってアンケートをとると「オレ」って答える人が多いというから、徹平じいさんも「オレの山」って気分なんだろうなあ。にしても、ナニぶら下げてるんだか。

 ってな森の様子をよそに、劇薬に直撃された滝川は何やってんだか。戦術の話じゃしどろもどろのくせに、こういう事だけは遠坂と互角に議論を交わすってのも、なんだか。島さんや栗田大尉が見たら、どう思うんだろ。でも「掃除は自分でやってる」ってのに、愛情がにじんでるねえ。未だマイ士魂号の夢捨てきれず。つか「第二種装備」ってなんだよタイガー。

 今までは軍内の政治だけだったのが、この巻では東京の善行を通し、日本の政界全体が俯瞰できるのも、今後のシリーズの方向を考えると興味深い所。今読み返すと、「野党」って言葉の響きが、発表当時と少し違うのも感慨深い。また、財務系が意外と現代的な感覚なのが意外。軍と白熱の綱引きしてるなら、国としてはそれなりに健全な気も。

 こっちでは、終盤に大変なお方が登場する。「誰かに似ている」って、ヒトゴトじゃないぞ、善行。秋元さん、悪い仲間に入ってるのかなあ。

 一方、派遣軍司令部では、岩田参謀が本調子を取り戻しつつある。前園少尉という格好の相方を得たためか、エンジンが温まってきた模様。まあ、普通の軍組織じゃありえないよね。ただ、かおりんを「赤毛で大柄」ってのは納得いかない。「赤毛でゴージャスな美人」でしょ。黙ってりゃ美人なのに。

 こちらでは、カーミラの明かす幻獣の真相に絡み、新たな動きが若松半島で出てくる。今までほとんどいい所なしだった海軍が、ここでやっと少しだけ登場。本当に少しだけなんだけど。

 特別短編「福岡からの通信――ビルからビルへ、路地から路地へ」は。福岡市街で激烈な一進一退の先頭を繰り広げる植村中隊。その配下の箕田小隊は、単独で徘徊する不思議な生物を保護する。口から出る言語は日本語らしいのだが、会話が成立しているかというと、どうも怪しい…

 以後、このシリーズで異彩を放つ人物にスポットがあたる珠玉の一編。今までも名無しで何回か出てきたが、名前が出るのはこの短編が始めて。原さんの逆鱗に触れ涙目になりながらも、意外と意志は強く…というか頑固で、己の職分には忠実なのがいい。あのヘルメットには、ちゃんと理由があったり。ニュータイプ覚醒のシーンは、笑っていいのか泣くべきなのか。いや名台詞だと思うんだけど、この人が言うとなあ。

 などと波乱を孕みつつ、ついに終結を迎える次巻へと続く。

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2012年7月 6日 (金)

クリス・ジョーンズ「絶対帰還 宇宙ステーションに取り残された3人、奇跡の救出作戦」光文社 河野純治訳

無重力ではインクが下にさがらないのでペンが使えないとわかったとき、アメリカ人は何百万ドルもかけて、逆さにしても使えるペンを開発したが、ロシア人は荷物の中に鉛筆を入れておいた。

【どんな本?】

 2003年2月1日、スペースシャトル・コロンビアが帰還途中で空中分解する(→コロンビア号空中分解事故)。合衆国はスペースシャトルの運用を中止するが、大きな問題が残った。その時、国際宇宙ステーションには三人のクルーがいたのだ。シャトルがなければ、彼らは地球に帰れない。

 地上400kmの虚空に置き去りにされたエクスペディション6の三人ケネス・バウアーソックス/ドナルド・ペティット/ニコライ・ブダーリンを中心に、国際宇宙ステーションの様子や生活の模様を豊富なエピソードでリアリティ豊かに描くと共に、あまり紹介されることのないソビエト/ロシアの有人宇宙開発も紹介する、宇宙オタク随喜の本。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Too Far From Home; A Story pf Life and Death in Space. by Chris Jones, 2007。日本語版は2008年7月30日初版第1刷発行。ハードカバー縦一段組みで本文約450頁+訳者あとがき6頁。9.5ポイントの読みやすいサイズで43字×18行×450頁=348,300字、400字詰め原稿用紙で約871枚。長めの長編小説の分量。

 翻訳物のドキュメンタリーにしては、異様に読みやすい。「この訳者タダモノじゃない」と思ったら、「アルジャジーラ 報道の戦争」を訳した人だった。原書のヤード・ポンド法を()つきでメートル法に補う親切も嬉しい。

 宇宙物ではあるが、読みこなすのに難しい科学知識も要らない。「宇宙には酸素がないからロケット飛ばすには酸素も持ってく必要がある」なんて所まで説明してある。中学一年生でも余裕で読みこなせるだろう。

【構成は?】

 プロローグ
第一章 単純な機械
第二章 向うの世界
第三章 孤独の地形
第四章 時間と距離
第五章 あなたは遠く
第六章 孤独のいちばんいいところ
第七章 地球照
第八章 細い糸
第九章 管制センター
第十章 問題発生
第十一章 世界の重さ
 エピローグ
  謝辞/訳者あとがき/用語解説

 大筋ではエクスペディション6の進行に沿う形だが、途中で各員の生い立ちや宇宙開発の歴史が入るなど、時系列的にはかなり行ったりきたりする。が、それはドラマとしての盛り上げを考えた構成なので、素直に娯楽読み物として楽しもう。

【感想は?】

 トム・ウルフの「ザ・ライト・スタッフ」やアンドルー・チェイキンの「人類、月に立つ」、ブライアン・バロウの「ドラゴンフライ ミール宇宙ステーション悪夢の真実」が好きな人には、自信を持ってお勧めできる。というか、時代的にも前三冊の続編と言っていい。

 本書は、エクスペディション6を中心に、国際宇宙ステーションの歴史と、その中での宇宙飛行士たちの生活を描いたドキュメンタリーだ。相当にしつこく取材したらしく、意外な宇宙ステーション内の様子が次々と明らかになる。

 例えば、これはソ連の宇宙ステーション・ミールの話だが。狭い宇宙ステーションでエリートが仕事するんだから、さぞかし整理整頓されてるかと思いきや、「長いあいだにたまったガラクタが、老人のアパートメントの古新聞のように積みあがっていた」。専門家は多いけど、家事の専門家はいなかったようで。これが後に重大な問題を引き起こす。

 書名からエクスペディション6の帰還を巡るサスペンスを期待するが、意外とこれは盛り上がらない。というのも、メンバーの三人のチームワークが良すぎて、危機感が募らないのだ。その分、他の所で充分なサスペンスを味わえるんだけど。

 三人のリーダーはケネス・バウアーソックス。中西部に生まれた少年はジョン・グレンに憧れて宇宙飛行士を目指し、合衆国海軍のテスト・パイロットを経てスペースシャトルに乗り込む、という米国宇宙飛行士の黄金街道を駆け抜けた男。宇宙飛行の経験豊富なベテランで、常に冷静沈着にチームの最善を考え、果敢な決断を下す。

 彼のサポート役がニコライ・ブダーリン。彼も経験豊かな宇宙飛行士で、元はエネルギアの技術者。ミールで二回のミッション(うち1回は7ヶ月に及ぶ)と、9回以上の船外活動を成功させている。温和で明るく根気強く、「ロシア人の禁欲主義的で冷静な面と、アメリカ人の陽気で気さくな面を兼ね備えた男」。

 最後の一人、ドナルド・ペティットは変り種、というか、モロにハッカー気質。オレゴン州シルヴァートンに生まれ、幼い頃から変速機やネジ巻き式の時計を分解しては組み立てて過ごす。研究生活のかたわらNASAの宇宙飛行士に応募し、四度目でやっと合格する。ミッション中もケッタイな実験を繰り返し、また得意の腕を活かし壊れた機械を修理してはミッションに貢献する。

 本書によれば、宇宙では感情が増幅する、とある。ところがこの三人、最後まで感情的に大きな衝突はしない。三人には、一つの共通点があった。それは、「孤独に強いこと」。「ミールに搭乗した宇宙飛行士の何人かは(略)骨塩の量が閉経後の女性の10倍の速さで減少している」というのに、バウアーソックスに至っては「どこも健康そのもので、地上にいたときよりも状態がよくなっているところもあった」。

 お陰で、コロンビア事故の後、二人しか帰還できない場合を想定して「どちらが帰還するかについて話し合うことが多くなり、ついには口論に発展しそうになった」。「問題は、どちらも自分が残りたいと思っていたことだ」。

 などの人間ドラマも勿論面白いが、宇宙オタクが楽しみにしてるのは、宇宙飛行のエピソード。冒頭の引用は「一方ロシアは鉛筆を使った」と某掲示板で有名な話だが、出典はこれだったのね。サスペンスたっぷりなのが、ミール内で、なんと火災が発生する。消火器で鎮火させようとするが…。「ミールは寿命が尽きるまでに約1600もの故障に見舞われ」たというから、宇宙飛行士の仕事も多くはミールの修理に充てられていた模様。この辺はブライアン・バロウの「ドラゴンフライ」が詳しい。

 ロシア(ソ連)のネタでは設計責任者ことセルゲイ・コロリョフの名前も出てくる。凄いのが1965年3月のヴォスホート2号の話。帰還時、予定のコースから3200kmもずれ、アレクセイ・レオーノフとパヴェル・ベリャーエフはウラルの山中に落下する。夜になり寒さをしのぐため火をおこすと、オオカミの群れに囲まれた。仕方なく、カプセルの中に篭って救援を待った。

 二人が恐怖の一夜を過ごして以来、ロシアの宇宙飛行士たちは座席の下にちょっとしたものを押し込んでおくようになった。ソユーズTMA1の(略)中には緊急用品が入っている。防寒服、飲料水、そして――万一の場合に備えて――銃身の短い二連式ショットガン。

 ってなわけで、たぶん、今もISSにはショットガンが載っている。

 他にも、エドワーズ空軍基地のテスト・パイロットの気質の変化、船外活動中にデブリに衝突したらどうなるかという考察(かなりグロい)、宇宙では味覚が鈍くなるのでタバスコなど強烈なスパイスが貴重という話、無重力空間での排便の恐怖、コーヒーが箸で掴めるという話、ロシアの宇宙飛行士は誇り高いのでオムツをしないという話など、宇宙オタクには興味津々なエピソードが一杯。翻訳物だが文章は読みやすく、なじみの無いロシアの宇宙開発の内幕がわかるのも嬉しい。SF者なら、是非読んでおこう。

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2012年7月 3日 (火)

榊涼介「ガンパレード・マーチ 九州奪還3」電撃文庫

「ぬしゃらは発想が貧困じゃのー。整備班一同はこの日があることを見越して、極秘にプロジェクトを進めていた!なんのために軽トラがぬしゃらの後に続いているか、わかるか?整備班をなめると地獄を見るぞ!」

【どんな本?】

 2000年9月発売の SONY PlayStation 用ゲーム「高機動幻想ガンパレード・マーチ」のノベライズとして始まったシリーズ、ゲームも単発物としては異様なロングセラーとなり、ノベライズのシリーズも常識外れの根強い人気を誇り、この巻では17冊目。ゲームに沿った内容は「5121小隊の日常Ⅱ」で終わったが、ノベライズのシリーズはゲームのエンディングの後を描く「山口防衛戦」で再開、九州奪還編へ続いている。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2008年8月10日初版発行。文庫本縦一段組みで本文約303頁に加え、第三戦車師団の編成表5頁+きむらじゅんこの「おしらせ」2頁。8ポイント42字×18行×303頁=229,068字、400字詰め原稿用紙で約573枚。標準的な長編小説の分量。

 文章そのものは読みやすいが、なにせ長いシリーズ。世界設定も複雑だし、登場人物も多い。理想を言えばノベライズ開始の「5121小隊の日常」か、時系列的に最初となる「episode ONE」から読み始めて欲しいが、分量が多すぎて萎えてしまうという人は、「九州奪還1」の冒頭に「いままでのあらすじ」があるので、そこから始めるのも一考。

 また、元は一小隊の物語だったのが、この辺に来ると、軍に組み込まれての活動となり、「旅団」やら「小隊機銃」やらの軍事用語が頻出するので、ソッチに詳しいとより楽しめる。また、舞台が鳥栖・小郡・久留米・八女近辺であり、Google Map などで参照しながら読むのも一興。

【どんな話?】

 あっけない福岡の陥落に気を大きくした自衛軍は熊本奪回を目指し佐賀へと突き進むが、善行などの懸念どおり幻獣は猛反撃を開始する。善行は海兵第一旅団で鳥栖に前線を形成するが、上陸軍の主力をなす第三戦車師団と第三師団が八女で包囲され、孤立してしまう。

 前線の視察で負傷した善行をよそに、虎の子の二個師団救出に向け、幻獣の海となった筑後平野へ向かう5121小隊。そのころ、行方不明となった森は…

【感想は?】

 この巻は、九州奪還編中盤のヤマ場。5121小隊が自衛軍と連携しての戦闘としては、最大規模の盛り上がりを見せる。戦闘シーンの最大の見せ場は、山川中将率いる第三師団の撤退戦と、それを援護する5121小隊の死闘。特に重装甲で猛り狂う壬生屋と、彼女を支えんとする瀬戸口の会話は、瀬戸壬生ファンのトラウマ必至。

 と、派手な活躍を見せる重装甲に対し、見栄えはスタイリッシュでも戦闘スタイルは地味な滝川。「天性の脇役」って、喜ぶべきか泣くべきか。それでも、見てくれてる人はいるんだから、落ち込むな滝川。ギャグ担当ってわけでもなく、後半ではちゃんとシリアスな見せ場が用意されてるし。今思ったが、この辺、腐った人には美味しい場面だろうなあ。

 かと思えば、同じ戦場で爆笑ギャグをかますのが5121小隊。山川中将父子の会話は、緊張した場面の一服の息抜き。山川候補生が「……面白い友人ならば」と言いよどみつつ、見事にフォローするのは、やはり血筋かな?

 優等生な彼が、はぐれ者揃いの5121小隊に染まっていく様子も、この長いシリーズの楽しみの一つ。とっかかかりが彼というのも、納得。パイロットやスカウトとは接触の機会が少ないから難しいし、中村と岩田は刺激が強すぎる。純情な彼としては、女子相手に突っ込んだ話はしにくいだろうし、彼も知的で冷静な人との会話を楽しんでる風がある。

 とーちゃんの山川中将と泉野参謀、今までいい所なしで無能っぽかったのが、玉砕の土壇場になって猪武者ではなく合理的な思考のできる軍人である由を見せるのも意外な所。軍人としての名誉を、山川がどう考えるか。今後、彼が重要な役割を担う一端が、ここで伏線として示されている。

 意外な面を見せるもう一人が、矢吹中佐。コワモテの戦車屋だと思いきや、若い頃は相応のセイシュンを送っていた模様。

 その頃、方面軍司令部は嵐を呼ぶ男が席巻中。今までオッサンが揃う場面は陰険で剣呑な雰囲気だったのが、この人と手下がくると、グッと風通しが良くなるというか、変なウイルスが増殖するというか。おまけに煽る人が乱入するからたまらない。困った人と困った人が化学反応を起こし、悪の組織が共同戦線をはりだす。彼が手渡したアタッシュケースには、世界を震撼させる危険物が…。というか、島さんも大人しげな容姿とは裏腹に、案外と許容力はあるようで。

 これだけ長いシリーズでありながら、未だ語られなかった5121小隊の過去が出てくるのも、この巻の読みどころ。比較的暗い話が多い中で、楽しいのが舞。意思と頭脳と実行力に優れた人なのは昔から、とはいうものの、そこまでやるか。目前の試験が嫌になった中高生諸君は、真似をしないように。

 意外な真相といえば、幻獣。突然に現れては食事も取らずにひたすら人を狩り、倒されれば消えてゆく。単なる戦闘マシーンではなく感情を持つ存在である由は今まで出てきたけど、その正体の一端がこの巻で明らかになる。そういえば最近はヒトウバンの出番がないなあ。台風の後は電線に引っかかって停電を起こす…なんて話はウソです。

 後半のクライマックスは、5121小隊ファン感涙のシーンが連続。というか、そのために軽トラ仕立てたのか原さん。どう考えてもくじはイカサマだし、お陰でファンブックはあの有様。ところで、これ、誰が作ってるんだろ?イワッチがデザインしてヨーコさんと中村がチクチクと、って感じ?

 意外な人が仲介となり、対幻獣戦争の新しい展開が垣間見えたところで、次巻へと続く。

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2012年7月 2日 (月)

レ・ファニュ「吸血鬼カーミラ」創元推理文庫 平井呈一訳

「女の子というものは、この世に生きているうちは芋虫なのよ。そうしてね、夏がくるとそれが蝶になるのよ。それまでは、それぞれみんながおたがいに性向と必然性と形をもった幼虫なのよ」  ――吸血鬼カーミラ

【どんな本?】

 19世紀アイルランドの怪奇小説家、ジョゼフ・シェリダン・レ・ファニュ(Joseph Sheridan Le Fanu, →Wikipedia)の短編集。ブラム・ストーカーの傑作「吸血鬼ドラキュラ」に先立つこと四半世紀、女性吸血鬼を登場させドラキュラにも大きな影響を与えた短編「吸血鬼カーミラ」を筆頭に、当事のスタイルの怪談7編を収録する。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 明示はしていないが、恐らく訳者が作品を選び、独自に編集したもの。原著の発表年は1839~1872。創元推理文庫版は1970年4月10日初版、私が読んだのは1989年1月6日の27版。順調に版を重ねている。文庫本縦一段組みで本文約363頁+訳者による解説14頁。8ポイント43字×19行×363頁=296,571字、400字詰め原稿用紙で約742枚。長編小説ならやや長め。

 翻訳物の娯楽小説としては、読みにくい部類。原文を読んでないので想像だが、元が冗長な文体である上に、怪談なのでもったいぶった展開が多い。また、訳文も、元々1970年の当時でもクラシックな感覚な著者が、半ば意図的に古めかしい雰囲気を出そうとしているため、今読むとさすがに時代を感じさせる。

【収録作は?】

 やはり最後の「吸血鬼カーミラ」が、頭一つ飛びぬけている。ヒタヒタと迫りくる怪異の恐怖に加え、百合の背徳的で官能的な描写がかもし出す妖しい雰囲気がたまらない。Wikipedia で調べると、児童文学で抄訳が幾つか出ている。いいのか、ポプラ社集英社。まあ文句いうつもりは毛頭ないけど。他にも、プロジェクト杉田玄白日本語訳が読める。

白い手の怪 / Narrative of the Ghost of a Hand / 1861
 その屋敷に移り住んだブロッサー氏は、地主のキャッスルマラード卿に意義を申し立てた。「曰くつきで奉公人もすぐ辞めてしまう」、と。事の起こりは、屋敷の果樹園に面した、奥の客間だった。ブロッサー夫人がひとりで座っていると、開け放した窓の下に…

 長編小説「墓畔の家」の一部で、13頁の掌編だが、これだけで充分短編怪奇小説として成立している。ファニュという作家は、他の人からの伝聞や手記といった間接的な語りを好む人らしく、これも手記の抄出という形を取っている。短いながらも、怪談集の冒頭に相応しく、怪異がジワジワと迫ってくる恐怖が味わえる。
墓堀りクルックの死 / The Dead Sexton / 1871
 ノーサンプトン州でも古く有名な旅館ジョージ・アンド・ドラゴンを抱えるゴールデン・フライヤーは小さな町だった。若い頃はゴロツキで町を飛び出したトビー・クルックは、40歳ごろになって町に舞い戻り、墓堀りとして働いていた。そのクルックの死体が発見されたのは、人気のない所だった。その日、ジョージ・アンド・ドラゴンに訪れた男は、黒く逞しい馬に乗っていた。

 ジョージ・アンド・ドラゴンは竜退治で有名な聖ジョージことゲオルギオス(→Wikipedia)にちなんだ名前だろう。ところがやって来たのは聖人どころか…
シャルケン画伯 / Schalken the Painter / 1839
 ゴドフリ・シャルケン画伯が残した一枚の絵は、若く美しい笑顔の娘と、影の中で刀の柄に手をかけた男を描いていた。若い頃、巨匠ゲルアルド・ドウに師事したシャルケンは、ドウが可愛がっていた姪のローゼ・ヴェルデルカウストと密かに愛し合っていた。しかし、当事のシャルケンは無名で貧しい。若い二人の前に立ちふさがったのは…

 改めてあらすじをまとめると、この設定は神話や民話でよくあるパターン。それが、怪奇小説家ファニュの手にかかると、まったく味わいの違う不気味な話になる。
大地主トビーの遺言 / Squire Toby's Will / 1868
 気前もいいが癇癪もちで暴れん坊の大地主トビー・マーストンには、二人の息子がいた。長男スクループは内にこもりがちで障害があり、トビーに嫌われていた。弟のチャーリーは快活だが、父親と悶着を起こしたこともある。トビーの突然の死に、スクループとマーストンは遺産を巡って対立し…

 古い名家の没落を描く物語。
仇魔 / The Watcher, or The Familiar
 サー・ジェイムズ・バートン氏は長く海軍に務め、南北戦争の際は帝国巡洋艦に司令官として乗り込んで活躍した。ダブリンに帰ってきたバートン氏は礼儀正しく落ち着いて洗練された物腰の人で、上流階級からも快く迎えられた。同じころ、社交界にデビューして話題をさらった美人モンタグ嬢にバートン氏は求婚し、彼女の家を度々訪れるようになったバートン氏だが…

 立派な体躯で勇気もあり、かつ現実的な考え方をする元海軍軍人を主人公に据えた怪談。江戸時代の日本だと、剣術に優れ仕事でも堅実な実績で尊敬されている武士、ぐらいにあたるのかな。そういう人が、次第に追い詰められていく様子が、ファニュの意地の悪さを感じさせる。

 これと、後に続く二編は「ヘッセリウス博士の著作」という形で、連作短編集のシリーズをなしている模様。
判事ハーボットル氏 / Mr. Justice Harbottle / 1872
 高等民事裁判所の老判事ハーボットル氏は、強引に自分の思うまま事を運び、かつ自分には害が及ばぬように立ち回る、こすっからく物騒で狡猾な判事だった。当時、彼が扱っていた事件のひとつが、手形偽造で捕まった乾物屋ルイズ・パインウェック。その件について、ハーボットル氏に談判を申し込んだ男がいた。

 狡猾で身勝手で冷血なハーボットル氏、これだけしぶとい老人なら、怪異なんぞものともするまい、と思っていたら…
吸血鬼カーミラ / Carmilla / 1871~1872
 オーストリアの田舎スチリアの城に、19歳のローラは父と住んでいた。友人もおらず寂しい思いをしていた彼女だったが、城に思わぬ客人が現れる。その美しい娘は、母親と一緒の旅の途中で馬車が壊れ、療養のため彼女だけが城に居候することになったのだ。カーミラと名乗る彼女は、同じ年頃のローラと意気投合し…

 これは傑作。ローラとカーミラの上品で耽美で背徳的な百合描写が、怪異の恐怖とブレンドされて読者の興奮を掻き立てる。カーミラの意味深な台詞も、微妙に愛の深さと怖が交じり合い、とってもイケナイ気持ちになる。私はドラキュラよりこっちの方が好きだなあ。ドラキュラは案外と肉体派なところがあるけど、カーミラの狡猾な手練手管で篭絡していく手口の方が洗練されているし、ローラにも愛情の残滓がくすぶっている様子なのが、読後も後を引く。

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