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2012年6月14日 (木)

ロバート・チャールズ・ウィルスン「連環宇宙」創元SF文庫 茂木健訳

「本物の鳥みたいに見えるから、そういう名前がついたんですね?」
「そのとおり」
 たしかにその花は、樹液を眼のように光らせ、黄色い嘴をもった鳥と見まがう姿をしていた。
「まるで、花のくせに鳥の心をもっているみたいだ。でも実際は、心なんてあるはずないですよね。神さまが入れてないかぎり」
「神さまでなければ、自然淘汰がね」

【どんな本?】

 ヒューゴー賞・星雲賞受賞の「時間封鎖」から始まり「無限記憶」に続く、仮定体三部作の完結編。時間封鎖解除後の温暖化がゆっくり進む地球のテキサスと、アーチで地球と連結された惑星イクウェイトリア(ただし時間は一万年後)の二つの舞台で、仮定体の謎が明らかにされる。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は VORTEX, by Robert Charles Wilson, 2011。日本語版は2012年5月11日初版。文庫本縦一段組みで本文約481頁+大野万紀の解説10頁。8ポイント42字×18行×481頁=363,636字、400字詰め原稿用紙で約910枚。そこらの長編2冊分。

 翻訳物のSFにしては読みやすい方。舞台が二つ、近未来?のテキサスと、1万年後の異星に分かれてて、導入部がテキサスのため、自然と物語に入り込める。
 ただし、相当にブッ飛んだ設定の世界なので、前の「時間封鎖」と「無限記憶」を未読の人は、大野万紀の解説から読んだほうが良い。私は既読だけど、ほとんど忘れていたので、やっぱり解説から読んだ。

【どんな話?】

 テキサス州立医療保護センター勤務の精神科医サンドラ・コールは、その日、19歳の少年オーリン・メイザーの鑑定を始めた。暴漢に襲われ路上に倒れていたところを、警官に保護されたのだ。素直で大人しく、やや引っ込み思案なオーリンを連れてきたのは、ヒューストン市警のジェファースン・ボース巡査。ボースも少し変わっていて、普通の警官は保護した者と関わりたがらないのだが、ボースはオーリンをいたわり、心配していた。

 ボースはサンドラに告げる。オーリンは手書きのノートを後生大事に抱えいた、それを読んで意見を聞かせて欲しい、と。そのノートの内容が、早速サンドラの元に届いた。

 それは1万年後、アーチで地球と繋がった惑星イクウェイトリアの物語。ターク・フィンドリーは、裸で砂漠にいた所を保護され、移動群島都市ヴォックスに保護される。タークの通訳トレイヤの説明によれば、「地球に帰還し仮定体と直接対話すること」を目的として、ヴォックスは四つの惑星を旅し、時として敵対的な集団と戦ってきた、と。ヴォックスの住民は「ネットワーク」に常時接続し、様々なサービスを受けている。
 ヴォックスへの帰還途中、タークとトレイヤを乗せた機体が敵対的な集団に襲われ、ヴォックスのはずれの島に不時着する。折り悪く、トレイヤはネットワークとの接続を絶たれ、連絡が取れない。

【感想は?】

 ロバート・チャールズ・ウィルスンって、こんなにドラマ作りが巧かったっけ?もう少し不器用な人かと思ってた。

 お話は、近未来?のテキサスと、1万年後のヴォックスが交互に描かれる。この両者が切り替わる際の、ヒキがあざといまでに巧い。連続ドラマなどで、放映時間の最後に爆弾発言やアクシデントが飛び出し、「次回へ続く」って手口があるけど、この小説は、まさにその手口を連発してくる。「うわー、どうなるんだ?」と気になった所で、いきなり場面転換。こりゃグイグイと引き込まれてしまう。

 一般に遠未来が舞台のSFはとっつきにくいものだ。大抵は奇天烈な世界背景があるが、読者にはそれが見えない。グレッグ・イーガンあたりになると、開き直って徹底的に異様な記述を並べても、逆に読者からは「これこそイーガンだよね」と歓迎されるんだが、この作品では見事な処理を見せる。

 というのも、冒頭は近未来のテキサス。社会背景はほとんど現代と変わらず、慌しい医療保護センターで幕を開ける。「なんかERの世界っぽいな」と思わせ、そこで意味深な人間ドラマが始まる。登場人物の性格がキッチリしてて、とってもわかりやすい。

 ヒロインのサンドラは精神科医。問題山積の職場に嫌気がさし、次の職場を探している。彼女の元に運び込まれる少年オーリンは、「ワイルドな南部で生きていけるのかしらん」と心配になるくらい、大人しくて繊細な少年。そして、彼を運び込む警官ボースは、逞しい身体と優しい心、そして豊かな知性と誠実な精神を感じさせる浅黒いイケメン(たぶん)。

 この三人に対立する悪役が、実に巧い。最初に出てくるのが、雑務員のジャック・ゲッデス。バーで用心棒のバイトをしているという噂で、弱いもの苛めが大好きな乱暴者。そのくせ権力者にはヘイコラする狡猾さも持ち合わせている。看護師のミセス・ワトモアは、スキャンダル大好き。サンドラの周囲をかぎまわっては、スピーカーよろしく噂を振りまく。そして、サンドラの上司アーサー・コングリーヴ。権力を嵩にきて、部下を屈服させるのがアーサーの管理スタイル。アーサー曰く…

「いったんくだした決定について説明する義務など、わたしにはこれっぽちもないぞ。少なくとも君に対してはね。もちろん、理事会が君をわたしと同じ部長職に就けたというなら、話は別だ」

 いい性格してます。「社内政治に長けた鼻持ちならない管理職」を見事に表現してる。テキサスの物語は、オーリンを巡りサンドラ&ボースと、アーサー一党が対立する形で、アメリカのドラマ・シリーズ風に進む。下世話といえば下世話だが、ついつい引き込まれてしまう。

 もう一つの舞台は、1万年後の未来。こっちはテキサスと打って変わり、モロにSFアクション。群島都市ヴォックスからして、意表をついてくる。なんたって、群島が海を航海してるんだから。ひょっこりひょうたん島なんてもんじゃない。アーチ経由とはいえ、地球を目指して惑星間を渡り歩くってんだからスケールがデカい。

 こっちで面白いガジェットは、「ネットワーク」。中盤で正体が明らかになるが、序盤から「のーみそを直接接続してるんだろうなあ」とアタリはつく。「ほー、そりゃ便利だねえ、パケット代タダじゃん」とか、そんな気楽なシロモノではないのだ、困ったことに。

 SFとしての読み所は、やはり終盤。なんたって長い三部作の完結編。仮定体の正体と目的、そして人類の未来は。いやはや、テキサスのチマチマした人間関係から、こっちに行きますか。テレビドラマの「次はどうなるんだ?」感と、本格SFの「なななんだってー!」が同時に味わえる、お得な作品だった。「アルジャーノンに花束を」を思わせる、しっとりしたエンディングもいい。

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