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2012年6月 1日 (金)

ウィリアム・コッツウィンクル「ドクター・ラット」河出書房新社 内田昌之訳

 そのあとは、骨を瓶につめるだけ、骨を瓶につめるだけ。

【どんな本?】

 1976年に発表され世界幻想文学大賞に輝きながらも、長らく日本に紹介されずにいた問題作。「2012版SFが読みたい!」のベストSF2011海外編でも18位に食い込み、「アクが強く読者を選び」と評される話題作が、河出書房新社のシリーズ、ストレンジ・フィクションの一冊として登場。カラフルで「悪趣味」な表紙が、内容の異様さを感じさせる。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は William KOTZWINKLE : DOCTOR RAT, 1976。日本語訳は2011年3月30日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約267頁+訳者あとがき5頁+高橋源一郎の解説「真に恐るべき作品」5頁。9ポイント44字×20行×267頁=234.960字、400字詰め原稿用紙で約588枚。標準的な長編の分量。

 「問題作」だの「伝説」だのと言われる海外作品は、クセが強くよみにくい印象がある。が、この作品は心配ご無用。文体は平易、どころかむしろリズミカルでスラスラ読める…文体は。問題は、中身。確かに読者を選ぶ作品だ。

【どんな話?】

 わたしはドクター・ラット、肝臓と睾丸を取り除かれ狂った実験用のラットであり、動物実験と科学の進歩に大いなる畏敬を抱くものだ。同じ実験室内の仲間のラットたちにも、わが信条に基づき、常々助言を与えている、「死こそ解放なり」と。だが、一部の犬たちが人間に反乱を起こそうと革命を煽り、実験動物たちも扇動に乗りつつある。これではいけない。わたしだけでも、科学の進歩を守らなければ。

 同じ頃、人間に飼われている犬・食肉用の雄牛・動物園の鷲・野生の象など、全ての動物が、彼らへの呼びかけに気づいた。その正体はわからない。だが、彼らの本性に訴えるそのメッセージは、動物たちを大きな集団へとまとめあげ…

【感想は?】

 とことんイカれてる。主人公が実験用の狂った去勢ネズミって点で、既に相当に怪しいと思っていたが、中身は思った以上にマッドだ。残酷な描写に耐性のない人は読まない方がいい。暫く肉や卵が食べられなくなる。

 主人公がどう狂っているかというと。実験用ラットのくせに、自分を科学者だと思い込んでいて、とことん科学者の立場を擁護し、同じ実験用動物たちを諭そうとする。

 タマを取り去られようが、雌のラットの卵子を目に移植されようが、脳みそをチューブで吸いだされようが、それは全て偉大なる科学の進歩と研究助成金獲得のためなのだ。誇りに思いたまえ。

 ってんで、いかにも賢しげな理屈をこね、自分が著した論文まで引っ張り出すあたり芸が細かい。「『ホイールの上のラット』――心理学ジャーナル、1963年――を参照のこと」とか。ところが、この諭す相手というのが、これまた悲惨な境遇の動物たち。胎児を観察できるよう腹に穴を開けてプラスチックの窓をつけられた雌ラットとか、マグネシウムを過剰に含む食事を与えられ痙攣を起こしている雄ラットとか、熱中症の実験のため灼熱の環境で延々と歩かされる犬とか。

 そんな実験動物たちに向かい、ドクター・ラットは叫ぶ。「死こそが唯一の解放なのだ!」と。過酷な実験によって狂気に陥ればドクターの修了証書が手に入るのだ、と。やがては美しいホルマリン漬けになって、瓶に収納されるのだ、と。

 本書は、二つのパートが交互に出てくる。ひとつのパートは、ドクター・ラットの一人称で語られる、実験室の様子。もう一つは、ペットの犬や家畜・野生動物たちが何かのメッセージを受け取り、正体不明の何かに導かれ大きな集団として集っていく様子。

 最初に出てくるペットの犬は、まだいい。読んでて「野生の本能に目覚めたか」ぐらいの軽い感じで読める。が、家畜が出てくると、どよ~んとした気分になる。恐らくは産卵調整のため「永遠の昼」に暮らす「世界最高の卵製造機」である雌のニワトリ。やがて来る「良いとき」を待ち、卵を生み続ける。そしてやってくる、解放の時…

 牧場で暮らす雄牛は、狭い車の中に押し込められる。やがて車は止まり、一頭ぞつ、長い通路を通ってゆく。向こうからは、「生々しい不快な匂い」が漂ってくる。やがて自分の番が来て、進んでいくと、天井からぶら下がっているのは…

 実験の様子や飼育環境などが、読者の感情を揺さぶるべく大きくデフォルメされているのは事実だが、それでもやっぱりキツい。こういうのが苦手な人は、この作品を避けたほうが吉。

 などと感覚的にキツい描写もあるんだが、中盤以降はユーモラスな場面が増える。読んでるこっちも緊張をほぐしたいのか、発作的に笑ってしまうから人間ってのは奇妙なもの。

「軍隊も薬漬けにしなければならないな」
「問題ない、やつらはもともと半分薬漬けだ」

 叡智を備え賢明な存在のはずのドクター・ラットでさえ、ホイール(回し車)の誘惑には弱い。この辺は、ハムスターを飼った経験のある人なら、思わず笑ってしまう場面だろう。ほんと、彼らって、体こそ小さいものの、手足の動きのスピードは凄まじく速いんだよね。ベース・クロックが一桁高いというか。

 動物たちの感覚も、いかにもその種らしいセンスなのが楽しい。例えばナマケモノ。伝説となった存在“なみはずれたナマケモノ”として尊敬されている彼は…

 実験室の模様も、マッドなユーモアが漂ってくる。特に笑っちゃうのが「快楽ドーム」の様子。時代的に1976年といえば「セックス・ドラッグ・ロックンロール」の波が去ったあと。「偉大なる快楽中央ラット」の大仰で神がかりな台詞は、時代背景を考えると、かなり皮肉が効いてる…と思ったけど、今でもギャングスタ・ラップとかの世界じゃ似たようなセンスがはびこってるのかも。

 前半だけで解釈すると、いわゆる「動物愛護」の立場で書かれた作品に思えるんだけど、中盤以降のイカれた描写を読むと、どうもそれほど単純な話ではない、と思えてくる。「じゃ何なのよ」と言われても答えられないけど。60年代のヒッピー文化の残滓が、一つのヒントだと思うんだが。

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