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2012年6月の19件の記事

2012年6月30日 (土)

榊涼介「ガンパレード・マーチ 九州奪還2」電撃文庫

「じゃっどん。ウナギさえ手に入れば作れんこともなか。待てよ……幻獣領だったら水も澄んているからけっこうな食材が手に入るかもしれんたい」

【どんな本?】

 2000年9月発売の SONY Playstation 用ゲーム「高機動幻想ガンパレード・マーチ」を、榊涼介が小説化するシリーズ。ゲームに沿った内容は「5121小隊の日常Ⅱ」で完了したが、ファンの期待に応え以降は榊氏独自の展開でシリーズは続行。山口防衛戦編全四巻→九州奪還編と続き、この巻でシリーズは第16冊目となる。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2008年5月10日初版発行。今までの25日発行が10日になったのは、版元の事情か?文庫本縦一段組みで本文約302頁に加え、なんと巻末には編成表10頁がついている。本格的に架空戦記になってきた。8ポイント42字×17行×302頁=215,628字、400字詰め原稿用紙で約540枚。長編小説としては標準的な分量。

 文章は読みやすい。ただ、独特の世界観で成立しているゲームを基にしている上に、登場人物も多く、この巻から読み始めるのは無茶だろう。できればシリーズはじめの「5121小隊の日常」か「episode ONE」から読み始めよう。「長いシリーズを通して読むのは面倒」という人もいるだろうが、せめて「九州奪還1」からにしよう。

【どんな話?】

 岩国防衛戦の危うさを知らぬ東京の政府および軍上層部の思惑により始まった、九州上陸作戦。善行の懸念をよそに、福岡はあっさりと一日で陥落した。今まで防衛・撤退戦ばかりだっただけに、慣れぬ攻勢の成功に上層部は浮き立ち、更に強気の作戦、すなわち佐賀を経由して熊本進撃を決定する。

 今までの遊撃的な立場から、自衛軍に組み込まれての戦いに戸惑う5121小隊と、それを率いる芝村舞だったが、幾つかの戦闘を通して指揮官としての能力を認められ、司令として部隊を掌握していく。意外な幻獣の弱さに困惑を覚え、また強気の作戦への懸念を善行と共有しつつ、独自の判断で威力偵察を続けるが…

【感想は?】

 本格的に戦記物になりつつあるこのシリーズ、この巻ではついに編成表まで付属する凝りっぷり。どこまで行く気なんだろ。

 前巻に続き、軍内の政治が背景の重要な要素となるこの巻、やはり派遣軍司令部の会議シーンが濃い、いろんな意味で。オッサンばっかだから加齢臭とニコチン臭いってのもあるけど、同時に、今まであまり語られなかったガンパレ世界の日本史が垣間見える。

 帝国陸軍の例に倣ってか、この世界でも陸軍は出身地ごとに部隊が編成されている様子。また、お国ごとの軍人の社会的地位の違いにも注目。「桐野」って名前から、そうかなと思ってたら、やっぱり薩摩出身だった。こっちの世界だと、会津と長州の遺恨はないのかな?矢吹中佐は、5121との連携の勝利がクセになっている模様。それとも、壬生屋ファンクラブ活動を続けたいとか?

 ロボットマニのくせに、光輝号には疎い滝川。同僚の速水と舞が栄光号を乗りこなしている事に、特に妬みはない模様で、一途に軽装甲に拘るのも滝川らしい。カタログ・スペックに優れる新機種より慣れて癖と限界を掴み信頼性の高い機体の方が安心できる、ってわけでもなく、単に今の機体が好きなんだろうなあ。狩谷に頼めば、士魂号が携行できるグレネード・ランチャーを作って貰えるんじゃね?そういえば、92mm用の煙幕弾はどうなってるんだろ。

 と、能天気な滝川に対し、森さんはかなり参ってる様子。ストレートに感情を出す新井木と違い、彼女は溜め込んじゃうから難しい。九州奪還編では、彼女斉藤を通して「普通の真面目な女の子が戦場に放り込まれるとどうなるか」が描かれます、たぶん。

 「真面目で素直」な森に対し、「真面目で意地っ張り」な斎藤さん。合田少尉・橋爪軍曹の下でなんとか生き残ってます。合田強欲小隊と言われる所以が披露されるシーンは、ちょっとした見もの。こりゃ除隊しても裏社会で生きていけそう。彼の相方を務める橋爪が、今までの撤退戦歴を語る場面は、ひたすら涙。

 榊オリジナルでは、やっぱり石丸さんに注目。リーダーに相応しく、佐藤をダシに巧く隊の雰囲気を盛り上げている。スタイルも気性もいいし、出会いさえあれば絶対にモテると思うんだがなあ。つか、会津あたりに行けば、「是非息子の嫁に」とオッサンオバハンから迫られるタイプ。彼女の配慮を察する佐藤も、さすがキャプテンと言うべきか。ここでもクールな菊地さん、やっぱり参考書を抱えてる。このマイペースっぷり、オートバイ小隊を志願するあけのことはあるなあ。

 不穏な空気を孕みつつ進む前半から、後半は雰囲気が一転。ここでも、石丸さんが常識外れな活躍を見せる。いややりませんって、普通。モグラ佐藤との戦術の違いも、隊の性格を現していて面白い。というか、敢えてチームに組み込まず、独自行動を許す石丸さんの度量の広さも相当なもの。

 その石丸さんを徹底的にイジりまくるのが、原さん。既に来須も攻略済みだし、無敵だなあ。そしてむざむざ彼女の縄張りに突っ込む山川も無謀というか。父ちゃんは「線が細い」などと気にしてたけど、この調子ならかなり鍛えられそう。ただ、悪い仲間に引きずり込まれかねないのが問題。まあ、それはそれで人脈形成に役立つからいい…のか?

 山口防衛戦編から、うみかぜゾンビなど少しづつ「ガンパレード・オーケストラ」の設定も取り入れつつあるこのシリーズ、九州奪還編では新しい幻獣が出てくるほか、この巻では緑のお方が登場。

 今までは軍というより害獣に近い行動パターンだった幻獣、その内情がかすかに見えてきた九州奪還編。気まぐれなカーミラの思惑と動向に疑惑を深めつつ、次巻へと続く。

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2012年6月29日 (金)

SFマガジン2012年8月号

毎日飲んでいると
体調もよくなり
怪人の呼び出しも苦になりません  ※個人の感想です  ――横山えいじ「おまかせ!レスキュ~」

 280頁の標準サイズ。今月号は日本SF作家特集。宮内悠介「ロワーサイドの幽霊たち」,仁木稔「はじまりと終わりの世界樹」,籘真千歳「蝶と夕桜とラウダーテのセミラミス(前編)」,樺山三英×岡和田晃の対談,うえむらちかのインタビュウ,ハヤカワSFシリーズJコレクション10周年記念トークショー(大森望/倉数茂/法条遥/花田智/塩澤快浩)。Jコレクションを意識してか、新鋭の作家が多い。

 宮内悠介「ロワーサイドの幽霊たち」は、2月号の「ヨハネスブルグの天使たち」と同じDX9のシリーズ。舞台はニューヨーク、9.11をテーマに据える。ビンツは、10歳のときウクライナから両親に連れられアメリカに移住した。ブルックリンに育ち、今はツインタワーの北棟で働いている。その日、ビンツは父親と待ち合わせたが…
 随所に実在・架空の参考文献からの引用を挟む「報告書」っぽい体裁。参考文献が面白そうな本が多くて困る。特に朝日新聞アタ取材班「テロリストの軌跡――モハメド・アタを追う」草思社。

 仁木稔「はじまりと終わりの世界樹」も、6月号の「ミーチャ・ベリャーエフの子狐たち」と同じシリーズ。多民族の血が混じった母と、ドイツ人の父の間にブラジルで生まれた男女の双子の子供。男の子はいかにもな混血だったが、女の子は金髪碧眼だった。合衆国に住んでいたころ、人種差別を経験した母は、娘がナチの残党による人体実験の結果と思い込み…
 主人公は双子の男の子の方。あっちに巻き込まれ、こっちに巻き込まれ、その度に断片的に自分と姉の出生の秘密を知るという形なのだが、これが二転三転。現代アメリカの宗教保守をデフォルメしたような米国を描きつつ、それ以外の社会の幻想も叩き壊す容赦のなさは、船戸与一に通じるものがある。

 籘真千歳「蝶と夕桜とラウダーテのセミラミス(前編)」は、人工妖精シリーズで、看護学校時代の揚羽を描く。その事件の被害者は二人の人工妖精だった。一人は絞殺、もう一人は失血死。人倫の見立てでは、被害者Aが被害者Bを絞め殺し、その後、第三の人工妖精が被害者Aを切り殺したという。しかも、以前の事件との関連性も…
 殺伐とした導入部から一転、看護学校に舞台が移る後半のドタバタ風味がやたらと楽しい。たぶんマリみてをパロってるんだと思うが、こっちの「事件」の意外さ・転がる方向のアサッテぶりが笑える笑える。今まで「水」と「火」はよく出てきたけど、「風」って、楽しそうだねえ。朱に染まれば赤くなるのが水、むしろ紅に染めるのが火とすれば、染める間もなくどっかに行っちゃうのが風で、無限の染料が必要なのが土?

 「SFセミナー2012レポート」は、「ニンジャスレイヤー」に驚き。なんと、Twitter 上で連載とか。ケータイ小説の上を行ってる。

 若島正「乱視読者の小説千一夜」では、トマス・M・ディッシュの「SFとは児童文学なのだ」に苦笑いしつつ納得。そういえばディッシュは334しか読んでないや。内容はすっかり忘れてる。

 池澤春菜「SFのSは、ステキのS」、今回は新譜のお話。この人も17歳教だったか。なんとボーカロイド「ささやきさん」をバックにしたアカペラ。「ボカロは楽器」と定義しつつ、変なシンセサイザーに話を転がしていく。ちとサンプル聞いたけど、ロバート・フリップとかブライアン・イーノとかペンギン・カフェ・オーケストラを連想する私は旧いんだろうなあ。

 椎名誠「ニュートラル・コーナー」、「幽霊はなんで着物を着ているのか」って疑問に賛同。そうだ、特に若い女の幽霊は裸で出てくるべきだ!おっさんはどうでもいいけど。

 映画「トータル・リコール」の公開にあわせ、ディック原作映像全作品レビューとして10作品を紹介。しかしディックって、よく映像化されるよねえ。なんでだろ。小説じゃ「スキャナー・ダークリー」が一番好き。彼の作品の中では、最も自伝的要素が濃く、特異な位置にあるせいか、胸が痛くなる作品だったなあ。

 リーダーズ・ストーリーの齋藤想「液体式発信機」、こういうの大好きだ。変な発明をするセクハラ教授と、クールな美人助手。教授が発明したのは…。発明品自体は、結構マトモだったりする。このまんま、漫画化できそう。

 堺三保「アメリカン・ゴシップ」は、クールジャパンのお話。「コンテンツの輸出ばかりに注目してるけど、肝心なのはハリウッド映画のロケの誘致じゃね?」というもっともなお話。ロスじゃターミネーターが暴れ、サンフランシスコはダーティーハリーが守り、ニューヨークはキングコングがビルに登ってるもんなあ。ハリウッドに向きそうなのは…個人的には榊涼介のガンパレなんだが、池上永一の「レキオス」はお金かければ面白くなるんだけどなあ。または菅浩江の「そばかすのフィギュア」は…あれ、舞台、どこでもいいんだよね。じゃ、シュタゲで。

 スターシップ・トゥルーパーズ・インベイジョンの荒牧伸志インタビュウは、パワードスーツに注目。思ったよりスマートだな、と思ったら、「宇宙船内で戦う作品なので、あまりごつすぎると動きがとれなくなってしまう」に納得。

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2012年6月27日 (水)

榊涼介「ガンパレード・マーチ 九州奪還1」電撃文庫

 「じゃっどん、どうして男子ばっかりなんかの。候補生は。俺は胸に一抹の寂寥感ちゅうやつを抱えとるばい」

【どんな本?】

   元は SONY Playstation 用ゲーム「高機動幻想ガンパレード・マーチ」を、榊涼介が小説化したシリーズ。ゲームに沿った内容は「5121小隊の日常Ⅱ」で完了し、これでノベライズも終わるかと思ったら、そこは需要供給資本主義。ゲーム本体の人気も根強いが、榊氏のノベライズ・シリーズも安定した人気を維持し、ファンの期待に応えてか、ゲームのエンディングの「その後」を、榊氏が独自に書き下ろす形で「山口防衛戦」へと続き、これでシリーズ第15冊目。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2008年3月25日初版発行。文庫本縦一段組みで本文約290頁+あとがき2頁+きむらじゅんこ氏のおまけ頁2頁。8ポイント42字×17行×290頁=207,060字、400字詰め原稿用紙で約518枚。長編小説なら普通の分量。

 文章は読みやすいが、なにせ長いシリーズ。世界設定は独特だし、登場人物も多い。榊氏オリジナルの登場人物も大量に登場するので、ゲーム経験者であっても、できれば「5121小隊の日常」か「episode ONE」から入るのが理想。

 とまれ、さすがに15冊目ともなれば読み通す手間も半端じゃない。この巻では、九州奪還編の開幕として、冒頭に「前史」として「いままでのあらすじ」8頁がついているので、この巻から入るのも一興かも。いっそファンブックから入るという荒業もあるが、ファンブックは九州奪還編も含んでいるので要注意。

【どんな話?】

 激戦の末、首の皮一枚で本州から幻獣を追い落とした自衛軍。前線の将兵は薄氷の勝利と認識していたが、東京の軍や政府の上層部は異なった見解を持っていた。この勢いに乗り、九州上陸を敢行せよ、との意見が主流を占める。

 九州撤退戦・山口防衛戦で華々しい活躍を見せた5121小隊は、今までの学兵扱いから海兵旅団に組み込まれ、他の生還した学兵たちも、その経験を買われてか、様々な優遇措置と引き換えに再度の従軍を強いられる。

 海峡から九州をのぞむ5121小隊の面々。だが、その胸中は様々だった。また、今まで厳しい撤退戦・防衛戦ばかりを強いられた自衛軍も、初の攻勢に際し戸惑いを隠せず、作戦方針の調整に手間取っていた。

【感想は?】

 単なるゲームのノベライズから架空戦記に変わってきたこのシリーズ、九州撤退戦からいよいよ本格的に架空戦記となり、九州奪還では政治要素も加わり、むしろ架空歴史物の様を呈してくる。この巻では自衛軍内の上官・友軍との軋轢や派閥争いが中心だが、巻を追うに従い話が大きくなるのでお楽しみに。

 派閥争いで判りやすいのが、陸軍 vs 海軍。善行は海軍に属してるんで、必然的に5121小隊は海軍となる。海軍ったって、実際には陸戦ばっかりなんだけど。もうひとつの軸が派閥で、陸軍内では会津閥が大きな勢力を誇っている模様。対する新興勢力が「芝村」。善行は芝村なんで…って、言うまでもないか。

 この辺をしみじみ感じるのが、九州派遣軍の司令部の会議のシーン。今まで出てくる軍人さんも、偉くてせいぜい大佐ぐらいだったのが、ここでは将官がポンポンでてくる。オヤジ臭いとか言わないように。今後、オッサンの登場場面がドンドン増えてきます。

 冒頭でノンビリした雰囲気で始まる。滝川も良い師匠に恵まれ、相応の成長を見せているのが嬉しいような寂しいような。パイロットは今までの活躍が注目され、取材や原稿依頼が殺到しているとか。

 壬生屋・滝川・舞・速水の中で、最も読みやすい文章を書くの誰だろ?専門家には舞が評判いいだろうけど、たぶん中身はほとんど論文。速水はあたりさわりのない事ばかりを書いて、舞に指導されるんだろうなあ。素人には壬生屋の文章がウケそう。滝川は…森か茜に手伝ってもらう?

 前巻では身長が伸びたと衝撃の情報が公開されたののみ。成長が嬉しいのか、一生懸命大人ぶってるところが可愛い。まあ、戦場ではそこらの大人より遥かに活躍してるんだけどね。見習えよ、新井木。

 前巻では半年の校舎・トイレ掃除を命じられた茜、彼の理解ある同室者がついに登場。ルックスは抜群、家柄も文句なし、性格は温厚ながら冷静で責任感があり、かつ全体を見渡し空気を読みながら、それに流されぬ芯の強さを持ち、「率いる者」の視点で最善をめざす、典型的な人気者の優等生。ただ、若いだけあって、やや線が細い感があるのも、彼の場合は嫌味になってないのが悔しい←をい。つか赤いクセ毛で温厚なイケメン&シスコンで生意気な金髪の小僧って、わかってやってるんだろうなあ。金髪が引っ張って赤毛がブレーキってのも。

 ってんで、茜に煽られ館山の海軍士官学校は大騒ぎ。苦労するね、山川君。でも早速モテてるんだから同情はしない。

 そんなオッサン・若者とりまぜた新顔の他に、馴染みの榊オリジナルの面々も続々登場。「小隊の日常Ⅱ」で鮮やかな戦いを見せた堅田女子戦車部隊の再登場が嬉しい。いいなあ、石丸さん。もっと出番を増やして欲しいなあ。できれば先頭ではなく、ほんわかしたコメディで。

 意外だったのが、イラ子こと斉藤さん。いやどう考えても前線の兵向きじゃないでしょ。まあ頭はいいし肝は据わってるみたいだから、士官ってセンもあるけど、統率力にちと問題が。整備や補給の後方士官なら、相応の能力を見せる気がするけど。つか橋爪もげろ。

 かと思えば、水際で救われる人もいる。でも芝村勝吏と並ぶと、トカゲに襲われるカナリアの図になるんだが。

 さて、5121小隊、今までは遊撃的な立場だったのが、この巻からは正規の軍組織に組み込まれ、統率する舞は組織内の政治にも頭をなやませる。野生の観で本性を見抜く田代が鋭い。ところでクマモトスズメバチって、実在するんだろうか?

 穏やかな出だしのこの巻だが、終盤は急転直下。不穏な空気を孕みつつ、次巻へと続く。

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2012年6月26日 (火)

コリン・ビーヴァン「指紋を発見した男 ヘンリー・フォールズと犯罪科学捜査の夜明け」主婦の友社 茂木健訳

 フォールズはまず、十本の指すべてにインクを塗り、特製の用紙上に決められた順番で押捺してゆく方法をタンブリッジの前で実演した。それから、犯罪者指紋ファイルの検索を容易にする分類システムについて、詳しく説明した。隆線が描くパターンの特徴に従って各指紋を類別してゆくというそのシステムは、日本人が漢字の字書を編纂する方法からヒントを得たものだった。

【どんな本?】

 現在の犯罪捜査には欠かせない証拠物件である、指紋。その指紋がスコットランド・ヤードに採用される陰には、1874年に宣教師として来日し、熱心に医療活動に励んだスコットランド人ヘンリー・フォールズの優れた研究があったが、彼の功績は長いあいだ評価されずにいた。

 指紋とは何か、どんな種類があるのか、どんな性質を持っているのか。警察は指紋をどんな目的でどう使ったのか。欧州における刑法や司法の変転を背景に、指紋が必要とされた状況を語ると共に、探偵小説さながらの犯罪捜査のエピソードを取り混ぜつつ、ヘンリー・フォールズの功績が無視されてきた歴史のドラマを語る。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は FINGERPRINTS: The origins of crime detection and the murder case that launched forensic science, by Colin Beavan, 2001。日本語版は2005年5月20日第1刷発行。ハードカバー縦一段組みで本文約262頁。9.5ポイント42字×17行×262頁=187,068字、400字詰め原稿用紙で約468枚。標準的な長編小説の長さ。

 翻訳物のノンフィクションにしては、拍子抜けするほど読みやすい。量も手ごろだし、構成も興味深いエピソード満載で、真面目な内容のわりに一気に読める。

【構成は?】

 謝辞/指紋関連年表
1 デトフォードの惨劇
2 悪党を捕まえる悪党
3 傍若無人のネズミども
4 カクテル・グラスの汚れ
5 犯罪者の骨
6 生物学的な優秀さを示す標章
7 個人識別法をめぐるイギリスの模索
8 殺人現場の青い手帖
9 塀の中の無実の男
10 ストラットン裁判
11 評決
 エピローグ
  章別出典一覧/参考文献一覧

【感想は?】

 本書の主要テーマは、埋もれていたヘンリー・フォールズの功績を再評価する事だ。つまりは強くメッセージを訴える、ある意味政治的とも言える本なのだが、読後感は上質の歴史・技術史ドラマに近い。娯楽としての楽しさと歴史ノンフィクションの迫力を両立させた上で、政治的メッセージを控えめに伝える、奇跡に近い出来栄えになっている。

 主要テーマを構成するサブ・テーマは5つ。1)指紋が必要となる背景としての、刑法と裁判の歴史,2)警察による、犯罪捜査と個人認証の歴史、3)指紋が発見されるまでの経緯,4)指紋の特徴と性質,5)スコットランド・ヤードが指紋を証拠として採用するまでの経緯。この五つの骨組みを、豊富なエピソードで肉付けしている。

 まずは背景として、欧州の刑法と裁判の歴史。最初は神明裁判や決闘裁判、次に目撃者の証言に基づく陪審員裁判。「偽証は永遠の断罪につながる」と脅したが、これを恐れなかったのが宗教的狂信者。イエズス会による国王暗殺の陰謀をでっち上げた、タイタス・オーツの例を挙げている。宗教と政治に深入りした人間って、どんな卑劣な嘘も平気でつくんだよなあ。

 今は犯罪の重さと刑罰の重さは比例させるのが当然って感覚だけど、昔はきまぐれだった。これを問題視したのミラノの政治家チュザーレ・ベッカリーアは1764年に「犯罪と刑罰」を出版して「標準化した刑罰体系を希求した」。それまでなかったんかい。つかスリで死刑ってのも、なあ。これに死刑廃絶運動が連動し、1832年から活発に刑務所が建てられる。これに続き、初犯と常犯者は刑罰の重さを変えようよ、って声が出てくる。

 そこで2)警察による、犯罪捜査と個人認証の歴史が続く。

 世界初の犯罪捜査専門組織は、1812年にパリで開設されたブリガド・デ・ラ・シュルテ(保安隊)。江戸の町奉行は?と思って Wikipedia をみると、行政・司法も兼ねてるね。創設者フランソワ・ウジェーヌ・ヴィドック、「悪党でなければ悪党は捕まえられない」とし、「そこで職に就けるのは犯罪歴を持つ人間に限られていた」。理に適っているような、ないような。ブーツの足跡を石膏で取り容疑者のブーツと照合したり、弾丸のサイズを銃と比較したり。犯罪者の記録を文書で残し始めたのも彼。各国の警察が彼に学ぶ。

 が、常犯者は偽名を使う。犯罪者の名前でファイルした警察の犯罪記録はアテにならない。他の個人認証の方法が必要となる。今の日本は戸籍が整備されて るから楽だけど、当事の欧州にそんなもんなかった。個人を特定でき、生涯にわたって変化せず、かつ簡単に測定・記録・検索できるモノが必要になる。

 つまり、指紋が必要な理由は、証拠物件としてではなく、犯罪履歴の有無を調べるためだったわけ。「今、目の前にいる犯人の指紋は、○という特徴がある。同じ特徴の指紋が、警察の犯罪記録の中にあるか?あれば、それはどんな内容か?」

 ってんで、3)指紋が発見されるまでの経緯。やっと主人公ヘンリー・フォールズが登場する。働きながら夜間学校で医学を学ぶが、科学と信仰の板ばさみで悩む。1873年にプロテスタント初の日本伝道団のひとつとして来日、築地の診療所などで十年間、医者・医学生を指導し、狂犬病を予防し、運河に監視所を作って溺死事故を防ぎ、コレラの蔓延を防ぎ…と対活躍。ただ日本の上流階級と交流が少ないので、イマイチ評価されなかったが。今は東京都中央区明石町に「指紋研究発祥の地」の碑があるそうな。おまけに伝道団も、布教に不熱心だとケチをつける。

 ちょうど同じころ、アメリカ人動物学者エドワード・S・モースがダーウィン進化論についての講義を開始し、多くの日本人聴衆を集めていた。かれらは、西洋の宗教ではなく、西洋の科学に大きな関心を示したのである。

 この後、フォールズはモースと神の意義で公開討論会を開き激論を交わすが、プライベートでは友人となり大森貝塚の発掘に参加、土器に残った指紋に触発され…って、キリがない。「10本の指全部から取った指紋のセットは個人特有だし、生涯不変で怪我などしても変わらない、だから科学捜査に使える」って論文をネイチャーに寄稿、1880年10月28日号に掲載される。同年11月25日号にウィリアム・ハーシェルが「インドで指紋を公的な書類の署名として使った」という論文が載る。

 4)指紋の特徴と性質は省略。5)スコットランド・ヤードが指紋を証拠として採用するまでの経緯、なんだが、これが切ない。病気や生活の苦労に追われながら警察に指紋を売り込むフォールズだが、コネのないフォールズの売り込みは空回りする。

 ここに乱入するのがフランシス・ゴールトン。裕福な家庭に育ち聡明な彼は育ちより生まれを重視し、「他者の成功は、ゴールトンの嫉妬心を猛烈にかき立てた。その成功が、育ちの良さではなく勤勉な努力によってもたらされたものであれば、なおさら妬ましかった」。完全に悪役を割り振られてる。ってんで、フォールズの成果の一部をパクりハーシェルと組んで指紋研究を進め、売り込みに成功する。とまれゴールトンとハーシェルの功績は、フォールズも高く評価してるんで、科学者としては優秀だった模様。

 他にも犯罪捜査や裁判の楽しいエピソードも沢山入ってて、面白い所を挙げていったらキリがない。ひとつのシステムが組織に採用されるまでの物語としても参考になるし、昔の司法制度も意外性に富む。あまり期待を持たずに読んだ本だったが、意外な掘り出し物だった。

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2012年6月25日 (月)

榊涼介「ガンパレード・マーチ 山口防衛戦4」電撃文庫

 「質問。その美少女、どんな靴下履いとった?」

【どんな本?】

  元は SONY Playstation 用ゲーム「高機動幻想ガンパレード・マーチ」を榊涼介が小説化したシリーズ、第14冊目。ゲームに沿った内容は「5121小隊の日常Ⅱ」で完了し、「山口防衛戦」以降は、ゲームのエンディングの「その後」を、榊氏が独自に書き下ろす内容となっている。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2007年10月25日初版発行。文庫本縦一段組みで本文約357頁に加え榊氏のあとがき(兵どもが夢のあと)2頁+挿絵担当のきむらじゅんこ氏のあんぱん(顔)娘1頁。8ポイント42字×17行×357頁=254,898字、400字詰め原稿用紙で約638枚。いつもより原稿用紙で100枚ほど多め。

 文章は読みやすい。が、長いシリーズの一巻なので、登場人物の説明は省略されている。世界観も独特なので、初見の人は「5121小隊の日常」か「episode ONE」から入るのが吉。冒頭で山口防衛戦の概要をまとめてあるため、ガンパレの世界観を知っている人なら、この巻から読み始めてもいい…かな?榊氏オリジナルの人物の登場場面が多いんで、かなりキツいけど。

【どんな話?】

 5121小隊の人型戦車・矢吹少佐の戦車部隊・植村中尉の歩兵部隊との連携も、経験を積むに従い洗練の度を増し、連戦連勝の善行戦闘団。だが、幻獣の目的に気づいた彼らは岩国に転進する。岩田参謀の発想に基づく岩国防衛線は優れた戦果を挙げつつも、幻獣の圧力も増していた。

 防衛線に到着した善行戦闘団は遊撃部隊として神出鬼没の活躍を見せ、幻獣を圧倒させつつあった。しかし、幻獣共生派を率いるカーミラの暗躍により地下要塞は崩壊し、戦線に大きな穴が開く。また舞と速水の栄光号は、友軍であるはずの10体の光輝号の攻撃を受け倒れる。

 からくも脱出した舞と速水は、うみかぜゾンビやスキュラの空中幻獣を狩るミサイル・ネズミの二人に助けられる。唖然とする戦闘団は矢吹中佐の毅然とした指揮により持ち直し、また思わぬ乱入者「赤い嵐」の支援もあり、からくも場を切り抜ける。

 その頃、彼の身を案じる周囲の心配をよそに、しつこく若様はゴネていた。

【感想は?】

 ゲームの縛りが緩くなったためか、もはや完全にゲームのノベライズと言うより仮想戦記となった山口防衛戦、この巻では冒頭からオッサンが少ない登場場面で美味しい役をかっさらっていく。突然の舞の不在に慌てず部隊を掌握する矢吹少佐、立場を弁えず現場に乱入する荒波。お前はシャアか。赤だし速いしロリコンだし。

 立場を弁えないのは若様も同じ。散々暴走しては前線に突撃かました若様、やっと観念した模様だが、相変わらず考えてる事は戦争のことばかり。頭の切り替えが早く、目的に向かえば迅速に動く優れたビジネスマンの片鱗を見せる。彼が考えてる方向って、つまり民間軍事企業(PMFまたはPMC)だよねえ。PMFの仕事って、直接の戦闘ばかりでなく、物資調達・補給・兵舎建設・整備と多方面に渡ってて、その詳細は P.W.シンガーの戦争請負会社に詳しい。意思とコネと能力と需要、そして九州撤退戦で築いた実績があるんだから、当面の前途は明るそう。

 カーミラの情報は5121小隊の整備班にも届く。が、そこは魔窟。思ってもみなかった、というか一部の読者の期待を裏切らない展開が嬉しい。やっぱり奴らはこうでなくちゃ。果たして彼らは本懐を遂げられるだろうか。

 そのカーミラ、この巻では意外なユーラシアの様子を語っている。この設定は、今後に生きてくるんだろうか。なんとか生かして欲しいんだけど、何年後になることやら。なお、マリア・カラスが歌うプッチーニの「私のお父さん」は Youtube にあった→【Maria Callas】O mio babbino caro / 私のお父さん (Gianni Schicchi, G. Puccini)

 元々、士魂号に思い入れたっぷりの滝川に加え、前巻あたりから速水も乗機とのシンクロ率が上がってきている模様。ばかりか、意外な人も。でもやっぱり、こういう場面は滝川が一番サマになるんだよなあ。同じぐらい素直に森に語りかければいいのに。でも恐怖のラブコメ禁止令がでてるんだよね。政治委員の人選も当たってるんだか外れてるんだか。

 速水は、九州撤退戦あたりから見せてきた「覚醒速水」がいよいよ本格的に稼動した模様。冒頭から大暴れして、<院卒>をビビらせる迫力。元々のポジションはヒロインだったのに、なあ。

 5121小隊内のヒエラルキーで、意外な面が見えるのもこの巻。長距離での狙撃からカトラスでの白兵戦、そして新兵の訓練・指揮と、戦場では万能にして無敵の兵士、来須が圧倒されるという滅多にない場面が出てくる。やっぱりイタリヤ人だから?

 同じ士魂号乗りでも、華やかな土木一号・二号。うんうん田中、その気持ちよくわかるぞ。ラブレターの配送を頼まれるのって、切ないんだよねえ。村井も相方が田中でなけりゃなあ。島さん、尊敬だけに留めておこうね。実は奴が小隊で一番モテてるんだよなあ。

 壮絶な先頭が続いた山口防衛戦も、いよいよクライマックス。「あとがき」を先に読む人、この本の「あとがき」は後回しに方がいい。読後の感慨が違う。 

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2012年6月24日 (日)

ブラム・ストーカー「吸血鬼ドラキュラ」創元推理文庫 平井呈一訳

 「…おれはあいつらが生まれぬ何百年も前に、一国の人間を下知した男だ。一国の人間に智恵を貸し、一国の人間のために戦争をしたおれだ。そのおれと知恵くらべするとは、片腹痛いわ。おれは敵の裏をかくのは朝飯前だぞ。見ろ、…」

【どんな本?】

 ホラーに登場するモンスターとしては定番の、吸血鬼ドラキュラ。1897年の発表時から人気を呼び、今でも映画では定期的にリメイクされ、多くのヴァリエーションを生み出している。漫画にも度々登場し、子供向けの抄訳もあるドラキュラだが、完訳は創元推理文庫のこれだけ。ファンなら、ぜひ原点は押さえておこう。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Dracula, by Bram Stoker, 1897。日本語版は1971年4月16日初版。私が読んだのは1997年7月11日の32版。長く愛されてます。文庫本縦一段組みで本文約543頁+訳者による解説11頁。8ポイント43字×19行×543頁=443,631字、400字詰め原稿用紙で約1110枚。そこらの長編小説2冊分。

 さすがに文章は今読むと、少々古めかしい。とはいっても、「格調高い」という雰囲気ではなく、あくまで娯楽小説・大衆小説として読者を楽しませようとする配慮にあふれている。今風の翻訳調ではなく、昭和大衆小説の文体というか、講談風のべらんめえ調というか。読みやすいか否かは、読者の慣れ次第。若い人は戸惑うかもしれないが、昭和の頃に娯楽小説を読みまくった年代の人には、かえって親しみやすいだろう。

 ただし、物語の仕掛けで、なかなか全体像が見えてこない構造だし、今とは小説作法が異なる上に、後半に入ると登場人物が長口上を振るう。また、19世紀末のイギリスの読者を対象としているので、風俗・文化・社会の違いが敷居を高くしている麺もある。まあ、そういう異文化の風俗が翻訳物の面白さでもあるんだけど。

【どんな話?】

 英国の新米弁理士ジョナサン・ハーカーは、ルーマニアのトランシルヴァニアへ出張で出かけていた。カルパチア山脈の麓の城に住むドラキュラ伯爵に、ロンドンで家屋を購入する手続きの代理を頼まれたのだ。東ヨーロッパの人々は素朴で迷信深く、伯爵について尋ねると口が重くなる。乗合馬車で山道を抜けると、伯爵の迎えが来ていた。

 その頃、ジョナサンの婚約者ミナ・マリーは、親友のルーシー・ウェステンラから嬉しいニュースを聞いていた。なんと、三人もの求婚者が現れたというのだ。冷静で教養に溢れる精神病院長のジョン・セワード、テキサスの大地主でユーモア溢れ冒険好きのキンシー・モリス、そして裕福な貴族のアーサー・ホルムウッド。彼女の本命は…

 ジョン・セワードは、奇妙な患者に注目している。R・M・レンフィールド、59歳。自分の食事を餌に蝿を集めては、蜘蛛に与えている。いい加減、蜘蛛は迷惑だと言ったら、今度は雀を捕まえ、蜘蛛を与えている。と思ったら、次は猫を飼いたいと言い出した。

【感想は?】

 色々と意外な面が多かった。案外と原点って、見落としがちだなあ。

 まずは、構造。技巧を凝らしていて、全体が登場人物の手記や手紙で構成されている。冒頭はジョナサン・ハーカーの日記、次がニナ・マリーとルーシー・ウェステンラの手紙。他にもセワードの日記や各員の電報、新聞の切り抜きなどが随所に挿入される。直接地の文で状況を語るのではなく、間接的に事件を浮かび上がらせる手法を使っている。読んでいてまだるっこしく感じる部分はあるが、同時に雰囲気がジワジワと盛り上がってくる演出でもある。

 次に、語り口。これは訳者に負うところが大きいんだが、思ったよりくだけた、べらんめえ調だったりする。冒頭の引用はドラキュラ伯爵の台詞なんだが、一人称が「おれ」。映画などで貴族的な風貌や物腰の人という印象が強いんで、てっきり「私」だとばかり思い込んでいた。

 ドラキュラ伯爵の印象は、初登場の時から、こっちの思い込みを完全に打ち砕く。以下、初登場の場面を引用すると…

 中には、一人の背の高い老人が立っていた。白いひげを長く垂らし、頭のてっぺんから足の先まで、色のついたものは何一つつけていない。全身黒ずくめの老人で、…
 「わしがドラキュラじゃ。ハーカーさん、ようこそ見えられた。さあさあ、おはいり。夜分は寒いでな。まあ夜食でも食べて、ゆっくりひとつ休んでもらおう」

 なんか、田舎の気のいい老人、って感じ。「白いひげ」ってのも、驚き。冒頭、ジョナサン・ハーカーの手記では、ずっと老人の姿のままで通してる。「寒いでな」などと、妙になまってるのは、著者の仕掛けを訳者が工夫したんだろう。高貴な言動の人物という印象も違っていて、この物語では、戦闘的で荒っぽく、貴族というより古武者に近い。誇り高いが、その源泉は生まれより戦功に基づく様子。

 お馴染みのモンスターの中でも狼男やフランケンシュタインの怪物に比べ、知性派と思われがちなドラキュラだが、この作品では、最初の特徴として怪力がアピールされる。重い扉を軽々と開けたり。ただ、今では忘れられがちな能力もあって、例えば冒頭では狼を使役してみせる。

 不死の特性は、もちろん最重要。長い犬歯も、お約束どおり。変身能力もあって、化身としてはコウモリが有名だが、本作では狼にも変身している。ばかりでなく、獲物に忍び寄る際は…。これは怖い。弱点もあって、その一つは鏡に映らないこと。ニンニクと十字架は有名だけど、他にもあって…

 対するヴァン・ヘルシングは、アムステルダム大学の名誉教授。セワード医師の師で、かなりのご老体だが、身体はいたって頑健な様子。当然ながら博覧強記で、科学の使途。とはいえ、あくまでも当事の民衆が想像する科学で、今で言う民俗学も多分に混じっている。まあ、そうでないと、ドラキュラに対抗できないんだから、お話の都合上、しょうがないやね。学者といっても象牙の塔に篭るエキセントリックなタイプではなく、行動力とリーダーシップに溢れ、頼れる男。

 ヘルシングを筆頭として、ジョナサン・ハーカー,アーサー・ホルムウッド,ジャック・セワード,キンシー・モリス,そして紅一点のニナ・マリーの六人が、共闘してドラキュラに立ち向かう、というのが物語の大筋。ジョナサンとニナは物語の冒頭から出てくるんで、それなりに印象を残すんだが、アーサーとジャックは、出番が多いわりに印象が薄いんだよなあ。

 逆に、少ない出番で強い印象を残すのが、キンシー・モリス。全般的に控えめで口数少なく、ヘルシングの計画に従いながらも、実力行使の場面では豊富な冒険の経験を活かして鋭い戦術眼を発揮する。戦争物なら、部隊長を補佐する歴戦の軍曹のポジション。

 物語の多くはイギリスが舞台だけど、読んでて面白いのは、むしろトランシルヴァニア。冒頭の、緑深い田舎でありながら、他民族が共棲して混沌とした社会、素朴で迷信深い人々は勿論、トウガラシやパブリカを多用した田舎風の料理も食欲をそそる。ひき肉を茄子に詰めるのかあ。今度、やってみよう。

 もうちょっと出番が欲しかったのが、ドラキュラ伯爵に従う三人の美女。私としては、むしろ彼女たちを主役に←をい

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2012年6月21日 (木)

榊涼介「ガンパレード・マーチ 山口防衛戦3」電撃文庫

 「災禍を狩る災禍、来たれり」

【どんな本?】

  元はSONY Playstation 用ゲーム「高機動幻想ガンパレード・マーチ」を、榊涼介が小説化したシリーズ第13弾。ゲームに沿った内容は「5121小隊の日常Ⅱ」で完了し、「山口防衛戦」以降は、ゲームのエンディングの「その後」を、榊氏が独自に書き下ろす内容となっている。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2007年8月25日初版発行。文庫本縦一段組みで本文約312頁。8ポイント42字×17行×312頁=222,768字、400字詰め原稿用紙で約557枚。標準的な長編小説の分量。

 文章そのものは読みやすい。ただ、なにせ長いシリーズ…というより、長編小説の中の一巻だ。特異なガンパレの世界設定や、登場人物の説明は完全に省略しているので、できればシリーズ開始の「5121小隊の日常」か、時系列で最初にあたる「episode ONE」から読み始めるのが理想。それが無理なら、せめて「山口防衛戦」から読み始めよう。簡単だが世界設定の説明が入っている。

【どんな話?】

 萩市の陥落は戦線全体に影響を及ぼし、次第に戦線は崩壊していく。そんな中にあって、矢吹少佐の戦車・植村大尉の歩兵と5121小隊の士魂号は、連携戦術を洗練させてゆく。岩国外郭陣地の戦闘も激しさを増し、合田少尉と橋爪軍曹率いる学兵たちも、激戦に巻き込まれると共に、岩田参謀発案の陣容が本領を発揮しはじめる。戦闘を重ねる中、速水と壬生屋は、九州とは異なる幻獣の手ごたえに、違和感を拭えずにいた。

【感想は?】

 この巻では、殺伐とした戦闘場面が延々と続く。それも、5121小隊が中心の善行戦闘団より、合田少尉率いる学兵たちのシーンが多い。もはやゲームのノベライズというより、仮想戦記に近い。善行戦闘団の戦術も、戦車や歩兵と緻密に連携した作戦ばかり。ゲームでも友軍とこれぐらい上手に連携できたらなあ。

 幻獣側はうみかぜゾンビが登場し、ガンパレード・オーケストラの影響を感じさせる山口防衛戦、自衛軍側も新兵器が活躍しはじめる。冒頭32頁から、やたらマニアックなシロモノが登場。40センチ列車砲・厳島。Wikipedia の列車砲を読むと、「制空権を確保しない状況においてその運用は困難」だとか。図体はデカいし動きは鈍い、そりゃそうだよなあ。

 この巻でも、自衛軍側は、うみかぜゾンビ&スキュラの空中部隊に苦戦しつつ、対応策を垣間見せる。この辺、岩田参謀の変態っぷりが岩国戦線で堪能できるのでお楽しみに。岩田参謀周辺では、田中の天然っぷりが楽しい。というか、イワッチが見たら嫉妬しかねない。周囲のノリもいいし。荒波小隊発足のエピソードも嬉しいところ。そうだったのか藤代さん。あーゆーのって、なかなか捨てられないんだよね。黒歴史なのはわかってても。

 善行戦闘団は、壬生屋の体調の問題を除けば、絶好調。滝川も92mmライフルに慣れ、地味にスナイパーとして活躍しつつ、「今度のお嬢さんは軽いね」など、新しい機体が気に入った模様。つか、本当に「お嬢さん」なのか?舞と速水も、終盤では、原さんにそそのかされ…

 岩国の前線では、合田&橋爪コンビと、元紅稜α小隊の佐藤たちが苦戦を続ける。今まで単なるオキアミ野郎だった鈴木が、意外な一面を見せるのも、この巻の読みどころ。また、橘さんファンにははなはだ幸先のよくない展開が。激戦の中にありながら、橋爪と佐藤の会話が、ありがちな高校生なのが泣かせる。

 などと緊張感漂う場面が多いこの巻の中で、貴重な息抜きを提供しているのが、若さまこと遠坂&田辺。社長という己の立場も弁えず、周囲の心配をよそに硝煙漂う前線へ前線へと歩を進める。折り悪く、整備工場なんかに行き着いたのが運のつき。昔取った杵柄とばかり、取材を忘れて熱中してしまう。

 こんな所にも、原さんの名声が鳴り響いてるのが凄い。弟子入りに必要なのは…えーっと、神経の鈍さまたは太さ、かな。ある意味、士魂号のパイロットになるのと同じぐらい狭き門のような気が。若さま、この巻では後々まで引っ掻き回してくれます。やっぱりね、この人も「空気読めない」部分がないと、面白くないよね。

 硝煙の匂い漂う場面が多いなか、うっすらと自衛軍の希望が見えてくるこの巻、しかし結末は…

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2012年6月20日 (水)

アントニー・ビーヴァー「ベルリン陥落 1945」白水社 川上洸訳

 …しかしシュペーアも、ほかのナチ高官たちも、みとめようとしなかった事実がある。それじは、政治指導者とその体制の本質をなによりも如実に物語るのは、その没落の様態だという事実だ。

【どんな本?】

 1945年。スターリングラードで逆転した独ソ戦は、ついに最終局面を迎える。断末魔の第三帝国の様子はどうだったのか、破竹の進軍を続ける赤軍の内情は、そして戦場となった各地に住む市民の生活は。

 英国陸軍将校としての軍務経験のある著者が、ソ連崩壊に伴う情報公開で入手可能となった赤軍の資料や、従軍した将兵・現地の市民の膨大な手紙・手記・日記を元に、凄惨な第二次世界大戦欧州東部戦線を再現する。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は BERLIN THE DOWNFALL 1945, by Antony Beever, 2002。日本語版は2004年8月10日第一刷発行。私が読んだのは2004年9月20日発行の第二刷。単行本で縦一段組み、本文約605頁に加え、石田勇治の解説「スターリングラードからベルリンへ」7頁+訳者あとがき5頁。。9ポイント47字×20行×605頁=568,700字、400字詰め原稿用紙で約1423枚。長編小説なら三冊分の大ボリューム。

 元軍人が書く翻訳物の軍記物というのは、大抵がお堅い軍事用語の羅列で素人には読みにくいものだが、この本は拍子抜けするほど文章は読みやすい。冒頭に用語・訳語解説があるのも、読者の理解を助けている。だた、戦闘場面は地図を見ながら読む形になるので、真面目に読むと手間取る。それより…

【構成は?】

 地図/凡例/用語・訳語解説/まえがき
新年を迎えるベルリン/ヴィスワ河岸の「カードの家」/炎と剣、そして「崇高な怒り」/冬季大攻勢/オーデルめざして前進/写真ページ(1~14)/東と西/後方地域の掃討/ボンメルンとオーデル橋頭堡/目標はベルリン/宮廷と参謀本部/とどめの一撃の準備/来襲を待って/エルベ河岸のアメリカ軍/戦闘前夜/ライトヴァイナー・シュポルンに立つジューコフ/ゼーロウとシュプレー/写真ページ(15~29)/総統最後の誕生日/ナチ・エリートたちの逃亡/砲撃下の都市/むなしい期待/市街戦/森林戦/側近の離反/写真ページ(30~49)/総統のたそがれ/総統官邸とライヒスターク/戦争終結/敗者の悲哀/白馬にまたがる男
 解説 スターリングラードからベルリンへ 石田勇治/訳者あとがき
 主要参考文献/出典一覧/主要人名索引

 話の流れは原則として時系列順どおりの素直な流れ。1944年末~1945年5月を中心として、最後に軽く戦後の話に触れる。10~30頁程度の短く区切った章が続く構成なので、分量のわりに読みやすい。

【感想は?】

 文章そのものは読みやすいのだが、サクサク読めるかというと、実はかなり読み通すのが辛かった。というのも、内容が凄惨すぎるからだ。壊走する軍なんてみんな悲惨なものだが、この本はそれに加え戦場となった土地に住む市民の運命も酷い。神経の繊細な人や、心身の調子が悪い人は避けたほうがいい。読むなら、相応の覚悟をすること。

 内容は、というと。まず、背景説明程度に独ソと、それを巡る交戦国の政治・軍事情勢を背景程度に軽く。次に、独ソ双方の交戦状況を詳細に。そして、戦場に住む市民の様子も、詳細に。交戦場面が血生臭いのは覚悟していたが、市民の運命の悲惨さまでは覚悟できていなかった。

 同じテーマを扱った本としては、コーネリアス・ライアンの「ヒトラー最後の戦闘」とジョン・トーランドの「最後の100日」が有名…というか、私はそれしか読んでないし、ほとんど内容を忘れてるけど、それはさておき。この本の特徴は、二つ。一つは、ソ連の公文書や手紙などの私文書を元に、赤軍側の内情を詳細に語っている点。もうひとつは、しつこいが市民の運命を生々しく描写していること。

 解説によれば、本書がロンドンで出版されるに先立ち、駐英ロシア大使は抗議の文章を「ザ・デイリー・テレグラフ」紙で公開したとのこと。この辺の構図が、大陸での帝国陸軍の蛮行を巡る議論と似てるよね、と指摘している。ただ、著者は一方的に赤軍を敵視しているわけではなく、前著の「スターリングラード」では、バルバロッサ作戦に伴う独軍の蛮行もキッチリ書いている。つまり、この時点の独軍は、逃げるのに忙しくて蛮行どころじゃなかった、というわけ。それでも時々、赤軍の補給車を襲って食料を奪ったりしてるんだけど。

 この時点でのドイツの様子は酷いもので、働き盛りの男性は大半が従軍しちゃってる。ってんで、14歳ぐらいの少年兵が駆り集められ、第一次世界大戦の従軍経験のある爺様たちと肩を並べ国民突撃隊としてベルリン防衛にあたる。ヒトラーユーゲントの戦車狩り部隊なんて、名前こそ勇ましいものの、実態は自転車にパンツァーファウストをくくりつけてT34に立ち向かえってんだから、無茶だよなあ。

 そのくせ、ナチ高官は、というと。例えば東プロイセンの大管区指導者エーリヒ・コッホは、ヒトラーの死守命令に基づき住民の避難勧奨を拒否し、「陣地構築の土堀りに数万の市民を動員したが、残念ながら軍指揮官たちがどこに陣地を必要としてるか問い合わせることをやらなかった」。挙句が、「いざ攻撃がせまると、だれにも通告しないで自分たちはさっさと逃走してしまった」。

 結果、東プロイセンは赤軍に包囲され、市民は略奪・強姦・虐殺の犠牲となる。この赤軍の蛮行は、ドイツ人だけに留まらず、例えばポーランドでは…

ドイツでの奴隷労働から解放されたウクライナ人、ロシア人、ベロルシア人女性も赤軍将兵がレイプしたという事実だ。第三帝国に拉致された当時16歳だったという少女も多く、なかにはやっと14歳だったという人もいた。

 第三帝国側も酷いもので、3月19日に焦土命令を出している。「撤退にさいして、敵に役立つと思われるものはすべて破壊せよ」って、市民生活はどうなるねん。私の神経が持たないんで、女性が受けた被害についてはこの辺でやめるが、章を追うごとに悲惨な描写が増えていく。

 読んでて、もうひとつ辛いのが、両者の戦闘が、ほとんど無意味である点。赤軍にとっては快進撃だし、スターリンはベルリン占領の戦時的な意味を知り抜いていて、ジューコフとコーネフの尻を叩きまくってるんで、まあ理解できる。わからないのが、独軍の兵が戦う理由。SSの督戦が強烈で、逃亡のそぶりを見せた兵は即刻射殺って方針もあるにせよ。

 特に馬鹿馬鹿しいのが、ベルリンに最後に増援にくるフランス人部隊。大隊長アンリ・フネ率いるフランスのファシスト義勇兵曰く「共産主義は阻止せねばならぬ」。他に「ソ連の占領地域をなるべく少なくするため」と証言する軍人もいるが、著者は言う。「やめてもいいと言ってくれる者がだれもいなかったからである」。

 ベルリン攻略で有名なのが、ジューコフの探照灯(サーチライト)と煙幕。独軍の眼をくらます目的だったが、実は失敗だった、とある。「防御側の目をくらますよりは、むしろ攻撃側に目標を見失わせる結果となった」。土壇場でもゼーロウ高地の独軍は奮戦し、「第一ベロルシア方面軍は防御側のドイツ軍の三倍に近い戦死者を出した」。

 独軍の誇る対戦車兵器パンツァーファウストだが、赤軍も現場の工夫で切り抜ける。「付近の家から鋼線スプリングつきのマットレスを持ち出して砲塔や側面にくくりつけた」。鹵獲したパンツァーファウストは、ベルリンの市街戦で建物の壁をブチ抜くのに活躍する。

 我々に馴染みのないジューコフという人物も興味深い。ロシアの民衆の間では英雄として大人気を誇り、それゆえスターリンに妬まれて戦後は左遷され…

1965年5月9日の終戦記念日にいたるまで、彼は自宅に引きこもっていた。この日、クレムリン大会宮殿で大宴会が開催され、各閣僚、元帥、将官、各国大使をふくむ招待客全員は、レオニート・ブレージネフが側近たちの先頭に立って入ってくると、起立して迎えた。そのうしろからジューコフがあらわれた。(略)一同は「ジューコフ!ジューコフ!ジューコフ!」とさけびながら、テーブルをたたいた。ブレジーネフは顔を石のようにこわばらせた。

 結果、ジューコフは再び引きこもる羽目になりましたとさ。

 現実が見えない狂った指導者により続けられた、無意味な戦い。なぜ誰も止めようとしなかったのか、結局わからないままだ。今でも北朝鮮では絶望的な状況が続いているし、シリアもやがて末期的になるだろう。無意味な戦争を早期に終える方法を、誰か教えて欲しい。

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2012年6月15日 (金)

榊涼介「ガンパレード・マーチ 5121小隊の日常Ⅱ」電撃文庫

 「定例会に無断欠席しておるから、なんぞたくらんでいるとは思ったが、タイガーよ、こんな時のための仲間ばいね。水くさか。はじめから俺らにはなすがよか」

【どんな本?】

 SONY Playstation 用ゲーム「高機動幻想ガンパレード・マーチ」の、榊涼介による小説化シリーズ第十弾。時系列的には「5121小隊の日常」から「九州撤退戦」の前あたりまでの、5121小隊の面々を中心とした短編集。

 緊張感溢れる「狙撃手」、ファンの間では傑作の呼び声高い「海へ」、滝川ファン必読の「Panzer Ladys」など9本の短編に加え、きむらじゅんこの憂鬱Ⅹ2頁を収録。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2005年12月25日初版発行。文庫本縦一段組みで本文約311頁。8ポイント42字×17行×311頁=222,054字、400字詰め原稿用紙で約556枚。標準的な長編小説の分量。

 文章の読みやすさは文句なし。ただ、長いシリーズの中の一冊なので、世界設定や各登場人物の説明は割愛されている。ゲームえおプレイ済みの人はともかく、そうでなければシリーズ始めの「5121小隊の日常」か、時系列的に最初になる「episode ONE」から読み始めよう。

【どんな話?】

 第二次世界大戦は意外な形で終わる。黒い月の出現に続く大量の幻獣の襲来に人類は敗退を重ね、ユーラシアを失い、人類の版図は日本・オーストラリア・北米・南米の一部・南アフリカを残すのみ。九州に上陸した幻獣に対し、1999年、日本は14歳~17歳の学生を招集、捨石として時間を稼ぎ自衛軍を再編成する策に出た。

 熊本で結成された5121小隊は、はみ出し者や落ちこぼれの学兵を集め、運用が難しい人型戦車士魂号を中核とする部隊だ。意外な事に隊は戦闘を重ねるごとに成長を見せ、今はそれなりに認められる存在となりつつある。

【収録作は?】

原事件
 熊本市街のカフェテラスで、木漏れ日の中ロヤルダージリンティーを楽しむ知的な美女ひとり。そう、5121小隊を支える整備班班長、原素子。その美貌につられてか、一人の薄汚れた学兵が声をかける…拳銃をつきつけて。その様子を目撃した森と茜は…

 才媛原素子の魅力全開の短編。相手が彼女で運がよかったのか悪かったのか。
準竜師の休日
 芝村準竜師とその副官ウィチタ更紗は、秘密会談に赴いた。相手は、幻獣共生派を名乗る三人で、議題は和平。今まで自衛軍は共生派を徹底的に弾圧してきた。この会談の事実が漏れただけでも、芝村の立場は危うくなる。果たして三人の正体は何者か、そしてその真意は。

 ゲームでは陳情や勲章授与で登場するつぶれトカゲこと芝村準竜師と、準竜師不在の時のボーナス?として登場するウィチタ更紗に光が当たる短編。「もうひとつの撤退戦」収録の「来須潜入、幻獣領へ」の前日譚で、共生派の実態と芝村一族の正体が垣間見える。「変態め」って、あなた、その辺はよく知ってるでしょうに。
海へ
 いつもはそつのない遠坂が、今日は珍しくミスをした。嫌味をこぼしつつ遠坂・田辺と共に軽装甲の整備を続ける狩谷が加藤と帰宅中、珍しく遠坂から夕食の誘いを受けた。不審に思いつつも、彼の誘いを受けた狩谷だが…

 ファンの間でも人気が高い短編。今まであまりいい所のなかった狩谷と遠坂の、意外な面が見られる。世を拗ねた人嫌いに見えて、冷徹な観察眼を持つ狩谷、おっとりとした物腰の裏で計算もできる遠坂。そして、読み所は後半。どう考えてもコテコテのギャグにしかならない役者ばかりなのに、なぜか清々しく爽やかな青春小説に仕上がってる。
我が名は芝村舞
 初陣から五回目の出撃ともなれば、戦術もそれなりに形になってきた…と思ったが、今回は危なかった。煙幕弾を担当する滝川の軽装甲が鮮烈を離れ、厳しい戦いを強いられてしまった。戦闘面のリーダーを自負していた芝村だが、コミュニケーション不足を原に指摘され、衝撃を受ける舞。人間関係は苦手だが、それで怖気づいては芝村がすたる。善処すべく奮闘する舞だが…

 撤退戦では司令代理として不慣れながらも5121小隊を率いた舞が、士魂号パイロット三人を相手にリーダーとして悩む話。日常会話ではオドオドする舞が、戦術の話になると途端に饒舌になるのが可愛い。
原日記 紫
 5121小隊整備班に悪夢が舞い降りる話。にゃん♪
狙撃手
 一張羅で裏マーケットをうろつく来須に、裏マーケットの親父が声をかける。掘り出し物のボルト・アクション・ライフルがある、と。弾丸は特別仕様の7.62ミリ競技用フルメタルジャケット、スコープは16倍。気に入った来須に、親父はサービスすると言う。何か裏があると感じつつも、ライフルを抱えて返った来須を待っていたのは…

 7.62mmは一時代前のNATOで自動小銃などに採用された一般的な弾丸。5.56mmは最近のNATO弾。射程距離より携帯性や反動の少なさでこちらに代替わりした。フルメタルジャケットは、弾丸を全部金属で覆ったもので、殺傷力より精度と貫通力を重視したもの…だと思うが、私はニワカなんであまり信用しないように。参考までに Wikipedia にリンクを張っておく。→7.62mm、→5.56mm、→フルメタルジャケット

 銃という道具を通して、それを使う人物の性格が見えてくる。徹底して吟味し自分用に調整した道具を使う来須と、全く異なる思想の者。来須から見た若宮が語られるのにも注目。つか来須、そのファッションセンスはなんとかならんのか。
Panzer Ladys
 軽快な機動性を買われ他隊の支援に向かった滝川は、ミノタウロス相手に苦戦する。危ういところで救いの女神が現れた。120mm滑空砲の強力な武装と整地では軽快な機動力を見せる装輪式戦車の士魂号L四台を駆る、女子学生の小隊だ。初めて連携する隊だが、慣れた様子で優れた指揮と息のあったチームワークで敵をかき回し、軽装甲も存分に活躍した。

 「episode ONE」収録の「憧れの Panzer Lady」の続編で、滝川ファンにはたまらない作品。本人は気がついてないけど、実は結構モテてるんだよな、滝川。軽装甲とか青スキュラとか。沢山の少女に囲まれて繁華街散策なんて、滅多にできる経験じゃないぞ。
ののみの涙
 ひとりムーンロードを散策するののみは、新市街でも人気者だ。幼いながらも学兵姿の彼女を不憫に思ってか、屋台の親父や憲兵も親切にしてくれる。ゲームセンターに入ると、滝川と茜が対戦している。今日は滝川が優勢なようだ。二人に送られ帰宅するののみだが…

 これもまた珍しく、ののみにスポットがあたる作品。あの滝川や茜でさえ、彼女の前では保護者モードになるのが可笑しい。
速水厚志の憂鬱
 朝から出動がかかる慌しい日。戦闘に慣れてきたためか、今日は激戦区の阿蘇で、精鋭部隊と連携し優勢な幻獣の包囲・殲滅を狙う、野心的な作戦だ。いつも通り突進する壬生屋の重装甲に追随し、敵の陣が乱れた所をミサイルで一網打尽、残敵を滝川の軽装甲が掃討する。が、今日の速水は…

 ヒロイン速水が主役を勤める作品。ゲームの二周目以後で見せる、覚醒速水の片鱗がうかがえるお話。段ボール箱詰めのあっちゃんなら、拾う女性ファンが殺到しそう。つか滝川、電池のネタはどこから仕入れたんだ?やっぱりののみ?

 明るくコミカルな表紙と裏腹に、「決別」や「決意」がテーマの切ない作品が多いのが、この巻の特徴。「海へ」は、熊本出身のSF作家梶尾真治の「ヴェールマンの末裔たち」(「ムーンライト・ラブコール」収録)にも似た爽やかな読後感だし、「Panzer Ladys」は、激戦を潜り抜けて成長する少年を描く、正統派の青春小説。ぼちぼち、また短編集を書いてくれないかなあ、榊さん。主人公はウィチタさんとレイちゃんと橘さんで是非。

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2012年6月14日 (木)

ロバート・チャールズ・ウィルスン「連環宇宙」創元SF文庫 茂木健訳

「本物の鳥みたいに見えるから、そういう名前がついたんですね?」
「そのとおり」
 たしかにその花は、樹液を眼のように光らせ、黄色い嘴をもった鳥と見まがう姿をしていた。
「まるで、花のくせに鳥の心をもっているみたいだ。でも実際は、心なんてあるはずないですよね。神さまが入れてないかぎり」
「神さまでなければ、自然淘汰がね」

【どんな本?】

 ヒューゴー賞・星雲賞受賞の「時間封鎖」から始まり「無限記憶」に続く、仮定体三部作の完結編。時間封鎖解除後の温暖化がゆっくり進む地球のテキサスと、アーチで地球と連結された惑星イクウェイトリア(ただし時間は一万年後)の二つの舞台で、仮定体の謎が明らかにされる。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は VORTEX, by Robert Charles Wilson, 2011。日本語版は2012年5月11日初版。文庫本縦一段組みで本文約481頁+大野万紀の解説10頁。8ポイント42字×18行×481頁=363,636字、400字詰め原稿用紙で約910枚。そこらの長編2冊分。

 翻訳物のSFにしては読みやすい方。舞台が二つ、近未来?のテキサスと、1万年後の異星に分かれてて、導入部がテキサスのため、自然と物語に入り込める。
 ただし、相当にブッ飛んだ設定の世界なので、前の「時間封鎖」と「無限記憶」を未読の人は、大野万紀の解説から読んだほうが良い。私は既読だけど、ほとんど忘れていたので、やっぱり解説から読んだ。

【どんな話?】

 テキサス州立医療保護センター勤務の精神科医サンドラ・コールは、その日、19歳の少年オーリン・メイザーの鑑定を始めた。暴漢に襲われ路上に倒れていたところを、警官に保護されたのだ。素直で大人しく、やや引っ込み思案なオーリンを連れてきたのは、ヒューストン市警のジェファースン・ボース巡査。ボースも少し変わっていて、普通の警官は保護した者と関わりたがらないのだが、ボースはオーリンをいたわり、心配していた。

 ボースはサンドラに告げる。オーリンは手書きのノートを後生大事に抱えいた、それを読んで意見を聞かせて欲しい、と。そのノートの内容が、早速サンドラの元に届いた。

 それは1万年後、アーチで地球と繋がった惑星イクウェイトリアの物語。ターク・フィンドリーは、裸で砂漠にいた所を保護され、移動群島都市ヴォックスに保護される。タークの通訳トレイヤの説明によれば、「地球に帰還し仮定体と直接対話すること」を目的として、ヴォックスは四つの惑星を旅し、時として敵対的な集団と戦ってきた、と。ヴォックスの住民は「ネットワーク」に常時接続し、様々なサービスを受けている。
 ヴォックスへの帰還途中、タークとトレイヤを乗せた機体が敵対的な集団に襲われ、ヴォックスのはずれの島に不時着する。折り悪く、トレイヤはネットワークとの接続を絶たれ、連絡が取れない。

【感想は?】

 ロバート・チャールズ・ウィルスンって、こんなにドラマ作りが巧かったっけ?もう少し不器用な人かと思ってた。

 お話は、近未来?のテキサスと、1万年後のヴォックスが交互に描かれる。この両者が切り替わる際の、ヒキがあざといまでに巧い。連続ドラマなどで、放映時間の最後に爆弾発言やアクシデントが飛び出し、「次回へ続く」って手口があるけど、この小説は、まさにその手口を連発してくる。「うわー、どうなるんだ?」と気になった所で、いきなり場面転換。こりゃグイグイと引き込まれてしまう。

 一般に遠未来が舞台のSFはとっつきにくいものだ。大抵は奇天烈な世界背景があるが、読者にはそれが見えない。グレッグ・イーガンあたりになると、開き直って徹底的に異様な記述を並べても、逆に読者からは「これこそイーガンだよね」と歓迎されるんだが、この作品では見事な処理を見せる。

 というのも、冒頭は近未来のテキサス。社会背景はほとんど現代と変わらず、慌しい医療保護センターで幕を開ける。「なんかERの世界っぽいな」と思わせ、そこで意味深な人間ドラマが始まる。登場人物の性格がキッチリしてて、とってもわかりやすい。

 ヒロインのサンドラは精神科医。問題山積の職場に嫌気がさし、次の職場を探している。彼女の元に運び込まれる少年オーリンは、「ワイルドな南部で生きていけるのかしらん」と心配になるくらい、大人しくて繊細な少年。そして、彼を運び込む警官ボースは、逞しい身体と優しい心、そして豊かな知性と誠実な精神を感じさせる浅黒いイケメン(たぶん)。

 この三人に対立する悪役が、実に巧い。最初に出てくるのが、雑務員のジャック・ゲッデス。バーで用心棒のバイトをしているという噂で、弱いもの苛めが大好きな乱暴者。そのくせ権力者にはヘイコラする狡猾さも持ち合わせている。看護師のミセス・ワトモアは、スキャンダル大好き。サンドラの周囲をかぎまわっては、スピーカーよろしく噂を振りまく。そして、サンドラの上司アーサー・コングリーヴ。権力を嵩にきて、部下を屈服させるのがアーサーの管理スタイル。アーサー曰く…

「いったんくだした決定について説明する義務など、わたしにはこれっぽちもないぞ。少なくとも君に対してはね。もちろん、理事会が君をわたしと同じ部長職に就けたというなら、話は別だ」

 いい性格してます。「社内政治に長けた鼻持ちならない管理職」を見事に表現してる。テキサスの物語は、オーリンを巡りサンドラ&ボースと、アーサー一党が対立する形で、アメリカのドラマ・シリーズ風に進む。下世話といえば下世話だが、ついつい引き込まれてしまう。

 もう一つの舞台は、1万年後の未来。こっちはテキサスと打って変わり、モロにSFアクション。群島都市ヴォックスからして、意表をついてくる。なんたって、群島が海を航海してるんだから。ひょっこりひょうたん島なんてもんじゃない。アーチ経由とはいえ、地球を目指して惑星間を渡り歩くってんだからスケールがデカい。

 こっちで面白いガジェットは、「ネットワーク」。中盤で正体が明らかになるが、序盤から「のーみそを直接接続してるんだろうなあ」とアタリはつく。「ほー、そりゃ便利だねえ、パケット代タダじゃん」とか、そんな気楽なシロモノではないのだ、困ったことに。

 SFとしての読み所は、やはり終盤。なんたって長い三部作の完結編。仮定体の正体と目的、そして人類の未来は。いやはや、テキサスのチマチマした人間関係から、こっちに行きますか。テレビドラマの「次はどうなるんだ?」感と、本格SFの「なななんだってー!」が同時に味わえる、お得な作品だった。「アルジャーノンに花束を」を思わせる、しっとりしたエンディングもいい。

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2012年6月13日 (水)

榊涼介「ガンパレード・マーチ もうひとつの撤退戦」電撃文庫

 「この話を聞けば、ぬしゃ二度とまっとうな道を歩めなくなるかもしれん。それでも聞く勇気がぬしゃにはあるね?」

【どんな本?】

 SONY Playstation 用ゲーム「高機動幻想ガンパレード・マーチ」を、榊涼介が小説化するシリーズ第九弾。時系列的には先の「九州撤退戦 上・下」とほぼ同時期。今までは5121小隊中心だったこのシリーズだが、ここでは榊オリジナル色が強くなり、半分以上が榊オリジナルの登場人物が中心となる。

 6本の短編に加え、きむらじゅんこの憂鬱Ⅸ2頁を収録。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2005年1月25日初版発行。文庫本縦一段組みで本文約248頁。8ポイント42字×18行×248頁=187,488字、400字詰め原稿用紙で約469枚。標準的な長編小説の分量。

 文章そのものは読みやすいが、長いシリーズ物だけあって、世界観や登場人物の性格や背景を知らない人には辛い。初見の人は、シリーズ最初の「5121小隊の日常」か、時系列で最初になる「episode ONE」から読もう。

【どんな話?】

 1945年、黒い月の出現と幻獣の襲来で第二次世界大戦は終わり、人類は絶望的な戦いの果てにユーラシア大陸を失う。1999年、九州に上陸した幻獣に対し、日本政府は時間稼ぎの捨石として14歳から17歳の学兵を招集し熊本に送り込むが、5月初旬の幻獣の大攻勢に戦線は崩壊、九州から撤退を余儀なくされる。

【収録作は?】

来須潜入、幻獣領へ
 自然休戦期を前に終戦ムード漂う熊本。阿蘇地区の島村小隊を支援している来須に、芝村準竜師より極秘の依頼が入る。幻獣領に潜入し、共生派の指導者を暗殺せよ、と。胡散臭い依頼に当初は眉をひそめた来須だが、背戸口と共に作戦の決行を決意する。

 今まで謎に包まれた幻獣領内と、意外性に溢れた共生派の様子が明らかになる短編であり、今後の榊ガンパレの行方を大きく変える転回点となる作品。以後、山口防衛戦~九州奪還に至る流れで重要な役割を果たす存在が、その片鱗を垣間見せる。来須と萌の会話にも注目。
荒波小隊、危機一髪
 負傷により前線を退き、自他共に認める士魂号軽装甲の天才パイロット荒波は、配下の四人の学兵を伴い、自衛軍の士魂号パイロット養成の教官を努めていた。クセの強い士魂号に適正のあるパイロットは10人に一人程度で、操縦技能もなかなか上がらない。自衛軍は未熟なパイロットを前線に投入しては消耗の愚を繰り返し…

 今後、何かと出番が増える土木一号・二号のクルーが紹介される短編。食い意地が張って落ち着きのない田中、田中に引きずられ野生的になる村井、そつなく常識的な藤代、落ち着いた雰囲気の島。つか田中、「地味で頭悪そう」は酷いだろ。
最大最後のイ号作戦
 戦況の悪化により漂う撤退ムードの中、今後予想される激戦に備え、5121小隊の整備班は死蔵されている予備物資を調達すべく、最後のイ号作戦を発動する。士魂号の部品は他に需要があるわけでもなく、幸いにして物資集積所の所長は現実的な判断ができる少佐だったが…

 「5121小隊の日常」収録の「附・イ号作戦秘話――3月31日(火)夜半」に続く、イ号作戦の内幕を描いた作品で、茜大介が大活躍する話。自衛軍内にはびこる困った趣味の人たちのネットワークが、その病巣の深さを垣間見せる。やはり有名人のモノはプレミアがつくようで。
もうひとつの撤退戦
 坂上・本田・芳野の三人は、5121小隊を離れ、装輪式戦車小隊となる予定の学兵たちを教えていた。が、肝心の戦車は廃棄寸前の士魂号Lが一両だけ、学兵たちも食料調達には熱心だが授業の出席率は低く、自然休戦期を前に緊張感は全くない。
 そんなクラスメイトに苛立ちを募らせる斉藤弓子は、「イラ子」と呼ばれている。彼女が特に目の敵にしているクラス委員の椎名は、穏やかな性格だが大勢に流される傾向がある。学生気分が抜けない彼らにも、容赦なく戦争は影を落とし…

 この短編集の中核をなす作品。「九州撤退戦」では戦闘に慣れた5121小隊を中心に描いたが、この作品では、典型的な捨石にされた普通の学兵を描いている。常識では対処できない破滅的な状況の中で、ロクに訓練も受けていない少年少女たちがどんな対応を見せるのか。現実を直視するが故に周囲から浮いてしまう斉藤、チームワークを重視して現状認識を誤るリーダー、残酷な現実を受け入れられないクラスメイト、極限状態で意外な対応を見せる者、そんな学兵たちの様子が生々しい。
 それとは別に、今までは表に出てこなかった坂上・本田・芳野の本性が露わになるなるのも、この作品のお楽しみ。静かでオッサン臭い坂上、騒々しく荒っぽい本田、ほんわかした芳野が、子供たちを前にして大人としてどう行動するのか。やっぱり芳野先生はモテるんだなあ。
大破1、任務続行
 九州撤退戦ではモコスに乗り込み、「死んで花実が咲くものか」を合言葉に、優れた隠蔽術で活躍した紅稜α小隊を主役に据え、彼女たちの志願から訓練・出陣までを描く。

 軽ホバー輸送装甲車に120mm砲、ただし砲頭は旋回しないという、攻撃力と機動力が極端にアンバランスなモコス。こんなモン与えられてどうないせいちゅーんじゃ、と思うよなあ、普通。むしろ榴弾砲を搭載して自走砲として扱ったほうがいいんじゃなかろか。
ソックスハンター列伝 ソックスギャルソーンの憂鬱
 ロボは寝返り、ステルスは落ちた。だが、そこで増殖を諦めるほどハンターはヤワではない。例え前線にあろうとも、いやむしろ明日をも知れぬ命だからこそ、今日を輝かせるためにハンターは足掻くのだ。

 やはり書名にもなっている、「もうひとつの撤退戦」が臨場感に溢れて秀逸。最悪の状況での、坂上と本田の判断の違いが、二人の性格をよく現してる。今まで単なる「ゆるキャラ」だった芳野にフォーカスが当たるのも嬉しいところ。斉藤たち普通の学兵が、突然戦場に放り込まれた際の反応も、このシリーズの厚みを増している。

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2012年6月12日 (火)

マルコ・イアコボーニ「ミラーニューロンの発見 『物まね細胞』が明かす驚きの脳科学」ハヤカワ新書juice 塩原通緒訳

 人間どうしの最も深い関わりかた、最も深い理解のしかたを、ミラーニューロンは示している。私たちは生まれつき共感を覚えるようにできており、だからこそ社会を形成して、そこをさらに住みよい場所に変えていくことができるのだ。

【どんな本?】

 最近の神経科学の熱い話題である、ミラーニューロン。本人が動作している時だけでなく、他者の動作を見ても発火する、「模倣」を司る奇妙な脳細胞。ミラーニューロンの発見と、その性質の謎を解き明かす研究を通じ、明らかになった様々な事実を解説するとともに、その発見と研究に寄与した研究者を紹介し、学際的で活気に溢れた神経科学研究の現場の空気を伝えると同時に、神経科学が社会に与える影響も考察する。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原題は MIRRORING PEOPLE, The New Science of How We Connect with Others, by Marco Lacoboni, 2008。日本語版は2009年5月25日初版発行。新書で縦一段組み、本文約322頁+訳者あとがき4頁。9.5ポイントの見やすい文字サイズで42字×16行×322頁=216,384字、400字詰め原稿用紙で約541枚。長編小説なら標準的な長さ。

 文章そのものは翻訳物の中では比較的読みやすい方だが、何せ内容が最新科学だ。先に読んだ「越境する脳」よりは読みやすいが、「ブローカ野」や「脳梁」など専門用語が出てくるため、多少歯ごたえはある。さすがに数式までは出てこないので、ニューロン(神経細胞→Wikipedia)についての基礎知識があれば、中学生でも充分読みこなせるだろう。

【構成は?】

第1章 サルの「猿真似」
第2章 サイモン・セッズ
第3章 言葉をつかみとる
第4章 私を見て、私を感じて
第5章 自分に向き合う
第6章 壊れた鏡
第7章 スーパーミラーとワイヤーの効用
第8章 悪玉と卑劣漢――暴力と薬物中毒
第9章 好みのミラーリング
第10章 ニューロポリティックス
第11章 実存主義神経科学と社会
 謝辞/訳者あとがき/原注

 第7章までは、ミラーニューロンおよび関係する脳の部位の性質そのものを説く内容が中心。第8章以降は、既に判ったミラーニューロンの性質を元に、社会的な影響が強いと思われる応用的な研究を紹介する。理科より社会が好きな人は、後半の方が楽しめるだろう。

【感想は?】

 異性と仲良くなりたかったら、咥えタバコは避けたほうがいい。

 ミラーニューロンの性質は、本書の冒頭近くで明かされる。

私たちの脳にある一部の細胞――すなわちミラーニューロン――は、自分でサッカーボールを蹴ったときにも、ボールが蹴られるのを見たときにも、ボールが蹴られる音を聞いたときにも、果ては「蹴る」という単語を発したり聞いたりしただけでも、すべて同じように発火する。

 蹴るときに発火するニューロンが、人が蹴っているのを見ても発火する。ヒトは、他の人の行動を脳内で真似しているわけ。この「脳内で真似する」性質が、人が他の人と繋がる重要な役割を果たしている、と、この本は主張している。

 なぜ真似が重要なのか。人は、自分を真似する人に好感を抱くらしい。これを証明する、ターニャ・チャートランドとジョン・バーの実験を紹介している。

 被験者に、他の人(サクラ)と共同作業させる。片方のサクラは被験者の姿勢・動き・癖を真似し、もう一方は真似しない。この実験だと、被験者は真似するサクラに好感を抱く。長年連れ添った夫婦が似てくるのも、同じ原因らしい。お互いがお互いの動作や癖を真似るため、傍から見ると似た印象を受けるのだ。

 これを利用するなら、他の人と仲良くなりたかったら、相手の動きや姿勢を真似すればいい、という事になる。実際、ドラマや映画でも、仲の良い友人や家族を演出する際は、表情や動作をシンクロさせる場合が多い。

 もうひとつの実験が、咥えタバコの良くない影響を実証する。

 ポーラ・ニーデンタールの実験で、二つのグループに他人の顔の表情に表れる変化を見分けてもらう。片方は歯の間に鉛筆を咥える。そうすると、自分の顔を自由に動かせず、表情の真似が難しい。結果、鉛筆を咥えたグループは表情の変化をうまく見分けられなかった。

 煙草のみなら知っているが、咥えタバコも表情の動きを制限する。だから、相手の表情を見分けられないし、真似できない。よって好意を得にくい。ということで、モテたかったら煙草はやめよう。

 身振りも重要で、座って本を読んでいるより、教師に教わった方が捗る理由も出てくる。それも、黙々と教科書を読む教師より、適切に動く教師の方がいい。子供の例だが、「算数の問題を例にとれば、教師の言葉での説明に適切な身振りが添えられていると、身振りがまったくない場合に比べて、子供が解法を正しく繰り返せる確立が高くなる」。電化製品などの操作マニュアルとかで、イラストを使う際、製品だけでなく、使う人が書かれていると、判りやすさが増すのも、同じ理由だろう。

 肝心のミラーニューロンはブローカ野にある。ここは、言語を司る部位でもある。だから、ヒトが言語を獲得したのは、模倣を糖してではないか、と著者は推測している。

 このブローカ野を錯乱する実験も興味深い。TMS(経頭蓋磁気刺激)を使い、被験者のブローカ野を「攪乱」すると、被験者は、模倣が不要な運動は問題なくできたが、模倣はうまくできなかった。

 他にも、政治問題を考える際の政治好きな人とそうでない人の脳の活性化の違いや、スポーツカーの写真を見た時に活性化する領域は女性の顔写真を見て活性化する領域と同じだとか、モノゴトを自分で言語表現すると情報が失われる現象など、面白い実験が沢山のっている。私は、スーパーボウルの実験の際に、データ・ファイルが大きすぎてネットじゃ転送できず、ハードディスクを直接運んだ話が楽しかった。

 最後に、模倣のプロ、俳優の言葉を引用しよう。

 神経科学者はこの(ミラーニューロンの)特性をとんでもないものだと思っているが、「私たち俳優」に聞いてみればよかったのだ。私たちはずっと前から、そういう細胞のようなものが自分たちの脳の中にあるに違いないと知っていた――というより「感じていた」――のだから! 私は苦しそうな顔をしている人を見れば、その苦しみを自分自身の中で感じられる。

 ミラーニューロンの研究が与える影響は、単に脳の一機能が判明した、というだけではない。社会は人と人の繋がりでできている。その繋がりを支えるのがミラーニューロンであり、その性質は社会に大きな影響を与えている。別の視点から見れば、ミラーニューロンの性質を理解し、上手に利用すれば、より人が幸福になれる社会にすることもできる…悪用もできるけど。科学だけに留まらず、社会的にも哲学的にも、そして身近な人間関係でも、興味深く読めて興奮する本だ。

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2012年6月10日 (日)

榊涼介「ガンパレード・マーチ 5121小隊 九州撤退戦 下」電撃文庫

絶望と悲しみの海から、それは生まれ出る

【どんな本?】

 SONY Playstation 用ゲーム「高機動幻想ガンパレード・マーチ」を、榊涼介が小説化するシリーズ第八弾にして、ゲーム本編の時系列ではエンディングに当たる。人類と幻獣の絶望的な戦況の中、時間稼ぎの人柱として徴収された学兵たちの、生き残りをかけた壮絶な「最後の」戦いを描く。

 「九州撤退戦」本編の他、戦後処理の一端を物語る「『善行上級万翼長ノ抗命に関スル疑惑』への抗弁」・著者による2頁のあとがき・きむらじゅんこの憂鬱Ⅷ2頁・芝村裕吏による2頁の解説を含む。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2004年10月25日初版発行。文庫本縦一段組みで本文約320頁。8ポイント42字×18行×320頁=241,920字、400字詰め原稿用紙で約605枚。榊氏、長丁場の最終巻は少し長めになる傾向がある模様。

 文章は読みやすい。この巻は熊本県~福岡県を転戦するので、地図か Google Map を見ながら読むと、更に楽しめる。また、戦闘シーンが多く、「20ミリ機関砲」やら「94式小隊機関銃」やらの兵器名がポンポン出てくる。ファンブックがあると、視覚的なイメージが掴みやすいだろう。

 当然ながら続き物なので、何も知らない人は、「5121小隊の日常」か「episode ONE」から読み始めよう。

【どんな話?】

 1999年5月初旬、自然休戦期を目前に控えつつも突然の攻勢に出た幻獣に対し、自衛軍は崩壊、学兵を捨石にして精鋭部隊の撤退時間を稼ぐ策に出る。なんとか善行との合流を果たした5121小隊は、自衛軍に見捨てられ孤立した学兵部隊を救援しつつ、殿軍として幻獣をけん制する自殺的な役割に自らを投ずる。

 その頃、除隊した遠坂と田辺は、監視役の橋本の目を盗み、善行から受け取ったメッセージの真意を計っていた…

【感想は?】

 感動のフィナーレ。読みながら自分がガンパレード状態になってるのがわかる。いやもう、エンディングは涙だらだらの気持ちよさ。このまんまジェームズ・キャメロンあたりに撮ってもらいたいぐらいの、王道娯楽アクション作品に仕上がってる。

 前巻の続きだけに、内容は戦闘また戦闘と、ひたすら厳しい場面が延々と続く。他の部隊を吸収しながらの戦いなので、少しずつ戦力は充実してくるものの、敵の攻勢も厳しくなり、必然的に主力打撃戦力としての士魂号も連戦を余儀なくされる。

 5121の主力となる三機の士魂号の戦いは、案外と安定感が出てきてる。というのも、5121小隊なりの戦術パターンが出来上がっているから。ゲームをやってると、なかなかNPCが思うとおりに動いてくれないんで、このパターンにハマる事は滅多にないのが悲しいところ。3人プレイが可能なら、随分と戦闘は楽になるだろうなあ。大人の事情で無理そうだけど。

 となると緊張感が薄れそうだが、そこは榊さん。あの手この手で緊張感を維持、どころか巧く盛り上げている。特に巧いと思ったのが、パイロットたちが士魂号から降り、小休止を取るシーン。今までくすぐり大王などで何度も小隊のメンバーに忘れられてきた滝川と、人当たりのいい速水なのだが、この巻では整備班の反応が大きく違っている。どこからこんな描写を思いついたのか、それとも何かの戦記のエピソードをアレンジしたのか。

 その滝川が、ついに。しかも、イラストつき。まったく、何やるにしてもこっ恥ずかしい奴。そりゃ原さんもラブコメ禁止令を出すよ。つか、こんなの新井木に見られたら、大変な事になるんだが。しかも、その後のグリフが酷い。今まで滝川のグリフは何度か描写され、明るくてもどこか寂しい雰囲気だったのが、一気にお花畑。大丈夫なのか、そんなので。つか、どういう誤解をしてるんだか。

 滝川の相棒、茜は、この巻でも備品扱い。大言壮語するわりに実態はアレな茜、この巻でも彼の物語作りの才能を見せ付けてくれる。いずれゴブリンがナーガに、ナーガがゴルゴーンになるんだろうなあ。

 「あんたがたどこさ♪」あたりから終戦後の話が出始め、その幾つかに結論が出るのも、この巻のお楽しみ。ほとんど何も考えずに即答する者、話し合いながら決める者、自分なりの道を目指す者。それぞれの結論の出し方に、各員の性格がよく出てる。ある意味、速水の割り切りはシンプルで豪快。

 長いシリーズだけあって、榊オリジナルの登場人物も頻繁に出てくる。中でも、重要な役割を果たすのが逆モヒカンこと橋爪。つか、いつの間に逆モヒカンなんて渾名がついたんだか。規格はずれ揃いの5121小隊に対し、ちとやさぐれた、でもやさぐれきれない普通の男子高校生、という位置づけで、なかなかセイシュンっぽいお話を展開してくれる。まあ、そういう年頃だよねえ。

 同じ高校生でも、やっぱり女子は華やか。紅稜α小隊は女の園。なのに、迷い込んでしまった野獣は…というと、意外と肩身が狭かったりする。ゲームでも、その独特の名称と風貌から「一度乗ってみたい」と、きたかぜ同様ヘヴィーなファンが注目するモコスに篭り、渋い戦いを見せる。当時は「白馬の王子様」だったんだのね。

 ラストバトルは、これまでのフィナーレを飾るに相応しいアクションと感動と意外性。これはもう、ゲームのノベライズどころか、娯楽小説としても傑作の域に達してると思うんだが、いかんせん世界観と登場人物がゲームに強く依存しちゃってるから、あまり人には薦めにくいんだよなあ。

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2012年6月 8日 (金)

アダム=トロイ・カストロ「シリンダー世界111」ハヤカワ文庫SF 小野田和子訳

 「――そして管理職というものは、人類の歴史がはじまって以来ずっと、本気で仕事をしようなんて思ったためしがない。管理職が取り組む真の議題は、いつの世も、管理職が気分よくすごせるようにすることなんです」

【どんな本?】

 宇宙開発SFの傑作「ワイオミング生まれの宇宙飛行士」で星雲賞を攫ったアダム=トロイ・カストロによる、遠未来の宇宙を舞台としたSFミステリ長編。フィリップ・K・ディック賞のほか、「SFが読みたい!」のベストSF2011でも19位にランクイン。人工知性集合体が建設した巨大なシリンダー型コロニー「111」。異様な生態系を持つこの構造物の調査隊内で発生した殺人事件に、敏腕捜査官アンドレア・コートが挑む。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Emissaries From the Dead, by Adam-Troy Castro, 2008。日本語版は2011年3月15日発行。文庫本縦一段組みで本文約575頁+訳者あとがき4頁。9ポイント41字×18行×575頁=424,350字、400字詰め原稿用紙で約1061枚。そこらの長編なら2冊分。

 翻訳物のSFにしては読みやすい方。時代が遠未来で、場所が巨大シリンダーという、我々には不案内な世界である事を考えると、訳者は相当に頑張っている。裏表紙には「ハードSFミステリ」とあるが、それほど科学知識を要求されるわけでもない。ロボットアニメに出てくるガジェットや用語に慣れてる程度で充分。肝心のトリックも、小難しい科学知識は使ってない。

【どんな話?】

 遠未来。人類は他の恒星系に進出し、知性を持つ幾つかの異星人と出会った。友好的な種族もあるし、理解不能な種族もあるし、敵対的な種族もあるが、支配地域が離れているためか、全面戦争になった事はない。変わり者は<AIソース>で、ソフトウェア知性集合体だ。圧倒的な科学技術を持ち、ときおり他の種族に気まぐれに技術を売るるが、正体が何でどこにいて何を考えているのかわからない。

 <AIソース>は、直径千キロ・長さ10万キロの巨大シリンダー「111」を過疎地に建設した。独特の環境と生態系を持つ111に、知的生物と思われる生物ウデワタリが存在し、ホモ・サップ連合は70名ほどの長期滞在する調査団を派遣するが、その調査員の一人が何者かに殺された。事件を解決するため、外交団は捜査官を派遣し…

【感想は?】

 やはり111内の異様な風景に圧倒される。

 シリンダー型コロニーと言えば、両側にせりあがる地平線、上を見上げれば、やっぱりそこも地表、と思うよね、普通。ところがこの111、なにせデカい。ってんで、人類が生活できるのは中心付近のアッパーグロウスと呼ばれる、樹木が生い茂る地域だけ。「下」は有毒ガスの雲が漂い、その下では嵐が渦巻き、巨大なドラゴンが飛び回る。更に下に行くと酸の海があるらしい。だもんで、一旦落ちたら、確実に助からない。

 ってんで、調査団は樹上?生活をする羽目になる。ロープやネットを張り巡らして通路を作り、樹木にテントを吊るして部屋を作り、寝るときはハンモック。なんか覚えがあるなあ、と思ったら、リチャード・プレストンの「世界一高い木」のツリー・クライマーの世界だった。

 そういう世界で生活する調査団の面々なら、きっと体育会系で爽やかな連中…と思ったら、とんでもない。確かに樹上生活技術は必須なんで、その辺は体育会系で皆さんいい体してる。ええ、男も女も上半身はムキムキの筋肉マン筋肉ウーマンだし、一定の技術を持つ者だけを仲間と認める風潮もある。

 が、爽やかかと言えば、とんでもない。緒戦は人間の組織、陰険な奴もいれば、妙に馴れ馴れしい奴もいる。

 そもそも、探偵役の主人公、アンドレア・コートからして思いっきり屈折してる。何やら過去に大変な事を仕出かしたらしく、悪い意味で有名人。そのためか、人間付き合いは極めて事務的でつっけんどん。あまり人と感情的な交流を持ちたがらない…というか、大半の人に対しいい感情を持たない。まあ、関係者全員を疑う必要のある探偵役としては適役なんだろうけど、到着後に早速、調査団の代表と対立する。おまけに上に、自殺衝動持ちで、本当に優秀なのか、この人。

 被害者のクリスティーナ・サンチャゴも主人公とよく似てる。悲惨な生い立ちから脱出するために調査団に加わる、のはいいが、性格がとってもドライ。「すべきことをなせ、余計なおしゃべりは無用」ってな感じで、人付き合いは悪い。たまにしゃべると、不平不満ばかり。ああ、とても他人とは思えない。

 調査団の代表も胡散臭くスケベったらしいオヤジ、スチュアート・ギブ。初対面から妙に馴れ馴れしくアンドレアにモーションをかけてくる。が、仕事となると事なかれ主義で、重要な質問にはのらりくらりと返答をはぐらかす。

 もう一人の副代表、ペイリン・ラストーンも得体が知れない。常に冷笑的な態度で、上司のはずのギブにも軽蔑の色を隠さない。辛らつで意味深な事を言うが、やはり肝心な質問には答えない。胡散臭さプンプンだが、どうも重要な地位にあるらしい。何者だ、こいつ。

 もう一人の被害者、シンシア・ウォーマスもクリスティーナ同様の悲惨な生い立ちなのだが、性格は正反対。クリスティーナが全員を拒絶していたのに対し、彼女は全ての人に親切で寛容。といっても、いわゆる博愛主義とは違い、人は孤独になりたい時でもズカズカと踏み込んでくる。しかも、それが善意なんだからたまらない。「あたしがなんとかしなくちゃ」と思い込んで、突っ走っちゃう、往々にして押し付けがましい人。

 ってな感じの、現代日本でもありがちなドロドロした人間関係に加え、冒頭の引用に代表されるように、組織で働いている多くの人が感じる鬱憤というかディルバート的な感覚が身につまされる。この社会の重要な構成要素である年季奉公的な制度もチクリと刺して、これが少し前の日本のIT産業界の実態そのものなのが笑った。というか、今でもそうかも。

 ミステリとしては、「誰が犯人か」が中心。これも最初から結構無茶な注文が入ってる。この著作の世界では、<AIソース>が神のごとく万能に近い存在で、特に111内では、まさしく創造主。外交的な問題もあって、アンドレアの上司アーティス・ブリンゲンは「<AIソース>は無実という事にしろ」と指示してくる。

 この肝心の<AIソース>がまた、正体不明で。なんかシンギュラリティ後のコンピュータ・ソフトウェアらしく、人より10桁ぐらい速い思考速度と、凄まじく進歩した科学技術を持つが、正体も目的も不明。なんのために111を作ったのか、なぜ知的生命体と微妙な接触を保つのか、どんな形態でどこにいるのか。

 そのくせ、妙に人間心理を理解してるっぽい所があるのも不気味。連中が作った生物のウデワタリも、まるきし形状や生態はナマケモノで、なんか親しみが湧く。ウデワタリの異様な世界観も、ちょっとしたセンス・オブ・ワンダーで、ファースト・コンタクト物としても楽しめる。というか、ある意味、ファースト・コンタクト物の王道を行ってる。

 SFの醍醐味である眩暈のする風景と、世界の謎という大仕掛けを、会社勤めの月給取りが味わう悲哀で味付けした怪作。進歩したテクノロジーと、進歩のない人間社会の対比が強烈な作品。

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2012年6月 7日 (木)

かわらないブラッドベリ

「火星年代記」の米作家ブラッドベリさん死去

 初めて読んだのは、「10月は黄昏の国」だった。古本屋で買った酷い乱丁の本だった。SFというより、ホラーの色調が強い内容の短編集だった。「骨」「大鎌」「群集」あたりが記憶に残っている。

 記憶に残るといっても、文章は思えていない。頭に浮かぶのは、風景だ。短編が多いせいでもあるけど、彼の作品は、ストーリーより情景が印象的な作品が多かった。

 SF者は彼をSF作家と呼び、ホラー・ファンはポーの後継者と位置づけ、ファンタジイ好きは幻想文学者という。要は、みんな、彼に仲間になって欲しかったのだ。

 改めて考えると、作家としては不器用な人だったんじゃないかと思う。何を書こうが、ブラッドベリの味になる。一つ覚えと言っていい。それで良かった。彼の読者は、ブラッドベリが好きなのであって、ジャンルはなんだって良かったのだ。重要なのは、ブラッドベリの味がすることであって、SFかホラーかファンタジイかなんて、どうでも良かったんだ。

 最初から、彼の作品は古びた雰囲気があった。当然、今読んでも古びた感じがする。ただ、古び方は昔とかわらない。A・C・クラークやJ・P・ホーガンが次第に陳腐化してしまうのに対し、彼の作品は長く愛されるだろう。いつのひか、火星にも彼の作品が持ち込まれるに違いない…紙か電子形態かは不明だが。

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2012年6月 6日 (水)

榊涼介「ガンパレード・マーチ 5121小隊 九州撤退戦 上」電撃文庫

 「」だけん、俺らは大切な、命にも関わる秘密を打ち明けた。秘密を聞いた以上、今さら、抜けるなんてことはできんばい、ソックスステルス」

【どんな本?】

 SONY Playstation 用ゲーム「高機動幻想ガンパレード・マーチ」の、榊涼介によるノベライズもシリーズ第七弾目。今までは比較的ゲームの流れに沿って展開してきた物語が、榊氏独自の新展開となり、また内容的にも大きな変化を見せる。

 本編をなす「5121小隊 九州撤退戦」の他に、掌編「原日記 黒・赤」・「珠玉の短編 ソックスハンター列伝 飛べ!ソックスステルス」を収録。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2004年8月25日初版発行。文庫本縦一段組みで本文約245頁+きむらじゅんこの憂鬱Ⅶ2頁。8ポイント42字×18行×245頁=185,220字、400字詰め原稿用紙で約464枚。標準的な長編小説の分量。

 文章は読みやすい。ガンパレ独特の世界観は冒頭の序文で説明があるし、人物も5121小隊の面々は登場場面で軽く説明してあるが、カップリングなどの人間関係は多少独自に発展しているので、できれば「5121小隊の日常」か「episode ONE」から読んだほうがいい。とはいっても、大抵のカップルは予想通りなんだけど。

 なお、「あんたがたどこさ♪」を読了済みの人は、最後の「断り書き」を最初に読んでおこう。

【どんな話?】

 1999年5月6日。熊本城決戦で幻獣の大兵力を殲滅し、自然休戦期を目前に控えた熊本。しかし前線は静かになるどころか、幻獣の動きは活発化していた。自衛軍は今後に備え精鋭部隊を後方に下げ戦力の温存を図り、当初の予定どおり学兵を捨石とする動きを見せる。

 折り悪く善行と原は出張で東京に向かい、芝村舞が臨時に司令を仰せつかる。新任の指揮官としては経験豊かな先任下士官の具申を当てにしたいところだが、若宮と来須は阿蘇特別戦区に支援に行っている。その阿蘇特別戦区で攻勢に出た幻獣は包囲殲滅の動きを見せ、若宮と来須は、独自の判断で部隊を率い、5121との合流を目指を図るが…

【感想は?】

 いろいろな意味で、榊ガンパレの転回点。というか、これからが本当の榊ガンパレの開幕かも。

 というのも。今までは「不慣れな堕ちこぼれの学兵」であった5121小隊が、ここでは「頼りになる精鋭部隊」という立場に変化している。また、今までは日常生活の合間に戦闘が起こっていたのが、この巻では戦闘場面の合間にラブコメが挟まる感じで、もはや小説としても「ゲームのノベライズ」というより仮想戦記に近い。

 仮想戦記として読むと、幻獣の戦術は、小型幻獣の浸透作戦といい、人海戦術といい、共生派といい、某国の人民解放軍を思わせる。ゴブリンが大挙して押し寄せるあたりは、デイヴィッド・ハルバースタムの「コールデスト・ウィンター」を彷彿とさせるのだが、たぶん著者がモデルとしているのはもっと前だろう。すんません、ソッチはほとんど知らんです。

 いかにも仮想戦記らしいのが、土地の情報。この巻では口絵に熊本の地図が付いているだけあって、地元の道路や地形がきっちり書き込まれている。熱心な人は、Google Map などで参照しながら読むと更に楽しめる。これ以降、榊ガンパレはこういう部分に強い拘りを見せ、それが地元のファンを喜ばせている。「私の地元を幻獣に蹂躙して欲しい」などと不届きな願いを抱くファンも多い。

 さて、冒頭では若宮と来須が島村さんの助っ人として阿蘇特別戦区の戦線を維持している。激戦の熊本城決戦を生き延びた島村さんだが、どうにも戦闘部隊が似合わないのは、ある意味天性のものだろうか。しかし来須と萌の会話って、どんなんだろ。ゲームじゃ二人とも無口なんで、仲人プレイでもカップルにするのは難しそう。

 そういえば、来須とヨーコさんは過去が語られていないんだよね。ヨーコさんは面倒くさそうだから仕方がないとして、来須は…下手すると、それだけで別のシリーズができちゃうとか?その来須が若宮と共に、軍人として「適当」な判断を下す場面は、冒頭にあるだけに、このシリーズの大きな展開を予想させる。いや、ほんと、いかにもコンバットとかの戦争物語に出てきそうなシーンなのよ。

 対してパイロットと整備班の学兵連中は、というと。要である善行と原を欠いた上に、引き締め役の若宮と来須の不在で、どうにもギクシャクした様子。突然の司令代理に就いた舞も、慣れぬ立場に今ひとつ精彩を欠く模様。この巻では、不在ゆえに善行の意外?な存在感の大きさを感じる場面が多々。

 その善行、原さんと愉快にランデブー…とはいかないようで、つか、糖尿は酷い。日ごろ苛められてる報復なんだろうか。この二人と絡む、初老の少佐さんが、無名なのに妙に印象に残る。どっかで再登場しないかなあ。なんとかなりません?

 やはり隊と離れ独自に動いている遠坂と田辺。執事の橋本さん、タダ者じゃないと持ったら、そういう事か。珍しく花を散らしたイラストが華やか。というか、この緊張した状況で、それでも獲物を狙う執念はあっぱれというかしつこいというか。本物になったなあ。

 カップルとしては恐らく著者が最も支援している二人が、この巻では大きな進展を見せるのも楽しいところ。というか、ののみ、子供が見るもんじゃありません。

 戦記物の常として、全般的に殺伐とした雰囲気が漂うこの巻だが、末尾の三本の掌編が緊張をほぐしてくれる。果たしてF-22のごとくステルスは無敵の活躍を見せるのか?

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2012年6月 5日 (火)

アントニー・ビーヴァー「スターリングラード 運命の攻囲戦 1942~1943」朝日新聞社 堀たほ子訳

 従来の歴史物語の枠内で、広範囲にわたる新資料、特にロシアの公文書館の資料を駆使して独ソ両軍の体験を示すのが、本書の狙いである。多岐にわたる資料は、この戦いの類を見ない性格と、脱出の見込みなく孤立した人々に及ぼしたその影響を伝えるのに重要である。

【どんな本?】

 1941年6月、ドイツ軍はソ連へと雪崩れ込む。バルバロッサ作戦の発動である。相次ぐ将校の粛清により弱体化した赤軍に加えスターリンの油断もあり、実戦経験で洗練した電撃戦の要領でドイツ軍は突き進むが、伸びきった補給線はやがて部隊の足を止める。

 カフカスの攻略に拘るヒトラーによりドイツ軍はモスクワを目前にして迂回、ヴォルガ河に面するスターリングラードは、死守を命ずるスターリンと攻略に拘るヒトラー両者のの焦点となり、その壮絶な消耗戦は独ソ戦の転回点となった。

 ソ連崩壊に伴い公開された公文書と、従軍した将兵へのインタビュウや日記・手紙を元に、冬には零下40℃にもなる極限状態での凄惨な戦闘を生々しく再現する。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は STALINGRAD, by Antony Beevor and Artemis Cooper, 1998。日本語版は2002年10月31日第1刷発行。私が読んだのは2002年12月5日発行の第2刷。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約502頁。9ポイント45字×19行×502頁=429,210字、400字詰め原稿用紙で約1074枚。長編小説なら2冊分。

 一般に翻訳の戦記物は酷い文章の本もあるが、これは相当に読みやすい部類。敢えて言うなら、独ソ戦の概略(→Wikipedia)と当事の状況は予習しておいた方がいいかも。

【構成は?】

 序
第一部 「世界は息を凝らすだろう」
第二部 再開されたバルバロッサ作戦
第三部 「宿命の都市」
第四部 ジューコフが仕掛けた罠
第五部 屈服した第六軍
 付録A 1942年11月19日現在におけるドイツおよびソ連両軍の戦闘序列
 付録B 統計上の議論――孤立地帯における第六軍の兵力
 解説 村上和久

 基本的に時系列に沿って話は進む。第一部は1941年6月のバルバロッサ作戦開始から独ソ戦全般を扱うが、第二部から次第に焦点がスターリングラードに定まり、第五部は1943年2月ソ連によるスターリングラード奪回と、捕虜のその後を扱う。

【感想は?】

 戦記物としての本書の特徴は、三つ。ひとつは、今まで謎に包まれていたソ連側の情報を豊富に含んでいること。次に、西部戦線と比べ両軍ともに苛烈で酷薄で野蛮であること。そして最後に、従軍した将兵の手紙や日記が大量に引用されていること。

 戦場の様子は、悲惨の一言。前半はドイツ軍がスターリングラードを包囲し、赤軍が市民を動員して大量の流血を覚悟しての消耗戦が展開し、終盤では逆にドイツ軍が包囲され絶望的な戦いとなる。

 前半ではドイツ軍の蛮行が次々と明かされ、西部戦線との違いを痛感する。占領地ではユダヤ人粛清が行われ、捕虜となった赤軍兵は虐待され、前線では農民が略奪される。

 ソ連のユダヤ人はナチスの反ユダヤ主義を知らず、ウクライナのキエフでは1941年9月末に占領軍の出頭命令に応じて三万人以上が素直に出頭した。その結果、「市の郊外のバービーヤール峡谷で特別行動隊4aおよび警察の二個大隊により殺害された」。

 西部戦線と異なり人種戦争の色合いが強い独ソ戦は、捕虜の扱いも酷いもので。

 1941年秋に捕虜となった第127狙撃師団のユーリ・ミハイロヴィッチ・マクシーモフは、ノヴォ・アレクサンドロフスクに連行された者の一人である。その地のいわゆる収容所には小屋さえなく、有刺鉄線の柵に囲まれた空き地にすぎなかった。

 補給が滞る上に、電撃戦で迂回した赤軍兵は執拗に抵抗するため、次第にドイツ軍の進軍速度は落ちる。主力の歩兵は一日40マイル(約64km)の進軍が目標だが、実際には20マイル(32km)程度。55ポンド(約25kg)の荷物を抱えてりゃしょうがない。飢えた兵は、近所の村を略奪する。「その夏、ドイツ兵が地元民から奪わなかったのはひまわりの種だけである」。

 ソ連軍が重要視した戦術は二つ。一つは夜間攻撃で、もう一つは狙撃兵。夜間攻撃の理由は簡単。「日中に攻撃すればたちまちドイツ空軍に狙われるからである」。太平洋でも日本軍は夜襲が多かったけど、制空権を奪われた軍の常道なんだろうか。

 「狙撃主義」にも組織的に取り組み、バチュクの師団のザイツェフは若い狙撃兵の訓練を任され、会議を準備して技術に関する意見を交換する。偽の陣地を掘り、梃子に結わえた白旗を立て、離れた所からコードを使ってゆらし、様子を見に塹壕から身を乗り出したドイツ兵を撃つ。案山子を囮にし、囮を攻撃するドイツ兵を狙う。

 ジューコフの進言による包囲作戦「ウラノス」の始動まで、独軍を足止めする必要がある。スターリンの「一歩たりとも退くな」との命令で死守は命じられたものの、補給はおぼつかず援軍は五月雨式。「赤軍の全戦車部隊の60%ほどがウラノス作戦に割り当てられた」。現場の将兵は手元の物でやりくりする。

大隊長のイルガチキン大尉はドイツ軍の急降下爆撃機に反撃できないのに憤り、部下の一人だったレーバ一等兵とともに独自の高射砲を組み立てる。二人は対戦車ライフルを荷車の車輪のスポークに結びつけた。(略)レーバはシュトゥーカ三機を撃ち落したのである。

 ドイツ軍の戦略爆撃で瓦礫の山となったスターリングラードだが、赤軍は頑強な抵抗を続け、一区画づつを奪い合う市街戦となる。ソ連全土からかき集めた赤軍兵はごたまぜで、「第169狙撃兵師団は、兵士はもっぱらカザフ人、ウズベク人、タタール人」。「近代テクノロジーに無縁なので、空襲があると誰よりも混乱して恐れおののく。言葉がよく通じない」。そんなんでよく戦えたと思うが、そこはソ連。脱走兵は処刑、見逃した者も処刑という無茶ルールを徹底させる。

 独軍が包囲されて以降の記述は、南方での帝国陸軍の戦いを思い起こさせる凄惨さ。軍医が50体を検死したところ、「そのちょうど半数に見受けられたのは、歴然たる餓死の痕跡である」。が、それ以上に苦しんだのがドイツ軍に捕らわれたロシア兵捕虜。かなりショッキングな記述があるので覚悟すること。

 それに拍車をかけるのが疫病の蔓延。「一人が死ぬと、虱は生きている肉を求めて集団で死体を離れる」。零下40度でも人体は温かい。そこに虱がたかるわけ。

 前半はヒトラーとスターリン、双方のどっちが間抜けかの競争に見えるが、果たしてドイツに勝ち目はあったのか。西部戦線もあるが、総合力では…

 ドイツが毎月ほぼ500両の戦車を生産していた夏のあいだ、(略)1942年、ソ連の戦車生産は上半期の11,000両から下半期には13,600両にのぼっていた。月平均2,200両余である。航空機生産も同様に9,600機から15,800機に増加していた。

 「ソ連の戦争犠牲者の総数は2600万を超えると考えられている」。具合の悪い報告をもたらす連絡将校を尋問にかける末期ナチスの病んだ体制、双方が行った手紙の検閲、寄り合い所帯であるドイツ軍の内情、極限状態で聖夜を祝う将兵の心情など、読み応えは抜群。ただし凄惨な描写が多いので、繊細な人や心身の調子が悪い人には薦めない。相応の覚悟をして読もう。

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2012年6月 3日 (日)

榊涼介・芝村庸吏「ガンパレード・マーチ あんたがたどこさ♪」電撃文庫

 「アタたちゃジャガイモば見くびっとる、うんねジャガイモば見損なっとる。ジャガイモばただの澱粉野郎て思ったら大間違いぞ」

【どんな本?】

 SONY Playstation 用ゲーム「高機動幻想ガンパレード・マーチ」を、榊涼介がノベライズするシリーズの第六弾。再び時系列を熊本城決戦の後に戻し、目前に自然休戦期を控えた熊本を舞台に、終戦ムード漂う5121小隊の日々を描く。このシリーズ初の長編形式。謎の人物・芝村庸吏の介入も気になるところ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2003年12月25日初版発行。文庫本縦一段組みで本文約278頁。残念ながら「きむらじゅんこの憂鬱」はなし。8ポイント42字×18行×278頁=210,168字、400字詰め原稿用紙で約526枚。

 ライトノベル作家らしく、文章は文句なしの読みやすさ。登場人物もゲームに出てくる人物が大半なので、ゲーム経験者はこの巻から読み始めても問題ない。未経験の人は…ガンパレ世界の背景を知らないと、辛いかも。一応、口絵に(少し偏った)人物一覧があるけど、あまり役に立ちそうにない。素直に「5121小隊の日常」または「episode ONE」から読もう。

【どんな話?】

 1999年5月5日。熊本城決戦で壊滅状態となったものの、間もなく訪れる自然休戦期を前に、町は終戦・復興ムードが漂っている。5121小隊も同様で、決戦を乗り越えた虚脱感も手伝ってか、やや弛緩した雰囲気が漂っている。折り悪く何の間違いか、大量のジャガイモが納入されてきた。これが発覚すればただでは済まない。事態の隠滅を図る5121小隊の面々。これが原さんにバレたら…あれ?そういえば、速水も…

【感想は?】

 榊ガンパレ初の長編。いろいろあって、後に時系列が修正される事になるけど、まああまり気にしてはいけない。

 ガンパレ世界の不思議なお約束自然休戦期。なぜか戦闘は5月10日までで、それ以後、幻獣は戦闘行動を止める。よって、召集された学兵で構成される5121小隊の面々も、5月10日まで生き残れば終戦となる。先の熊本城決戦で幻獣勢力は激減しており、暫く激戦の見込みはない。

 となれば、各自それぞれに戦後を考え始める。舞は芝村だからほぼ決まったようなもの、善行・若宮・来須は元々自衛軍だから古巣に戻るだけ。だが、他の面々、滝川や壬生屋、森や田代はどうするつもりなのか。それぞれの決意が語られるのが、この巻の前半の注目点。

 冒頭で楽しいのが、証拠隠滅の場面。中村が見事な腕を披露したり、新井木が意外と友情に厚かったり、茜がやっぱりガキだったり、壬生屋が予想通り几帳面だったり。後の巻で彼女が将来の希望を語る場面があるけど、案外と向いてるかもしれない。

 この巻でもうひとつ楽しいのが、滝川と壬生屋が慣れぬ役目を仰せつかるシーン。どちらも決戦の活躍で一躍スターに祭り上げられたものの、本人にその自覚は毛頭なく。ってんで、周囲の見る目と本人の無自覚のギャップがやたら可笑しい。

 特に笑ったのが壬生屋。episode ONE/TWO を読む限り、孤立するのには慣れていても、注目されるのには不慣れな様子。好かれてるんだが、イジられてるんだか。それでも、体を動かすと自然体に戻るのが彼女らしい。しかし滝川を接待した整備士は悩んだろうなあ。真相を知ったら、どう思うことやら。

 後半は、一転してシリアスで物騒な雰囲気となる。コメディタッチのカバーでは目立ってる速水と原、この二人の失踪に焦点があたり、二人の捜索がきっかけとなり…

 前半でも、速水と原の不在の影響はアチコチに見えてくる。前半で一度だけある出撃場面の、なんとも頼りないことと言ったら。特に大きいのが、整備班の雰囲気。原さんに代わってなんとか引き締めようとする狩谷だが、人望のなさが災いして空転するばかり。まあ、狩谷に新井木が抑えられるはずもなく。

 その新井木が、後半ではなんと…。いやいや、いいのか、それで。生意気だぞ、新井木のくせして。まあ、ゴブリンの面倒見るのが役目だし、ここはひとつ運命と諦めて。というか、こののイラストの色気のなさと言ったら。

 もう一つ、後半での息抜きが遠坂。熊本城決戦でもズレまくった感覚で場を和ませた若様、この巻でもピント外れな応対で笑わせてくれる。いや悪い奴じゃないんだよね、ズレてるだけで。しかし有能な執事さんだなあ。しかしこの状況でも獲物に目を光らせるあたり、筋金入りになってきたなあ。

 ドサクサに紛れて獲物もとい得物の伏線が張ってあるのも、この巻の憎い所。そう、滝川の得物に注目。ゲームでも、アレは意外と軽装甲と相性がよくて、使い勝手がいい。士気の高い壬生屋に展開型増加装甲を二枚進呈して盾にすると、とても気持ちよくハンティングできる。

 隊内の人間関係が微妙に変化するこの巻は、キャラクター・ノベルの色合いが濃い。特にラブコメ好きの人にお勧め。

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2012年6月 1日 (金)

ウィリアム・コッツウィンクル「ドクター・ラット」河出書房新社 内田昌之訳

 そのあとは、骨を瓶につめるだけ、骨を瓶につめるだけ。

【どんな本?】

 1976年に発表され世界幻想文学大賞に輝きながらも、長らく日本に紹介されずにいた問題作。「2012版SFが読みたい!」のベストSF2011海外編でも18位に食い込み、「アクが強く読者を選び」と評される話題作が、河出書房新社のシリーズ、ストレンジ・フィクションの一冊として登場。カラフルで「悪趣味」な表紙が、内容の異様さを感じさせる。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は William KOTZWINKLE : DOCTOR RAT, 1976。日本語訳は2011年3月30日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約267頁+訳者あとがき5頁+高橋源一郎の解説「真に恐るべき作品」5頁。9ポイント44字×20行×267頁=234.960字、400字詰め原稿用紙で約588枚。標準的な長編の分量。

 「問題作」だの「伝説」だのと言われる海外作品は、クセが強くよみにくい印象がある。が、この作品は心配ご無用。文体は平易、どころかむしろリズミカルでスラスラ読める…文体は。問題は、中身。確かに読者を選ぶ作品だ。

【どんな話?】

 わたしはドクター・ラット、肝臓と睾丸を取り除かれ狂った実験用のラットであり、動物実験と科学の進歩に大いなる畏敬を抱くものだ。同じ実験室内の仲間のラットたちにも、わが信条に基づき、常々助言を与えている、「死こそ解放なり」と。だが、一部の犬たちが人間に反乱を起こそうと革命を煽り、実験動物たちも扇動に乗りつつある。これではいけない。わたしだけでも、科学の進歩を守らなければ。

 同じ頃、人間に飼われている犬・食肉用の雄牛・動物園の鷲・野生の象など、全ての動物が、彼らへの呼びかけに気づいた。その正体はわからない。だが、彼らの本性に訴えるそのメッセージは、動物たちを大きな集団へとまとめあげ…

【感想は?】

 とことんイカれてる。主人公が実験用の狂った去勢ネズミって点で、既に相当に怪しいと思っていたが、中身は思った以上にマッドだ。残酷な描写に耐性のない人は読まない方がいい。暫く肉や卵が食べられなくなる。

 主人公がどう狂っているかというと。実験用ラットのくせに、自分を科学者だと思い込んでいて、とことん科学者の立場を擁護し、同じ実験用動物たちを諭そうとする。

 タマを取り去られようが、雌のラットの卵子を目に移植されようが、脳みそをチューブで吸いだされようが、それは全て偉大なる科学の進歩と研究助成金獲得のためなのだ。誇りに思いたまえ。

 ってんで、いかにも賢しげな理屈をこね、自分が著した論文まで引っ張り出すあたり芸が細かい。「『ホイールの上のラット』――心理学ジャーナル、1963年――を参照のこと」とか。ところが、この諭す相手というのが、これまた悲惨な境遇の動物たち。胎児を観察できるよう腹に穴を開けてプラスチックの窓をつけられた雌ラットとか、マグネシウムを過剰に含む食事を与えられ痙攣を起こしている雄ラットとか、熱中症の実験のため灼熱の環境で延々と歩かされる犬とか。

 そんな実験動物たちに向かい、ドクター・ラットは叫ぶ。「死こそが唯一の解放なのだ!」と。過酷な実験によって狂気に陥ればドクターの修了証書が手に入るのだ、と。やがては美しいホルマリン漬けになって、瓶に収納されるのだ、と。

 本書は、二つのパートが交互に出てくる。ひとつのパートは、ドクター・ラットの一人称で語られる、実験室の様子。もう一つは、ペットの犬や家畜・野生動物たちが何かのメッセージを受け取り、正体不明の何かに導かれ大きな集団として集っていく様子。

 最初に出てくるペットの犬は、まだいい。読んでて「野生の本能に目覚めたか」ぐらいの軽い感じで読める。が、家畜が出てくると、どよ~んとした気分になる。恐らくは産卵調整のため「永遠の昼」に暮らす「世界最高の卵製造機」である雌のニワトリ。やがて来る「良いとき」を待ち、卵を生み続ける。そしてやってくる、解放の時…

 牧場で暮らす雄牛は、狭い車の中に押し込められる。やがて車は止まり、一頭ぞつ、長い通路を通ってゆく。向こうからは、「生々しい不快な匂い」が漂ってくる。やがて自分の番が来て、進んでいくと、天井からぶら下がっているのは…

 実験の様子や飼育環境などが、読者の感情を揺さぶるべく大きくデフォルメされているのは事実だが、それでもやっぱりキツい。こういうのが苦手な人は、この作品を避けたほうが吉。

 などと感覚的にキツい描写もあるんだが、中盤以降はユーモラスな場面が増える。読んでるこっちも緊張をほぐしたいのか、発作的に笑ってしまうから人間ってのは奇妙なもの。

「軍隊も薬漬けにしなければならないな」
「問題ない、やつらはもともと半分薬漬けだ」

 叡智を備え賢明な存在のはずのドクター・ラットでさえ、ホイール(回し車)の誘惑には弱い。この辺は、ハムスターを飼った経験のある人なら、思わず笑ってしまう場面だろう。ほんと、彼らって、体こそ小さいものの、手足の動きのスピードは凄まじく速いんだよね。ベース・クロックが一桁高いというか。

 動物たちの感覚も、いかにもその種らしいセンスなのが楽しい。例えばナマケモノ。伝説となった存在“なみはずれたナマケモノ”として尊敬されている彼は…

 実験室の模様も、マッドなユーモアが漂ってくる。特に笑っちゃうのが「快楽ドーム」の様子。時代的に1976年といえば「セックス・ドラッグ・ロックンロール」の波が去ったあと。「偉大なる快楽中央ラット」の大仰で神がかりな台詞は、時代背景を考えると、かなり皮肉が効いてる…と思ったけど、今でもギャングスタ・ラップとかの世界じゃ似たようなセンスがはびこってるのかも。

 前半だけで解釈すると、いわゆる「動物愛護」の立場で書かれた作品に思えるんだけど、中盤以降のイカれた描写を読むと、どうもそれほど単純な話ではない、と思えてくる。「じゃ何なのよ」と言われても答えられないけど。60年代のヒッピー文化の残滓が、一つのヒントだと思うんだが。

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