榊涼介「ガンパレード・マーチ 5121小隊 九州撤退戦 下」電撃文庫
絶望と悲しみの海から、それは生まれ出る
【どんな本?】
SONY Playstation 用ゲーム「高機動幻想ガンパレード・マーチ」を、榊涼介が小説化するシリーズ第八弾にして、ゲーム本編の時系列ではエンディングに当たる。人類と幻獣の絶望的な戦況の中、時間稼ぎの人柱として徴収された学兵たちの、生き残りをかけた壮絶な「最後の」戦いを描く。
「九州撤退戦」本編の他、戦後処理の一端を物語る「『善行上級万翼長ノ抗命に関スル疑惑』への抗弁」・著者による2頁のあとがき・きむらじゅんこの憂鬱Ⅷ2頁・芝村裕吏による2頁の解説を含む。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2004年10月25日初版発行。文庫本縦一段組みで本文約320頁。8ポイント42字×18行×320頁=241,920字、400字詰め原稿用紙で約605枚。榊氏、長丁場の最終巻は少し長めになる傾向がある模様。
文章は読みやすい。この巻は熊本県~福岡県を転戦するので、地図か Google Map を見ながら読むと、更に楽しめる。また、戦闘シーンが多く、「20ミリ機関砲」やら「94式小隊機関銃」やらの兵器名がポンポン出てくる。ファンブックがあると、視覚的なイメージが掴みやすいだろう。
当然ながら続き物なので、何も知らない人は、「5121小隊の日常」か「episode ONE」から読み始めよう。
【どんな話?】
1999年5月初旬、自然休戦期を目前に控えつつも突然の攻勢に出た幻獣に対し、自衛軍は崩壊、学兵を捨石にして精鋭部隊の撤退時間を稼ぐ策に出る。なんとか善行との合流を果たした5121小隊は、自衛軍に見捨てられ孤立した学兵部隊を救援しつつ、殿軍として幻獣をけん制する自殺的な役割に自らを投ずる。
その頃、除隊した遠坂と田辺は、監視役の橋本の目を盗み、善行から受け取ったメッセージの真意を計っていた…
【感想は?】
感動のフィナーレ。読みながら自分がガンパレード状態になってるのがわかる。いやもう、エンディングは涙だらだらの気持ちよさ。このまんまジェームズ・キャメロンあたりに撮ってもらいたいぐらいの、王道娯楽アクション作品に仕上がってる。
前巻の続きだけに、内容は戦闘また戦闘と、ひたすら厳しい場面が延々と続く。他の部隊を吸収しながらの戦いなので、少しずつ戦力は充実してくるものの、敵の攻勢も厳しくなり、必然的に主力打撃戦力としての士魂号も連戦を余儀なくされる。
5121の主力となる三機の士魂号の戦いは、案外と安定感が出てきてる。というのも、5121小隊なりの戦術パターンが出来上がっているから。ゲームをやってると、なかなかNPCが思うとおりに動いてくれないんで、このパターンにハマる事は滅多にないのが悲しいところ。3人プレイが可能なら、随分と戦闘は楽になるだろうなあ。大人の事情で無理そうだけど。
となると緊張感が薄れそうだが、そこは榊さん。あの手この手で緊張感を維持、どころか巧く盛り上げている。特に巧いと思ったのが、パイロットたちが士魂号から降り、小休止を取るシーン。今までくすぐり大王などで何度も小隊のメンバーに忘れられてきた滝川と、人当たりのいい速水なのだが、この巻では整備班の反応が大きく違っている。どこからこんな描写を思いついたのか、それとも何かの戦記のエピソードをアレンジしたのか。
その滝川が、ついに。しかも、イラストつき。まったく、何やるにしてもこっ恥ずかしい奴。そりゃ原さんもラブコメ禁止令を出すよ。つか、こんなの新井木に見られたら、大変な事になるんだが。しかも、その後のグリフが酷い。今まで滝川のグリフは何度か描写され、明るくてもどこか寂しい雰囲気だったのが、一気にお花畑。大丈夫なのか、そんなので。つか、どういう誤解をしてるんだか。
滝川の相棒、茜は、この巻でも備品扱い。大言壮語するわりに実態はアレな茜、この巻でも彼の物語作りの才能を見せ付けてくれる。いずれゴブリンがナーガに、ナーガがゴルゴーンになるんだろうなあ。
「あんたがたどこさ♪」あたりから終戦後の話が出始め、その幾つかに結論が出るのも、この巻のお楽しみ。ほとんど何も考えずに即答する者、話し合いながら決める者、自分なりの道を目指す者。それぞれの結論の出し方に、各員の性格がよく出てる。ある意味、速水の割り切りはシンプルで豪快。
長いシリーズだけあって、榊オリジナルの登場人物も頻繁に出てくる。中でも、重要な役割を果たすのが逆モヒカンこと橋爪。つか、いつの間に逆モヒカンなんて渾名がついたんだか。規格はずれ揃いの5121小隊に対し、ちとやさぐれた、でもやさぐれきれない普通の男子高校生、という位置づけで、なかなかセイシュンっぽいお話を展開してくれる。まあ、そういう年頃だよねえ。
同じ高校生でも、やっぱり女子は華やか。紅稜α小隊は女の園。なのに、迷い込んでしまった野獣は…というと、意外と肩身が狭かったりする。ゲームでも、その独特の名称と風貌から「一度乗ってみたい」と、きたかぜ同様ヘヴィーなファンが注目するモコスに篭り、渋い戦いを見せる。当時は「白馬の王子様」だったんだのね。
ラストバトルは、これまでのフィナーレを飾るに相応しいアクションと感動と意外性。これはもう、ゲームのノベライズどころか、娯楽小説としても傑作の域に達してると思うんだが、いかんせん世界観と登場人物がゲームに強く依存しちゃってるから、あまり人には薦めにくいんだよなあ。
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