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2012年6月30日 (土)

榊涼介「ガンパレード・マーチ 九州奪還2」電撃文庫

「じゃっどん。ウナギさえ手に入れば作れんこともなか。待てよ……幻獣領だったら水も澄んているからけっこうな食材が手に入るかもしれんたい」

【どんな本?】

 2000年9月発売の SONY Playstation 用ゲーム「高機動幻想ガンパレード・マーチ」を、榊涼介が小説化するシリーズ。ゲームに沿った内容は「5121小隊の日常Ⅱ」で完了したが、ファンの期待に応え以降は榊氏独自の展開でシリーズは続行。山口防衛戦編全四巻→九州奪還編と続き、この巻でシリーズは第16冊目となる。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2008年5月10日初版発行。今までの25日発行が10日になったのは、版元の事情か?文庫本縦一段組みで本文約302頁に加え、なんと巻末には編成表10頁がついている。本格的に架空戦記になってきた。8ポイント42字×17行×302頁=215,628字、400字詰め原稿用紙で約540枚。長編小説としては標準的な分量。

 文章は読みやすい。ただ、独特の世界観で成立しているゲームを基にしている上に、登場人物も多く、この巻から読み始めるのは無茶だろう。できればシリーズはじめの「5121小隊の日常」か「episode ONE」から読み始めよう。「長いシリーズを通して読むのは面倒」という人もいるだろうが、せめて「九州奪還1」からにしよう。

【どんな話?】

 岩国防衛戦の危うさを知らぬ東京の政府および軍上層部の思惑により始まった、九州上陸作戦。善行の懸念をよそに、福岡はあっさりと一日で陥落した。今まで防衛・撤退戦ばかりだっただけに、慣れぬ攻勢の成功に上層部は浮き立ち、更に強気の作戦、すなわち佐賀を経由して熊本進撃を決定する。

 今までの遊撃的な立場から、自衛軍に組み込まれての戦いに戸惑う5121小隊と、それを率いる芝村舞だったが、幾つかの戦闘を通して指揮官としての能力を認められ、司令として部隊を掌握していく。意外な幻獣の弱さに困惑を覚え、また強気の作戦への懸念を善行と共有しつつ、独自の判断で威力偵察を続けるが…

【感想は?】

 本格的に戦記物になりつつあるこのシリーズ、この巻ではついに編成表まで付属する凝りっぷり。どこまで行く気なんだろ。

 前巻に続き、軍内の政治が背景の重要な要素となるこの巻、やはり派遣軍司令部の会議シーンが濃い、いろんな意味で。オッサンばっかだから加齢臭とニコチン臭いってのもあるけど、同時に、今まであまり語られなかったガンパレ世界の日本史が垣間見える。

 帝国陸軍の例に倣ってか、この世界でも陸軍は出身地ごとに部隊が編成されている様子。また、お国ごとの軍人の社会的地位の違いにも注目。「桐野」って名前から、そうかなと思ってたら、やっぱり薩摩出身だった。こっちの世界だと、会津と長州の遺恨はないのかな?矢吹中佐は、5121との連携の勝利がクセになっている模様。それとも、壬生屋ファンクラブ活動を続けたいとか?

 ロボットマニのくせに、光輝号には疎い滝川。同僚の速水と舞が栄光号を乗りこなしている事に、特に妬みはない模様で、一途に軽装甲に拘るのも滝川らしい。カタログ・スペックに優れる新機種より慣れて癖と限界を掴み信頼性の高い機体の方が安心できる、ってわけでもなく、単に今の機体が好きなんだろうなあ。狩谷に頼めば、士魂号が携行できるグレネード・ランチャーを作って貰えるんじゃね?そういえば、92mm用の煙幕弾はどうなってるんだろ。

 と、能天気な滝川に対し、森さんはかなり参ってる様子。ストレートに感情を出す新井木と違い、彼女は溜め込んじゃうから難しい。九州奪還編では、彼女斉藤を通して「普通の真面目な女の子が戦場に放り込まれるとどうなるか」が描かれます、たぶん。

 「真面目で素直」な森に対し、「真面目で意地っ張り」な斎藤さん。合田少尉・橋爪軍曹の下でなんとか生き残ってます。合田強欲小隊と言われる所以が披露されるシーンは、ちょっとした見もの。こりゃ除隊しても裏社会で生きていけそう。彼の相方を務める橋爪が、今までの撤退戦歴を語る場面は、ひたすら涙。

 榊オリジナルでは、やっぱり石丸さんに注目。リーダーに相応しく、佐藤をダシに巧く隊の雰囲気を盛り上げている。スタイルも気性もいいし、出会いさえあれば絶対にモテると思うんだがなあ。つか、会津あたりに行けば、「是非息子の嫁に」とオッサンオバハンから迫られるタイプ。彼女の配慮を察する佐藤も、さすがキャプテンと言うべきか。ここでもクールな菊地さん、やっぱり参考書を抱えてる。このマイペースっぷり、オートバイ小隊を志願するあけのことはあるなあ。

 不穏な空気を孕みつつ進む前半から、後半は雰囲気が一転。ここでも、石丸さんが常識外れな活躍を見せる。いややりませんって、普通。モグラ佐藤との戦術の違いも、隊の性格を現していて面白い。というか、敢えてチームに組み込まず、独自行動を許す石丸さんの度量の広さも相当なもの。

 その石丸さんを徹底的にイジりまくるのが、原さん。既に来須も攻略済みだし、無敵だなあ。そしてむざむざ彼女の縄張りに突っ込む山川も無謀というか。父ちゃんは「線が細い」などと気にしてたけど、この調子ならかなり鍛えられそう。ただ、悪い仲間に引きずり込まれかねないのが問題。まあ、それはそれで人脈形成に役立つからいい…のか?

 山口防衛戦編から、うみかぜゾンビなど少しづつ「ガンパレード・オーケストラ」の設定も取り入れつつあるこのシリーズ、九州奪還編では新しい幻獣が出てくるほか、この巻では緑のお方が登場。

 今までは軍というより害獣に近い行動パターンだった幻獣、その内情がかすかに見えてきた九州奪還編。気まぐれなカーミラの思惑と動向に疑惑を深めつつ、次巻へと続く。

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