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2012年6月20日 (水)

アントニー・ビーヴァー「ベルリン陥落 1945」白水社 川上洸訳

 …しかしシュペーアも、ほかのナチ高官たちも、みとめようとしなかった事実がある。それじは、政治指導者とその体制の本質をなによりも如実に物語るのは、その没落の様態だという事実だ。

【どんな本?】

 1945年。スターリングラードで逆転した独ソ戦は、ついに最終局面を迎える。断末魔の第三帝国の様子はどうだったのか、破竹の進軍を続ける赤軍の内情は、そして戦場となった各地に住む市民の生活は。

 英国陸軍将校としての軍務経験のある著者が、ソ連崩壊に伴う情報公開で入手可能となった赤軍の資料や、従軍した将兵・現地の市民の膨大な手紙・手記・日記を元に、凄惨な第二次世界大戦欧州東部戦線を再現する。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は BERLIN THE DOWNFALL 1945, by Antony Beever, 2002。日本語版は2004年8月10日第一刷発行。私が読んだのは2004年9月20日発行の第二刷。単行本で縦一段組み、本文約605頁に加え、石田勇治の解説「スターリングラードからベルリンへ」7頁+訳者あとがき5頁。。9ポイント47字×20行×605頁=568,700字、400字詰め原稿用紙で約1423枚。長編小説なら三冊分の大ボリューム。

 元軍人が書く翻訳物の軍記物というのは、大抵がお堅い軍事用語の羅列で素人には読みにくいものだが、この本は拍子抜けするほど文章は読みやすい。冒頭に用語・訳語解説があるのも、読者の理解を助けている。だた、戦闘場面は地図を見ながら読む形になるので、真面目に読むと手間取る。それより…

【構成は?】

 地図/凡例/用語・訳語解説/まえがき
新年を迎えるベルリン/ヴィスワ河岸の「カードの家」/炎と剣、そして「崇高な怒り」/冬季大攻勢/オーデルめざして前進/写真ページ(1~14)/東と西/後方地域の掃討/ボンメルンとオーデル橋頭堡/目標はベルリン/宮廷と参謀本部/とどめの一撃の準備/来襲を待って/エルベ河岸のアメリカ軍/戦闘前夜/ライトヴァイナー・シュポルンに立つジューコフ/ゼーロウとシュプレー/写真ページ(15~29)/総統最後の誕生日/ナチ・エリートたちの逃亡/砲撃下の都市/むなしい期待/市街戦/森林戦/側近の離反/写真ページ(30~49)/総統のたそがれ/総統官邸とライヒスターク/戦争終結/敗者の悲哀/白馬にまたがる男
 解説 スターリングラードからベルリンへ 石田勇治/訳者あとがき
 主要参考文献/出典一覧/主要人名索引

 話の流れは原則として時系列順どおりの素直な流れ。1944年末~1945年5月を中心として、最後に軽く戦後の話に触れる。10~30頁程度の短く区切った章が続く構成なので、分量のわりに読みやすい。

【感想は?】

 文章そのものは読みやすいのだが、サクサク読めるかというと、実はかなり読み通すのが辛かった。というのも、内容が凄惨すぎるからだ。壊走する軍なんてみんな悲惨なものだが、この本はそれに加え戦場となった土地に住む市民の運命も酷い。神経の繊細な人や、心身の調子が悪い人は避けたほうがいい。読むなら、相応の覚悟をすること。

 内容は、というと。まず、背景説明程度に独ソと、それを巡る交戦国の政治・軍事情勢を背景程度に軽く。次に、独ソ双方の交戦状況を詳細に。そして、戦場に住む市民の様子も、詳細に。交戦場面が血生臭いのは覚悟していたが、市民の運命の悲惨さまでは覚悟できていなかった。

 同じテーマを扱った本としては、コーネリアス・ライアンの「ヒトラー最後の戦闘」とジョン・トーランドの「最後の100日」が有名…というか、私はそれしか読んでないし、ほとんど内容を忘れてるけど、それはさておき。この本の特徴は、二つ。一つは、ソ連の公文書や手紙などの私文書を元に、赤軍側の内情を詳細に語っている点。もうひとつは、しつこいが市民の運命を生々しく描写していること。

 解説によれば、本書がロンドンで出版されるに先立ち、駐英ロシア大使は抗議の文章を「ザ・デイリー・テレグラフ」紙で公開したとのこと。この辺の構図が、大陸での帝国陸軍の蛮行を巡る議論と似てるよね、と指摘している。ただ、著者は一方的に赤軍を敵視しているわけではなく、前著の「スターリングラード」では、バルバロッサ作戦に伴う独軍の蛮行もキッチリ書いている。つまり、この時点の独軍は、逃げるのに忙しくて蛮行どころじゃなかった、というわけ。それでも時々、赤軍の補給車を襲って食料を奪ったりしてるんだけど。

 この時点でのドイツの様子は酷いもので、働き盛りの男性は大半が従軍しちゃってる。ってんで、14歳ぐらいの少年兵が駆り集められ、第一次世界大戦の従軍経験のある爺様たちと肩を並べ国民突撃隊としてベルリン防衛にあたる。ヒトラーユーゲントの戦車狩り部隊なんて、名前こそ勇ましいものの、実態は自転車にパンツァーファウストをくくりつけてT34に立ち向かえってんだから、無茶だよなあ。

 そのくせ、ナチ高官は、というと。例えば東プロイセンの大管区指導者エーリヒ・コッホは、ヒトラーの死守命令に基づき住民の避難勧奨を拒否し、「陣地構築の土堀りに数万の市民を動員したが、残念ながら軍指揮官たちがどこに陣地を必要としてるか問い合わせることをやらなかった」。挙句が、「いざ攻撃がせまると、だれにも通告しないで自分たちはさっさと逃走してしまった」。

 結果、東プロイセンは赤軍に包囲され、市民は略奪・強姦・虐殺の犠牲となる。この赤軍の蛮行は、ドイツ人だけに留まらず、例えばポーランドでは…

ドイツでの奴隷労働から解放されたウクライナ人、ロシア人、ベロルシア人女性も赤軍将兵がレイプしたという事実だ。第三帝国に拉致された当時16歳だったという少女も多く、なかにはやっと14歳だったという人もいた。

 第三帝国側も酷いもので、3月19日に焦土命令を出している。「撤退にさいして、敵に役立つと思われるものはすべて破壊せよ」って、市民生活はどうなるねん。私の神経が持たないんで、女性が受けた被害についてはこの辺でやめるが、章を追うごとに悲惨な描写が増えていく。

 読んでて、もうひとつ辛いのが、両者の戦闘が、ほとんど無意味である点。赤軍にとっては快進撃だし、スターリンはベルリン占領の戦時的な意味を知り抜いていて、ジューコフとコーネフの尻を叩きまくってるんで、まあ理解できる。わからないのが、独軍の兵が戦う理由。SSの督戦が強烈で、逃亡のそぶりを見せた兵は即刻射殺って方針もあるにせよ。

 特に馬鹿馬鹿しいのが、ベルリンに最後に増援にくるフランス人部隊。大隊長アンリ・フネ率いるフランスのファシスト義勇兵曰く「共産主義は阻止せねばならぬ」。他に「ソ連の占領地域をなるべく少なくするため」と証言する軍人もいるが、著者は言う。「やめてもいいと言ってくれる者がだれもいなかったからである」。

 ベルリン攻略で有名なのが、ジューコフの探照灯(サーチライト)と煙幕。独軍の眼をくらます目的だったが、実は失敗だった、とある。「防御側の目をくらますよりは、むしろ攻撃側に目標を見失わせる結果となった」。土壇場でもゼーロウ高地の独軍は奮戦し、「第一ベロルシア方面軍は防御側のドイツ軍の三倍に近い戦死者を出した」。

 独軍の誇る対戦車兵器パンツァーファウストだが、赤軍も現場の工夫で切り抜ける。「付近の家から鋼線スプリングつきのマットレスを持ち出して砲塔や側面にくくりつけた」。鹵獲したパンツァーファウストは、ベルリンの市街戦で建物の壁をブチ抜くのに活躍する。

 我々に馴染みのないジューコフという人物も興味深い。ロシアの民衆の間では英雄として大人気を誇り、それゆえスターリンに妬まれて戦後は左遷され…

1965年5月9日の終戦記念日にいたるまで、彼は自宅に引きこもっていた。この日、クレムリン大会宮殿で大宴会が開催され、各閣僚、元帥、将官、各国大使をふくむ招待客全員は、レオニート・ブレージネフが側近たちの先頭に立って入ってくると、起立して迎えた。そのうしろからジューコフがあらわれた。(略)一同は「ジューコフ!ジューコフ!ジューコフ!」とさけびながら、テーブルをたたいた。ブレジーネフは顔を石のようにこわばらせた。

 結果、ジューコフは再び引きこもる羽目になりましたとさ。

 現実が見えない狂った指導者により続けられた、無意味な戦い。なぜ誰も止めようとしなかったのか、結局わからないままだ。今でも北朝鮮では絶望的な状況が続いているし、シリアもやがて末期的になるだろう。無意味な戦争を早期に終える方法を、誰か教えて欲しい。

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