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2012年6月 5日 (火)

アントニー・ビーヴァー「スターリングラード 運命の攻囲戦 1942~1943」朝日新聞社 堀たほ子訳

 従来の歴史物語の枠内で、広範囲にわたる新資料、特にロシアの公文書館の資料を駆使して独ソ両軍の体験を示すのが、本書の狙いである。多岐にわたる資料は、この戦いの類を見ない性格と、脱出の見込みなく孤立した人々に及ぼしたその影響を伝えるのに重要である。

【どんな本?】

 1941年6月、ドイツ軍はソ連へと雪崩れ込む。バルバロッサ作戦の発動である。相次ぐ将校の粛清により弱体化した赤軍に加えスターリンの油断もあり、実戦経験で洗練した電撃戦の要領でドイツ軍は突き進むが、伸びきった補給線はやがて部隊の足を止める。

 カフカスの攻略に拘るヒトラーによりドイツ軍はモスクワを目前にして迂回、ヴォルガ河に面するスターリングラードは、死守を命ずるスターリンと攻略に拘るヒトラー両者のの焦点となり、その壮絶な消耗戦は独ソ戦の転回点となった。

 ソ連崩壊に伴い公開された公文書と、従軍した将兵へのインタビュウや日記・手紙を元に、冬には零下40℃にもなる極限状態での凄惨な戦闘を生々しく再現する。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は STALINGRAD, by Antony Beevor and Artemis Cooper, 1998。日本語版は2002年10月31日第1刷発行。私が読んだのは2002年12月5日発行の第2刷。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約502頁。9ポイント45字×19行×502頁=429,210字、400字詰め原稿用紙で約1074枚。長編小説なら2冊分。

 一般に翻訳の戦記物は酷い文章の本もあるが、これは相当に読みやすい部類。敢えて言うなら、独ソ戦の概略(→Wikipedia)と当事の状況は予習しておいた方がいいかも。

【構成は?】

 序
第一部 「世界は息を凝らすだろう」
第二部 再開されたバルバロッサ作戦
第三部 「宿命の都市」
第四部 ジューコフが仕掛けた罠
第五部 屈服した第六軍
 付録A 1942年11月19日現在におけるドイツおよびソ連両軍の戦闘序列
 付録B 統計上の議論――孤立地帯における第六軍の兵力
 解説 村上和久

 基本的に時系列に沿って話は進む。第一部は1941年6月のバルバロッサ作戦開始から独ソ戦全般を扱うが、第二部から次第に焦点がスターリングラードに定まり、第五部は1943年2月ソ連によるスターリングラード奪回と、捕虜のその後を扱う。

【感想は?】

 戦記物としての本書の特徴は、三つ。ひとつは、今まで謎に包まれていたソ連側の情報を豊富に含んでいること。次に、西部戦線と比べ両軍ともに苛烈で酷薄で野蛮であること。そして最後に、従軍した将兵の手紙や日記が大量に引用されていること。

 戦場の様子は、悲惨の一言。前半はドイツ軍がスターリングラードを包囲し、赤軍が市民を動員して大量の流血を覚悟しての消耗戦が展開し、終盤では逆にドイツ軍が包囲され絶望的な戦いとなる。

 前半ではドイツ軍の蛮行が次々と明かされ、西部戦線との違いを痛感する。占領地ではユダヤ人粛清が行われ、捕虜となった赤軍兵は虐待され、前線では農民が略奪される。

 ソ連のユダヤ人はナチスの反ユダヤ主義を知らず、ウクライナのキエフでは1941年9月末に占領軍の出頭命令に応じて三万人以上が素直に出頭した。その結果、「市の郊外のバービーヤール峡谷で特別行動隊4aおよび警察の二個大隊により殺害された」。

 西部戦線と異なり人種戦争の色合いが強い独ソ戦は、捕虜の扱いも酷いもので。

 1941年秋に捕虜となった第127狙撃師団のユーリ・ミハイロヴィッチ・マクシーモフは、ノヴォ・アレクサンドロフスクに連行された者の一人である。その地のいわゆる収容所には小屋さえなく、有刺鉄線の柵に囲まれた空き地にすぎなかった。

 補給が滞る上に、電撃戦で迂回した赤軍兵は執拗に抵抗するため、次第にドイツ軍の進軍速度は落ちる。主力の歩兵は一日40マイル(約64km)の進軍が目標だが、実際には20マイル(32km)程度。55ポンド(約25kg)の荷物を抱えてりゃしょうがない。飢えた兵は、近所の村を略奪する。「その夏、ドイツ兵が地元民から奪わなかったのはひまわりの種だけである」。

 ソ連軍が重要視した戦術は二つ。一つは夜間攻撃で、もう一つは狙撃兵。夜間攻撃の理由は簡単。「日中に攻撃すればたちまちドイツ空軍に狙われるからである」。太平洋でも日本軍は夜襲が多かったけど、制空権を奪われた軍の常道なんだろうか。

 「狙撃主義」にも組織的に取り組み、バチュクの師団のザイツェフは若い狙撃兵の訓練を任され、会議を準備して技術に関する意見を交換する。偽の陣地を掘り、梃子に結わえた白旗を立て、離れた所からコードを使ってゆらし、様子を見に塹壕から身を乗り出したドイツ兵を撃つ。案山子を囮にし、囮を攻撃するドイツ兵を狙う。

 ジューコフの進言による包囲作戦「ウラノス」の始動まで、独軍を足止めする必要がある。スターリンの「一歩たりとも退くな」との命令で死守は命じられたものの、補給はおぼつかず援軍は五月雨式。「赤軍の全戦車部隊の60%ほどがウラノス作戦に割り当てられた」。現場の将兵は手元の物でやりくりする。

大隊長のイルガチキン大尉はドイツ軍の急降下爆撃機に反撃できないのに憤り、部下の一人だったレーバ一等兵とともに独自の高射砲を組み立てる。二人は対戦車ライフルを荷車の車輪のスポークに結びつけた。(略)レーバはシュトゥーカ三機を撃ち落したのである。

 ドイツ軍の戦略爆撃で瓦礫の山となったスターリングラードだが、赤軍は頑強な抵抗を続け、一区画づつを奪い合う市街戦となる。ソ連全土からかき集めた赤軍兵はごたまぜで、「第169狙撃兵師団は、兵士はもっぱらカザフ人、ウズベク人、タタール人」。「近代テクノロジーに無縁なので、空襲があると誰よりも混乱して恐れおののく。言葉がよく通じない」。そんなんでよく戦えたと思うが、そこはソ連。脱走兵は処刑、見逃した者も処刑という無茶ルールを徹底させる。

 独軍が包囲されて以降の記述は、南方での帝国陸軍の戦いを思い起こさせる凄惨さ。軍医が50体を検死したところ、「そのちょうど半数に見受けられたのは、歴然たる餓死の痕跡である」。が、それ以上に苦しんだのがドイツ軍に捕らわれたロシア兵捕虜。かなりショッキングな記述があるので覚悟すること。

 それに拍車をかけるのが疫病の蔓延。「一人が死ぬと、虱は生きている肉を求めて集団で死体を離れる」。零下40度でも人体は温かい。そこに虱がたかるわけ。

 前半はヒトラーとスターリン、双方のどっちが間抜けかの競争に見えるが、果たしてドイツに勝ち目はあったのか。西部戦線もあるが、総合力では…

 ドイツが毎月ほぼ500両の戦車を生産していた夏のあいだ、(略)1942年、ソ連の戦車生産は上半期の11,000両から下半期には13,600両にのぼっていた。月平均2,200両余である。航空機生産も同様に9,600機から15,800機に増加していた。

 「ソ連の戦争犠牲者の総数は2600万を超えると考えられている」。具合の悪い報告をもたらす連絡将校を尋問にかける末期ナチスの病んだ体制、双方が行った手紙の検閲、寄り合い所帯であるドイツ軍の内情、極限状態で聖夜を祝う将兵の心情など、読み応えは抜群。ただし凄惨な描写が多いので、繊細な人や心身の調子が悪い人には薦めない。相応の覚悟をして読もう。

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