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2012年5月30日 (水)

竹原直道編著「むし歯の歴史 または歯に残されたヒトの歴史」砂書房

一つの病気のために、大学が作られたり、学部が作られたりするというのはほかに例がない。大学まで作ってしまった、いや作らざるを得なかったこの病気、「むし歯」とはいったいどんなものなのだろうか。いつ頃からあるのだろうか。どうしてこんなに多いのだろうか。疑問が次から次へと湧いてくる。本書はこれらの疑問、とくにむし歯の疾病史に焦点を合わせてみることにした。

【どんな本?】

 むし歯とは何か。なぜむし歯になるのか。どんなむし歯があるのか。どんな時にむし歯になるのか。そんなむし歯の基本的な疑問に答え、むし歯の性質を明らかにした後、その知識を元に、古代中国・縄文時代・弥生時代・江戸時代などの人骨の調査から、当時の人々のむし歯の様子を紹介し、むし歯から伺える当事の人々の生活状況を紹介する。

 なお、編著者の竹原直道は歯学博士で九州歯科大学予防歯科学教授。他に以下4人の著者が協力している。

  • 坂下玲子:保健学博士、熊本大学医療技術短期大学部助教授
  • 藤田尚:新潟県立歴史博物館主任研究員
  • 松下孝幸:土井ガ浜遺跡人類学ミュージアム館長
  • 下山晃:大阪商業大学総合経営学部助教授

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2001年7月23日第1刷発行。単行本サイズのソフトカバーで縦一段組み、本文約240頁。10.5ポイントの見やすい字で38字×18行×240頁=164,160字、400字詰め原稿用紙で約411枚だが、写真・図版・グラフ・表などがふんだんに入っているので、実質的な文字量は7~8割。長編小説ならやや短め。

 内容は専門的だが、文章は語りかける親しげな雰囲気で読みやすい。また、レイアウトも親切で、頁の下1/5ほどを脚注用のスペースとし、注を本文と同じ頁に収める工夫をしている。

【構成は?】

 まえがき
第一章 むし歯の穴から世界を覗けば(竹原直道)
第二章 古代中国人とむし歯(坂下玲子)
第三章 縄文人とむし歯(藤田尚)
第四章 弥生人とむし歯(松下孝幸)
第五章 江戸時代人とむし歯(藤田尚)
第六章 近代型むし歯と砂糖(下山晃)
第七章 むし歯の現在と未来(竹原直道)
 付――むし歯の歴史関連略年表/あとがき

 第一章を除けば各章は独立しているので、気になった所だけを拾い読みできる。ただし、,第一章は以降の章の基礎となる部分なので、素直に最初に読もう。また、各章末に参考文献がついている。

【感想は?】

 私はむし歯が多い。最近になって、歯科医師の指導を受け食後は必ず充分に歯磨きしているのだが、それでも完全に予防はできない。なんとかならんのかと思ったら、どうにもならないらしい。いきなり第一章から絶望の淵に叩き落された。

 むし歯にも色々あるが、現代で最も多いのは「口腔内に生息する酸性生産菌の働きによるもの」。たべかすを菌が分解して酸を出し、これが歯を侵食する。分解元が二つあって、糖と加熱調理したでんぷん。だもんで、肉食中心だと虫歯にならない。農耕と重要な関係があるわけ。

 でんぷんの分解はゆっくり進むので、ブラッシングで予防可能。主な罹患者は成人と高齢者で、昔はこのタイプが多かった。近年になって増えたのが砂糖タイプのむし歯、砂糖の普及とともに流行し、主な罹患者は小児。問題は、このタイプ、進行が早くてブラッシングじゃ大部分が予防できないって事。糖は分子が小さいので分解が速いそうな。

 人間の体は巧くできてて、実は唾液が酸を洗い流してる。けど、怖いのがプラーク。これ菌が集まり水に溶けないバイオフィルムになったモノで、唾液が酸を洗い流すのを邪魔する。てんで、歯医者さんで定期的にキッチリ取ってもらおう。

 先に農耕とむし歯の関係を書いたが、数字だと「ターナーⅡ世(1979)はそれまでの報告をまとめ、狩猟・採集経済での虫歯率は平均1.3%、農耕と狩猟・採集の混合経済は4.8%、農耕中心になると8.6%、精製した砂糖が流通し始めると20%を超える」。これ重要。

 例えば第二章の古代中国の分析では、(当時)確認された最古の殷王朝以前は5.0%が周王朝で10.9%にハネ上がり、殷王朝は周辺の略奪で成り立っていた国家で、貴族と言っても「活動的な戦士のイメージ」とし、周王朝で農業が盛んになったと推測している。もっとも、周王朝でも内蒙古あたりじゃむし歯はほとんどなく、「遊牧民と農耕民がモザイク状に存在していた可能性もある」。

 意外なのが縄文人。なんとむし歯率8.2%で、狩猟中心にしては異様に多い。縄文クッキー・縄文パンがあるし、農耕とまではいかないまでも、採集は結構していたらしい。生活も穏やかとはいかないようで、「古代人口学を専攻した小林和正氏によれば、男女とも15歳時の平均余命は16年」って、厳しい。歯周病などから、「現代人と比較にならないほど老化が早かった」。こういうのを読むと、つくづく私たちのご先祖様はヘヴィーな人生を送ってたんだなあ、と思ってしまう。

 弥生人の分析で面白いのが、集落により男女のむし歯率に差がある点。沖縄の真志喜安座間原は男10.5%で女22.2%、北九州は男20.8%女25.6%。北九州は男女差が少ない。この理由として、北九州は男女とも農耕中心で食生活もほぼ同じ、沖縄は男が狩猟・漁撈に行ってたんじゃないか、と推理してる。

 江戸時代になるとグッと現代に近くなって、10~20%に増えている。これだけ多いと予防も熱心で、房楊枝でのメンテナンスが普及してたとか。歯磨き粉も普及してて、雑貨屋・風呂屋・寺社の露天の他、「売り歩きが江戸市内に数百人もいた」。独楽まわしや居合い抜きを見せながら回ったというから、浪人の仕事は傘はりだけじゃない。

 やはり高貴な人は柔らかいものを食べてむし歯が多いようで、「最も多いのは十四代将軍の徳川家茂の30本、次いで九代家重の11本、六代家宜の8本」。しかも「顎骨の発達は良好とはいえず、歯列の不正が生じていた」。柔らかいものばかり食べていると、顎骨が発達しないので歯列が綺麗にならないそうな。

 日本の歯科技術は相当なもので、なんと984年に丹波康頼の「医心方」に歯磨きを勧める記述がある。義歯も古くて、「実は日本の義歯が世界一古い」。

 日本における現存する最古の義歯は、和歌山市成願寺の尼僧が使用したとされる上顎総義歯である。これは使用者が1538年に没していることから、16世紀はじめ、室町時代後期のものだ。フランスの義歯の創始者といわれたフォシャールに先立つこと、およそ200年である。

 現代のむし歯は砂糖の普及と深い関係がある。が、先進国では60年代、日本では70年代を峠として減り始めている。この原因はいろいろ考えられるけど、そのひとつにミュータンス菌の変化を第六章の著者は挙げている。

 ってんで、変な妄想をしてしまった。将来的には遺伝子を弄って無害化したミュータンス菌を口腔内に繁殖させれば…って、無茶かなあ。

 むし歯という、嬉しくないけど身近な現象を通して古代の生活様式を探る本。また砂糖が関わると、当事の国際社会や貿易の様子が見えてきたり、意外性の多い本だった。

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