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2012年5月の22件の記事

2012年5月31日 (木)

榊涼介「ガンパレード・マーチ episode TWO」電撃文庫

 「市中引き回しの上、陰惨な『踏み靴下』を強制されるっぞ。以後、やつは忠実な生徒会連合の手先として働くことになる」

【どんな本?】

 SONY Playstation 用ゲーム「高機動幻想ガンパレード・マーチ」の、榊涼介によるノベライズ・シリーズ第五弾。前巻に引き続き、この巻ではシリーズ開始の「5121小隊の日常」以前の日常を綴る。前巻でやっと到着した士魂号、この巻ではついに初陣を飾るのでお楽しみに。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2003年7月25日初版発行。文庫本縦一段組みで本文約277頁+きむらじゅんこの憂鬱Ⅵ2頁。8ポイント42字×17行×277頁=197,778字、400字詰め原稿用紙で約495頁。長編小説なら標準的な長さ、前巻とほぼ同じ分量。

 ライトノベル作家らしく読みやすい文章。時系列的にも前巻に続く小隊結成の初期を書いているので、ゲームをプレイしていない人は、前巻の「episode ONE」から入るのがいいかも。

【どんな話?】

 ついに士魂号が到着し、パイロットたちも人型戦車操縦の習熟に余念がない。ギクシャクしていた整備班とパイロットたちも多少は打ち解け、なんとか隊としての体裁を整えつつある。だが厳しさを増す戦局は悠長な戦車兵育成を許さず、ついに準竜師から出陣の要請が来た。

【収録作は?】

第一話 5121小隊発足
 一足遅れた整備班の残り、遠坂圭吾・狩谷夏樹・新井木勇美・ヨーコ小杉が合流した。熱心に戦術研究に取り組む芝村・速水、白兵戦以外は考えていない壬生屋に対し、自分のすべき事が見えてこず悩む滝川は、軽装甲と話し合う。整備作業が一段落した森は、一人の憲兵を見かけ…

 出だしから遠坂のマイペースが炸裂。トゲのある人物が多いこの作品で、彼の素直さ・鷹揚さはヨーコさんやののみと並ぶ一服の清涼剤。なんたって、あの原さんまで篭絡するんだから凄い。壬生屋は最初から白兵戦しか考えてない所が、彼女らしい。トゲと言えば「陰険眼鏡」の名で特殊な?女性ファンに人気の狩谷のダークさもよく出てる。なんで遠坂より狩谷が人気あるのかなあ。ガンパレは、ファンもクセの強い人が多いようで。「小隊の日常」の「突撃準備よろし」で暴れた田代の登場も、いかにも彼女らしい。
芳野の日曜日
 ムーンロードを通りかかったパイロットの四人は、珍しい人を見かける。国語教師の芳野だ。心痛に耐えかね酒びたりの芳野を心配した四人は、こっそり後をつけ…
 「episode ONE」の「教官の憂鬱」に続く、芳野先生にスポットがあたる掌編。
第二話 士魂号、前へ!
 ついに初陣を迎えた5121小隊。しかし、長時間の待機が続いていた。緊張するパイロットの面々、特に壬生屋と滝川は周囲の状況も見えていない。待ちくたびれた所に、やっと幻獣が出現した。多数の戦車随伴歩兵に加え、六輪の装輪型戦車士魂号Lを有する友軍に対し、幻獣はゴブリンなど小型が主体で、ナーガ十体とミノタウロス一体。戦力的には自衛軍が圧倒的に優位な戦場だが…

 やっと初陣。どうなるかと言えば、まあご想像の通り。この作品は後半が感動的。ゲームの初陣の善行の台詞を、巧く膨らませている。滝川が意外な形で活躍するのが、彼らしい。榊オリジナルの登場人物も、ひょっこり顔を出してる。来須の数少ない台詞は、彼がこの物語で負わされた役目を見事に綺麗に象徴してる。熊本城決戦でも似たような役割だったなあ。
ソックスハンターは永遠にEX ソックスロボ発進!
己の野望の実現のため、冥府魔道に堕ちたロボ。だが、最初の試練はあまりに厳しく…
第三話 茜事件
 訓練を終え自宅に戻った速水を、滝川が訪ねてきた。何を考えてか、ゲーム機とソフトをぎっしり持ち込んで。御託を並べながら深夜までゲームに興じていた滝川、どうも悩みがあるらしい。なんとか聞き出したのは、とんでもない話で…

 ゲームをプレイした人には、タイトルで想像がつく通りの展開。以後、この三人は小隊の三馬鹿として名を馳せることになる。変な連中に巻き込まれちゃったな、速水。長いキャリアを誇るだけあって、田代が冷静に事態を把握してるのが笑える。
芝村舞の野望Ⅲ 舞の愉快な仲間たち
ののみと共に舞の部屋に招待された速水、彼が空けた冷蔵庫には…
原日記――monologue
ゲームじゃバランスブレイカーなアレが、なぜ登場しないのか、というお話。司令官プレイの時は必須なんだけどね。しかし榊さん、シグ・ザウエル(→Wikipedia)好きだなあ。
第四話 銀剣突撃勲章
 少しづつではあるが、戦場に慣れつつある5121小隊。本日の戦場は、珍しく5121同様に士魂号を擁する部隊と同じ戦区となった。鮮やかな真紅の軽装甲を駆る荒波を隊長とし、二機の複座が従う部隊だ。無駄のない動きで多数の中型幻獣を翻弄した軽装甲は、一転して逃走に入り…

 珍しく新井木にスポットが当たる作品。彼女も滝川同様、普通が取りえの登場人物。彼女を通して、直接戦闘には参加しない整備班の立場を描いている。今までほとんど台詞のなかった坂上が、ヤクザな風貌とは裏腹に人生の先輩としての風格を見せる。ののみといい、案外と浪花節なんだよな、この人。オリジナル展開が中心となる山口防衛戦以降では大活躍する荒波が鮮やかに登場するのも、この短編。つか壬生屋、いい加減学習しろ。

 この巻の白眉は、「士魂号、前へ!」、特に後半の展開。いや私、滝川が贔屓なもんで。今まで戦場じゃほとんどいい所なしだった彼が、珍しく彼の特技を活かして活躍する話だし。これとか Panzer Lady とか、良い作品に恵まれてるな、滝川。

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2012年5月30日 (水)

竹原直道編著「むし歯の歴史 または歯に残されたヒトの歴史」砂書房

一つの病気のために、大学が作られたり、学部が作られたりするというのはほかに例がない。大学まで作ってしまった、いや作らざるを得なかったこの病気、「むし歯」とはいったいどんなものなのだろうか。いつ頃からあるのだろうか。どうしてこんなに多いのだろうか。疑問が次から次へと湧いてくる。本書はこれらの疑問、とくにむし歯の疾病史に焦点を合わせてみることにした。

【どんな本?】

 むし歯とは何か。なぜむし歯になるのか。どんなむし歯があるのか。どんな時にむし歯になるのか。そんなむし歯の基本的な疑問に答え、むし歯の性質を明らかにした後、その知識を元に、古代中国・縄文時代・弥生時代・江戸時代などの人骨の調査から、当時の人々のむし歯の様子を紹介し、むし歯から伺える当事の人々の生活状況を紹介する。

 なお、編著者の竹原直道は歯学博士で九州歯科大学予防歯科学教授。他に以下4人の著者が協力している。

  • 坂下玲子:保健学博士、熊本大学医療技術短期大学部助教授
  • 藤田尚:新潟県立歴史博物館主任研究員
  • 松下孝幸:土井ガ浜遺跡人類学ミュージアム館長
  • 下山晃:大阪商業大学総合経営学部助教授

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2001年7月23日第1刷発行。単行本サイズのソフトカバーで縦一段組み、本文約240頁。10.5ポイントの見やすい字で38字×18行×240頁=164,160字、400字詰め原稿用紙で約411枚だが、写真・図版・グラフ・表などがふんだんに入っているので、実質的な文字量は7~8割。長編小説ならやや短め。

 内容は専門的だが、文章は語りかける親しげな雰囲気で読みやすい。また、レイアウトも親切で、頁の下1/5ほどを脚注用のスペースとし、注を本文と同じ頁に収める工夫をしている。

【構成は?】

 まえがき
第一章 むし歯の穴から世界を覗けば(竹原直道)
第二章 古代中国人とむし歯(坂下玲子)
第三章 縄文人とむし歯(藤田尚)
第四章 弥生人とむし歯(松下孝幸)
第五章 江戸時代人とむし歯(藤田尚)
第六章 近代型むし歯と砂糖(下山晃)
第七章 むし歯の現在と未来(竹原直道)
 付――むし歯の歴史関連略年表/あとがき

 第一章を除けば各章は独立しているので、気になった所だけを拾い読みできる。ただし、,第一章は以降の章の基礎となる部分なので、素直に最初に読もう。また、各章末に参考文献がついている。

【感想は?】

 私はむし歯が多い。最近になって、歯科医師の指導を受け食後は必ず充分に歯磨きしているのだが、それでも完全に予防はできない。なんとかならんのかと思ったら、どうにもならないらしい。いきなり第一章から絶望の淵に叩き落された。

 むし歯にも色々あるが、現代で最も多いのは「口腔内に生息する酸性生産菌の働きによるもの」。たべかすを菌が分解して酸を出し、これが歯を侵食する。分解元が二つあって、糖と加熱調理したでんぷん。だもんで、肉食中心だと虫歯にならない。農耕と重要な関係があるわけ。

 でんぷんの分解はゆっくり進むので、ブラッシングで予防可能。主な罹患者は成人と高齢者で、昔はこのタイプが多かった。近年になって増えたのが砂糖タイプのむし歯、砂糖の普及とともに流行し、主な罹患者は小児。問題は、このタイプ、進行が早くてブラッシングじゃ大部分が予防できないって事。糖は分子が小さいので分解が速いそうな。

 人間の体は巧くできてて、実は唾液が酸を洗い流してる。けど、怖いのがプラーク。これ菌が集まり水に溶けないバイオフィルムになったモノで、唾液が酸を洗い流すのを邪魔する。てんで、歯医者さんで定期的にキッチリ取ってもらおう。

 先に農耕とむし歯の関係を書いたが、数字だと「ターナーⅡ世(1979)はそれまでの報告をまとめ、狩猟・採集経済での虫歯率は平均1.3%、農耕と狩猟・採集の混合経済は4.8%、農耕中心になると8.6%、精製した砂糖が流通し始めると20%を超える」。これ重要。

 例えば第二章の古代中国の分析では、(当時)確認された最古の殷王朝以前は5.0%が周王朝で10.9%にハネ上がり、殷王朝は周辺の略奪で成り立っていた国家で、貴族と言っても「活動的な戦士のイメージ」とし、周王朝で農業が盛んになったと推測している。もっとも、周王朝でも内蒙古あたりじゃむし歯はほとんどなく、「遊牧民と農耕民がモザイク状に存在していた可能性もある」。

 意外なのが縄文人。なんとむし歯率8.2%で、狩猟中心にしては異様に多い。縄文クッキー・縄文パンがあるし、農耕とまではいかないまでも、採集は結構していたらしい。生活も穏やかとはいかないようで、「古代人口学を専攻した小林和正氏によれば、男女とも15歳時の平均余命は16年」って、厳しい。歯周病などから、「現代人と比較にならないほど老化が早かった」。こういうのを読むと、つくづく私たちのご先祖様はヘヴィーな人生を送ってたんだなあ、と思ってしまう。

 弥生人の分析で面白いのが、集落により男女のむし歯率に差がある点。沖縄の真志喜安座間原は男10.5%で女22.2%、北九州は男20.8%女25.6%。北九州は男女差が少ない。この理由として、北九州は男女とも農耕中心で食生活もほぼ同じ、沖縄は男が狩猟・漁撈に行ってたんじゃないか、と推理してる。

 江戸時代になるとグッと現代に近くなって、10~20%に増えている。これだけ多いと予防も熱心で、房楊枝でのメンテナンスが普及してたとか。歯磨き粉も普及してて、雑貨屋・風呂屋・寺社の露天の他、「売り歩きが江戸市内に数百人もいた」。独楽まわしや居合い抜きを見せながら回ったというから、浪人の仕事は傘はりだけじゃない。

 やはり高貴な人は柔らかいものを食べてむし歯が多いようで、「最も多いのは十四代将軍の徳川家茂の30本、次いで九代家重の11本、六代家宜の8本」。しかも「顎骨の発達は良好とはいえず、歯列の不正が生じていた」。柔らかいものばかり食べていると、顎骨が発達しないので歯列が綺麗にならないそうな。

 日本の歯科技術は相当なもので、なんと984年に丹波康頼の「医心方」に歯磨きを勧める記述がある。義歯も古くて、「実は日本の義歯が世界一古い」。

 日本における現存する最古の義歯は、和歌山市成願寺の尼僧が使用したとされる上顎総義歯である。これは使用者が1538年に没していることから、16世紀はじめ、室町時代後期のものだ。フランスの義歯の創始者といわれたフォシャールに先立つこと、およそ200年である。

 現代のむし歯は砂糖の普及と深い関係がある。が、先進国では60年代、日本では70年代を峠として減り始めている。この原因はいろいろ考えられるけど、そのひとつにミュータンス菌の変化を第六章の著者は挙げている。

 ってんで、変な妄想をしてしまった。将来的には遺伝子を弄って無害化したミュータンス菌を口腔内に繁殖させれば…って、無茶かなあ。

 むし歯という、嬉しくないけど身近な現象を通して古代の生活様式を探る本。また砂糖が関わると、当事の国際社会や貿易の様子が見えてきたり、意外性の多い本だった。

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2012年5月29日 (火)

榊涼介「ガンパレード・マーチ episode ONE」電撃文庫

 「ソックスは宇宙の縮図たい。励めよ」

【どんな本?】

 SONY Playstation 用ゲーム「高機動幻想ガンパレード・マーチ」の、榊涼介によるノベライズ・シリーズ第四弾。前巻のクライマックスから一転、この巻では時を遡り、5121小隊発足当時のギクシャクした様子を描く。ゲーム開始時、右も左もわからぬまま、とりあえず周囲に話しかけ奇妙な対応に戸惑うプレイヤーの困惑を巧く再現している。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2003年5月25日初版発行。文庫本縦一段組みで本文約277頁+きむらじゅんこの憂鬱Ⅴ2頁。8ポイント42字×17行×277頁=197,778字、400字詰め原稿用紙で約495頁。長編小説なら標準的な長さ。

 文章はライトノベル作家らしく読みやすい。時系列的にはシリーズ中で最初期を描いており、何もわからないプレイヤー視点で描いているので、登場人物の紹介や背景の説明も丁寧なので、ゲームをプレイしていない人は、この巻から読み始めるのが最適かも。

【どんな話?】

 ついに幻獣の九州上陸を許してしまった日本は、14歳~17歳の学兵を招集、彼らが人柱として時間を稼いでいる間に自衛軍を立て直す策に出る。そんな捨石のひとつとして編成された隊の一つに、人型戦車の士魂号を主力とする部隊があった。かつての部隊が全滅の憂き目にあった善行忠孝は、クセ者を集めて大博打に出るが…

【収録作は?】

第一話 邂逅
 1999年3月2日、熊本。速水厚志が配属された部隊は、学兵、それも他の部隊を追い出されたはみだし者が中心の頼りない部隊だった。明るく馴れ馴れしい絆創膏ゴーグル小僧の滝川陽平、堅苦しい胴着姿の壬生屋未央、インチキ臭い関西弁の加藤祭、やたらと権高なポニーテールの芝村舞、絵に書いたような軟派男の背戸口隆之、人形のような美人だが暗~い石津萌、どう見ても子供の東原ののみ、脳筋鬼軍曹の若宮康光。隊長の善行忠孝は何を考えているかわからないし、教師の本田節子は真っ赤な革ジャンのパンク女。大丈夫なんだろうか。
 
 初めてゲームを開始したプレイヤーの困惑が見事に出ている。何をしていいかわからない状態だと、滝川が事情通っぽくてやたら頼もしいし、舞は皆から嫌われている。また、後に襲い来る戦争の厳しさがわからず、気分が緩みきっている感じもよく出ている。オチは…うん、まあ、奴はそういう役目だからね。
第二話 教官の憂鬱
 今日も芳野春香は酒臭い。落ち着いておっとりした雰囲気なのに、実はタチの悪い大酒飲み。生徒の出席率の悪さに拗ねている模様。まあ、この戦時に国語の授業を真面目に受ける学兵も滅多におるまい。とりあえず目に付いた生徒を捕まえ教室に連行した本田節子は、芳野に変わって国語の授業をするはずが…

 いきなりエアガンぶっ放すパンク女教師・本田節子の、意外と熱い側面が明らかになる短編。ゲームでも彼女と坂上の授業は、今思えば結構役に立つ事を話しているから不思議。やっぱり壬生屋は「不潔ですっ!」がないとね。人間関係に詳しい?加藤が問題をこじらせるのもお約束。
芝村舞の野望Ⅰ 乾電池の誘惑
今朝もすっきり起きた芝村舞。ところが、思わぬトラブルが。なんと、目覚まし時計の…
舞のお嬢様ボケが炸裂するユーモア掌編。
第三話 憧れの Panzer Lady
 兵隊といえば体が資本。厳しい訓練で体力を消耗した後には栄養補給。速水を連れ早くも常連となった味のれんに出かけた滝川は、さっそくコロッケ定食にかぶりつく。飢えを満たした二人が落ち着いた所へ、ふたりの女子学兵が入ってきた。二人を見た滝川は、突然挙動が不審になり…

 滝川が主役の切ない作品。彼が戦車乗りを目指したきっかけが、いかにも滝川らしい軽薄な動機なのがなんとも。ここで登場する「選択科目は柔道です、といった感じの女子」は、後に「小隊の日常Ⅱ」収録の「Panzer Ladys」で活躍する彼女なんだろうなあ。ファンブックじゃ柔道というより陸上っぽい…と思ったら、登場巻にちゃんと「episode ONE」と書いてあった。
第四話 士魂号到着!
 戦車シミュレータが到着して以来、パイロットの四人は訓練に余念がない。舞が先導して反省会を開いてはいるものの、予想通り滝川の成績は悲惨なもの。おまけに「全てを軽装甲に」などと突拍子もない事を言い出す。そんあ所に、やっと士魂号と整備班が到着した。稼働率の低い人型戦車は、整備班がパイロット以上に戦力を左右する。ところがこの整備班、困ったことにパイロットと肩を並べる変わり者揃いで…

 整備班が遅れて到着するのはファースト・マーチの流れに沿っている。森さんの第一印象がつっけんどんで冷たいのも、中村が意味深で曰くありげな台詞を吐くのも、岩田がイカれたコメディアンなのもゲームどおり。中でも際立ってるのは、やっぱり原さん。あの「危険な美女」っぷりを、見事に再現している。茜と滝川の悪ガキコンビ結成の場面も微笑ましい。でも、やっぱり主役は原さん。
芝村舞の野望Ⅱ 決戦!ムーンロード
「常識の欠落」を意識し始めた舞、今日はムーンロードに赴き習得に努めるが…

 小隊の面々がそれなりに成長した前巻までとは違い、この巻ではファースト・マーチを初めてプレイするプレイヤーの戸惑いが巧く出ている。ファースト・マーチではガイド役を務めてくれるが、実はヘラレな滝川。意味深な台詞でプレイヤーを惑わす中村。人間関係を教えてくれる加藤。

 といったゲームに由来する部分に加え、榊オリジナルな面が出始めているのもこの巻。なかでも出色なのが、滝川が主役を務める「憧れの Panzer Lady」。味のれんや新市街というゲームお馴染みの舞台を活かしつつ、榊オリジナルのヒロインが重要な役割を果たす。これが気に入った人は、「小隊の日常Ⅱ」収録の「Panzer Ladys」も必読。

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2012年5月28日 (月)

SFマガジン2012年7月号

ベアトリーチェ「どうしてわたしたちはお話の中で必ず死ぬのかしら?」
キャサリン「それを書いたのがわたしたちの仲間じゃないからよ」

 280頁の標準サイズ。今回の特集は「スチームパンク・レボリューション」として、ネオ・スチームパンクの特集。短編6本+インタビュウ2本、小川隆の解説他。今月は他にロバート・F・ヤングの短編「河を下る旅」と、山本弘の連載「輝きの七日間」で、小説が計8本。嬉しいなあ。

 特集の「ネオ・スチームパンク」、何だか判らなかったけど、「マッド・サイエンティストの娘たち」と小川隆の解説を読んだ後で表紙を長めて納得。LAST EXILE のセンスなのね←たぶん違う

 ってんで、特集。シオドラ・ゴス「マッド・サイエンティストの娘たち」。登場人物の名前がジュスティーヌ・フランケンシュタイン嬢,キャサリン・モロー嬢,ベアトリーチェ・ラパチーニ嬢,メアリ・ジキル嬢,ダイアナ・ハイド嬢,アーサー・マイリンク夫人(旧姓ヘレン・レイモンド)。これとタイトルで、彼女たちがどんな人たちかはうっすらと想像がつくだろう。彼女たちの共同生活を綴った作品。派手な事件は起きず、普通の日常とおしゃべりを描いてるだけだけど、SF者の心情には強く訴えるものがある。

 シェリー・プリースト「リラクタンス 寄せ集めの町」は、「ボーンシェイカー」と同じ世界が舞台。飛行船での郵便物輸送に従事する退役兵にして孤児のウォルター・マクマリン、今日は単身用の小型飛行船<マジェスティック>を駆りガスホキュウドックの町リラクタンスを目指していた。その道筋で上空から数頭の牛の死骸を見かけたが、特に気にしなかった。やっとリラクタンスにたどり着き…
 肝心の「ボーンシェイカー」の世界がわかってないんで、お話はいまいちピンと来なかったけど、ネオ・スチームパンクの雰囲気はわかった気がする。ファッションは大仰かつレトロで、メカは滑らかな曲面の鋼鉄とネジ頭が必須。サイエンスよりお話の面白さと世界設定のヒネリ、そして人物の魅力が重要なんだろう。たぶん漫画やアニメと相性がいい。

 ティム・プラット「銀色の雲」は、ファンタジイに近い。その世界の雲には、銀の鉱脈が走っている。法で禁止されちゃいるが、それでも一攫千金を狙う無法者はいて、穏やかな秋の空には飛雲船で密採掘に励む採雲師がいた。
 世界観が気持ちいい。雲に銀の鉱脈があるという大法螺から始まり、雲の性質もこの世界と全く違う。雲から銀を採掘した事による環境への影響などの考察も楽しい。想いっきり世界観が魅力的な作品。

 キャット・ランボー「ぜんまい仕掛けの妖精たち」は、19世紀のイングランドが舞台。サウスランド卿の娘で褐色の肌のデジレは、美しく賢明だが、「種の起源」など異端に心を惹かれる欠点があり、ぜんまい仕掛けで動く妖精を器用に生み出す。婚約者のわたしは社交界に誘うのだが…
 頭の固い婚約者クロード君の傲岸で傲慢な様子が、当時のヴィクトリア朝のイギリス貴族の鼻持ちならない雰囲気をよく出してる。彼がアイルランド貴族ってのも、ジャガイモ飢饉などの歴史を考えると、皮肉が効いてる。

 ラヴィ・ティドハー「ストーカー・メモランダム」も、ヴィクトリア朝の時代が舞台。ロンドンのコヴェント・ガーデンで劇場の支配人を勤めるわたしエイブラム・ストーカーは、成功を確信していた。あのギルバートとサリバンもわたしの劇場に移籍させ、最新作を舞台にかける予定でいた。しかし、不意の訪問者が…
 名前でわかるように、モデルはあの人。でも世界観は想いっきり狂ってる。実在人物と架空の人物が入り混じり、やりたい放題。あの時代の美味しい素材をかき集めたような作品。

 最後のアリエット・ドボダール「奇跡の時代、脅威の時代」は、ガラリと雰囲気が変わってメキシのアステカ帝国が舞台。鎖に繋がれた神コスティック。彼はかつて戦士の太陽だった。彼を鞭打つのは大司祭チコメ。機械神の腹から七番目に生まれた存在。
 彼が見る神は幻想なのか現実なのか。現実なら、どうにも苛烈で不可解な存在だなあ。

 シェリー・プリーストのインタビュウ「ポルノグラフィティと戦争」は、訳文がはっちゃけてていい。明るくおしゃべりでオタクな女性が楽しげにしゃべりまくる雰囲気がよく出てる。狂ったアイデアを出す秘儀を、惜しげもなく披露してる。なんと、19世紀の特許のデータベースを漁るそうな。「ゴス」が、ネオ・スチームパンクのもう一つのキーワードらしい。

 ゲイル・キャリガーのインタビュウ「お行儀を忘れないために」は、彼女の作家としての姿勢がプリーストと見事な対照をなしてる。プリーストはお話を紡ぐのが楽しくてたまらない様子なのに対し、キャリガーは自分を「芸術家ではなく職人」と評し、ビジネスとして成功するために充分な計算をしている様子。大英帝国が栄えた原因を「彼らはたんにおいしい食べ物を追い求めただけ」ってのも凄い。

 作家が国際色豊かなのもネオ・スチームパンクの特徴。プリーストはフロリダに生まれアメリカ南部を転々とした後シアトルに定住。ゴスはハンガリー生まれ。ティドハーはイスラエル生まれ、ドボダールはアメリカ生まれのヴェトナム系フランス人。これもネットの影響か。

 ロバート・F・ヤング「河を下る旅」は、この人らしい作品。一人で筏に乗り河を下っていた男クリフォード・ファレル。この河には誰もいないと思っていたが、なんと水辺に女を見つけた。筏を岸に近づけ、彼女ジル・ニコルズを乗せる。おかしい。なぜ、ここに彼女がいるのか。だが、同じ疑問を彼女も抱いていた…
 ぽつぽつと語られる断片から、この二人がどんな経緯で河に来たのかが見えてくる。きっと梶尾真治は熟読してるんだろうなあ。

 長山靖生「SFのある文学誌」は、前号に続いて白縫譚。「草双紙は婦女子のものといわれてはいたものの、現実には武士や大人たちも結構好んでいた」とか、モロに現代の漫画だなあ。「ある意味、あんな、『非現実的青少年の絵』で萌えられるなんて、江戸時代の妄想力はすごい」って、今のアニメ絵も充分非現実的なのでは?

 橋本輝幸「世界SF情報」はローカス・ベストセラーリストのハードカバー部門に驚き。なんと、オースン・スコット・カードの Shadows in Flight が2位に入ってる。エンダー・シリーズというから、ビーンのお話だろう。何年ぶりかなあ。

 

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2012年5月26日 (土)

榊涼介「ガンパレード・マーチ 5121小隊 熊本城決戦」電撃文庫

 「出直すことはできるばい。それを助けるのがハンター仲間だけんね。心を入れ替え、立ち直って、ソックスタイガーの名を天下に示すばい!」

【どんな本?】

 SONY Playstation 用のゲーム「高機動幻想ガンパレード・マーチ」を榊涼介が小説化するシリーズ第三弾。中盤のクライマックスにして、その絶望的なまでの難易度に多くのプレイヤーが地獄を見る悪夢のイベント熊本城決戦をテーマに、5121小隊の死闘を描く。

 ちなみに私、ファーストマーチでは舞を見捨てました、はい。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2002年11月25日初版発行。文庫本縦一段組みで本文約276頁+きむらじゅんこの憂鬱Ⅲ。右頁のソックスヒトウバンが匂いまで漂ってきそうな不気味さを漂わせてます。8ポイント42字×17行×276頁=197,064字、400字詰め原稿用紙で約493枚、標準的な長編小説の長さ。

 文章の読みやすさは問題なし。ただ、主要登場人物である5121小隊の紹介がついていない上に、前巻で登場した小説版オリジナルの登場人物が重要な役割を果たすので、前の「決戦前夜」から読もう。

【どんな話?】

 芝村閥が仕掛けた大博打、熊本城決戦。熊本城に囮の部隊を配備して幻獣を引き寄せ、市外から自衛軍の主力が幻獣を包囲・殲滅する、という作戦だ。幸か不幸か博打は当たり、津波のごとく幻獣が押し寄せてきた。防御の薄い北側に配置された5121小隊は、予想通り激戦に投げ込まれる。

 戦闘に不慣れな整備班の面々にも、浸透したゴブリンやヒトウバンが襲い掛かってきた。今までの一撃離脱の戦闘とは異なり、この作戦は長時間の戦闘が続く。謎に包まれた士魂号は、搭乗するパイロッに思わぬ影響を与え…

【収録作は?】

第一話 緒戦――士魂号
 ついに始まった熊本城決戦。いつものように突進する壬生屋の重装甲、今日は一段と冴えている。対して不調なのが滝川の軽装甲。一歩下がっての援護射撃は相変わらずだが、精度がすこぶる悪い。舞と速水の複座は通常通り、冷静な動きで重装甲に追従し、ミサイルで一網打尽の活躍をみせる。緒戦を乗り切って気をよくしたのか、新たな敵を求めて突進した壬生屋だが…

 時系列では前巻の「緒戦――5121小隊整備班」と同時刻を描いた作品。あちらが整備班の始点なのに対し、こちらは士魂号とスカウトと指揮車が中心。原と善行の会話に注目しよう。冒頭から重装甲・軽装甲・複座型の対照が見事。ゲームでも、突進する壬生屋に泣かされた人は多いはず。展開式増加装甲を進呈するとだいぶ生存率が上がるんだよね。いつの間にか来須はウォードレスを変えてる。
ソックスハンターは永遠にⅢ 虎は吼えるか
くるぶしのほころびに拘りを抱くタイガー。自慢の一品を取り出す彼だが…。つか、戦場で何をやってるんだコイツラは。
第二話 5121小隊――小休止
 なんとか午前中の第一波を凌いだ5121小隊。疲労の激しい士魂号パイロットたちは小休止を取り、整備班の面々は補給と整備で走り回る。一息ついた速水に、ヨーコ小杉からお呼びがかかった。そして、意外な乱入者に5121小隊は…

 原さん、確かに森さんの顔見てると、やりたくなるよね。この短編でも見事に主役の座をかっさらってる。名前こそ出てないけど、多分このキャスターは、あの人でしょう。しかし「可愛さだけで勝負できる年齢じゃないでしょう」って、をい。しかし遠坂家の執事は優秀だなあ。
原日記Ⅴ
善行との意外な馴れ初めが語られる貴重な掌編。えーっと、年齢を逆算…してはいけません。
第三話 決戦――どこかの誰かの未来のために
 負傷者こそ出たものの、なんとか午前中は凌いだ。が、早速次の一波が殺到し、5121小隊も出撃する。突進する壬生屋に敵が集中した所へ一歩送れて到着した複座のミサイルで一網打尽、敵が崩れた隙に追撃に移る。午前中は不調だった滝川、軽装甲の自慢の足で追撃に移ったが…

 今まで折に触れて描かれた、滝川と軽装甲の絆が切ない。本人は気がついてないけど、意外とモテるんだよね、滝川。軽装甲とかライザちゃんとか。ここで活躍するのが、ジャンアント・バズーカ。射程は長いわ威力は大きいわでゲームじゃ重宝するんだけど、NPCに持たせるとゴブリンに向けてぶっ放すから哀しい。前巻の「鉄橋爆破」で顔を見せたあの方も大活躍。と思ったら、また新たな重要人物が名前つきで出てくる。髪の色、本当は何色なんだろ。殺伐とした戦場でも、落ち着いた優雅な雰囲気で場を和ます若様が光ってる。
第四話 帰還
 修羅場を切り抜け、慣れ親しんだ尚敬校に生還した舞と速水。だがそこは、臨時の野戦病院となり負傷兵や医務官でごったがえしていた。小隊の面々は一組の教室にたむろし、その異様な様子は戦場神経症患者の隔離室と見なされ敬遠されていた。

 相変わらずモテモテの滝川。青春してるねえ。まさか来須まで加わるとは。

 ゲームでも中盤のクライマックスだけあって、この短編集も名場面がいっぱい。特に「決戦――どこかの誰かの未来のために」は、正統派で泣かせる台詞がつまってる。滝川と軽装甲の会話もいいけど、若様が意外な肝の太さ(または鈍感さ)を見せる、「守らないと、と思うとやる気が出てきますしね」がいい。ゲームでPC田辺の第一印象は最低の奴なんだけど。

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2012年5月25日 (金)

ロバート・B・チャルディーニ他「影響力の武器 実践編」誠信書房 安藤清志監訳 高橋紹子訳

あなたが誰かの態度や行動に影響を与え、お互いが有益な結果が得られるほうへ導く場合、その方法の根底では心理作用が働いています。その部分について理解を深めることこそ、本書の主なねらいと言えるでしょう。また、あなたの意思決定を左右しかねない、巧妙な、あるいはあからさまな影響力を防ぐ方法も取り上げていきます。

【どんな本?】

 人に郵便でアンケートをお願いする時、最も効果的な方法は何か。より売り上げを伸ばすキャッチフレーズの秘訣は? 苦手と思っている相手に、何かを頼むにはどうすればいいか。チームを率いる者が、適切な判断を下すために気をつけるべき事は? 商品ラインナップを決定する際に、何を考えるべきか。多くのケーススタディから、人を動かす秘訣と、その原理を説き明かし、同時にトラブルを避ける方法を伝授する。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は YES! 50 SECRETS FROM THE SCIENCE OF PERSUASION, by Noah J. Goldsein PhD, Steve J. Martin and Robert B. Cialdini PhD, 2007。日本語版の書名は「影響力の武器 実践編 『イエス!』を引き出す50の秘訣」。2009年6月8日第一刷発行。ハードカバー縦一段組みで本文約250頁。9ポイント45字×17行×250頁=191,250字、400字詰め原稿用紙で約479枚。

 文章はこなれていて読みやすい。また、本文も、50編の独立した短いコラムが続く形なので、気になった所だけを拾い読みできる。実際に読み始めると、面白くて結局は全部読み通しちゃうんだけど。基本的に前著「影響力の武器」の続編なので、できれば前著を先に読んでおこう。

【構成は?】

 はじめに
(50編のコラム)
 21世紀における影響力
 倫理的な影響力
 影響力の実例
  謝辞/監訳者あとがき/インフルエンス・アット・ワーク/参考文献・覚え書き

 「21世紀における影響力」は、電子メールやwebサイトなどインターネットが絡む人間関係の話題。短い章だが、示唆に富んでいる。「影響力の実例」は、いわゆる「読者からのお便り」。

【感想は?】

 「影響力の武器」に続く、ビジネス書の名著。落ち着いて考えてみると、実は「ちょっとした事」しか書いていない。お願いする時に一言付け加える、キャッチコピーを少し工夫する、人と話をする際の動作など。これは同時に、今すぐにでも始められる事ばかりで、とても実用的な本だ。「実践編」という日本語タイトルは、この本に相応しい巧みな超訳で、訳者が充分にこの本の精神を理解している証だろう。

 本書の主題は、「人にお願いする時、どうすればお願いを聞き入れてもらえるか」。セールスマンが物を売りたい時、政敵を寝返らせたい時、業務成績が思わしくない際に株主を納得させる報告書、トラブル発生時に顧客を宥めるアナウンス、子供に決まりを守らせる上手な方法、アンケートの回収率を上げる一言…。

 こういったこまごまとした事柄を、単に事例を紹介するだけでなく、その奥にある原理を明らかにする、といった形式は、多くのビジネス書に共通したフォーマットだろう…あんましビジネス書って読んだ事ないけど。ただ、凡百のビジネス書と本書との違いは、三つある。

 ひとつは、原理が六つの普遍的原理(返報性/権威/コミットメントと一貫性/希少性/好意/社会的証明)に整理されている点。これは、前著「影響力の武器」で綺麗に整理・分析している。理論的・原理的な部分に興味がある人は、前著の方が楽しめるだろう。

 二つ目は、個々の例について、他の形で実験や統計を集め、数値的な裏づけを取っている点。単に実例を挙げるだけなら、オカルト本がよく使う手口なので、感情的に訴えはするが、理性的に考えると説得力に欠ける。統計的な裏づけが、この本の迫力を増している。

 最後は、末尾に近い「21世紀における影響力」。ここでは、電子メールで話し合いをする際の注意点・何かを頼む際の工夫・顧客に好印象を与えるwebサイト、そして米国・ドイツ・スペイン・中国のお国柄の違いを紹介している。これが結構想像通りなのが楽しい。

 各コラムの見出しも気が利いてる。例えば、「選択肢が多すぎると買う気が失せる」。まさしく、その通りの事が書いてある。高級スーパーでジャムの試食コーナーを設けた際、片方には6種類、もう一方には24種類のジャムを展示したら、24種類の方は客の3%が買い、6個の方は30%が買った。なぜか。客は、選ぶのが面倒くさくなったのだ、と分析している。あなた、心あたりありませんか?私はあります。

 今風で興味をひくのが、eBay(日本ならYahoo!オークション)の開始価格と落札価格の関係。なんと、開始価格が低い方が落札価格が高くなる傾向があるとか。この原因は三つ。入札者が多くなる、入札者が多いと人気商品だと思われ更に人が集まる、最後に一度入札した人が意地になる。最後の点は耳が痛い。

 先に読んだ「ベスト&ブライテスト」では、ケネディとジョンソンの会議の違いが書かれていた。ケネディは闊達な議論を促し自分は意見を述べず、最後に自分の決定を伝える。ジョンソンは最初から自分の案に賛成するよう根回しし、全員賛同に持っていく。優れているのはケネディ方式だ、と著者は主張している。チーム内では意見交換を活発にし、決定はリーダーが下せ、と。どういえば戦国時代の武将も、そんなスタイルが多かったような。

 「おー、あるある」が多いのも、この本の特徴。コンピュータ等のトラブルでサービスが停止する際、「それに輪をかけて腹が立つのは、遅れの原因に関する情報を教えてもらえないときです」。電車が遅れた時は、いつも感じるよねえ。次のコラムでは、「アンケートをお願いする際は受取人と似た名前の差出人を使え」とアドバイスしてる。誕生日が同じだったり、名前が同じだったりすると、親近感を感じるでしょ。

 ちょっと慨視感をあじわったのが、SARS騒ぎに絡めて、「感情が高まると人は物事の数が多いか少ないかは無頓着になる一方、単純にそれがあるかないかに注意を向けるようになる」という話。「選挙の経済学」にも同じような話が出てきた。

 他にも、セミナーの出席率を上げる方法、高齢者に売り込む際の工夫など、ビジネスに役立つアイデアの他、日常でも使えるヒントがいっぱい。例えば、商品名のつけ方などは、ブログのタイトルを考える際にも応用できそう。とはいっても、このブログのタイトルは今更変えるわけにはいかないんだけど。

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2012年5月24日 (木)

榊涼介「ガンパレード・マーチ 5121小隊 決戦前夜」電撃文庫

 「俺は生きるぞ。たとえこの身が滅びようとも、魂魄となって可愛いソックス達のところへ戻ってくるばい!」

【どんな本?】

 SONY Playstation 用のゲーム「高機動幻想ガンパレード・マーチ」を榊涼介が小説化するシリーズ第二弾。多くのプレイヤーが悔し涙で枕を濡らす凶悪イベントにして中盤のクライマックス熊本城決戦をテーマに、決戦に臨む小隊の面々を描く短編集。ゲームのイベントを忠実になぞりつつも、以降の榊ガンパレで活躍する榊オリジナル登場人物も少し顔を見せる。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2002年10月25日初版発行。文庫本縦一段組みで本文約270頁+きむらじゅんこの憂鬱Ⅲ2頁。8ポイント42字×17行×270頁=192,780字、400字詰め原稿用紙で約482枚。長編小説なら標準的な分量。

 文章の読みやすさは文句なし。ただ、ゲームのノベライズなので、登場人物や背景の説明はあっさりと片付けてる。できれば「5121小隊の日常」から読もう。

【どんな話?】

 比較的融通が利いた従来の遊撃的な任務から、戦況の悪化と士魂号の実績が相まって緊急支援的な出撃が増えてきた5121小隊。それでも数をこなすうちに素人だったパイロットたちも腕を上げ、重装甲・軽装甲・複座型それぞれの役割分担もでき、5121小隊なりの戦術も板についてきた。

 その頃、悪化する一途の戦況を打開すべく、芝村閥が大博打を打とうとしていた…

【収録作は?】

第一話 鉄橋爆破
 善行からの命令は、意外なものだった。瀬戸口と来須の二人で某鉄橋に赴き、爆破作業をする工兵隊を護衛せよ、というものだ。着実に任務を遂行する来須はともかく、女性のストライクゾーンが広い事だけが取り得の瀬戸口がなぜ、という疑問を抱きながら、二人は現場に赴くが…

 減らず口が止まらない瀬戸口と、寡黙な来須の対照が楽しい一遍。ゲームでも来須は滅多にしゃべらないから、ファーストマーチだけだと帽子と腹筋の印象しか残ってなかったりする。ここでは来須の武装に注意しよう。工兵隊の百翼長が可愛いイカレてるのが楽しい。今後の榊ガンパレで重要な役割を担う二人のオリジナル人物が登場している点にも注目。
ソックスハンターは永遠にⅠ 友情
 悪化する戦況に覚悟を決めんとする中村、しかし決意はなかなか固まらず…
第二話 単座型軽装甲
 なんとか田辺に取り入ろうと策を練る滝川だが、彼女が遠坂に抱く気持ちにも気づいている。カッコよさに憧れて士魂号に乗り込んだ滝川、しかし速水や壬生屋との才能の差も否応なしに思い知らされる。だが愛機を思う気持ちだけは小隊一だ。今日も軽装甲を相手に「会話」に浸る滝川だった。

 珍しい滝川が主役の一遍。本人の希望とは裏腹に、後には玄人受けするいぶし銀の戦術を見せる滝川が、ない頭を振り絞って自分の戦術を見つける記念すべき作品。まあ、天才コンビ速水&舞と、剣の達人壬生屋に挟まれちゃ、どうしても凡人は埋もれちゃうよなあ。彼と森と茜の奇妙な関係もくすぐったい。
第三話 未央の世界
 戦況の悪化に伴い、新市街も閉店する店が増え、閑散とした雰囲気になってきた。いつもの胴着姿で出かけた壬生屋は、乗り越えるべき壁に遭遇する。前線で戦う毎日で明日をも知れぬ身、躊躇ってはならぬと決死の覚悟を固め、見事な一閃を決めたと思ったが、直後に彼女が見たのは…

 ファンには瀬戸壬生で知られる二人の話。ゲーム内でも瀬戸口のストライクゾーンの広さは相当なもの。対する壬生屋といえば、戦場じゃ得物が射程の短い超硬度大太刀のせいもあり、士気が高まると突出する傾向がある。彼女から貰うコマンド「切る(右)」と「切る(左)」は、幅跳びと組み合わせると実に使い勝手がいいんだが、NPCは避けないんだよなあ。
ソックスハンターは永遠にⅡ 伯爵邸の午後
タイガーに誘われ、慣れぬ茶会に出席した中村だが…
第四話 第一種警戒態勢
 軍上層部が起死回生の策として発案した作戦、熊本城決戦。加藤清正が築城した名城熊本城に大量の幻獣をひきつけ、地の利を生かして殲滅する、という作戦だ。城の近辺では多くの部隊が築陣に余念がなく、否応なしに決戦へと戦場の空気は変わりつつある。5121小隊は比較的備えが薄く、激戦が予想される北側に配置された。

 決戦前夜の5121小隊の緊張した雰囲気を描く一遍。生きるか死ぬかの決戦を前にして、5121小隊の面々はというと、相も変わらず不器用なラブコメを繰り広げるのであった。
原日記Ⅲ
ただでさえ稼働率が低く配備数が少ない士魂号だけに、当然補給も四苦八苦。
第五話 緒戦――5121小隊整備班
ついに始まった熊本城決戦。稼働率の低い人型戦車は、迅速な補給・修理・整備がなければ活躍できない。否応なしに前線に近い所に配置された補給車と整備テントだが、やはり恐れていた通りゴブリンやヒトゥバンなどの小型幻獣が浸透し…

 そういえばいたねえ、ヒトゥバン。最近はめっきり出番が減って忘れられているけど。ドサクサにまぎれて獲物を狙うイワッチの抜け目なさが鮮やか。やっとこさ出番に恵まれた新井木だが、やっぱり新井木はこうでなくちゃ。ゲームでは不幸キャラの田辺さん、ここでもやはり眼鏡を割りまくり。頼りになるんだかならないんだかわからないのが遠坂。昔はこういうボケを大真面目にやってくれたんだよなー。
原日記Ⅳ
「不細工なキャスター」って、もしかして…

 群像劇らしく、次々とスポットが当たる人物が変わる「第一種警戒態勢」が見事。クセ者揃いの5121小隊にあって、凡人滝川があがく「単座型軽装甲」が私は好きだ。

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2012年5月23日 (水)

シェイクスピア全集10「ヴェニスの商人」ちくま文庫 松岡和子訳

「…やつは俺が損をすればあざ笑い、儲ければ馬鹿にし、俺の民族をさげすみ、俺の商売に横槍を入れ、俺の友だちに水をさし、敵を焚き付けた――理由はなんだ? 俺がユダヤ人だからだ。 ユダヤ人には目がないか? ユダヤ人には手がないか、五臓六腑、四肢五体、感覚、感情、喜怒哀楽がないのか?」

【どんな本?】

 英文学・演劇史上の頂点に君臨するウイリアム・シェイクスピアの作品を、松岡和子が読みやすい現代口調に翻訳したシリーズのひとつ。人望厚い商人アントーニオとユダヤ人高利貸しシャイロックの確執に絡め、裕福な女性相続人ポーシャ&若者バサーニオ、シャイロックの娘ジェシカ&ロレンゾー、ポーシャの侍女ネリッサ&グラシアーノの恋を描く。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 解説によれば執筆時期は1596年晩夏~1598年初夏の間で、シェイクスピア30代前半の作品。松岡和子訳の日本語版は2002年4月10日第一刷発行。文庫本縦一段組みで本文約183頁+訳者あとがき8頁+中野春夫の解説「アントーニオとポーシャのメランコリー」5頁。9ポイント29字×17行×183頁=90,219字、400字詰め原稿用紙で約226枚。小説なら中篇~短い長編の分量。

 文章そのものは読みやすい。ただ、戯曲なので、ほとんど台詞だけで構成されており、登場人物の生い立ち・性格などは特に明示されないので、冒頭の人物一覧は必須。栞をはさんでおこう。また、訳者あとがきは、登場人物間の関係を把握する大きなホントになるので、最初に読んでもいい。

 それによると、アントーニオがバサーニオの兄貴分、バサーニオはグラシアーノやロレンゾーのボス格だとか。これは勝手な想像だが、アントーニオは20代後半、バサーニオたちは20代前半。

【どんな話?】

 裕福な相続人ポーシャに焦がれるバサーニオだが、懐はスッカラカンどころか借金を背負っている。借金を清算してポーシャに求婚したいバサーニオはアントーニオにすがるが、アントーニオも今は複数の貿易船に投資していて現金は融通できない。仕方なしに悪名高いユダヤ人高利貸しのシャイロックに、アントーニオの体一ポンドを担保に金を借りる。

 その頃、ポーシャはひっきりなりに訪れる求婚者の群れにうんざりしていた。父の遺言で、求婚者は金・銀・鉛の三つの箱から一つを選ばなければならない。

【感想は?】

 うーむ。どうにもシャイロックに感情移入してしまい、素直に喜劇として楽しめない。私が捻くれているのかと思ったが、解説によれば「人によってまったく正反対の印象を持つことが十分ありうる」そうなので、少し自信を持てた。

 そもそもバサーニオの借金の原因が、彼の派手な放蕩生活。それを解決する手段が、ポーシャの逆玉狙いという非生産的な方法。貧乏人としては「働けよバサーニオ」と言いたくなる。

 そのツケを背負い標的となるアントーニオ、金を借りる立場なのに、シャイロックに向かい「これからも私はお前を犬と呼び唾をはきかけ、足蹴にだってしてやる」ときたもんだ。そんなに嫌いなら、沢山いるはずのお仲間に借りればいい。

 だいたい、利子を取って何が悪い。その金を他の事に投資すれば利益を生むんだし、貸し倒れの危険もある。担保や信用のある者なら、他の人が低利で融通するだろう。貸し倒れる危険の多い者に貸すんだから、利率が高いのは当然。

 …などと現代の感覚で考えちゃうからだろうなあ、楽しめないのは。ただ、本当にシェイクスピアがシャイロックを「単なる悪役」として書いたのか、ってのは少し疑問があって。冒頭の引用もそうだけど、他にもシャイロックには痛烈な台詞がある。

あなた方は大勢の奴隷を買いとっておいでだ、
そしてロバや牛馬並みに 卑しい仕事にこき使っておられる
理由は、買ったものだから――ではこう申し上げましょうか、
奴隷どもを自由にし、あなた方の跡取り娘の婿になさっては?

 この手の台詞、シャイロックだけなら「意図的に観客の怒りをかき立てシャイロックを憎ませるための挑発」と解釈できるんだが、もう一人、(当時としては)過激な発言をしている人がいる。

ああ、身分、地位、官職などが
腐敗から引き出されることなく、汚れない名誉が
それをまとう者の価値によって得られる世の中であってほしい!
そうなれば、いま低い地位にある者の何人が高い地位に就くことか!

 これを語るのが、ポーシャへの求婚者アラゴン大公。登場場面は一場だけのチョイ役だが、大公という高い地位もさることながら、性格的にも潔さを感じさせる。卑賤な生まれから実力で成り上がり、血気盛んな30代のシェイクスピアが書いた作品だと考えれば、お話の大枠で商業的な成功を狙い、台詞の端で自分の本心を吐露した、と解釈しておこう、今は。

 商業的な成功って意味では、結構あざとい真似もしていて。この作品、妙に若い女優が男装する場面が多い。有名なのはクライマックスのポーシャとネリッサだが、もう一人、なぜかジェシカがロレンゾーとの逢引場面で少年に化けている。そういえばハムレットでも「子供役者が流行ってる」みたいな台詞があったし、こういう倒錯的な配役は当時の流行だったんじゃなかろか。

 ってな倒錯的な面白さもあって、トコトン盛り上がるのが裁判の場面。シャイロックの怨念立ち込める存在感と、それに対する頓知の利いた判決は、快感ではあっても少々後ろめたい気分を残す。それを吹き飛ばすのが、その後のポーシャ&ネリッサとバサーニオ&グラシアーノの夫婦漫才。

 お調子者で頼りないバサーニオと、裕福なポーシャの結婚に多少の不安を抱く観衆も、このクライマックスでポーシャの才覚に感心し、「ああ、こりゃバサーニオは尻に敷かれるな、なら大丈夫だろう、めでたしめでたし」と安心して席を立てる親切設計となっている。

 古典と言えば上品そうな印象があるけど、実はシモネタが多いのもシェイクスピアの特徴。意外とシモネタって時代を超える力があるんだよなあ。

ネリッサ「あら、息子ひとりにそんな大金を?」
グラシアーノ「ま、ムスコが立たなきゃ勝てっこないけどな」

 あらすじでわかるように、これはお金と恋のお話。気の利いた台詞は沢山あるが、恋編では短くも痛快なこれ。

グラシアーノ「恋する者の脚は時計より速いって言うだろ」

 お金はいろいろあるが、直前のこれで締めよう。

シャイロック「しっかり締める、しっかり貯まる」

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2012年5月22日 (火)

榊涼介「ガンパレード・マーチ 5121小隊の日常」電撃文庫

「菓子ば食えんようになったら、戦争は負けばい。おれは意地でもつくり続けると」

【どんな本?】

 2000年9月28日発売の SONY Playstation 用ゲーム「高機動幻想ガンパレード・マーチ」のノベライズ。予算を開発で使い果たし広告費ゼロというゲームにあるまじき状況で発売されたが、そこは「リンダキューブ」・「俺の屍を越えてゆけ」とクセモノで定評のあるアフファシステム。口コミでジワジワと売れ行きを伸ばし、野心的なシステムがマニアに受けて第32回(2001年)星雲賞メディア部門もゲームとして初受賞。

 大人の事情で続編が出ないものの、中古市場では新品とあまり変わらない4千円台を維持し続けた化け物ゲーム。2010年9月22日に PSP 用ゲームアーカイブスでダウンロード販売で復活し、今も新しいファンを獲得し続けている。

 これをライトノベル作家榊涼介がノベライズしたのがこのシリーズ、2001年12月15日にシリーズを開始して以来10年以上も続き、既に30冊以上を刊行し、舞台を広げつつまだまだ続く模様。

 なお、2001年1月5日に広崎悠意による「高機動幻想ガンパレードマーチ」が出版されているが、完全な別物だ。同じゲームを元にしているだけで、連続性はない。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2001年12月15日初版発行。私が読んだのは2002年3月5日の三版。文庫本で縦一段組み本文約272頁+芝村裕吏の解説2頁+きむらじゅんこの憂鬱2頁。8ポイント42字×17行×272頁=194,208字、400字詰め原稿用紙で約486枚。長編小説なら標準的な長さ。

 ライトノベル作家だけあって、文章の読みやすさは文句なし。ゲームをプレイした人なら問題なく入り込める。そうでない人も、登場人物は多いが、口絵のカラーで紹介しているので、大丈夫だろう…たぶん。

【どんな話?】

 1945年、黒い月と幻獣の出現で第二次世界大戦は終わった。補給を必要とせず、大群でひらすら人類を狩る幻獣に人類は敗退を重ね、南アフリカの一部・アメリカ・日本だけが人類に残った。1997年九州に幻獣が上陸、1999年に日本は熊本を要塞化し14歳から17歳の学兵召集を決議する。

 そして1999年3月。稼働率の低さが嫌われた人型戦車・士魂号3機を中核戦力とする、召集された学兵が中心の5121小隊が発足。絶望的に短い訓練期間を経て戦場に駆り出される寄せ集めの5121小隊の戦いが始まる。

【収録作は?】

絢爛舞踏――幾千万のわたしとあなたで
 3月28日土曜日。山鹿戦区に出撃した5121小隊。壬生屋未央の重装甲一番機は先陣を切り突進し、超硬度大太刀の白兵戦に突入。続いて速水厚志と芝村舞の三番機複座型が追従、ミサイルで幻獣を一掃。出遅れた滝川陽平の軽装甲はジャイアントバズーカでミノタウロスを撃破後、追撃に移る。
 戦闘後、速水は死地にありながら笑みを浮かべる自分に戸惑う。必然的に被弾の多い戦い方となる壬生屋は、整備班班長の原素子に咎められ不機嫌になる。一方、滝川は気になる田辺真紀にどう話しかけるか迷っていた。

 記念すべき榊ガンパレの開幕編。人物紹介を兼ね、主に四人のパイロットを対照させながら描く。天才の片鱗を見せつつ、自分の才覚にに戸惑う速水。生真面目で突進することしか知らない壬生屋。やはり生真面目ながら、一歩ひいて全体を見つめる頭脳派の舞。戦場にありながら「楽しい青春」を夢見る煩悩まみれの普通の少年・滝川。
 後には躊躇いもなく戦鬼と化す速水が、ここでは猫をかぶっているのが可愛らしい。猫をかぶっているのは瀬戸口も同じで、この巻では軽薄なプレイボーイで通している。が、やっぱり光ってるのは原さん。頭の回転が早く仕事に厳しく、猛毒が混じったユーモアを吐く彼女を、ここまで巧く書くのはさすが。うんうん、プールチケットは重要だよねえ。
附・イ号作戦秘話――3月31日(火)夜半
 配備の少ない士魂号だけに、補給物資の調達は難しい。だが、5121小隊には奥の手があった。
 坊ちゃんこと遠坂圭吾にスポットがあたる貴重な一遍。といっても、ほとんど道具扱いだけど。最近、出番少ないんだよなタイガー。
原日記
彼女の秘密が覗ける掌編。そういう設定があったなあ。
突撃準備よろし
 5121小隊では少し浮いている田代香織。本人は武闘派のつもりだが、ここでタイマンに付き合ってくれるのは脳筋の若宮だけ、しかも奴は本物の兵隊でケンカ屋の田代は全く歯がたたない。スカウトへの転属を願っているが、未だ希望はかなわず。要領よく整備の仕事を終え帰宅し田代だが、思わぬ待ち人が…

 これも珍しく田代香織にスポットがあたる一遍。いやあ、ゲームじゃ苦戦してる時に彼女が歌いだすと、大変な事になるんだよねえ。腕が上がってくると「早く歌わせろ」と待ち望むようになるんだけど。
原日記Ⅱ
整備班の裏話。善行もげろ。
豪剣一閃!
 軽装甲が煙幕を張り、重装甲が突進して幻獣を集め、複座型がミサイルで一掃する戦術が板についてきた5121小隊。勝ち戦が続いたためか、壬生屋の剣も冴えを見せてきたが、思わぬ問題が発生した。なんと、超硬度大太刀が折れてしまったのだ。

 突進乙女、壬生屋未央が主役の一遍。一見ガチガチの和風に見える彼女、ソックスハンター編をプレイするとわかるんだが、意外と靴下に強く執着するんで、巧く条件を揃えないと「交換しよう」での入手は難しい。ここで出てくる北本特殊金属の親父さん、出番こそ少ないものの結構ファンは多かったりする。
楽しいピクニック
 ゲームでは作戦会議で決議するキャンプ・イベント。小隊全体の和を図りたい場合に有効。私は未央ちゃんの「なんですって」が好きです。

 ゲーム内のイベントを、どう自然に物語に組み込むか、もノベライズ作品の楽しみのひとつ。武闘派は香織ちゃんのライダー・グローブにお世話になるだろうし、男性プレイヤーにプールチケットは必須。ファーストマーチでしかお目にかかれない原素子親衛隊なんてのも軽く触れてるのが嬉しい。そうそう、表紙にイワッチが出るのも、これが最初で最後かも。不憫だなあ。

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2012年5月21日 (月)

デイビッド・ハルバースタム「ベスト&ブライテスト 3 アメリカが目覚めた日」サイマル出版会 浅野輔訳

「ところで、あなた方アメリカ人は、いつまで戦うつもりですか?あと一年ですか。二年ですか。三年? 五年? 10年? あるいは20年ですか?いつまでも、われわれは喜んでお相手しますよ」

【どんな本?】

 アメリカ最高の人材を集め叡智に満ちたはずのケネディ政権は、しかしいつまでもベトナムに足を取られる、どころか深みにはまりつつあった。カタをつける方法が見つけられないまま、現地政府はクーデターで転覆。その直後、リーダーシップ溢れるケネディがダラスで暗殺される。事実上の無職から一転、大統領に就任したリンドン・ジョンソンだが、やはり打開策は見つからない。

 現地の米軍は北爆を熱望するが、それはアメリカを更なる深みへと引きずり込み、選択の余地を奪う。効果の薄い北爆は地上軍増援の要求を呼び、米軍の被害はより強力な報復を求める。窮地に立つジョンソンは凶報に耳を閉ざし、ハト派は中枢から締め出される。

 アメリカはなぜベトナムの泥沼にはまってしまったのか。50年代には賢明にも避けえた問題を、なぜ60年代には避けられなかったのか。ベトナム戦争に記者として随行した著者による、アメリカ政界の問題点をえぐる、ピュリッツアー賞受賞の政治ドキュメンタリー。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Best and the Brightest, by David Halberstam, 1969。今は朝日文庫から出ている三分冊の文庫本と、二玄社から出ている三分冊の単行本がある。私が読んだのはサイマル出版会のソフトカバーで1983年6月の新版。縦一段組みで約320頁+著者ノート9頁+参考文献6頁。9ポイント45字×19行×320頁=273,600字、400字詰め原稿用紙で約684枚。長編小説ならやや長め。

 正直、今の翻訳物の基準で評価すると、あまり読みやすい文章じゃない。また、アメリカ人を読者に想定して1969年に出版された本であるため、アメリカの大きな事件や、肝心のベトナム戦争の大きな節目、例えばテト攻勢などは、「これぐらいみんな知ってるよね」という前提で書かれているので、あっさり流されているため、当時を知らない若い読者は誤解しかねない。出来れば Wikipedia などで多少の予習をしておいた方が吉。→ベトナム戦争、→テト攻勢

【構成は?】

20 偉大さに憑かれた大統領
21 ペンタゴンの戦争ゲーム
22 ジョンソンの内なる戦い
23 泥沼に築かれる記念碑
24 汚い戦争と将軍たち
25 真実を知らされない国民
26 クレディビリティ・ギャップ
27 戦争とインフレと健全な社会
28 歴史の流れに逆らった人たち
29 出口のないトンネル
 著者ノート/参考文献

 基本的に時系列。前巻までで歴史的経緯や人物紹介はほぼ済んでいるので、あまり時系列の混乱はない。この巻で扱うのは1964年から1969年のニクソン大統領誕生まで。しかしベトナム戦争はまだまだ続く。

【感想は?】

 冒頭はリンドン・ジョンソンの人物紹介。これが酷い。洗練された東部エスタブリッシュメントに囲まれた南部の田舎者、という劣等感がぬぐいきれず、敢えて粗野な言動を繰り返す。腰抜けと思われるのが嫌いで、実はマザコンな上に対決は好まず、合意形成を重要視する。報道担当官のジョージ・リーディ曰く「議院内閣制なら優れた首相になっただろう」。

 軍が求める北爆は様々な形で無効である由が明らかとなる。ひとつは「戦争ゲーム」(たぶん机上演習)、もうひとつは二大戦中のドイツ爆撃。工業国ドイツでさえ「戦闘意欲を高揚させ、工業生産を増大させたに過ぎない」のに、農業国のベトナムにどんな効果があるのか。おまけに、フランスのドゴールまで「やめとけ」と釘を刺す始末。

 にも関わらず、北ベトナム軍の挑発に乗って北爆決定。当初は空海軍だけの派遣だと思ってたのが、「空軍基地の安全を維持するため」として海兵隊二個大隊の派遣が決まり、以後次第に規模が大きくなっていく。

 ところが肝心の米軍は「ベトコンと友好的なベトナム人農夫」の区別すらできない。「クリスマスには帰れる」はずが、ズルズルと大規模化・長期化し、面子にかけても引き返せなくなる。それも当然で。

人口二億の巨大国家が千七百万のアジアの小国を相手に限定戦争を行ったといわれているが、これは誤りである。問題の本質は、アメリカと違い、相手は全面戦争を戦っていたというところにあった。

 追い詰められたジョンソンは凶報を締め出し、イエスマンだけで周囲を固める。議会とマスコミには虚偽を流し、事実は中枢だけにとどめる。これは元々サイゴンの軍もそうだったのが、次第にワシントンも同じ病に冒されていく。北爆のエスカレートはソ連の支援を呼び、北ベトナムは被害どころか黒字決算。

 そして転換点のテト攻勢。今まで農村に出没していた北ベトナム軍が都市部に進出、ついにアメリカ市民の前に姿を現す。北ベトナムから見ると軍事的には失敗だが、アメリカ国内に厭戦気分が広がり、政略的には大きな成功をもたらし、ジョンソンの再選は阻まれる。

 アメリカの傲慢の物語とも言えるが、それ以前に。そもそも、アメリカは何を実現したかったんだろうか。掛け声は「共産主義者の浸透を許すな」だろうけど、じゃあ、具体的にはどういう解決が希望だったのか。どんなベトナムになって欲しかったのか。

 北爆の是非が議題になるんだから、北ベトナムを潰す気はなかったんだろう。では、南ベトナムを軍事的に防衛する事だけが目的、つまりはベトナムの傭兵で、ベトナムの社会はいじる気がなかったんだろうか。それとも、米軍が来ればベトナム人は諸手を挙げて歓迎し、何の問題もなく占領できると思っていたんだろうか…二次大戦後の日本のように。

 戦争ってのは、まず政策目的があって、それを実現するためにするはず。ところが、本書を読む限り、政策面での目的は「共産主義を防げ」だけで、具体的な目標が全く出てこない。「奴らにガツンと一発食らわせてやる」ってだけで、どんなベトナムを実現したいのか、当時のケネディ政権・ジョンソン政権は何も考えてなかったんじゃなかろか。

 だとすると、ブッシュJrのイラクよりタチが悪い。少なくともブッシュJrは、戦争後のイラクについて、一応は考えていた。イラク人は米軍を喜んで迎え、素直に米軍指導の下で復興の道を歩むだろう、と。まあ、とんでもない勘違いだったけど。

 と、いうのも。マクナマラが気になるんだ。この本を読む限り、彼はやっぱり善良で賢い人に思える。でも、結果は酷いものだった。じゃ、何を間違ったのか。設問を間違ったんだ、と思う。彼は「アメリカが勝つ」事を考えた。でも、本当に考えるべきは、「アメリカの利益」だったんじゃなかろか、と。

 経営者として彼は優秀だった。経営者の使命は明確だ。企業に利益をもたらすこと。でも、政治家は違う。彼のポストは国防長官。平時なら軍事費削減で優れた結果を出しただろう。でも、戦時下の仕事は「アメリカを勝たせる」事。だから、勝利に必要なお膳立てを整えようとした…肝心の「勝利条件」を設定するのを忘れて。

 だが、「アメリカの利益」を課題として提示したら、どうなっただろう。ベトナム国家の経営者として、自ら幾つかの目標を設定し、それを達成するための初期費用(戦力)と期間、維持するための運用費(戦力)を見事に算出したんじゃなかろか。そういう数字が出てくれば、投資(開戦)する価値の是非を、冷静に議論できたんじゃないか。まあ、これもまた、他国に土足で踏み込み勝手に経営しましょうなどという、とても傲慢な話ではあるけど。

 戦争ってのは、始めるのは簡単でも、終わらせるのは難しい。では開戦を防ぐにはどうすればいいか。報道の自由を含む情報の公開、軍の統制、綿密な現地情報の入手と分析、勝利条件の明確な設定、常に交渉の余地を残すこと、相手の立場で考えること…。人により得る教訓は違う、というか、とても多くの教訓を含む本だった。とてもじゃないが一週間程度で消化できるシロモノじゃない。

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2012年5月20日 (日)

デイビッド・ハルバースタム「ベスト&ブライテスト 2 ベトナムに沈む星条旗」サイマル出版会 浅野輔訳

 ベトナムで一敗地にまみれたのは、アメリカの勇気でも、武力でも、決意でもなく、ベトナムと敵についてのアメリカの政治的判断だったのである。そして、その判断を下すべきは国務省であり、とりわけ国務次官補であった。もしマッカーシズムの嵐が吹き荒れなかったとすれば、このとき国務次官補には、まったく別の種類の人物が登用されていたに違いない。

【どんな本?】

 1960年代。アメリカはなぜベトナムに拘泥し、深みにはまり、無益な戦いを続けたのか。多くの市民から「最高にして叡智に富む」とされたケネディ政権が、どんな経過で判断を誤り、そして訂正する機会を失ったのか。ベトナム従軍記者の経験を持つ著者が明かす、ピュリッツアー賞受賞の政治ドキュメンタリー。

 疲弊したフランスに変わり、アメリカはベトナムに軍事顧問団派遣を決定する。現地の軍及び国務省からの報告は虚偽にまみれた楽観論がまかり通り、ワシントンでも慎重論はご法度となる。肝心のジエム政権は支援は求めるものの、軍や内政の改革には関心を示さない。

 1963年11月1日、サイゴンでクーデターが発生、米国政府はこれを黙認する。同じ頃、ダラスでは…

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Best and the Brightest, by David Halberstam, 1969。今は朝日文庫から出ている三分冊の文庫本が入手しやすい。私が読んだのはサイマル出版会のソフトカバーで1983年6月の新版。縦一段組みで約327頁。9ポイント45字×19行×326頁=279,585字、400字詰め原稿用紙で約699枚。長編小説ならやや長め。

 今の基準で評価すると、決して読みやすい文章じゃない。また、アメリカ人の著者が当時のアメリカ人向けにホワイトハウスの詳細を書いた本なので、当時のアメリカ国内の様子やベトナム戦争の推移など大枠の趨勢がわかってないと辛い。例えばこの巻ではケネディ暗殺という大事件が起こるのだが、それについてはたった1行しか費やしていない。「それぐらい常識だよね」という姿勢で書かれている。

【構成は?】

11 誰がベトナムの真実を語ったか
12 マクナマラ伝説の虚構
13 堰を切った疑問
14 深まるホワイトハウスの分裂
15 ケネディが残した負債
16 空費された一年
17 自ら盲目になった巨像
18 押し出される懐疑派
19 ジョンソンの野心と虚偽

 基本的に時系列で話は進みつつ、時折米中関係の歴史や個人の生い立ちなどで前後する構成は前巻と同じ。ただ、主な舞台背景の説明は前巻で済んでいるので、時間的な流れの混乱は減った。この巻の主な舞台は1962年初頭から1964年まで。

【感想は?】

 これは本当に1960年代のベトナム戦争を扱った本なのだろうか。2000年代のイラク戦争を扱っているんじゃなかろか。そう錯覚するぐらい、パターンが似通ってる。

 ベトナムの事を何も知らないケネディ政権、イラクの事を何も知らないブッシュJ政権。調子のいい事ばかりを言うジエム、グリーンゾーンに引きこもるポール・ブレマー。トンキン湾事件で急上昇するジョンソン政権の支持率、911で持ち直したブッシュJr。キューバ侵攻で大恥をかいたアドレイ・スティーブンソン、大量破壊兵器で道化を演じたコリン・パウエル。泣きたくなるぐらい、同じ事を繰り返してる。

 …そしてまた、近い将来、同じ事を繰り返すんだろうなあ。イランかサウジアラビアか南米で。

 この辺のアメリカ中心の視点、実は著者にも共通してて。本書内じゃ「ジエム政権はベトナム民衆と剥離してた」と書いてはあるが、肝心のベトナム社会の描写はほとんどない。これは「コールデスト・ウィンター 朝鮮戦争」も同じで、あっちも韓国軍・韓国人はほとんど出てこない。まあ、この本はホワイトハウスがテーマだから仕方がないんだけど。

 さて、本書の内容。現地に派遣された米軍顧問団の責任者ハーキンズは楽観的な報告だけをワシントンに送るが、前線指揮官、特に佐官級の一部は毅然と反抗する。第七師団の顧問となったジョン・ポール・バン中佐は、独自の報告書を作りペンタゴンに送る。

 例えば第七師団の一年間の政府の死者は総数で1400名と報告されているが、うち政府の死者数は50名。死んでるのは装備劣悪な民兵で、政府軍はすぐにトンズラしてる証拠。兵力配備もジエムへの忠誠心を基準に決定してる。

 …ってな報告をペンタゴンにしようとすると、ハーキンズの親分マックスウェル・テーラーから横槍が入って報告会は中止になる。事実を報道しようとする従軍記者はヘリに乗せてもらえない。

 これはホワイトハウスも同じで、懐疑論を出す者はハブられる。積極論の親玉は国防長官のロバート・マクナマラ。これに異を唱える筈の国務長官ディーン・ラスクは事なかれ主義でやりすごす。この両者の関係が問題だ、と著者は批判する。

 本来なら、国務長官が外交方針、つまりジエムを支援するか否かの指針を示し、それを実現する(軍事的)方法を国防長官が考える、という役割分担であるはず。ところが、肝心のベトナム政策の是非は棚上げで、「どうすれば勝利できるか」だけが議論の焦点になっている、これはラスクの無策が原因だ、と。

 この両者の生い立ちと性格が対照的なのも面白い。まずはマクナマラ。

 学生時代は学究肌で、数学・会計学に秀でる。二次大戦ではB29開発でオペレーション分析(たぶん線形計画法やPERTなどのオペレーションズ・リサーチの事)を駆使して実績をあげ、戦後は斜陽のフォードを立て直す。だが合理性を重視する実用車は理解できても、流行に流される乗用車は理解できなかった。冷徹に見えるが理想は高く、アラバマ大学の記念講演では「ビジネスマンには金を儲ける以上の、より崇高な使命がある」と語る。新進の気鋭に富む、合理的なリベラル。

 対するディーン・ラスクは、貧しい生い立ちに育ち、己を厳しく律する禁欲的なカルビン主義者。「感情を表さない。不平不満は言わない。一生懸命に働き、一歩でも前進しようとする」。高校・大学を通じ8年の予備役将校訓練を受け、栄光のローズ奨学金受給生となるが、これを自ら誇った事はない。優秀だが謙虚、調和を大事にする。

 コンピュータに例えられるマクナマラ、いかに優れたコンピュータもデータが間違ってたら間違った解を出す。そして現地ベトナムの報告は虚偽にまみれている。結果積極派となったマクナマラに対し、従順なラスクは大統領の意向に従う事を使命とこころえ、積極的なマクナマラに抗しなかった、それがためアメリカはベトナムに深入りする羽目になった。

 ってな事をやってる間にベトナムじゃクーデターの機運が盛り上がり、アメリカはこれを黙認する。落ち着いて考えるとこれも変な話で、名目はジエム支援で軍事顧問を派遣してたのに、肝心のジエム暗殺を止めないってのも酷い。つまりはアメリカもジエム政権のしょうもなさを判ってて、「これ以上酷くはならないだろう」と考えたわけ。

 などと暢気に構えてるうちに、肝心のケネディがダラスで暗殺され、日陰者だったジョンソンに重圧がかかってくる。再選を目指すジョンソンは面倒なベトナムを放置して内政に力を入れたい、そのためには政権と議会の合意形成を第一に考え「政治的」に動き…

 この巻のエンディングにはマルコムXなんて名前も出てきて、激動の60年代の幕開けを感じさせる形で幕を閉じる。中国の喪失とマッカーシズムの傷跡が残るアメリカで、蠢動を始める市民運動。遠くに地響きを聞きつつ、次巻へと続く。

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2012年5月19日 (土)

デイビッド・ハルバースタム「ベスト&ブライテスト 1 栄光と興奮に憑かれて」サイマル出版会 浅野輔訳

 ケネディは、ホワイトハウスに来て一番驚いたことは、アメリカが憂慮すべき事態に陥っていると自分が選挙演説で強調したのと同じぐらい、状況が実際に悪いということだった。

【どんな本?】

 第二次世界大戦後、疲弊したヨーロッパにかわり世界のリーダーに躍り出たアメリカ。だが、その眼前に立ちはだかったのはソ連をはじめとする共産主義各国だった…少なくとも、アメリカはそう考えた。

 1961年、若くリーダーシップ溢れるジョン・F・ケネディを大統領に迎えたアメリカは、共産主義の脅威を恐れ欧州復興を支援し成功を収めるが、アジアではベトナムの泥沼に引きずり込まれていく。

 智恵に溢れ決断力に富む人々に率いられながら、なぜアメリカはベトナムで選択を誤ったのか。どんな過程でアメリカはベトナムの泥沼にはまったのか。当時の世界情勢とアメリカ政界の様子を中心に、アメリカがベトナムへ転落していく姿を描いたピュリッツアー賞受賞の政治ドキュメンタリー。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Best and the Brightest, by David Halberstam, 1969。今は朝日文庫から文庫本が三分冊で出ている。私が読んだのはサイマル出版のソフトカバー、1983年6月の新版。縦一段組みで約326頁。9ポイント45字×19行×326頁=278,730字、400字詰め原稿用紙で約697枚。長編小説ならやや長め。

 売り込み文句で言ってるほど読みやすくはない。当時の翻訳物としては読みやすい部類なのかしらん(*)。また、対象読者が当時のアメリカ市民であり、またテーマが政治であるため、アメリカの歴史や政治に詳しくない人には、少々辛い。とういのも、我々には馴染みのない人名が何の説明もなく頻繁に出てくるからだ。勤勉な人は Wikipedia などで随時補いながら読む形になるので、読み通すのにはかなり時間がかかる。

 いや Wikipedia ってハマると危険でしょ、リンクたぐってくとアッという間に時間がすぎて、気がついたら全然関係ない記事に熱中してたりするし。私だけじゃないよね。

*冒頭の引用、私ならこう訳す。

 ケネディは選挙演説で強調した。
 「アメリカは憂慮すべき事態に陥っている」と。
 ホワイトハウスに来た彼は驚いた。
 彼の選挙演説は、事実を語っていたのだ。

【構成は?】

  娘への手紙――「まえがき」に代えて
  記念碑的な名著――訳者まえがき
1 ケネディとエスタブリッシュメント
2 リベラルと非リベラルのはざまで
3 凡庸にして無難の効用
4 ワシントンに参集した超エリートたち
5 賢者の愚行の発端
6 合理主義と行動の時代
7 反共主義という幻想の遺産
8 ベトナム・コミットメント
9 分岐点・ケネディの妥協
10 奈落に向かう渦巻き

 以降、「ベスト&ブライテスト 2 ベトナムに沈む星条旗」「ベスト&ブライテスト 3 アメリカが目覚めた日」と続く。
 大きな流れとして、ケネディ就任以降のアメリカの政界の動きに沿って進むが、途中で第二次大戦後の世界情勢や各登場人物の生い立ちなどが入るため、かなりの部分で話が前後する。この巻ではケネディの大統領就任から1961年10月までが中心。

【感想は?】

 冒頭で強いインパクトがあるのが、アメリカの地域性。一般に粗野な田舎者と見なされる南部に対し、洗練されたパワー・エリートが集まる東部エスタブリッシュメントの閉鎖的な社会。金融・法律業界で隠然たる力を持ちアメリカの知性を代表すると自認するエスタブリッシュメントが集まったケネディ政権の中で、南部出身のリンドン・ジョンソンが疎外感を感じるあたりが微笑ましい…って、今ちょっと調べたら、もしかしてケネディがあからさまなエスタブリッシュメント最後の大統領か?

 冒頭で述べられるロバート・A・ロベットのエピソードが、「自分たちの利益がアメリカの利益」と信じて疑わぬエスタブリッシュメントの鼻持ちならないエリート意識を存分に伝えている。ケネディに政権参加を請われ断ったロベット曰く「心配には及ばない、私でも私の友人でもしかるべき人物のリストを差しあげることができる」。

 そのケネディが集めたメンバーは最高にして聡明と歌われたが、中でも強烈なのがマクジョージ・バンディのエピソード。幼いバンディが宿題の作文を読み上げると、他の生徒がクスクス笑い始める。素晴らしい作文に満足した教師があとで生徒に聞くと…

「先生、知らなかったんですか。マックは宿題をやってこなかったんです。白紙を読み上げていたんですよ」

 肝心のベトナム情勢、これはフランスの困った置き土産。ノルマンディでも活躍したルクレール将軍が「この仕事には50万の兵力が必要だ、それでも成功するとは言い切れない」と難しさを訴える。

 当時のベトナムの情勢をどう認識するか、が本書の大きなテーマとなっている。当時のアメリカ市民やケネディ政権は共産主義との戦いの最前線と認識していたが、本書ではアベレル・ハリマンを通して別の視点を提供する。ナショナリズムの台頭だ。別の言い方をすれば、植民地の独立闘争という視点。

 これは中国にも共通していて。「別に彼らはソ連に従ってるわけじゃない、旧支配者/支配層を打倒して自分たちの国を作りたいんだ」みたいな視点。

1946年3月、ベトミンを正統政権と認める暫定協定をフランスが締結したとき――この協定をフランスはただちに破ることになるのだが――もしあのとき、アメリカがフランスの前向きのリーダーシップを祝福し、ただちにハノイ駐在公使を任命する旨パリに電報を打っていたら、この悲劇は避けるころができたのだ。

 ケネディ自身も反植民地主義的な部分があって、積極的にフランスの後押しをする気にはなれない。ところが独立戦争以来の旧友フランスと、東洋の得体の知れない連中と、どっちにつくかと言えば、古くからの付き合いの方が大事。

 ところが肝心の南ベトナム政権は腐りきってて、トップのゴー・ジン・ジエムも煮え切らない。得に彼の弟のゴー・ジン・ヌーが手に負えないんだが、腐敗の追放や行政改革を訴えるアメリカの使者は嫌われ遠ざけられる。南ベトナムの将兵は使い物にならず、支援要求だけが膨れ上がる。フランスの要求も激しくなる一方で…

 ってな所で、「実は50年代にも似たような状況があってさあ」と1954年の調査団の話が入る。責任者は朝鮮戦争で活躍したマシュー・リッジウェイ。港湾・鉄道・道路など兵站用件や伝染病などを調べた結果、「総兵力50万もしくは100万が必要」という結論を提出、「やってらんねえよ」と当時のアイゼンハワー大統領は介入を断念する。

 この時のディエンビエンフーのフランス軍の戦い方も間抜け。「敵を誘い出す」という口実で盆地に陣を敷き、山地をベトミンに明け渡す。「高地から砲撃されたらどうすんの」と尋ねるアメリカの将校に対しフランスの将校曰く「連中は大砲など持っていない、持っていても使い方なんか知らない」。

 54年のリッジウェイは現地の民衆も敵に回すと考えており、また従来のような正規軍相手の戦闘ではないとも思っていた。ところがワシントンでは「空爆で高地を潰せばいんじゃね」的なお気楽な発想、またはマジノ線みたいな強力な防衛線を形成すればいいと考えている。

 ケネディに率いられた「最高で叡智に富む」メンバーが抱く幻想と、全く様相が違うベトナムの現実が、ギシギシと軋みながら次第に接近していくこの巻は、暗い予感に包まれながら次巻へと続く。

 なお、色々とアメリカの政治に通じてないと辛いこの本、得に注意したいのがアメリカ政府の国務長官(→Wikipedia)という地位。名前は内政担当っぽいけど、実際は外交担当で、日本だと外務大臣。

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2012年5月18日 (金)

ライク・E・スプアー「グランド・セントラル・アリーナ 上・下」ハヤカワ文庫SF 金子浩訳

敵のほうが力が上なら、戦いを超えて倒さねばならぬ

【どんな本?】

 E・E・スミスのレンズマンやスカイラーク、日本のアニメやゲームのネタをギッシリ詰め込み、遠未来を舞台にしてバラエティ豊かなエイリアンが続々登場し、群雄割拠して様々なバトルを繰り広げる、やりたい放題でサービス満点のスペース・オペラ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Grand Central Arena, by Ryk E. Spoor, 2011。日本語訳は2011年7月15日初版発行。文庫本で縦一段組み、本文上巻389頁+下巻381頁に加え、訳者あとがき7頁。9ポイント41字×18行×(389頁+381頁)=568,260字、400字詰め原稿用紙で約1421枚。単発物の長編なら3冊分。

 正直言って、上巻の2/3ぐらいまでは結構難渋する。舞台が遠未来の宇宙空間なんで、馴染みのない風景な上に、出てくるエイリアンもケッタイな連中が多い。情景を思い浮かべるのに苦労するのだ。おまけに欧米物の常で、同じ人物の名称が「サイモン」だったり「サンドリスン」だったり。地の文でもサイモンはファースト・ネームで出てくるのに、デュケーンはファミリー・ネームで出てくるから、ややこしい。エイエイアンも党派名フェイスだったり個人名ニャントスだったり。まあ、表紙の返しに登場人物一覧があるから、その辺はだいぶ緩和されてるけど。

【どんな話?】

 2375年。AI(人工知能)が発達・普及している。新鋭の女性宇宙障害レーサー、アリアン・オースティンに、天才物理学者サイモン・サンドリスンから奇妙な依頼が入った。サイモンが開発した超高速航行の有人飛行試験に、パイロットとして参加して欲しい、というのだ。

 無人機による飛行実験では、奇妙な結果となった。光速に達しなかった数機は問題ない。三期は光速を超えたが行方不明。だが、光速を超えてから戻った機体には、データが記録されていなかった。モルモットとラットを乗せた実験機は無事戻り、実験動物も無事だが、やはりデータが残っていない。

 サイモンやアリアン他数人のクルーを乗せたホーリー・グレイルが光速を超えた途端、問題が起きた。AIが全て停止、ホーリー・グレイルは奇妙な空間に放り出された。

【感想は?】

 まずは訳者あとがきを読もう。作者が思いっきり遊んでいるのが判る。ネタバレはしてないのでご安心を。

 お話は、尻上がりに面白くなる。私が暫くSFを読んでいなかったせいもあるが、上巻の前半は少々苦労した。情景描写が重要な作品だが、主な舞台となるスフィアは、冒頭にイラストがあるので助かった。

 冒頭じゃ「モノシリック炭素ケイ素接合回路」だの「サンドリスン・コイル」だのと小難しい言葉が出てくるけど、「ナニやらハッタリかましてるんだな」程度に読み飛ばしておけば充分。後半じゃもっとご都合主義的なガジェットが出てくるんで、あまし真面目に考えないように。

 つまりは、一時期の週間少年ジャンプのバトル物だ、と思っていればいい。実際、そんな感じの展開になる。というのも。

 名前が示すように、本作の舞台はグランド・セントラル・アリーナ。超高速航行を獲得した種族が、強制的に連れてこられる場所。AIと核融合は機能しない。数多の種族が集まり、様々な党派を結成し、駆け引きを繰り広げている。その中でも、最も華やかなのが、<挑戦>。双方が同意したルールで戦われ、勝者は敗者に妥当な要求ができる。ついでに、当然、挑戦に勝った種族や党派はアリーナ内での地位が上がり、負ければ下がる。

 ってんで、実際に人類が挑戦に関わり出すあたりからが、この作品の真骨頂。ところがこの挑戦ばかりか、アリーナ内のルールが新参者の人類にはよくわからない。ってんで、実際の戦いのほかにも、ルールを巡る駆け引きも、この作品の面白さのひとつ。この辺は、初期の「HUNTER×HUNTER」に似てるかも。

 アリーナのルールについて色々と教えてくれる奴もいるのだが、それぞれに利害がある。ってんで、複数の種族・党派に関わりつつ話を聞くが、人類は注目を集めているらしく、友好的な連中でも「俺の党派に入れよ、そしたらもっと教えてやるからさ」みたいな態度。情報はタダじゃない。

 ばかりでなく、やたらと好戦的な奴もいて。新参者の人類は「いいカモ」と見られているのか、わざと因縁をつけてくる奴もいれば、敵だか味方だかわからない、でも圧倒的な力を持ってることだけは否応なしに伝わってくる、H×Hならヒソカみたいな奴もいる。

 この記事の冒頭の引用で判るように、作者が遊びまくってるのが、この作品のもう一つの特徴。アリーナ自体が天下一武闘会だよなあ…などと思ってたら、モロに悟空は出てくるわ如意棒が飛び出すわで大笑い。冒頭で出てくる「カンザキ」の元ネタがエスカフローネの「神埼ひとみ」って、エスカフローネって、意外とアメリカじゃ人気あるのね。おまけに主要人物のサイモンが日本と北欧のハーフで、時折日本語が飛び出してくる。

 ゲームに入れあげてる作者らしく、バトル・シーンでもゲームの影響がたっぷり。武闘派じゃリーダーのデュケーンは勿論、あんまし鳴れてない筈のカールも、ゲームで鍛えた腕でデュケーンをサポートしたりする。かと思えばアリーナのルールが、これまたヲタク志向をよくわかってて…

 「…レプリケーターによって複製されたまったくおなじ品物よりも、手作業でつくりあげた彫刻や自然な世界で育成した食物のほうが重要ななにかを含んでいると考えるんだ」

 これを「オリジナルに霊性を認めるというのはコレクターの思考回路だ」などと一発で理解しちゃうサイモン君も、相当にわかってらっしゃる。

 お話も後半に入ってくると、各登場人物の性格もだいぶ掴めてきた上に、相手の本来の動機も見えてきて、それこそ週間少年ジャンプばりに熱い展開が出てくるからゾクゾクする。

「…自由でなければ生き残ったことにならないんだ。わたしは自分が望むことをやる。なぜなら、それがわたしの望みだからだ」

 当然ながら、クライマックスもアリーナで強敵相手のバトル・シーンとなる。絶望的なまでの実力差、たったひとつの突破点のために用意した全ての武器・防具を無効化され、追い詰められ蹂躙される人類。

 アリーナの設定は相当に恣意的というかご都合主義だし、異星人の性質の秘密もアレだけど、その辺を「面白けりゃいいじゃん」と頭を空にして割り切れれば、濃ゆい人ほど楽しめる困った設計。深く考えず、熱い展開に乗って楽しもう。

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2012年5月15日 (火)

佐藤達哉「知能指数」講談社現代新書1340

 本書の目的は、IQという数値について一定の評価を与えている現状から出発しながら、IQが自明であるような生活のあり方を問い直すことになる。IQという数値について、その使い方/使われ方を検討し、歴史を検討し、概念的、方法論的問題を検討してみたいである。

【どんな本?】

 Inteligence Quotient 略してIQ。頭の良さまたは悪さを示す数値と一般的に思われているが、その実態は何なのか。いつ、誰が、何のために考え出したのか。俗に言われる「ナポレオンのIQ」などは、どうやって測ったのか。どのように利用され、またはどのように誤用されてきたのか。

 知能検査の実態とその目的という基本的な事実から始まり、IQ として数値化される事による社会への影響を多くのエピソードで紹介し、知能検査の意義を問い直す。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 1997年2月20日第一刷発行。新書版で本文約185頁。9ポイント40字×16行×185頁=118,400字、400字詰め原稿用紙で約296枚。小説なら中篇~短めの長編の分量。一応数式は出てくるけど、加減乗除だけなのでご安心を。文章も読みやすく、気軽に読める。

【構成は?】

 プロローグ
第一章 身近なIQ
第二章 知能指数の成立
第三章 歪められたIQ
第四章 差別と偏見と
第五章 IQ神話を超えて
 エピローグ――IQは愛で救うこと?
  おわりに/参考文献

【感想は?】

 著者は社会心理学者だが、内容の多くは、IQという尺度が社会に与えた影響に割いている。特に、モノゴトを「数値化」する事の意義と、それが社会に与えるインパクト、そして誤用/悪用される事の怖さが伝わってくる。

 そもそも、IQとは何か。式はこうなる。

(精神年齢/実際の年齢)×100

 この精神年齢ってのがクセモノで、知能検査で測ってるのが、コレ。ナニを測ってるのかというと、本来は、子供の発達具合。「平均的な5歳児なら、この程度は出来ますよ」みたいな事。「他の同年齢の子供と比べて発達が良いか遅れてるか」を測っている。つまり、「子どもの発達具合」であって、「頭の良さ」じゃ、ないわけ。

 そもそも、知能検査の成り立ちが、「頭の良さ」を測ることでは、ない。考え出したのは185年産まれのA・ビネ。その目的は、子供が知的遅滞児か否かを見分けること。そういった子供たちを少人数制の学級に編成し、「学び方」を学ばせて、子供たちに役立つ教育を施そう、という発想があった。医療と児童教育が目的なわけ。

たとえば「銅像ごっこ」。銅像のように動かないでいることを遊びとして訓練する。日本でいうと、「だるまさんがころんだ」のような遊びであり、このようなことから「学ぶための態勢づくり」をしようと試みたのである。

 私も小学校時代に知能検査を何回か受けたけど、数値は教えて貰えなかったなあ。時間切れで全部解けず不安だったんだが、あれ、元々そういうモノだそうで、「たいていは時間切れで次のページに移るように指示される」。少し安心。この検査方法、日本でのエピソードが面白い。昭和8年11月19日、横浜で尋常小学校6年生996名に対し一斉に知能検査をしたが、多数の小学校で一斉に実施するには、どうするかというと…

当時最新のメディアだったラジオが使用されたのである。各学校では学童を集めて座らせ、ラジオのチューニングをして準備を整えた。子どもたちはラジオから流れる指示に従って知能検査に回答していくのである。

 見事なマルチメディア戦略。昔から新しいメディアを巧く活用する人はいたんだなあ。
 さて、数値化されれば誤用も増える。最初に紹介されるのが、アメリカ陸軍のエピソード。第一次世界大戦時、新規入隊した兵175万人に対し、適正が兵向きか将校向きか調べるために知能検査を使った。素直に将校向けの適正検査を作れよ、と思うんだが。

 ところが英語の読み書きができない者もいるので、字が読めなくても受けられるテストも作ったというから、わからん。つか英語ができない奴を戦場に連れてっちゃイカンでしょ…と思ったが、今でもアラビア語が出来ない者をイラクに派兵したり、パシュトゥン語が出来なくてもアフガニスタンに派兵してるなあ。

 ってのはさておき。こういう検査は長く教育を受けた者・米国在住経験の長い者が有利で、環境的に教育を受けられない黒人や、最近移民して来た者には不利なんだが、これを元に「黒人は知能が低い」と解釈した本を出してる。ところがハワイの日本人移民で検査したら得点がアメリカ人より高かった。この解釈も凄い。

日本人は優秀な人間がハワイに移民する

 以後、人種とIQの楽しい関係にまつわるエピソードが幾つか紹介される。どうにも人ってのは、そういう発想を捨てきれないらしい。

 数値化の弊害も色々あって、時代的に知能検査を受けていない筈の、ナポレオンなどの知能指数が出てくることがある。これ、どうやったかというと、「伝記的資料を用い、(略)利発さを示すエピソードの有無を調べる」。基本100として、両親が卑賤なら10引き、「賢いと評判だった」的なエピソードがあれば加点する。だから記録が多い人の方が有利。

劇作家として名高いシェイクスピアの場合は、卑賤の生まれで、かつ子ども時代の記録がないので、IQは100以下だと推定されたようである。

 元々は医療・教育方面の目的で作られた知能検査が、なまじわかりやすく数値化しちゃったがために誤用/悪用されてしまう挿話は、人の持つ救いがたい偏見を思い知らされる。文章は軽いが、内容は意外と重かった。

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2012年5月14日 (月)

ブライアン・カプラン「選挙の経済学 投票者はなぜ愚策を選ぶのか」日経BP社 長嶺純一・奥井克美監訳

 本書は民主主義がいかに失敗するかについて、これまでとは違った議論を展開していく。その基本となる考え方は、投票者は無知よりもさらにたちが悪いというものである。

【どんな本?】

 著者は経済学者でリバタリアン、つまり「小さい政府」を信奉し、特に経済政策では規制緩和を主張する立場。

 一般に民主主義だと、投票者は自分が最も得をする政策を支持すると思われている。が、現実には、(主に経済的な面で)投票者に損をさせる政策が支持される場合も多く、実際に採用され投票者に損をさせてきた。

 この現象の原因を、従来の経済学者は「投票者は自分じゃ合理的な選択をしていると思っている、だが無知だから選択を誤るのだ」と説明してきたが、著者はこれと異なった意見を主張する。投票者は「敢えて自分が損をする選択をするのだ」、と。

 そんな事がありえるのか。具体的には、どんな現象なのか。どうやって、その現象を証明したのか。それはどんなメカニズムなのか。そして、どうすれば改善できるのか。

 「民主主義には重大な欠陥がある」と告発する、刺激的で挑戦的な本。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Myth of the Rational Voter: Why Democracies Choose Bad Policies, by Bryan Caplan, 2007。日本語版は2009年6月29日第一版第一刷発行。ハードカバー縦一段組みで本文約400頁+訳者あとがき11頁。9ポイント42字×18行×400頁=302,400字、400字詰め原稿用紙で約756枚。長編小説ならやや長め。

 はっきり言って、読みにくい。問題は三つ。まず、経済学や統計学に疎い者には難しい内容であること。これは、まあしょうがない。次に、経済学用語の「外部性」や統計用語の「回帰分析」などの専門用語を、何の説明もなく使っていること。せめて用語解説をつけて欲しかった。そして最後に、これが最大の問題なのだが、悪文であること。詳しくは後述。

【構成は?】

  まえがき
 序章 民主主義のパダドックス
第一章 集計の奇跡を超えて
第二章 系統的なバイアスを含んだ経済学に関する思い込み
第三章 米国民と経済学者の意識調査(SAEE)
第四章 古典的公共選択と合理的無知の欠陥
第五章 合理的な非合理性
第六章 非合理性から政策へ
第七章 非合理性と供給サイドから見た政治
第八章 市場原理主義 vs. デモクラシー原理主義
 終章 愚かさ研究の勤め
  各章の注/参考文献/訳者あとがき

 序章と終章以外の全ての章は、章末に「まとめ」がついてる。つまり「わかりやすさ」に、配慮はしてるんだよなあ。

【感想は?】

 内容は挑発的でエキサイティング。気に入るか腹を立てるかは、人によるけど。

 というのも。著者はリバタリアン(→Wikipediaのリバタリアニズム)だから。「大抵の事は政府より市場の方が巧くやる、例外もあるけどね」ってな立場で、保護貿易・価格統制・最低賃金に反対し、移民受け入れ・企業の業務効率化による大量解雇を歓迎する立場。詳しくはウォルター・ブロック「不道徳教育 擁護できないものを擁護する」をどうぞ。そういう著者の姿勢を、「言語道断で全く話にならない」と考える人には、不愉快な本だろうから、近寄らないが吉。

 もうひとつ、気になるのが、文章が凄まじく読みにくい点。いや、著者は努力してるんだ、いろいろと。

 各章の末尾に「まとめ」をつけたり、時折グラフを入れたり、読者が実感できる例え話を入れたり。けど、文章をわかりやすくする、至極基本的で簡単な技術が欠けている。そのくせ美文にしようと変に文章をこねくりまわすから、かえって酷い文章になってしまう。とりあえず 二重否定を肯定形にするだけでも、だいぶ違う。

 訳者は監訳者を含め六人。皆さん経済学の専門家であり、著述の専門家ではない。恐らく「わかりやすさ・親しみやすさ」より、「正確さ・原文に忠実であること」を優先して翻訳したんだろう。だが、「投票者に経済学の知識を普及させよう」が、著者の主張のひとつだ。「不道徳教育」のように超訳しろとまでは言わないが、もう少し素人にとっての「わかりやすさ・親しみやすさ」に配慮して欲しかった。

 ではあるけど、内容はいろいろとエキサイティング。まず、普通の人は考え方にバイアス(偏り)がある、などどいきなり読者を挑発する。偏りの代表は四つ。

  1. 反市場バイアス:価格競争は売り手買い手双方に良くない。価格や利子は統制すべき。
  2. 反外国バイアス:移民は脅威だ。貿易を統制しないと国内企業が潰れみんな失業する。
  3. 雇用創出バイアス:自動化・機械化したら仕事が減ってみんな失業する。
  4. 悲観的バイアス:社会は昔より悪くなった。未来はもっと悪いだろう。

 以上四つは間違ってるよ、と著者は主張する。例えば反外国バイアスの例で、当時の日本の貿易黒字が脅威と見なされていた点について、「じゃ、あなたとコンビニの貿易収支について考えてみようか」などと挑発してくる。はてさて。

 この著作で最も感心したのは、今まで経済学で無視されてきたモノに、大きな光を当てている点。つまりは人々の選択(というより世論)の不合理性なんだが、今まで経済学者は、その原因を無知だと思い込んできた。人は利己的で、かつ合理的だ、ただ充分な情報を持たないだけだ、と。

 ところが、そういう理屈じゃ説明できない現象がある。例えば、「9・11事件の二週間後、その数(市民の政府への信頼度)は二倍以上の64%になった」。「消費者のゼネラル・モーターズ(GM)に対する信頼が、重大事故によるリコール後に高まるということは考えにくい」。

 こういう不合理性を、著者は実に経済学者らしく説明する。なぜ一見不合理に見える選択をするのか。支払いは人々自身の財だ。それと引き換えに、何を得ているのか。

人々が関心を寄せる財の一つとして、自分の世界観がある。自分たちの宗教的な信念や政治的な信念が誤っていることを知って、いい思いをする人はきわめて少ない。

 一票差で議席が決まる事は滅多にない。自分の票が現実に政策に影響を与える可能性が極めて低いなら、せめて自分の信念は守ろう、そういうことだ。また、感情的な拘りもある。本書では毒物学と化学物質の例が出てくるが、今の日本なら放射能が感覚的に判りやすい。

 内容は挑発的で斬新だし、世論調査の結果などは興味深いエピソードが多い。ただ、文章は酷いんで、その辺は覚悟しよう。

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2012年5月11日 (金)

榊涼介「ガンパレード・マーチ2K 新大陸編 2」電撃文庫

 「ぬほほー、さすが原さん、良いこと言うバイ。空気は読むもんじゃなか! 読んで、暗~い雰囲気に合わせて、どうすっとか? 空気はな、切り裂くものタイ! 切り裂いて新しい状況を作り出すっとバイ……!」

【どんな本?】

 元は2000年9月発売の Sony Playstation 用ゲーム「高機動幻想ガンパレード・マーチ」。根強い人気を誇りながらも、大人の事情で続編が出ないが、2010年にPSPのアーカイブでめでたく復活、新たなファンを惹きつけている。

 そのノベライズとして出た本作は2001年12月発売の「5121小隊の日常」から始まり、浮き沈みの激しいライトノベルの世界で10年以上も定期的に刊行を続け、この巻で32冊目。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2012年5月10日初版発行。文庫本縦一段組みで本文約280頁。8ポイント42字×17行×280頁=199,920字、400字詰め原稿用紙で約500枚。相変わらずの安定した執筆量。

 文章そのものは読みやすいが、なにせ長大なシリーズの途中、登場人物と設定がやたらと多い。一時期は榊氏オリジナルの登場人物が5121小隊以上に活躍したものの、新大陸編に入ってグッと整理された。この巻で活躍するのは浅井と箕田小隊の四人を除けば、新大陸の者ばかり。いきなりこの巻から読むのは無茶だが、新大陸編1からなら、何とか…できれば「5121小隊の日常」から入るのがいいんだけど、店頭に置いてないんだよねえ。

 てんで、そろそろ、巻頭に登場人物一覧をつけて欲しい。

【どんな話?】

 新大陸へ渡ったものの、米の軍/政府内の軋轢でフォレストウッド空軍基地に幽閉された5121小隊。同時期、東海岸北部からオンタリオ湖東部で幻獣が突如大攻勢に出る。大西洋岸はボストンを死守する体制となるが、ニューヨーク州側の戦線は崩壊、湖畔のレイクサイドヒルなどは孤立した。運悪くレイクサイドヒルに滞在していた浅井は、正体を隠して警察署長のマクベインに示唆を与え、市民の避難を優先させる。

 度重なる嫌がらせに対し、大原首相よりフリーハンドを与えられた舞は、フォレストウッド空軍基地を飛び出し、海兵隊のフェルナンデス大隊と共にレイクサイドヒル救出に赴く。突然の共同作戦に戸惑う両者だが、フェルナンデス中佐の副官プラッター大尉の仲介もあり、次第に連携を深めていく…

【感想は?】

 表紙は5121小隊が誇る美脚コンビ。口絵は中西に笑った。コイツ、大人しそうな顔してるけど、キレさせたらヤバい、きっと。間違ってもエリー湖の向こう、デトロイトに行かせちゃいけない。

 前巻では土木作業で活躍した士魂号、この巻では冒頭から戦闘で大活躍。向うでもテレビ新東京みたいなのがあるみたいで、それぞれ人気者になりつつある。ただ、人気の傾向の違いはなんとも。つか何やってんだパーシバル。いっそ絆創膏とゴーグルをセットで売れば…嫌だな、そんな流行ファッション。

 とまれ、やっぱり問題は補給。ここでも何考えてるんだパーシバル。まあアッチの世界じゃあまし反りがない鎌倉時代のが良しとされてるというし、本来は両手で扱うものだけど。

  テレビ新東京が出ないからレイちゃんの出番もなし、ショボ~ン…と思ってたら、似たような人がいましたよ、こっちにも。上司に心酔してる所も、変にズレたポイントに拘る所も同じ。こんなのを選ぶってのも、人を見る目があるのかないのか。ちなみにピアニストの手は力が必要なのでゴツいそうな。

 妙に映画ネタが多いのもこの巻の特徴。やっぱりね、コックは頑張らないと。それと、茜、安請け合いは危険だぞ。のぼせ上がってるようで、案外とフォンタナさんも目ざとい。

 前巻でタダモノではない片鱗を見せたプラッター大尉、この巻でも表には出ない形で活躍してる、というか、活躍しすぎのような。今のところ状況証拠しかないけど、狼の匂いがする。異様に広い人脈、整備班への心配り、そして中西の奇襲成功。困った人たちが太平洋を越えてしまったような。そう、

 「……趣味は時として身を滅ぼすもとになります」

 北海道で雪豹に出会って以来、多少はコツを飲み込んだらしい舞、今回はちゃんと準備万端怠りなく、楽しくランデブーを楽しんでる。ほんと、向うは多いんだよね。公園の樹に結構いたりする。銃の練習で撃つガキもいるんだけど。

 ここまで来てまだ出てくるゲームのネタ、この台詞は滝川か新井木か岩田…が言ったら、シャレにならんな。時として便利なんだけどね、PCとして選ぶと雰囲気に関係なく仕事できるし。

 この巻の終盤は、ファンブックを持ってるとより楽しめる展開。「もしかしてファンブック第二段も…」などと期待してしまう。なんとかなりません?むつけき海兵隊も、案外と困った趣味の人が多いようで。良かったな滝川、ご指名があって。トラウマ復活かと思ってヒヤヒヤした。しかしあのチョイス、舞の陰謀ではなかろうか。

 実在の地形を微妙にいじった設定、海兵隊の登場と、何か考えがあるな、と思ったら、やっぱりそうだった模様。次巻あたり、陸水空の三次元で電撃的に作戦を敢行する海兵隊の本領発揮となるか?

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2012年5月10日 (木)

藤田宜永「鋼鉄の騎士 上・下」双葉文庫

「君は鋼鉄の馬を見た。さしずめ“鋼鉄の騎士”というところかな。走りたまえ。天馬のように駆けたまえ」

【どんな本?】

 今は恋愛小説が中心の直木賞作家として知られる藤田宜永による、第48回(1995年)日本推理作家協会賞長編部門受賞作。第二次世界大戦前夜、革命の都パリを舞台に、カーレースに魅入られた青年千代延義正が、ドイツ・ソ連・フランス・日本など列強の暗躍に巻き込まれつつ、己の求めるものを追い疾走する姿を描く、傑作冒険小説。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 初版は1994年11月新潮社より単行本で出版。無謀な。私が読んだのは文庫本、双葉社から出ている日本推理作家協会賞受賞作全集78/79。新潮文庫からも出ている。文庫本縦一段組みで8.5ポイント41字×18行×(749頁+730頁)=1,091,502字、400字詰め原稿用紙で約2,729枚に加え、あとがき3頁+主な参考・引用文献3頁+日本推理作家協会賞全集のためのあとがき2頁+細谷正充の解説8頁。そこらの長編小説5冊分以上の大ボリューム。

 分量こそ多いものの、読みやすさは抜群で、読み始めたら止まらない。分量に相応しく登場人物もやたらと多いが、アクの強い面々が揃っているため、意外と混乱はしない。

【どんな話?】

 兄の後を追い左翼運動に熱をあげた千代延義正は、事件で兄を失い茫然自失となる。子爵でもある父の千代延宗平陸軍少将の駐仏武官赴任に伴いパリへと赴き、トリポリのグランプリ・レースを観戦し、レースの虜となる。父の宗平には勘当され家を叩き出されたものの、義正をレースに誘ったトゥルニエ男爵などの協力を得て、なんとか修理工場の職を得た。

 時は二次大戦前夜。ドイツで躍進したナチスは周辺諸国に仮借ない圧迫を加え、弱腰のフランス政府はズルズルとファシストの圧力に屈していく。スターリンを頂点とするソ連も、各国の共産党を通じて諜報活動に暗躍し、駐在武官の千代延宗平は盛んにドイツとソ連の動きを本国に警告するが、本国はドイツへの接近を止めない。

 ドイツとイタリアは国家の威信をかけグランプリ・レースへの支援を惜しまないが、費用ばかりかかって販売効果は怪しいレースに対しフランスのメーカーは及び腰であり、近年はドイツのダイムラー・ベンツとアウト・ユニオンが覇を競っている。トリポリのレースもアウト・ユニオンの擁する二人、イタリア人のアルド・ベルニーニとドイツ人のクラウス・シュミットのワン・ツー・フィニッシュとなった。

【感想は?】

 危険な本だ、いろいろと。

 数日前、「ちょっと味見してみよう」と思って冒頭を読み始めたら、一気に物語に引き込まれた。あの時、電話が鳴らなかったら、どうなっていたことやら。何せ上下巻共に700頁超えの大作、本気で読み始めたら大変な事になる。

 これだけのボリュームなんだから、4~5巻に分けてもいいと思ったんだが、読んでみて納得。お話は絶え間なく続くので、下手に分割のしようがないのだ。

 なんでこんなに膨れ上がったかというと、大量のテーマが相互に絡み合ってるから。

 そのひとつは、革命。貴族の子弟でもある義正が、なんで共産主義革命に共感するのか。義正自身が、その矛盾に悩みつつ、貴族とは何か・革命とは何か、と、最後まで問い続けていく。
 そんな義正に対し、「所詮はお坊ちゃんの道楽」と反発する者もいる。彼の父、宗平が、その代表格。

「革命の後は自動車レースか。いい気なもんだな」

 その宗平、陸軍少将という肩書きで連想されるような、単純な精神論の人間ではない。華族の家柄に相応しく充分な教養と同時に、国家に尽くす忠誠心も備えており、知的な軍人として、熱心に欧州情勢の情報収集に勤しんでいる…それが、息子の義正を嵐に巻き込んでいくんだが。

 当時の欧州情勢は百鬼夜行で、花の都パリも各国の公認非公認のエージェントが暗躍している。特にこの本では、ソ連の意を受けた共産主義者と、それに反発する反革命勢力が、様々な組織と手を組みつつ、暗闇で死闘を繰り広げる。

 対立軸として判りやすいのが父宗平と、子の義正の葛藤。華族である事の誇りを、国家への貢献で証をたてようとする宗平は、むしろ現代的な合理主義者でもある。

「命より自動車レースが大事だと言うのかね。そんな馬鹿なことがあるか。大義のため、主義のため、国のために、命を落とすというのなら、理解できるが、所詮、お遊びでしかないレースの方が大事だなんて、私にはまったく理解できん」

 面白いのが、帝国陸軍少将である宗平と、全く同じ視点を、彼と対立する共産主義側の人間も共有している点。

「何が面白いのか、何のために命まで賭けて走るのか、私にはさっぱりわからん」

 ファッショもコミュニズムも、一見対立しているように見えて、根底には合理性の追求がある。ただ、「どうするのが合理的か」という方法論が違うだけだ、と考えれば、宗平と某は同じ座標で世界を見ていて、単に属するチームが違うだけ、とも言える。彼らは、それが民衆のためだ、と考えているが…

 「人の生き方を計画的に動かそうなんて、誰にもできはしないさ。そんなこと、俺のような教養のない人間にだってわかることだぜ。お嬢さんも、そうは思わないかね」

 と、醒めた目で見ている者もいる。まあ、彼はその後で、やり返されるんだけど。

「難しい質問ね。でも、弓王子の好きな勇気や面子が、戦争を引き起こすんじゃないかしら」

 …ふう。やっと名前が出てきた弓王子、彼がまた魅力的。悪名高き大泥棒で、仲間と共にパリの夜をすり抜ける。狙うのはいつだって大仕事。ケチなカツアゲなんて恥さらし、と考える、ちょっとアナクロなヒーロー。ところが彼の縄張りパリにも、イタリアやアメリカの儲け主義のマフィアの手が伸びてきて、最近は仕事がやりにくくなってる。ここでも、組織優先のマフィアと、怪盗の誇りを優先する弓王子の対比が鮮やかだ。

 さて、勘当された義正、否応なしにパリの庶民生活を味わう事になる。その過程で出会う、パリで生活する日本人たちの生態が、これまた強烈。中でも顔の広い高石の武勇伝が豪快。無銭飲食で冬のさなかに身包みはがされた高石、開き直って…。いかにも沈没した貧乏旅行者らしい無茶苦茶なエピソードだ。

 政治的な面での敵役が共産主義者なら、レース面でのライバルはドイツ。国の威信を賭けてるだけあって、エンジンは強力で安定性も高い。レーサーのクラウス・シュミットも無敵の風格を備えている。冒頭で同じチームに属するアルド・ベルニーニ、こちらはイタリア人だけあって、妙にゲンをかつぐ所がある。ベルニーニを襲う悲劇、これはなんともやるせない。

 正体不明の激情に突き動かされ、レースへと突き進む義正。国家の危機に己の職分を果たす事に徹する宗平。走ることだけが己の誇りと割り切っているベルニーニ。王者の風格を示さんとするシュミット。義正の男気に感じた弓王子。組織と使命の体現者であるプーシキン。因縁を抱えるジャーナリストのデュアメル。全ての者たちが、暗雲立ちこめるポーのレースに結集する。

 今まで日本推理作家協会賞って見落としてたけど、これの他にも北方謙三の「渇きの街」や中島らも の「ガダラの豚」、船戸与一の「伝説なき地」なんてのが受賞してるのね。今後は少し注目しよう。

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2012年5月 7日 (月)

クリストフ・ナイハード「ヌードルの文化史」柏書房 シドラ房子訳

 麺は安くて手がかからない。世界各地にそれぞれの麺料理があって、乾燥させたものは何年ももつうえ短時間で調理できる。ゆでてシンプルなソースで食べるという素朴さ。そのため、料理界のヒエラルキーを昇る道は最初から絶たれている。

【どんな本?】

 イタリアのスパゲッティやマカロニ、ベトナムのフォー、中国の坦々麺や餃子、タジキスタンのラグマンとマンティ、そして日本の蕎麦・うどん・ラーメン。手軽で庶民的で、世界中で愛されている、でもイマイチ高級料理にはなりきれない麺料理。中国人女性と結婚し東京に住むスイス人の著者が、ユーラシア中を駆け巡り、麺のルーツを探る…つもりで、実は美味しい麺を食べ歩く、空腹時には少し危険な本。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は DIE NUDEL, Eine Kulrugeschichte mit Biss, by Christoph Neidhart, 2007。日本語版は2011年7月25日第1刷発行。ハードカバー縦一段組みで本文約336頁+訳者あとがき4頁。9.5ポイント43字×17行×336頁=245,616字、400字詰め原稿用紙で約614枚だが、随所に2色刷りのイラストが入っているため、実際の分量は9割程度。小説なら少し長めの長編小説の分量。

 内容に相応しく、文章は翻訳物のノンフィクションにしては読みやすい方。ただ、ドイツやイタリアのあまり有名でない地名がよく出てくるので、気になる人はいるかも。

【構成は?】

 序章 ヌードル四千年の歴史
第Ⅰ章 ヌードル文化九つの舞台
第Ⅱ章 麺と小麦
第Ⅲ章 ヨーロッパのヌードル
第Ⅳ章 アジアのヌードル
終章 ヌードルを超えた食文化
 訳者あとがき/引用文献・参考文献/麺・ヌードル料理索引

【感想は?】

 書名には「ヌードル」とあるが、扱っている食品は相当に範囲が広い。形状では細長いスパゲティやうどんはもちろん、マカロニも扱うし、ラビオリや餃子のように「皮で具を包んだもの」も扱っている。原料では、小麦が最も多いが、米・蕎麦・ジャガイモなど穀物全般ばかりか、名前だけだがイカそうめんも出てくる。「パスタ」や「ヌードル」や「麺」って言葉の定義って、なんだろうね。

 麺のルーツ、物証では約四千年前まで遡れる。黄河上流の喇家(ラジャ)で、約四千年前のものと見られるスパゲッティ上の食品が発掘されている。原料は黍と粟。著者は、麺生誕の地はメソポタミアと考えている。そこから中央アジアに伝わり、モンゴル帝国が東西に広げた、と。

 東洋で最も普及している食器の箸も、麺と関係が深い。「箸は麺料理のために発明され、麺料理とともに伝播した」。傍証として「ヌードルが伝わった地域と箸が伝わった地域は重なり合っている」。確かにインドじゃ素手で食べる。じゃ、なぜ箸が必要か。出来立てのラーメンや餃子を素手で食べてみりゃ分かる。下手すりゃ火傷しちゃうでしょ。

 ユーラシア中といっても、偏りはある。西洋で主に扱っているのはイタリア、それもナポリ。こちらもフォークを使うようになるのは最近で、路傍に屋台が出てて、「一部の人は買ったその場で、しかも手づかみで食べた。旅行者の報告によると、二十世紀に入ってもそのような状態だったらしい」。当時のファーストフードだったわけ。

 ソースは…というと、「おろしチーズをかけて食べた」。今、イタリア料理に欠かせないと思われてるトマト、「マカロニの出会いは、十九世紀の後半になってから」。意外と新しい。ゆで方も、アルデンテは最近。

 ルネッサンスの時代には、マカロニを脂っこい鶏や豚のスープでゆで、断食期間にはアーモンドミルクでふにゃふにゃになるくらい柔らかく煮た。アルデンテというゆで加減が登場するのはムッソリーニの時代だ。

 イタリアじゃパスタは前菜って扱いだけど、「パスタさえありゃ他に何もいらない」って人もいるようで。骨董品屋を営むジョヴァンニ君、昼食は家族と家で取る。

「オレはセコンドなんかなくたっていいんだ。パスタでじゅうぶん。イタリア人はどのみち食いすぎだしな。レストランで大皿いっぱいのパスタをもらうだろ。あれだけで腹いっぱいになる。だけどうちじゃオレに発言権ないから」

 イタリアの台所と食卓は女性が独裁している模様。
 ナポリに対し、東洋で中心を占めるのは江戸と西京。この3つの共通点は、出稼ぎ労働者が多いこと。「ヌードルは都会っ子」と著者は言う。独身男性の多い都市では、外食が発達する。例えば江戸、「1804年の公式な報告によると6165店の食堂が営業していたというから、住民170人に一軒の割合だ」「さらに麺料理を売る露天が多数あった」。

 なぜソバか。「ソバの実は11週間あれば成熟する」。一般に日本のソバの産地は山間部が多い。ソバぐらいしか作れない土地なわけ。おまけに「蕎麦には栄養を維持するために必要な栄養素がすべて含まれている」。だもんで、蕎麦の「ざらざらした茶色の麺」は、うどんより粗野なもの、という扱いを受けた。今でも関西ではそうらしい。

 パスタの表面のざらつき具合は重要で、なめらかすぎるとソースが巧くからまない。昔の落語などで江戸っ子が蕎麦をすするとき、つゆを少ししかつけないのは、今より表面がざらざらしていた為かも。イタリアでも同じで、パスタ製造用のダイスはブロンズを使う。「パスタの表面が粗くなるから」。

 最近、よく見るスープパスタ。これ、新しいのかと思ったらとんでもない。「ジェノヴァ出身の経済史家・作家のジョヴァンニ・レボーラによると、スープパスタはイタリアで最も古くからあるパスタの調理法」。一般にナポリはスープ以外、ジェノヴァはスープという構図の模様。

 中国の山西省は、著者の奥さんの実家がある。著者はここで(中国の)正月に奥さんの家族と餃子を作る。

 おばあちゃんが具をこしらえ、お母さんが生地を延ばして丸く切る。それを二人の娘がはがし取ると、従妹が具をのせる。おばさん、おじさん、子供たちが代わる代わるにそれを受け取り、半分に折って縁をぎゅっとあわせる。一緒に餃子をつくるのは、多くの中国人にとって一緒に食事をするよりも親密な行為なのだ。

 私もやった事があるけど、楽しいんだよね、集団で餃子を作るのって。

 他にもベトナムのフォーの作り方、オーバーバイエルン地方が夏至祭りに九草ヌードルを食べるという七草粥に似た習慣、タジク族の麺への執着「タジク族が結婚すると、花嫁は式の翌朝に生地づくりの腕前を見せなければならない」、そして日本の即席ラーメンの元祖である安藤百福の話など、美味しい話がたっぷり。面白くはあるが、体重が気になる人には少しばかり目の毒かも。最後は信州育ちの一茶の句で〆よう。

蕎麦の花 江戸のやつらが なに知って

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2012年5月 4日 (金)

シェイクスピア全集5「リア王」ちくま文庫 松岡和子訳

オールバニー 武器は身につけているな、グロスター。ラッパを吹け。

【どんな本?】

 イギリスの演劇・文学史上の頂点ウイリアム・シェイクスピアの作品を、松岡和子が読みやすい現代文に訳したシリーズの一冊で、シェイクスピア四大悲劇のひとつ。口先の追従と誠意を見分けらぬリア王と、簒奪を企む庶子エドマンドの計略に陥るグロスター伯爵を並べ、破滅する姿を描く。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 解説によると、底本は1608年のクォート版「The History of King Lear」と、1623年のフォリオ版シェイクスピア全集収録の「The Tragedy of King Lear」があり、どっちがオリジナルかは盛んな議論がある模様。松岡和子による日本語版は1997年12月4日第一刷発行、私が読んだのは2007年12月10日の第六刷。

 文庫本で縦一段組み、本文約235頁に訳者あとがき8頁+河合祥一郎の解説「裸の王様――不必要な衣装を脱ぎ捨てて」13頁に加え、扇田昭彦の戦後日本の主な『リア王』上演年表(1945~98年)11頁。9ポイント28字×17行×235頁=111,860字、400字詰め原稿用紙で約280枚。小説なら中篇かな。

 戯曲なので、ほとんど台詞だけで構成されている。状況説明や登場人物の心理描写はない。舞台で役者が演じるのを想像しながら読もう。また、登場人物の立場の説明もないので、冒頭の人物一覧は必須。栞を挟んでおこう。

【どんな話?】

 老いて隠居を決めたブリテンのリア王は、三人の娘に財産と権力を分け与えようとする。誠実な末娘コーディリアの直言に怒ったリア王は、追従の巧い長女ゴネリルと次女リーガンだけに分与を決め、王の短気を諌めたケント伯爵も追放する。全てを失ったコーデリアだが、彼女に求婚するフランス王は想いを貫き彼女を娶りフランスへ戻る。

 忠臣のグロスター伯爵には二人の息子、嫡子エドガーと庶子エドマンドがいた。野心に燃えるエドマンドは、正当な継承者エドガーを追い落とす計略を企て…

【感想は?】

 「古典って、やたらと台詞が大袈裟なんだよなあ」と思っていたが、戯曲ゆえの方便なのかも。小説と違い心理や表情の記述がない分、台詞で補うしかない。そこに解釈の幅が生まれ、様々なバリエーションが発生する余地がある。

 この作品の特徴のひとつは、似た様な立場の人がペアになってること。判りやすいのが騙されるリア王とグロスター伯爵、悪役の長女ゴネリルと次女リーガン、正体を隠し忠義を貫くケント伯爵とエドガー。エドガーはトリックスターとして道化のペアかもしれない。

 作品としては、悪役の魅力が光る。ゴネリルとリーガンは有名だが、ゴネリルの執事オズワルドも小悪党っぽくていい。トランスフォーマーならスタースクリームのポジション。でも、最も輝いてるのが、グロスター伯の庶子エドマンド。最初はセコい小悪党っぽかったのが、話が進むに従って、いかにも黒幕って感じの貫禄がついてくる。

 舞台で演じるなら、恐らく最も重要なキャストはゴネリルとリーガン。

 プロレスがそうなんだけど、一般にベビーフェイスより悪役の方が高いギャラを取る。善玉はレスリングだけしてりゃいいけど、悪役は観客の反応を観察して客を煽らなきゃいけない。高度な演技力と柔軟な即応性を要求されるんで、ビジネス感覚に優れている人が多く、引退後はプロモーターとして活躍するケースも多い。

 ぶっちゃけ主役のリア王は大根でも大袈裟な演技ができれば充分だし、コーディリアは清純派の新人女優のデビューにピッタリの役。でも、ゴネリルとリーガンは、経験豊富な演技派でないと勤まらない。いかにゴネリルとリーガンを憎たらしく演じられるかで、舞台の出来が決まる。冒頭のお追従で性根の卑しさを醸しだし、観客に「うわ、こいつ気持ち悪い」とまで思わせたら、たいしたもの。

 …とか考えると、この劇、巧くできてるよなあ。継続的に劇団を運営するつもりなら、定番として実に都合がいい配役ができる。新人女優はコーディリアでデビューさせて、実力がついたらゴネリルとリーガンを割り振ればいい。

 ケント伯爵とグロスター伯爵は元二枚目俳優、エドガーは青年のイケメン俳優の役どころ。オズワルドはヤクザ映画(今ならVシネマ)出身の人かな?権力を嵩にくる卑しい小役人って感じ。道化はまんま芸人として、難しいのがエドマンド。見た目がエドガーより若くなきゃいけない上に、かなりの演技力が要求される。他の役はあまり二面性を要求されないけど、エドマンドは最初の小悪党から終盤の「悪の首領」の貫禄まで、幅の広い演技が必要になる。

 ガンダムなら…長女キシリア殿下、次女ハマーン様かなあ。すんません、Vは観てないんでよくわからんです。コーディリアはセイラさん。エドマンドはシロッコで、オズワルドはヤザン。あ、フランス王はヘンケン艦長で。ガンダム世界だと意外と難しいのがケント伯とエドガー。こういう忠義者って、あんまし出てこないんだよね、あの世界。リア王?年寄りなら、誰でもいいや。

 有名作品だけあって、映画やドラマや漫画に引用される台詞も結構ある。冒頭の引用は決闘を申し込む際の台詞。時代劇なら「刀を取れ、月之介」とかになるのかな?

リア王 (赤ん坊が)生れ落ちると泣くのはな、この阿呆の檜舞台に引き出されたのが悲しいからだ。

 訳者あとがきにもあるように、女性を罵倒する台詞が多いのも、この作品の特徴。この辺は、ちと強烈すぎて、かえって引用しにくいかも。

リア王 半人半馬のケンタウロス、腰から上は女だが下半身は馬なのだ。
     神が造りたもうたのは帯のところまで、
     そこから下は悪魔の持ち場だ。

 笑っちゃったのが、老いた従者の台詞。

老人 ああ、旦那様!
    わたくしはご先代のころからお仕えしてまいりました、
    もう八十年になります。

 「先代のころから仕えた」ってのは、よく出てくるよねえ。

 他の作品の解説にもあるが、シェイクスピアの作品は既存の伝説などを原型にした作品が多い。驚いたのは、このリア王の原型はハッピーエンドだった、という事。確かに結末はいろいろといじる余地がある、というか、ハッピーエンドの方が庶民には受けそう。

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2012年5月 3日 (木)

新エネルギー・産業技術総合開発機構監修 水素エネルギー協会編「トコトンやさしい水素の本」日刊工業新聞社B&Tブックス

 水素エネルギーの利用を進めるためには、水素の性質、製造法、輸送・貯蔵の問題、利用法等に関する広い理解が必要です。この本では、水素エネルギーを多くの方に理解していただくために、その意義、技術の現状をできるだけ優しく解説するように試みました。

【どんな本?】

 日刊工業新聞社による、主に技術/産業系のテーマを素人に解説するシリーズ「今日からモノ知りシリーズ」の一冊。次世代のクリーンなエネルギーとして期待され、既に燃料電池の形で実用が始まっている水素をテーマに、その性質・製造方法・エネルギー源としての特徴・貯蔵/輸送方法・安全性・効率などを、現在の状況から将来の展望までを、豊富なイラストや図版を交えて解説する。

 なお、著者が団体名となっているが、奥付にメンバー一覧が載っている。怪しげな団体ではない。編集委員会は委員長:太田健一郎,幹事委員:石原顕光,委員:岡野一清・谷生重春・福田健三・西宮伸幸,執筆協力:石本祐樹・小野崎正樹・金神雅樹・倉橋浩造・小堀良浩・坂田輿・堂面一成・古田博貴・村田謙二・山根公高・渡辺正五。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2006年6月30日初版1刷発行。A5ソフトカバーで縦二段組で本文約150頁だが、独特のレイアウトのため実質的な文字量はその半分。9ポイント24字×17行×2段×150頁÷2=61,200字、400字詰め原稿用紙で約153枚。文字量だけなら短編小説の分量。

 技術/産業系のテーマを素人向けに解説するこのシリーズ、独特の特徴がある。基本的に著者は知識と経験が豊富な専門家だが、素人向けの著述には不慣れ。そんな著者の欠点を補い知識と経験を引き出すために、編集・レイアウト面で徹底的な配慮をしている。以下は、シリーズ全体を通した特徴。

  • 各記事は見開きの2頁で独立・完結しており、読者は気になった記事だけを拾い読みできる。
  • 各記事のレイアウトは固定し、見開きの左頁はイラストや図表、右頁に文章をおく。
  • 文字はゴチック体で、ポップな印象にする。
  • 二段組みにして一行の文字数を減らし、とっつきやすい雰囲気を出す
  • 文章は「です・ます」調で、親しみやすい文体にする。
  • 右頁の下に「要点BOX」として3行の「まとめ」を入れる。
  • カラフルな2色刷り。
  • 当然、文章は縦組み。横組みだと専門書っぽくて近寄りがたいよね。
  • 章の合間に1頁の雑学的なコラムを入れ、読者の息抜きを促す。

*デザインの法則で、一般に一行の文字数が少ないほどとっつきやすい雰囲気になり、文字数が多いと堅苦しい雰囲気になる。雑誌や新聞は多段組にして一行十数字に抑えるが、単行本や文庫本は一段組みが多い。

 で、この本の内容は、というと。結構、難しい部分が多い。文章は読みやすいのだが、高度な内容が多いのだ。分子式も出てくるし。まあ、わかんなけりゃ読み飛ばしても、中学卒業程度の理科、つまり「水はH2O」ぐらいの知識があれば、充分に楽しめるんだけど。

【構成は?】

 はじめに
第1章 今、なぜ水素なのか?
第2章 水素とは?その使い方
第3章 水素の製造法
第4章 水素の貯蔵法・輸送法
第5章 水素と安全
第6章 水素は何に使われるの?
第7章 未来の水素エネルギー社会

 このシリーズ、序盤は素人向けに丁寧な解説をしていた著者が、後半に入るとギアが上がって読者おいてけぼりで高度な内容連発…となる危険を孕むんだが、この本は集団執筆体制が功を奏して、ペースは一定してる。それは逆に冒頭から難しい内容も出てくる、ということでもある。

【感想は?】

 …ってのは、脅しじゃない。1章こそ社会的な内容が中心でとっつきやすいが、2章はいきなり「宇宙の起源は水素から」ってんで、ビッグバンから各元素の生成過程の話。「重水素や三重水素を多量に含む水は沸点が高い」なんて話題の後に、「オルト水素とパラ水素」なんて量子力学に突入。

 水素分子は水素原子が二つ。二つの陽子のスピンが揃ってるのがオルト、違うのがパラ。オルトの方がエネルギーが高い。普通はオルト3にパラ1の割合だが、液体水素を作るのに冷却する際、オルトからパラへ変化して発熱する。冷やしてるのに熱出されると困るよね、って話なんだが、理科が嫌いな人は、この辺で挫折するかも。わかんなかったら、テキトーに読み飛ばそう。私もスピンって何だかわかってないし。

 この章で重要なのは水素の性質。分子量が小さいんで軽い。同じ理由で他の物質の間に染み込みやすい。単位質量あたりのエネルギーが大きく、効率がいい。既に石油精製などで造ってるし、使われてる。燃えても水しか出ないのでクリーン。この辺を押さえとけば、充分。

 ただ、石油や天然ガスのように採掘できるわけじゃないので、二次エネルギーの性格が強い。とまれ、輸送や保存が安く簡単にできれば、日本の経済状況だけでなく、外交方針も大きく変える可能性もある。というのも。

 今、日本のエネルギーは政情不安定な中東に強く依存してる。特に自動車は、ほぼ100%石油だ。そこで、燃料電池車が普及し、水素経由で電気エネルギーを輸入できれば、中東依存から脱却できる。輸入元としては、チリのパタゴニアの風量発電を…なんて案が出ている。ワクワクするでしょ。

SF的には、バイオマス生産量の小さい日本海溝あたりに、メガフロート浮かべて波浪発電ってのが、環境負荷も小さい上に、無駄にスケールがデカくて気持ちいいんだが、まあ笑って聞き流してくださいな。

 今でも水素は石油精製で盛んに生産してるんだが、同じ石油精製で消費もしてるんで、余ってはいない。まあ、技術的には生産可能、ってことで。

 使い方としては、燃料電池が最も現実的で、既にオフィス機器などのバックアップ電源で実用化してる。自動車も作ってて、「約500kmの走行が可能」で「燃費はガソリン車の2.5倍から3倍良くなる」が、「燃料電池の耐久性とコスト」が課題で、「全国的な水素ステーション網を作ることが必要」。実用化されるとしたら、走る路線が決まってるバスから始まり、宅急便とかに広がっていくのかなあ。ステーションが不要な燃料電池鉄道車両も研究中で、「1編成2両連結車」。架線不要が長所。

 面白いのが潜水艦。「ドイツでは約780km潜水して航行できる燃料電池潜水艦を建造してます」。214型潜水艦(→Wikipedia)かな?

 直接水素を燃やす水素ディーゼルエンジン・水素ロータリーエンジンもあるけど、「軽いため燃焼室内で空気と混じりにくい」「着火エネルギーが小さく燃焼速度が速いので逆火が起こりやすい」のが難点。

 けど、自動車には事故がつきもの。爆発炎上の危険は?ってんで、なんと、トンネル内で実験してる。凄い。結果、「放出された水素は回りが火災状態なので直ちに着火し大きな火柱となりますが爆発することはありませんでした」。水素は軽い分、拡散も早いんで、爆発はしにくいそうな。

 なお、水素の事故で有名なのが大型硬式飛行船ヒンデンブルグの悲劇。炎上の原因は水素でなく「船体外皮に塗られた酸化鉄とアルミナの混合塗料」。意外なのが、「チェッペリン社も外皮の発火実験を行い、外皮が事故の原因であるとの結論に達していました」。それを隠した理由は、「保険金の問題かナチスの圧力」。またできないかなあ、硬式大型飛行船。なんたって、見栄えがいいよね。「ダイナミックフィギュア」でも飛行船が活躍して嬉しかったなあ。

 水素のもうひとつの問題は、分子が小さいので「漏れる」こと。だけじゃなく、金属を腐食する。「水素脆性」と言うとか。でも既に欧州じゃパイプライン輸送が始まってて、「仕様は天然ガス用のパイプラインのものとほぼ同様」で、既存の天然ガスのインフラを使って初期費用を抑えられるとか。

 でも、家庭のキッチンで使うには、大きな問題がある。「萌える際の光はほとんど紫外線の領域にあり、人間の目ではほとんど見えない」。じゃ火力の調整が難しいよねえ。また、「着火しやすいガス」なんで、火災の危険も。

 一次エネルギー的な利用では藍藻や緑藻に作らせる話も出てる。藍藻は窒素がない状態で光合成、緑藻は二酸化炭素がない状態でが光合成すると水素を作るとか。遺伝子操作で、「野生株の3%程度の太陽エネルギー変換効率が30%近くまで改良できると言われています」。おお、沖ノ鳥島に発電所を造ろう!

 輸送では、種子島宇宙センターに液体水素コンテナを運ぶはしけの写真が拾い物。タンカーも考えてるけど、形が変。「積荷の液体水素は水に比べて1/14の重さで非常に軽く喫水が浅いため船体は双胴船になります」。カッコいけど、嵐には弱そうだなあ。

 …などと、本としては文章量こそ少ないものの、内容は濃くてワクワクさせられる。近未来の技術が好きな人には、格好の一冊。

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2012年5月 2日 (水)

山崎耕造「トコトンやさしいエネルギーの本」日刊工業新聞社B&Tブックス

 それでは、エネルギーの基礎を見直し、地球環境を考えるとともに、化石エネルギーへの疑問、さわやかな自然エネルギー、安全な核エネルギーを目指して、さらにはエネルギーの有効利用への取り組み、そして輝くエネルギーの未来展望について、順にやさしく述べていきましょう。

【どんな本?】

 日刊工業新聞社の工業/産業系の初心者向け解説本「今日からモノ知り」シリーズの一冊。「エネルギー」という言葉の定義から、物質の組成にまで遡ってのエネルギーの正体、社会に与える影響、石油・石炭・原子力・風力・水力・太陽熱など既存のエネルギーの技術と現状と問題点、現在開発中の技術から未来の展望まで、科学・技術・産業・経済・社会など、包括的な視点で解説する。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2005年2月25日初版1刷発行。私が読んだのは2007年8月31日の初版2刷。A5ソフトカバーで縦二段組本文約146頁。このシリーズ独特のレイアウトのため、実質的な文字数はその半分と考えていい。9.5ポイント23字×17行×2段×146頁÷2=57,086字、400字詰め原稿用紙で約143枚。小説なら短編の分量。

 知識と経験は豊富だが素人向け解説書の執筆経験は疎い著者を採用するこのシリーズ、著者の知識を引き出し執筆経験を補うため、編集面で徹底した配慮をしている。まずレイアウトが独特で、各記事は見開きの2頁で完結している。左頁にはイラスト・表・図版をおき、右頁に縦二段組で解説文と3行の短い「要点BOX」。フォントはポップなゴチック体を使って親しみやすさを演出し、文章も「です・ます」調で丁寧な雰囲気を作り出す。

 …のだが、この本、ちと詰め込みすぎ。著者の情熱はひしひしと伝わってくるのだが、数倍の頁数を要する内容がギッシリ詰まってて、ド素人向けにはやや説明不足の感があり、頁数のわりに歯ごたえがある。著者は「あれも書きたい、これも書きたい」と相当に熱心に執筆した模様。

【構成は?】

 はじめに
第1章 見なおそう!エネルギーの基礎
第2章 考えよう!地球環境
第3章 どうなる!化石エネルギー
第4章 やさしく!自然エネルギー
第5章 安全に!核エネルギー
第6章 がんばろう!エネルギー有効利用
第7章 輝け!未来エネルギー
 索引/参考図書

 各章の間には、1頁のコラムを挟み、トリビア的な楽しさを提供して読者の興味をひく工夫をこらしている。

【感想は?】

 SF者は、最後の第7章でのけぞるだろう。なんたって、各記事の見出しはこうなんだから。

宇宙ロケットエンジンの未来は?/月資源利用の核融合は可能か?/宇宙太陽発電(SPS)は理想のエネルギーか?/スペースガードは有効か?/テラフォーミングは必要か?/未来の地球環境とエネルギー

 ある意味、この本は「トンデモ本」に近い。決してトンデモ本ではないが、それに近い「ヘンデモ本」とでも言うべき何か。断っておくが、内容は極めて科学的で真面目だ。トンデモという言葉が連想させるオカルトや疑似科学では、決して、ない。例えば「宇宙ロケットエンジンの未来は?」で、質量とエネルギーの問題をこう語っている。

…化学反応では燃料100億分の1の質量がエネルギーに変換され、核反応では、0.1%のレベルです。(略)「物質と反物質との対消滅反応」により、100%近くの質量をエネルギーに変換することが可能となります。

 ロケット好きなら、推進剤の質量とエネルギー変換効率の重要性は身に染みてわかっているだろう。それをキチンと数字を挙げて語り、「反物質1ミリグラムは、液体酸素と液体水素の化学ロケットの燃料の1トン分に相当する推進力を発生させる」と夢を広げている。文句なしに、王道の正統派サイエンス本だ。

 じゃ、どこが近いのか。トンデモ本とは、「著者が意図したものとは異なる視点から楽しめるもの」だ。で、この7章、どう考えても著者の趣味全開なため、「著者が意図した視点」で楽しめる本であり、トンデモ本の定義には納まらない。

 が。問題は、この本の出版過程。上に書いたように、このシリーズ、編集側の関わる部分が大きい。恐らく、編集が企画を出し、適切な著者を探して執筆を依頼した、という形で成立したんだろう。その際、編集が求めるテーマは、「エネルギーの現状と未来を、技術と産業面に重点を置いて」だったはず。

 ところが最終章で、「宇宙開発の未来を科学と技術面に重点を置いて」になってしまった。著者の意図はそのままだが、編集の意図とは大きく違っている。しかも、違ってる部分が、やたらと楽しい。つまり、「編集の意図とは異なる視点から楽しめる」本なのだ。トンデモ本ではないが、編集の寄与が大きいこのシリーズでは、それに近い印象がある。

 さて、肝心の1~6章の内容は、物理学の定義の「エネルギー」を、現代の量子力学の視点で語るところから始まり、温暖化などの環境問題を提起した後、日本や他国のエネルギー事情を語り、化石燃料以外のエネルギーを原子力を含めて紹介し、未来のエネルギーを描く、という形で進む。

 これだけ盛りだくさんな内容なだけに、やはり詰め込みすぎの感があり、例えば一次エネルギーと二次エネルギーの違いを、たった2頁で説明しちゃてる。この記事は他にも興味深い内容てんこもりで、例えばエネルギー消費効率(GDPあたりのエネルギー消費量)の比較とか、ガソリン車と電気自動車のエネルギー変換効率の比較とか。

 エネルギー消費効率、日本を1とするとドイツ1.5,イギリス2.05,アメリカ2.73。日本はとっても省エネが進んでるのがわかる。ちなみに次の記事じゃ日米の電気価格のグラフが出てて、家庭用だと日本21.4でアメリカ8.2、イギリス10.7。試しにエネルギー消費効率×電気価格を計算すると日本21.4,アメリカ22.3,イギリス21.94。よーわからんけど、一ヶ月の電気代支出は同じぐらいになるのかな?

 自動車のエネルギー変換効率も意外で、私は電気自動車って効率悪そうと思ってたけど、実は逆。電気だと発電・輸送を含め変換効率は38%だけど、動力効率が高く70%、しめて27%。ガソリン車はガソリン精製の変換効率84%×動力効率18%でしめて15%。動力効率の違いが大きいわけ。

 他にも潮汐発電と波浪発電のしくみとか、水力発電は3~5分の短時間で発電開始可能とか、「ろくろははずみ車をつかってる」などの技術的な話題はもちろん、「紀元前三千年ごろエジプトのクフ王朝時代に高さ10m長さ100m以上のダムを飲料水確保目的で作った」「人間は百ワット電球ぐらいのエネルギーを常時放出してる」なんてトリビア、「GDPの伸び率とエネルギー消費の比をエネルギー弾力性値と言い途上国で大きく情報化社会では小さい」なんて社会・経済的な話題、そして今問題となっている原子力の話など、興味深い内容が満載。

 でもやっぱり、SF者としては7章の印象が強すぎて困る。どうやらトレッキーみたいだし。ってんで、山崎先生、7章の内容で一冊書いていただけませんか?できれば読者は中学生を想定して。きっとロケット少年のバイブルになるでしょう。

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2012年5月 1日 (火)

シェイクスピア全集13「オセロー」ちくま文庫 松岡和子訳

でも嫉妬深い人間はそれじゃ納得しませんよ。
そういう人は理由があるから嫉妬するんじゃない。
嫉妬深いから嫉妬するんです。
嫉妬というのは、ひとりで種をはらんでひとりで生まれる化け物です。

【どんな本?】

 松岡和子が、シェイクスピアの名作を読みやすい現代文に訳したシリーズで、四大悲劇のひとつ。ヴェニスとキプロス島を舞台に、高潔で人望厚い将軍オセローが、卑劣な企みにそそのかされ嫉妬によって破滅していく過程を描く。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 解説によると、執筆は1603年~1604年。松岡和子による翻訳の日本語版は2006年4月10日第一刷発行。文庫本で縦一段組み、本文約242頁。8.5ポイント29字×17行×242頁=119,306字、400字詰め原稿用紙で約299枚、長編小説なら短め。

 文章はこなれた現代文で読みやすいし、多くの注記を同じ頁の下に収めてあるのも嬉しい。ただし、小説ではなく戯曲であり、文章の大半は台詞だけで構成されていて、人物像や背景の紹介はない。冒頭の登場人物一覧を何度も見返すことになるので、栞を挟んでおこう。

【どんな話?】

 所はヴェニス。若い頃は苦労したものの、優れた実績で叩き上げ、謹厳実直で人望も厚く、ムーア人ながら今は閣下と呼ばれる将軍にまで登りつめたオセローは、最近娶った若く美しい妻デズデモーナを熱愛している。その部下イアゴーは、コネを使って昇進を頼み込んだが、すげなく断られた。オセローを逆恨みしたイアゴーは、オセローを陥れる計略をめぐらし、副官キャシオーとデズデモーナの不倫をでっち上げる。

【感想は?】

 ええ歳こいたロリコンおやぢが破滅する話←をい。

 ハムレット役は優等生の青年、マクベスは壮年の偉丈夫だが、このオセローは不細工でないとマズい。叩き上げの軍人だけに体格はよく、加齢臭が気になり始める年頃で、髪に白いものが混じってる…薄くなっててもいいけど、その場合は潔く坊主にするタイプ。

 さて、この作品のテーマは、嫉妬。若く綺麗な嫁さんを貰った中年オヤヂが、嫉妬に狂う話。だもんで、オヤヂはイケメンじゃ駄目。不細工で、かつ、その事に劣等感を抱いてないと。

 そのオセロー、「ムーア人」としか書かれていないが、たぶん黒人。台詞で「年をくった黒羊かお宅の白い雌羊に乗っかってる」「真っ黒な悪魔」とかあるし。「黒い羊」には、確か「変わり者で仲間はずれの奴」みたいな意味もあるっぽいけど、この文脈じゃ肌の色を示してると解釈するのが妥当だろう。でも、どうせなら「黒い山羊」にした方が、より卑猥で侮蔑的な気もする。

 ってのもあるが、黒人であるほうが、観客の感情を動かしやすい。

 このお話、つまりは転落の物語だ。なら、落差は大きい方がいい。「まさか、あの人が…」という衝撃を、観客に与えなきゃいけない。オセローが半生を語るあたりで、彼が苦労して叩き上げた人である由が伺える。トルコ軍襲来への対応でオセローに出撃命令が下る所では、彼が議員たちから受けている高い評価がわかる。また、彼がキプロスの総督モンターノーに歓迎される所で、政治家としても人望の厚い人物である由が伝わってくる。

 若い嫁さんをもらうんだから、助平爺いかと思えば、そうでもない様子で、むしろ杓子定規なぐらい自らを律する人物である模様。というのも、出撃命令に対し、新妻デズデモーナの同行を、いちいち議員に許可を求めている。黙って連れて行けば良いのに。

 …ってな感じで、「素性の卑しさを高潔な性格と強い意志と優れた実績、そして堅い忠誠で克服した尊敬すべき人物」という印象になる。この話、心理劇だから、なるたけ精神的に高潔な人物な方がいい。肉体や社会的地位のハンデが大きければ大きいほど、精神的な偉大さが強く印象付けられる。なら、演出としては、遠目でも一目でわかる肌の色が最も都合がいい。

 もうひとつは、クライマックスの乱心場面で、大男のオセローが、可憐なデズデモーナに襲い掛かる所。ここでは、観客に「恐ろしい」と思わせなきゃいけない。なら、黒い肌が白い小娘にのしかかる方が、よりショッキングで倒錯した雰囲気が出る。

 舞台はヴェニス、たぶんヴェネツィアをモデルとした海洋都市国家。思うに、当時のイングランドじゃヴェニスは国際色豊かでリベラルな気風と思われてたんだろう。だから、観客も「ムーア人の将軍がいてもおかしくないよね」ってな受けとり方になったんじゃないかな。

 などと演出重視で語ってるけど、お話の整合性を求めると、冒頭から相当に無茶があるんだよね。「キプロスにトルコ軍艦隊襲来」ってニュースを持った伝令が、ほぼリアルタイムで続々と入ってきて、議会じゃ「敵の狙いはキプロスかロードスか」なんて話し合ってる。いやヴェニスじゃニュース掴むの無理でしょ、距離的に。

 現実的にそういう事態があるなら、数ヶ月前から現地商人の情報を収集して艦隊を集め…ってな流れになるんだろうけど、これじゃ劇として緊張感が出ない。やっぱり会議中に続々とニュースが入ってきた方が、緊迫感が漂ってハラハラさせる。

 ってんで、この劇は整合性より演出効果を重視したお話だろう、と決め付けることにした。今まで読んだ作品でも、かなり無理してイングランドやイングランド王を持ち上げてるんで、シェイクスピアって人は、観客やスポンサーの感情を重視するタイプで営業努力を惜しまない、芸術家というより事業家のエンタテナーだ、って印象もあるし。ビートルズならジョンよりポールな雰囲気。

 古典とはいえお行儀がいいばかりじゃないのも、シェイクスピアのエンタテナーな印象を強めている。シモネタって馬鹿にされるけど、意外と時代を超える生命力があるんだなあ。

道化 そいつ、穴がついてて屁みたいな音たてる楽器だろ?
楽師1 ええ、そうですが。
道化 ははん、穴のそばに竿がぶら下がってんだな。(略)じゃあ、笛は袋にしまいな、おいらは行くよ。

 どっとはらい。…って、肝心の「嫉妬」は放置かい。

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