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2012年5月 2日 (水)

山崎耕造「トコトンやさしいエネルギーの本」日刊工業新聞社B&Tブックス

 それでは、エネルギーの基礎を見直し、地球環境を考えるとともに、化石エネルギーへの疑問、さわやかな自然エネルギー、安全な核エネルギーを目指して、さらにはエネルギーの有効利用への取り組み、そして輝くエネルギーの未来展望について、順にやさしく述べていきましょう。

【どんな本?】

 日刊工業新聞社の工業/産業系の初心者向け解説本「今日からモノ知り」シリーズの一冊。「エネルギー」という言葉の定義から、物質の組成にまで遡ってのエネルギーの正体、社会に与える影響、石油・石炭・原子力・風力・水力・太陽熱など既存のエネルギーの技術と現状と問題点、現在開発中の技術から未来の展望まで、科学・技術・産業・経済・社会など、包括的な視点で解説する。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2005年2月25日初版1刷発行。私が読んだのは2007年8月31日の初版2刷。A5ソフトカバーで縦二段組本文約146頁。このシリーズ独特のレイアウトのため、実質的な文字数はその半分と考えていい。9.5ポイント23字×17行×2段×146頁÷2=57,086字、400字詰め原稿用紙で約143枚。小説なら短編の分量。

 知識と経験は豊富だが素人向け解説書の執筆経験は疎い著者を採用するこのシリーズ、著者の知識を引き出し執筆経験を補うため、編集面で徹底した配慮をしている。まずレイアウトが独特で、各記事は見開きの2頁で完結している。左頁にはイラスト・表・図版をおき、右頁に縦二段組で解説文と3行の短い「要点BOX」。フォントはポップなゴチック体を使って親しみやすさを演出し、文章も「です・ます」調で丁寧な雰囲気を作り出す。

 …のだが、この本、ちと詰め込みすぎ。著者の情熱はひしひしと伝わってくるのだが、数倍の頁数を要する内容がギッシリ詰まってて、ド素人向けにはやや説明不足の感があり、頁数のわりに歯ごたえがある。著者は「あれも書きたい、これも書きたい」と相当に熱心に執筆した模様。

【構成は?】

 はじめに
第1章 見なおそう!エネルギーの基礎
第2章 考えよう!地球環境
第3章 どうなる!化石エネルギー
第4章 やさしく!自然エネルギー
第5章 安全に!核エネルギー
第6章 がんばろう!エネルギー有効利用
第7章 輝け!未来エネルギー
 索引/参考図書

 各章の間には、1頁のコラムを挟み、トリビア的な楽しさを提供して読者の興味をひく工夫をこらしている。

【感想は?】

 SF者は、最後の第7章でのけぞるだろう。なんたって、各記事の見出しはこうなんだから。

宇宙ロケットエンジンの未来は?/月資源利用の核融合は可能か?/宇宙太陽発電(SPS)は理想のエネルギーか?/スペースガードは有効か?/テラフォーミングは必要か?/未来の地球環境とエネルギー

 ある意味、この本は「トンデモ本」に近い。決してトンデモ本ではないが、それに近い「ヘンデモ本」とでも言うべき何か。断っておくが、内容は極めて科学的で真面目だ。トンデモという言葉が連想させるオカルトや疑似科学では、決して、ない。例えば「宇宙ロケットエンジンの未来は?」で、質量とエネルギーの問題をこう語っている。

…化学反応では燃料100億分の1の質量がエネルギーに変換され、核反応では、0.1%のレベルです。(略)「物質と反物質との対消滅反応」により、100%近くの質量をエネルギーに変換することが可能となります。

 ロケット好きなら、推進剤の質量とエネルギー変換効率の重要性は身に染みてわかっているだろう。それをキチンと数字を挙げて語り、「反物質1ミリグラムは、液体酸素と液体水素の化学ロケットの燃料の1トン分に相当する推進力を発生させる」と夢を広げている。文句なしに、王道の正統派サイエンス本だ。

 じゃ、どこが近いのか。トンデモ本とは、「著者が意図したものとは異なる視点から楽しめるもの」だ。で、この7章、どう考えても著者の趣味全開なため、「著者が意図した視点」で楽しめる本であり、トンデモ本の定義には納まらない。

 が。問題は、この本の出版過程。上に書いたように、このシリーズ、編集側の関わる部分が大きい。恐らく、編集が企画を出し、適切な著者を探して執筆を依頼した、という形で成立したんだろう。その際、編集が求めるテーマは、「エネルギーの現状と未来を、技術と産業面に重点を置いて」だったはず。

 ところが最終章で、「宇宙開発の未来を科学と技術面に重点を置いて」になってしまった。著者の意図はそのままだが、編集の意図とは大きく違っている。しかも、違ってる部分が、やたらと楽しい。つまり、「編集の意図とは異なる視点から楽しめる」本なのだ。トンデモ本ではないが、編集の寄与が大きいこのシリーズでは、それに近い印象がある。

 さて、肝心の1~6章の内容は、物理学の定義の「エネルギー」を、現代の量子力学の視点で語るところから始まり、温暖化などの環境問題を提起した後、日本や他国のエネルギー事情を語り、化石燃料以外のエネルギーを原子力を含めて紹介し、未来のエネルギーを描く、という形で進む。

 これだけ盛りだくさんな内容なだけに、やはり詰め込みすぎの感があり、例えば一次エネルギーと二次エネルギーの違いを、たった2頁で説明しちゃてる。この記事は他にも興味深い内容てんこもりで、例えばエネルギー消費効率(GDPあたりのエネルギー消費量)の比較とか、ガソリン車と電気自動車のエネルギー変換効率の比較とか。

 エネルギー消費効率、日本を1とするとドイツ1.5,イギリス2.05,アメリカ2.73。日本はとっても省エネが進んでるのがわかる。ちなみに次の記事じゃ日米の電気価格のグラフが出てて、家庭用だと日本21.4でアメリカ8.2、イギリス10.7。試しにエネルギー消費効率×電気価格を計算すると日本21.4,アメリカ22.3,イギリス21.94。よーわからんけど、一ヶ月の電気代支出は同じぐらいになるのかな?

 自動車のエネルギー変換効率も意外で、私は電気自動車って効率悪そうと思ってたけど、実は逆。電気だと発電・輸送を含め変換効率は38%だけど、動力効率が高く70%、しめて27%。ガソリン車はガソリン精製の変換効率84%×動力効率18%でしめて15%。動力効率の違いが大きいわけ。

 他にも潮汐発電と波浪発電のしくみとか、水力発電は3~5分の短時間で発電開始可能とか、「ろくろははずみ車をつかってる」などの技術的な話題はもちろん、「紀元前三千年ごろエジプトのクフ王朝時代に高さ10m長さ100m以上のダムを飲料水確保目的で作った」「人間は百ワット電球ぐらいのエネルギーを常時放出してる」なんてトリビア、「GDPの伸び率とエネルギー消費の比をエネルギー弾力性値と言い途上国で大きく情報化社会では小さい」なんて社会・経済的な話題、そして今問題となっている原子力の話など、興味深い内容が満載。

 でもやっぱり、SF者としては7章の印象が強すぎて困る。どうやらトレッキーみたいだし。ってんで、山崎先生、7章の内容で一冊書いていただけませんか?できれば読者は中学生を想定して。きっとロケット少年のバイブルになるでしょう。

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