佐藤達哉「知能指数」講談社現代新書1340
本書の目的は、IQという数値について一定の評価を与えている現状から出発しながら、IQが自明であるような生活のあり方を問い直すことになる。IQという数値について、その使い方/使われ方を検討し、歴史を検討し、概念的、方法論的問題を検討してみたいである。
【どんな本?】
Inteligence Quotient 略してIQ。頭の良さまたは悪さを示す数値と一般的に思われているが、その実態は何なのか。いつ、誰が、何のために考え出したのか。俗に言われる「ナポレオンのIQ」などは、どうやって測ったのか。どのように利用され、またはどのように誤用されてきたのか。
知能検査の実態とその目的という基本的な事実から始まり、IQ として数値化される事による社会への影響を多くのエピソードで紹介し、知能検査の意義を問い直す。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
1997年2月20日第一刷発行。新書版で本文約185頁。9ポイント40字×16行×185頁=118,400字、400字詰め原稿用紙で約296枚。小説なら中篇~短めの長編の分量。一応数式は出てくるけど、加減乗除だけなのでご安心を。文章も読みやすく、気軽に読める。
【構成は?】
プロローグ
第一章 身近なIQ
第二章 知能指数の成立
第三章 歪められたIQ
第四章 差別と偏見と
第五章 IQ神話を超えて
エピローグ――IQは愛で救うこと?
おわりに/参考文献
【感想は?】
著者は社会心理学者だが、内容の多くは、IQという尺度が社会に与えた影響に割いている。特に、モノゴトを「数値化」する事の意義と、それが社会に与えるインパクト、そして誤用/悪用される事の怖さが伝わってくる。
そもそも、IQとは何か。式はこうなる。
(精神年齢/実際の年齢)×100
この精神年齢ってのがクセモノで、知能検査で測ってるのが、コレ。ナニを測ってるのかというと、本来は、子供の発達具合。「平均的な5歳児なら、この程度は出来ますよ」みたいな事。「他の同年齢の子供と比べて発達が良いか遅れてるか」を測っている。つまり、「子どもの発達具合」であって、「頭の良さ」じゃ、ないわけ。
そもそも、知能検査の成り立ちが、「頭の良さ」を測ることでは、ない。考え出したのは185年産まれのA・ビネ。その目的は、子供が知的遅滞児か否かを見分けること。そういった子供たちを少人数制の学級に編成し、「学び方」を学ばせて、子供たちに役立つ教育を施そう、という発想があった。医療と児童教育が目的なわけ。
たとえば「銅像ごっこ」。銅像のように動かないでいることを遊びとして訓練する。日本でいうと、「だるまさんがころんだ」のような遊びであり、このようなことから「学ぶための態勢づくり」をしようと試みたのである。
私も小学校時代に知能検査を何回か受けたけど、数値は教えて貰えなかったなあ。時間切れで全部解けず不安だったんだが、あれ、元々そういうモノだそうで、「たいていは時間切れで次のページに移るように指示される」。少し安心。この検査方法、日本でのエピソードが面白い。昭和8年11月19日、横浜で尋常小学校6年生996名に対し一斉に知能検査をしたが、多数の小学校で一斉に実施するには、どうするかというと…
当時最新のメディアだったラジオが使用されたのである。各学校では学童を集めて座らせ、ラジオのチューニングをして準備を整えた。子どもたちはラジオから流れる指示に従って知能検査に回答していくのである。
見事なマルチメディア戦略。昔から新しいメディアを巧く活用する人はいたんだなあ。
さて、数値化されれば誤用も増える。最初に紹介されるのが、アメリカ陸軍のエピソード。第一次世界大戦時、新規入隊した兵175万人に対し、適正が兵向きか将校向きか調べるために知能検査を使った。素直に将校向けの適正検査を作れよ、と思うんだが。
ところが英語の読み書きができない者もいるので、字が読めなくても受けられるテストも作ったというから、わからん。つか英語ができない奴を戦場に連れてっちゃイカンでしょ…と思ったが、今でもアラビア語が出来ない者をイラクに派兵したり、パシュトゥン語が出来なくてもアフガニスタンに派兵してるなあ。
ってのはさておき。こういう検査は長く教育を受けた者・米国在住経験の長い者が有利で、環境的に教育を受けられない黒人や、最近移民して来た者には不利なんだが、これを元に「黒人は知能が低い」と解釈した本を出してる。ところがハワイの日本人移民で検査したら得点がアメリカ人より高かった。この解釈も凄い。
日本人は優秀な人間がハワイに移民する
以後、人種とIQの楽しい関係にまつわるエピソードが幾つか紹介される。どうにも人ってのは、そういう発想を捨てきれないらしい。
数値化の弊害も色々あって、時代的に知能検査を受けていない筈の、ナポレオンなどの知能指数が出てくることがある。これ、どうやったかというと、「伝記的資料を用い、(略)利発さを示すエピソードの有無を調べる」。基本100として、両親が卑賤なら10引き、「賢いと評判だった」的なエピソードがあれば加点する。だから記録が多い人の方が有利。
劇作家として名高いシェイクスピアの場合は、卑賤の生まれで、かつ子ども時代の記録がないので、IQは100以下だと推定されたようである。
元々は医療・教育方面の目的で作られた知能検査が、なまじわかりやすく数値化しちゃったがために誤用/悪用されてしまう挿話は、人の持つ救いがたい偏見を思い知らされる。文章は軽いが、内容は意外と重かった。
【関連記事】
- ロバート・B・チャルディーニ「影響力の武器 なぜ、人は動かされるのか」誠信書房 社会行動研究会訳
- スタンレー・ミルグラム「服従の心理」河出書房新社 山形浩生訳
- ミゲル・ニコレリス「越境する脳 ブレイン・マシン・インターフェースの最前線」早川書房 鍛原多惠子訳
- ウィリアム・パウンドストーン「選挙のパラドクス なぜあの人が選ばれるのか?」青土社 篠儀直子訳
- ダンカン・ワッツ「スモールワールド・ネットワーク 世界を知るための新科学的思考法」阪急コミュニケーションズ 辻竜平・友知政樹訳
- ジュディス・レヴァイン「青少年に有害! 子どもの性に怯える社会」河出書房新社 藤田真利子訳
- 書評一覧:ノンフィクション
| 固定リンク
« ブライアン・カプラン「選挙の経済学 投票者はなぜ愚策を選ぶのか」日経BP社 長嶺純一・奥井克美監訳 | トップページ | ライク・E・スプアー「グランド・セントラル・アリーナ 上・下」ハヤカワ文庫SF 金子浩訳 »
「書評:ノンフィクション」カテゴリの記事
- サイモン・マッカシー=ジョーンズ「悪意の科学 意地悪な行動はなぜ進化し社会を動かしているのか?」インターシフト プレシ南日子訳(2024.08.25)
- マシュー・ウィリアムズ「憎悪の科学 偏見が暴力に変わるとき」河出書房新社 中里京子訳(2024.05.31)
- クリフ・クアン/ロバート・ファブリカント「『ユーザーフレンドリー』全史 世界と人間を変えてきた『使いやすいモノ』の法則」双葉社 尼丁千津子訳(2024.04.22)
- デヴィッド・グレーバー「ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論」岩波書店 酒井隆史・芳賀達彦・森田和樹訳(2023.12.01)
- 「アメリカ政治学教程」農文協(2023.10.23)
コメント