« シェイクスピア全集3「マクベス」ちくま文庫 松岡和子訳 | トップページ | 山崎耕造「トコトンやさしいエネルギーの本」日刊工業新聞社B&Tブックス »

2012年5月 1日 (火)

シェイクスピア全集13「オセロー」ちくま文庫 松岡和子訳

でも嫉妬深い人間はそれじゃ納得しませんよ。
そういう人は理由があるから嫉妬するんじゃない。
嫉妬深いから嫉妬するんです。
嫉妬というのは、ひとりで種をはらんでひとりで生まれる化け物です。

【どんな本?】

 松岡和子が、シェイクスピアの名作を読みやすい現代文に訳したシリーズで、四大悲劇のひとつ。ヴェニスとキプロス島を舞台に、高潔で人望厚い将軍オセローが、卑劣な企みにそそのかされ嫉妬によって破滅していく過程を描く。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 解説によると、執筆は1603年~1604年。松岡和子による翻訳の日本語版は2006年4月10日第一刷発行。文庫本で縦一段組み、本文約242頁。8.5ポイント29字×17行×242頁=119,306字、400字詰め原稿用紙で約299枚、長編小説なら短め。

 文章はこなれた現代文で読みやすいし、多くの注記を同じ頁の下に収めてあるのも嬉しい。ただし、小説ではなく戯曲であり、文章の大半は台詞だけで構成されていて、人物像や背景の紹介はない。冒頭の登場人物一覧を何度も見返すことになるので、栞を挟んでおこう。

【どんな話?】

 所はヴェニス。若い頃は苦労したものの、優れた実績で叩き上げ、謹厳実直で人望も厚く、ムーア人ながら今は閣下と呼ばれる将軍にまで登りつめたオセローは、最近娶った若く美しい妻デズデモーナを熱愛している。その部下イアゴーは、コネを使って昇進を頼み込んだが、すげなく断られた。オセローを逆恨みしたイアゴーは、オセローを陥れる計略をめぐらし、副官キャシオーとデズデモーナの不倫をでっち上げる。

【感想は?】

 ええ歳こいたロリコンおやぢが破滅する話←をい。

 ハムレット役は優等生の青年、マクベスは壮年の偉丈夫だが、このオセローは不細工でないとマズい。叩き上げの軍人だけに体格はよく、加齢臭が気になり始める年頃で、髪に白いものが混じってる…薄くなっててもいいけど、その場合は潔く坊主にするタイプ。

 さて、この作品のテーマは、嫉妬。若く綺麗な嫁さんを貰った中年オヤヂが、嫉妬に狂う話。だもんで、オヤヂはイケメンじゃ駄目。不細工で、かつ、その事に劣等感を抱いてないと。

 そのオセロー、「ムーア人」としか書かれていないが、たぶん黒人。台詞で「年をくった黒羊かお宅の白い雌羊に乗っかってる」「真っ黒な悪魔」とかあるし。「黒い羊」には、確か「変わり者で仲間はずれの奴」みたいな意味もあるっぽいけど、この文脈じゃ肌の色を示してると解釈するのが妥当だろう。でも、どうせなら「黒い山羊」にした方が、より卑猥で侮蔑的な気もする。

 ってのもあるが、黒人であるほうが、観客の感情を動かしやすい。

 このお話、つまりは転落の物語だ。なら、落差は大きい方がいい。「まさか、あの人が…」という衝撃を、観客に与えなきゃいけない。オセローが半生を語るあたりで、彼が苦労して叩き上げた人である由が伺える。トルコ軍襲来への対応でオセローに出撃命令が下る所では、彼が議員たちから受けている高い評価がわかる。また、彼がキプロスの総督モンターノーに歓迎される所で、政治家としても人望の厚い人物である由が伝わってくる。

 若い嫁さんをもらうんだから、助平爺いかと思えば、そうでもない様子で、むしろ杓子定規なぐらい自らを律する人物である模様。というのも、出撃命令に対し、新妻デズデモーナの同行を、いちいち議員に許可を求めている。黙って連れて行けば良いのに。

 …ってな感じで、「素性の卑しさを高潔な性格と強い意志と優れた実績、そして堅い忠誠で克服した尊敬すべき人物」という印象になる。この話、心理劇だから、なるたけ精神的に高潔な人物な方がいい。肉体や社会的地位のハンデが大きければ大きいほど、精神的な偉大さが強く印象付けられる。なら、演出としては、遠目でも一目でわかる肌の色が最も都合がいい。

 もうひとつは、クライマックスの乱心場面で、大男のオセローが、可憐なデズデモーナに襲い掛かる所。ここでは、観客に「恐ろしい」と思わせなきゃいけない。なら、黒い肌が白い小娘にのしかかる方が、よりショッキングで倒錯した雰囲気が出る。

 舞台はヴェニス、たぶんヴェネツィアをモデルとした海洋都市国家。思うに、当時のイングランドじゃヴェニスは国際色豊かでリベラルな気風と思われてたんだろう。だから、観客も「ムーア人の将軍がいてもおかしくないよね」ってな受けとり方になったんじゃないかな。

 などと演出重視で語ってるけど、お話の整合性を求めると、冒頭から相当に無茶があるんだよね。「キプロスにトルコ軍艦隊襲来」ってニュースを持った伝令が、ほぼリアルタイムで続々と入ってきて、議会じゃ「敵の狙いはキプロスかロードスか」なんて話し合ってる。いやヴェニスじゃニュース掴むの無理でしょ、距離的に。

 現実的にそういう事態があるなら、数ヶ月前から現地商人の情報を収集して艦隊を集め…ってな流れになるんだろうけど、これじゃ劇として緊張感が出ない。やっぱり会議中に続々とニュースが入ってきた方が、緊迫感が漂ってハラハラさせる。

 ってんで、この劇は整合性より演出効果を重視したお話だろう、と決め付けることにした。今まで読んだ作品でも、かなり無理してイングランドやイングランド王を持ち上げてるんで、シェイクスピアって人は、観客やスポンサーの感情を重視するタイプで営業努力を惜しまない、芸術家というより事業家のエンタテナーだ、って印象もあるし。ビートルズならジョンよりポールな雰囲気。

 古典とはいえお行儀がいいばかりじゃないのも、シェイクスピアのエンタテナーな印象を強めている。シモネタって馬鹿にされるけど、意外と時代を超える生命力があるんだなあ。

道化 そいつ、穴がついてて屁みたいな音たてる楽器だろ?
楽師1 ええ、そうですが。
道化 ははん、穴のそばに竿がぶら下がってんだな。(略)じゃあ、笛は袋にしまいな、おいらは行くよ。

 どっとはらい。…って、肝心の「嫉妬」は放置かい。

【関連記事】

|

« シェイクスピア全集3「マクベス」ちくま文庫 松岡和子訳 | トップページ | 山崎耕造「トコトンやさしいエネルギーの本」日刊工業新聞社B&Tブックス »

書評:フィクション」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/201750/54608027

この記事へのトラックバック一覧です: シェイクスピア全集13「オセロー」ちくま文庫 松岡和子訳:

« シェイクスピア全集3「マクベス」ちくま文庫 松岡和子訳 | トップページ | 山崎耕造「トコトンやさしいエネルギーの本」日刊工業新聞社B&Tブックス »