デイビッド・ハルバースタム「ベスト&ブライテスト 1 栄光と興奮に憑かれて」サイマル出版会 浅野輔訳
ケネディは、ホワイトハウスに来て一番驚いたことは、アメリカが憂慮すべき事態に陥っていると自分が選挙演説で強調したのと同じぐらい、状況が実際に悪いということだった。
【どんな本?】
第二次世界大戦後、疲弊したヨーロッパにかわり世界のリーダーに躍り出たアメリカ。だが、その眼前に立ちはだかったのはソ連をはじめとする共産主義各国だった…少なくとも、アメリカはそう考えた。
1961年、若くリーダーシップ溢れるジョン・F・ケネディを大統領に迎えたアメリカは、共産主義の脅威を恐れ欧州復興を支援し成功を収めるが、アジアではベトナムの泥沼に引きずり込まれていく。
智恵に溢れ決断力に富む人々に率いられながら、なぜアメリカはベトナムで選択を誤ったのか。どんな過程でアメリカはベトナムの泥沼にはまったのか。当時の世界情勢とアメリカ政界の様子を中心に、アメリカがベトナムへ転落していく姿を描いたピュリッツアー賞受賞の政治ドキュメンタリー。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は The Best and the Brightest, by David Halberstam, 1969。今は朝日文庫から文庫本が三分冊で出ている。私が読んだのはサイマル出版のソフトカバー、1983年6月の新版。縦一段組みで約326頁。9ポイント45字×19行×326頁=278,730字、400字詰め原稿用紙で約697枚。長編小説ならやや長め。
売り込み文句で言ってるほど読みやすくはない。当時の翻訳物としては読みやすい部類なのかしらん(*)。また、対象読者が当時のアメリカ市民であり、またテーマが政治であるため、アメリカの歴史や政治に詳しくない人には、少々辛い。とういのも、我々には馴染みのない人名が何の説明もなく頻繁に出てくるからだ。勤勉な人は Wikipedia などで随時補いながら読む形になるので、読み通すのにはかなり時間がかかる。
いや Wikipedia ってハマると危険でしょ、リンクたぐってくとアッという間に時間がすぎて、気がついたら全然関係ない記事に熱中してたりするし。私だけじゃないよね。
*冒頭の引用、私ならこう訳す。
ケネディは選挙演説で強調した。
「アメリカは憂慮すべき事態に陥っている」と。
ホワイトハウスに来た彼は驚いた。
彼の選挙演説は、事実を語っていたのだ。
【構成は?】
娘への手紙――「まえがき」に代えて
記念碑的な名著――訳者まえがき
1 ケネディとエスタブリッシュメント
2 リベラルと非リベラルのはざまで
3 凡庸にして無難の効用
4 ワシントンに参集した超エリートたち
5 賢者の愚行の発端
6 合理主義と行動の時代
7 反共主義という幻想の遺産
8 ベトナム・コミットメント
9 分岐点・ケネディの妥協
10 奈落に向かう渦巻き
以降、「ベスト&ブライテスト 2 ベトナムに沈む星条旗」「ベスト&ブライテスト 3 アメリカが目覚めた日」と続く。
大きな流れとして、ケネディ就任以降のアメリカの政界の動きに沿って進むが、途中で第二次大戦後の世界情勢や各登場人物の生い立ちなどが入るため、かなりの部分で話が前後する。この巻ではケネディの大統領就任から1961年10月までが中心。
【感想は?】
冒頭で強いインパクトがあるのが、アメリカの地域性。一般に粗野な田舎者と見なされる南部に対し、洗練されたパワー・エリートが集まる東部エスタブリッシュメントの閉鎖的な社会。金融・法律業界で隠然たる力を持ちアメリカの知性を代表すると自認するエスタブリッシュメントが集まったケネディ政権の中で、南部出身のリンドン・ジョンソンが疎外感を感じるあたりが微笑ましい…って、今ちょっと調べたら、もしかしてケネディがあからさまなエスタブリッシュメント最後の大統領か?
冒頭で述べられるロバート・A・ロベットのエピソードが、「自分たちの利益がアメリカの利益」と信じて疑わぬエスタブリッシュメントの鼻持ちならないエリート意識を存分に伝えている。ケネディに政権参加を請われ断ったロベット曰く「心配には及ばない、私でも私の友人でもしかるべき人物のリストを差しあげることができる」。
そのケネディが集めたメンバーは最高にして聡明と歌われたが、中でも強烈なのがマクジョージ・バンディのエピソード。幼いバンディが宿題の作文を読み上げると、他の生徒がクスクス笑い始める。素晴らしい作文に満足した教師があとで生徒に聞くと…
「先生、知らなかったんですか。マックは宿題をやってこなかったんです。白紙を読み上げていたんですよ」
肝心のベトナム情勢、これはフランスの困った置き土産。ノルマンディでも活躍したルクレール将軍が「この仕事には50万の兵力が必要だ、それでも成功するとは言い切れない」と難しさを訴える。
当時のベトナムの情勢をどう認識するか、が本書の大きなテーマとなっている。当時のアメリカ市民やケネディ政権は共産主義との戦いの最前線と認識していたが、本書ではアベレル・ハリマンを通して別の視点を提供する。ナショナリズムの台頭だ。別の言い方をすれば、植民地の独立闘争という視点。
これは中国にも共通していて。「別に彼らはソ連に従ってるわけじゃない、旧支配者/支配層を打倒して自分たちの国を作りたいんだ」みたいな視点。
1946年3月、ベトミンを正統政権と認める暫定協定をフランスが締結したとき――この協定をフランスはただちに破ることになるのだが――もしあのとき、アメリカがフランスの前向きのリーダーシップを祝福し、ただちにハノイ駐在公使を任命する旨パリに電報を打っていたら、この悲劇は避けることができたのだ。
ケネディ自身も反植民地主義的な部分があって、積極的にフランスの後押しをする気にはなれない。ところが独立戦争以来の旧友フランスと、東洋の得体の知れない連中と、どっちにつくかと言えば、古くからの付き合いの方が大事。
ところが肝心の南ベトナム政権は腐りきってて、トップのゴー・ジン・ジエムも煮え切らない。得に彼の弟のゴー・ジン・ヌーが手に負えないんだが、腐敗の追放や行政改革を訴えるアメリカの使者は嫌われ遠ざけられる。南ベトナムの将兵は使い物にならず、支援要求だけが膨れ上がる。フランスの要求も激しくなる一方で…
ってな所で、「実は50年代にも似たような状況があってさあ」と1954年の調査団の話が入る。責任者は朝鮮戦争で活躍したマシュー・リッジウェイ。港湾・鉄道・道路など兵站用件や伝染病などを調べた結果、「総兵力50万もしくは100万が必要」という結論を提出、「やってらんねえよ」と当時のアイゼンハワー大統領は介入を断念する。
この時のディエンビエンフーのフランス軍の戦い方も間抜け。「敵を誘い出す」という口実で盆地に陣を敷き、山地をベトミンに明け渡す。「高地から砲撃されたらどうすんの」と尋ねるアメリカの将校に対しフランスの将校曰く「連中は大砲など持っていない、持っていても使い方なんか知らない」。
54年のリッジウェイは現地の民衆も敵に回すと考えており、また従来のような正規軍相手の戦闘ではないとも思っていた。ところがワシントンでは「空爆で高地を潰せばいんじゃね」的なお気楽な発想、またはマジノ線みたいな強力な防衛線を形成すればいいと考えている。
ケネディに率いられた「最高で叡智に富む」メンバーが抱く幻想と、全く様相が違うベトナムの現実が、ギシギシと軋みながら次第に接近していくこの巻は、暗い予感に包まれながら次巻へと続く。
なお、色々とアメリカの政治に通じてないと辛いこの本、得に注意したいのがアメリカ政府の国務長官(→Wikipedia)という地位。名前は内政担当っぽいけど、実際は外交担当で、日本だと外務大臣。
【関連記事】
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