吉田一郎「国マニア 世界の珍国、奇妙な地域へ」交通新聞社
さて、冒頭からいきなりクイズ。東アジアには果たしていくつの国があるでしょう?
【どんな本?】
有名なバチカンなどのミニ国家、独立国なんだか植民地なのかわからない微妙な地域、事実上の独立国なのに様々な事情で承認してもらえない国、領土がない国家。われわれ日本人の感覚ではとても考えられない奇妙な国や地域の成立過程や国家運営の手法を紹介し、雑学的な面白さを提供すると共に、「国家とは何か」を考える。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2005年12月1日初版第1刷発行。今はちくま文庫から文庫版が出ている。単行本より少し小さめのソフトカバー縦一段組みで約230頁。9.5ポイント44字×17行×230頁=172,040字、400字詰め原稿用紙で約430枚。長編小説なら少し短め。
実は真面目な本なのだが、文章は現代風で親しみやすく読みやすい。また、国ごとに4頁の独立した記事になっているので、順番を気にせず気になった国だけを拾い読みしてもいい。
【構成は?】
はじめに/世界全図
第一章 小さくても立派にやっている極小国家ベストテン
第二章 国の中で独立するもう一つの国
第三章 ワケあって勝手に独立宣言をした国々
第四章 常識だけでは判断できない珍妙な国・地域
第五章 かつてはあったこんな奇妙な国・地域
あとがき
【感想は?】
「『国家とは何か』を考える」なんて偉そうな事を書いちゃったけど、基本的にはトリビア的な面白さを凝縮した本だと思っていい。あまり難しい事を考えず、野次馬根性で楽しもう。などと適当な気分で読みながらも、おぼろげながら「小さい国」や「国内国家」の共通点が見えてきたりする。
国内国家だと、まずわかり易いのがバチカン市国,アトス山(聖山修道院自治州),マルタ騎士団。みんな、キリスト教関係。
バチカンはローマ市内にあるカトリックの総本山。「人口は1000人に満たなくても、カトリック信者という潜在的な国民は10億人以上」で「領土という枠を取り払えば、世界最大級の『大国』」と、興味深い分析をしている。
アトス山(聖山修道院自治州)はギリシャの半島で、こちらは東方正教会の自治領で、修道士の国。女人禁制で、「牛までもオスだけという徹底ぶり」。20世紀初頭はロシアからの巡礼者で栄えたが、ソ連誕生でロシア人の入国が途絶え危機に陥ったものの、ソ連崩壊で持ち直しているとか。意外なところに意外な影響があるもんだ。
マルタ騎士団は、名前にマルタがついてるけど、実は領土がない。「元は十字軍遠征前にエルサレム付近に作られたキリスト教巡礼者向けの宿舎兼病院」で、「やがて十字軍遠征とともにヨーロッパ各地から騎士たちが集まり」、オスマン・トルコと戦ったりナポレオンに領土を奪われたりしつつ、国土がないまま国としては認められ、世界各地で「病院の運営や医療活動を続けている」。騎士団と言う勇ましくも物騒な名前ながら、やってる事は平和的。ちなみに本部はローマにあるそうで。
マルタ騎士団などの小さい国が、よく使う手の一つは、切手やコインの発行。記念切手を発行して、コレクターに売りつけるわけ。ところが「欲を出して切手を乱発しすぎて、世界のコレクター業界から締め出しを食ら」うこともある、というのも、まあお約束か。「現在ではロシア領内の共和国や自治州で、この種の怪しい切手が増えているらしい」。
現代だと、切手・コインに加え、インターネットのTLD(Top Level Domain、→Wikipedia)がもうひとつの収入源になっている。例えばツバルの .tv。「アメリカ企業に売り渡し、12年間で5000万米ドルもの収入を手にすることができた。これはツバルの国家予算の三年分以上に相当する額だ」。
そのツバル、沈没しそうなので有名。ってんでニュージーランドが移民を受け入れ始めたが、受け入れ条件が「年齢や英語能力、職業能力などの厳しい審査をパスした人だけに限定される」。だもんで、優秀な若い人が流出し、「国家としての維持は困難になってしまう」。
モナコはカジノで有名だけど、「カジノからの収入は、現在では四%に過ぎない」というから意外。とは言っても、やっぱり観光客相手に稼いでるのは相変わらずで、「舞踏会やオペラ、映画祭、演奏会、スポーツ大会、サーカス、花火など」で「集客の多様化に成功」した。国まるごとテーマパークみたいなモンか。大公のご威光があるとはいえ、営業努力してるんだなあ。
同じように観光で儲けているのが、マルタ共和国。先のマルタ騎士団とは(今は)別の国。驚くのが、「観光客の平均宿泊数は9.3泊」。この日本じゃゴールデン・ウィークでも9日が限界。10日間連続して休みを取れる人が、どれだけいることやら。
小国のもう一つの収入源は、タックスヘブン。ところが、単に税金が安いだけじゃ企業は来ない。安定してないと困るのだ。ってんで、敢えて独立せずイギリス領に留まり成功しているのが、バミューダ。他にも「英米法が適用されるし会計制度はイギリスと同じ」で、保険業界に強いとか。
ニワカ軍オタとして気になったのが、米国がパナマを手放した理由。「海上輸送がコンテナ主体となって、パナマ運河の重要性が低下したこともあった」。へ?「船と列車の貨物の積み替えが楽になり」「アジアからニューヨークへ貨物を運ぶなら、パナマ運河を通るよりロサンジェルスで列車に積み替えた方が時間もコストも削減できる」。ほー。
などと暢気な話ばかりでなく、今はなきシッキム王国は中国の介入を恐れインドに併合されたとか、やっぱり中国で少数民族がやたら多い理由とか、飢餓で滅びた国ビアフラ、人種差別政策の異物ホームランドなど、物騒な話もチラホラ。
ってんで、「ああ、面白かった」と思って「あとがき」を読むと、これがまた香港が中国に返還される際の爆笑物のエピソードを紹介してる。なんてサービス精神旺盛な著者なんだろう。
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