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2012年4月 3日 (火)

マイケル・ウェランド「砂 文明と自然」築地書房 林裕美子訳

 ぬれていれば砂だけで城をつくることができるのはなぜだろうか。砂が「どの程度」ぬれているかということが、なぜそれほど重要なのだろう。砂浜の波打ち際についた足跡のまわりには、なぜ水気が少なくて白っぽい部分が「輪郭」のように広がるのだろう。ぬれた砂は乾いた砂より黒っぽいのはなぜなのだろうか。

【どんな本?】

 砂はいつ、どこで、どうやってできるのか。どんな砂があるのか。海の砂と陸の砂はどう違うのか。なぜ砂丘ができるのか。砂から何がわかるのか。人は砂をどう使い、どう砂と戦ってきたのか。地質学・化学・物理学などの科学から、砂漠のほとりで生活する人たち、そして砂を使った芸術などの文化に至るまで、地質学者である著者が砂をテーマに綴る、一般向けの啓蒙書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は SAND : A Journey Through Science and the Imagination, by Michael Welland, 2009。日本語版は2011年8月10日初版発行。ハードカバー縦一段組みで本文約377頁。9ポイント49字×20行×377頁=369,460字、400字詰め原稿用紙で約924枚。長編小説なら2冊分に少し足りない程度。

 翻訳物の科学啓蒙書としては、標準的な読みやすさ。ただ、地質学関係の書籍だけに、アメリカ合衆国や欧州の地名が頻繁に出てくるので、真面目に読む人は地図か GoogleMap で確認しながら読む羽目になる。

【構成は?】

 序章
第1章 砂つぶの生い立ちと性質
第2章 砂が集まる不思議な世界
第3章 砂が連想させるもの――大きな数
第4章 川から海へと旅する砂たち
第5章 波、潮流、ハリケーンにもまれる砂の旅
第6章 風に吹かれてできる砂漠
第7章 過去を証言する砂
第8章 砂が連想させるもの――伝承と芸術
第9章 人の生活の中で活躍する砂
第10章 地球を超えて 時間を超えて
 エピローグ ツタンカーメンの砂漠ガラスの謎
   参考書籍・文献・サイト/索引/訳者あとがき

【感想は?】

 砂というと小さいものだけに、やたらチマチマした本かと思ったら、とんでもない。まあそういう顕微鏡的な世界の話も出てくるんだけど、地質学者の書く本だけあって、時間的にも数十億年という単位に及び、空間的にも最後には銀河系スケールの話が出てくる。

 砂は主に岩石から生まれる。大抵はケイ素(Si)1個につき酸素2個が、「互いに結合してピラミッド構造が連なるおそろしく強固な鎖をつくり、その鎖どうしもつながってDNAと同じような長い螺旋構造になっている」。かと思えば生物由来の砂もあって、「貝やサンゴなどの海洋生物の硬い骨格など」。有名な星の砂とかは有孔虫の殻。

 粒子として砂を見る話は、「よくわからない」って結論が頻繁に出てくる。例えば「なんで風が吹くと砂漠に波紋みたいな模様ができるのか」も、よくわからない、としている。ひとつは砂の跳ね方で、小石が多い所では砂がよく跳ねるので、集まりにくい。砂が集まってる所は砂が跳ねないので、更に砂が集まる。

 これを巧く使った砂よけの方法があって、小石や砂利をまく事。小石や砂利は砂を跳ね飛ばすので、砂丘に埋まらない。また、意外に思ったのが、「砂漠の砂は角が丸く、川や海岸の砂はトンガってる」という現象。砂漠の砂は風に飛ばされ激しく衝突するので角が取れ、水中で動く砂は強い衝撃を受けないんでトンガったまま。ほー。

 川が蛇行する理由も「よくわからない」としつつ。カーブだと外側の流れが速く内側は流れが遅い。外側は岸を削ってより外へ張り出し、内側には土砂が堆積して「寄り洲」ができる。そうやって曲がり方が更にキツくなる。この移動量もバカにならなくて、「ミシシッピ川は、人間の干渉がまだそれほどでなかった時代には、毎年横方向に60メートルも移動していた」。川辺ってのは、地味は豊かだけど、生活空間としちゃあまし安定してないわけ。

 濡れた砂が固まるのは、水の表面張力のため。1%~10%が適量だとか。「粒子と粒子の間の空間に水と空気の境界面があり、その面積が大きいので表面張力が働いて粒子どうしがくっつく」。水すげえ。どころか、砂中に住む細菌を使うと…

 砂の粒子の間に生息するバチルス・パステウリイという細菌を利用する方法で、カリフォルニア大学デイビス校での研究からは、この細菌が方解石(炭酸カルシウム)をつくり出し、それが析出して粒子をつないで固めることがわかっている。培養した細菌を砂に混ぜ、栄養をたっぷりと与えて酸素を供給すれば、さらさらの砂が硬い岩になるのだ。

 バイオ・ナノテク工法とでも言うか。
 地質学者だけあって、過去の地球の話も沢山出てくる。大陸移動説の話が多いが、やっぱりハイライトは6500万年前の恐竜絶滅の原因といわれる大隕石。メキシコ湾近辺に落ちたこの天体、気候の影響も凄いが…

日本の科学者が高性能の津波シミュレーションモデルを構築して津波の規模を大まかに計算したところ、津波の高さは200メートルに達したと推定され、おそろしく巨大な波が途方もない距離を伝わりながら、通り道に死と破壊と砂の堆積を残していったと考えられる。

 そりゃ陸上生物の大半が絶滅するよなあ。
 工学の話だと、まずコンクリート。意外と歴史は古く、「古代エジプト人もつくり方を知っていて(ピラミッドの一部がコンクリートでできているかどうかという熱い論争がある)、その後、古代ローマ人が調合法を確立した」。さすが土木帝国ローマ。「コンクリートは乾燥させるから固まるのではなく、複雑な化学反応によって固まる」のも知らなかった。

 コンクリートに少量の鉄か炭素繊維を添加すると電気を通すようになる。電気を通すことでコンクリートの状態を制御できるようになるということだ。たとえば導電性コンクリートで道をつくれば、電気を通して道を温めることもでき、砂や塩類を使わなくても道路の凍結を防ぐことができる。

 変わった砂の使い方として、選挙運動を挙げてる。フランスの選挙運動はビーチサンダルを配った。浜に残る靴底の模様が、政治団体のロゴになってる、というわけ。製紙にも砂(シリカ)を使ってる。砂は水分を吸うんで、シリカを表面にコーティングする。「インクジェットプリンタの用紙はこの方法でつくられる(インクの挙動もシリカゲルで調整される)」。

 終盤では、土星の月タイタンや火星の話も出てくる。タイタンの石や砂は、なんと「石のように固く凍った炭化水素に、おそらく少量の水が混じったもの」。固体メタンがゴロゴロ転がってるわけ。はやぶさとイトカワの話も少し出てくるのが嬉しい。
 最後に、クスリとした一節を引用して〆めよう。まさか毒の風とは思わなかった。

精霊ジンを運んでいる北アフリカの「シムーン」は「毒の風」を意味し、この焼けるように熱く乾いた風は、通り道にいるすべてを吹き殺す。

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