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2012年4月の15件の記事

2012年4月30日 (月)

シェイクスピア全集3「マクベス」ちくま文庫 松岡和子訳

魔女1 万歳、マクベス! おめでとう、グラームズの領主!
魔女2 万歳、マクベス! おめでとう、コーダーの領主!
魔女3 万歳、マクベス! いずれは王になるお方。

【どんな本?】

 シェイクスピアを、松岡和子が親しみやすい現代文で翻訳するシリーズで、四大悲劇のひとつ。11世紀のスコットランド王マクベスをモデルに、魔女にそそのかされた勇猛な将軍が、妻と共に野望のまま王位を簒奪し、血に狂って行く姿を描く。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 解説によると、成立は1603年~1607年の間。松岡和子のちくま文庫版は1996年12月5日第一刷発行、私が読んだのは2006年2月20日の第五刷。文庫本縦一段組みで本文約174頁。8.5ポイント29字×17行×174頁=85,782字、400字詰め原稿用紙で約215枚。長編小説としてはかなり短い。

 松岡和子の訳文は、読みやすさと正確さを優先し、その分芝居っ気を控えている感がある。訳者あとがきで、翻訳の苦労を綴ると共に、今作の重要な視点を提供しているので読んでおこう。レイアウトを工夫して、大量の注記を、巻末や章末でなく、同じ頁に収めているのも嬉しい工夫。

 とまれ、戯曲なだけに、文章の大半は台詞で構成され、地の分による状況説明や人物の心理描写はほとんどない。舞台で役者が演じているのを想像しながら読もう。

【どんな話?】

 時は11世紀、所はスコットランド。戦で大きな軍功をあげた二人の将軍、マクベスとバンクォー。特にマクベスはダンカン王よりコーダーの領地を賜る。二人は三人の魔女から予言される。「マクベスは王になり、バンクォーは王を生み出す」と。野望に目覚めたマクベスは、夫人と共にダンカン王の暗殺を企み…

【感想は?】

 お話は陰惨で血生臭いけど、巧いこと翻案すれば現代を舞台にしたやくざ映画や、スペースオペラにもなりそう。映画にするとなるとアクションがキモだけど、これは冒頭から戦場の場面なんで、ハリウッドのアクション大作の鉄則「いきなりクライマックス」にも適ってる。まあ、この作中じゃ戦場の様子が語られるだけなんだけど、映画ならきっと壮大なモブ・シーンにするはず。

 「ハムレット」は若くて優等生っぽいイケメンが主役だけど、マクベスは筋骨隆々とした壮年が相応しい。あんまし育ちのよさそうじゃ駄目。凄みがあって、頬や額に刀傷があればなお可。ガンダムだと…ドズル・ザビ?でもマクベス夫人はキシリア殿下が相応しい気がするんで、なんかなあ。

 ハムレット同様、最後のクライマックスは、派手なバトル・シーンとなる。とはいえ、得物と雰囲気がだいぶ違う。ハムレットはレイピアらしい(「先を丸めていない」なんて記述がある)んで、アクションはスピードと器用さが重要だろう。が、こっちはフルアーマーに身を包み(「鎧を取れ」)、たぶん獲物は片手持ちの両刃の剣で、左手には盾。私の印象だと両手持ちの大剣なんだが、「百戦錬磨の盾を掲げ」なんて台詞があるんで、仕方がない。剣戟の音も、「ガキッ、ゴキッ」って感じの、鈍器がぶつかり合う音が相応しい。

 などと得物に拘ってしまうのがニワカ軍オタの性。既に「あぶみ」が登場してるから、徒歩で戦うのは変じゃね?とか、戦場の主な得物は弓と槍だよねえ、などと突っ込みたくもなるが。

 舞台で演じるとなると、剣じゃないと困るんだよね。まさか舞台に馬を引っ張り出すわけにもいかないし。得物にしても、弓じゃ見栄えがしないし、槍は狭い舞台じゃ取り回しが難しい。見栄えを考えると、やはり剣が最も都合がいい。現実にはサイドアームズである剣や刀が、一般人には騎士や武士の主要装備と思われるに至った原因のひとつが、こういう舞台の都合にあるんじゃないか、ってのは考えすぎか。

 戦術的にも、少しだけ当時の攻城戦をうかがわせる台詞があって。「勝手に陣を張れ、どうせ飢えと熱病に食い尽くされるだけだ」とか。当時は「まぐさ」の補給が困難で、城攻めは時間との競争だったし、衛生状態もよくないんで、戦死より病死の方が多かったんだよねえ。バリスタ?それは言わない約束。でも、映画なら見ごたえのあるシーンになりそう…って、視点が偏ってるなあ。

 やはり有名な作品だけあって、三人の魔女をはじめ色々な所で引用されてる。フリッツ・ライバーの「跳躍者の時空」収録の「三倍ぶち猫」は、これかあ。意外なのが、スタニスワフ・レム「Fiasko 大失敗」。まんま、「バーナムの森」で始まってる。

 その魔女が大釜を煮る場面、恐らく今の魔女のイメージの原型となってるんだろうと思わせる。なにせ彼女らが釜に入れるのが…

お次は蛇の切り身だよ
煮えろよ焼けろ、釜の中
イモリの目玉、カエルの指、
コウモリの毛に犬のベロ、
マムシの舌、ヘビトカゲの牙、
トカゲの脚にフクロウの羽、…

 と、爬虫類や両生類が次々と並ぶ。
 原型といえば、不吉な予言もまたお約束。

女から生まれた者は誰一人
マクベスを倒せはしない。

マクベスは決して敗れない。
バーナムの大森林がダンシネインの丘に向かって
攻め上って来ないかぎり。

 古典というと、やたら格式ばった印象があるけど、シェイクスピアはシモネタも結構多い。門番だの墓堀人だのと、身分の低い者が出てきたらコメディ・タイム。ここでは門番が酒が引き起こす三つのことについて…

 そいつはね、旦那、赤っ鼻と眠気と尿意でさ。助平の方はですね、引き起こしといて引き下げる。一発やりてえって気にさせて、いざとなるとやらせちゃくれねえ。だから、酒は助平に二枚舌使うってわけだ。

 お話は、イングランド王のご機嫌を伺ってか、史実では比較的評判のいいマクベスを徹底した悪逆非道の男に書いた、一種のピカレスク。王位を簒奪したマクベスが、孤高の悪へと押し流されていく描写が、意外とあっさりしてるのが、ちと食い足りない。

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2012年4月29日 (日)

シェイクスピア全集1「ハムレット」ちくま文庫 松岡和子訳

寄る年波は忍び足
おいらはむんずと掴まれて
遥かな国に運ばれて
見る影もないこの姿 

【どんな本?】

 To be, or not to be などの名台詞で有名な、シェイクスピアの代表作を、松岡和子が読みやすい現代語に訳した作品。デンマークの若き王子ハムレットが、亡き父の凄惨な死の真相を知り、運命の苛烈さに悩み狂気を装いつつ、復讐へと突き進む。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 解説によると、1600年か1601年ごろ。日本語訳はいろいろ出ているが、松岡和子のちくま文庫版は1996年1月24日第一刷発行、私が読んだのは2007年5月10日の第九刷。文庫本縦一段組みで本文約263頁。8.5ポイント29字×17行×263頁=129,659字、400字詰め原稿用紙で約325枚。小説なら短めの長編の分量。

 一見とっつきにくい古典文学だが、松岡和子の訳文は、雅な雰囲気を残しつつも親しみやすい現代文。また、編集(組版)でも読者の便宜を図っている。大量の注記を、章末や巻末でなく、同じ頁の下につけているので、いちいち他の頁をめくる必要がない。この配慮は、とても有難かった。

 とはいえ、戯曲だ。小説とは勝手が違う。現代のドラマや映画の脚本とは違い、ト書きは役者の登場と退場を示す程度で、文章の大半は役者の台詞だ。小説のような情景や心理の細かい描写がない。今なら脚本ではなく台本に相当するだろう。正直言って、暫くは戸惑った。が、自分なりにコツは掴んだ。「舞台で役者が演じている」様子を想像しながら読めばいい。

【どんな話?】

 時は中世、所はデンマーク。前王が逝去し、その弟クローディアスが王位を継ぎ、王妃だったガートルードを娶る。そんな母に納得がいかぬ若き王子ハムレットは、父の幽霊から死の真相を知らされる。クローディアスとガートルードが図って父を毒殺した、というのだ。悩むハムレットは塞ぎ込み狂気を装い、宰相ポローニアスの娘で恋人のオフィーリアにも冷淡になる。心配する周囲をよそに、ハムレットは復讐へ向け一歩を踏み出し…

【感想は?】

 シェイクスピアの戯曲が舞台や映画の人に喜ばれる理由が、少しわかる気がする。小説と違い台詞しか書いていないので、解釈の幅が大きいのだ。個々の台詞は決まっちゃいるが、それを語る人物の気持ちや表情は明記されていない。だもんで、「ファージングⅡ 暗殺のハムレット」では「ハムレットは女性だった」なんて珍解釈まで飛び出している。

 もうひとつ、ハムレットには劇中劇があったりで、「演劇」そのものを重要なテーマの一つとして取り上げている。なんたって、大半の登場人物が本音を隠して演技してるわけだし。加えて、劇団員が「最近は子供役者を使った芝居が流行して俺たちはお払い箱」なんて時事ネタもい扱ってるんで、この辺は色々とアレンジしやすい。宝塚なら、さしずめ「最近は女ばかりの劇団が大好評で、客を取られちまった」とでもする所だろう。

 などと想像しながら読むと、「きっと女性客を狙った劇として書いたんだろうなあ」と思ってしまう。

 題名が示すように、主役はハムレット。読んだ印象は、若く細身で生真面目な、でも少し暗いイケメン青年。剣の腕に優れ頭の回転も速い。この訳での初演は1995年に主役真田広之とあって、「いかにもハマった配役だなあ」と納得。ガンダムなら、カミーユを充てる所。「いかにハムレットをいい男に見せるか」が、劇としての成否を握る鍵。

 その分、割を食ってるのが、ハムレットの恋人役のオフィーリア。親父のポローニアスには「あんまし王子にデレデレするな、どうせすぐに飽きられる」と説教され、肝心のハムレットには身に覚えもないのに「尼寺へ行け」と罵倒され、挙句の果てには…

 これも、女性客を重視した故の展開と考えると、納得がいく。「いかに女性客を主役ハムレットに惚れさせるか」が鍵なら、女性客にとってオフィーリアは恋敵。なら、徹底的に苛めれば、女性客は満足するだろう

 …ってのは、ちと意地悪すぎる解釈かな。

 実際、ハムレットだと、女性は「運命に流される」タイプの人ばかり(といっても二人しか出てこないけど)で、ちと存在感がないんだよなあ。王妃のガートルードにしても、なんかクローディアスにそそのかされた故の犯行、って雰囲気で、自分の意思で動いたって感じはない。今はマクベスを読み始めてるんだが、こっちのマクベス夫人のふてぶてしい存在感とは対照的。

 この作品のもう一つの読み所は、やっぱり台詞。気が利いてるのは勿論、有名なだけに昔からアチコチで引用されまくってる。有名な To be, or not to be は今じゃギャグにしかならないけど、他の台詞は、意外な作品で引用されてる。私が「あれ?」と思ったのは、ハムレットがポローニアスの息子でオフィーリアの兄レアティーズに言う台詞。

俺は怒りっぽくも喧嘩っぱやくもない。
だが、いざとなると危険な男だ。

 これ、映画トップガンでマーベリックがアイスに向かって投げる決め台詞「俺は危険な男だぜ」の元ネタじゃないかな?英米のドラマや映画が好きな人なら、他にも色々と見つけられるはず。

 気の利いた台詞は他にも多々あって、ハムレット君、狂ってる筈なのに会話の応答は絶妙の機転を見せる。擦り寄るオフィーリアに対して、「お前が貞淑で美しいなら、貞淑と美しさは親しくつきあわせないほうがいい」なんて、本当にイカれてるのか?もうひとつ、実の母である王妃との掛け合い。

王妃「ああ、ハムレット、お前は私の心をまっぷたつに裂いてしまった」
ハムレット「ああ、それなら悪い方は捨て、良い方を残して清く生きて下さい」

 舞台で掛け合えば、絶妙の面白さだろうなあ。

 などと私の脳内ではガンダムのキャストによるシェイクスピア劇が展開してる。主役は先に書いたようにカミーユ、誠実で力持ちなホレイショーはスレッ ガーかククルス・ドアン、レアティーズはガルマ・サビ、クローディアスはコンスコン、ポローニアスはデギン・ザビ。でも女性が困るんだよなあ。ガートルードは老けたレコアさんとして、オフィーリアは…フォウもファも、しっくりこない。うーん。冨野ワールドの女性って、あんまし「運命に流される」タイプの女性が出てこないんだよね。

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2012年4月28日 (土)

吉田一郎「国マニア 世界の珍国、奇妙な地域へ」交通新聞社

 さて、冒頭からいきなりクイズ。東アジアには果たしていくつの国があるでしょう?

【どんな本?】

 有名なバチカンなどのミニ国家、独立国なんだか植民地なのかわからない微妙な地域、事実上の独立国なのに様々な事情で承認してもらえない国、領土がない国家。われわれ日本人の感覚ではとても考えられない奇妙な国や地域の成立過程や国家運営の手法を紹介し、雑学的な面白さを提供すると共に、「国家とは何か」を考える。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2005年12月1日初版第1刷発行。今はちくま文庫から文庫版が出ている。単行本より少し小さめのソフトカバー縦一段組みで約230頁。9.5ポイント44字×17行×230頁=172,040字、400字詰め原稿用紙で約430枚。長編小説なら少し短め。

 実は真面目な本なのだが、文章は現代風で親しみやすく読みやすい。また、国ごとに4頁の独立した記事になっているので、順番を気にせず気になった国だけを拾い読みしてもいい。

【構成は?】

 はじめに/世界全図
第一章 小さくても立派にやっている極小国家ベストテン
第二章 国の中で独立するもう一つの国
第三章 ワケあって勝手に独立宣言をした国々
第四章 常識だけでは判断できない珍妙な国・地域
第五章 かつてはあったこんな奇妙な国・地域
 あとがき

【感想は?】

 「『国家とは何か』を考える」なんて偉そうな事を書いちゃったけど、基本的にはトリビア的な面白さを凝縮した本だと思っていい。あまり難しい事を考えず、野次馬根性で楽しもう。などと適当な気分で読みながらも、おぼろげながら「小さい国」や「国内国家」の共通点が見えてきたりする。

 国内国家だと、まずわかり易いのがバチカン市国,アトス山(聖山修道院自治州),マルタ騎士団。みんな、キリスト教関係。

 バチカンはローマ市内にあるカトリックの総本山。「人口は1000人に満たなくても、カトリック信者という潜在的な国民は10億人以上」で「領土という枠を取り払えば、世界最大級の『大国』」と、興味深い分析をしている。

 アトス山(聖山修道院自治州)はギリシャの半島で、こちらは東方正教会の自治領で、修道士の国。女人禁制で、「牛までもオスだけという徹底ぶり」。20世紀初頭はロシアからの巡礼者で栄えたが、ソ連誕生でロシア人の入国が途絶え危機に陥ったものの、ソ連崩壊で持ち直しているとか。意外なところに意外な影響があるもんだ。

 マルタ騎士団は、名前にマルタがついてるけど、実は領土がない。「元は十字軍遠征前にエルサレム付近に作られたキリスト教巡礼者向けの宿舎兼病院」で、「やがて十字軍遠征とともにヨーロッパ各地から騎士たちが集まり」、オスマン・トルコと戦ったりナポレオンに領土を奪われたりしつつ、国土がないまま国としては認められ、世界各地で「病院の運営や医療活動を続けている」。騎士団と言う勇ましくも物騒な名前ながら、やってる事は平和的。ちなみに本部はローマにあるそうで。

 マルタ騎士団などの小さい国が、よく使う手の一つは、切手やコインの発行。記念切手を発行して、コレクターに売りつけるわけ。ところが「欲を出して切手を乱発しすぎて、世界のコレクター業界から締め出しを食ら」うこともある、というのも、まあお約束か。「現在ではロシア領内の共和国や自治州で、この種の怪しい切手が増えているらしい」。

 現代だと、切手・コインに加え、インターネットのTLD(Top Level Domain、→Wikipedia)がもうひとつの収入源になっている。例えばツバルの .tv。「アメリカ企業に売り渡し、12年間で5000万米ドルもの収入を手にすることができた。これはツバルの国家予算の三年分以上に相当する額だ」。

そのツバル、沈没しそうなので有名。ってんでニュージーランドが移民を受け入れ始めたが、受け入れ条件が「年齢や英語能力、職業能力などの厳しい審査をパスした人だけに限定される」。だもんで、優秀な若い人が流出し、「国家としての維持は困難になってしまう」。

 モナコはカジノで有名だけど、「カジノからの収入は、現在では四%に過ぎない」というから意外。とは言っても、やっぱり観光客相手に稼いでるのは相変わらずで、「舞踏会やオペラ、映画祭、演奏会、スポーツ大会、サーカス、花火など」で「集客の多様化に成功」した。国まるごとテーマパークみたいなモンか。大公のご威光があるとはいえ、営業努力してるんだなあ。

 同じように観光で儲けているのが、マルタ共和国。先のマルタ騎士団とは(今は)別の国。驚くのが、「観光客の平均宿泊数は9.3泊」。この日本じゃゴールデン・ウィークでも9日が限界。10日間連続して休みを取れる人が、どれだけいることやら。

 小国のもう一つの収入源は、タックスヘブン。ところが、単に税金が安いだけじゃ企業は来ない。安定してないと困るのだ。ってんで、敢えて独立せずイギリス領に留まり成功しているのが、バミューダ。他にも「英米法が適用されるし会計制度はイギリスと同じ」で、保険業界に強いとか。

 ニワカ軍オタとして気になったのが、米国がパナマを手放した理由。「海上輸送がコンテナ主体となって、パナマ運河の重要性が低下したこともあった」。へ?「船と列車の貨物の積み替えが楽になり」「アジアからニューヨークへ貨物を運ぶなら、パナマ運河を通るよりロサンジェルスで列車に積み替えた方が時間もコストも削減できる」。ほー。

 などと暢気な話ばかりでなく、今はなきシッキム王国は中国の介入を恐れインドに併合されたとか、やっぱり中国で少数民族がやたら多い理由とか、飢餓で滅びた国ビアフラ、人種差別政策の異物ホームランドなど、物騒な話もチラホラ。

 ってんで、「ああ、面白かった」と思って「あとがき」を読むと、これがまた香港が中国に返還される際の爆笑物のエピソードを紹介してる。なんてサービス精神旺盛な著者なんだろう。

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2012年4月26日 (木)

SFマガジン2012年6月号

「いいんだ、シリーズ化すれば3回までは許される!」  ――横山えいじ「おまかせ!レスキュー」

 280頁の標準サイズ。今回の特集は「ハヤカワSFシリーズ Jコレクション創刊10周年記念特集」として、仁木稔の短編と西島大介のコミック、倉数茂と法条遥のインタビュウ、そしてJコレクション既刊53冊のレビュウ。

 表紙を開いていきなり緒方剛志の「ねじまき少女」のイラストが色っぽい。微妙にやる気なさげな目が、この人の特徴だよなあ。

 仁木稔「ミーチャ・ベリャーエフの子狐たち」は、9.11が阻止された現代USAが舞台。「妖精」と呼ばれる、子供のような人造人間が普及し、3K仕事に従事している。多くの人が妖精を歓迎する中、妖精を憎み撲滅を目論む者もいた。主人公のケイシーもその一人。カルト宗教系の健康食品企業に勤め、人種偏見に凝り固まっている。そんな彼が勤める店舗に、12歳ぐらいの少女が訪ねてきた…
 ヒロインは明らかに初音ミクを意識してる。狂信的なWASPで固まったカルト宗教組織が、これまた典型的。熱心かつ誠実に職務に励むケイシー君が、ちょっと哀れ。

 法条遥のインパビュウでは、彼の生活サイクルが作家らしくない、というか、全盛期のシルヴァーバーグみたいだ。極端な朝型で、「執筆のペースは、一日に一万字を書いたら終わり」って、凄いハイペースなのでは?400字詰め原稿用紙だと、約25枚。月間ガンパレの時の榊涼介と同量。

 「アクセル・ワールド」、あの絵だと、どうしても「神風の術」を期待してしまう。

 添野知生のMOVIEは、「バトルシップ」と「ジョン・カーター」。なんでも「ジョン・カーター」、本国じゃ大コケだそうで。「バトルシップ」は観てきた。楽しいわ、これ。たぶんこれ、「こーゆー絵が撮りたい」って所から、設定を作っていったんだろうなあ。主役が脚光を浴びた場面で、彼らが誇らしげに立ち誇るシーンが気持ちよかった。

 椎名誠のニュートラル・コーナー、今回は死体というか埋葬というかお葬式というか。「日本にはゾンビ伝説が少ないのはみんな火葬にしてしまうからだろう」ってのには、納得。焼け焦げていい匂いさせてたら…それはそれで怖いかも、別の意味で。

 長山靖生「SFのある文学誌」、今回は草双紙「白縫譚」の紹介。サンプルの見開きを見る限り、まるで絵本。幕末にこれだけ手間のかかる印刷物が庶民の間で流通してたってのが驚き。内容もエンタテイメントしてる。時は戦国、菊地家に滅ぼされた大友家だが、二歳の姫だけが落ち延びた。13年後、土蜘蛛に出会い己の出生を知った姫、土蜘蛛の力を借り菊地家への復讐に…。スパイダー・ガールですな。この作品の評価が、モロに「無理に連載を延長した連載漫画」なのがおかしい。

 酒井昭伸「クライトンな日々」は、訳者によるマイケル・クライトン作品の裏話。早川書房がジュラシック・パークに「社運をかけ」ていたとは。「恐怖の存在」執筆のきっかけが、「某ハリウッド・スターと激論になったこと」ってのも、納得。作品に出てきた「自家用ジェットでボランティアに出かけるスター」には、モデルがいたんだね。

 「てれぽーと」に、いきなり上田早夕里が出てきて大笑い。このまま激論を戦わせてくれたら面白いなあ。

 巽孝之「現代SF作家論シリーズ」は、ウイリアム・O・ガードナーの「筒井康隆とマルチメディア・パフォーマンス」、「英語圏では初めての日本SFをめぐる包括的研究書に収められたもの」で、主に「朝のガスパール」と断筆宣言を扱い。かなり正確に事態を伝えてる。断筆について「筒井康隆の文学作品を保留する行動であったが、(略)筒井の『声』を繁殖させる効果があった」との分析は見事。筒井の本性が「役者」である、と見通してる。

 橋本輝幸の MAGAGINE REVIEW は、F&SF誌2011.9/10~2011.11/12。ジョン・アームストロングの Aise 1047「通路1047」が面白そう。売り子さん同士がバトルするって無茶苦茶な話。「小売ドージョー・ブティックでセンセイから必殺技の数々を学び」って、おい。

 第7回日本SF評論賞の選考委員特別受賞作の、忍澤勉『惑星ソラリス』理解のために[一]レムの失われた神学。レムの「ソラリス」、ロシア語版は検閲によって一部が削除されてる。昔早川から出てた版はロシア語版が元で、2004年に国書刊行会が出したのはポーランド語版が元。早川版と国書刊行会版を比べ検閲の実態を精査した後、ロシア語版を基にしたと思われるタルコフスキーの映画版にまで目を向ける力作。いや映画はほとんど寝てたけどね。こんなギャグがあって。

スターウォーズ「君は何度観たか」
ソラリス「君は何度寝たか」

 そういえば「ストーカー」を観た時も、ほとんど寝てたなあ。

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2012年4月24日 (火)

ダグ・スタントン「ホース・ソルジャー 米特殊騎馬隊、アフガニスタンの死闘」早川書房 伏見威蕃訳

 地形を偵察するうちに、ネルソンはターリバーン軍の戦車数台を見つけた。ロシア製のT-62が、塹壕の向うの斜面にとまっている。主砲は55口径115ミリで、発射速度は一分あたり五発ないし七発、有効射程は1500メートル。荒れた地面でも40トン近くある巨体が時速35kmで走行し、最高路上速度は時速50kmにのぼる。馬に乗って攻撃する兵士たちにとってはすこぶる手ごわい敵だ。

【どんな本?】

 2001年。アハメド・シャー・マスードの暗殺、そして9.11の悲劇。ブッシュ政権はアフガニスタンへの派兵を決意する。迅速な対応を求める政府に対し、軍とCIAは時間のかかる正規軍の大量派遣に変え、少数の特殊部隊の派兵で応える。

 空爆には、効果的な目標を見極め、誤爆を防ぎ、効果を確認するため、現地に地上部隊が必要だ。20数人の陸軍特殊部隊が、数人のCIAと共に秘密裏にアフガニスタンへ侵入し、北部同盟のドスタム,モハケク,ヌールと同行し、ターリバーンととの死闘に突入した。

 映画などで脚光を浴びるデルタフォースや海軍のSEALと異なり謎に包まれた陸軍特殊部隊の実情、我々には今ひとつピンとこないアフガニスタンの政治・社会・庶民生活の事情、そして誤爆発生のメカニズムなど、興味深い情報を盛り沢山に詰め込みつつ、波乱万丈の冒険物語が展開する興奮に満ちた一冊。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Horse Soldires, The Extraordinary Story of a Band of U.S.Soldiers Who Rode to Victory in Afghanistan, by Doug Stanton, 2009。日本語版は2010年4月15日初版発行。ハードカバー縦一段組みで本文約456頁+訳者あとがき5頁。9ポイント45字×21行×456頁=430,920字、400字詰め原稿用紙で約1,074枚、長編小説なら2冊分ぐらい。

 戦記物としては相当に読みやすい部類。内容が抜群に面白いんで、それに評価が引きずられている点があるのは認める。敢えて言えば、タリバンがターリバーンだったりカブールがカーブルだったり、現地の言葉が馴染みのない表記になってる事。多分、現地の発音により近い表記を採用したんだろう。

【構成は?】

 プロローグ 蜂起
第一部 出征
第二部 騎馬隊、進め
第三部 危険近接
第四部 マザーリシャリーフの門
第五部 奇襲
 エピローグ
  訳者あとがき/参考文献

 基本的に時系列に沿って話が進む。冒頭にモノクロ写真の頁が8頁あって、読了後に眺めると、読む前と違った印象になる。

【感想は?】

 ハリウッドの大作映画の原作と言っても通るぐらいの面白さ。特殊部隊がアフガニスタンに入る前は少々モタつくものの、現地入りしてからは驚きと急展開の連続で、尻上がりに面白くなる。特に最後の第五章は、娯楽映画のお約束みたく圧倒的な迫力で劇的なお話が繰り広げられる。

 著者の姿勢は完全に特殊部隊万歳で、ターリバーンは徹底した悪役。とはいえUSAでもブッシュ政権にはやや批判的で、エピローグでブレマーのイラク統治の失敗を強烈にあげつらっている。

 やはり面白くなるのは部隊がアフガニスタンに入ってから。わかりにくい北部同盟の内情が、指導者たちの描写を通して充分に伝わってくる。

 ハザラ人を率いるムハンマド・モハケクはシーア派のハザラ人を率い、信仰心厚く謹厳実直な反面、腹を割った話はしにくい。ファヒム・カーンとその部下ウスタド・ヌールはマスード亡き後タジク人を率い北部同盟をまとめてきた。そして、最も存在感の大きいのが、ウズベク人を率いるドスタム

 宗教的には柔軟でウォッカを好む。明るく社交的で駆け引きに長け、腹の底は読ませない。。政治的な感覚に優れ、かつてはマザーリシャリーフで航空会社やテレビ局を経営していた。外交的な解決を好むが、戦闘のここ一番と言う状況では先陣を切る度胸もある。日本人だと、呆ける前の豊臣秀吉が近いかも。

 彼の口から語られる、ターリバーンの内情も、興味深い。曰く、ターリバーン内には二種類の兵がいる。ひとつはアフガニスタン人で、無理矢理徴兵され強制されて戦わされている。劣勢になり投降を呼びかければ、あっさり投降、どころか時にはこっちに寝返って兵に加わる。

 もうひとつが厄介。パキスタン・中国(ウイグル族)・アラブなどから駆けつけた義勇兵で、死ぬまで戦う。ムスリムは体に触れられるのを嫌うので、捕虜にしても厳しいボディチェックができない。投降しても隠し持った手榴弾などで、自爆テロを狙うため、油断できない。…ならボディチェックしろよ、と言いたいんだが、イスラムは尊重せにゃならん。うーん。

 まあ、実際には、これに加えてヘクマティアルを代表とするパシュトゥンの軍閥がターリバーンと手を組んでるんだが、この本じゃヘクマティアルは出てこない。

 さて、米政府。派兵は決めたものの、アフガニスタンの資料はお寒い限り。ってんで、部隊員は観光案内やwebで現地情報を集め、近所の登山用品店で商品を買い占める。GPSに至ってはメーカーに直接電話して「御社のGPSを全て買うので押さえてください」。彼らが輸送ヘリのチヌークで現地入りする場面も、ニワカ軍オタには面白いエピソード満載なんだが、書き始めるとキリがない。

 なんとか現地入りした面々、ドスタムに同行するのはいいが、いきなり馬で移動する羽目になる…が、誰も乗馬経験はない。郷に入れば郷に従えで、現地の流儀に合わせ溶け込もうとする特殊部隊の面々。

 冒頭の引用は、ドスタム軍が戦車を擁するターリバーンに向かい騎馬突撃する場面。ターリバーン軍はT-62やBMP歩兵戦闘車に加え、自走高射砲ZSU-23-4を水平撃ちしてくる。二次大戦の独軍の88mm砲と同じ使い方。この際のドスタム軍の戦術が、これまた鮮やか。

 F-18などの援軍と米軍の補給支援もありマザーリシャリーフ入城を果した後の描写は、先に読んだ「ノルマンディー上陸作戦1994」のパリ入城場面とダブる。文化的にはインドに近い模様で、映画はボリウッド、音楽もインディア・ポップ。

「民間ラジオ局がその日の午前三時から音楽を流し始めていた。きのうまでは音曲のような娯楽を提供するものは投獄されていたのだ」
「床屋は木の椅子を通りに出し、ターリバーンに要求されていた顎鬚を早く剃り落としたい男たちが列を成していた」

 昔のアメリカじゃ長髪が反体制の象徴だけど、あっちじゃ髭なしが反体制。

 略奪に遭う補給物資、馬に乗って衛星電話やウォーキー・トーキーを使いこなすアフガニスタン軍、夜間の高地で苦闘するヘリ、抜け目ないマスコミ、アメリカに憧れる現地の青年など、群像劇としても読み所はたっぷりで、下手な小説は軽々と凌ぐドラマチックな展開。登場人物が多く読み応えはあるが、面白さも抜群。前1/3ぐらいは少しタルいけど、後に行くほど面白さは加速するんで、我慢して読み進めていただきたい。

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2012年4月21日 (土)

カール・ジンマー「大腸菌 進化のカギを握るミクロな生命体」NHK出版 矢野真千子訳

「E・コリにあてはまることは、ゾウにもあてはまる!」  ――ジャック・モノー

【どんな本?】

 米国のサイエンス・ライターによる、最新の分子生物学の一般向け啓蒙書。分子生物学の研究で頻繁に使われるE・コリこと大腸菌を中心に、遺伝学・分子生物学の曙からシゲラこと赤痢菌の発見・抗生物質の普及と耐性菌の発生・ウイルス進化論やRNAワールド仮説など近年の研究動向・そしてインテリジェント・デザインとの論争や遺伝子組み換え作物の現状などの社会動向まで、バラエティ豊かな話題と知識を提供する。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Microcosm, E.Coli and the New Science of Life, by Carl Zimmer, 2008。日本語版は2009年11月30日第一刷発行。単行本サイズのソフトカバーで縦一段組み本文約317頁。10ポイント42字×18行×317頁=239,652字、400字詰め原稿用紙で約600枚。長編小説なら標準的な分量。

 一般向けの科学解説書であり、文章そのものは悪くないんだが、やや不親切。「プラスミド」や「リボソーム」などの単語がよく出てくるんだが、できれば細胞構造のイラストが欲しかった。まあ、高校の生物レベルの知識だし、今は Wikipedia を見ればいいんだけどね;私の科学解説書の評価は、中学卒業レベルで理解できないと「不親切」とか「難しい」って評価になるんで、そのつもりで。

【構成は?】

1 生命の軌跡
2 E・コリにあてはまることは、ゾウにもあてはまる
3 細菌単体としてのシステム
4 自然界での社会生活
5 絶え間なく流れる生命の川
6 存在を賭けての戦略
7 進化のスピード
8 オープンソースの遺伝子マーケット
9 生命の起源にさかのぼる
10 生命を人工設計する
11 さて、地球外の生命は?
 謝辞/訳者あとがき
 索引/参考文献/原注

 全般的に時代に沿って研究成果を紹介していく流れ。

【感想は?】

 こっちの脳味噌が劣化してて、本を読んでも片っ端から内容を忘れていくせいもあるが、やっぱり生物学の解説書はエキサイティングだなあ。

 冒頭の引用は、ノーベル賞受賞者ジャック・モノーの言葉。E・コリとは、大腸菌のこと。DNA上の3つの塩基は、一つのアミノ酸に対応している。これがDNAの「文字」だ。そして、ゾウも大腸菌も同じ文字を使っている。この事実を、上のように表現した、というわけ。

 大腸菌と言うとナニやら汚い印象だが、大半の大腸菌は無害、というのも意外。まあ場所によっては悪さするんだけどね。尿道や膀胱に入っちゃうと炎症を起こしたり。

 病気で怖いのが、志賀潔の研究で有名な、赤痢。日本人は赤痢菌と言ってるけど、実は大腸菌と同じだそうで。なんと、O157H7も。じゃ、なんで振る舞いが違うのかと言うと。

 特定の遺伝子を活性化したり不活性化したりするスイッチがあって、この状態で振る舞いが変わる。で、このスイッチの状態も、遺伝しちゃう。テキサスでミケネコのクローンを作ったら、性格と体格ばかりか、毛色まで違ってたそうな。元は白地に茶色と褐色と黄色のぶち、クローンは灰色のストライプ。

 このスイッチ、個体を制御するだけでなく、多細胞生物じゃ、もっと重要な働きをしてる。「あるものは肝臓の細胞になり、あるものは骨になる」。iPS細胞ってのは、このスイッチをリセットしたシロモノ、と考えていいのかしらん。

 進化の要因のひとつは、突然変異。この突然変異の発生確率が、環境で違うってのも驚き。

E・コリは痛んだDNAをポリメラーゼという酵素で修復する。ポリメラーゼには、修復に際する忠実度が高いタイプと低いタイプの二種類がある。いつもは高忠実度のポリメラーゼがすべての修復作業をおこない、(略)
DNAが大量に傷ついてしまったときには、低忠実度ポリメラーゼはDNAの修復を手伝う(略)
とはいえ忠実度が低いということは修復作業があまり正確でないということなので、修復ミス、つまり「変異」を多く残すことになる。

 遅いけど確実な修復と、手早いけど荒っぽい修復の2モードがあって、環境がヤバくなると手早い方式に切り替える。で、突然変異の発生率が「100倍から1000倍に上がる」というから凄い。断続平衡説を支持する有力な手がかりになる…のかなあ?でも、多細胞生物だと、ちと事情が違うよね。

 再び赤痢菌。戦後、水質を改善した国はみな赤痢の発生率が減ったのに、唯一の例外が日本。「発症例は1948年で2万件を割っていたというのに、1952年には11万件を超える急上昇となった」。今の日本の水道水の品質基準が厳しい理由の一つが、これかな。

 その原因の一つは、菌に抗生物質への耐性ができたこと。もう一つが怖い。ウイルスによって、耐性の遺伝子が他の菌にも運ばれたこと。こうして、急速に大量の赤痢菌が複数の抗生物質への耐性を獲得しちゃったわけ。ウイルスは多細胞生物にも遺伝子を運び、「こうしたゲノム寄生体はいまや、ヒトゲノムのおよそ8パーセントを占めている」。

 バイオハザードに対し、著者は楽観的な見解を示している。インシュリン製造など遺伝子を組み替えた細菌は、普通の細菌より、余計な仕事をしている。この余計な仕事は、自然状態では無駄なエネルギーの浪費になる。温度や栄養状態を完全に制御した環境だから、遺伝子組み換え細菌は生存できる。自然環境では、生存競争に敗れすぐ絶滅するだろう、と。

 植物だと、「2006年に植えられた遺伝子組み換え作物の約80%は同じ目的で操作されている。グリホサートという除草剤に耐性を持たせている」。が、「2~3年後には、クワモドキやヒルガオなどの雑草が畑に侵入しているのが見つかった」。耐性を獲得しちゃったわけ。「ねじまき少女」の世界だなあ。

 最後は、お決まりのネタを。「いつかヒト細胞のプログラミングをハッキングして、新しい臓器を製造することができるようになるかもしれない」。つまりネコミミ少女ですね←しつこい

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2012年4月19日 (木)

伊藤計劃「メタルギアソリッド ガンズ・オブ・ザ・パトリオット」角川文庫

 ぼくが語るのは、このスネークたちの物語。
 かつて世界を変えようとしたスネーク。世界を解放しようとしたスネーク。世界を守ろうとしたスネーク。様々なスネークがいて、様々な戦いがあった。
 ぼくはきみに、それを語りたい。

【どんな本?】

 「虐殺器官」「ハーモニー」という傑作SFを書き上げた伊藤計劃による、もう一つの長編小説であり、コナミの人気ゲームシリーズ「メタルギアソリッド」(以後MGSと略す)の4作目「ガンズ・オブ・ザ・パトリオット」のノベライズ。主人公スネークとコンビを組むオタコンの視点で、スネークの戦いと生き様を綴る。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2010年3月25日初版発行。文庫本で縦一段組み、本文約519頁+あとがき4頁に加え、なんとMSGシリーズ製作の指揮をとる小島秀夫へのインタビュー「伊藤計劃さんとのこと」11頁を掲載。9ポイント40字×18行×519頁=373,680字、400字詰め原稿用紙で約935枚の大作。

 文章そのものは読みやすいのだが、語られる設定や物語があまりに膨大かつ複雑なので、ゲームをプレイしていない読者は気を抜くと迷子になってしまう。できればまとまった時間を取って一気に読もう。

【どんな話?】

 舞台は、現代と少しだけ違う世界。冷戦が終わって民間軍事会社(PMC)が発達し、戦闘行為の多くは傭兵によって行われている。多くの困難なミッションをこなし、伝説の傭兵ソリッド・スネークとして知られる男は、反政府軍の兵に紛れ、その戦場に姿を現した。政府軍は反政府軍の動きを読んでいたらしく、反政府軍の兵を着実に狙撃していく。身動きが取れなくなった反政府軍。しかし、政府軍は容赦なく更なる攻撃手段を繰り出した…

【感想は?】

 最初にお断りしておこう。私はMGSシリーズをプレイした経験がない。MGSに関しては、ニコニコ動画で時折MGSをネタに使っている動画を見かけた程度。バンダナしたヒゲ面のムサい男が段ボール箱に隠れて…という、断片的で偏った印象だ。それでも、伊藤計劃の著作ならハズレはあるまい、と思って読んだ。結果から言えば、予想通り。むしろ、MGSこそ作家伊藤計劃の原点ではないか、とすら思えてくる。

 ゲームのノベライズは、大抵の場合ゲームのファンを読者対象に想定している。それだけに、往々にして設定などが説明不足だったりするのだが、本作は、ゲームを知らない読者でも理解できるよう、充分な配慮をしている…というか、親切すぎるかも。

 今までゲームのノベライズは幾つか読んだが、未プレイの作品のノベライズを読むのは初めてだ。つくづく感じたのが、ゲームと小説では、リアリティの演出方法が全く違うという点。小説は文章だけで伝えなければならない分、書かれた事柄の整合性には気を使う。ゲームは映像や音があるため、舞台の照明や小道具などに気を配らなければいけない。反面、映像に充分な説得力を持たせれば、理論的には無茶なガジェットも投入できる。

 現代を舞台に、ID化された銃器は時期尚早だし、PMCも相当にデフォルメしている。最後の戦闘で敵が使うアレも、口うるさいSF者ならアレコレとイチャモンをつけるだろうが、そこは作者も承知の上で、具体的な数字を出して「いや無茶だよねー」と自ら突っ込みを入れている。

 また、ゲームでは、難易度などのバランスを調整するために、現実にはありえない便利なルールや小道具を導入している。多くのシューティング・ゲームは無限に弾装を交換できるし、戦場には一瞬で移動する。この作品でも、「あ、これはゲームの仕様だな」と思わせる場面が多々ある。代表的なのが、武器洗浄屋のドレビン。小説として読むと唐突な登場なのだが、これもゲームを面白くするために必要なんだろう。

 など、「ゲームならではの無茶」を許容できる人なら、この作品は楽しめるだろう。

 そういった無茶に目をつぶると、現代の戦場が抱える問題や、先端技術が実現しつつある機能やガジェットを惜しみなく取り込み、エキサイティングな設定がギッシリと詰め込まれている。先に触れたID化された銃も、IPv6が普及すれば確実に実用化されるだろうし、多くの国が競って導入するだろう。この作品では軍用だが、むしろ警察こそ熱望するはず。

 現代の戦場と言う点では、冒頭から戦術の変化を通じて読者に大きな問題を提起する。大抵、狙撃兵は足や腕を狙う。他の兵が負傷兵を後送するので、一発の弾丸で二人を戦闘不能にできるからだ。しかし、相手が傭兵の場合は…。

 この作品はMGS4のノベライズなのだが、実際はMGSシリーズ全部の総決算といった感がある。というか、一見の読者に配慮するために、今までのMGSシリーズの設定を説明する必要があり、そのため小説としては極端に説明が多く内容の濃い歪な形になってしまった。

 きっと著者は主人公のソリッド・スネークを始め、全ての登場人物と物語世界に心底惚れこんでいるんだろう。そのため、「役割を演じる人形」ではなく、ちゃんと人生を抱えた人間として描きたかった。だから、今までのシリーズで各人物が登場したシーンも語る必要があり、シーンを語るために背景も説明せねばならず…といった風に、書くべき事柄が膨れ上がっていったんじゃなかろうか。構想の段階で作った骨組みは膨大すぎて、泣く泣くエピソードや人物を削っていったに違いない。

 こういったガジェットや世界観を、著者なりに消化して煮詰めた作品が「虐殺器官」であり、「ハーモニー」では、更にその先を見つめている。ミァハとトァンは、スネークの分身として読むこともできるだろう。

 などと書いているとMGSシリーズをやりたくなるんだが、プレイステーション3がない。しくしく。

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2012年4月18日 (水)

アントニー・ビーヴァー「ノルマンディ上陸作戦1944 下」白水社 平賀秀明訳

ナチはいつごろ降伏するのか、とジェロウが質問すると、コルティッツはこう答えた。「アメリカには、帰るに足るだけの何かが祖国にある。」が、ドイツには「将来への期待をいだかせるものは、いっさい残っていないのだ」と。

【はじめに】

 アントニー・ビーヴァー「ノルマンディ上陸作戦1944 上」白水社 平賀秀明訳アントニー・ビーヴァー「ノルマンディ上陸作戦1944 上」白水社 平賀秀明訳 2 に続く。下巻は1944年7月上旬より、パリ開放の8月末まで。

【概要】

  ノルマンディー独特のボカージュ地形に悩む、イギリス軍を中心とした連合軍左翼に対し、一気呵成にブルターニュを席巻するパットンのアメリカ第3軍。ドイツ軍はアヴランシュ奪取を目指しリュティヒ作戦を発動するが、逆に包囲殲滅の危機に陥る。

 勢いづく連合軍はパリへと向かうが、アイゼンハワーはパリを迂回しベルリンへ直行するつもりだった。連合軍の進撃を聞いたパリ市民は開放への期待 を募らせ、共産系のレジスタンスは武力蜂起へとはやる。パリ開放の栄誉を求めるド・ゴールとルクレールはアイゼンハワーへ詰め寄る。ヒトラーはコルティッ ツを国防軍大パリ司令部司令官に任命して命ずる。

 「敵が攻めてきたら、パリを破壊し、その廃墟で街の防衛にあたれ」

【感想】

 上巻は「史上最大の作戦」+αだった。下巻はそれ以後の戦いから始まって、パリ開放を扱ったラピエール&コリンズの名著「パリは燃えているか?」で終わる感じ。

 アメリカ軍とイギリス軍の戦い方、特に陸空の連携の違いを厳しく指摘してる。これはアメリカ軍が遥かに巧みであった、と。空軍が独立してる英軍と、陸軍航空隊の米軍ってのも、あるのかな?米軍は小回りの利く戦闘爆撃機P-47サンダーボルトが活躍してるのに対し、英軍は重爆撃機ランカスターハリファックスの名前が目立つのも対照的。それに対し、まったく存在感がないのがドイツ空軍。

「銀色の飛行機が見えたら、それはアメリカ軍機だ。カーキ色の飛行機が見えたら、それはイギリス軍機だ。もし機影がまったく見えなかったら、それはドイツ軍機だ」

 もう一つ、存在感の大きい機体が、パイパー・キャブ。偵察に着弾観測に包囲された部隊への輸送に将校の移動にと、大活躍。生垣に囲まれたボカージュは地上からの着弾観測が難しい。キャブで観測しつつ迫撃砲などで榴弾を空中爆発させる。独軍兵がたこつぼに篭ったら戦車の支援をうけつつ歩兵が突撃する。

 以下、エピソードをつらつらと。

【軍医】

 連合軍のある軍医曰く「三ヶ月半のあいだに6000件以上の手術をした。傷を見れば前線の状態がわかるようになった。新兵はブービー・トラップや地雷にやられる。戦闘がはじまった直後は自傷行為が多い。前進中は迫撃砲・機関銃や小火器の傷が多い。突破や陣確保の後は地雷とトラップ。膠着すると『88mmにやられた』と申告する兵が増える」

【鉄兜】

 米軍兵は鉄兜の紐を結ばない者が多かった。「近くで爆発があると、爆風で首ごと持っていかれる」と思っていたから。キッチリ締めていたのは、ゲアハート少将。なぜって、「光頭にいささかこだわりがある」…って、ほっとけ。

【圧迫か突撃か】

 戦線全体を横並びで押し上げる方針のブラッドリーに対し、パットンは兵力を一点に集中して突破する方が犠牲者が少ないと考えていた。著者の判断は、というと。「ノルマンディで苦戦したのは事実で、また地元の民間人にも大きな犠牲が出た。同時にドイツ軍戦力も大きく消耗させたため、その後のフランス開放は順調だった」と、どっちつかず。

【親衛隊】

 連合軍のイアン・フフレーザー軍医大佐がバイユー近辺の野戦病院で勤務していた時のこと。負傷した捕虜のドイツ兵とは、あいさつの交換ができる程度には人間関係を築けた。が、ある朝あいさつしても返事がない。婦長曰く「実は親衛隊兵士が一人運び込まれてきたんです」

 その兵に輸血しようとしたが、親衛隊員は拒否した。「イギリス人の血は要らない」。結果、親衛隊員は死に、軍医は他の負傷兵との関係を修復できた。

【総統暗殺計画】

 実際に実行されたヒトラー暗殺にロンメルは直接は関わっていないが、別の計画を練っていた、とこの著作では主張している。だが、ロンメルは完全な議会制民主主義を復活させるつもりはなかった。「基本的に皇帝なきドイツ帝国の再興にほかならなかった」。

【コブラ作戦】

 7月25日のコブラ作戦前の打ち合わせで、ブラッドリーは航空部隊に要請した。「あまり威力の大きくない爆弾を使ってくれ」。地面に深いクレーターができると、機甲部隊の通過速度が落ちるから。

【コブラ作戦の後始末】

 ブラッドリーはコブラ作戦に先立ち一万五千人の工兵からなる道路管理の専門部隊を編成していた。道路の穴の補修・残ったドイツ軍車輌の撤・塞がった道を迂回するバイパス道路を作るため。

【突進の効果】

 軍医曰く「猛スピードの進軍には利益がある。地雷やブービー・トラップの患者が減る」。独軍は急いで撤退するので、罠を仕掛ける暇がない。

【電撃戦】

 パットンがブルターニュを瞬く間に席巻したのには、理由がある。第六機甲師団を率いるグロウ少将に与えたパットンの指示は、「ともかくブレストを目指せ。抵抗に遭ったら、すべて迂回してしまえ」。皮肉なことに、独軍の電撃戦と同じだね。空軍を砲兵代わりに使うのも同じ。

 もうひとつ、パットンの巧い所は、情報。

パットンは、数百マイル離れた各師団と相互連絡をつける新たな手段を考案し、問題を最終的に決着させた。すなわち、「第六騎兵軍」という専門部隊を創設し、これを各方面に送り出し、自分に対して随時報告をあげさせる情報伝達システムを構築したのである。

【レジスタンス】

 ブルターニュを席巻する第六機甲師団には、地元のレジスタンスFFIが同行して協力した。ある日、物静かで階級の高いフランス人将校が集団で訪れ、協力を申し出た。が、レジスタンスの面々は怒り狂った。「奴等はヴィシー政権の軍に勤務していたんだ。それをすっとぼけて昔の軍服を引っ張り出し着込んできたんだ」

【村人】

 連合軍が村の手前に差し掛かったとき、村長が大騒ぎで車列の前に飛び出してきた。前の道路は紙切れで覆われていた。退去する独軍が埋めた地雷に、村人が総出で目印をつけたのだ。

【連合軍の補給】

 「およそ一万三千輌のトラック・戦車・ジープ・ハーフトラック・自走榴弾砲がポントーボー橋を通過しており、その平均通過ペースは30秒に一輌だった」

 ちと計算してみたが、30秒に一輌だと一日2,880輌になる。6秒に一両の間違いかな?

【戦術爆撃】

 <タイフーン>は20mm機関砲に加え8発のロケット弾を積める。が、ロケット弾8発を打ち込んだ際「戦車サイズの標的に命中させられる確率は、およそ4%」。

 後の調査によると、モルタン地区で破壊した独軍装甲車輌78輌中、航空攻撃にるものはたったの9輌。しかし、独軍はロケット弾を高く評価した。「ドイツの戦車乗員は、多くの場合、車体の外より、中のほうが断然安全なのに、なぜか搭乗する戦車を放棄している」。つまり、恐怖心だろう、と著者は推測している。これまたスツーカと同じ効果だなあ。

【補給】

 314高地に孤立した友軍に対し、米陸軍第230野戦砲大隊は奇策に出た。105ミリ発煙砲弾の中身を抜いて、血漿・モルヒネ・サルファ剤・包帯などを詰め、頂上めがけ撃ち出した…発射時の衝撃で全部オジャンになってたけど。

【夜間の陸空連携】

 夜間飛行する友軍爆撃機を誘導するために、連合軍の地上部隊が取った手段は。

 操縦手が暗闇の中でも方向を見失わぬように、上空の雲にサーチライトを当てて、「人工の月光」を作り出す手法と、自動高射砲でクリーンの曳光弾を空高く発射し、進撃方向を指示する手法とが、随時併用された。

【同士討ち】

 連合軍の空爆では時折同士討ちがおきた。米国陸軍航空隊に爆撃されたカナダ・ポーランド両軍は、黄色の発炎筒で自分たちの位置を伝えた。生憎と、米国陸軍航空隊では、黄色いマーカーは爆撃目標をしめす色だった。

【空襲目標】

 8月上旬に入ると、連合軍の戦闘爆撃機は補給用トラックを狙うようになった。これは効果的で、独軍は撤退時に燃料不足から戦車を置き去りにしはじめた。ゴムも不足し、パンクしたタイヤに空気のかわりに干し草を詰めたバスもあった。

【ティーガー神話】

じつは、連合軍の<シャーマン>、<クロムウェル>をより多く撃破したのは、ドイツ軍の戦車ではなく、各種の対戦車砲と、"ヤークトパンツァー" と呼ばれた駆逐戦車だったのである。

【負けず嫌い】

 戦場を駆け巡るパットンは重機関銃を搭載したジープを愛用した。ある時、ケナー軍医少将が同行し、二台のジープに分乗した。近隣に撤退中のドイツ兵がうじゃうじゃいるので心配したケナー少将は、「せめて自分が前の車に乗ろう」と申し出たが、パットンは…

「全力で遠慮させてもらうよ。なんでまた、この私が、他人に遅れを取らねばならないのだ」

【将校と兵】

 ドイツ軍の負傷者が750人も運ばれてきた。その一部は軽傷のドイツ軍将校で、彼らはここまで歩かされたことに文句を言った。するとその言葉を耳にしたドイツ人衛生兵の一人が言った。「私がドイツ軍にいたとき、あなたがた将校は、文句をいわず終日行軍するようわれわれに命じたではありませんか」

【タペストリー】

 パリ防衛にあたるコルティッツが篭るオテル・ムーリスは、絶え間ない銃撃を受けていた。そこにヒトラーの命を受けた親衛隊が来て、「ルーヴルの地下保管庫にあるバイユー・タペストリーをドイツに輸送せよ」と通告した。コルティッツは親衛隊にルーヴルを指差して言った。

「総統閣下の最も優秀なる兵士である君たちなら、あそこからタペストリーを取ってくることぐらい、造作もないだろう」

【ヘミングウェイ】

 レジスタンスと親しくなったヘミングウェイは、彼が連れて来た捕虜の少年兵の尋問をやらせろとせがんだ。「まずブーツを脱がせろ。ロウソクで爪先をあぶってやる」

【パリのレジスタンス】

 開放直前のパリ。共産党系の組織はドイツ軍の移動を阻むため道路にバリケードを築いた。一方、政治感覚に優れるド・ゴール派は、政府機関の庁舎を押さえた。

【捕虜】

 パリ開放に成功したルクレール師団は、もう一つ問題を抱えた。一万二千人以上の捕虜を抱える羽目になったのだ。彼らに食事と寝床を提供するのが、フランス軍の義務となった。

【女の命】

 1944年の夏、対独協力の容疑で丸刈りにされた女性は推計二万人。

【火に油】

 パリ市民は入城した米軍兵を歓迎した。米兵も羽目を外して遊びまわった。今まで溜まった給料が、まとめて支給されたのだ。

【おわりに】

 ヘミングウェイが「嫌な奴」に書かれてるのは、ちと意外。作家では、ほかにキングリイ・エイミスなんて懐かしい名前も出てきたり。いや「去勢」しか読んでないけど。ヒトラーの台詞「パリは燃えているか?」は出てこない。いけず。パリ開放では、スペイン内戦で戦った共和国派の生き残りがルクレールの師団に従軍してたり、ちょっとした因縁を感じる。

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2012年4月14日 (土)

アントニー・ビーヴァー「ノルマンディ上陸作戦1944 上」白水社 平賀秀明訳 2

 アントニー・ビーヴァー「ノルマンディ上陸作戦1944 上」に続く。ここではエピソードを中心に紹介する。

【はじめに】

 「尉官以下の人名はあまり出てこない」と書いたが、訂正する。戦闘場面に入ると、全将校が戦死したため中隊を指揮する羽目になったハロルド・E・ピーターソン一等兵や、戦車キラーとして活躍する「バズーカの猟犬」シャーキー一等兵の名前が出てくる。どうやら、名誉なエピソードでは名前を出し、そうでもないエピソードでは出さない方針の模様。

【迎撃】

連合軍上陸の報を受けたドイツ軍上層部は、反撃方法で意見が分かれた。
ロンメル「波打ち際で叩き潰すべきです」
グデーリアン「いったん上陸させてから海に叩き落そう」
ヒトラー「俺に断りなく部隊を動かすな」
ロンメル、グデーリアン「(…最悪だ)」

 波打ち際で苦しむ連合軍の描写を見るとロンメルに理があるように思えるが、グデーリアンも理由がある。制空権は連合軍が握っているため、見晴らしのいい場所だと戦車は航空機のいいカモになる。それより森の中に隠して一気呵成に反撃を、というわけ。実際は主要都市への空爆で装甲部隊の移動が阻害され、機動力が発揮できなかったのだが。

 ヒトラーが頑なな理由の一つはお決まりの死守命令だが、連合軍の欺瞞工作が功を奏した可能性も匂わせている。ノルマンディーは陽動で、本番はパ・ド・カレーだと思い込んでいたため、予備を保持したかった、というもの。

【地雷】

 沿岸砲台の現場視察に出たロンメルは防衛体制のお粗末さに呆れ、地雷原の数を劇的に増やせと指示した。現地指揮官は根を上げ、「ダミー地雷原」をでっちあげた。これは幸いして、連合軍は本物の地雷がどこにあるか混乱してしまった。

【空挺部隊】

 上陸作戦に先立ち、空挺部隊が降下した。連合軍最高司令官アイゼンハワーは兵に「つねに動き続けろ」と訓示したが、それは簡単じゃなかった。装備が重過ぎるのだ。レッグ・バッグだけでも重量80ポンド(約36kg)あった。

 空挺部隊の欺瞞工作として、コタンタン半島の付け根などに設置すると爆発する案山子のような人形を約300体投下した。

 空挺隊員は近くに牛がいると安心した。地雷が埋まっていない証拠だから。

 多くの空挺隊員を輸送したのは、ハリファックスなどの重爆撃機で牽引された木製のグライダーだ。着地の衝撃で後部に搭載した装備が前に吹き飛び、多くの隊員や操縦士を殺した。

【おばさん】

 パラシュート降下した空挺隊員には、農家のかみさんが殺到した。パラシュートがシルクだったから。

【レジスタンス】

 連合軍はフランスのレジスタンスと巧く協調した。鉄道員の組織は、ドイツ軍の兵や装備を乗せた車両を復帰が困難なトンネル内で脱線させたり、間違った路線に誘導して移動を妨げた。また、ドイツ兵員の輸送実績を伝え、連合軍はこれを元にドイツ軍の各師団の戦力を推定できた。洗濯屋は駐屯するドイツ軍兵士のシャツに記された数字を伝えた。これで師団名称が把握できた。

 ドイツは道路輸送に切り替えたが、連合軍の石油施設爆撃と相まって燃料不足に見舞われた。ゴムも不足していたが、レジスタンスは道路に鋲やガラスをまいて補給車両を止めた。

 郵便電信電話局はドイツ軍の地下ケーブルを切断した。ドイツ軍は無線に切り替えたが、無線暗号は「ウルトラ」で解読されていた。

【通信士】

 上陸作戦では連合軍の通信が混乱した。海水につかって通信機が不調になる場合も多かったが、通信士が格好の標的になったためもある。当時の機材は90ポンド(約41kg)もあったのだ。

【艦砲射撃】

 上陸支援のため、海軍は沖合いから艦砲射撃を実施した。揚陸艦艦上から距離一万ヤード(約9144m)で砲撃した自走砲もある。歩兵将校曰く「遠くから闇雲に射撃する戦艦より、海岸近くで陣地を叩く駆逐艦が有難い」

【STOL】

 オマハ・ビーチで上陸した米軍は二日目にして飛行場を作った。ブルドーザーで50ヤード(約46メートル)ほど聖地すれば、着弾観測用のパイパー・カブが離陸できた。

【ボカージュ】

 上陸後、ノルマンディーの独特のボカージュ地形が連合軍を苦しめた。道は土手の麓にあり、畑や牧草地を高さ3メートルにもおよぶ生垣が縁取っているので、迷路のように見通しが利かない。

【市場原理】

 近所の農園に疎開したカーンの市民は、乳製品の豊富さに驚いた。パリの闇市場ではバターの価格が急騰していたのだ。カーンの乳製品暴落の理由は、流通が麻痺したため農家が市場に出荷できなくなったから。

【略奪】

 ドイツ軍・連合軍双方とも市民のワインや家畜を略奪した。市民が連合軍を略奪したケースもある。狙いは、携行食料。…交換しろよ。

【士気】

 大半が徴収兵からなる軍隊における、ほとんどすべての歩兵小隊(15~30人?)において、リスクを負ったり、攻撃に参加する気構えのある兵士が、指折り数えて片手分に達することは、きわめて稀である。その一方で、その対極ともいえる、危険を避けるためなら、どんなことでも敢えてやるような兵隊の数も、同様にそんなものである。その中間を占める大多数の兵士は、勇敢なものに従ってつられて動くけれど、突然の惨事に遭遇すると、今度はいちばんの臆病者に従って、たちまち総崩れを引き起こすのである。
 (略)ソ連赤軍においても、事情は似たようなもので、戦闘中、兵士の10人に6人は、手にした小銃を一度も発砲しなかったことが、将校たちによって確認されている。

【陸空連携】

 6月10日の時点では、米陸軍の前線部隊が航空支援要請してから戦闘爆撃機が到着するまで、少なくとも3時間かかった。7月10日頃になると、陸上部隊には航空連絡将校が随伴し無線で支援を要請する。「P-47<サンダーボルト>の一個飛行隊がやってきて、通常は15分ほどで、敵防御陣地を破壊してくれる」。

【補給能力】

 連合軍は上陸後シェルブール港占領を目指しコタンタンを突き進んだが、実はビーチ経由の陸揚げ量の方が多かった。1944年8月の一ヶ月、シェルブール港の貨物取り扱い量は266,804トン車両817輌に対し、ユタ・ビーチは187,973トン車両3,986輌、オマハ・ビーチ351,437トン車両9,155輌。

【東西協力】

 赤軍の連絡将校ワシリエフスキー大佐がイギリス軍将校に進軍速度の遅さを批判した。イギリス軍将校は東部戦線の地図を持ち出し、「あなたの原隊の師団の場所を示して欲しい」と頼んだ。その戦区は長さ600マイル(約966km)にドイツ軍9個師団が展開している。イギリス軍将校は指摘した。「われわれの前のドイツ軍は10個師団、うち6個は装甲師団であり、わずか62マイル(約100km)の戦線に展開している」

【戦術】

 上巻だとドイツ兵は歴戦のつわもの、連合軍は素人の集まりという印象がある。兵器では独軍の88mm砲(高射砲を対戦車砲に流用)とティーガーが大暴れ、シャーマンはやられ役。でもシャーマン、第三次中東戦争じゃアイ・シャーマンに進化して大暴れするんだけど。

  • 独軍の攻撃にあうと連合軍兵士は地面に伏せたが、前に突撃する方が安全だったし、ブラッドリーも「伏せずに前進しろ」と指示した。独軍は、樹上に潜む狙撃兵のライフル一発で米小隊を匍匐させ、迫撃砲で集中攻撃をかけた。
  • 「狙撃兵に撃たれたら動くな、動くと止めをさされる」
  • 連合軍は狙撃兵を恐れたが、独軍はあまり狙撃が巧くなかった。訓練期間が取れなかったためだろう、と著者は推測している。「小銃や機関銃よりも、迫撃砲による負傷者、戦死者の方が三倍も多かった」
  • 独軍の壕は巧みだった。頭上には砲弾破裂で飛ぶ破片を防ぐ覆いがあり、生垣をくぐるトンネルが四方八方に通っていた。連合軍が敵陣地を潰したと思って通過すると、トンネルを通って独軍が陣に戻り、連合軍を後ろから叩く時もあった。
  • 連合軍は独軍の陣を占領すると気が緩み、壕をそのまま利用した。独軍は自陣の壕の座標を予め記録してあり、連合軍の兵が壕に転がり込むと、独軍の砲兵の的になった。
  • 建物を確保するには、いきなり上の階を攻撃すべし。一階を通過して裏庭に出ると、二階に潜む敵に攻撃される。
  • 連合軍は将校の戦士率が高かった。地図を掲げるためのマップ・ボードは日光があたると反射する。独軍はそれを目印に幹部の集まる場所を特定できた。
  • 独軍はトラップが巧みだ。
    • 自陣の前に砲弾のクレーターがあれば、その穴の底に対人地雷を仕込む。攻撃された連合軍の兵は穴に飛び込み、地雷の餌食になる。
    • 陣を放棄して撤退する際は壕に手榴弾を一箱残す。手榴弾のいくつかは細工して、ピンを抜いた瞬間に爆発する。
    • 道路を横切る形で針金を張っておく。ジープで通過すると首が…
    • 当然、生垣の影には狙撃兵や突撃砲が隠れている。

 とはいえ、連合軍にだって脳みそはある。第二機甲師団「第102騎兵偵察大隊」カーティス・G・キューリン軍曹は、生垣を撤去するため、シャーマン戦車の先端部分に、鋼鉄製の桁を溶接付けした。その威力を確認したブラッドリー将軍は、早速改良版を採用した。名づけてライノー<犀>戦車。腕のいい操縦手だと二分半で土手と生垣を貫通する切り通しが掘れる。

 以降、アントニー・ビーヴァー「ノルマンディ上陸作戦1944 下」白水社 平賀秀明訳 に続く。

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2012年4月13日 (金)

アントニー・ビーヴァー「ノルマンディ上陸作戦1944 上」白水社 平賀秀明訳

「自分の右を、次に左を見てみろ。ノルマンディーの最初の一週間が終わったあと、残っているのはおまえただ一人だ」

【どんな本?】

 1944年6月6日。第二次世界大戦における西部戦線の大転換点であり、同時に史上最大規模の強襲揚陸作戦でもある、ノルマンディー上陸作戦。元英国陸軍士官でもある著者が、作戦前夜からパリ開放までの約三ヶ月間を、主に前線で戦う連合軍の陸軍将兵を中心に、ドイツ側の対応や地元のフランス民間人のエピソードも交え描く、大作ノンフィクション。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は D-DAY The Battle for Normandy, by Antony Beever, 2009。日本語版は2011年8月10日発行。ハードカバー上下巻で縦一段組み本文約508頁+448頁に加え、訳者あとがき5頁。9ポイント46字×20行×(508頁+448頁)=879,520字、400字詰め原稿用紙で約2199枚。長編小説なら4冊分の大ボリューム。

 アントニー・ビーヴァーの作品は「スペイン内戦」で相当に難渋したんで、ある程度の覚悟はしていたんだが、拍子抜けするほど読みやすかった。これは訳者の差だろう。平賀氏は相当に「素人向けの読みやすさ」を重視している模様。とはいえ、一般にこういう広範囲の戦線を扱う戦争物は、登場人物も多く話題も多岐に渡る。また、戦場地図も豊富に掲載しており、アチコチで地図を参照しながら読み進む形になるので、相応の時間と心構え、そして複数の栞が必要。

【構成は?】

上巻
  用語解説/凡例
 第1章 決断
 第2章 「ロレーヌ十字」を身に帯びて
 第3章 イギリス海峡に目を光らせる
 第4章 侵攻地域を封鎖せよ
 第5章 深夜の空挺作戦
 第6章 大艦隊が海を渡る
 第7章 「オマハ・ビーチ」
 第8章 「ユタ・ビーチ」と空挺部隊
 第9章 「ゴールド・ビーチ」と「ジュノー・ビーチ」
 第10章 「ソード・ビーチ」
 第11章 海岸堡をかためる
 第12章 カーン占領にしくじる
 第13章 ヴィレル=ボカージュ
 第14章 コタンタン半島のアメリカ軍
 第15章 「エプソム作戦」
 第16章 "ボカージュ"の戦い
 第17章 カーンと「ゴルゴダの丘」
下巻
  用語解説/凡例
 第18章 サン=ロー攻略へ
 第19章 「グッドウッド作戦」
 第20章 ヒトラー暗殺計画
 第21章 「コブラ作戦――戦線突破」
 第22章 「コブラ作戦――戦線崩壊」
 第23章 ブルターニュ遠征と「ブルーコート作戦」
 第24章 モルタン反攻 ドイツ名「リュティヒ作戦」
 第25章 「トータライズ作戦」
 第26章 金槌と金床
 第27章 「ファレーズ攻囲網」――殺戮の戦場
 第28章 「パリ蜂起」とセーヌ川一番乗り
 第29章 「パリ開放」
 第30章 その後のこと
  謝辞/訳者あとがき
  口絵写真説明と地図一覧/主要参考文献/主要国の部隊名索引/人名索引

 基本的に話は時系列順。上巻は作戦直前の1944年6月2日から7月上旬まで、下巻はパリ解放後の8月末まで。

【感想は?】

 今のところ上巻しか読み終えていないけど、とりあえずの印象を。

  英国陸軍出身者の著作ではあるが、決して身びいきはしていない。むしろ連合軍、特に英国陸軍の作戦や体質の問題点を厳しく指摘している。とはいえ、単に糾弾するだけではなく、「比べて米軍では…」とか「ドイツ軍は…」などと対比して、「巧くやる方法もあるよ」と前向きな話もしているのが特徴。

 同じテーマを扱った作品では、コーネリアス・ライアンの傑作「史上最大の作戦」がある。ライアンの著作は上陸作戦だけで終わっているのに対し、こちらはパリ開放までを扱っているため、重複する内容は上巻の前2/3程度。ライアンは兵や現地の民間人の登場が多く、民間人の人名もよく出てくるのに対し、こちらは尉官以下の人名はあまり出てこない(どうやらこれは私の勘違いだった模様)。佐官でも、不名誉なエピソードの場合は「ある指揮官」などといった書き方になっている。

 この辺はジャーナリストのライアンと元軍人のビーヴァーの違いなんだろう。その分、当著は、細かい戦術的な話や、戦争神経症の話が豊富に出てくる。ヴィレル=ボカージュ独特の地形で連合軍が苦闘するエピソードや、歴戦のドイツ兵捕虜が連合軍の兵を批判するくだりは、さすが元軍人と感心させられる。とはいえ民間人を無視しているわけではなく…

唯一確実なのは、侵攻作戦の最初の24時間に、フランスの民間人が3000人殺されたという事実である。この数字は、アメリカ軍全体の戦死者数の二倍に相当した。

 なんて、厳しい指摘もしている。イギリス人の著者ではあるが、モントゴメリーには批判的で、アイゼンハワーやブラッドリーに同情的。上巻しか読んでいないので、暴れん坊パットンの活躍はこれからだが、、果たしてどんな扱いになるのやら。前線の将兵では、歩兵の描写の比重が高いのも特徴。註ではあるが、こんな記述もある。

第二次世界大戦において、海外に派兵されたアメリカ軍兵士のうち、歩兵はわずか14%を占めるにすぎないが、彼らの損耗率は70%を超えていた。ノルマンディーにおいては、歩兵のじつに85%が犠牲になった。

 戦争神経症も大きく扱っていて…

すべての兵科のなかで、歩兵がいちばん多く神経症に見舞われることは、確かな事実のように見える。(略)一方、戦車乗務員は、戦争神経症にかかる比率がはるかに低かった。装甲をほどこした車両につねに守られていることも理由のひとつだが、戦車兵特有の濃厚な人間関係も影響しているのだろう。

 と、歩兵に同情的。
 全般的に人が死にまくる本なんだが、今日は少しクスリとした所を引用して終えよう。これ、昔から死亡フラグだったのね。

 塹壕戦がつづき、死と隣り合わせの日々を送っていると、さまざまな迷信が流布するようになる。「今度あれをやるつもりだ」とか、「俺が帰国したら」などとあえて口にして、運命をわざわざ危険にさらすようなバカはほとんどいなかった。

 などととりとめのない形で、次回へ続く。

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2012年4月11日 (水)

笹本祐一「ARIEL EX」SONORAMA NOVELS

「また、この銀河のどこかで、ろくでもないことを企んで いるものがいるのだろう」

【どんな本?】

 突然、地球は侵略を企む異星人の大艦隊に包囲された。かすかな希望は天才科学者岸田博士とその組織 SCEBAI が密かに開発した二足歩行の巨大ロボット ARIEL のみ。地球の命運を懸け、ARIEL に乗り込み極悪非道なゲドー社と、その手先のタレ目艦長に立ち向かう河合美亜・岸田絢・岸田和美の三人の美少女の活躍を描く、長編ロボットSFシリーズ番外編

 …の筈なんだが、この巻では絢ちゃんと和美ちゃんの出番はなし。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 ソノラマ文庫より2005年刊行の「侵略会社の新戦艦」と、2006年刊行の「家出艦長の里帰り」合本+書き下ろし追加。合本は2011年7月30日第一刷発行。新書版で縦二段組、本文約472頁+あとがき3頁+松浦晋也の解説「笹本祐一の肖像」6頁。8.5ポイント23字×17行×2段×472頁=369,104字、400字詰め原稿用紙で約923枚。ほぼ長編2冊分。

 文章そのものは読みやすいのだが、今回は大艦隊相手のバトルをリアリティたっぷりに繰り広げるので、お堅い言葉がポンポン飛び出す。また、「終わりなき戦い」は、かなり設定がややこしいので、出来れば9巻から通しで読もう。

【収録作は?】

#1 謎の実験戦艦
#2 ルキフェラス出航
#3 ルキフェラス対第三艦隊
#4 家出艦長の里帰り
#5 幸せに効く薬
プラス1話 終わりなき戦い(後編)
 あとがき/解説(松浦晋也)

 タイトルこそ ARIEL だが、「終わりなき戦い」を除けば ARIEL はおろか地球人の出番なし。ハウザー艦長が出ずっぱりで主役を張る。

【どんな話?】

 やっと地球侵略が終わったハウザー艦長は、満身創痍の老艦オルクスと共に、核恒星系へと帰還した。長期の乗艦任務が続いていただけに、乗務員の有給休暇も溜まっている。乗務員には休暇を与えるとして、艦長のハウザーと経理部長のシモーヌには、二つの重大任務が課せられた。ひとつは、老艦オルクスの代艦を探すこと。そしてもう一つ、ダイアナから与えられた任務は…

【感想は?】

 大団円…と言いたいところだが、最後までいじめられますハウザー君。

 なんと言っても上司がダイ姉ちゃん。最後の最後までコキ使われまくり。この巻でも、四六時中ため息ばかりついてる。ダイ姉ちゃんだけでも辛いのに、この巻では…

 と、まあ、本人は不幸と感じてるようだけど、ハタから見るとむしろ最高に充実した人生を送っている様にしか見えないんだが、どうなんでしょうねえ。有能な人間が、能力を最大限に活かせる環境と目的を与えられ、次々と実績を作る。私生活でも、まあ、アレだ。贅沢だよなあ。文句を言ったらバチがあたるぞ。

 他の面では乗務員も艦長の味方だけど、ダイ姉ちゃんが絡むとシモーヌはおろかデモノバまでハウザーの意向を先読みして逃げ道を塞ぐからタチが悪い。結局は白旗をあげる羽目になる。哀れ。

 そのダイ姉ちゃん、壮大な野望を持っているようで、今回の任務では新造艦ルキフェラスに加え、これまたトンデモない助っ人を連れてきて、艦の試験航海と同時に現場部隊の能力も検証している模様。

 新しい乗艦となるルキフェラスが、これまた大変なソロモノで。艦のサイズこそ小さいものの、能力は格段の差。この変は、第二次大戦当時の大艦巨砲主義から、現代のイージス艦への移行を思わせる。なんたって、ルキフェラスの最大の特徴は…

 このルキフェラスを使っての、最初の試験航海で与えられた任務ってのがまた、いかにもダイ姉ちゃんらしい凄まじいシロモノで。今まで恒星間航行すら実現していない野蛮人が住む辺境で老艦を騙し騙し運用し、チマチマと期限を引き延ばしていたのが嘘みたいな大仕事。ハウザー以下の乗務員も張り切って銀河を駆け巡りまくる。これぞスペース・オペラって感じの、爽快な大冒険を繰り広げるからたまらない。

 後半では、ハウザーが与えられた、もう一つの任務が主題。そう、今まで ARIEL を読んできた人ならだいたい想像がつく、まあそういうこと。とはいえ、そこは不幸体質のハウザー、いく先々でアクシデントふが起こりまくり。ちょっとした挨拶に出向くつもりが、大変なことに。

 間がいいというか悪いというか、久々の現場で張り切ったのはいいが、お歴々が勢ぞろいした場所で、これまた大変な宣言をする羽目に。しばらくはニュースやワイドショーの話題の渦に巻き込まれたんだろうなあ。下手な真似したら、何書かれるかわかんないね。ここまでドラマチックなのも、滅多にないし。

 いよいよ惜別の雰囲気が濃いこの巻、末尾を飾るのは「終わりなき戦い」完結編。ややこしい膠着状態に陥ってるロクサン18星系に殴り込んだルキフェラス、なぜかちゃっかり侵入している岸田博士を初めとする困った面々。ルキフェラスが展開する幽霊艦隊の正体を、海賊にもたらす岸田博士の思惑は…

 今までピンとこなかったルキフェラスの能力が、この巻で明らかになってるだけに、この巻に収録したのは巧い構成で、ハウザーの作戦がグッと迫真性を増してる。と同時に、ダイ姉ちゃんのロクでもない思惑の片鱗が、この「終わりなき戦い」で垣間見えるのも読みどころ。由貴ちゃんも、相変わらずの態度なようで、いい就職先を見つけたというか、鬼が金棒を手に入れたというか。こういう手口を使うなら、そりゃ話が早いよねえ。これから銀河はどうなるんだろう。

 …と、人気シリーズの最終巻に相応しく、全てが収まるところに綺麗に収まり、悪の侵略者の首領ハウザーがトコトン苛められる最終巻。やっぱり悪の侵略者は懲らしめないと、ねえ←違う

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2012年4月 9日 (月)

三島浩司「ダイナミックフィギュア 上・下」ハヤカワSFシリーズJコレクション

 「シキサイ出獄。本船機影に追従させろ。以後、独断攻撃に過度の制約は加えないものとする」

【どんな本?】

 気鋭のSF作家、三島浩司が戦闘ロボットを描く長編SF小説。SFマガジン編集部編「このSFが読みたい!」2012年版でもベストSF2011国内編で3位に輝く高評価を受ける。主な舞台は近未来の日本、香川県。二足歩行の巨大ロボットが自衛隊と共に、異星人が生み出した謎の生命体キッカイを相手に熾烈な戦闘を繰り広げる。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2011年2月25日初版発行。ソフトカバー縦2段組で上下巻、上巻約396頁+下巻約374頁。8.5ポイント25字×19行×2段×(396頁+374頁)=731,500字、400字詰め原稿用紙で約1829枚。長編小説3~4冊分の大ボリューム。

 戦うロボット物にありがちなように、作品世界の専門用語や概念が頻繁に出てくるので、そういうのが苦手な人には少し辛いかも。登場人物が多いわりに、あまり人物の書き分けが巧くできていない。頻繁に視点が切り替わるのだが、切り替わって数行は、誰の視点なのかよくわからないので、少々戸惑う。

【どんな話?】

 近未来。突然飛来した異星人カラスは、地球の極軌道を巡るリングSTPFを作る。リングの一部は地球上の数箇所に落下、その一つは徳島県の剣山に落下した。リングを構成する物質は究極的忌避感という一種の精神フィールドを発生するため、生物は近寄れない。

 剣山周辺の生物は死滅したが、かわりにキッカイという化け物が大量に生まれ、拡散しようと集団で周期的に香川県へと北上を試みる。キッカイは絶命時に特殊な器官「走馬燈」で個体が学んだ概念を仲間に伝え、急速に進化する。当初は6速歩行だったキッカイだが、二足歩行の個体も増えてきた。必死の防衛する自衛隊だが、キッカイの進化は止まらない。

 日本政府は事態を打開するため二足歩行の特別攻撃機ダイナミックフィギュアを開発するが、その圧倒的な戦闘力に恐れをなす海外諸国の執拗な干渉を受ける。ダイナミックフィギュアのオペレーターに採用された19歳の栂遊星は、同僚の藤村十・鳴滝調と共にキッカイに立ち向かう。

【感想は?】

 惹き文句には「リアル・ロボットSFの極北」とあるけど、このリアル・ロボットというのは、スーパーロボット大戦でいうリアルロボットなんだろうなあ。って、プレイステーション用の第三次スーパーロボット大戦しか知らないけど。身長は明示されてないが20mぐらい、必殺技は叫ばない、装甲は紙、武装は交換可能。

 ロボット物SFといっても色々あって、例えばアシモフや瀬名秀明のように「人間の対比物」として使う場合もあるけど、これは兵器としてのロボット。つまりはガンダムやマジンガーZの系統。ロボット物として見ると、確かにマジンガーZよりガンダムに近い。必殺技は無いし、開発は個人じゃなく国家機関、敵は単体じゃなく集団だし、何より自衛隊と共闘する。

 兵器としての二足歩行ロボットにリアリティを持たせるのは、結構難しい。恐らく競合する兵器は戦車と戦闘ヘリなんだが、背の高いロボットは敵から狙いやすい上に装甲も厚くできない。スパロボ的に言えば回避率が低く紙装甲。戦闘ヘリに比べても機動力で劣る。いいトコなしなのだ。

 そこをなんとかするのが作家の腕の見せ所。この作品はキッカイという敵の設定で二足歩行ロボットの必要性を作り出している。キッカイは生物で、高い知能を持たない。巨大野生動物、どころか序盤はゾンビ並みのお馬鹿さ。よって飛び道具がないんで、打たれ弱さは大きな問題にならない。とはいえダイナミックフィギュアの打たれ弱さは相当なもんで、コケて転んだだけでも破損しちゃう。

 ところが死に際に走馬燈を使い、自分が学んだ概念を仲間に伝え進化を促す。飛行の概念を学ばれると厄介なので、戦場は飛行禁止だ。よって戦闘ヘリは使えない。どころか、90式戦車も翼のついた滑空砲が使用禁止なため、主砲をライフル砲に換装している。

 と、そんなわけで、戦車に勝る機動力と、状況に応じて武装を交換できる柔軟性・用途の広さが、二足歩行ロボットの強みとして生きてくる。まあ、実際に読み進めると、それどころじゃないシロモノなんだけど。

 キッカイの「個体が学んだ概念を死に間際に仲間に伝える」という性質が厄介で、自衛隊も全力を出し切れない。単に叩くだけなら多弾装ロケット砲、どころか迫撃砲あたりで面制圧しちまえば一発なんだが、仕留める前に体内の走馬燈を始末して進化を防ぐ必要がある。ってんで、普通科(要は歩兵)の方々が地道に精密射撃で走馬燈を潰していく。大変だわ。この走馬燈の処理も、ロボットの長所として絡んでくるあたり、芸が細かい。

 戦車や戦闘ヘリとの違いは他にもあって、可動部の多さによる操縦の困難さ。いちいち銃を握る5本の指なんかリアルタイムで指示なんかしてらんない。その辺の処理も、ちょっとした読みどころ。

 もうひとつ、この作品の特徴が、主系パイロットと従系オペレーターという概念。主系パイロットは、普通のロボット物みたく、ダイナミックフィギュアに乗り込んで操縦する。対して従系オペレーターは、既存の無人攻撃機と同様、「リモコン」で操縦する。鉄人28号のパターン。操縦機はあんな簡単なモンじゃなく、シミュレーターなんだけど。この二つの操縦パターンを持つ事で、作戦行動に大きな幅ができた。その辺も読んでのお楽しみ。

 実はこの記事を書く前に、他の人の書評をいくつか読んだんだが、皆さん新世紀エヴァンゲリオンを意識して読んでる。意外に思ったんだが、人間関係を考えてやっと納得がいった。どこが、というと。

 エヴァンゲリオンには色々特徴があるが、この作品と共通しているのが、パイロット以外のNERVの面々の存在感が大きい点。特に作戦行動中のミサトさんは迫力があったし、ゲンドウは胡散臭さプンプン。しかもNERVの裏にゼーレなんてのがあって。この作品でも、オペレーターやパイロットを補佐する面々の存在感が大きい。特に女性陣の香月さんと安並さん。下巻に入り終盤で安並さんにスポットライトがあたるシーンは、今までとの落差も手伝って、この作品で最高に盛り上がる。

 その割を食っちゃったのが、主人公の栂遊星をはじめとするオペレーター/パイロットたち。特に栂、ロボット物の主人公にしては「いい子」すぎてチト物足りない。幼い頃から重機で遊んでいたためか、あらゆるマシンの操縦に優れる。だがそれを鼻にかけるでもなく、常に周囲との調和を図ろうとする。ガンダムだと…ミライさんが一番近いか。

 と、あましトンガってない性格だし、周囲は大人ばかり。血気にはやる若者の暴走という描写も少ないので、いまいちキャラが立ってない。周囲が年上ばかりなので、基本的に「素直に学ばせていただきます」な姿勢で話が進んでいく。

 リアルというのは社会・組織的な面を言ってるんだろう。ハードウェアの方面は、結構無茶やってる。そもそもエンジンが謎だし(これは後半で重要な意味を持ってくる)、究極的忌避感ってのも、あましサイエンスっぽくない。そういう意味ではマジンガーZ、というよりゲッターロボかな。

 最終決戦のあたりは、もうノリで行ってる雰囲気…なんだが、正直、終盤になるまで、ノリがよくわからなかった。安並さんオンステージで「ああ、そういうノリなのね」と、やっと納得できた次第。

 自衛隊とロボットの共闘というと、私はガンパレード・マーチが思い浮かぶ。機会があったら読み比べて欲しい。やたら長いのが欠点だけど、とりあえず「5121小隊の日常」と「5121小隊 決戦前夜」だけでも。

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2012年4月 4日 (水)

ボビー・ヘンダーソン「反★進化論講座 空飛ぶスパゲッティ・モンスターの福音書」築地書館 片岡夏実訳

 免責事項
 パスタファリズムは、実証的証拠に基づく唯一の宗教であるが、同時に、本書は信仰を基礎とする本であることに留意されたい。注意深い読者は、本文の至るところで欠陥や矛盾に気がつくだろう。あからさまな嘘や誇張も見つかるかもしれない。それらは読者の信仰を試すために配置されたものである。

【どんな本?】

 多くの新興宗教の中で、近年最も急成長を遂げ注目を集めているのは、スパモンこと空飛ぶスパゲッティ・モンスター教(FSM, Flying Spaghetti Monster)であろう。主にインターネットを介して活発な布教活動を行い、北米を中心に全世界で一千万人の信者を擁しているといわれる(主催者発表)。

 本書は、スパモンの中心人物である預言者ボビー・ヘンダーソンが記す、スパモン教の教義であり、その実証的根拠を示した経典であり、布教活動の実践的なマニュアルである。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Gospel of the Flying Spaghetti Monster, By Bobby Henderson, 2006。日本語版は2006年12月4日初版発行。ソフトカバー横一段組みで本文約167頁。9.5ポイント32字×30行×167頁=160,320字、400字詰め原稿用紙で約401枚だが、写真や図版が多いので実質的な文字量はその7~8割。

 お堅い宗教書のはずだが、どうも原書は現代英語の俗語口調らしく、一部の O'Reilly の本のように妙にくだけてユーモラスな雰囲気だ。著者は預言者という肩書きに似合わず米国TVのコメディ番組やバラエティ番組に詳しいようで、有名な司会者や出演者の名前が頻発する。が、心配ご無用。ちゃんと訳者が注釈をつけている。

【構成は?】

 訳者まえがき/謝辞/免責事項/読者のみなさんへ
科学の誤算
パスタファリズムの解説
布教活動
 ボビー・ヘンダーソンと仲間たちから最後のメッセージ/訳者あとがき

 ボビー・ヘンダーソン著とあるが、実際は多数の著者が多くの文章を寄稿している。こういう本は荘厳な雰囲気が重要だ。訳者もそこを充分に承知しているらしく、訳者紹介の最後の一行まで周到な配慮がなされている。

【感想は?】

 これは魅力的な教義だ。スパゲッティと言うから蕎麦やうどんはダメなのかと思ったら、どうやら構わないらしい。ただ、スパゲッティを一時間も茹でるのは、少々茹ですぎな気もする。私は麺類はコシが強い方が好きなのだ。特にきしめん。関西風の琥珀色にきらめくタレの中で泳ぐ麺が、口の中で暴れる感覚は法悦の域に達している。

 祈りの言葉は「ラーメン」。著者はアジアの麺類に詳しいらしく、中国のチャーメン・タイのパドタイ麺、そして日本のラーメンを挙げている。ラーメンに至っては、イスラム教のラマダーンに該当するラーメンダンに於いて重要な役割を果たす。というか、USAでも袋入り即席ラーメンは簡単に手に入るんだなあ。

 教義そのものはシンプルだ。空飛ぶスパゲッティ・モンスターが世界を創造し、生物の進化を制御した、というもの。インテリジェント・デザインに比べると論理的であり(いや私はインテリジェント・デザインの細かい話は知らないけど)、例えば古代人が現代人より背が低い理由もわかりやすく明確に示している。

 お堅い福音書でありながら、多くの図表やイラストを掲載し、飽きっぽい読者の便宜を図っている点も高く評価したい…少々スパモンの絵は芸術性に欠けるが。先の古代人の背が低い理由も、一見で理解できるイラストがついている。そう、人口が増えると背が高くなるのだ!

 この本は、公平な本でもある。スパモンとは異なる意見を持つ人の文章も、わけ隔てなく収録している。これは宗教書として画期的な編成といえよう。この文章によると、預言者ボビー・ヘンダーソンは独裁者の座を狙う共産主義者であり、遺体安置所で寝る者である。もっと重要な示唆もある。進化論の有名な支持者はダーウィン,アインシュタイン,スティーヴン・ジェイ・グールドなどの科学者だが、彼らは公の場で進化論を主張しない。これは重要な指摘だ。

 進化論への批判も痛烈だ。スパモン教は主張する。ヒトの祖先が海賊である、と。これは、ヒトの祖先がサルである、と主張する進化論より、遥かに直感的に受け入れやすい。ばかりでなく、キチンと科学的な理由も挙げている。そう、DNA解析である。なんと説得力に富むことか。

 なぜ海賊なのか。これについては色々あるが、とりあえず海賊の減少と温暖化の関連を示したグラフが印象深い。特にグラフの右端で折れ線グラフの線が急激に上昇しているのが気がかりである。せめてハロウィンには海賊に扮して子供にキャンディーを配るべきではないだろうか。そしてハロウィンの海賊が姿を消すと、気温は下がる。海賊は気候に大きな影響を与えるのである。

 なんといっても、スパモン教は手法が斬新である。「まず結論をはっきりと定め、次にそれを裏付ける証拠を集める」。画期的な方法と言えよう。どうにも都合の悪い文書は、誤訳か誤植、または暗号であり元の言葉がすりかえられた、とすればよい。実に便利だ。

 布教活動のマニュアルも実践的である。例えば子供を勧誘するには海賊の話をせよ、とある。この手法は、特に某ゴム人間が人気を博している日本に於いて絶大なる効果を発揮するであろう。今後、日本でスパモン教が急成長を遂げるであろう事は確実である。

 モルモン教徒には戸別訪問せよ、とある。日本ではエホバの証人が戸別訪問に熱心だ。彼らは訪問者を暖かく迎えるであろう、たとえ朝の五時であっても。なんたって、彼ら自身が戸別訪問を盛んにしているのだから、我々が訪ねた時も歓迎してくれるはずである。

 …ということで、私も暫くスパモンを試してみようかしらん。大丈夫、30日間のクーリング・オフが設定されてるから。

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2012年4月 3日 (火)

マイケル・ウェランド「砂 文明と自然」築地書房 林裕美子訳

 ぬれていれば砂だけで城をつくることができるのはなぜだろうか。砂が「どの程度」ぬれているかということが、なぜそれほど重要なのだろう。砂浜の波打ち際についた足跡のまわりには、なぜ水気が少なくて白っぽい部分が「輪郭」のように広がるのだろう。ぬれた砂は乾いた砂より黒っぽいのはなぜなのだろうか。

【どんな本?】

 砂はいつ、どこで、どうやってできるのか。どんな砂があるのか。海の砂と陸の砂はどう違うのか。なぜ砂丘ができるのか。砂から何がわかるのか。人は砂をどう使い、どう砂と戦ってきたのか。地質学・化学・物理学などの科学から、砂漠のほとりで生活する人たち、そして砂を使った芸術などの文化に至るまで、地質学者である著者が砂をテーマに綴る、一般向けの啓蒙書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は SAND : A Journey Through Science and the Imagination, by Michael Welland, 2009。日本語版は2011年8月10日初版発行。ハードカバー縦一段組みで本文約377頁。9ポイント49字×20行×377頁=369,460字、400字詰め原稿用紙で約924枚。長編小説なら2冊分に少し足りない程度。

 翻訳物の科学啓蒙書としては、標準的な読みやすさ。ただ、地質学関係の書籍だけに、アメリカ合衆国や欧州の地名が頻繁に出てくるので、真面目に読む人は地図か GoogleMap で確認しながら読む羽目になる。

【構成は?】

 序章
第1章 砂つぶの生い立ちと性質
第2章 砂が集まる不思議な世界
第3章 砂が連想させるもの――大きな数
第4章 川から海へと旅する砂たち
第5章 波、潮流、ハリケーンにもまれる砂の旅
第6章 風に吹かれてできる砂漠
第7章 過去を証言する砂
第8章 砂が連想させるもの――伝承と芸術
第9章 人の生活の中で活躍する砂
第10章 地球を超えて 時間を超えて
 エピローグ ツタンカーメンの砂漠ガラスの謎
   参考書籍・文献・サイト/索引/訳者あとがき

【感想は?】

 砂というと小さいものだけに、やたらチマチマした本かと思ったら、とんでもない。まあそういう顕微鏡的な世界の話も出てくるんだけど、地質学者の書く本だけあって、時間的にも数十億年という単位に及び、空間的にも最後には銀河系スケールの話が出てくる。

 砂は主に岩石から生まれる。大抵はケイ素(Si)1個につき酸素2個が、「互いに結合してピラミッド構造が連なるおそろしく強固な鎖をつくり、その鎖どうしもつながってDNAと同じような長い螺旋構造になっている」。かと思えば生物由来の砂もあって、「貝やサンゴなどの海洋生物の硬い骨格など」。有名な星の砂とかは有孔虫の殻。

 粒子として砂を見る話は、「よくわからない」って結論が頻繁に出てくる。例えば「なんで風が吹くと砂漠に波紋みたいな模様ができるのか」も、よくわからない、としている。ひとつは砂の跳ね方で、小石が多い所では砂がよく跳ねるので、集まりにくい。砂が集まってる所は砂が跳ねないので、更に砂が集まる。

 これを巧く使った砂よけの方法があって、小石や砂利をまく事。小石や砂利は砂を跳ね飛ばすので、砂丘に埋まらない。また、意外に思ったのが、「砂漠の砂は角が丸く、川や海岸の砂はトンガってる」という現象。砂漠の砂は風に飛ばされ激しく衝突するので角が取れ、水中で動く砂は強い衝撃を受けないんでトンガったまま。ほー。

 川が蛇行する理由も「よくわからない」としつつ。カーブだと外側の流れが速く内側は流れが遅い。外側は岸を削ってより外へ張り出し、内側には土砂が堆積して「寄り洲」ができる。そうやって曲がり方が更にキツくなる。この移動量もバカにならなくて、「ミシシッピ川は、人間の干渉がまだそれほどでなかった時代には、毎年横方向に60メートルも移動していた」。川辺ってのは、地味は豊かだけど、生活空間としちゃあまし安定してないわけ。

 濡れた砂が固まるのは、水の表面張力のため。1%~10%が適量だとか。「粒子と粒子の間の空間に水と空気の境界面があり、その面積が大きいので表面張力が働いて粒子どうしがくっつく」。水すげえ。どころか、砂中に住む細菌を使うと…

 砂の粒子の間に生息するバチルス・パステウリイという細菌を利用する方法で、カリフォルニア大学デイビス校での研究からは、この細菌が方解石(炭酸カルシウム)をつくり出し、それが析出して粒子をつないで固めることがわかっている。培養した細菌を砂に混ぜ、栄養をたっぷりと与えて酸素を供給すれば、さらさらの砂が硬い岩になるのだ。

 バイオ・ナノテク工法とでも言うか。
 地質学者だけあって、過去の地球の話も沢山出てくる。大陸移動説の話が多いが、やっぱりハイライトは6500万年前の恐竜絶滅の原因といわれる大隕石。メキシコ湾近辺に落ちたこの天体、気候の影響も凄いが…

日本の科学者が高性能の津波シミュレーションモデルを構築して津波の規模を大まかに計算したところ、津波の高さは200メートルに達したと推定され、おそろしく巨大な波が途方もない距離を伝わりながら、通り道に死と破壊と砂の堆積を残していったと考えられる。

 そりゃ陸上生物の大半が絶滅するよなあ。
 工学の話だと、まずコンクリート。意外と歴史は古く、「古代エジプト人もつくり方を知っていて(ピラミッドの一部がコンクリートでできているかどうかという熱い論争がある)、その後、古代ローマ人が調合法を確立した」。さすが土木帝国ローマ。「コンクリートは乾燥させるから固まるのではなく、複雑な化学反応によって固まる」のも知らなかった。

 コンクリートに少量の鉄か炭素繊維を添加すると電気を通すようになる。電気を通すことでコンクリートの状態を制御できるようになるということだ。たとえば導電性コンクリートで道をつくれば、電気を通して道を温めることもでき、砂や塩類を使わなくても道路の凍結を防ぐことができる。

 変わった砂の使い方として、選挙運動を挙げてる。フランスの選挙運動はビーチサンダルを配った。浜に残る靴底の模様が、政治団体のロゴになってる、というわけ。製紙にも砂(シリカ)を使ってる。砂は水分を吸うんで、シリカを表面にコーティングする。「インクジェットプリンタの用紙はこの方法でつくられる(インクの挙動もシリカゲルで調整される)」。

 終盤では、土星の月タイタンや火星の話も出てくる。タイタンの石や砂は、なんと「石のように固く凍った炭化水素に、おそらく少量の水が混じったもの」。固体メタンがゴロゴロ転がってるわけ。はやぶさとイトカワの話も少し出てくるのが嬉しい。
 最後に、クスリとした一節を引用して〆めよう。まさか毒の風とは思わなかった。

精霊ジンを運んでいる北アフリカの「シムーン」は「毒の風」を意味し、この焼けるように熱く乾いた風は、通り道にいるすべてを吹き殺す。

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2012年4月 1日 (日)

ケリー・リンク「スペシャリストの帽子」ハヤカワ文庫FT 金子ゆき子・佐田千織訳

「<死人>になったら」とサマンサが言う。「歯を磨かなくてもいいのよ……」
「<死人>になったら」とクレアが言う。「箱の中で暮らすのよ。いつも暗いけど、絶対に怖くないの……」
  ――スペシャリストの帽子

【どんな本?】

 アメリカの新鋭ファンタジー/幻想小説作家であるケリー・リンクの第一短編集。一般にファンタジーが苦戦する「SFが読みたい!」でも、ベストSF2005海外編で11位にランクインしている。表題作である「スペシャリストの帽子」は世界幻想文学大賞、「雪の女王と旅して」はジェイムズ・ティプトリー・ジュニア記念賞、「ルイーズのゴースト」はネビュラ賞と、受賞暦も燦然たる作品集。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Stranger Things Happen, by Kelly Link, 2001。日本語版は2004年2月29日発行。文庫本で縦一段組み、本文約436頁+柴田元幸の解説「アメリカ女性短編小説の新しい流れ」9頁。9ポイント39字×17行×436頁=289,068字、400字詰め原稿用紙で約723枚、長編小説なら長めの分量。

 文章そのものは翻訳物として標準的なレベルなんだろうけど、いかんせん話が突飛すぎてついて行くのに骨が折れる。私がファンタジーや幻想文学に不慣れなせいもあるが、話の筋はおろか、登場人物の行動原理もよくわからなかった。

【感想は?】

 と、いうことで、感想としては「よくわからん」だったりする。本全般としては、前の方に判りにくい話、後ろはわかりやすい話が続く感じ。ただ、お話がわからない分、妙に心に残るシーンは多い。

カーネーション、リリー、リリー、ローズ / Carnation, Lily, Lily, Rose / 金子ゆき子訳
 僕は金曜日に死んだ。僕たちには子供が生まれる筈だった。名前はベアトリス二するつもりだったんだけど。僕はここに来て三日になる。浜辺のリゾートホテルさ。誰もいないけどね。僕はここで君に手紙を書いてる。部屋は二階さ。愛しい君、君の名前は何だっけ?思い出せないんだ。
 自分が死んでいる事を自覚しつつ、人気の無いリゾートホテルに宿泊する男が、名前も忘れてしまった愛する女性に綴る手紙の形で書かれた小説。どうにも靄がかかったような読後感。
黒犬の背に水 / Water Off a Black Dog's Back / 金子ゆき子訳
 キャロルは、やっとレイチェルの家に招かれた。図書館で初めてあった時から、キャロルはレイチェルに首ったけだった。レイチェルの両親は農場に住んでる。夏にはイチゴを売り、冬にはクリスマス・ツリーを売る。絶対に農場から離れない。なんとか両親に取り入ろうと緊張して出かけたキャロル、ところが彼女の両親ときたら…
 「変な家庭の変な彼女」に惚れちゃった、愛されて育った若者。キャロルって名前からジョナサン・キャロルを連想したら、やっぱりソレっぽい展開になった。
スペシャリストの帽子 / The SPecialist's Hat / 金子ゆき子訳
 10歳の一卵性双生児クレアとサマンサは、「八つの煙突」と呼ばれる屋敷で夏をすごしている。母は282日前に死んだ。父は屋敷で本を書いている。屋敷には観光客が見学に訪れるので、管理人のコースラクさんが通ってくる。双子の面倒を見るのはベビーシッターだ。彼女は言う。「あたしは昔ここに住んでたから」
 これまた死の影が色濃くさす短編。双子の見分けもつかず、次第に酒に溺れていく父親と、そんな家庭に見切りをつけた感のある双子を、妙にドライな筆致で書いている。
飛行訓練 / Flying Lessons / 金子ゆき子訳
 ジューンの家はエディンバラで宿屋をやってる。今日も彼女は客室の掃除のついでに、客の小銭を失敬した。この金で休みにセント・アンドリュースに行くんだ。セント・アンドリュースで見つけた香水屋に入ったジェーンは、身なりのいい女に出会い…
 少し変わった若者の恋愛物語かと思ったら、有名なアレを下敷きに色々とシャッフルしてるらしく。
雪の女王と旅して / Travels with the Snow Queen / 佐田千織訳
 あなたは、行ってしまったお隣のカイを探して旅に出る。あなたの裸足の足の裏には、鏡の地図のかけらが刺さっている。あなたは始終かけらを引き抜いて、自分の居場所を確かめる。北に向かって、あなたは旅をする。カイは、ガチョウが引く、きれいな女の乗る橇に乗っていってしまった。
 前作があーゆー結末だから、これもそうかと思ったら。女王様ヒドス。
人間消滅 / Vanising Act / 金子ゆき子訳
 十歳のヒルデガードとマイロンは、ヒルディーのいとこで同い年のジェニー・ローズをスパイしている。ローズの一家はインドネシアで騒乱に巻き込まれ、娘のローズだけがヒルディーの家に預けられたのだ。ローズは不思議な子で、滅多にしゃべらず、音を立てずに歩き、いつもベッドで目を閉じて横になっている。
 静かに迫ってくる、家庭の変化。子供の身に出来ることと言えば…
生存者の舞踏会、あるいはドナー・パーティー / Survivor's Ball, or , The Donner Party / 金子ゆき子訳
 若いバックパッカーのジャスパーは、冬のニュージーランドを旅行中にバーでセリーナと知り合った。二人はミルフォードサウンドに向かい車を走らせる。
 宵闇が迫る中、若いカップルがなんとか宿にたどり着き…というのはホラーの定番なんだが、なんとも。
靴と結婚 / Shoe and Marrige / 金子ゆき子訳
 彼の妻は美しかったが、足が大きすぎた。彼はいまでも、その足の少女を探している。
 四つの掌編からなる短編。二番目の「ミス・カンザスの審判の日」が、思いっきり明るく狂ってて印象に残る。最後の「ハッピーエンド」は、ケリー・リンクらしからぬ「いい話」。
私の友人はたいてい三分の二が水でできている / Most of Mu Friends Are Two-Thirds Water / 金子ゆき子訳
ジャックから電話がかかってきた。小説の最初の一行を思いついた、と言ってるけど、ふぃりっぷ・K・ディックの作品に、そんな感じのがあったんじゃない?ジャックはブロンドがお好き。「この前、地下鉄で前に座った女にウインクしたんだ。その女、125丁目で降りて…」
 ディックの名前が最初に出てくるんで、作品理解の大きなヒントになった。こーゆーアレなら、こっちは大歓迎…ともいかないか。
ルイーズのゴースト / Louise's Ghost / 金子ゆき子訳
 旅行代理店で高齢者向けパッケージ・ツアーを組む仕事をしているルイーズと、オーケストラの優秀な広報係のルイーズ、そしてその娘のアンナ。ルイーズとルイーズは、毎週レストランで食事をする親友だ。アンナは緑色の服しか着ないし、緑色の食べ物しか食べない。
 これも変な人しか出てこない、変な話。主人公が両方ともルイーズなのがややこしい。同一人物って解釈もあるみたいだ。じゃ裸の○○は何なんだろう?
少女探偵 / The Girl Detective / 金子ゆき子訳
 少女探偵の母親は行方不明だ。彼女は夕食を食べない。僕は彼女の家の向かいの木に潜み、彼女を見張っている。彼女は夢を食べるんだ。僕の夢を、あなたの夢を。そして彼女は肥え太る。
 …と、変態除き男の話かと思ったら、いきなりタップダンス強盗だもんなあ。なんじゃそりゃ。何か映画を下敷きにしてるのかしらん。

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