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2012年4月 1日 (日)

ケリー・リンク「スペシャリストの帽子」ハヤカワ文庫FT 金子ゆき子・佐田千織訳

「<死人>になったら」とサマンサが言う。「歯を磨かなくてもいいのよ……」
「<死人>になったら」とクレアが言う。「箱の中で暮らすのよ。いつも暗いけど、絶対に怖くないの……」
  ――スペシャリストの帽子

【どんな本?】

 アメリカの新鋭ファンタジー/幻想小説作家であるケリー・リンクの第一短編集。一般にファンタジーが苦戦する「SFが読みたい!」でも、ベストSF2005海外編で11位にランクインしている。表題作である「スペシャリストの帽子」は世界幻想文学大賞、「雪の女王と旅して」はジェイムズ・ティプトリー・ジュニア記念賞、「ルイーズのゴースト」はネビュラ賞と、受賞暦も燦然たる作品集。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Stranger Things Happen, by Kelly Link, 2001。日本語版は2004年2月29日発行。文庫本で縦一段組み、本文約436頁+柴田元幸の解説「アメリカ女性短編小説の新しい流れ」9頁。9ポイント39字×17行×436頁=289,068字、400字詰め原稿用紙で約723枚、長編小説なら長めの分量。

 文章そのものは翻訳物として標準的なレベルなんだろうけど、いかんせん話が突飛すぎてついて行くのに骨が折れる。私がファンタジーや幻想文学に不慣れなせいもあるが、話の筋はおろか、登場人物の行動原理もよくわからなかった。

【感想は?】

 と、いうことで、感想としては「よくわからん」だったりする。本全般としては、前の方に判りにくい話、後ろはわかりやすい話が続く感じ。ただ、お話がわからない分、妙に心に残るシーンは多い。

カーネーション、リリー、リリー、ローズ / Carnation, Lily, Lily, Rose / 金子ゆき子訳
 僕は金曜日に死んだ。僕たちには子供が生まれる筈だった。名前はベアトリス二するつもりだったんだけど。僕はここに来て三日になる。浜辺のリゾートホテルさ。誰もいないけどね。僕はここで君に手紙を書いてる。部屋は二階さ。愛しい君、君の名前は何だっけ?思い出せないんだ。
 自分が死んでいる事を自覚しつつ、人気の無いリゾートホテルに宿泊する男が、名前も忘れてしまった愛する女性に綴る手紙の形で書かれた小説。どうにも靄がかかったような読後感。
黒犬の背に水 / Water Off a Black Dog's Back / 金子ゆき子訳
 キャロルは、やっとレイチェルの家に招かれた。図書館で初めてあった時から、キャロルはレイチェルに首ったけだった。レイチェルの両親は農場に住んでる。夏にはイチゴを売り、冬にはクリスマス・ツリーを売る。絶対に農場から離れない。なんとか両親に取り入ろうと緊張して出かけたキャロル、ところが彼女の両親ときたら…
 「変な家庭の変な彼女」に惚れちゃった、愛されて育った若者。キャロルって名前からジョナサン・キャロルを連想したら、やっぱりソレっぽい展開になった。
スペシャリストの帽子 / The SPecialist's Hat / 金子ゆき子訳
 10歳の一卵性双生児クレアとサマンサは、「八つの煙突」と呼ばれる屋敷で夏をすごしている。母は282日前に死んだ。父は屋敷で本を書いている。屋敷には観光客が見学に訪れるので、管理人のコースラクさんが通ってくる。双子の面倒を見るのはベビーシッターだ。彼女は言う。「あたしは昔ここに住んでたから」
 これまた死の影が色濃くさす短編。双子の見分けもつかず、次第に酒に溺れていく父親と、そんな家庭に見切りをつけた感のある双子を、妙にドライな筆致で書いている。
飛行訓練 / Flying Lessons / 金子ゆき子訳
 ジューンの家はエディンバラで宿屋をやってる。今日も彼女は客室の掃除のついでに、客の小銭を失敬した。この金で休みにセント・アンドリュースに行くんだ。セント・アンドリュースで見つけた香水屋に入ったジェーンは、身なりのいい女に出会い…
 少し変わった若者の恋愛物語かと思ったら、有名なアレを下敷きに色々とシャッフルしてるらしく。
雪の女王と旅して / Travels with the Snow Queen / 佐田千織訳
 あなたは、行ってしまったお隣のカイを探して旅に出る。あなたの裸足の足の裏には、鏡の地図のかけらが刺さっている。あなたは始終かけらを引き抜いて、自分の居場所を確かめる。北に向かって、あなたは旅をする。カイは、ガチョウが引く、きれいな女の乗る橇に乗っていってしまった。
 前作があーゆー結末だから、これもそうかと思ったら。女王様ヒドス。
人間消滅 / Vanising Act / 金子ゆき子訳
 十歳のヒルデガードとマイロンは、ヒルディーのいとこで同い年のジェニー・ローズをスパイしている。ローズの一家はインドネシアで騒乱に巻き込まれ、娘のローズだけがヒルディーの家に預けられたのだ。ローズは不思議な子で、滅多にしゃべらず、音を立てずに歩き、いつもベッドで目を閉じて横になっている。
 静かに迫ってくる、家庭の変化。子供の身に出来ることと言えば…
生存者の舞踏会、あるいはドナー・パーティー / Survivor's Ball, or , The Donner Party / 金子ゆき子訳
 若いバックパッカーのジャスパーは、冬のニュージーランドを旅行中にバーでセリーナと知り合った。二人はミルフォードサウンドに向かい車を走らせる。
 宵闇が迫る中、若いカップルがなんとか宿にたどり着き…というのはホラーの定番なんだが、なんとも。
靴と結婚 / Shoe and Marrige / 金子ゆき子訳
 彼の妻は美しかったが、足が大きすぎた。彼はいまでも、その足の少女を探している。
 四つの掌編からなる短編。二番目の「ミス・カンザスの審判の日」が、思いっきり明るく狂ってて印象に残る。最後の「ハッピーエンド」は、ケリー・リンクらしからぬ「いい話」。
私の友人はたいてい三分の二が水でできている / Most of Mu Friends Are Two-Thirds Water / 金子ゆき子訳
ジャックから電話がかかってきた。小説の最初の一行を思いついた、と言ってるけど、ふぃりっぷ・K・ディックの作品に、そんな感じのがあったんじゃない?ジャックはブロンドがお好き。「この前、地下鉄で前に座った女にウインクしたんだ。その女、125丁目で降りて…」
 ディックの名前が最初に出てくるんで、作品理解の大きなヒントになった。こーゆーアレなら、こっちは大歓迎…ともいかないか。
ルイーズのゴースト / Louise's Ghost / 金子ゆき子訳
 旅行代理店で高齢者向けパッケージ・ツアーを組む仕事をしているルイーズと、オーケストラの優秀な広報係のルイーズ、そしてその娘のアンナ。ルイーズとルイーズは、毎週レストランで食事をする親友だ。アンナは緑色の服しか着ないし、緑色の食べ物しか食べない。
 これも変な人しか出てこない、変な話。主人公が両方ともルイーズなのがややこしい。同一人物って解釈もあるみたいだ。じゃ裸の○○は何なんだろう?
少女探偵 / The Girl Detective / 金子ゆき子訳
 少女探偵の母親は行方不明だ。彼女は夕食を食べない。僕は彼女の家の向かいの木に潜み、彼女を見張っている。彼女は夢を食べるんだ。僕の夢を、あなたの夢を。そして彼女は肥え太る。
 …と、変態除き男の話かと思ったら、いきなりタップダンス強盗だもんなあ。なんじゃそりゃ。何か映画を下敷きにしてるのかしらん。

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