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2012年4月14日 (土)

アントニー・ビーヴァー「ノルマンディ上陸作戦1944 上」白水社 平賀秀明訳 2

 アントニー・ビーヴァー「ノルマンディ上陸作戦1944 上」に続く。ここではエピソードを中心に紹介する。

【はじめに】

 「尉官以下の人名はあまり出てこない」と書いたが、訂正する。戦闘場面に入ると、全将校が戦死したため中隊を指揮する羽目になったハロルド・E・ピーターソン一等兵や、戦車キラーとして活躍する「バズーカの猟犬」シャーキー一等兵の名前が出てくる。どうやら、名誉なエピソードでは名前を出し、そうでもないエピソードでは出さない方針の模様。

【迎撃】

連合軍上陸の報を受けたドイツ軍上層部は、反撃方法で意見が分かれた。
ロンメル「波打ち際で叩き潰すべきです」
グデーリアン「いったん上陸させてから海に叩き落そう」
ヒトラー「俺に断りなく部隊を動かすな」
ロンメル、グデーリアン「(…最悪だ)」

 波打ち際で苦しむ連合軍の描写を見るとロンメルに理があるように思えるが、グデーリアンも理由がある。制空権は連合軍が握っているため、見晴らしのいい場所だと戦車は航空機のいいカモになる。それより森の中に隠して一気呵成に反撃を、というわけ。実際は主要都市への空爆で装甲部隊の移動が阻害され、機動力が発揮できなかったのだが。

 ヒトラーが頑なな理由の一つはお決まりの死守命令だが、連合軍の欺瞞工作が功を奏した可能性も匂わせている。ノルマンディーは陽動で、本番はパ・ド・カレーだと思い込んでいたため、予備を保持したかった、というもの。

【地雷】

 沿岸砲台の現場視察に出たロンメルは防衛体制のお粗末さに呆れ、地雷原の数を劇的に増やせと指示した。現地指揮官は根を上げ、「ダミー地雷原」をでっちあげた。これは幸いして、連合軍は本物の地雷がどこにあるか混乱してしまった。

【空挺部隊】

 上陸作戦に先立ち、空挺部隊が降下した。連合軍最高司令官アイゼンハワーは兵に「つねに動き続けろ」と訓示したが、それは簡単じゃなかった。装備が重過ぎるのだ。レッグ・バッグだけでも重量80ポンド(約36kg)あった。

 空挺部隊の欺瞞工作として、コタンタン半島の付け根などに設置すると爆発する案山子のような人形を約300体投下した。

 空挺隊員は近くに牛がいると安心した。地雷が埋まっていない証拠だから。

 多くの空挺隊員を輸送したのは、ハリファックスなどの重爆撃機で牽引された木製のグライダーだ。着地の衝撃で後部に搭載した装備が前に吹き飛び、多くの隊員や操縦士を殺した。

【おばさん】

 パラシュート降下した空挺隊員には、農家のかみさんが殺到した。パラシュートがシルクだったから。

【レジスタンス】

 連合軍はフランスのレジスタンスと巧く協調した。鉄道員の組織は、ドイツ軍の兵や装備を乗せた車両を復帰が困難なトンネル内で脱線させたり、間違った路線に誘導して移動を妨げた。また、ドイツ兵員の輸送実績を伝え、連合軍はこれを元にドイツ軍の各師団の戦力を推定できた。洗濯屋は駐屯するドイツ軍兵士のシャツに記された数字を伝えた。これで師団名称が把握できた。

 ドイツは道路輸送に切り替えたが、連合軍の石油施設爆撃と相まって燃料不足に見舞われた。ゴムも不足していたが、レジスタンスは道路に鋲やガラスをまいて補給車両を止めた。

 郵便電信電話局はドイツ軍の地下ケーブルを切断した。ドイツ軍は無線に切り替えたが、無線暗号は「ウルトラ」で解読されていた。

【通信士】

 上陸作戦では連合軍の通信が混乱した。海水につかって通信機が不調になる場合も多かったが、通信士が格好の標的になったためもある。当時の機材は90ポンド(約41kg)もあったのだ。

【艦砲射撃】

 上陸支援のため、海軍は沖合いから艦砲射撃を実施した。揚陸艦艦上から距離一万ヤード(約9144m)で砲撃した自走砲もある。歩兵将校曰く「遠くから闇雲に射撃する戦艦より、海岸近くで陣地を叩く駆逐艦が有難い」

【STOL】

 オマハ・ビーチで上陸した米軍は二日目にして飛行場を作った。ブルドーザーで50ヤード(約46メートル)ほど聖地すれば、着弾観測用のパイパー・カブが離陸できた。

【ボカージュ】

 上陸後、ノルマンディーの独特のボカージュ地形が連合軍を苦しめた。道は土手の麓にあり、畑や牧草地を高さ3メートルにもおよぶ生垣が縁取っているので、迷路のように見通しが利かない。

【市場原理】

 近所の農園に疎開したカーンの市民は、乳製品の豊富さに驚いた。パリの闇市場ではバターの価格が急騰していたのだ。カーンの乳製品暴落の理由は、流通が麻痺したため農家が市場に出荷できなくなったから。

【略奪】

 ドイツ軍・連合軍双方とも市民のワインや家畜を略奪した。市民が連合軍を略奪したケースもある。狙いは、携行食料。…交換しろよ。

【士気】

 大半が徴収兵からなる軍隊における、ほとんどすべての歩兵小隊(15~30人?)において、リスクを負ったり、攻撃に参加する気構えのある兵士が、指折り数えて片手分に達することは、きわめて稀である。その一方で、その対極ともいえる、危険を避けるためなら、どんなことでも敢えてやるような兵隊の数も、同様にそんなものである。その中間を占める大多数の兵士は、勇敢なものに従ってつられて動くけれど、突然の惨事に遭遇すると、今度はいちばんの臆病者に従って、たちまち総崩れを引き起こすのである。
 (略)ソ連赤軍においても、事情は似たようなもので、戦闘中、兵士の10人に6人は、手にした小銃を一度も発砲しなかったことが、将校たちによって確認されている。

【陸空連携】

 6月10日の時点では、米陸軍の前線部隊が航空支援要請してから戦闘爆撃機が到着するまで、少なくとも3時間かかった。7月10日頃になると、陸上部隊には航空連絡将校が随伴し無線で支援を要請する。「P-47<サンダーボルト>の一個飛行隊がやってきて、通常は15分ほどで、敵防御陣地を破壊してくれる」。

【補給能力】

 連合軍は上陸後シェルブール港占領を目指しコタンタンを突き進んだが、実はビーチ経由の陸揚げ量の方が多かった。1944年8月の一ヶ月、シェルブール港の貨物取り扱い量は266,804トン車両817輌に対し、ユタ・ビーチは187,973トン車両3,986輌、オマハ・ビーチ351,437トン車両9,155輌。

【東西協力】

 赤軍の連絡将校ワシリエフスキー大佐がイギリス軍将校に進軍速度の遅さを批判した。イギリス軍将校は東部戦線の地図を持ち出し、「あなたの原隊の師団の場所を示して欲しい」と頼んだ。その戦区は長さ600マイル(約966km)にドイツ軍9個師団が展開している。イギリス軍将校は指摘した。「われわれの前のドイツ軍は10個師団、うち6個は装甲師団であり、わずか62マイル(約100km)の戦線に展開している」

【戦術】

 上巻だとドイツ兵は歴戦のつわもの、連合軍は素人の集まりという印象がある。兵器では独軍の88mm砲(高射砲を対戦車砲に流用)とティーガーが大暴れ、シャーマンはやられ役。でもシャーマン、第三次中東戦争じゃアイ・シャーマンに進化して大暴れするんだけど。

  • 独軍の攻撃にあうと連合軍兵士は地面に伏せたが、前に突撃する方が安全だったし、ブラッドリーも「伏せずに前進しろ」と指示した。独軍は、樹上に潜む狙撃兵のライフル一発で米小隊を匍匐させ、迫撃砲で集中攻撃をかけた。
  • 「狙撃兵に撃たれたら動くな、動くと止めをさされる」
  • 連合軍は狙撃兵を恐れたが、独軍はあまり狙撃が巧くなかった。訓練期間が取れなかったためだろう、と著者は推測している。「小銃や機関銃よりも、迫撃砲による負傷者、戦死者の方が三倍も多かった」
  • 独軍の壕は巧みだった。頭上には砲弾破裂で飛ぶ破片を防ぐ覆いがあり、生垣をくぐるトンネルが四方八方に通っていた。連合軍が敵陣地を潰したと思って通過すると、トンネルを通って独軍が陣に戻り、連合軍を後ろから叩く時もあった。
  • 連合軍は独軍の陣を占領すると気が緩み、壕をそのまま利用した。独軍は自陣の壕の座標を予め記録してあり、連合軍の兵が壕に転がり込むと、独軍の砲兵の的になった。
  • 建物を確保するには、いきなり上の階を攻撃すべし。一階を通過して裏庭に出ると、二階に潜む敵に攻撃される。
  • 連合軍は将校の戦士率が高かった。地図を掲げるためのマップ・ボードは日光があたると反射する。独軍はそれを目印に幹部の集まる場所を特定できた。
  • 独軍はトラップが巧みだ。
    • 自陣の前に砲弾のクレーターがあれば、その穴の底に対人地雷を仕込む。攻撃された連合軍の兵は穴に飛び込み、地雷の餌食になる。
    • 陣を放棄して撤退する際は壕に手榴弾を一箱残す。手榴弾のいくつかは細工して、ピンを抜いた瞬間に爆発する。
    • 道路を横切る形で針金を張っておく。ジープで通過すると首が…
    • 当然、生垣の影には狙撃兵や突撃砲が隠れている。

 とはいえ、連合軍にだって脳みそはある。第二機甲師団「第102騎兵偵察大隊」カーティス・G・キューリン軍曹は、生垣を撤去するため、シャーマン戦車の先端部分に、鋼鉄製の桁を溶接付けした。その威力を確認したブラッドリー将軍は、早速改良版を採用した。名づけてライノー<犀>戦車。腕のいい操縦手だと二分半で土手と生垣を貫通する切り通しが掘れる。

 以降、アントニー・ビーヴァー「ノルマンディ上陸作戦1944 下」白水社 平賀秀明訳 に続く。

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