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2012年3月23日 (金)

ミゲル・ニコレリス「越境する脳 ブレイン・マシン・インターフェースの最前線」早川書房 鍛原多惠子訳

霊長類の皮質によって形成される運動思考を記録、解読し、地球の反対側までも送信しようというのだ。こうして私たちは、思考をデジタル信号に変換し、もともと人間らしい動きをするようには設計されていない機械に人間のような動きをさせることができた。

まさにこの瞬間、身体によって課せられた境界から脳を解き放ち、仮想、電気、機械ツールを駆使して物理的な世界を制御する能力を脳に与える手段として、私たちのBMIが名乗りを上げた。ただ考えるだけでよいのだ。本書は、こうした実験の詳細を紹介し、それによって脳機能にかかわる私たちの理解がどう変わったかを論じるものである。

【どんな本?】

 BMI、ブレイン・マシン・インターフェース。頭で考えるだけで、機械を操作する技術。それは既にSFの世界から、現実のものとなりつつある。本書は、BMI研究の第一人者による、BMIの解説書だ。19世紀末からの神経科学の歴史を辿り、その二大派閥、すなわち局在論(又は還元主義)と分散論(又は相対論)の論争を軸に、行われた様々な実験を紹介しつつ、最新のBMI研究の状況までを紹介する。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Beyond Boundaries : The New Neuroscience of Connecting Brains with Machines - and  How It Will Change Our Lives, By MIguel Nicolis, 2011。直訳すれば「境界突破 : 脳・機械接続の最新神経科学 - それは我々の人生をどう変えるか」。日本語版は2011年9月25日初版発行。

 ハードカバー縦一段組みで本文約404頁に加え訳者あとがき4頁。9ポイント45字×18行×404頁=327,240字、400字詰め原稿用紙で約819枚。長編小説なら長め。

 はっきり言って、相当に読みにくい。文章が堅いせいもあるが、それ以上に内容が難解。というか、ある程度の神経科学の知識がある人を読者として想定している模様。数式や分子式こそほとんど出てこないが、「運動野」や「三叉神経」なんて専門用語が何の説明もなくポンポン出てくる。読者に親しみを持たせるためか、時折サッカーや音楽の話も出てくるのだが、これがまた文章が古典的というか詩的というか、かえって高尚すぎてとっつきにくい印象を与える。それなりの覚悟で読もう。

【構成は?】

 プロローグ 音楽の導くままに
第1章 思考とはなにか
第2章 脳の声を追う者たち
第3章 シミュレートされた身体
第4章 脳のシンフォニーに耳を傾ける
第5章 ネズミはどうやってネコから逃げるのか?
第6章 オーロラの脳を自由にする
第7章 自己制御
第8章 心の「現実世界」一周
第9章 身体が飛行機だった男
第10章 心を形成し共有する
第11章 脳にひそむ怪物
第12章 相対論的な脳で計算する
第13章 ふたたび星に還る
 謝辞/訳者あとがき/参考文献

 正直、5章までは結構眠い。以降の基礎知識にあたる部分だが、文章が堅い上に専門用語頻発。だが6章あたりから話はエキサイティングになり、11章がクライマックス。12章と13章は、この手の本にありがちな、「科学者が未来を予測する」話。

【感想は?】

 アダルト・ビデオで見るパンツより、現実で偶然に目撃するパンチラの方が嬉しい理由がよくわかる←違います

 前半は、神経科学の歴史を辿りつつ、脳の機能についての二大派閥、つまり局在論と分散論の論争を紹介していく。ちなみに著者は分散論派。

 局在論とは、脳の機能と、それを司る部位の位置が固定的に対応している、という主張。ベンフィールドのホムンクルス(→脳の世界脳の中のこびと(ホムンクルス))の絵を見た事のある人も多いだろう。あんな感じに、脳の機能は、機能ごとに特定の部位が司っている、という主張。例えば、マウスのヒゲ一本一本、それぞれ脳内に対応する樽状の領域がある、という研究を、トーマス・ウールジーとヘンリック・ファン・デ・ルースがしている。これが発展して、「おばあちゃん細胞」なんて論が出た。

 これに対し、著者の分散論(または相対論)は、脳の機能は動的に変化している、と主張する。先の樽状領域なのだが、あれは麻酔をかけ眠らせた状態で計測したものだ。ところが、覚醒した状態だと、ラットが自分でヒゲを動かして対象物に触れたときと、ヒゲを動かさず対象物が触れたときとで、結果が違う。つまり、ラットの状態によって、同じ刺激でも脳は違う働きを見せる。

 で、この脳の反応をどうやって測るかというと、つまりは脳に多数の電極を刺して電位を測るわけ。いやマッドだわ。まあ、電極ったって、今は細い針で、一本の針に10個程度の電極があって、つまり一個刺せば10箇所の電位が測れる。そういう電極を100個とか512個とか刺す。

 ってんで、ジョイスティックで捜査するビデオゲームをサルに覚えさせ、その際の脳の反応を電極で記録していく。ひととおり覚えたら、脳の反応を分析して、サルの手の動きを制御する信号を解読する。次に、サルの手の動き信号に応じて動くロボットアームを作る。てんで、サルの手の動きを真似るロボットが出来た。

 その上で、今度は、ジョイスティックをサルに触らせず、ロボットアームでジョイスティックを操作するようにした。この時、サルは自分の手じゃジョイスティックを動かせない。「考え」てロボットアームを動かさなきゃいけない。

 実験は見事に成功し、サルは考えただけで見事にゲームを成し遂げた。面白いのは、この際にサルが使ってる脳の部位は、腕を動かす際に使ってる部位の近隣だってこと。

 実験で使った電極の数は100。「サルの第一次運動野だけで数千万個のニューロンがある」ので、数十万分の1の数のニューロンでも、どうにかなるって結果になる。この数は結構大事らしく、減らしてく実験もしてて、電極の数が40ぐらいまでは穏やかに精度が落ちるんだが、20個未満になると急激に精度が落ちる。

 自動車の運転が上手な人は、自動車のボディが皮膚感覚で判るというが、あれも本当らしい。霊長類が道具を使う際は、道具も身体の一部として認識している模様。つまり、脳が持つ身体のイメージは固定ではなく、「動的に拡張したり縮小したりしている私たちの身体表象につねに付け加えている」。SFによく出てくる、ロボットや宇宙船にヒトの脳を使うって案は、実現可能みたいだ。

 マッドさで凄いのが、ホセ・マヌエル・ロドリゲス・デルガドの闘牛場での実験。闘牛がデルガドに突進してくる。デルガドは左手に持つ装置のボタンを押す。闘牛は踵を返す。実は牛の脳には電極が刺さってて、デルガドがボタンを押すと電極に電気刺激が流れるようになってた。つまりですね、脳に電流を流す事で、牛の行動を制御できるってわけ。これをヒトに応用したら…と思うでしょ。実際、「最大で25人の重症の精神または神経障害をもつ人を選び」実験しているんだが…

脳への電気刺激の効果が各患者間で、そして同じ患者でもその時々に応じて大きく変わることを確認してからは、デルガドはヒトを対象にした研究の大半を取り止めている。

 SFで「アップロード」する場合、される人は静止した状態でスキャンするって描写が多いけど、あれじゃ巧くいかないわけ。人により信号の形は違うし、同じ人でも時に応じて信号が違ってくる。むしろ、電極を刺したまま暫く生活してもらって、信号系の変化の様子を記録するって形の方が、今の研究成果じゃ現実的ってこと。ちなみにデルガド、他にもいろいろマッドな実験やっとります。

 「えー、電極を刺すって怖い」と思うけど、非侵入的な方法もあって、それについても本書は解説してる。それぞれに一長一短があって、将来は双方をミックスした方法が取られるだろう、と。

 終盤になるとブレイン・マシン・インターフェースどころか、ブレイン・ブレイン・インターフェースなんて発想も出てくる。途中に機械が介在するんだけど、誰かが見た・考えた事を、携帯電話やPCを使わずに他の誰かに伝える話。となると、当然、装置の形はネコミミ状で←をい

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