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2012年3月13日 (火)

レイ・ブラッドベリ「さよなら、コンスタンス」文藝春秋 越前敏弥訳

「コンスタンスが?人は道路で渋滞に出くわすとかっとなるが、あの子はベッドのことでかっとなったものだ。わしの別嬪さんをだれ彼かまわずみんなひっ捕まえて、踏みつけて破り捨てて焼き払いおって。さあ、ワインを飲んでしまいなさい、わしにはやることがある」

【どんな本?】

 SF/幻想文学の御大、レイ・ブラドベリによる、「死ぬときはひとりぼっち」「黄泉からの旅人」に続くハードボイルド三部作の完結編。著者自身をモデルとした38歳の作家「私」が、シリーズ通してのヒロインであるコンスタンス・ラティガンを追って、1960年のロサンゼルスを駆け回る。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Let's All Kill Constance, by Ray Bradbury, 2003。日本語版は2005年9月30日第一刷。単行本縦一段組で本文約256頁+訳者あとがき4頁。9ポイント43字×18行×256頁=198,144字、400字詰め原稿用紙で約496枚…だけど、全47章と細かく章が分かれてる上、章ごとに改頁してるんで、実際の文字量はその9割程度かも。長編としては少し短めかな。

 もともとブラッドベリは比喩を多用する修飾的な文体の人だが、この作品はそれに加えヒネリの効いた会話が多く、ちと苦労する。といってもソープオペラの饒舌な会話のノリなんだけど。また、レギュラー陣は特に紹介もなく乱入してくるため、前作・前々作を読んでないと、意味不明になるので、できるだけ「死ぬときはひとりぼっち」から読もう。それと、前作同様、古い映画に詳しいと楽しみが増す。

【どんな話?】

 1960年、ロサンゼルスに近い海辺の町ヴェニス。妻のマギーは出張で不在、雷鳴轟く嵐の夜。ひとりで執筆していた私のアパートに、濡れそぼり怯えたコンスタンスが転がり込んできた。彼女が持ち込んだのは二つの品。

 ひとつは1900年版のロサンゼルス電話帳。掲載されている人の大半はもう生きていない、つまりは“死者の書”だ。もうひとつはコンスタンス自身の住所録、ただしずっと昔に彼女自身が慈善団体に寄付し手放している。

 その二つが、今日、コンスタンスの家の庭に置いてあったのだ。

【感想は?】

 うーん。「なんとか頑張ってケリつけました」的な雰囲気がある。確かにブラッドベリではあるんだけど、ちと散漫な印象。主人公が著者自身の投影と考えると、少々美化しすぎな感もあるけど、歳が歳だし、まあしょうがないか。それと、ミステリとして読んじゃいけない。本格ファンならきっと怒り出す。まあ、これは三部作通じてなんだけど、事件の謎解きはかなり強引。

 もともと修飾過多なブラッドベリの文体だが、特にこの作品では会話にその傾向が顕著に出てて、意味を察するのが結構難しい。例えば、相棒のクラムリーが「教会は苦手だ」と語る台詞。

「おれは告解室からほうり出されたんだ。十二歳のとき、すてきなお姉さまがたに膝をすりむかされて」

 …「俺はガキの頃からモテたんだぜ」という解釈で、合ってるのかな?その分、構成では気を使ってか、短い章がたくさん並ぶ形になっている。3章なんて15行。

 タイトルが示すように、この作品の主題はコンスタンス・ラティガン。姿を消した彼女を追ってロサンゼルスを「私」と相棒のクラムリーが駆け巡る、というお話。その過程で、彼女に縁のある人々が続々と登場し、謎に包まれたコンスタンスの過去が明らかになっていく。

 この過去というのが、なかなかに壮絶。元映画女優のコンスタンスだけに、出てくる人も映画関係者が多い。前作では素直に映画への愛を吐露していたブラッドベリが、ここでは少し別の面を見せる。彼女の壮絶な生き様は、映画業界の壮絶さそのもの。そして、その壮絶さを知った上で、それでも映画から離れられない人々の業も。

 三部作通じて共通する魅力は、奇矯な登場人物。それはこの作品も同じで、まず出てくるのが古新聞の山に囲まれ暮らす老人。コレクションの始まりが、収集癖のある人には実に身につまされる。

「あるとき、朝刊を捨て忘れたのがはじまりだった。じきに一週間分がたまり、そのうち《トリビューン》や《タイムズ》や《デイリー・ニューズ》がどんどんたまっていったよ」

 集まってくると、捨てられなくなるんだよね。あれ、なんでだろ。で、集めちゃいるが使うにはいささか不便、ってのを考えないコレクター性分のしょうもなさ、みたいなのにも触れてる。

 ブラッドベリの違う面を見たと感じるのが、若いジプシー女性が家の前で泣くシーン。哀しい話は書いても、人の心の醜い部分を抉り出す話はあまり書かない人だったと思う。あっさり片付けちゃってるけど、これは新境地なんじゃないかな。

 終盤に行くに従い、現実と幻想が交じり合うのも三部作の共通点。この作品も、終盤近くの場面はビジュアル的なインパクトがバッチリ…って、映画化は難しいけどね。あんな所を車で突っ走るか。

 なお、「聖女ジョウン」は、19世紀にアイルランドで生まれた作家ジョージ・バーナード・ショウのノーベル文学賞受賞作で、ジャンヌ・ダルクをモデルにした作品。

 ブラッドベリのファンなら前作・前々作から読むだろうし、どうぜ全作品制覇を目指してるんだろうから問題ないとして、そうでない人は「死ぬときはひとりぼっち」から取り掛かるが吉。ブラッドベリは読んだ事がないなら、「十月はたそがれの国」「華氏451度」「火星年代記」あたりが、入門編としては適してると思う。この本はブラッドベリ上級者向け。

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