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2012年3月 9日 (金)

レイ・ブラッドベリ「黄泉からの旅人」文藝春秋 日暮雅通訳

 私はあまりにも長いあいだ映画を愛し続けている。十三歳のとき『キング・コング』を観た私は、落ちてきたコングの下敷きになったかのようなショックを受けた。それ以来、コングの死体の下から逃げ出せないでいるのだ。

【どんな本?】

 SF/ホラーで名高いレイ・ブラッドベリによる、ハードボイルド三部作の第二部。著者自身がモデルとおぼしきパートタイムの脚本家「私」32歳が、1954年のハリウッドのパラマウント・スタジオを舞台に、映画監督・役者・エディターそして熱心な追っかけなど奇矯な人々たちに翻弄されながら、奇怪な事件の謎を追う。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は A Graveyard for Linatics: Another Tale of Two Cities, by Ray Bradbury, 1990。直訳すれば「狂人たちの墓場/もうひとつの二都物語」。日本語版は1994年に福武書店から出版されたが長く入手困難となり、2005年に文藝春秋から単行本で復活。私が読んだのは2005年11月25日の文藝春秋版第一刷、縦一段組みで本文約425頁+訳者あとがき3頁+千街昌之の解説7頁。9ポイント43字×20行×425頁=365,500字、400字詰め原稿用紙で約914頁。長編小説としては長め。

 一種の探偵物にも関わらず、文章はいつもの叙情豊かで幻想的なブラッドベリ。特に今作は映画スタジオと墓地が舞台とあって、登場人物の台詞も大袈裟な演劇調。話が進むに従い現実と幻想の混乱は激さを増し、事実と妄想の区別がつかなくなる。

 三部作といいつつ、一応ストーリーは独立しているので、単体でも読めるが、「私」以外のレギュラー陣は細かく紹介されないので、出来れば前作から読んだ方がいい。

【どんな話?】

 32歳の私は、なんと定職につき、毎朝出勤する生活をしている。マクシマス・フィルム社に雇われ、墓地の隣にある映画撮影所の脚本家になったのだ。恐竜が吼え、十字軍が出立し、ロンドンのピカデリーとローマのスペイン階段が隣り合う狂乱の都。10月31日のハロウィーンに出勤した私は、奇妙な招待状を受け取った。

 グリーン・グレイズ・パーク。ハロウィーン。
 今夜十二時。
 中央の奥の塀。
 追伸 びっくりすることが待っているぞ。ベストセラー小説か、傑作シナリオの材料だ。見逃すなよ!

【感想は?】

 相変わらず奇矯な人ばかりが出てくるこのシリーズ。前作は朽ちかけた町の死にかけた人々が中心で、静かに滅びゆく陰鬱な雰囲気だった。ところが今作はガラリとかわり、登場人物はやっぱり奇矯ではあるものの、皆そろって大声で饒舌で芝居がかかった大袈裟な台詞回し。いかにも手を振り回し唾を飛ばして熱弁してる感じで、ラリったようにハイテンション。

 それもそのはず、なんたって舞台は野外の映画スタジオ。日本で映画スタジオというと京都の映画村を思い浮かべるが、こっちは相当に大きい。幅半マイル奥行き一マイルというから、800m×1600メートル。スタジオの中を自動車が走り回ってる。

 となりゃ、登場するのは映画関係の華やかな人ばかり。フリッツ・ラング(→Wikipedia)がモデルとおぼしきベテランの映画監督フリッツ・ウォンは、Uボート艦長を気取る尊大な態度で、口を開けば人をコキおろす言葉ばかり。主人公を「エドガー・ライス・バロウズの産み落とした私生児」と的確に評し、映画への愛を分かち合う。

 同じ監督でも駆け出し、しかもゲテモノ扱いの特撮監督は辛い。ロイ・ホールドストロムのモデルはレイ・ハリーハウゼン(→Wikipedia)。13番スタジオをマッド・サイエンティストの研究所と魔女のアジトに変え、その手で恐竜と妖怪を住まわせている。主人公の幼馴染で、根っからのイタズラ好き。

 フィルムを切り張りする編集者のマギー・ボトウィンは仕事中毒。普段は自分の職場に閉じこもり、滅多に人に会わない。ニコライ・レーニンの死化粧をしたスタニスワフ・グロックに、銀幕のスターは頭が上がらない。前夜のご乱行の影を、彼が綺麗に消し去ってくれるからだ。

 社長のマニー・レイバーはいつも威張り散らし、怒鳴り散らし、即断即決で無茶なスケジュールの仕事を僕に命じ、嵐のように去っていく。読んでる最中はムカつく奴だったけど、見方によっては「決断力に優れたボス」と言えるかも。ただのワンマン社長とも言えるが。

 そして、そんな映画関係者にサインをねだる、常連の追っかけたち。中でも切なく身につまされるのが、始終キャメルのコートを着ている、臆病なクラレンス。大きな写真用書類入れを持ち歩き、自分のお宝―今までに入手したスターのサインや写真―を強奪されるのではないか、と常に恐れている。この辺も著者自身の経験が生きてる模様で、13歳の頃からローラースケートを履いて近所をウロチョロしてたとか。

 レギュラー陣も元気なもので、今作でもヒロインを勤めるのはコンスタンス・ラティガン。元大物女優で、今はヴェニスの邸宅に一人住まい。毎日水泳を欠かさず、見事なプロポーションを今も維持している。奔放で行動力に溢れ、繊細で気まぐれ。彼女の台詞は、とってもチャーミング。

「こんなモンスターだらけの夜に、空っぽの家にひとりでいたくない。私、年をとったわね。次はきっと、くだらない男に結婚してくれって言うんだわ。神よ、その男を救いたまえ」

 映画スタジオが舞台なだけあって、この作品のもうひとつの特徴は、なかなか虚実がハッキリしないこと。確かに「私」は事件を目撃するのだが、それはイタズラなのか事件なのか。イタズラ好きで特撮の名手ロイ・ホールドストムが早い段階で登場してるんで、読者も土壇場までモヤモヤしながら読む羽目になる。

 やはり自伝的要素の濃い作品なので、「ブラッドベリ年代記」と併せて読むと面白さ倍増。また、古い映画に詳しい人には、懐かしい名前が続々と出てくる。

 だがホラー映画を見に行く時にロイの真似はしないように。やってみたいけどね。

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