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2012年3月20日 (火)

伊藤計劃「ハーモニー」ハヤカワ文庫JA

「誰かが孤独になりたいとしたら、死んだメディアに頼るのがいちばんなの。メディアと、わたしと、ふたりっきり」

【どんな本?】

 「虐殺器官」で絶賛を浴びて鮮烈なデビューを果たし、流星のように夭折した伊藤計劃の第二長編。第40回星雲賞日本長編部門・第30回日本SF大賞・「SFが読みたい!2010年版」ベストSF2009国内編第一位のほか、英訳版が2010年フィリップ・K・ディック賞に輝くなど、デビュー作以上に話題を呼んだ。

 人々の肉体にマイクロ・マシンが投与され、徹底した健康管理と周囲との調和こそが美徳とされる、一種のユートピア的な近未来の世界を舞台に、そんな世界に疎外感を感じる三人の少女の軌跡を辿りながら、人間の本質に切り込みつつ人類の行く末を問う。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2008年12月に早川書房Jコレクションとして出版、2010年12月15日にハヤカワ文庫JAから文庫で発行。文庫本縦一段組みで本文約356頁+佐々木敦の解説15頁。9ポイント41字×17行×356頁=248,132字、400字詰め原稿用紙で約621枚。長編としては標準的な分量。

 冒頭から一見これみよがしな技巧が凝らされてるけど、意味が判らなければ、まあ無視して結構。無視しちゃえば、文体そのものはスタイリッシュなわりには読みやすい。ただ、マイクロマシンやコンピュータ・ネットワークなどサイバーパンク風のガジェットは冒頭から細かい説明なしに頻出するので、ガジェットに不慣れな人は戸惑うだろう。ある程度SF的な小道具に慣れた人向け。

【どんな話?】

 おとなの体には WatchMe が入ってる。恒常性を監視し、不調があれば警告する。社会は思いやりで溢れ、私もその一員となる事を期待してる。そんな世界で目立たぬよう過ごしていた高校生のわたしトァンとキアンは、なぜかクラスの成績優良な変わり者の問題児ミァハに目をつけられ、三人で過ごすことが多い。ミァハは変な事を知ってる。普及してる製薬機を改造して化学兵器や麻薬を作る方法、昔の公園の風景、病気という現象…。

【感想は?】

 これは希望なのか絶望なのか。似たテーマを扱ってる海外の作家は何人か思い浮かぶが、翻訳というフィルタを通すせいか、読者側も右脳的に考えるため、どうにも皮膚感覚が伝わってこない。ところが伊藤計劃、日本語ネイティブな作家のせいか、似たテーマを彼が書くと、途端に「今、自分が直面している問題」として実感が迫ってくる。

 冒頭の <!Emotion-in-Text Markup Language:version=1.2:encoding=EMO-590378?> は、Web に詳しい人ならお馴染みのXML(→Wikipedia)をアレンジしたものだろう。「ほほう、なんか神林長平みたいだ」などと思ってニヤニヤしてたら…

 そう、Emotion、まさしくその問題を感情に訴えてくる、実に衝撃的な作品だ。これを希望と感じるか、絶望と思うか。なんともゾワゾワするけど、私は希望だと思う。困ったもんだ。

 冒頭で語られるのは、ユートビア的な世界で若者が感じる閉塞感。国家や政府が瓦解し、変わって”生府”が管理している…といっても、わかりやすい実体はない。権限は細分化され絡み合い、明確な支配者は見えず、なんとなく世界は安定し人々は健全に暮らしている。

 人々は穏やかで思いやりにあふれ、過去の災厄による人口減少もあって、子供は大切にされる。人は貴重な人的資源と見なされ、健康維持が重要な美徳と見なされる。大人は身体内部に WatchMe(たぶん健康維持を司るマイクロマシン)を注入し、常に肉体状況をモニターされ、病気の兆候があれば即時に治療される。酒やタバコなど不健康な嗜好品は反社会的となり、WatchMe が警告を出す。

 「おお、これなら俺の毛母細胞も…」などと能天気な事も考えたが、油ギトギトのステーキやスナック菓子が食えないのは辛い。じゃなくて。

 穏やかな相互監視社会でもあるが、とりあえず人々は平穏に暮らしてる…家畜のようでもあるが。そんな平穏な世界に苛立る若者の代表として出てくるのが、ミァハ。「ただの人間には興味がないの」って、涼宮ハルヒかい。凄い影響力だなあ。厨二病とも言えるが、「自分が自分であること」を主張したい年頃としては、「社会の人的資源の一員」となる事を求められるのは、なんとも納得がいかない。

 かと言って明確な支配者が存在しない社会とあっては、国会議事堂に投石しても無意味だ。残念ながらミァハは、そういう事を理解できてしまう程度の賢さを持っている。

 みたいな息苦しさは、今の日本の文化が技術の支援を得てエスカレートした世界、といった印象も受ける。街は清潔で治安もよく、生活は規則正しく、社会は計画に則って運営されていく。安全で安定してはいるものの、人生のレールが敷かれてしまっているようで、血の気が多い若者には面白くない。

 …などというと、「社会に不満を持つ若者の反抗物語」のように思えるが、とんでもない。ある意味、それを突き詰めた物語とも言えるけど、最終章が突きつける衝撃は、厨二病が完治したと思い込んでる大人にこそ、大きな揺さぶりをかける。これが成熟だとしたら、私はこれを受け入れるだろうか。うーん。でも俺の毛母細胞が復活するのなら←しつこい

 いや、ほんと、まぜっかえさないと対峙できないのよ、重すぎて。キアンは、こういう気分だったのかしらん。やっぱり星雲賞はハズレなしだなあ。

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