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2012年3月の16件の記事

2012年3月29日 (木)

服部正也「ルワンダ中央銀行総裁日記」中公新書290

 …ルワンダ商人による輸入がなぜ伸びないかを考えた。(略)輸入手続きの煩瑣である。フランス語を解せず、タイプライターを持たず、車もなく、国境に近い地方に住むルワンダ人商人に、フランス語で輸入申請書を六部作ってキガリに出て銀行に提出し、二週間後またキガリにでて許可書を受けとる、という手続きをとらせることがいかに無理なことか。

【どんな本?】

 ルワンダはアフリカの中央に位置する発展途上の小国(→Wikipedia)で、最近はルワンダ紛争で話題になった。国際通貨基金から依頼を受けた著者は、1965年から1971年までルワンダの中央銀行総裁として勤務する。恒常的な財政赤字と社会基盤の絶望的な貧しさの中、著者は国際通貨基金とは全く異なる方針を打ち出し、健全な経済発展へと向け、政府や民間人と協力しつつ独自で大胆な経済改革を成し遂げる。

 一般に私たち日本人は、元植民地の発展途上国の政治・経済事情や、発展途上国と宗主国の関係などに、あまり馴染みがない。本書は、ルワンダの主要輸出作物であるコーヒーの生産・加工・販売や農機具の輸入、また賃貸不動産や税制などの具体例を挙げ、アフリカの発展途上国の経済状況を解説する。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 1972年6月25日初版発行、2009年11月25日増補版発行。新書版で縦一段組み、本文約334頁。9ポイント43字×17行×334頁=244,154字、400字詰め原稿用紙で約611枚。長編小説なら標準サイズ。

 文章そのものは読みやすいが、未就業の読者には新書のわりに少し辛いかも。主題が中央銀行総裁の職務なだけに、中央銀行と商業銀行の違い/平価切下げ/減価償却/歩留まり率など、経済・経営・経理の基礎知識が必要になる。とはいえ常識レベルなので、文化祭のヤキソバの屋台で損益を計算した程度の知見があれば充分だろう…たぶん。いえ私、ソッチには疎いもんで。

【構成は?】

 まえがき
Ⅰ 国際通貨基金からの誘い
Ⅱ ヨーロッパと隣国と
Ⅲ 経済の応急措置
Ⅳ 経済再建計画の答申
Ⅴ 通貨改革実施の準備
Ⅵ 通貨改革の実施とその成果
Ⅶ 安定から発展へ
Ⅷ ルワンダを去る
<増補1>ルワンダ動乱は正しく伝えられているか
<増補2>「現場の人」の開発援助哲学 大西義久
 関係略年表

 Ⅰ~Ⅷまでは、時系列順の素直な構成。ルワンダ紛争を受け、著者による増補1と、本書解説およびその後のルワンダ経済を俯瞰する増補2が加わった。増補2は冒頭の3頁ほどで綺麗に本書をまとめているので、早めに概要を知りたい人は先に読んでもいいだろう。

【感想は?】

 中央銀行総裁と言いつつ、実質的にやってる事は大蔵大臣+経済産業省大臣並の大仕事。国内における影響力の大きさは日本における日銀総裁の比ではない。なんたって、税制にまで口を出し、ルワンダの経済改革案を作って実施しちゃってるんだから。つまりは当時のルワンダの経済・産業政策を一手に担ってたって事。

 本書によると当時のルワンダは人口300万ほどで茨城県程度、Wikipedia によれば2008年で約一千万人で神奈川県ぐらい。ところがさすが発展途上国、商業銀行は一行しかなく、それもベルギー資本だ。日本じゃ市レベルでも農協や信用金庫があるのに。これじゃルワンダ人が起業しようにも起業資金の融資が受けられず、発展のしようがない。よって主な商業、特に貿易活動は海外資本に握られてしまう。

 この商業銀行創設のエピソードも凄い。唯一ルワンダ内に支店を持ってたベルギー系銀行の支店がコンゴ内乱のあおりで閉鎖し、商業銀行がなくなってしまった。銀行誘致の命を受けた蔵相がアテもなくブラッセルに行き、立派な建物を見て飛び込んだのがランベール銀行。飛び込みで総支配人と談判したら誘致成功。いかな小国とはいえ、一国の大蔵大臣が飛び込みで銀行を誘致するって…

 とまあドン底な上に、発展に必要な基盤もない。どころか、「国債に関する法律もない」。ここまで酷いと絶望しそうだが、著者もタフだ。「これ以上悪くなりようがないなら、何やったって改善になるじゃん」と開き直る。

 ルワンダ経済の中枢を握る外国人商人や商業銀行の関係者はルワンダ人を愚かな怠け者と見下すが、著者はルワンダ人の意外な面を発見する。例えば大統領が経済援助の受け入れを拒む理由は「返せるアテがない」と正直なものだし、農林省大臣が米作から輸出用換金作物の綿花への転作を拒む理由は「米の方が農家の収入が多いから」と、極めてまっとうなものだ。

 怠け者という観点も、民家の庭の花壇の手入れが行き届いているのを見て、「実は働き者じゃね?」とアタリをつけ、勤労意欲を削ぐ原因を探る。

 冒頭の引用は著者がルワンダ商人を育てる際に突き当たった壁の一つだ。貿易が海外資本に独占されていると思いきや、実は小規模ながらルワンダ人による「密輸」が行われていた。大半は国境近辺の農民が片手間に隣国から塩・豆・食用油・繊維品などを買い入れ、売りさばいている。扱う品物はまっとうだが、正規登録の業者じゃないので法的には密輸って事になってしまう。

 著者はこれを「彼らを育てりゃいいじゃん」と前向きに捉える。一般に途上国の発展といえば工業化を考えがちだが、著者は農業を基本に商人を育てる方針を打ち立てる。となれば農機具の輸入が必要になるが、「密輸業者は半農なんだがら隣国の農機具も目利きできる、海外資本と競争させれば健全な商業が発展する」と判断、小規模貿易を免税とする。大胆だ。

 ってな概要的な事柄に加え、平価切り下げがビールの価格と利益に影響する度合いなど、細かく具体的な数字も沢山でてくる。当時のルワンダの為替は公定相場と自由相場の二本立てで、これを利用して外国人商人は巧く立ち回ってる。通貨切り下げに伴うインド商人とベルギー商人の決戦は大笑い。ラジャン氏って、たぶんシークだろうなあ。

 国としての所帯が小さい分、国家中枢にいる者の任務も幅広い…からかどうかは知らないが、著者は中央銀行総裁でありながら、路線バス公社まで作っている。当初は採算を懸念したが、「時には58人乗りのバスに90人以上も詰め込む」という千客万来状態。よくインドの列車やバスの写真で、屋根にまで人が乗ってるのを見て呆れてたけど、こういう目で見ると、それなりに経済が巧く回ってる証拠でもあるのね。人と物が活発に流通してるって証拠なのだから。

 他にも「キガリの商業店舗の半数以上がルワンダ人所有だが、ナイロビやカンパラの店舗で国民が所有してるのは20~25%」とか「ルワンダ軍のルワンダ人将校は実践指揮に専念してるが、兵站や経理はベルギー人軍事顧問に任せてたので甘い汁吸われまくり」など、途上国と元宗主国のありがちな関係が垣間見えたり、アジアとアフリカの途上国の違いを解説している。

 視点が中央銀行総裁という俯瞰する立場でありながら、実際の業務に当たってはルワンダ人農民の消費傾向を調べるなど、庶民生活にも目配りを忘れない。発展途上国の現実を知るには格好の一冊。

 そういえば本書では品目ごとに細かく関税率や輸入限度額をを設定したり固定相場制だったりする。自由貿易や変動相場制が常識となった現代の日本から見ると、統制経済というか社会主義的に感じるのも、時代の遷移がわかって興味深い。昔は物品税ってのがあってねえ…

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2012年3月28日 (水)

SFマガジン2012年5月号

世の中には、ちくわぶを憎む人のなんと多いことか。  ――水玉蛍之丞「SFまで100000光年」

 280頁の標準サイズ。今月の目玉はイアン・マクドナルド特集として、短編二編「ソロモン・ガースキーの創世記」「掘る」、ローカス編集部によるインタビュウ「予測のつかない国」、日本での最新作「サイバラード・デイズ」のレビュー。

 インタビュウじゃ兼業作家ってのが驚き。イギリスでもSFの専業で食ってくのは難しいのか。ラストは北アイルランド在住らしい発言で締めくくられている。

 「ソロモン・ガースキーの創世記」は、月曜日から日曜日までという構成でわかるとおり、聖書を意識してるっぽい。ナノテク・エンジニアのソロモン・ガースキーは、恋人のエレナと共に、新品のマウンテン・バイクでサングレ・デ・クリスト山越えに挑戦していた。ところが5日目、ソロモンの自転車のギアがパックリと割れてしまった。修理のために訪れた居住地で、彼が見たのは…
 もともとマクドナルドは苦手だったんだが、この作品はとりわけ読みづらい。文体が技巧を凝らしてる上に、ブッ飛んだアイデアが次から次へと機関銃のごとく連続発射される。しかも、この人、ガジェットは詳しく説明しないから、注意深く考えながら読まなきゃいけない。内容は創世記の名に相応しく、オラフ・ステープルドンばりに壮大なスケールの物語。

 「掘る」は、お得意の火星が舞台のお話。間もなく火星年8歳(地球年だと16歳)の成人年齢を迎える少女、タッシュは採掘都市ウェスト・ディッゴリーに住んでいる。間もなく都市は「移動の日」を迎える。大掘削抗の下に向かい、都市が半年後とに移動するのだ。都市の使命は、大掘削坑を掘り進めること。
 まんま、掘る話。採掘都市と大掘削坑のアイデアに圧倒される。創世記より、こっちの方が好き。掘るったって、鉱山みたいなチャチなモンじゃない。しかし「逆転世界」とか「移動都市」とか、イギリスの作家って動く都市が好きだなあ。

 山本弘「輝きの七日間」、そろそろ佳境か。なんかこう、大技を仕掛けてる気がする。

 梶尾真治「怨讐星域」は22話、「悪魔の降下」。これも終盤に差し掛かってる模様。ノアズ・アーク号は<約束の地>まであと数ヶ月という距離にきた。その頃、<約束の地>の山に棚田を作り暮らす兄妹がいた。父母に先立たれ、若い兄のリュンは幼い妹のマユゥの面倒をみつつ、収穫した作物を下の集落に売って生活していた。集落では、ノアズ・アーク号の到着が話題になっていたが、リュンの心の中では不満と虚無感が渦巻いていた。
 さすがカジシン、手馴れてる。と思えば、キルゴアトラウトなんて年寄りが喜ぶクスグリもあって。

 パオロ・バチガルピ「錬金術師」後編。長年の執念が実り、イバラを駆逐するバランサストを完成させた錬金術師、ジェオズ。苦しい時も黙々と支えてくれたパイラとの絆にもやっと気がつき、娘のジャイラもそれを喜んでくれている。もはや恐れるものは何もない、意気揚々と市長を訪ねると、そこには多くの町の名士が着飾って待ち構えていた…
 魔法を使うと増殖するイバラってアイデアは、いかにもバチカルピらしい皮肉な設定。ラリイ・ニーヴンのマナにも通じる、ファンタジーの面白い発想。現代の環境問題を皮肉ってる感がある。

 大野典宏「サイバーカルチャートレンド」は、なんとOSIの7階層の話。そういえば昔のパソコン通信はRS232C経由で、同時に複数のセションを張るなんて夢のまた夢だったんだよなあ。今の私は iTunes でネットラジオ聞きながら Firefox でブログ書いてるけど、昔はエディタで文章書いてテキスト・ファイルに一旦保存し、完成してからまとめてアップロードしてたっけ。もちょい突っ込んで、「工業規格」の話まで持っていくと…「ねじとねじ回し」になるか、はたまた「戦争の世界史」になるか。

 焦ったのが水玉蛍之丞「SFまで100000光年」。そうか、ちくわぶって嫌われてたのか。まあ、確かに充分にダシが染みてないと美味しくないけどさ。かと言って放置しすぎると崩れてダシが濁っちゃうけどさ。

 円城塔の新刊「バナナ剥きには最適の日々」の煽り「あまり難しくない最新作品集」には笑った。サリンジャーのもじりかな?昔読んだ覚えがあるけど、意味が判らなかったんだよなー。

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2012年3月23日 (金)

ミゲル・ニコレリス「越境する脳 ブレイン・マシン・インターフェースの最前線」早川書房 鍛原多惠子訳

霊長類の皮質によって形成される運動思考を記録、解読し、地球の反対側までも送信しようというのだ。こうして私たちは、思考をデジタル信号に変換し、もともと人間らしい動きをするようには設計されていない機械に人間のような動きをさせることができた。

まさにこの瞬間、身体によって課せられた境界から脳を解き放ち、仮想、電気、機械ツールを駆使して物理的な世界を制御する能力を脳に与える手段として、私たちのBMIが名乗りを上げた。ただ考えるだけでよいのだ。本書は、こうした実験の詳細を紹介し、それによって脳機能にかかわる私たちの理解がどう変わったかを論じるものである。

【どんな本?】

 BMI、ブレイン・マシン・インターフェース。頭で考えるだけで、機械を操作する技術。それは既にSFの世界から、現実のものとなりつつある。本書は、BMI研究の第一人者による、BMIの解説書だ。19世紀末からの神経科学の歴史を辿り、その二大派閥、すなわち局在論(又は還元主義)と分散論(又は相対論)の論争を軸に、行われた様々な実験を紹介しつつ、最新のBMI研究の状況までを紹介する。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Beyond Boundaries : The New Neuroscience of Connecting Brains with Machines - and  How It Will Change Our Lives, By MIguel Nicolis, 2011。直訳すれば「境界突破 : 脳・機械接続の最新神経科学 - それは我々の人生をどう変えるか」。日本語版は2011年9月25日初版発行。

 ハードカバー縦一段組みで本文約404頁に加え訳者あとがき4頁。9ポイント45字×18行×404頁=327,240字、400字詰め原稿用紙で約819枚。長編小説なら長め。

 はっきり言って、相当に読みにくい。文章が堅いせいもあるが、それ以上に内容が難解。というか、ある程度の神経科学の知識がある人を読者として想定している模様。数式や分子式こそほとんど出てこないが、「運動野」や「三叉神経」なんて専門用語が何の説明もなくポンポン出てくる。読者に親しみを持たせるためか、時折サッカーや音楽の話も出てくるのだが、これがまた文章が古典的というか詩的というか、かえって高尚すぎてとっつきにくい印象を与える。それなりの覚悟で読もう。

【構成は?】

 プロローグ 音楽の導くままに
第1章 思考とはなにか
第2章 脳の声を追う者たち
第3章 シミュレートされた身体
第4章 脳のシンフォニーに耳を傾ける
第5章 ネズミはどうやってネコから逃げるのか?
第6章 オーロラの脳を自由にする
第7章 自己制御
第8章 心の「現実世界」一周
第9章 身体が飛行機だった男
第10章 心を形成し共有する
第11章 脳にひそむ怪物
第12章 相対論的な脳で計算する
第13章 ふたたび星に還る
 謝辞/訳者あとがき/参考文献

 正直、5章までは結構眠い。以降の基礎知識にあたる部分だが、文章が堅い上に専門用語頻発。だが6章あたりから話はエキサイティングになり、11章がクライマックス。12章と13章は、この手の本にありがちな、「科学者が未来を予測する」話。

【感想は?】

 アダルト・ビデオで見るパンツより、現実で偶然に目撃するパンチラの方が嬉しい理由がよくわかる←違います

 前半は、神経科学の歴史を辿りつつ、脳の機能についての二大派閥、つまり局在論と分散論の論争を紹介していく。ちなみに著者は分散論派。

 局在論とは、脳の機能と、それを司る部位の位置が固定的に対応している、という主張。ベンフィールドのホムンクルス(→脳の世界脳の中のこびと(ホムンクルス))の絵を見た事のある人も多いだろう。あんな感じに、脳の機能は、機能ごとに特定の部位が司っている、という主張。例えば、マウスのヒゲ一本一本、それぞれ脳内に対応する樽状の領域がある、という研究を、トーマス・ウールジーとヘンリック・ファン・デ・ルースがしている。これが発展して、「おばあちゃん細胞」なんて論が出た。

 これに対し、著者の分散論(または相対論)は、脳の機能は動的に変化している、と主張する。先の樽状領域なのだが、あれは麻酔をかけ眠らせた状態で計測したものだ。ところが、覚醒した状態だと、ラットが自分でヒゲを動かして対象物に触れたときと、ヒゲを動かさず対象物が触れたときとで、結果が違う。つまり、ラットの状態によって、同じ刺激でも脳は違う働きを見せる。

 で、この脳の反応をどうやって測るかというと、つまりは脳に多数の電極を刺して電位を測るわけ。いやマッドだわ。まあ、電極ったって、今は細い針で、一本の針に10個程度の電極があって、つまり一個刺せば10箇所の電位が測れる。そういう電極を100個とか512個とか刺す。

 ってんで、ジョイスティックで捜査するビデオゲームをサルに覚えさせ、その際の脳の反応を電極で記録していく。ひととおり覚えたら、脳の反応を分析して、サルの手の動きを制御する信号を解読する。次に、サルの手の動き信号に応じて動くロボットアームを作る。てんで、サルの手の動きを真似るロボットが出来た。

 その上で、今度は、ジョイスティックをサルに触らせず、ロボットアームでジョイスティックを操作するようにした。この時、サルは自分の手じゃジョイスティックを動かせない。「考え」てロボットアームを動かさなきゃいけない。

 実験は見事に成功し、サルは考えただけで見事にゲームを成し遂げた。面白いのは、この際にサルが使ってる脳の部位は、腕を動かす際に使ってる部位の近隣だってこと。

 実験で使った電極の数は100。「サルの第一次運動野だけで数千万個のニューロンがある」ので、数十万分の1の数のニューロンでも、どうにかなるって結果になる。この数は結構大事らしく、減らしてく実験もしてて、電極の数が40ぐらいまでは穏やかに精度が落ちるんだが、20個未満になると急激に精度が落ちる。

 自動車の運転が上手な人は、自動車のボディが皮膚感覚で判るというが、あれも本当らしい。霊長類が道具を使う際は、道具も身体の一部として認識している模様。つまり、脳が持つ身体のイメージは固定ではなく、「動的に拡張したり縮小したりしている私たちの身体表象につねに付け加えている」。SFによく出てくる、ロボットや宇宙船にヒトの脳を使うって案は、実現可能みたいだ。

 マッドさで凄いのが、ホセ・マヌエル・ロドリゲス・デルガドの闘牛場での実験。闘牛がデルガドに突進してくる。デルガドは左手に持つ装置のボタンを押す。闘牛は踵を返す。実は牛の脳には電極が刺さってて、デルガドがボタンを押すと電極に電気刺激が流れるようになってた。つまりですね、脳に電流を流す事で、牛の行動を制御できるってわけ。これをヒトに応用したら…と思うでしょ。実際、「最大で25人の重症の精神または神経障害をもつ人を選び」実験しているんだが…

脳への電気刺激の効果が各患者間で、そして同じ患者でもその時々に応じて大きく変わることを確認してからは、デルガドはヒトを対象にした研究の大半を取り止めている。

 SFで「アップロード」する場合、される人は静止した状態でスキャンするって描写が多いけど、あれじゃ巧くいかないわけ。人により信号の形は違うし、同じ人でも時に応じて信号が違ってくる。むしろ、電極を刺したまま暫く生活してもらって、信号系の変化の様子を記録するって形の方が、今の研究成果じゃ現実的ってこと。ちなみにデルガド、他にもいろいろマッドな実験やっとります。

 「えー、電極を刺すって怖い」と思うけど、非侵入的な方法もあって、それについても本書は解説してる。それぞれに一長一短があって、将来は双方をミックスした方法が取られるだろう、と。

 終盤になるとブレイン・マシン・インターフェースどころか、ブレイン・ブレイン・インターフェースなんて発想も出てくる。途中に機械が介在するんだけど、誰かが見た・考えた事を、携帯電話やPCを使わずに他の誰かに伝える話。となると、当然、装置の形はネコミミ状で←をい

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2012年3月20日 (火)

伊藤計劃「ハーモニー」ハヤカワ文庫JA

「誰かが孤独になりたいとしたら、死んだメディアに頼るのがいちばんなの。メディアと、わたしと、ふたりっきり」

【どんな本?】

 「虐殺器官」で絶賛を浴びて鮮烈なデビューを果たし、流星のように夭折した伊藤計劃の第二長編。第40回星雲賞日本長編部門・第30回日本SF大賞・「SFが読みたい!2010年版」ベストSF2009国内編第一位のほか、英訳版が2010年フィリップ・K・ディック賞に輝くなど、デビュー作以上に話題を呼んだ。

 人々の肉体にマイクロ・マシンが投与され、徹底した健康管理と周囲との調和こそが美徳とされる、一種のユートピア的な近未来の世界を舞台に、そんな世界に疎外感を感じる三人の少女の軌跡を辿りながら、人間の本質に切り込みつつ人類の行く末を問う。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2008年12月に早川書房Jコレクションとして出版、2010年12月15日にハヤカワ文庫JAから文庫で発行。文庫本縦一段組みで本文約356頁+佐々木敦の解説15頁。9ポイント41字×17行×356頁=248,132字、400字詰め原稿用紙で約621枚。長編としては標準的な分量。

 冒頭から一見これみよがしな技巧が凝らされてるけど、意味が判らなければ、まあ無視して結構。無視しちゃえば、文体そのものはスタイリッシュなわりには読みやすい。ただ、マイクロマシンやコンピュータ・ネットワークなどサイバーパンク風のガジェットは冒頭から細かい説明なしに頻出するので、ガジェットに不慣れな人は戸惑うだろう。ある程度SF的な小道具に慣れた人向け。

【どんな話?】

 おとなの体には WatchMe が入ってる。恒常性を監視し、不調があれば警告する。社会は思いやりで溢れ、私もその一員となる事を期待してる。そんな世界で目立たぬよう過ごしていた高校生のわたしトァンとキアンは、なぜかクラスの成績優良な変わり者の問題児ミァハに目をつけられ、三人で過ごすことが多い。ミァハは変な事を知ってる。普及してる製薬機を改造して化学兵器や麻薬を作る方法、昔の公園の風景、病気という現象…。

【感想は?】

 これは希望なのか絶望なのか。似たテーマを扱ってる海外の作家は何人か思い浮かぶが、翻訳というフィルタを通すせいか、読者側も右脳的に考えるため、どうにも皮膚感覚が伝わってこない。ところが伊藤計劃、日本語ネイティブな作家のせいか、似たテーマを彼が書くと、途端に「今、自分が直面している問題」として実感が迫ってくる。

 冒頭の <!Emotion-in-Text Markup Language:version=1.2:encoding=EMO-590378?> は、Web に詳しい人ならお馴染みのXML(→Wikipedia)をアレンジしたものだろう。「ほほう、なんか神林長平みたいだ」などと思ってニヤニヤしてたら…

 そう、Emotion、まさしくその問題を感情に訴えてくる、実に衝撃的な作品だ。これを希望と感じるか、絶望と思うか。なんともゾワゾワするけど、私は希望だと思う。困ったもんだ。

 冒頭で語られるのは、ユートビア的な世界で若者が感じる閉塞感。国家や政府が瓦解し、変わって”生府”が管理している…といっても、わかりやすい実体はない。権限は細分化され絡み合い、明確な支配者は見えず、なんとなく世界は安定し人々は健全に暮らしている。

 人々は穏やかで思いやりにあふれ、過去の災厄による人口減少もあって、子供は大切にされる。人は貴重な人的資源と見なされ、健康維持が重要な美徳と見なされる。大人は身体内部に WatchMe(たぶん健康維持を司るマイクロマシン)を注入し、常に肉体状況をモニターされ、病気の兆候があれば即時に治療される。酒やタバコなど不健康な嗜好品は反社会的となり、WatchMe が警告を出す。

 「おお、これなら俺の毛母細胞も…」などと能天気な事も考えたが、油ギトギトのステーキやスナック菓子が食えないのは辛い。じゃなくて。

 穏やかな相互監視社会でもあるが、とりあえず人々は平穏に暮らしてる…家畜のようでもあるが。そんな平穏な世界に苛立る若者の代表として出てくるのが、ミァハ。「ただの人間には興味がないの」って、涼宮ハルヒかい。凄い影響力だなあ。厨二病とも言えるが、「自分が自分であること」を主張したい年頃としては、「社会の人的資源の一員」となる事を求められるのは、なんとも納得がいかない。

 かと言って明確な支配者が存在しない社会とあっては、国会議事堂に投石しても無意味だ。残念ながらミァハは、そういう事を理解できてしまう程度の賢さを持っている。

 みたいな息苦しさは、今の日本の文化が技術の支援を得てエスカレートした世界、といった印象も受ける。街は清潔で治安もよく、生活は規則正しく、社会は計画に則って運営されていく。安全で安定してはいるものの、人生のレールが敷かれてしまっているようで、血の気が多い若者には面白くない。

 …などというと、「社会に不満を持つ若者の反抗物語」のように思えるが、とんでもない。ある意味、それを突き詰めた物語とも言えるけど、最終章が突きつける衝撃は、厨二病が完治したと思い込んでる大人にこそ、大きな揺さぶりをかける。これが成熟だとしたら、私はこれを受け入れるだろうか。うーん。でも俺の毛母細胞が復活するのなら←しつこい

 いや、ほんと、まぜっかえさないと対峙できないのよ、重すぎて。キアンは、こういう気分だったのかしらん。やっぱり星雲賞はハズレなしだなあ。

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2012年3月19日 (月)

サイモン・シン&エツァート・エルンスト「代替医療のトリック」新潮社 青木薫訳

科学と意見という、二つのものがある。
前者は知識を生み、後者は無知を生む。  ――ヒポクラテス

【どんな本?】

 鍼,ホメオパシー,カイロプラクティック,ハーブなど、現代も隆盛を誇る代替医療(民間療法)は、イギリスではチャールズ皇太子も熱心に支援している。「フェルマーの最終定理」や「暗号解読」で大ヒットを飛ばしたサイモン・シンが、現在も代替医療研究を進めているエツァート・エルンストとタッグを組み、代替医療を通常医療と比較し、その効果に断を下す。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Trick or Treatment? : Alternative Medicine on Trial, 2008。日本語版は2010年1月30日発行。ハードカバー縦一段組みで本文約442頁+訳者あとがき5頁。9ポイント44字×20行×442頁=388,960字、400字詰め原稿用紙で約973枚。長編小説なら2編分に少し満たないぐらい。

 理系の本のわりに、数式や化学式はほとんど出てこないので、中学生でも充分に読み下せる。

【構成は?】

 はじめに
第Ⅰ章 いかにして真実を突き止めるか
第Ⅱ章 鍼の真実
第Ⅲ章 ホメオパシーの真実
第Ⅳ章 カイロプラクイティックの真実
第Ⅴ章 ハーブ療法の真実
第Ⅵ章 真実は重要か?
 付録 代替医療便覧/より詳しく知りたい読者のために/謝辞/訳者あとがき

【感想は?】

 はじめに。何らかの事情で実際に代替医療を検討してる方に、申し上げておく。

  まず、医師に相談してください。

 私は医療の素人だ。「どんな療法が適切か」なんて判断は、下手すりゃ命にかかわる。そんな重い責任を負うのはごめんだ。そういうのは、専門の教育を受け国から資格を認定され職業として報酬を得ている者に押し付けるに限る。ここで私が何を書こうと、こんな駄文より、医師免許を持つ者の診断の方が信用できるに決まっている。繰り返す。

  まず、医師に相談してください。

 で、本書の内容は。結論から言うと、代替医療をコテンパンに叩きのめす内容となっている。というか、「安全で有効であることが証明できる医療はなんであれ、実は代替医療ではなく、通常医療になる」。つまり、代替医療とは、「安全が確認されていない」か「効果が確認されていない医療」という事になる。

 どういうことか。本書の冒頭で、壊血病の話が出てくる。長期航海の妨げとなった壊血病、「1763年に英仏七年戦争が終結するころまでには、軍事行動によって命を落としたイギリスの水兵は1512名だったのに対し、壊血病で死んだ者は10万人にのぼった」というから凄まじい。

 これに解決の糸口をつかんだのがスコットランド人海軍外科医のジェイムズ・リンド。1747年に壊血病患者12人を集め、二人ずつ六つの組に分けて異なる治療を施したところ、オレンジとレモンを与えた水兵が回復した。世界初の医療の比較対象実験だ。

 ところが彼は研究を発表せず、日の目を見るには33年が必要だった。ギルバート・ブレーンが水平の食事にレモンを導入すると、水兵の死亡率が半減した。

 ビタミンCが発見されていない当時、壊血病の原因は不明だった。が、とにかく効果はある。ってんで、1795年3月5日、英国海軍傷病委員会は、壊血病予防にレモン果汁が効果あり、と認める。

 つまり。「理由はわからなくても、効果があるなら、それは医療として認める」ってのが、現代医療の姿勢なわけ。本書では、これを「科学的根拠にもとづく医療」としている。結果オーライって姿勢なんだから、科学というより工学が妥当だと思うんだけど、「工学的医療」って、なんか人間を機械扱いしてるみたいで、患者には印象悪いよねえ。他にも紅茶にミルクを注ぐべきか、ミルクに紅茶を注ぐべきか、なんて実験も載ってる。

 本書の表向きの顔は代替医療の検証だけど、本書にはもう一つの顔がある。それは、エビデンス。その療法が安全で有効である由を、臨床試験で確認する、という現代医療の根本にある姿勢。これが確立する前の医療の酷さと、確立する過程でわかったプラセボ効果、そして確立後の医療の目覚しい進歩。

 昔から医者嫌いな人はいた模様で、有名人や作家にコキおろされてる。

  • 「薬を出す医者はみんな藪医者だ」ベンジャミン・フランクリン
  • 「医師というのは、ろくに知りもしない薬を処方し、薬よりもいっそうよく知らない病気の治療にあたり、患者である人間については何も知らない連中である」ヴォルテール
  • 「医者なんて信じるな。奴らの毒消しは毒だぞ」シェイクスピア『アテネのタイモン』より
  • 「患者の大部分は、病気のために死ぬのではなく、薬のために死ぬのです」モリエール『病は気から』より
  • 「もしも世界中の薬が海に投げ込まれたとしたら、魚には気の毒だが、人間のためにはなるだろう」オリヴァー・ウェンデル・ホームズ
  • 「殿下、私が報酬をいただいているのは、医師としての務めに対してではなく、本で読んだ内容をそのまま信じた若者が、患者を死に至らしめるような薬を与えないようにする仕事に対してなのです」フィレンツェ大公の侍医ラタンツィオ・マジォッティ
  • 「医師の診察および治療を受けるだけの財力のある人たちのほうが、貧しい人たちよりも死ぬ割合が高い」1622年フィレンツェの医師アントニー・ドゥラッツィーニ

 まあ、実際、瀉血の時代は、下手に医者にかかるとかえってヤバかったりする。これを証明したのが、有名なナイチンゲール。病院の不潔さが兵に感染症を蔓延させている由を見抜き、病院環境を清潔にする。プレゼンテーションの能力も見事で、彼女が作ったグラフ「東部戦線における陸軍将兵の死亡率 1854年4月~1855年3月」はビジネスマン必見。というか、ナイチンゲールって、献身的な看護で有名なのかと思ったら、統計を重視した功績も大きいのね。

 エビデンスが重要なのは、効果だけじゃない。安全である由も確認する必要がある。例えば中国製のハーブ薬は重金属を含む場合があるし、悪質なカイロプラクティックは脳卒中の危険がある。2003年にWHOが鍼に肯定的な報告を出してるけど、起草と改訂にあたってるのは北京大学統合医療研究所名誉所長の謝竹藩医師。

 代替医療にも凄いのがあって、私が感激したのはタキオン・セラピー。曰く。

「多次元DNA手術はチャネリングのテクニックを用いて、DNAレベルで問題のある配列を取り除き、神のような完璧な配列で置き換える治療法です」

 意味わかんねえ。「で、どんな配列をどう変えたの?ATGCで教えて」と聞いてみたい。本書の末尾では、他の代替医療もまとめてバッサリ切ってる。ヨガと太極拳は「専門家の指導に従えばエクササイズの効果はあるかもね」ぐらいで、他はよくて「無害だから好きにすれば?」で、「危険の方が大きいよ」なんてのもある。

アーユルヴェーダ/アレクサンダー法/アロマセラピー/イヤーキャンドル/整骨療法/キレーションセラピー/頭蓋オステオパシー/クリスタルセラピー/(医師以外による)結腸洗浄/(医師以外による)催眠療法/サプリメント/酸素療法/指圧/神経療法/人智学医療/吸い玉療法/スピリチュアル・ヒーリング/セルラーセラピー/デトックス/伝統中国医学/自然療法/バッチフラワー・レメディ/ヒル療法/風水/フェルデンクライス法/分子矯正医学/磁気療法/マッサージ療法/瞑想/反射療法/リラクセーション/霊気

 …って、上に挙げたシロモノ、私は大半を知らなかった。アロマセラピーって、お茶やコーヒーみたいな「気分を変えるための嗜好品」か、「お肌を綺麗にする」的な美容法だと思ってたんだが、医療と思ってる人もいるのね。霊気は何かと思ったら、手かざしみたいな雰囲気かな?

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2012年3月16日 (金)

桜井啓子「シーア派 台頭するイスラム少数派」中公新書 1866

 現代政治におけるシーア派最大の特徴は、イランのホメイニーやイラクのスィースターニー(1930~)のように、国内外の信徒に絶大な影響力を持つ宗教界の権威が存在することである。シーア派の宗教界は、彼らを頂点に、ゆるやかな位階制をなしているために、こうした影響力を発揮するのだが、このような位階制を持たないスンナ派宗教界は、シーア派のような影響力を行使することができないのである。

【どんな本?】

 スンナ派と並ぶイスラム教の二大派閥の一つで、全体としては少数派だが、イランやイラクに多いシーア派。イランのイスラム共和制に見られるように、政治に深くコミットする宗派と見られがちだが、その実態はどうなのか。シーア派の成立と歴史を紐解きながら、各国や地域ごとのシーア派の置かれた立場を解説しつつ、現在のシーア派の状況と特徴、その方向性を紹介する。

 全般的に組織や人物など現実的な話が中心で、教義の話題は控えめ。また、シーア派の本場イランの話が多くを占める。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2006年10月25日発行。新書で縦一段組みで本文約228頁。9ポイント41字×16行×228頁=149,568字、400字詰め原稿用紙で約374枚、長編小説なら短め。

 馴染みのないイスラム教の話で、おまけに政治が絡むため、ある程度は覚悟していたが、意外と読みやすい。ただ、中東系の話だと、どうしても人名の表記にクセが出る。有名なアルカイダのビン・ラディンがウサーマ・イブン・ラーディンだったり。

【構成は?】

 まえがき
 序章 台頭するシーア派
第1章 シーア派の成立
第2章 政治権力とシーア派
第3章 近代国家の成立とシーア派――20世紀~
第4章 イラン・イスラーム革命と「革命の輸出」
第5章 ポスト・ホメイニーと多極化
 終章 シーア派の行方
 あとがき/主要参考文献/
 イスラーム王朝一覧表/歴代マルジャア・アッ=タクリード一覧/
 シーア派関連年表/人名索引・事項索引

【感想は?】

 つまりシーア派とは、悲劇の主人公なのだな。

 いきなり酷い決め付けをしてるけど、起源からして悲劇だし。極論するとスンナ派とシーア派の争いは、跡目争い。預言者ムハンマドの従弟で娘婿のアリーと、その子孫がイマーム(要はムスリムの指導者)と見なすのがシーア派で、それを認めないのがスンナ派。

 両者はアリーの頃からゴタゴタしてる。有名なのがアリーの息子で三代目イマームのフサインが、ウマイヤ朝の二代目カリフのヤズィードにケチつけたカルバラーの戦い。クーファの民に煽られ寡兵でクーファに向かったフサインだが、ヤズィードが先手を打ってクーファを押さえ込み、また四千の兵をカルバラーに送ってフサインを迎え撃つ。奮戦するフサインだがクーファからの援軍は現れず、無念の戦死。

 ってんで、これがお祭りアーシュラーの起源にもなってる。まあ一種の判官贔屓?現代でも、各国にシーア派がいるんだけど、イラン・イラク・バハレーン・アゼルバイジャンを除いて少数派。最近でこそイランはシーア派支配でイラクはシーア派が多数の政権だけど、大抵の国じゃ少数派として弾圧され、バハレーンでも支配権はスンナ派にある。つまり「俺たちは苛められている」って認識があるわけ。

 これ、逆に言うと、「苛められてる」って認識を必要とする文化とも言えるわけで、イランが無闇に欧米やGCC諸国に喧嘩売る理由の一つがここにあるのかしらん。殉教者フサインがスターな為か、無謀な戦闘を美化する風潮もあるんじゃなかろか。

 面白いのが「隠れイマーム」って発想。弾圧されてきたシーア派で、「私がイマームだ」なんて名乗ったら命が危ない。だから、今もイマームはいるんだけど、名乗りは上げず隠れてるんだよ、みたいな考え方。一子相伝だし、北斗神拳か陸奥圓明流みたいだ←全然違う

 フムス(五分の一税)ってのも特徴で、信徒が直接ウラマー(宗教指導者)に税を払う。ウラマーは宗教寄進地も持ってるんで、政府から財政的に独立してる。これがシーア派独特の政治姿勢を生み出す源になってる。イランのパフラヴィーは、農地改革で宗教寄進地も取り上げたために、宗教指導者の恨みを買っちゃった。

 現代編だと、イラン革命が他国のシーア派に与える影響が興味ぶかい。多くの国では、シーア派というだけでイランの手先と見られる。これを避けるため、シーア派の政治運動は「国民としての権利」を要求する方向が中心になりつつあるとか。例えばサウディアラビアでは、「国軍への参加を許可してほしい」なんて要求も出してる。

 今後のシーア派の動向として柱になりそうなのが、宗教学校の二大潮流、イランのコムとイラクのナジャフ。どっちも他国から多数の留学生を受け入れてるんだけど、政治的な方向性が大きく違う。コムはイランだから、革命の輸出を狙った方向性だ。対するイラクのナジャフは、ホメイニの論敵スィースターニーがリードし、政治とは距離を置く方向性。イラク戦争とかでナジャフは寂れてたけど、革命の輸出を嫌う各国政府はコムを嫌うんで、最近はナジャフが上り調子。

 他にもシーア派大地主と小作人の反目がレバノンのヒズブ・アッラー(ヒズボラ)成長の原因だったとか、イラク南部にシーア派が多い原因はサウディアラビアからワッハーブ派に追われたシーア派が逃げ込んだからだとか、湾岸諸国じゃ苛められてるシーア派が外国人労働者の流入で職を奪われてるとか、生々しい話がいっぱい。

 歴史的にも現代でもイランは特別扱いを要する地域らしく、イスラム法学者が政治に深く関与するイスラム共和制の問題点を7つに分けて論じるなど、イランの現状を知るには興味深い参考書となる。やっぱり政治と宗教が結びつくと、お互いが汚染しあっちゃう模様。

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2012年3月15日 (木)

架神恭介・辰巳一世「完全教祖マニュアル」ちくま新書 814

本書は様々な宗教の分析から構築された極めて科学的なマニュアルです。科学だから決して怪しい本ではありません。皆さん、本書を信じて、本書の指針のままに行動して下さい。本書の教えを遵守すれば、きっと明るい教祖ライフが開けるでしょう。教祖にさえなれば人生バラ色です!あなたの運命は、いままさにこの瞬間に変わろうとしています!本書を信じるのです。本書を信じなさい。本書を信じれば救われます――。

【どんな本?】

 ユダヤ教・キリスト教・イスラム教・仏教・儒教は勿論、ヒンドゥー教・シーク教・バハイ教など伝統宗教に加え、多くの新興宗教をサンプルとして論理的に分析した上で、教義の構築から教団の立ち上げ・運営・維持、そして同業他社との関係構築や政治参加のメリット・デメリットに至るまで、誰もが教祖としてサクセスできる手法を提示し、科学的にマニュアル化した、教祖ビジネスを目指す者に必携の書物。

 なお、「じゃ著者はどんな新興宗教を興してどれぐらいサクセスしてるの?」などと不届きな突っ込みは控えるように。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2009年11月10日第一刷発行。新書版で縦一段組み、本文約219頁に加えあとがき3頁。9ポイント40字×16行×219頁=140,160字、400字詰め原稿用紙で約351枚。長編小説ならやや短め。

 「誰でも実践できるマニュアル」を目指しているだけあって、文章は平易でわかりやすい。諸所に「ハードコア」や「ナウい」など、いささか軽薄な表現が見られるが、これも若い読者への配慮と見るのが妥当であろう。

【構成は?】

 はじめに
序章 キミも教祖になろう!
第一部 思想編
 第一章 教義を作ろう
 第二章 大衆に迎合しよう
 第三章 信者を保持しよう
 第四章 教義を進化させよう
第二部 実践編
 第五章 布教しよう
 第六部 困難に打ち克とう
 第七部 甘い汁を吸おう
 第八部 後世に名を残そう
「感謝の手紙」
あとがき――「信仰」についての筆者なりの捉え方
参考文献

 マニュアルを標榜するだけあって、準備・立ち上げから組織の運営・拡大・離反者の扱いなど、順を追って説明している。多くのビジネス書や自己啓発本に倣ってか、各章の末尾にはチェックリストがつく親切ぶり。

【感想は?】

 あくまでも「教祖を目指す者」のためのマニュアルである。稀に野次馬根性で読む者もいるだろうが、そのような不心得者は腹筋が崩壊する・電車の中で笑い出して変な人扱いされる・コーヒーを吹きだしてキーボードをオシャカにするなどのバチがあたるであろう。

 本書は、教祖の使命を「人をハッピーにする仕事」と位置づけ、ビジネスとしてサクセスする手法を具体的に綴った本である。しかも、優れた才を持つ者だけに可能な難しい手法ではなく、誰でもできる簡単かつ具体的な手法を紹介している。例えば、教団立ち上げ時には「まず既存宗教へ入信しよう」と薦めている。これは理に適っている。

 と、いうのも。会社を立ち上げる場合にも、無職からいきなり立ち上げるのは難しい。むしろ、どこかの会社に入って仕事や組織運営のノウハウや業界の掟を学び、取引先など業界の人脈を作った上で、同僚たちと新会社を立ち上げるのが現実的だ。かように、本書はビジネスとしての教祖のありかたを、伝統宗教から新興宗教に至るまで、幅広く分析した上で具合的に論じている。

 その幅の広さは、参考文献が6頁も続く点に現れている。単に宗教の分析のみならず、心理学への目配りも忘れず、スタンレー・ミルグラムの「服従の心理」やロバート・B・チャルディーニの「影響力の武器」を挙げている点で理解できよう。新興宗教についても、創価学会は当然、「ゲーム脳の恐怖」や「水からの伝言」にまで配慮する視野の広さと斬新さは見事だ。

 本書の影響力は、巻末の「感謝の手紙」で明らかとなる。「人生が一変した!」と感激する一ノ瀬謹和氏、「わずか一ヶ月で信者が三倍に!」と喜ぶ前田雄亮氏、「神の意思を正しく伝えられた!」とブレイクスルーを体験した脇雄太郎氏。みな本書によって人生をサクセスに導かれた人々である。25歳の一ノ瀬氏が、2009年に第一刷発行の本書を、どうやって22歳の時に読めたのかは謎だが、まあそういうものだろう。

 本書の斬新さは、教祖をビジネスとして捉えた点にある。この視点は見事で、モノゴトを需要と供給・メリットとデメリットという目で見る事を可能とした。あなたは信者にハッピーを与え、信者はあなたに尊敬と金品、そして若い女性は肉体までも提供する。これはフェアな取引であって、決して詐欺ではない。その点を、本書は何度も強調している。

 このビジネスという視点は、宗教組織が持つ性質・資産・文化に、全く新しい光を当て、現代日本において我々に馴染み深い対比物を挙げたわかりやすい解説を可能とした。フィギュア・イベント開催・ディズニーランドなどを例に挙げ、我々の感覚で伝統宗教の合理性を理解する助けとなる。あとは、その仕組みを我が物として、自らの教団に活かせばよい。

 教団とは、組織である。教祖として君臨するからには、組織運営のノウハウも必要だ。いかにして組織の結束を固め、維持するか。この点についても、本書は既存宗教の教義やその運用を例に取り、信者の統制を取る手法を具体的に提示する。イスラム教の礼拝や断食の真の意味を発見し、読者は感嘆するであろう。

 …と、頑張って本書の芸を真似てみたけど、もう無理だ。いやもう、この本、抱腹絶倒。最初から最後まで笑いっぱなし。宗教を教祖の立場で見て、サクセスするという視点が秀逸だし、その視点を最後までブレずに貫き通す芸も見事。所々で面倒くさくなったのか、「そういうもんです」みたく投げちゃってる所もあるけど。

 単にギャグでやってるだけでなく、実はキチンと各宗教について調べているのもいい。というか、若い著者なのに、キリスト教や日蓮宗の歴史上のエピソードを、今風(でもないかな?)の言葉で豊富に判りやすく紹介しているのも本書の特徴。単に経典にあたるだけでなく、その成立過程にまで踏み込んで言及しているのも、広範な教養をうかがわせる。

 最後にあとがきで「『信仰』についての筆者なりの捉え方」を提示しているのは、評価が分かれるかも。誠実といえば誠実だけど、舞台裏を出しちゃってる感もある。まあ、ジャッキー・チェンの映画のエンディング・ロールで流れるNG集みたいなモンだと思えば、おトク感が得られるかな。

 あまり真剣に信仰してない人、または全く信仰してない人には文句なしにお勧め。間違っても真面目に信仰してる人は読まない方がハッピー。腹が立つだけです。

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2012年3月14日 (水)

全米ライフル協会監修「銃の基礎知識」学習研究社 小林宏明訳

 金属製弾薬のアメリカにおけるネーミングは、リムファイアー式弾薬の場合、まず100分の1インチで表される口径(弾丸の直径)が先頭にくる。同一口径で薬莢長にいくつか種類があれば、それを表す言葉がつぎにくる。典型的な弾薬は、.32エクストラ・ショート、.32ショート、.32ロング、.32エクストラ・ロングというリムファイアー式弾薬だ。

【どんな本?】

 NRA(National Rifle Association of America、全米ライフル協会)が発行した「銃を理解して楽しむための手引書」。銃の構造・各部品の役割・弾道学など科学・技術的な事柄、種類・互換性・選び方など所有・購入するための注意点、照準の合わせ方・安全な保管方法など運用のアドバイス、そして水の中で銃を撃つとどうなるか、などのコラムに加え、NRAらしく銃規制緩和を求めるメッセージを含めた、銃の入門書。

 NRA監修のためか、扱う銃はライフル・散弾銃・拳銃など民生用が大半で、軍用は自動小銃とサブマシンガン程度。対空砲や対物ライフルは出てこない。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は NRA Firearms Fact Book, 1989の第3版第6刷。日本語版は2008年9月30日第1刷発行。ソフトカバー横一段組みで約385頁。9ポイント28字×24行×385頁=258,720字、400字詰め原稿用紙で約647枚。小説なら長めの長編の分量。

 正直言って、読みにくかった。これについては後で詳しく述べる。

【構成は?】

 訳者まえがき/全米ライフル協会(NRA)とはなにか、なにをするのか/序文
第一部 銃の蒐集
第二部 銃に関する概論
第三部 安全な射撃
第四部 ショットガン
第五部 ライフルとハンドガン
第六部 弾道学
第七部 諸表
第八部 付録

【感想は?】

 まず、読みにくさについて。これにはいくつか理由がある。

  1. 本書はNRAが会員に配るつもりで作った本だ。よって、ある程度は銃を知っている人を読者に想定している。私は銃について素人なので、銃の知識が想定読者に達していない。ただ、構成上の問題もあって、序盤に出てくる専門用語を後半で解説してたりする。
  2. アメリカ人読者を想定しているので、単位がヤード・ポンド法だ。グレインなんて見慣れない単位も出てくる。多分、実際に銃砲店で買い物する際にはグレインが使われてるんだろう。
  3. 訳者のクセが強い。「へこんだカナルーは薬莢とかしめるため」なんて表現が出てくるけど、これは「薬莢に弾丸を固定するため」が妥当じゃね?反面、訳者の頑張りが読みやすさを助けている部分も大きい。特に訳者が多くのイラストを独自に追加していて、これが読者の理解を大きく助けている。
  4. 多少、数式が出てくる。といっても、加減乗除と平方根まで。

 まず、銃と弾薬の種類の多さに驚いた。一応、銃も弾薬もサイズが色々あるのは知ってたけど、他にもリムファイアーとセンターファイアー、黒色火薬と無煙火薬、無煙火薬でもシングルベースとダブルベースなど、種類多すぎ。単に「22口径の弾薬をよこせ」じゃ駄目なのね。少しは自転車を見習え(自転車は世界的に規格化が進んでるんで有名)。

 特に驚いたのが、リムファイアーとセンターファイアーの違い。実は薬莢の中には2種類の火薬が入ってる。1つは雷汞(らいこう)で、衝撃で発火する。癇癪玉みたいなものかな?もう1つが推進薬で、こっちが燃えるガスの圧力で弾丸を前に押し出す。撃針が薬莢を叩くと雷汞が火花を出し、その火花が推進薬に火をつける。

 雷汞の分量はとても少なくて、薬莢の底に少ししか入ってない。入れ方に2種類あって、どっちも薬莢の底に入れるんだけど、底の円周に沿って入れるのがリム・ファイアー、底の中心に入れるのがセンター・ファイアー。撃針は雷汞を叩く必要があるんで、リム・ファイアーの弾薬をセンター・ファイアーの銃で撃っても無意味なわけ…と思って Wikipedia の薬莢の項を見ると、「リムファイア式は徐々に衰退し、現在では小口径のものだけが生き残っている」。今はセンターファイアーが中心なのね。

 口径は原則1/100インチ単位で表すのはいいが、結構いい加減。「たとえば、.38 S&Wスペシャルという弾丸は、じつは.38口径ではなく。弾丸径は0.357インチだ」とか、メーカーごとにバラバラな様子。それと無知を痛感したのがNATO弾の意味。7.62mmって、インチだと0.30インチ、つまり30口径。最近の5.56mmは.22インチ、つまり22口径。

 マズル・ブレーキ(銃口制退器)の意味が判ったのも収穫。なければ発射ガスは前だけに行くんで、反動が大きくなる。横に逸らせば「最大25パーセントまで低減できる」。だから戦車の砲口がトンカチみたくなってるのね。欠点は発射炎が大きくなる事。

 反動の話でもう一つ面白いのが、オートマチックは「ソフトなキックを生み出す」こと。バネ仕掛けのパーツ、例えばボルトとかが衝撃を吸収するんで、瞬間的な反動は小さくなる。

 なんとなく銃身が長いほど威力が大きいように思ってたけど、実はそれにも限界があるそうで。.22口径だと「20インチ(50.8cm)ほどの銃身から発射されたとき最大の初速が得られる」。それより長いと、ガス圧が低くなり銃身との摩擦などで消耗するエネルギーの方が増えるそうな。

 変な実験の結果も載ってて、例えば海で漂流してる時に空から撃たれたら、水に潜れば大丈夫か?ってのを調べるのに、松板を水に沈めて確認してる。これは角度と口径で違って、.50口径で垂直だと水深1.2m~1.5mまでは板を貫通、45度と60度だと30cm。.30口径だと垂直で30cmまで貫通する。水に潜ればいい、ってのは、それなりに意味があるわけ。

 なお、水中で銃を撃ったらどうなるか、というと、「とりあえず一発は撃てるけど薬莢を排出しないんで連発はむりぽ」みたいな結果になってる。また、銃身に大きな圧力がかかるんで、安全とは限らないよ、と警告してる。

 弾薬が火事になったら、という実験もやってる。実は黒色火薬の方が危険で、火花でも暴発しかねない。無煙火薬は激しく燃えるだけで、爆発はしないそうな。ただし、火災現場に装填済みの銃があると、暴発の危険があるんで、「銃を保管するときは弾薬を装填しておくべきでない」。でないと消防士が死ぬ。向うの消防士も大変だなあ。

 「弾丸を真上に撃つと」なんて実験もやってる。これ、弾丸がどういう向きで落ちてくるか・弾丸の口径などで違う。.30口径のライフルだと、「約21秒で高さ10,000フィート(3048m)に達する」。底から落ちると58秒後に秒速98.5m(時速約355km)、横転してれば81秒後に秒速54.9m(時速約198km)で、先端が先だと53秒後に秒速139.2m(時速約501km)で落ちてくる。プロ野球の速球派ピッチャの投げる球の倍以上の速度で飛んでくるんで、「致命的な怪我をする可能性がある」。

 イロモノ的な内容ばかりを紹介しちゃったけど、弾薬の構造や装填方式、サングラスの選び方、銃器の安全ルールなど、(銃を持つ人にとって)常識的な事も、ちゃんと書いてある、というか、むしろそっちが目的の本。とはいえ、素人に毛が生えた程度の私には少々敷居が高かった。

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2012年3月13日 (火)

レイ・ブラッドベリ「さよなら、コンスタンス」文藝春秋 越前敏弥訳

「コンスタンスが?人は道路で渋滞に出くわすとかっとなるが、あの子はベッドのことでかっとなったものだ。わしの別嬪さんをだれ彼かまわずみんなひっ捕まえて、踏みつけて破り捨てて焼き払いおって。さあ、ワインを飲んでしまいなさい、わしにはやることがある」

【どんな本?】

 SF/幻想文学の御大、レイ・ブラドベリによる、「死ぬときはひとりぼっち」「黄泉からの旅人」に続くハードボイルド三部作の完結編。著者自身をモデルとした38歳の作家「私」が、シリーズ通してのヒロインであるコンスタンス・ラティガンを追って、1960年のロサンゼルスを駆け回る。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Let's All Kill Constance, by Ray Bradbury, 2003。日本語版は2005年9月30日第一刷。単行本縦一段組で本文約256頁+訳者あとがき4頁。9ポイント43字×18行×256頁=198,144字、400字詰め原稿用紙で約496枚…だけど、全47章と細かく章が分かれてる上、章ごとに改頁してるんで、実際の文字量はその9割程度かも。長編としては少し短めかな。

 もともとブラッドベリは比喩を多用する修飾的な文体の人だが、この作品はそれに加えヒネリの効いた会話が多く、ちと苦労する。といってもソープオペラの饒舌な会話のノリなんだけど。また、レギュラー陣は特に紹介もなく乱入してくるため、前作・前々作を読んでないと、意味不明になるので、できるだけ「死ぬときはひとりぼっち」から読もう。それと、前作同様、古い映画に詳しいと楽しみが増す。

【どんな話?】

 1960年、ロサンゼルスに近い海辺の町ヴェニス。妻のマギーは出張で不在、雷鳴轟く嵐の夜。ひとりで執筆していた私のアパートに、濡れそぼり怯えたコンスタンスが転がり込んできた。彼女が持ち込んだのは二つの品。

 ひとつは1900年版のロサンゼルス電話帳。掲載されている人の大半はもう生きていない、つまりは“死者の書”だ。もうひとつはコンスタンス自身の住所録、ただしずっと昔に彼女自身が慈善団体に寄付し手放している。

 その二つが、今日、コンスタンスの家の庭に置いてあったのだ。

【感想は?】

 うーん。「なんとか頑張ってケリつけました」的な雰囲気がある。確かにブラッドベリではあるんだけど、ちと散漫な印象。主人公が著者自身の投影と考えると、少々美化しすぎな感もあるけど、歳が歳だし、まあしょうがないか。それと、ミステリとして読んじゃいけない。本格ファンならきっと怒り出す。まあ、これは三部作通じてなんだけど、事件の謎解きはかなり強引。

 もともと修飾過多なブラッドベリの文体だが、特にこの作品では会話にその傾向が顕著に出てて、意味を察するのが結構難しい。例えば、相棒のクラムリーが「教会は苦手だ」と語る台詞。

「おれは告解室からほうり出されたんだ。十二歳のとき、すてきなお姉さまがたに膝をすりむかされて」

 …「俺はガキの頃からモテたんだぜ」という解釈で、合ってるのかな?その分、構成では気を使ってか、短い章がたくさん並ぶ形になっている。3章なんて15行。

 タイトルが示すように、この作品の主題はコンスタンス・ラティガン。姿を消した彼女を追ってロサンゼルスを「私」と相棒のクラムリーが駆け巡る、というお話。その過程で、彼女に縁のある人々が続々と登場し、謎に包まれたコンスタンスの過去が明らかになっていく。

 この過去というのが、なかなかに壮絶。元映画女優のコンスタンスだけに、出てくる人も映画関係者が多い。前作では素直に映画への愛を吐露していたブラッドベリが、ここでは少し別の面を見せる。彼女の壮絶な生き様は、映画業界の壮絶さそのもの。そして、その壮絶さを知った上で、それでも映画から離れられない人々の業も。

 三部作通じて共通する魅力は、奇矯な登場人物。それはこの作品も同じで、まず出てくるのが古新聞の山に囲まれ暮らす老人。コレクションの始まりが、収集癖のある人には実に身につまされる。

「あるとき、朝刊を捨て忘れたのがはじまりだった。じきに一週間分がたまり、そのうち《トリビューン》や《タイムズ》や《デイリー・ニューズ》がどんどんたまっていったよ」

 集まってくると、捨てられなくなるんだよね。あれ、なんでだろ。で、集めちゃいるが使うにはいささか不便、ってのを考えないコレクター性分のしょうもなさ、みたいなのにも触れてる。

 ブラッドベリの違う面を見たと感じるのが、若いジプシー女性が家の前で泣くシーン。哀しい話は書いても、人の心の醜い部分を抉り出す話はあまり書かない人だったと思う。あっさり片付けちゃってるけど、これは新境地なんじゃないかな。

 終盤に行くに従い、現実と幻想が交じり合うのも三部作の共通点。この作品も、終盤近くの場面はビジュアル的なインパクトがバッチリ…って、映画化は難しいけどね。あんな所を車で突っ走るか。

 なお、「聖女ジョウン」は、19世紀にアイルランドで生まれた作家ジョージ・バーナード・ショウのノーベル文学賞受賞作で、ジャンヌ・ダルクをモデルにした作品。

 ブラッドベリのファンなら前作・前々作から読むだろうし、どうぜ全作品制覇を目指してるんだろうから問題ないとして、そうでない人は「死ぬときはひとりぼっち」から取り掛かるが吉。ブラッドベリは読んだ事がないなら、「十月はたそがれの国」「華氏451度」「火星年代記」あたりが、入門編としては適してると思う。この本はブラッドベリ上級者向け。

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2012年3月12日 (月)

榊涼介「ガンパレード・マーチ2K 新大陸編 1」電撃文庫

「背に腹は代えられん。俺もソックス・ハンター……もとい泥棒という事で、警察にタイホされるかのー。一般社会ではソックス・ハンターは下着泥と同じ扱いタイ」

【どんな本?】

 2000年9月28日発売の SONY PlayStation 用ゲーム「高機動幻想ガンパレード・マーチ」を元に、著者の榊涼介がシリーズ開幕編「5121小隊の日常」を刊行したのが2001年12月15日。流れの速いゲーム/ライトノベルの世界で、10年以上もシリーズを続け前巻で30冊(ガンパレード・オーケストラを入れると33冊)、この巻で31冊目。

 昨年9月に「5121暗殺」を発表後、暫く音沙汰なしだったのが、突然のシリーズ新作発表、しかも「まだまだ続くぞ」と思わせる1の数字つき。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2012年3月10日初版発行。文庫本で縦一段組み、本文約282頁。今回もあとがきや解説はなし。8ポイント42字×17行×282頁=201,348字、400字詰め原稿用紙で約504枚。標準的な長編小説の分量。榊さん、安定してるなあ。

 この巻は政治・軍事系の話が中心のためか、やや堅い言い回しが多いが、中高生が『対象のライトノベルとして充分通用するだろう。それより、長いシリーズだけあって、込み入った世界設定や、多くの登場人物が紹介もなしに出てくるのが一見さんには辛いかも。

 出来ればシリーズ開幕の連作短編集「5121小隊の日常」から読むのが理想だが、「なるべく早く最新刊に追いつきたい」という人は、この新大陸編が三つの理由でいいキッカケになるだろう…それなりの覚悟は必要だけど。

 ひとつは、5121小隊以外の榊オリジナルの人物の登場場面が激減したこと。これはお話の流れで、舞台が大きく変わったため。もう一つは、冒頭で簡単に世界と社会情勢の説明がある事。そして最後に、入手しやすいこと。ライトノベルって、余程の人気シリーズじゃない限り、すぐに店頭から消えちゃうんだよね。特に、このシリーズはレーベルの関係で(以下略)

【どんな話?】

 1945年。第二次世界大戦は、黒い月の出現に続く、人類の天敵・幻獣の襲来で終焉する。津波のように圧倒的な兵数で押し寄せる幻獣の前に人類は敗退を重ね、ユーラシア大陸を失い、今や日本列島と南北アメリカ、そしてアフリカ南部を残すのみ。

 1998年、九州に幻獣上陸。追い詰められた自衛軍は14歳から17歳の学兵を招集し、熊本要塞の決戦を決定する。際物扱いだった全長8メートルの人型戦車・士魂号を擁する学兵部隊5121小隊は意外な活躍を見せ、九州の大半を失ったものの、日本は幻獣との和平にこぎつける。

 その頃、太平洋の向う、アメリカ大陸では、カナダのセントローレンス河口に幻獣が大挙して上陸。アメリカ・カナダ連合軍は壊走し、合衆国は試練の時を迎える。人型戦車に強い興味を示す合衆国政府は、強硬な態度で日本政府に5121小隊の派遣を迫ってきた。

【感想は?】

 冒頭の「アメリカの近代」が、なかなか秀逸。今までは日本だけでしか語られなかった幻獣との戦いだけど、ここで世界全般を俯瞰した目で眺め、次第に合衆国にフォーカスしていく。現実の歴史上のイベントの織り込み方には、思わずニヤリ。外せないよね、やっぱり。

 帯でわかるように、小隊が海を渡る。国内じゃ英雄の面々も、向うじゃガイジン扱い。こりゃ滅入る人もいるだろうなあ、などと能天気に考えてたら…

 やっぱり能天気な人はいるもので、天然は強い。マイペースで動きつつ、巧いことコミュニケーションを成立させてる人もいる。

 なんでも海外で取材するスポーツ記者に最も必要な能力は、「何でも美味しく食べる事」だそうで。つまり、現地の食べ物を美味しそうに食べるガイジンには、地元の人も愛想よく取材に応じてくれるそうで。そりゃ「おらが国の旨いモン」を美味しそうに食べる奴には、ついニッコリしちゃうよねえ。師匠の教えがよかったのか、順調にフラグを立てている模様。

 かと言えば構えすぎて挑発しちゃってる人もいます。普段どおりトレーニングしてれば、相手も態度が変わっただろう、どころか押すな押すなの大人気になりそうで、それはそれで嫌だろうなあ。5121配属前の話が出てくるのも嬉しいところ。まあ、浮くよね、普通。あの格好だし。

 食べ物といえば、ゲームでも謎だった売店のアレ。サンドイッチはすぐ若宮専用になっちゃうのに、なぜか長持ちする謎のシロモノ。ゲームのファンも「中に何か謎の物質が入っているのではないか」と噂をしていたが、ここでそういうネタを持ってくるか~。

 相変わらず備品扱いの怪人半ズボン、今回は冒頭から大暴れ。なんであの変人と幕僚長の馬が合うのか謎だったけど、そういう事ね。しかしダンク、それでは父上があまりに可哀想だ。きっと何か深い考えが…ないかもしれない。まあ、幕僚長にあれだけデカい態度取れる奴も、滅多にいないしねえ。しかしこの巻では、その主義ゆえの危機が…。果たして最後まで己の生き様を貫けるのだろうか。

 などと気楽なのは一部だけで、この巻は全般的に陰険で陰鬱な雰囲気で進む。そもそも、5121小隊を呼び寄せる魂胆がアレで…。前の「5121暗殺」でも仄めかされていたように、合衆国、微妙に変な方向にイカれてて。この辺は、ラムズフェルドをはじめとするネオコンが仕切ってたブッシュJr政権を戯画化した感じに出来上がってる。終盤になるとパウエルみたいな人が出てきて収拾するのかしらん。

 とまれ、日本人も色々なように、米国人も色々。ヤバい奴もいれば、フレンドリーな奴もいる。私が気に入ったのは、終盤に出てくるプラッター大尉。雰囲気、向うのダンク。とはいえ、年相応に腰は据わってる模様。というか、そういう立場で、わざわざ海兵隊に入るあたりは、タイガーかなあ。普通は州軍でしょ。

 さて、物語の舞台となるレイクサイド、合衆国北東部ニューヨーク州で五大湖のオンタリオ湖に近い、カナダ国境近辺。Google Map で見ると、ルート81とルート90が交差する、シラキュース(→Google Map)をモデルとした架空の街っぽい。少し地形をいじってオンタリオ湖につなげてるんで、何かこの地形を利用した仕掛けがあると見た。

 「新大陸編 1」というタイトルで分かるように、この巻は新しいお話の開幕編。慣れぬ土地でお子様扱いされる5121小隊が、向うの将兵や民間人と、どうチームワークを築き上げるかが、今後の楽しみ。それと、ダンクに続く新戦士の登場はあるんだろうか。つか使命を思い出せギャルソーン。

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2012年3月 9日 (金)

レイ・ブラッドベリ「黄泉からの旅人」文藝春秋 日暮雅通訳

 私はあまりにも長いあいだ映画を愛し続けている。十三歳のとき『キング・コング』を観た私は、落ちてきたコングの下敷きになったかのようなショックを受けた。それ以来、コングの死体の下から逃げ出せないでいるのだ。

【どんな本?】

 SF/ホラーで名高いレイ・ブラッドベリによる、ハードボイルド三部作の第二部。著者自身がモデルとおぼしきパートタイムの脚本家「私」32歳が、1954年のハリウッドのパラマウント・スタジオを舞台に、映画監督・役者・エディターそして熱心な追っかけなど奇矯な人々たちに翻弄されながら、奇怪な事件の謎を追う。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は A Graveyard for Linatics: Another Tale of Two Cities, by Ray Bradbury, 1990。直訳すれば「狂人たちの墓場/もうひとつの二都物語」。日本語版は1994年に福武書店から出版されたが長く入手困難となり、2005年に文藝春秋から単行本で復活。私が読んだのは2005年11月25日の文藝春秋版第一刷、縦一段組みで本文約425頁+訳者あとがき3頁+千街昌之の解説7頁。9ポイント43字×20行×425頁=365,500字、400字詰め原稿用紙で約914頁。長編小説としては長め。

 一種の探偵物にも関わらず、文章はいつもの叙情豊かで幻想的なブラッドベリ。特に今作は映画スタジオと墓地が舞台とあって、登場人物の台詞も大袈裟な演劇調。話が進むに従い現実と幻想の混乱は激さを増し、事実と妄想の区別がつかなくなる。

 三部作といいつつ、一応ストーリーは独立しているので、単体でも読めるが、「私」以外のレギュラー陣は細かく紹介されないので、出来れば前作から読んだ方がいい。

【どんな話?】

 32歳の私は、なんと定職につき、毎朝出勤する生活をしている。マクシマス・フィルム社に雇われ、墓地の隣にある映画撮影所の脚本家になったのだ。恐竜が吼え、十字軍が出立し、ロンドンのピカデリーとローマのスペイン階段が隣り合う狂乱の都。10月31日のハロウィーンに出勤した私は、奇妙な招待状を受け取った。

 グリーン・グレイズ・パーク。ハロウィーン。
 今夜十二時。
 中央の奥の塀。
 追伸 びっくりすることが待っているぞ。ベストセラー小説か、傑作シナリオの材料だ。見逃すなよ!

【感想は?】

 相変わらず奇矯な人ばかりが出てくるこのシリーズ。前作は朽ちかけた町の死にかけた人々が中心で、静かに滅びゆく陰鬱な雰囲気だった。ところが今作はガラリとかわり、登場人物はやっぱり奇矯ではあるものの、皆そろって大声で饒舌で芝居がかかった大袈裟な台詞回し。いかにも手を振り回し唾を飛ばして熱弁してる感じで、ラリったようにハイテンション。

 それもそのはず、なんたって舞台は野外の映画スタジオ。日本で映画スタジオというと京都の映画村を思い浮かべるが、こっちは相当に大きい。幅半マイル奥行き一マイルというから、800m×1600メートル。スタジオの中を自動車が走り回ってる。

 となりゃ、登場するのは映画関係の華やかな人ばかり。フリッツ・ラング(→Wikipedia)がモデルとおぼしきベテランの映画監督フリッツ・ウォンは、Uボート艦長を気取る尊大な態度で、口を開けば人をコキおろす言葉ばかり。主人公を「エドガー・ライス・バロウズの産み落とした私生児」と的確に評し、映画への愛を分かち合う。

 同じ監督でも駆け出し、しかもゲテモノ扱いの特撮監督は辛い。ロイ・ホールドストロムのモデルはレイ・ハリーハウゼン(→Wikipedia)。13番スタジオをマッド・サイエンティストの研究所と魔女のアジトに変え、その手で恐竜と妖怪を住まわせている。主人公の幼馴染で、根っからのイタズラ好き。

 フィルムを切り張りする編集者のマギー・ボトウィンは仕事中毒。普段は自分の職場に閉じこもり、滅多に人に会わない。ニコライ・レーニンの死化粧をしたスタニスワフ・グロックに、銀幕のスターは頭が上がらない。前夜のご乱行の影を、彼が綺麗に消し去ってくれるからだ。

 社長のマニー・レイバーはいつも威張り散らし、怒鳴り散らし、即断即決で無茶なスケジュールの仕事を僕に命じ、嵐のように去っていく。読んでる最中はムカつく奴だったけど、見方によっては「決断力に優れたボス」と言えるかも。ただのワンマン社長とも言えるが。

 そして、そんな映画関係者にサインをねだる、常連の追っかけたち。中でも切なく身につまされるのが、始終キャメルのコートを着ている、臆病なクラレンス。大きな写真用書類入れを持ち歩き、自分のお宝―今までに入手したスターのサインや写真―を強奪されるのではないか、と常に恐れている。この辺も著者自身の経験が生きてる模様で、13歳の頃からローラースケートを履いて近所をウロチョロしてたとか。

 レギュラー陣も元気なもので、今作でもヒロインを勤めるのはコンスタンス・ラティガン。元大物女優で、今はヴェニスの邸宅に一人住まい。毎日水泳を欠かさず、見事なプロポーションを今も維持している。奔放で行動力に溢れ、繊細で気まぐれ。彼女の台詞は、とってもチャーミング。

「こんなモンスターだらけの夜に、空っぽの家にひとりでいたくない。私、年をとったわね。次はきっと、くだらない男に結婚してくれって言うんだわ。神よ、その男を救いたまえ」

 映画スタジオが舞台なだけあって、この作品のもうひとつの特徴は、なかなか虚実がハッキリしないこと。確かに「私」は事件を目撃するのだが、それはイタズラなのか事件なのか。イタズラ好きで特撮の名手ロイ・ホールドストムが早い段階で登場してるんで、読者も土壇場までモヤモヤしながら読む羽目になる。

 やはり自伝的要素の濃い作品なので、「ブラッドベリ年代記」と併せて読むと面白さ倍増。また、古い映画に詳しい人には、懐かしい名前が続々と出てくる。

 だがホラー映画を見に行く時にロイの真似はしないように。やってみたいけどね。

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2012年3月 6日 (火)

レイ・ブラッドベリ「死ぬときはひとりぼっち」文藝春秋 小笠原豊樹訳

 その昔、カリフォルニアのヴェニスの町には、気が滅入ることを好む人になら魅力的なものがたくさんあった。霧はほとんど毎晩のように立ちこめたし、海沿いの油井では機械が呻いた。風が出て、がらんとした広場や、人影のない遊歩道で風の唄が始まれば、運河では暗い海水がぴちゃぴちゃと、家々の窓では砂がしゅるしゅると音を立てた。

【どんな本?】

 SFやファンタジーの大家レイ・ブラッドベリが始めて挑む、ハードボイルド長編小説三部作の開幕編。時は終戦間もない1949年、場所はカリフォルニア州のロサンゼルスに近い海辺の衰えつつある町ヴェニス。駆け出しの売れない小説家の「私」が、たまたま殺人事件の第一発見者となってしまった事件を追って、奇矯な住民や友人たちとドラマを繰り広げる。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Death is a Lonely Business, 1985。昔は早川書房から単行本、追ってハヤカワ文庫から文庫版が出ていたんだが、絶版で長らく入手困難だったのが、2005年に文藝春秋から単行本で復活。私が読んだのは2005年10月25日の第1刷。単行本で本文約376頁+訳者あとがき3頁+池上冬樹の解説7頁。9ポイント43字×20行×376頁=323,360字、400字詰め原稿用紙で約809枚。長編小説としては長い方。

 文章は、良くも悪くも直喩暗喩を駆使した、いつものブラッドベリ。

【どんな話?】

 太平洋に面した死にゆく町、ヴェニス。路面電車が走る町には櫛の歯のように運河が入り込み、名物の海上遊園地は老朽化して閉鎖寸前。駆け出しの27歳の小説家の私が、路面電車の車内に乗り合わせた男に不吉な言葉をささやかれ、厄払いのつもりで飲めない酒を飲んだ深夜、それを発見した。

 運河に落ちたサーカスのワゴン車のライオンの檻。その中で、波に揺られていた、一人の男の死体。

【感想は?】

 「ブラッドベリのハードボイルド?なんか思いっきりミスマッチだよなあ。どうなるんだろ?」などと野次馬根性で読み始めたら、やっぱり「ブラッドベリのハードボイルド」としか言いようのない作品だった。

 結論からいうと、ブラッドベリのファンには文句なしにお勧め。つまるところあなたはブラッドベリが好きなのであって、SFかホラーかファンタジーか、などというジャンルはあまり関係ないんだ、としみじみ感じるだろう。また、かつての作品のネタがアチコチに出てくるんで、「十月はたそがれの国」あたりを読み込んでる人には、思わずニヤリとするシーンがチラホラ。

ではハードボイルドのファンにとってはどうか、というと、ごめんなさい、よくわからんです。船戸与一や大藪春彦みたいな殺伐とした雰囲気の中で、タフな男が紫煙を吐き激しいガンアクションを繰り広げる作品でないことは確か。文章も冗長でウェットだし、あんましそーゆーのは期待しないように。

 なんたって、主人公の「私」が、明らかに著者自身をモデルとしてる。酒は飲めずド近眼。車社会のアメリカ西海岸で、車も持っていない。27歳といういい歳こいて、甘いものが大好き。チョコレート・バーを買い込んでは食い散らかす。相棒役の刑事には「ビールを飲みなさい」と説教される始末。暗闇を恐れ漫画雑誌に埋もれて生活している。

 なんとも情けない、ハードボイルド史上に類を見ない子供っぽい探偵だが、他の登場人物も変な人が揃ってる。線路に面した店に屯する、少しボケた三人の老人は、誰が一番年寄りかを競い合ってる。「カナリア売ります」という広告を数十年前から窓に出している、埃の舞う家に住む老婆。やたらおしゃべりで、若い頃スコット・ジョプリンにピアノを教わったのが自慢の理髪師は、町中からそのセンスを世界最悪と噂されている。

 中でも変なのが集まっているのが、ファニーの住むアパートの住人たち。このファニー、知る人ぞ知る美声の歌手なのだが、横になって寝れば自らの体重で窒息しかねないほどの肥満で、階段の昇降にされ苦労する始末。メキシコから来た6人の青年は一着のスーツを共有し、半端仕事で食いつなぐ飲んだくれのサムは地下室で眠る。チェコ移民のジミーは入れ歯を盗まれ、自分の桃色の歯茎を見てゲラゲラ笑う。ピエトロは犬・猫・ガチョウ・インコを率いる大道芸で食いつないでいる。黒人のヘンリは盲人でありながら鋭敏な感覚の持ち主で、歩く歩数で距離を測り、杖なしで不自由なく生活している。

 そして本作のヒロイン、コンスタンス・ラティガン。元人気女優で、今はヴェニスでひっそりと暮らしている。初めて名前が出たときは謎の人物だが…まあ、それは読んでのお楽しみ。奇人変人大集合の本作の中でヒロインを務めるだけあって、半端ない変人振りを披露してくれるチャーミングなご婦人。

 などという登場人物もさることながら、小道具大道具も仕掛けバッチリ。中でも印象的なのが、公衆電話。「ブラッドベリ年代記」を読めばわかるのだけど、これも著者の体験を基にしたネタだとか。特に終盤での使われ方は、ヴィジュアル的にも鮮やかな印象を残す。

 加えてブラッドベリの諸作を読んでいるファン向けのくすぐりもチラホラ。私が気づいたのは骨・風・スーツぐらいだけど、熱心な人は是非お探しいただきたい。できれば「ブラッドベリ年代記」と併せて読むと、面白さ倍増。

 実はこの作品、昔に文庫本で出た時に読んでいたんだが、再読してすっかり中身を忘れていた事に気がついた。真犯人も勘違いしてたし。いやあ、人の記憶なんてアテにならんもんです←おまえが忘れっぽいだけだ

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2012年3月 5日 (月)

安武塔馬「レバノン 混迷のモザイク国家」長崎出版

 いったい、レバノンで何が起きているのか?
 なぜレバノン情勢は、ほとんど絶え間なく、混乱を続けるのか?
 複雑怪奇な最近のレバノン情勢を、なるべくわかりやすく解説するのが本書の目的である。

【どんな本?】

 20以上中東に滞在する著者が、中東の諸問題を凝縮したようなレバノン情勢を、各政治組織の勢力争いを軸に解説する。時間的には2005年2月14日のラフィーク・ハリーリ元首相暗殺事件を中心であり、それ以前のレバノン内戦は背景説明として軽く触れる程度。登場するのは主にレバノンとシリアの政治家であり、民間人はほとんど出てこない。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2011年7月20日初版第1刷発行。ソフトカバー縦1段組、本文約214頁。9ポイント45字×17行×214頁=163,710字、400字詰め原稿用紙で約410枚。長編小説ならちと短め。

 文章そのものは読みやすいが、テーマのレバノン情勢そのものが複雑怪奇であり、人名や略語も頻発するので、理解するのは結構苦労する。大きな変化があった際には、各勢力同士の関係を図示するなど工夫していて、これが結構便利。出来れば栞を複数用意して、勢力構成図の頁をすぐ開けるようにしておこう。

【構成は?】

 はじめに/用語解説
第1部 ハリーリ元首相暗殺事件
 第1章 暗殺事件発生
 第2章 事件の背景
 第3章 容疑者
第2部 国際捜査とレバノン情勢の展開
 第1章 国際捜査
 第2章 特別法廷設置とレバノン情勢
 第3章 ヒズボッラー犯行説浮上
 第4章 「ドーハ休戦期間」の終了
第3部 中東情勢急変とレバノン
 第1章 吹きすさぶ革命の嵐
 第2章 レバノン情勢の膠着
  おわりに/レバノン現代史 年表

【感想は?】

 冒頭に書いたように、レバノンという国家を俯瞰的に眺めた本ではない。現代のレバノンの政治情勢を詳しく解説した本だ。そのため、例えばレバノン社会の様子などは、説明が必要になった段階で、実用最低限の要領で簡潔に出てくる程度。主眼が政治情勢なので、産業界の動きや庶民生活などもほとんど出てこない。宗教関係も、政治と関連する動きに限られている。その辺は覚悟しよう。

 また、時間的にも、2005年のハリーリ元首相暗殺事件を中心に、それ以前は事件の背景説明という形でレバノンの現代史を解説し、以降は事件の国際捜査を巡る政治対立を軸に話を展開している。実際のレバノン政界でも、国際捜査が与野党間の最大の対立案件である、という視点で書いている。

 私はレバノン情勢についてほとんど知らずに読んだが、それでもある程度は理解できた。できれば杉の革命(→Wikipedia)ぐらいは予め知っておいた方がいいだろう。

 情勢は複雑であるにせよ、一応の軸はある。まずは宗教による分類で、イスラム教スンニ派・イスラム教シーア派・キリスト教マロン派が三大派閥。もう一つの軸は、シリア。内戦以来、シリアの強い影響下にあるレバノンでは、親シリアと反シリアがもう一つの軸となる。

 大雑把に言うと、今のところスンニ派は反シリアでシーア派はヒズボッラーを中心に親シリア、マロン派は両勢力に分かれてる。日本との大きな違いは、宗教が同時に政治勢力でもある点で、この辺は最近になって変化を求める声が出てきたそうな。

 この宗教の浸透度、冒頭に主な政治家の写真が出てるんだが、これが結構象徴的。いかにもイスラムな格好してるのはヒズボッラー議長ハッサン・ナスラッラーだけで、他はスーツか軍服。髭を剃ってる人も多く、見た目じゃスンニ派とマロン派の区別がつかない。

 政治と宗教の結びつきを強化しているのが、ややこしい選挙制度。国会は一院制で定数128、キリスト教とイスラム教で定数64づつ分け合う。イスラム内でもスンニ派27・シーア派27・ドルーズ派8・アラウィー派2と決まってる。これは選挙区でも同じで、例えばトリポリ選挙区の定数は8で、スンニ派5・マロン派1・ギリシア正教1・アラウィー派1。

 日本だと大選挙区でも有権者の票は一人一票なんだが、レバノンはここからがややこしい。有権者は8票まで投票できる。スンニ派には5票まで、マロン派・ギリシア正教・アラウィー派の候補者それぞれに一票づつ投票できる。問題は、投票者の宗派は関係ないって点。

 マロン派の候補者2名、太郎と次郎がいる、とする。太郎はマロン派に絶大な人気がある。次郎はマロン派に不人気だが、スンニ派に支持されている。この場合、次郎が当選するだろう。

 つまり、キリスト教の代表者を決めるのはキリスト教徒ではなく、スンニ派という事になる。よって、マロン派の候補者は、スンニ派の最大派閥の協力をどう取り付けるかが鍵になるわけ。

 一般にスンニ派の有権者はマロン派候補の事を良く知らないし、マロン派の有権者はアラウィー派の候補者を知らない。だから、政党側も「定職メニュー」を用意して、「マロン派は次郎・ギリシア正教は浩二・アラウィー派は賢一に投票しよう」と、他の宗派の誰に投票すべきか、有権者に指示する。

 ってんで、各政党は選挙前から他の宗派の政党と選挙協力を巡って駆け引きする。ハリーリ元首相暗殺事件以後、レバノンは反シリアの機運が高まり、反シリア的な与党3.14勢力とヒズボッラー中心で親シリアな3.8勢力に分かれ、反シリア優勢と思われたんだが、マロン派のFPMが反シリアの3.8に合流して…なんて流れは唖然とする。

 外交政策も様々で、意外なのがヒズボッラー。リビアでは反カダフィ。レバノンのシーア派の政治的覚醒の父とされる、イラン出身のムーサ・サドル師が1978年にリビア訪問後、消息を絶つ。カダフィがサドル師を暗殺したと確信するレバノンのシーア派は、カダフィを敵視してるわけ。

 現在のレバノン政界の概況、といった性格の本書。できればレバノンの庶民生活や文化にも触れて欲しかったなあ。

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2012年3月 4日 (日)

野尻抱介「南極点のピアピア動画」ハヤカワ文庫JA

けしからん、もっとやれ

【どんな本?】

 野尻・先生なにやってんすか・抱介による、近未来の日本を舞台にソーシャル・ネットワークと宇宙開発をテーマにした連作SF短編集…と言っても嘘じゃないけど、タイトルと表紙でネタはバレバレ。そう、ニコニコ動画と初音ミクに題をとり、それにわらわらと群がる者たちが繰り広げる、明るく楽しい物語。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2012年2月25日発行。文庫本で縦一段組み、本文約296頁+ドワンゴ会長川上量生の解説7頁。9ポイント40字×17行×296頁=201,280字、400字詰め原稿用紙で約504枚。標準的な長編の量。文章そのものは読みやすいんだが、会話にニコニコのネタが頻出するため、そっちに詳しくないと意味不明かもしれない。

【どんな話?】

 二ヶ月前、クロムウェル・サドラー彗星が月に衝突した。衝撃で舞い上がったガスや粉塵や破片の一部は地球周辺に留まり、デブリとなって多くの人工衛星の寿命を縮め、宇宙開発計画は大きな変更を余儀なくされる。気象衛星や通信衛星など実用衛星の更新が優先され、実験衛星は後回しにされてしまう。

 そのしわ寄せで自分のプロジェクトの息の根を止められガックリきた学生の蓮見省一に、更なるショックが襲う。同棲していたガールフレンドの奈美が出て行ったのだ。

【構成は?】

南極点のピアピア動画
コンビニエンスなピアピア動画
歌う潜水艦とピアピア動画
星間文明とピアピア動画
 解説/川上量生

【感想は?】

 ニコニコ動画とボーカロイドにハマっている人は、最高に楽しめる作品。所々に出てくるネタが、いかにも尻Pこと著者のニコ厨ぶりを示していて面白い。と同時に、「小隅レイ」に代表される旧来のSFファンへの心遣いも忘れないのが嬉しい。

 「小隅レイ」は、明らかにファンジン活動で有名な柴野拓美こと小隅黎のもじり。私もニーヴンの作品で散々お世話になった。冒頭から彗星の月衝突で始まることでもわかるように、基本的には宇宙開発関係の話題で話が進む。のだが、そこは野尻氏。この作品集には、徹底した拘りがある。

 NASAやJAXAのような大予算を持つ組織が打ち上げるのではなく、有象無象が集まり低予算で打ち上げるロケットに焦点をあてている。この辺、「沈黙のフライバイ」収録の「大風呂敷と蜘蛛の糸」の延長にある作品集と言えるだろう。笹本祐一が「もうちょっと衛星打ち上げ費用がなんとかなった世界」を舞台としているのに対し、「どうすれば何とかなるか」をあの手この手で考えている。シェフィールドの「星ぼしにかける橋」に触れてるのも嬉しい。

 もう一つのテーマが、現在カラオケのランキングを荒らしまくっている、初音ミクをはじめとするボーカロイドと、その人気を支えるニコニコ動画。この辺は私の解説なんか野暮だろう。

 このボーカロイドのブーム、実はちょっと慨視感があるよなあ…と思ってたら、実はソレにもちゃんと触れていて感激した。Linux に代表される、オープンソース・ソフトウェアの動き。今じゃパッケージは Ubuntu で HTTP サーバは Apache、スクリプトは PHP か perl なんて普通だけど、一昔前は上司を説得するのに苦労したのよ、ほんと。なんて年寄りの昔話は置いて、機会があったら伽藍とバザールを是非お読み頂きたい。

 Linux が普及していく過程はボーカロイド流行の過程とよく似ていて、つまり仕組まれたものではなく、有象無象が寄ってたかって開発環境・利用環境を整備していき、ヘビーユーザが布教に努めて初心者を指導し、利用者が増えてきたら Redhat などがパッケージやサポートでビジネスを始めて更に Linux 利用環境を充実させて更に利用者を増やし、バグを潰して安全性を高め…ってな感じに、ボランティアとビジネスとユーザの歯車が巧く噛み合って世の中に普及していった、という歴史がある。

 この過程、クリプトン・フューチャーメディアが穏やかなライセンスで広い二次利用を認め、多くの素人作曲家・イラストレータ・プログラマを集め、初音ミクをブレイクさせた過程と重なるんだよね、年寄りには。昔は舞台が NetNews だったのが、ニコニコ動画に変わっただけで。

 などと思ってたら、いきなり GPL(Gnu Public Licence)なんてのが出てくれば、こりゃもうおぢさん感激しちゃうわけだ。こういうインターネット経由の人間関係が、現実の人間関係に漏出した際のギャップというのも巧く書けてて。

もしかして小隅レイの秘密結社でもあるのか?

 などと、知らない人は思ってしまう。こういう、人間関係のネットワークの面白さに関しては、二編目の「コンビニエンスなピアピア動画」の視点も秀逸。というか、なんで著者はこんなにコンビニの内情に詳しいんだろう。バイトでもしてたのか?という邪推は置いて、ダンカン・ワッツの「スモールワールド・ネットワーク」と併せて読むと、色々妄想できたりする。

 ニコ厨が狂喜乱舞するのが、最後の「星間文明とピアピア動画」。どう考えてもドワンゴをモデルとした、というよりそのまんまの人たちが続々と登場し、いかにもドワンゴらしい思考と行動で混乱を拡散させる。社長の「うちで働く気ないかな?」には大笑い。エンジニアの秋本の発想も、まあ慎重で常識的ではあるけど、そこでこうくるか。「こんな面白いもの、拡散しなくてどうしますか!」って、おい。まあニコ厨としては正しい態度なんだけど。

 利用者の悪ノリもまたアレで、状況を利用して番組を盛り上げてる。この辺、鏡音リン・レンだったら、更に変な事になりそうだよなあ。こっちは我々もペアと認識してるわけで、難しい問題にはならない気がする。流石にたこルカは国によって「デビルフィッシュ」などと問題になりそう。

 しかし、こんなの書いてると、「尻Pなにやってんすか」なんて若い人に言われそうだなあ。それはそれで面白いかもしれない。「ふわふわ」なんて自虐もあって、笑いっぱなしの一冊でありました。

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2012年3月 2日 (金)

久保田浪之介「トコトンやさしいミサイルの本」日刊工業新聞社B&Tブックス

 一般にはロケットエンジンとよばれていますが、固体ロケットはロケットモータ、液体ロケットはロケットエンジンと呼ばれています。

【どんな本?】

 その道の一人者が、主に産業系の内容で、歴史・技術や基礎から最近の動向までを、一般向けに解説する、日刊工業新聞社の「今日からモノ知り」シリーズの一冊。著者は防衛庁技術研究本部第3研究所所長を勤めた後、三菱電機(株)の顧問となっている。

 ミサイルの歴史・構造・誘導技術・ミサイルの種類など、ミサイルに関する基礎的・一般的な技術や理論を、多くのイラストや表・グラフを使い、初心者向けに説明している。反面、実際に現場で運用されているミサイルの名称や緒元・写真などはほとんど出てこない。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2004年9月30日初版第1刷発行。ソフトカバー縦2段組で約140頁だが、独特のレイアウトの関係で実際の文字量は半分ほど。9ポイント24字×17行×2段×140頁/2=57,120字、400字詰め原稿用紙で約143枚。小説なら短編の容量。

 このシリーズの特徴は独特のレイアウト。見開きの右頁に解説を、左頁にはイラストや表などを配置するレイアウトを徹底し、、親しみやすさを演出している。この工夫が、機械の構造や戦術を解説するこの本と実に相性が良く、ロケットの内部構造や弾頭のしくみの理解の助けになる。一般に軍事系の本は「だ・である」調で堅い雰囲気なのに対し、「です・ます」調なのも、親しみやすさを増している。

【構成は?】

 はじめに
第1章 ミサイルは戦場を変えた
第2章 ミサイルとはどんなものか
第3章 誘導技術が決め手だ
第4章 戦術ミサイルと戦略ミサイル
第5章 ミサイルに搭載されるエンジン
第6章 ミサイルから逃れる
 参考文献/英略語表/索引

【感想は?】

 初心者には文句なしにお勧め、詳しい人には用なし。この本の面白さは、読者の軍事知識の量に反比例する。苔の生えた軍事マニアには常識しか書いてないつまらない本だろう。だが、ちょっとした好奇心で兵器に興味を持った一般読者にとっては、分かりやすくて過不足のない、最高の入門書となる。特に軍事に興味を持ち始めた初心者には、必読と言っていい。

 一般に軍事系の本は、いきなり詳細な話が連発したり、固有名詞が頻発したり、歴史上の戦闘を解説なしで例として持ち出したりと、相応の知識を持つ読者を想定していて、初心者が概要を掴むのには苦労する本が多いのだが、この本は、基礎的・理論的な部分を過不足なく説明した上で、最近の技術・概念であるステルスや無人化にも触れているなど、バランスにも気を配っている。

 産業系の本にありがちな、後半になると著者のギアが上がって読者おいてけぼりな傾向もなく、最後まで落ち着いて親切な解説が続く。敢えて欠点を挙げるなら、AAM(Air to Air Missile、空対空ミサイル)やIRBM(Intermediate Range Ballistic Missile、中距離弾道弾)など略語が多く出てくる点だが、これは軍事の習慣みたいなもんで、まあイチャモンに近いかな。最後に英略語表がついてるし。でも ASM が Air to Surface Missile(空対地ミサイル)と Air to Ship Missile(空対艦ミサイル)の両方で同じってのは、なんとかならんのかなあ。こういう時、漢字が使える日本語って便利。

 素人が不思議に思うのは、なんで兵器ってあんなに種類が多いのか、ってこと。この本が扱ってるミサイルでも、対空ミサイル・対戦車ミサイル・対艦ミサイルなど、いろいろある。「なんで軍船相手にヘルファイアじゃ駄目なの?」という疑問も、この本を読めば氷解する。装甲の厚さ・得物の図体の大きさ、そして飛ばす距離が段違いなんですな。

 弾頭も対戦車と対艦じゃまったく違う。対戦車は高温・高圧のガスで装甲の一点を溶かして車内を灼熱地獄に変える。近距離でワイヤで目視誘導したりするんで、あんまし飛行距離は要らない。それより歩兵が携帯できるように小型化するほうが大事。

 対艦ミサイルは相手の図体がでかいから当てやすいように思えるけど、向うだってデカい分、万全の対応を整えてる。大抵は遠距離から打ち出すわけで、長い航続距離が必要だし、その分、遠距離・中距離・近距離と複数の誘導方式を併用しなきゃいけない。弾頭も違って、こっちは装甲をブチ破ってから船内で爆発するのが望ましい。船内ったっていろいろで、食糧倉庫より弾薬庫やレーダー装置など戦闘力維持に重要な所で爆発して欲しい。などと考えると、ミサイル本体にも相応の認識能力が必要で…みたいな事が、この本を読むとよくわかる。

 ミサイルもエンジンはロケットと同じ。液体燃料と固体燃料の違いも分かりやすくのってて、液体ロケットは燃費と推力制御に優れ、固体ロケットは即時発射性・取り扱い性・長期保存性・大推力発生に優れているとか。ちょっと前に北朝鮮がテポドン発射前に燃料注入してたけど、あれ最近じゃ珍しくて、最近の長距離ミサイルは固体ロケットが中心だとか。つまりは本気で攻撃する気なら、敵に知られず発射せにゃならんわけで、偵察衛星が発達した現代じゃ、発射前に燃料注入が必要な液体ロケットは、使い物にならないわけ。

 操舵も近距離と長距離じゃ全く違ってる。近距離は空中を飛ぶから翼で姿勢制御できるけど、大陸間弾道弾は空気のない宇宙を飛ぶんで舵が効かない。で、そうするかというと、ノズルの方向を変えたり、機体に直角に姿勢制御用の小型ロケット(サイドスラスタ)をつけたり。F-22の推力変更ノズル技術って、ロケットの応用なのかなあ。

 見落としがちなのが機体の材料。超音速で飛んだりするんで、耐熱性が重要。速度から温度を求める便利な式も載ってる。To=(1+0.2M2)T。Toは機体表面温度、Tは大気温度、Mはマッハ数。ちなみに温度はすべてケルビン。

 ゴシップも少し載ってて、面白いのが、アメリカが当初、宇宙開発競争でソビエトに負けた理由。両者とも核攻撃を考えていたけど、その運搬手段の想定が違ってた。ソビエトが最初からミサイルを想定してたのに対し、アメリカは戦略爆撃機B-52を考え配備したため、ロケット開発を軽視してしまったそうな。なまじB-29で成功したのが仇になった形。

 過去の話もなかなか楽しい。ドイツのV-1号、なんとパルス・ジェット・エンジン(→Wikipedia)。やかましかっただろうなあ。V-2の話も酷くて、なまじ命中精度が低いためにどこに落ちるかわからず、「市民にとってはどこに逃げても安全な場所がないという恐怖感が実際の被害よりも大きかった」。そりゃそうだよねえ。

 他にも様々な誘導方式、ミサイルを目標に当てる航法、デコイ衛星の話、V-2号のエンジンの先進性、多様なジャミング方式、ミサイルの安全対策など、話題は広く網羅しつつ、理論的な面は充分。初心者には格好のお勧め。

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2012年3月 1日 (木)

SFマガジン2012年4月号

おれは時を逆行しようと決める。  ――円城塔「Four Seasons 3.25」

 280頁の標準サイズ。今月は「ベストSF2011」上位作家競作として、円城塔/グレッグ・イーガン/瀬名秀明/三島浩司/パオロ・バチガルピ/ジャック・ヴァンスに加え、先月のレイチェル・スワースキーの「女王の窓辺にて赤き花を摘みし乙女」の後編。

 まずは円城塔「Four Seasons 3.25」。「全ての民意を叶えます」という市長が実現した公約を使い、おれは時をさかのぼることにした。高齢者は市長の公約を扱いかねているが、市長就任以後に生まれたおれは使いこなせる。
 まず一人称が「おれ」なのに驚いた。今までいかにも敷居の高さを感じさせた円城塔の作品が、これだけでぐっと親近感がわく。中で使われる屁理屈も少なめで、相当に「読みやすさ」に配慮した模様。いや相変わらずアイデアはブッ飛んでるんだけど。IT系の仕事をやってると気がつくんだが、実は人って自分が何を欲しいのか、よくわかってないんだよね。

 続いてグレッグ・イーガン「対称」。近未来の地球軌道。微小重力産業会議の取材で軌道上のホテルにいたマーティンは、知人のゾーイから事故発生の知らせを受ける。こりゃスクープと勇み立ち、すかさず出かける。事故が起きたのは軌道モノポール加速器施設。実権後に故障が起き、修理に出かけた修理班の四人が消息を絶ったのだ。
 メインのアイデアは現代物理学の先端に関するもの。イーガンには珍しく(でもないかな?)、ちとグロテスクな描写もある。落ち着いて考えると、そういうシーンが見える方が自然なんだよね、こういう現象が起きたなら。逆にこの現象を利用できたら、いろいろと便利だよなあ。空港のテロ防止とか健康診断とか。

 瀬名秀明「きみに読む物語」。幼い頃、母に絵本を読んでもらったためか、私は本好きに育った。理系に進んだ私は、カラオケで知り合った文学部の多岐川勉の言葉に不意を衝かれた。「本を読んで感動するのはなぜか。その謎を解き明かしたい」。
 「希望」と緩く繋がる物語。相変わらず小説として濃いというか、惜しげもなく多量のネタをぶち込んでる。真摯な研究が「わかりやすく」加工され、世俗的に流行として扱われる世相。それに振り回される研究者と、逞しくビジネスに活用する市場。著者自身の体験談も混じってるけど、これはネタなのか嫌味なのか。

 三島浩司「懸崖の好い人」は、盆栽の世界にネタを取った作品。地方新聞の駆け出し記者だった私は、取材で訪れた国風盆栽展で衝撃を受けた。中でも最も感銘したのは、泰山と名づけられた中品の黒松だ。泰山を培養した瑞光園を訪ねたが、排他的な雰囲気で足を踏み入れるのに躊躇していたが…
 盆栽の世界の面白さに惹かれて読み進め、読み終わった時に気がついた。「あ、これ、SFマガジンだった」。いやホント、掲載誌がSFマガジンでなく、例えば群像とかの文芸誌だったら、意味が全然違ってくるんだよね、この作品。私は文芸誌のつもりで読んだんだけど。

 ジャック・ヴァンス「蛩鬼」。マグナス・リドルフに、「美味しい儲け話」が舞い込んできた。持ち込んだのは、農場主のブランサム。様々な不幸が重なって緊急に金が必要になったブランサムは、高収益を上げるティラコマ畑、それも収穫を待つばかりの畑を、マグナス・リドルフに売りたい、と申し込んできたのだ。
 えーっと、このオチは…。まあ、アレです、農家ってのは、いろいろと大変な仕事なんだなあ、と。つか、ディズニーのアニメかよ、みたいな。

 パオロ・バチガルピ「錬金術師」は、前編のみ。わたしも、かつて売れっ子錬金術師だった。しかし、今は落ちぶれ、幼いひとり娘のジャイアラのお気に入りのベッドまで、食いつなぐために売り飛ばすほどに落ちぶれてしまった。すべては、あのイバラのせいだ…
 「ねじまき少女」とは打って変わり、これは魔法が存在する世界のファンダジー。錬金術師というタイトルが示すように、科学技術はあまり発達していない。魔法の力にも独特の法則があって、これが重要なネタになってるっぽい。

 先月号の続きレイチェル・スワースキー「女王の窓辺にて赤き花を摘みし乙女」。母国の<花咲ける丘の国>は遥か過去となり、だがわたしは何度も呼び出され続けた。わたしを呼び出すのは野卑な男ばかりで、わたしは面白くなかった。わたしと、わたしの国の伝説は酷く歪んで伝えられ、それも気に障った。
 前編からジェンダーを強く意識させる内容だったけど、後編になると更にそういうメッセージが強くなってくる。単にひっくり返しただけじゃなく、権力欲や偏見はそのまま、ってのが味を出してる。

 金子隆一「Sence of Reality」、今回は暦のお話で、例のマヤ暦を絡めた終末論の話…だが、最後のオチにに吹いた。今は笑い話で済むけど、実現可能になったら、真剣に言い始める人が出てきそうで怖い。

 大森望の「新SF観光局」、今回は山田正紀の傑作「チョウたちの時間」に題をとりつつ、芥川賞の内輪話。これが実にきわどいというか、毒舌満開。村上龍のDNAトンズラとか、宮本輝の「眠くなった」とか、例の閣下の恨み節とか。わかんないなら、素直にわかんないって言えばいいのに、そういう年頃なんだろうなあ。

 堺三保の「アメリカン・ゴシップ」、今回はヤング・アダルト状況の話。好調なためイアン・マクドナルドやクライヴ・パーカーまで駆り出されてるとか。イアン・マクドナルドのYAって、どんなんだろ。火星で暴走族のボスとして君臨する美少女が、敵対チームのボスに見初められ、とか。どっかで読んだとか思ったら、それはきっと気のせいです、気のせい。

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