架神恭介・辰巳一世「完全教祖マニュアル」ちくま新書 814
本書は様々な宗教の分析から構築された極めて科学的なマニュアルです。科学だから決して怪しい本ではありません。皆さん、本書を信じて、本書の指針のままに行動して下さい。本書の教えを遵守すれば、きっと明るい教祖ライフが開けるでしょう。教祖にさえなれば人生バラ色です!あなたの運命は、いままさにこの瞬間に変わろうとしています!本書を信じるのです。本書を信じなさい。本書を信じれば救われます――。
【どんな本?】
ユダヤ教・キリスト教・イスラム教・仏教・儒教は勿論、ヒンドゥー教・シーク教・バハイ教など伝統宗教に加え、多くの新興宗教をサンプルとして論理的に分析した上で、教義の構築から教団の立ち上げ・運営・維持、そして同業他社との関係構築や政治参加のメリット・デメリットに至るまで、誰もが教祖としてサクセスできる手法を提示し、科学的にマニュアル化した、教祖ビジネスを目指す者に必携の書物。
なお、「じゃ著者はどんな新興宗教を興してどれぐらいサクセスしてるの?」などと不届きな突っ込みは控えるように。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2009年11月10日第一刷発行。新書版で縦一段組み、本文約219頁に加えあとがき3頁。9ポイント40字×16行×219頁=140,160字、400字詰め原稿用紙で約351枚。長編小説ならやや短め。
「誰でも実践できるマニュアル」を目指しているだけあって、文章は平易でわかりやすい。諸所に「ハードコア」や「ナウい」など、いささか軽薄な表現が見られるが、これも若い読者への配慮と見るのが妥当であろう。
【構成は?】
はじめに
序章 キミも教祖になろう!
第一部 思想編
第一章 教義を作ろう
第二章 大衆に迎合しよう
第三章 信者を保持しよう
第四章 教義を進化させよう
第二部 実践編
第五章 布教しよう
第六部 困難に打ち克とう
第七部 甘い汁を吸おう
第八部 後世に名を残そう
「感謝の手紙」
あとがき――「信仰」についての筆者なりの捉え方
参考文献
マニュアルを標榜するだけあって、準備・立ち上げから組織の運営・拡大・離反者の扱いなど、順を追って説明している。多くのビジネス書や自己啓発本に倣ってか、各章の末尾にはチェックリストがつく親切ぶり。
【感想は?】
あくまでも「教祖を目指す者」のためのマニュアルである。稀に野次馬根性で読む者もいるだろうが、そのような不心得者は腹筋が崩壊する・電車の中で笑い出して変な人扱いされる・コーヒーを吹きだしてキーボードをオシャカにするなどのバチがあたるであろう。
本書は、教祖の使命を「人をハッピーにする仕事」と位置づけ、ビジネスとしてサクセスする手法を具体的に綴った本である。しかも、優れた才を持つ者だけに可能な難しい手法ではなく、誰でもできる簡単かつ具体的な手法を紹介している。例えば、教団立ち上げ時には「まず既存宗教へ入信しよう」と薦めている。これは理に適っている。
と、いうのも。会社を立ち上げる場合にも、無職からいきなり立ち上げるのは難しい。むしろ、どこかの会社に入って仕事や組織運営のノウハウや業界の掟を学び、取引先など業界の人脈を作った上で、同僚たちと新会社を立ち上げるのが現実的だ。かように、本書はビジネスとしての教祖のありかたを、伝統宗教から新興宗教に至るまで、幅広く分析した上で具合的に論じている。
その幅の広さは、参考文献が6頁も続く点に現れている。単に宗教の分析のみならず、心理学への目配りも忘れず、スタンレー・ミルグラムの「服従の心理」やロバート・B・チャルディーニの「影響力の武器」を挙げている点で理解できよう。新興宗教についても、創価学会は当然、「ゲーム脳の恐怖」や「水からの伝言」にまで配慮する視野の広さと斬新さは見事だ。
本書の影響力は、巻末の「感謝の手紙」で明らかとなる。「人生が一変した!」と感激する一ノ瀬謹和氏、「わずか一ヶ月で信者が三倍に!」と喜ぶ前田雄亮氏、「神の意思を正しく伝えられた!」とブレイクスルーを体験した脇雄太郎氏。みな本書によって人生をサクセスに導かれた人々である。25歳の一ノ瀬氏が、2009年に第一刷発行の本書を、どうやって22歳の時に読めたのかは謎だが、まあそういうものだろう。
本書の斬新さは、教祖をビジネスとして捉えた点にある。この視点は見事で、モノゴトを需要と供給・メリットとデメリットという目で見る事を可能とした。あなたは信者にハッピーを与え、信者はあなたに尊敬と金品、そして若い女性は肉体までも提供する。これはフェアな取引であって、決して詐欺ではない。その点を、本書は何度も強調している。
このビジネスという視点は、宗教組織が持つ性質・資産・文化に、全く新しい光を当て、現代日本において我々に馴染み深い対比物を挙げたわかりやすい解説を可能とした。フィギュア・イベント開催・ディズニーランドなどを例に挙げ、我々の感覚で伝統宗教の合理性を理解する助けとなる。あとは、その仕組みを我が物として、自らの教団に活かせばよい。
教団とは、組織である。教祖として君臨するからには、組織運営のノウハウも必要だ。いかにして組織の結束を固め、維持するか。この点についても、本書は既存宗教の教義やその運用を例に取り、信者の統制を取る手法を具体的に提示する。イスラム教の礼拝や断食の真の意味を発見し、読者は感嘆するであろう。
…と、頑張って本書の芸を真似てみたけど、もう無理だ。いやもう、この本、抱腹絶倒。最初から最後まで笑いっぱなし。宗教を教祖の立場で見て、サクセスするという視点が秀逸だし、その視点を最後までブレずに貫き通す芸も見事。所々で面倒くさくなったのか、「そういうもんです」みたく投げちゃってる所もあるけど。
単にギャグでやってるだけでなく、実はキチンと各宗教について調べているのもいい。というか、若い著者なのに、キリスト教や日蓮宗の歴史上のエピソードを、今風(でもないかな?)の言葉で豊富に判りやすく紹介しているのも本書の特徴。単に経典にあたるだけでなく、その成立過程にまで踏み込んで言及しているのも、広範な教養をうかがわせる。
最後にあとがきで「『信仰』についての筆者なりの捉え方」を提示しているのは、評価が分かれるかも。誠実といえば誠実だけど、舞台裏を出しちゃってる感もある。まあ、ジャッキー・チェンの映画のエンディング・ロールで流れるNG集みたいなモンだと思えば、おトク感が得られるかな。
あまり真剣に信仰してない人、または全く信仰してない人には文句なしにお勧め。間違っても真面目に信仰してる人は読まない方がハッピー。腹が立つだけです。
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