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2012年3月29日 (木)

服部正也「ルワンダ中央銀行総裁日記」中公新書290

 …ルワンダ商人による輸入がなぜ伸びないかを考えた。(略)輸入手続きの煩瑣である。フランス語を解せず、タイプライターを持たず、車もなく、国境に近い地方に住むルワンダ人商人に、フランス語で輸入申請書を六部作ってキガリに出て銀行に提出し、二週間後またキガリにでて許可書を受けとる、という手続きをとらせることがいかに無理なことか。

【どんな本?】

 ルワンダはアフリカの中央に位置する発展途上の小国(→Wikipedia)で、最近はルワンダ紛争で話題になった。国際通貨基金から依頼を受けた著者は、1965年から1971年までルワンダの中央銀行総裁として勤務する。恒常的な財政赤字と社会基盤の絶望的な貧しさの中、著者は国際通貨基金とは全く異なる方針を打ち出し、健全な経済発展へと向け、政府や民間人と協力しつつ独自で大胆な経済改革を成し遂げる。

 一般に私たち日本人は、元植民地の発展途上国の政治・経済事情や、発展途上国と宗主国の関係などに、あまり馴染みがない。本書は、ルワンダの主要輸出作物であるコーヒーの生産・加工・販売や農機具の輸入、また賃貸不動産や税制などの具体例を挙げ、アフリカの発展途上国の経済状況を解説する。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 1972年6月25日初版発行、2009年11月25日増補版発行。新書版で縦一段組み、本文約334頁。9ポイント43字×17行×334頁=244,154字、400字詰め原稿用紙で約611枚。長編小説なら標準サイズ。

 文章そのものは読みやすいが、未就業の読者には新書のわりに少し辛いかも。主題が中央銀行総裁の職務なだけに、中央銀行と商業銀行の違い/平価切下げ/減価償却/歩留まり率など、経済・経営・経理の基礎知識が必要になる。とはいえ常識レベルなので、文化祭のヤキソバの屋台で損益を計算した程度の知見があれば充分だろう…たぶん。いえ私、ソッチには疎いもんで。

【構成は?】

 まえがき
Ⅰ 国際通貨基金からの誘い
Ⅱ ヨーロッパと隣国と
Ⅲ 経済の応急措置
Ⅳ 経済再建計画の答申
Ⅴ 通貨改革実施の準備
Ⅵ 通貨改革の実施とその成果
Ⅶ 安定から発展へ
Ⅷ ルワンダを去る
<増補1>ルワンダ動乱は正しく伝えられているか
<増補2>「現場の人」の開発援助哲学 大西義久
 関係略年表

 Ⅰ~Ⅷまでは、時系列順の素直な構成。ルワンダ紛争を受け、著者による増補1と、本書解説およびその後のルワンダ経済を俯瞰する増補2が加わった。増補2は冒頭の3頁ほどで綺麗に本書をまとめているので、早めに概要を知りたい人は先に読んでもいいだろう。

【感想は?】

 中央銀行総裁と言いつつ、実質的にやってる事は大蔵大臣+経済産業省大臣並の大仕事。国内における影響力の大きさは日本における日銀総裁の比ではない。なんたって、税制にまで口を出し、ルワンダの経済改革案を作って実施しちゃってるんだから。つまりは当時のルワンダの経済・産業政策を一手に担ってたって事。

 本書によると当時のルワンダは人口300万ほどで茨城県程度、Wikipedia によれば2008年で約一千万人で神奈川県ぐらい。ところがさすが発展途上国、商業銀行は一行しかなく、それもベルギー資本だ。日本じゃ市レベルでも農協や信用金庫があるのに。これじゃルワンダ人が起業しようにも起業資金の融資が受けられず、発展のしようがない。よって主な商業、特に貿易活動は海外資本に握られてしまう。

 この商業銀行創設のエピソードも凄い。唯一ルワンダ内に支店を持ってたベルギー系銀行の支店がコンゴ内乱のあおりで閉鎖し、商業銀行がなくなってしまった。銀行誘致の命を受けた蔵相がアテもなくブラッセルに行き、立派な建物を見て飛び込んだのがランベール銀行。飛び込みで総支配人と談判したら誘致成功。いかな小国とはいえ、一国の大蔵大臣が飛び込みで銀行を誘致するって…

 とまあドン底な上に、発展に必要な基盤もない。どころか、「国債に関する法律もない」。ここまで酷いと絶望しそうだが、著者もタフだ。「これ以上悪くなりようがないなら、何やったって改善になるじゃん」と開き直る。

 ルワンダ経済の中枢を握る外国人商人や商業銀行の関係者はルワンダ人を愚かな怠け者と見下すが、著者はルワンダ人の意外な面を発見する。例えば大統領が経済援助の受け入れを拒む理由は「返せるアテがない」と正直なものだし、農林省大臣が米作から輸出用換金作物の綿花への転作を拒む理由は「米の方が農家の収入が多いから」と、極めてまっとうなものだ。

 怠け者という観点も、民家の庭の花壇の手入れが行き届いているのを見て、「実は働き者じゃね?」とアタリをつけ、勤労意欲を削ぐ原因を探る。

 冒頭の引用は著者がルワンダ商人を育てる際に突き当たった壁の一つだ。貿易が海外資本に独占されていると思いきや、実は小規模ながらルワンダ人による「密輸」が行われていた。大半は国境近辺の農民が片手間に隣国から塩・豆・食用油・繊維品などを買い入れ、売りさばいている。扱う品物はまっとうだが、正規登録の業者じゃないので法的には密輸って事になってしまう。

 著者はこれを「彼らを育てりゃいいじゃん」と前向きに捉える。一般に途上国の発展といえば工業化を考えがちだが、著者は農業を基本に商人を育てる方針を打ち立てる。となれば農機具の輸入が必要になるが、「密輸業者は半農なんだがら隣国の農機具も目利きできる、海外資本と競争させれば健全な商業が発展する」と判断、小規模貿易を免税とする。大胆だ。

 ってな概要的な事柄に加え、平価切り下げがビールの価格と利益に影響する度合いなど、細かく具体的な数字も沢山でてくる。当時のルワンダの為替は公定相場と自由相場の二本立てで、これを利用して外国人商人は巧く立ち回ってる。通貨切り下げに伴うインド商人とベルギー商人の決戦は大笑い。ラジャン氏って、たぶんシークだろうなあ。

 国としての所帯が小さい分、国家中枢にいる者の任務も幅広い…からかどうかは知らないが、著者は中央銀行総裁でありながら、路線バス公社まで作っている。当初は採算を懸念したが、「時には58人乗りのバスに90人以上も詰め込む」という千客万来状態。よくインドの列車やバスの写真で、屋根にまで人が乗ってるのを見て呆れてたけど、こういう目で見ると、それなりに経済が巧く回ってる証拠でもあるのね。人と物が活発に流通してるって証拠なのだから。

 他にも「キガリの商業店舗の半数以上がルワンダ人所有だが、ナイロビやカンパラの店舗で国民が所有してるのは20~25%」とか「ルワンダ軍のルワンダ人将校は実践指揮に専念してるが、兵站や経理はベルギー人軍事顧問に任せてたので甘い汁吸われまくり」など、途上国と元宗主国のありがちな関係が垣間見えたり、アジアとアフリカの途上国の違いを解説している。

 視点が中央銀行総裁という俯瞰する立場でありながら、実際の業務に当たってはルワンダ人農民の消費傾向を調べるなど、庶民生活にも目配りを忘れない。発展途上国の現実を知るには格好の一冊。

 そういえば本書では品目ごとに細かく関税率や輸入限度額をを設定したり固定相場制だったりする。自由貿易や変動相場制が常識となった現代の日本から見ると、統制経済というか社会主義的に感じるのも、時代の遷移がわかって興味深い。昔は物品税ってのがあってねえ…

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