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2012年2月 8日 (水)

ポール・メルコ「天空のリング」ハヤカワ文庫SF 金子浩訳

 ぼくは力担当だ。
 ぼくは賢くない。賢いのはモイラだ。ぼくはメダみたいに話が上手じゃない。クアントみたいに数学が得意じゃないし、マニュエルみたいに手をうまく動かせない。

【どんな本?】

 デビュー長編が対象のローカス賞第一長編部門受賞作。アメリカの新人SF作家ポール・メルコによる、未来の地球を舞台に、シンギュラリティに取り残された人々の異様な社会を、その中で成長する5人の青年の視点で描く冒険SF長編。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Singularity's Ring, by Paul Melko, 2008。日本語版は2010年8月15日発行。文庫本縦一段組で本文約495頁。9ポイント41字×18行×495頁=365,310字、400字詰め原稿用紙で約914枚。長編としては長い方。

 文章そのものは翻訳SFとしちゃ標準的なレベルなんだが、風景描写がやや読みにくいかも。最近のSFの例に漏れず、軌道エレベーターなどのSF的な仕掛けはあまり細かく説明しないので、拘る人には辛いかもしれない。意味が判らなければ、ライトノベルを読む要領で、「よくわからんが、そーゆーもん」ぐらいに流すが吉。ただ、「シンギュラリティ」の概念は本筋に絡んでるんで、一応は頭に入れておこう(→Wikipedia)。

【どんな話?】

 アポロは5人のポッド(小群)だ。筋力と体力に優れるストロム、道徳を司るモイラ、他の人との交渉担当のメダ、直感的に力学と数学を理解するクアント、手足が器用でメカや道具を上手に操るマニュアル。ポッドはフェロモンで情報を交換し、感情と意思を共有する。

 かつて、多くの人類とAIは融合して<共同体>を結成したが、ある日、大半の共同体参加者が死亡する事件が起きた。遺物として赤道の軌道上にある「リング」、そして地表とリングを結ぶ軌道エレベーターがあるが、残された人々は利用できない。

 残った者の中で、秩序を維持したのは、当時少数派だったポッドだ。若いポッドの一つ、アポロは、<裂け目>の向うに向かう宇宙船<コンセンサス>のクルー選抜試験を受けるため、ロッキー山脈で生存試験を受ける。ところが、最初の夜にライバルのポッドのメンバーの一人がパニックを起こして遭難しかかり…

【感想は?】

 珍しく先月はSFを読まなかったんで、SF分補給のために選んだ作品だが、これが大当たり。眩暈するほどのセンス・オブ・ワンダーを味わえた。

 やっぱり、中心となるポッドのアイデアがいい。物語は、冒険の主人公であるアポロの各メンバーの一人称で語られる。それぞれが独立した人格と特徴のある性格を持ちながらも、記憶や視覚をフェロモンで共有する、という絶妙の設定に目が回る。ベルナール・ウェルベルの「」同様に、コミュニケーションの方法によって深さや思考が異なるのも面白い。

 気は優しくて力持ちなストロム君、強力なリーダーシップを発揮するモイラ嬢、数学と物理に秀でながら細部に囚われがちなクアント嬢、感情豊かで突っ走りがちなメダ嬢、すばしっこくて器用なマニュアル君。それぞれの視点がリレー形式で物語が進むが、中でも最も可愛いのがストロム君。いやそういう趣味はないけど、とにかく性格が可愛い。単なる脳筋じゃなく、実は細やかな精神の持ち主なのが序盤で明らかになる。

 幼い頃からポッドとして<共感>してきたメンバーだけに、イザという時は阿吽の呼吸で行動できる…反面、何かの事情でフェロモンの交換が出来なかったり、メンバーが欠けると、途端におバカになってしまうのも可愛いところ。単に思考能力が落ちるだけでなく、感情的にも不安定になっちゃう。こういう深いつながりが、羨ましいような怖いような。危機を切り抜けたストロム君の独白が泣かせる。

ぼくはまた強くなったんだ、とぼくは思う。ぼくはほかのみんなより強いんじゃなく、ぼくたち全員が強いんだ。

 物語は、彼らが冒険の旅をしながら、シンギュラリティ後の人類社会の様子や、彼ら自身の誕生の秘密を探る、という形で進んでいく。ここで見えてくる社会の様子も、なかなかグロテスクで気持ちいい。幼い頃、学級で教師が「はい、5人組を作って」なんて指示を出すけど、余るでしょ、何人か。その余りがどうなるか、というと…。他にも、最初からポッドに入らない人たちもいるし。

 著者は原子核工学エンジニアおよびIT系の職歴があるだけに、科学系の描写もバッチリ。前半では軌道上のシーンもあって、かつてニーヴンが「スモーク・リング」で描いたような、放物線と双曲線の力学の世界が味わえる。軌道エレベーター建設の描写も嬉しいところ。やっぱり問題はケーブルの素材なんだよなあ。

 異質なものとのコミュニケーションも、この作品の魅力。今の時代の人間は地図で位置を認識するけど、立場が違えば地図の認識も違ってくる。私にとって大きな川は障害物だけど、船乗りにとっては重要な道。幼い頃に「宝物の地図」を作って遊んだ経験のある人は、あの辺の描写でゾクゾクするだろう。

 ポッドの異様な感覚、シンギュラリティに取り残されながらも逞しく生きる人々、孤立した研究所でイカれた研究を続けるマッド・サイエンティスト、しつこく迫る刺客、そしてシンギュラリティの秘密。デビュー作品とは思えぬほどの仕掛けたっぷりな冒険物語でありました。

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