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2012年2月15日 (水)

ライトノベルの定義ってなんだろう

 最近読んだ「約束の方舟」、とりあえずカテゴリは「SF/日本」にしたけど、もしかしたら「ライトノベル」でもよかったかな、などと思いつつ。

 ライトノベルって言葉は定着してるけど、その定義は明確じゃない。たぶん一般的な印象は、こんな所だろうか。

  1. アニメ/漫画っぽい表紙で、本文中にも多くの挿絵がある。
  2. 主な読者として10代~20代の若者を意識している。
  3. 主な登場人物は10代の少年少女だ。

 極論すれば「可愛い女の子(またはカッコいい男の子)さえ出てくれば何でもアリ」というフリーダムな世界で、それが幸いして笹本祐一や野尻抱介・菅浩江なんてSF作家が生き延びたわけで、それはそれで結構な話…アレ?「猫の地球儀」は…ま、いっか。

 それとは別の定義だと、「そういうレーベルから出ている作品」というのもあるけど、「じゃ十二国記はどうなの?」となる。あれ、ホワイトハート版と講談社文庫版が出てるから。でも、続きは出るのかしらん。

 私の分類はいい加減で、はっきり言って気分次第。挿絵もなければ主要登場人物はみな20歳を越えてる「図書館戦争」をライトノベル扱いしてる反面、実は萌えが一杯詰まってる「約束の方舟」や「シンギュラリティ・コンクェスト」を「SF/日本」としてる。SF分の濃い・薄いで区別してるわけでもなく、それなら「紫色のクオリア」がSF扱いでないのはおかしい。だいたい「歩行戦闘車両ダブルオー」には萌え要素皆無…ってわけでもないか。

 まあ、元々が、書籍を「分類」する、って所に無茶があるんだよね。例えば「地図を作った人びと」とかは、歴史の要素と科学の要素を併せ持ってる。これを「どっちか一つに決めろ」ってのが、無茶な話。

 とまれ、図書を分類する必要性というのは、確かにあるわけで。図書館に本を置くとき、どの書棚に置くか、という問題。こういう切実で現実的な需要がある以上、分類は必要になってくる。これは図書に限らず、CDなどでも言える話で、ジェフ・ベックやヤン・ハマーはロックの棚に、アル・ディメオラはジャズ・フュージョンの棚に置く、というお約束になっている。

 これが電子化が進むと、別の可能性が出てくる。例えば先の「地図を作った人びと」は、歴史と科学、両方の属性を持たせて、どちらからでも引けるようにすればいい。こういう時、電子化って便利だよなあ。プログラマっぽく言うと、「図書」クラスの「分類」変数は、スカラじゃなくリストにしましょう、みたいな。

 幸いココログだと、一つの記事が複数のカテゴリーに入れるんで、「地図を作った人びと」は「歴史/地理」と「科学/技術」の両方のカテゴリに入れた。この仕様はココログのヒットだと思う。

 こんな風に、今までは「分類」で、一つのモノは一つのカテゴリにしか入らない、と思ってたのが、実は「属性」として、一つのモノが複数の属性を持てるんだ、みたいな発想の転換は、アチコチで出てきそうな気がする。流石に性別は一つだろうと思ってたら、「男の娘」なんてのも登場してきたし←イヤそれ違う

 …ってんで今気がついたけど、「約束の方舟」、「SF/日本」と「ライトノベル」、両方のカテゴリに入れればよかったんじゃないか。面倒くさいから直さないけど←をい

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