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2012年2月22日 (水)

瀬名秀明「希望」ハヤカワ文庫JA

 少年は立ち上がり、小鳥の飛び交う空を仰いだ。言葉を交わせたのだからきっといつか自分も飛べると少年は思った。きっといつか鳥のように飛べると。  ――鶫と鷚

【どんな本?】

 SFと科学/技術ドキュメント双方の領域で活発に活躍している瀬名秀明の第一短編集。SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2012年版」のベストSF2011国内編でも堂々の二位に輝き、「SFマガジン読者が選ぶベストSF2011」国内編ではトップをもぎ取っている。

 全般に近未来を舞台に最先端の科学ニュースや技術を絡めた作品が多く、同時に「SFだからこそ書ける文学」を、かつてのニューウェーヴとは全く違った形で、だが真正面から全力で取り組んだ作品がギッシリと詰まっており、それぞれの作品の読了後は、暫く呆けてしまうだろう。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2011年7月15日発行。発表年は「For a breath I tarry」と「鶫と鷚」が2008年なのを除き、2010年。最近、短編づいてるなあ。文庫本の縦一段組みで本文約359頁。9ポイント40字×17行×359頁=244,120字、400字詰め原稿用紙で約611枚。普通の長編小説の分量。

 文章そのものは読みやすいが、最近の科学や技術の動向を多少知らないと辛いかも。とはいえイーガンのようにむき出しでネタにするのではなく、むしろ哲学的な考察を通じて使うスタイルなので、アレルギーがなければなんとかなる…と、思う、たぶん。

 それより、「小説」としての濃度が極めて濃く、注意深く読まないと大事な部分を読み逃してしまう上に、収録作品すべてが深く考えさせられる内容なので、「軽く読み飛ばす」読書には向かない。腰をすえてじっくり読み、各編読了後はお茶を飲んで気分転換するなど、充分に体制を整えて取り組もう。

【収録作は?】

魔法
 マジシャン活動の傍ら、カルチャースクールでマジックを教えている理英は、生徒の本多から筧伊知郎の近況を聞く。七年前、25歳の筧は世界中のマジシャンに知られる大会FISMのマニピュレーション部門で一位を浚い、将来を有望視されていた筧だが…

 いきなり濃い。マジックと先端技術を絡め、人間と技術、そして魔術が人に与える感動を追及した作品…と言ってしまえば簡単だが、作品世界を構成するための取材量が半端じゃない。マジックそのものに加え、日本のマジシャン社会の現状について、著者らしく誠実かつ徹底した描写がなされている。これだけでも充分なセンス・オブ・ワンダーなのに、加えて最新技術のネタを織り込み、人に与える「感動」の謎に迫ろうとする。ある意味、ボーかロイドが呼び起こす波紋にも通じる、まさしく今語られるべき物語。
静かな恋の物語
 eiπ+1=0。リチャード・ファインマンが「私たちの至宝」と呼ぶ、オイラーの等式。理学部で理論物理学を専攻する真弓は「エレガントな式」と評し、「宇宙はシンプルで美しい数式で成り立っている」と主張する。しかし、生命科学を目指す一紀は反発して…

 エレガントで単純な美しさを追求する数学・物理学と、個体ごとのばらつきという大量の「雑音」から逃れられない生命科学。二つの価値観・感性の違いを対比させつつ、恋を絡めた綺麗な作品…かと思ってたら。
ロボ
 晩秋のウィニペクに潜む自然史家の小屋にたどり着いたのは、日が暮れる頃だった。彼の小屋には、ロボットを描いた古雑誌の表紙やイラストと共に、かつて一世を風靡した犬型ロボットもあった。当時はロボットブームで、愛玩用ロボットの所有者は「ロボットには心がある」と主張し議論を巻き起こした。

 これもまた贅沢な短編。著者お得意のロボットと人間というテーマに加え、シートン動物記の狼王ロボをシャッフルし、更に…。人が感じる愛着の正体を、ギリギリの距離感で描く緊張感溢れる短編。
For a breath I tarry
 百貨店の八階で催された望月海の個展。その入り口は二枚の絵が塞ぎ、左右どちらかから回り込んで入らなければならない。大抵の展示会には順路が設定されているものだが、これではどっちが順路なのかわからない。迷ったぼくと琉美は、それぞれ入り口と思う方向を指差しあうが…

 この短編集で繰り返される、生命と機械というテーマを凝縮した短編。人の中にあるロボット的な性質、ロボットと人間の認識の間にある決定的な断絶。A.E.ハウスマンの詩「シュロップシャーの若者」を題材に、悠久の時と今この時を対比させ、幻想的な物語が展開する。
鶫(つぐみ)と鷚(ひばり)
 20世紀初頭、フランスは新規航空航路開拓に邁進していた。アフリカと南米を結ぶ野望の難関として立ちはだかるのは、三千キロにも及ぶ太平洋。指揮を執るディディエ・ドーラは、信頼するアンリ・ギヨメを新たなる挑戦に送り出す。

 戯曲を模して語る、航空機の曙。郵便航路で活用が始まり、南米やアフリカなどで活発に新規航路開拓が行われていた冒険の時代。となれば野卑な男たちの世界になると思いきや、端役でサン・テグジュベリが出演する事でわかるように、希望とロマンチシズムと悲哀が交錯する、幻想的な一編。
光の栞
 ギリシア出張中に生まれた娘に、父は栞と名づけた。読みかけの本に挟む、あの栞だ。彼女は喉頭に異常があり、生まれつき声を失っていた。裕福な家庭に育った栞は、周囲の暖かいサポートもあり、素直に育った。結婚して二人の息子を授かったが、研究者としての仕事は続けた。ある日、息子の一人が語りかけた一言が、新しい挑戦の扉をあけた。「ママ、本が壊れちゃった」

 本を愛する者は多いが、あまりこういう世界は語られる機会がない。ある意味下世話で見逃されがちな世界ではあるが、今でも着実に進歩を重ねつつ、博物館などで古の技術を継承する試みもなされている。日本じゃアレステア・レナルズや京極夏彦とかが難問を突きつけ、現場では外国人労働者なしじゃ立ち行かなくなってたりする。まあ、このお話はもっと職人的なレベルの話で、大量生産の世界ではないけど。
希望
 10歳のとき、やっと本棚のグレアム・グリーン全集に手が届いた。最初に読んだのは第二十一巻の『神・人・悪魔』。「極めつけの悪はこの世に横行しているが、至高なる善は二度と現れることはない。人はただ運命の振り子によって、最後は神の裁きを成就することを信ずるだけだ」

 重い。ズッシリと、重い。質量や重力の正体という現代物理学の最先端の話題に加え、日本の科学研究政策の現状など生臭い話題、そしてエレガントさを求める科学の根本的な性質にまで切り込む。かと思えば科学や技術の変化が人の価値観にもたらす変化なんてSFの王道テーマまで盛り込み、もうおなか一杯。
解説/風野春樹

 こりゃ文句なしに重量級の作品集。最新の科学や技術の成果を存分に盛り込みつつ、人間の本質に迫る…といえばグレッグ・イーガンを思わせるが、語り口はむしろシオドア・スタージョンばりの繊細さ。どうしようもなくSFでありながら、同時に普遍的な文学の緻密さも備えている。語り口は平易でちゃんとストーリーがあるものの、読者に細心の注意を要求する。カルピスの原液をペットボトルで飲んだ、そんな気分だ。SFの枠を超え、小説として高く評価されて欲しい。

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