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2012年2月13日 (月)

曽我誉旨生「時刻表世界史 時代を読み解く陸海空143路線」社会評論社

 鉄道紀行作家として有名な故・宮脇俊三氏の代表作ひとつである『時刻表昭和史』にも言えることですが、本来は実用本位の“モノ”でありながら、一方でその裏に様々な人間のドラマが隠れた不思議な存在――それが「時刻表」なのです。

【どんな本?】

 趣味として時刻表を収集してきた著者が、時代にして20世紀初頭から中盤まで、地理的にはロシア・欧州・中近東・南北アメリカそして東南アジアと極東まで、乗り物としては陸上輸送の王者鉄道はもちろんバス・船・航空路まで、あらゆる時刻表・運賃表・パンフレットなどを披露しつつ、多彩なエピソードで背景にある20世紀の歴史や各国家の思惑などを解説する。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2008年9月25日初版第1刷発行。ソフトカバー横二段組で本文約472頁。8ポイント22字×42行×2段×472頁=872,256字、400字詰め原稿用紙で約2181枚。単純計算ではそこらの長編小説4冊分ぐらいの大容量だが、地図・写真・サンプルなどが豊富に載っているため、正味の文章量は6~7割ほど。

 定職を持ちつつ雑誌などにも寄稿する半プロの人だが、文章はこなれていて親しみやすく読みやすい。また、3~6頁程度の独立した記事を集めた構成なので、気になる所だけを拾い読みしてもいい。ただ、読み通すには案外と時間がかかる。というのも、じっくり味わうには地図や Google Map を参照しながら読む羽目になるからだ。まして個々の時刻表にまで見入ってしまうと、キリがない。

【構成は?】

 世界時刻表カラー・ギャラリー
 まえがき
第一章 欧亜連絡とロシア 旅は極寒の凍土を越えて
第二章 ヨーロッパ 破壊の暗闇から“対立と絆の時代”の夜明けへ
第三章 中近東・アフリカ 民族の闘いに翻弄され続けた現代のキャラバン
第四章 新大陸へ 地球を小さくするものが世界を征する
第五章 太平洋 希望と涙が渡った遥かなる架け橋
第六章 東南アジアとその周辺 植民地からの脱出は勝利なき戦いの幕開けだった
第七章 中国と台湾 流転する四千年の空と大地をゆく
第八章 朝鮮半島 三千里を駆ける鉄馬の誕生と飛翔
第九章 満州の時代 プロパガンダと緊張の狭間に咲いた幻の名優たち
第十章 日本 都市と地方・なつかしき「昨日」
 主要参考文献・ウェブサイト/あとがき

 地理的に十章に分かれている。また、各章は(原則として)更に3~6頁の独立した記事からなっていて、気になった部分だけを拾い読みしてもいい。また、記事や章の合間に、1~4頁のコラムが入って飽きさせない工夫をしている。

【感想は?】

 余人には理解できない趣味を極めたら、誰もが楽しめるモノが出来てしまった、そんな感じ。

 時刻表を見てると楽しい、という気分は、確かによくわかるのだが、だからといって古本屋を回って古い時刻表を集める人は滅多にいない。この人の場合、時刻表から路線図はもちろん、搭乗券やご当地の写真まで関係あるものをひたすら集めている。日本だけならともかく、欧州は勿論アフリカにまで手を広げているのだから恐れ入る。ちなみに収集方法は「企業秘密」だそうだ。

 この人の場合、単に集めるだけでなく、その周辺事情をバッチリ調べ上げた上で、時刻表の背後にある物語を描き出し、それが本書の大きな魅力となっている。

 例えば第一章はヨーロッパとロシアだが、なぜか最初の記事は1915年の東京~敦賀港。え?と思うだろうが、ココが著者の工夫。当時のインフラで日本から欧州に行くにはどうするか、という物語で展開していく。この後、ウラジオストク~ハルピン~満州里、満州里~モスクワ~ベルリンへと続いていく。そう、シベリア鉄道で洋行するわけだ。所要時間は2週間。それでも船だと40日かかった、というから、シベリア鉄道の効果は大きい。ここでいきなり面白いエピソードを紹介してる。

1900年にパリ万博が開催されたとき、ワゴン・リはあるパビリオンを出展してシベリア横断鉄道を宣伝した。それは「シベリア横断鉄道パノラマ館」。入場者は食事をとりながら列車の車窓を移動していく「沿線風景が描かれた絵」を観てモスクワ~北京間の旅を約45分で追体験できるという、今日のシミュレーションの先駆けともいえる出し物だった。

 20世紀初頭の「電車でGO!」かい。
 陸路の乗り物としては鉄道が中心だが、庶民の足はバス。長距離バスのグレイハウンドはもちろん、上海のローカルバスにまで触れている。ネタは1960年の「上海市公共交通手冊」、上海のバス・市電・トロリーバス・渡船の案内冊子で、なんと130頁もある。充実してるなあ。

 陸路の乗り物として凄いのが、台湾の台車。そう、荷物を運ぶのに使う、あの台車。あれの四隅に取っ手をつけ、レールの上を走らせ、山道を走る。動力は、なんと人力。と言っても乗る人が漕ぐわけではなく、四隅の取っ手を人足がして進める。人力車の山岳鉄道版。豪快というか無茶というか。

 かつては栄華を誇った船便。中でも盲点なのが、川を行く船。日本は流れが速い川が多いためか現代は河川の水運は振るわないが、欧州や中国では発達している。例えばライン川では1960年から200人乗りの定期観光船を就航している。隅田川の水上バスなんてチャチなもんじゃない。上り6日/下り4日間の優雅な旅。また、意外と大型河川が多いのがロシア。地図を見ると大きな運河も発達してるんだよね。

 変わったところではドーバー海峡を結んでいたホバークラフト。「SRN4“マウントバッテン”型ホバークラフトは、全長40メートル・幅24メートルの巨体を4個のプロペラで駆動し、250人の乗客と30台の乗用車を載せて時速120キロで航行する」というから凄い。今は双胴型高速フェリーがある上にトンネルも開通したんで引退しちゃったけど。

 日本でもホバークラフトっぽいのがあって、それは1925年に熊野川を走っていた「飛行艇」というか「プロペラ船」。川が浅いんでスクリューが使えない、じゃ空中でプロペラを動かそう、って発想。ところが騒音が酷く、ウォータージェット船に変わられてしまう。

 時勢を反映してるのが、航空路。どこからどうやって手に入れたのか、1943年の東京~ラバウルをつなぐ「臨時陸軍軍用定期航空発着時刻表」なんてのも紹介している。資料上部には「極秘」の文字。当時は日本が支配してたんだよなあ。

 やはり時勢をしみじみ感じるのが、「ベイルート経由 vs テルアヴィヴ経由」。BOAC(英国海外航空)1966年のロンドン→ボンベイの時刻表から、国際情勢を見る。ベイルート経由だと4時間55分、テルアヴィヴ経由は6時間5分。この差は何かというと、イスラエル経由の便はヨルダンやサウジアラビア上空の飛行が許されず、トルコ上空を迂回しなきゃいけなかった。こういう話は随所に出てきて、アパルトヘイトでハブられた南アフリカがえらい苦労してた。

 80年代に日本から欧州に行く際、北周りは速いけど欧州系の高運賃、南回りは時間がかかるけどアジア系の低運賃ってのが相場だったけど、今はどうなんだろ?

 なんてのもあれば、飛行艇が定期運行してた路線もあったり、派手なのだとアポロ17号のミッション・スケジュールが載ってたり。

 二次大戦前はオリエント・エキスプレスが走ってて、ベルリンからイスタンブール・バグダッドを経由してテヘランまで鉄道で行けたんだよなあ。今は寸断されちゃってるけど。釜山からダブリンまで鉄道で旅行できる日は来るんだろうか。

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