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2012年1月17日 (火)

佐藤賢一「黒い悪魔」文藝春秋

 「氏名=アレクサンドル・デュマ、出生地=マルチニーク地方管区ジェレミ市、年齢=24歳、身長=5ピエと8プース、頭髪=黒縮れ、眉毛=黒縮れ、瞳=黒、円形で平たい顔、褐色で小さい口、厚い唇、右頬に小さな疣あり、額の右端に少し大きな疣あり」

【どんな本?】

 「褐色の文豪」「象牙色の賢者」と続く佐藤賢一のデュマ三部作の開幕編。三部作の主人公の名はいずれも「アレクサンドル・デュマ」で、祖父→父→子と続く三代。開幕編の主人公は兵卒から将軍まで登りつめ、「黒い悪魔」と恐れられた軍人トマ・アレクサンドル・デュマ(→Wikipedia)を、革命の嵐が吹き荒れるフランスを部隊に描く。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 初出は雑誌「オール讀物」2002年1月号~12月号。単行本は2003年8月10日第一刷。縦一段組みで本文約455頁。9ポイント43字×21行×455頁=410,865字、400字詰め原稿用紙で約1028枚。文庫本なら二冊分ぐらい。佐藤賢一の文章は相変わらずの読みやすさ。

【どんな話?】

  零落貴族がサン・ドマング(現在のハイチ)の奴隷女に産ませた子、トマ・アレクサンドルは父の気まぐれでフランスに渡り、無為の毎日を送るが、父の再婚 を機に家を飛び出し「アレクサンドル・デュマ」と名を変え兵卒として軍に入隊する。荒くれがたむろする王妃付竜騎兵第六十連隊だが、得意の腕っ節で君臨する。当時のフランスは革命の嵐が吹き荒れ…

【感想は?】

 これだよ、これ、こういう佐藤賢一が読みたかったんだ。やっぱりね、彼はこういう主人公を書かせたらピカ一だわ。

 荒くれで野望に燃え、腕っ節が自慢で度胸が売り物。戦場じゃ頭が働くけど政治的な駆け引きじゃちと抜けてる。喧嘩じゃ負けないけど惚れた女には弱い。一本気で信念に厚く、損とわかっちゃいても愛想笑いはできない。

 この作品の主人公アレクサンドル・デュマも短気で喧嘩っ早く、軍に入隊した初日から決闘(というより喧嘩)三連戦かましてる。きましたよ、きました。やっぱりこうでなくちゃ。

 とはいえ単純ってわけでもなく、それなりに屈折はある。主人公デュマの場合、それは二つ。父親との軋轢と、白黒ハーフの血統。一応は貴族の血筋ではあるものの、黒人とのハーフは一目でわかる。パリに来てはみたものの、「アメリカ人」として差別も受ける…大柄でしなやかな肉体は女性にはモテモテだけど。

 そんな差別が腹に据えかねてた彼が出会ったのが、宿屋の娘マリー・ルイーズと、彼女に教えられた「人権宣言」(→Wikipedia)。黒人の血を引く鬱屈を「これからは貴族も平民もない時代がくるのに」というマリーの言葉で吹き飛ばされたデュマ、たちまち双方に惚れ込み、生涯の伴侶と定める。

 という事で、お話は、人権宣言に惚れ込んだデュマが、それに掲げられた理想と、勢力争いや利権漁りに明け暮れる革命政府の現実の間で悩みつつ、自慢の腕っ節で切り抜けていく、という筋書きになる。特にロベスピエールへの傾倒ぶりは相当なもの。

 当時の軍の様子がわかるのも、ちょっとした読みどころ。今と違って文民統制が行き届いていないため、内戦ともなれば、各隊がどちらにつくかは隊の指揮官の政治姿勢に左右される。たぶん、今でも、シリアや少し前のリビアあたりじゃ似たような雰囲気なんだろうなあ。

 後半では、ライバルとしてナポレオンが登場してくる。大男のデュマに対し小男のナポレオン、徹底した共和主義者のデュマに対し底知れぬ野望を秘めたナポレオン。得意とする兵科も機動力を誇る騎兵のデュマと、火力重視の砲兵隊のナポレオンという対比が憎い。

 この辺、考えていくと結構面白い。共和主義者のデュマが、伝統的な貴族制を象徴する騎兵であるのに対し、ナポレオンは新時代を象徴する砲兵、というのも皮肉。砲兵は火力がある分、機動力はない。対するデュマの騎兵は神出鬼没の機動力が命。方位や距離など正確な情報を観測し、計算で射角を定める砲兵は冷徹な読みと計算、そして正確な観測が重要なのに対し、騎兵は瞬時の判断力と行動力、そして敵を恐れぬ度胸が命。

 砲を作るには工業力が必要で、維持・運用には数学力が必要。数学・科学・工学が重要な兵科なんで、実は貴族制と相性が悪く、民主制でこそ発展が期待できる。(戦闘用の)騎馬は育成と維持に手間と金がかかるんで、一部の者が富を独占する身分制と相性がいい…騎乗生活が当たり前の遊牧民族は例外だけど。

 やがてデュマはナポレオンに冷遇されるんだが、思想的な問題がなくても、やっぱり二人は対立しただろう。どっちも仕事熱心だから、真剣に軍の強化を考える。その際、ナポレオンは新世代の旗手として砲兵・工兵重視の軍政改革を進めるのに対し、デュマは騎兵の強化を主張して、軍の古株から守旧派の頭目に祭り上げられたんじゃなかろか。

 ナポレオンがその辺を読んでいたなら、伝統的な騎兵で優れた実績を挙げるデュマを快く思うはずがない。

 デュマの戦術そのものは伝統的だけど、戦い方は欧州のそれじゃなく、むしろ三国志あたりを思わせる、隊長自らが先頭を駆けて部下が慌てて追いかけて行く、というパターン。これまた読んでて爽快だったらありゃしない。もっとも、駆けてくデュマの心中は…まあ、読んでのお楽しみ。

 初期の傑作「傭兵ピエール」や「双頭の鷲」同様、荒くれでスレてるくせに妙に一途な戦う男の物語。三部作の開幕編としての客引きの役目はバッチリ。

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