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2012年1月 3日 (火)

デイヴィッド・ハルバースタム「ザ・コールデスト・ウィンター 朝鮮戦争 上」文藝春秋 山田耕介・山田侑平訳

 この本の執筆中の2004年、わたしはたまたまフロリダ州キーウエストの図書館を訪ねたことがあった。書架にはベトナム戦争関係の書籍は88点あったのに朝鮮戦争のものはわずか4点しかなかった。これはアメリカ人の意識をそのまま反映したものだ。

【どんな本?】

 ベトナム戦争をテーマにした「ベスト・アンド・ブライテスト」で知られるジャーナリストの著者が、死の直前に完成させた話題の書テーマは、アメリカにとって「忘れられた戦争」である朝鮮戦争だ。二次大戦後の軍縮で劣悪な状態にあった米軍は、突然襲い掛かった共産軍に壊走し、釜山にまで追い詰められる。

 ソ連崩壊などで明らかになった共産側の資料も参照し、当時の国際情勢と米国世論・政界の様子などの背景や、膨大な従軍将兵へのインタビューを基にした前線の様子も含め、「忘れられた戦争」を活写する。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原題は The Coldest Winter : America and the Korean War, by David Halberstam, 2007.9。日本語版は2009年10月15日第一刷、私が読んだのは2009年11月10日の第二刷。ハードカバーで上下巻、縦一段組みで本文上巻約490頁+下巻約466頁。9ポイント45字×20行×(490頁+466頁)=860,400字、400字詰め原稿用紙で約2151枚の大著。長編小説なら4冊分ぐらい。

 翻訳物の軍記としては比較的に読みやすい方。特に上巻の冒頭に軍用地図の記号の解説と軍事用語集があって、素人読者を意識している由が伝わってくる。特に用語集では「師団」や「中隊」まで解説してて、指揮官の階級まで書いてあるのが嬉しい。贅沢を言うと下巻にも同じものをつけて欲しかった。

 上巻だと、中国が二つあるのがややこしいかも。「チャイナロビー」なんて言葉が出てくるが、これは米国政界で台湾/蒋介石に同情的な勢力を示すのであって、中華人民共和国/毛沢東ではない。まあ、普通に読んでればわかるけど。

【構成は?】

上巻
  軍事用語集/関連地図リスト/軍用地図の符号について
 プロローグ 歴史から見捨てられた戦争
 第一部 雲山の警告
 第二部 暗い日々 北朝鮮軍が南進
 第三部 ワシントン、参戦へ
 第四部 欧州優先か、アジア優先か
 第五部 詰めの一手になるか 北朝鮮軍、釜山へ
 第六部 マッカーサーが流れを変える 仁川上陸
 第七部 38度線の北へ
  上巻 ソースノート
下巻
 第七部 38度線の北へ
 第八部 中国の参戦
 第九部 中国軍との戦い方を知る 双子トンネル、原州(ウォンジュ)、砥平里(チョビンニ)
 第十部 マッカーサー対トルーマン
 第十一部 結末
 エピローグ なさなければならなかった仕事
  著者あとがき 55年目の来訪/謝辞
  解説1 歴史における人間の力を信じた男 ラッセル・ベイカー
  解説2 最後にして最高 訳者
  下巻 ソースノート/参考文献

【感想は?】

 朝鮮戦争物は既にトーランドの「勝利なき戦い」を読んでる(けど既にほとんど忘れてる)が、あれと比べると政治的な部分の描写が多い。その大半は米国政府に割かれているが、ソ連・中国・北朝鮮、そして台湾(蒋介石)の実情も暴かれているのが斬新。その分、軍事的な記述は素人向けにわかりやすい描写に収まっている反面、軍記マニアには物足りないかも。

 今のところ下巻の前1/3までしか読んでいないが、米軍以外の描写がほとんどないのも特徴。下巻でフランス外人部隊とトルコ軍が出てきてるが、韓国軍は単なるやられ役。まあ歴史を考えれば生まれたばかりの軍だし、しょうがないか。

 全般を通しダグラス・マッカーサーが悪役となっている。傲慢で無責任、周囲には追従者ばかりをはべらせて気に入らない情報はシャットアウト、人の話を聞かず態度は尊大、敵を侮り中国との全面戦争を望んでいた、と。現場の朝鮮半島に視察に出かけても日帰りばかりで一晩も泊まらなかった、というから酷い。

 当然米国ではバリバリの保守主義者なのだが、占領地日本の統治者としてはリベラルだったという皮肉な側面も明らかにしている。所詮は他国と考えナショナリズムから解放されると、冷静で的確な判断ができるって事だろうか。ところが、朝鮮半島に関しては何も判っていない、というか判ろうとしなかった、と著者は糾弾している。

 対する共産側の描写、肝心の金日成は冒頭で少し出てくるだけ。この戦争は金がスターリンに売り込み、スターリンは黙認し、毛に尻拭いを任せた、という構図だ。金の楽天家ぶりは相当なもので…

金はスターリンにひたすら売り込む。売り口上は単純明快、南を共産軍が強襲すれば勝利はいとも簡単というものだった。ナチの電撃作戦風の装甲車両攻撃で突けば、南の人民は決起して北の兵士を歓迎し、戦争は数日で事実上終わるであろう、と金は信じた。

 当時の北に航空戦力はないが、戦車は充分にあり、相手の米軍は戦車を持たない。緒戦じゃ快進撃したわけで、あながち間違いとも言い切れない…かな?
 今との大きな違いは中国(共和国)の存在感。今でこそ大国の貫禄充分だけど、当時は共産国家としては新興。「金は侵攻が始まったことを中国当局に通報さえしなかった」というから、影の薄さがわかろうというもの。

 などと舐められちゃいるが、中国にも参戦せにゃならん理由がある。東欧の各国は完全にソ連の衛星国になったが、中国は飲み込まれるつもりはない。ここらでガツンと一発存在感を示して、中国共産党の偉大さを示そう、という腹。いずれ北朝鮮が敗走すると読み、表向きは渋るポーズでソ連の航空援護を引き出そうとしつつ、着々と開戦準備を進める。

 ところがマッカーサーは完全に油断して不意を突かれる。情報は入っていた。OSS(CIAの前身)の情報将校は「至極簡単」な情報収集で北の意図が本格的な攻勢である由を掴んでいたが、GHQ参謀第二部部長のチャルズ・ウィロビー准将に握りつぶされる。

まずもっとも重要な事項は、境界線一帯の北朝鮮人家族の立ち退きないし追い立ててで、これは共産党当局が見られてほしくない準備が進行中であることを示す兆候である。第二は小さな橋の補強ないし拡幅。三番目は南北鉄道路線の再開を示唆する工事である。

 北の強襲で米軍は撤退に次ぐ撤退で釜山に押し込まれるが、戦線が縮小し補給も潤滑になったため、なんとか踏みとどまり、大博打の仁川上陸を成功させる。マッカーサーに辛らつな著者も仁川上陸だけは「数千人の米兵の命を救ったことは間違いない」と認めている。

 ところが、その仁川作戦、機密保持体制は出鱈目で、「マッカーサー版Dデーの直前、かれは戦争担当の在京記者を招集し、指令船『マウント・マッキンレー号に同乗する随行取材に招待した」。演習などの様子から毛も上陸作戦を予想して金に警告するが、スルーされる。

 上陸後の進行方針も海兵隊と陸軍で軋轢があったようで、海兵隊は敵の退路と補給路を断つ前線を敷く事を主張したが、陸軍のアーモンドはウケのいいソウル占領を優先する。この辺、同じ構図の「パリは燃えているか?」を連想した。

 戦闘面では今更ながら、前線に到着した歩兵部隊が最初にすべきは「両翼の友軍を見つけ出し、連絡の段取りをつける」事だ、などと素人に優しい記述もある。北の戦術は見事で…

 その夜、隊員らが丘の上に陣をしいたさい、朝鮮人の担ぎ屋数人が手伝った。(略)兵士を担ぎ屋に偽装させるのはいとも容易で、かれらはアメリカ軍陣地の正確な地図も持ってまた前線をすり抜けていく。

 仁川で鼻高々なマッカーサーを、その後の元山では「不名誉なことに、十月十日、元山に陸路一番乗りしたのは友軍の韓国第三師団と首都師団の部隊だった」などと皮肉りつつ、下巻へと続く。 

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