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2012年1月19日 (木)

佐藤賢一「褐色の文豪」文藝春秋

 「とにかく、おもしろいものは良い、つまらないものは悪い。文学とは、そういうことなんだよ」

【どんな本?】

 フランスの歴史小説を得意とする佐藤賢一による、「黒い悪魔」「褐色の文豪」「象牙色の賢者」と続くデュマ三部作の第二幕。「黒い悪魔」は猛将トマ・アレクサンドル・デュマ、「象牙色の賢者」は小デュマ、そしてこの「褐色の文豪」では「三銃士」や「モンテ・クリスト伯」で有名なベストセラー作家・大デュマの浮沈の激しい生涯を描く。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 初出は別冊文藝春秋第246号(2003年7月号)~256号(2005年3月号)。「お、ちょうど256だね」とか言う人は職業病です。単行本は2006年1月30日第一刷。ハードカバー縦一段組みで本文約513頁。9ポイント43字×21行×513頁=463,239字、400字詰め原稿用紙で約1159枚。文庫本なら2冊分ぐらい。三部作の中ではこれが一番長いんだが、体感的な読みやすさはこれが最も読みやすい。もちろん、内容の面白さに引きずられた面が大きいのは認める。

【どんな話?】

 パリに近い田舎町ヴィレル・コトレ。17歳のアレックスことアレクサンドル・デュマ少年は、野望こそ抱くものの、今は公証人事務所で使い走りのような仕事をしていた。「父親のデュマ将軍のような大物になる」とは言うものの、軍に入る気はなく、具体的な将来の方向も決めていない。そんな時、劇作家志望の親友ルーヴァンと共に見た芝居に感銘したアレックスは、ついに将来の進路を定める。

 「決めた。僕は劇作家になる」

【感想は?】

 「象牙色の賢者」→「黒い悪魔」→「褐色の文豪」と間違った順番で読んでしまったんだが、結果的には良かったかも。私は三部作でこの「褐色の文豪」が一番好きだ。

 なんたって、主人公の大デュマがいい。天真爛漫で底抜けに楽天的、あらゆる事に好奇心旺盛で屈託がない。悪く言えば自己中心的で破綻した性格なんだが、明るく裏表がないんで憎めない。

 三部作を通し「父親との葛藤」が主なテーマになっている。が、この主人公は3歳になる前に父親と死別している。記憶に残るのは強く優しい父親だけ。地元民にとってデュマ将軍は自慢の出世頭だけに、デュマ少年に「デュマ将軍は偉大なお方でして」と吹き込む。

 デュマ少年、素直にそれを信じ込み、お父さん大好きっ子になる。父親にとって黒い肌と縮れた毛は被差別の象徴なのに、デュマ少年は黒人の血こそ「偉大な父親から譲り受けた大切な印」であり、むしろ誇りに結びつく。たとえ揶揄でも「アメリカ人」と言われれば、逆に喜んで父親の自慢話を始めるんだからたまらない。

 開幕からして気が利いてる。前巻で悪役を務めたナポレオンが、零落してヴィレル・コトレを通過する場面から始まる。トマに感情移入してた読者としては、「ざまあ」って気分だ。

 劇作家を目指すとは言ったが、基礎が出来てるわけじゃない。自分でもそれがわかってるだけに、原稿持ち込みで没を食らってもメゲない、どころか没を食らったその場で次の原稿を持ち込む始末。物書きが本業じゃない人だって、仕事で作った文書に赤字が入れば気分が腐る。本業じゃないから「面倒くさいなあ」で済むけど、物書きが本職なら、そりゃ落ち込むはず。そこで「別のを用意してきたから、こっち読んでください」なんて言える神経は、図太いを通り越して「こいつ何か魂胆があるんじゃないのか?」と疑いたくなる。

 こういう、「普通の人」としてデュマの天真爛漫さに呆れる役を、今作の序盤では幼馴染のルーヴァン、中盤以降はヴィクトル・ユゴー(→Wikipedia)に割り振ってる。ルーヴァンは神経・才能ともに普通だが、ユゴーの役割は「優等生」。教養と文学理論はバッチリ、パリじゃ期待の新星と将来を望まれ、自分でもそれを意識しつつ、作品として結実させなきゃ、とプレッシャーを感じてもいる。

 自負と周囲の期待が大きいだけに、作品には高い完成度を求め、必然的に発表は遅くなる。ところがライバルのデュマときたら、ロクに教養もなきゃ理論も知らないくせに、めっぽう筆が速くて、かつ面白い作品を書く…考証は甘いけど。

 デュマが劇作家としてデビューする「第二章 上京のとき」の「初演」は爆笑の連続。なんとかオルレアン公(殿下と呼ばれる立場のお方)の秘書室の仕事を見つけたデュマ、臨時雇いが常勤になってホッとしたのもつかの間、脚本家のバイトがバレてクビになる。ところがめげないデュマ、なんとオルレアン公に直談判して…。この顛末、気持ちいいったらありゃしない。

 このシーン、語りがいい。デュマが規格外の人物なだけに、誰に語らせても見事な対比になる。ここでは、デュマの母(デュマ将軍の妻)マリー・ルイーズに語らせている。夫の退役後はナポレオンの嫌がらせで遺族年金まで切られ、女手一つで苦労してデュマ少年を育てた彼女、堅実で常識的な考え方が身についてる。そういう人が、パリでのデュマの生活を見ると…

 当時のフランスの社会の変化や、それが文学界に与えた影響などが伝わって来るのもいい。社会体制の変化は教育の普及をもたらし、それによって向上した識字率は新聞業界を活性化させる。多数の新聞が発刊されるが、その売れ行きを左右するのは、政治姿勢でなく、連載小説。読み手が一般大衆だけに、小説の評価基準も小難しい文学理論ではなく「面白いか面白くないか」という、身勝手ではあるが厳しい基準となる。

 これ、今の日本に当てはめると、どうなんだろ。書店や図書館に娯楽読み物が氾濫してる分、記事の扱いなど政治姿勢が重要になって…いるのかなあ。商店のチラシが決め手って人も多いんでない?

 青年期までは父親から与えられた自信が好影響を与えてトントン拍子に進む物語が、中盤あたりから父親と自分を比較し始め、屈折を伴ってくる。なんたって父親は将軍で、実業だ。対する自分は名を上げたとはいえ、所詮は文学という狭い世界での話。なんとか父親を越えたいという思いが、変な方向に彼を駆り立てて…。この辺、最近読んだウエルズの伝記「時の旅人」とタブるなあ。

 文壇より、むしろ大衆からの圧倒的な支持で名を残した大デュマ。そんな彼に相応しく、痛快で波乱万丈な作品でありました。

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