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2012年1月の12件の記事

2012年1月29日 (日)

小菅桂子「カレーライスの誕生」講談社選書メチエ

 「カレー」の製法は葱(ねぎ)一茎生姜(しょうが)半箇蒜(にんにく)少許(すこしばかり)を細末にし牛酪大一匙を以て煎り水一合五勺を加へ鶏(にわとり)海老(えび)鯛(たい)蠣(かき)赤蛙(あかがえる)等のものを入て能(よ)く煮後にカレーの粉一匙を入煮る――西洋一字間已に熟したるとき塩に加え又小麦粉大匙二つを水に解きて入るべし  ――明治五年刊『西洋料理指南』より

【どんな本?】

 日本人が大好きなカレー。そのカレーは、いつ、どこから入ってきて、どのように受け入れられていったのか。小麦粉でとろみをつけたり、福神漬けを添えるなどの日本独特のアレンジは、いつ誰が始めたのか。タマネギ・ニンジン・ジャガイモの定番の具はどのように広まったのか。なぜ関西は牛肉で関東は豚なのか。日本におけるカレーの浸透と変容を通し、文明開化以降の食文化の変転を手繰る。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2002年6月10日第一刷発行。ソフトカバー縦一段組みで本文約214頁。9ポイント45字×17行×214頁=163,710字、400字詰め原稿用紙で約410枚。内容の親しみやすさにあわせたのか、文章はそれほど難しくない。ただ、随所で明治時代の文献からレシピを引用しているので、そこは少々難儀するかも。それと、空腹時に読むのは控えた方が吉。暫く頭がカレーに占領されます。

【構成は?】

 プロローグ カレーはじめて物語
第一章 カレー美味の秘密
第二章 カレー伝来の道
第三章 カレー日本史事始
第四章 カレー繁盛記
第五章 カレー二都物語
第六章 カレーの戦後史
 エピローグ 日本人の智恵とカレー
  参考文献/あとがき/さくいん

 多少は前後するが、基本的に時系列順に話は進む。

【感想は?】

 カレーのうんちく本としては相当の充実度。と同時に、明治以降の畜産・農作物の変転が垣間見えるのが興味ぶかい。

 冒頭の引用は、健在のところ日本で最も古いとされる明治5年(1872年)の文献資料『西洋料理指南』よりカレーのレシピ。ここで既に小麦粉でとろみをつける技が紹介されている。「カレーの粉」とあるのは、イギリスのC&B社のカレー粉。日本のカレーは最初から「カレー粉」で始まっていて、スパイスを調合する本格的手法は、追って本格的なカレーを追及する探求者が発掘したらしい。

 このレシピ、今から見ると他にも異彩を放つ点が多い。まず、タマネギではなくネギを使っている。当時の日本ではタマネギの本格的な栽培が始まっておらず、知名度も少なかった。また、ニンジンも入っていない。本書では、追ってタマネギ・ニンジン・ジャガイモの栽培事始についても触れている。出島のオランダ商館・ポルトガル商館じゃ庭で西洋野菜や牛・豚・羊・鶏を飼育してた、というから、やっぱり誰でも故郷の味が恋しいんだなあ。

 もう一つ異様なのが、肉。鶏はいい。海老もシーフードカレーなら今もよく使う。牡蠣はともかく、鯛を入れるとは贅沢な。それより、赤蛙って何よ。当時は良く食べていたんだろうか。鶏に似てあっさりした味だと言うけど、一度は食べてみたい。ちなみに牛酪とはバターのこと。

 この明治五年、宮中で肉食が再開され、これをもって日本では実質的な肉食解禁となった年、とある。ところがこれに抗議した御岳行者一団が皇居に乱入し、10人中4人が死亡、一名が重症、他は全員逮捕された、というから、肉食の衝撃は大きかった模様。

 笑ったのが村井弦斎の小説「食道楽」の話。明治36年に報知新聞に連載され話題になる。料理の上手な奥さんをモデルに書き始めたら…

 連載がはじまるとまもなく、大隈重信から「わしのコックを貸すからもっといい料理をかけ」とハッパをかけられる。そしてコックが派遣されてきた。その後弦斎自身もアメリカ大使夫人に長く仕えたコックを雇い入れている。

 何やってんだ大隈。今なら「美味しんぼ」に該当する作品かな。日本人って奴は、昔から旨いものの追及には全力を尽くす民族なのね。

 日本におけるカレーの普及に役立ったのは軍隊だ、と主張しているのが山本嘉次郎氏。和食は作るのに手間がかかるが、カレーは手軽に作れる。軍隊生活でカレー作りを覚えた地方の青年が、地元に帰って広めた、とのこと。農繁期には重宝したそうな。なお明治43年の陸軍のレシピじゃ隠し味に酢を使っている。今の陸上自衛隊じゃ部隊ごとに秘密の隠し味がある、という噂をどこかで聞いたが真偽はいかに。

 寂しいのが太平洋戦争前の戦時体制への移行。食料統制で「カレー粉の製造と販売は軍用食のためをのぞいて中止されてしまう」。1941年には肉屋に対し「犬、タツノオトシゴ、オットセイの肉も販売してよろしい」って、タツノオトシゴやオットセイなんて、どうやって手に入れるんだか。ただし横文字追放の動きにも関わらず、「カレーはカレーのままであった。カレーは日本語になっていたのである」。

 日本のカレーは宇宙開発とも深いかかわりがあって。ボンカレーの事始は、1964年、大塚化学の(当時)資材課長の大塚明彦氏がアメリカの雑誌「モダンパッケージ」に載った、「フィルム容器を使って宇宙食を作る」という論文に触発されたのが始まりとか。現代では毛利衛氏が1997年に宇宙に持っていったレトルトカレーが好評で、NASAの標準メニューにカレーが取り上げられたとか。

 カレーに限らず、松栄亭の「洋風かきあげ」や中村屋の葉桜餅の笑っちゃう起源、カレーパンを油で揚げる理由、カレー南蛮普及に見る大阪と東京の違い、カレー&福神漬の黄金コンビ誕生のルーツなど、美味しい話が一杯。

 最大の難点は、読んでいて無性にカレーが食べたくなること。そこんとこ、充分覚悟した上で読みましょうね。

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2012年1月27日 (金)

P・G・ウッドハウス「比類なきジーヴス」国書刊行会 森村たまき訳

「シャツのことだが、僕の注文した薄紫色のはもう届いたかな」
「はい、ご主人様。わたくしが送り返しましてございます」
「送り返した?」
「はい。ご主人様にはお似合いでございません」

【どんな本?】

 1881年に生まれ1902年にデビューし1975年に93歳で没するまで活発な執筆活動を続けた英国のユーモア作家、Pelham Grenville Wodehouse ことP・G・ウッドハウス。彼の残した多くの作品の中でも、高い人気を誇るジーヴス・シリーズの開幕編となる連作短編集。お人よしの独身青年貴族バーティーと、彼に仕える頭脳明晰な執事ジーヴス、そしてバーティーのエキセントリックな友人や親戚が繰り広げる愉快なシチュエーション・コメディ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は…刊行年度とかがないんで Wikipedia を参照すると The Inimitable Jeeves, 「ロンドンのハーバート・ジェンキンス社から1923年5月」。日本語版は2005年2月14日初版第1刷発行、私が読んだのは2006年4月1日の初版第4刷。売れてます。ソフトカバー縦一段組みで本文約291頁、9ポイント44字×19行×291頁=243,276字、400字詰め原稿用紙で約609枚。標準的な長編の分量。

 読みやすさは文句なし。元々がリズムのいい会話が中心の文体な上に、訳の森村氏が登場人物の性格を充分に掴んで約しているので、心地よく読み進められる。ただし笑い上戸の人は通勤電車で読まないように。

【どんな話?】

 快適な春の朝。目覚めの後、完璧なタイミングでジーヴスが紅茶を運んでくる。今日もいい日だ、こんな日はハイドパークに行けば美しいご婦人と出会えるかも…などと思って出かけたが、予想は大きく外れた。確かに出会いはあったが、なんとも嬉しくない奴だ。学生時代からの友人、ビンゴ・リトル。どうやら、いつもの病気らしい。

「お前、メイベルって名前は好きか?」
「この名前には一種の音楽が感じられないか?木々の梢を風がそよぐような」

【感想は?】

 SF者にとって、国書刊行会という出版社は、レムの「完全な真空」だったりディレイニーの「ダールグレン」だったり、話題ではあるが少々歯ごたえのある、読めば周囲に自慢しちゃう類の本を出す所、という印象がある。…のだが、これは全く違った。

 巻末の訳者あとがきが見事にこのシリーズを表現している。ジーヴス曰く「書評家に黙殺されながらも広く大衆に愛読されている」。いわゆるベストセラー作家だ。日本だと夏目漱石…は格調が高すぎるかなあ。この作品に限ると、長谷川町子が近いかも。ただし「サザエさん」より、「いじわるばあさん」の味わいが近い。

 ユーモア小説とあるが、むしろコメディと言いたい。やはり解説によると「ウッドハウスの作品というのは、一部が全部であって全部が一部であるような大いなるマンネリの世界」だそうなので、パタリロが妥当かも。

 こういうコメディは登場人物が重要だ。そういう点だと、この作品は個性的で魅力的な登場人物が揃っている。

 まずは、語り手のバーティー。独身の青年貴族でお人よし。ジーヴス曰く「きわめて心根の良い、気立てのよい若い紳士だが、知的ではない」。いささかファッション・センスが先鋭的すぎるきらいがある。アクと我の強い周囲に振り回され、何かとトラブルを持ち込まれる哀れな役。

 次にタイトル・ロールのジーヴス。バーティーの執事。バーティーが彼を評するに「実にこのジーヴス、驚嘆すべき男である。ありとあらゆる点でとてつもなく有能なのだ」。古典文学から近所のゴシップまであらゆる情報を捕捉する緻密なアンテナと、真実と未来を見通す類稀な叡智を兼ね備えた男。バーティーには忠実だが、彼の先鋭的すぎるファッション・センスにだけは我慢がならない模様。従者としての分を弁えつつも、自らの財政を潤す機会は逃さぬしたたかさも持ち合わせている。

 ジーヴスはバーティーを「知的ではない」と言うものの、ジーヴスが人を知的と評することがあるんだろうか。彼に比べると人類の9割以上が知的でない事になるんだが。

 そんな二人にトラブルを持ち込む者の一人が、ビンゴ・リトル、バーティーの学生時代の友人。伯父からの仕送りで暮らしているが、常に懐は寂しい。初登場の時は小太りな印象を受けたが、痩せている模様。惚れっぽくて、次から次へと恋をしては、バーティーに面倒を持ち込む。といっても恥ずかしげに相談するわけじゃない。バーティーの意思を無視して自分勝手なシナリオを書き、バーティーに困難な役を割り振っては昼飯を強奪していく。

 ビンゴに輪をかけて強引なのが、アガサ伯母。「人類の未来を心憂える者を絶望させるのはね、バーティー、お前みたいな若造なんだよ」とバーティーを諸悪の根源と決め付ける。人の話は効かず、自分は話し始めたら止まらない。バーティーを更正させるには身を固めるのが一番と、アチコチで目をつけた女性とバーティーを結婚させようとする…というか、彼女からバーティーに連絡が入った時は、既に罠の口が閉じている。

 という事で、お話は、ビンゴやアガサ伯母がバーティーにトラブルを持ち込み、バーティーが「助けてド○エもん」と泣きつき、ジーヴスが解決する…と共に多少のオツリが返ってくる、というパターンになる。このオツリがまたイロイロで、案外とジーヴスも酷いw

 Google で検索すると既に漫画になっている模様。わかるなあ。きっと薄くて高い本も沢山出るんだろうなあ。なんたって、バーティーとジーヴスの関係がいい。ジーヴスの能力と忠誠は完全に認めつつも、素直に頼るには意地とファッション・センスが邪魔するバーティー。バーティーの人の良さを快く思いつつも、先鋭的なセンスは絶対に受け入れられないジーヴス。

 推理小説同様、オチが重要なお話なので、決して結末を先に読まないように。この本は連作短編で、全18話を収録している。それぞれ二編が対になり、問題発生編→解決編、という雰囲気にまとまっている。味見したい人は最初の二編、30頁ほどを読んでみよう。

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2012年1月26日 (木)

ジョン・ノーブル・ウィルフォード「地図を作った人びと」河出書房新社 鈴木主税訳

 問題の一つは、ほとんど例外なしに海洋の測量だけを目的とする船がなかったことである。軍艦や探検を目的とする船が、ときどき海岸の「移動測量」に時間を割くだけであり、それらは正確さの点でも詳しさにかけても、おおむねクックの仕事には遠く及ばなかった。その結果、恐るべき災厄につながることがあった。ナポレオン戦争のとき、イギリスが失った船の数は、悪天候および海図が不備だったために遭難したものが、敵の攻撃によるものの八倍もの多きに達したのである。

【どんな本?】

 副題は「古代から観測衛星最前線にいたる地図作成の歴史」。地球の大きさを測ったエラトステネス、投影法を考えたメルカトル、航海用時計を作ったジョン・ハリソン、大航海を成し遂げニューファウンドランドやニュージーランドの正確な地図を作ったジェームズ・クック、プレスター・ジョンの伝説など、地図の歴史のエポックメイキングな事柄や人びとのエピソードをギッシリ詰め込むと共に、伝統的な地図作りの基本である三角測量、現代の地図作りで活躍する航空写真や人工衛星の技術を紹介し、また重力異常や南北半球の不均衡など、意外と歪な地球の姿を明らかにする。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Mapmakers - the story of the great pioneers in cartography from antiquity to the space age, John Noble Wilford, 1981, 2000。日本語版は1988年5月31日初版発行、2001年1月30日改訂増補版発行。ハードカバー縦一段組みで本文約601頁。9ポイント48字×21行×601頁=605,808字、400字詰め原稿用紙で約1515枚。長編小説なら3本分ぐらいの大ボリューム。

 文章そのものは翻訳物の科学啓蒙書・歴史解説書としては標準的な読みやすさ。加えて中学生レベルの数学と理科の知識が必要。ったって、三角測量の原理(二つの角度と一つの辺の長さが判れば、もう一つの辺の長さも判る)と、ドップラー効果(救急車のサイレンの音は近寄るとき高く遠ざかるとき低くなる)程度が判っていれば充分。

【構成は?】

 はじめに
第1部
  プロローグ
 第1章 地図という着想
 第2章 地球を測量した図書館長
 第3章 プトレマイオスの基本原理
 第4章 神話とドグマの世界
 第5章 1492年
 第6章 円を四角に――メルカトル
第2部
 ヤキ・ポイント
 第7章 一度の長さの問題
 第8章 フランスの地図を作った一族
 第9章 ジョン・ハリソンの航海用時計
 第10章 海上と陸上の測量者たち
 第11章 兵士と教師、そしてインドの測量
 第12章 アメリカの地図――境界線を引いた人びと
 第13章 アメリカの地図――西に向かう地形学者たち
 第14章 メートル、子午線、新しい世界地図
第3部
  ブライト・エンジェル・ポイント
 第15章 翼をもった地図製作者たち
 第16章 アマゾンをおおうレーダー
 第17章 地下に広がる地平線――層準
 第18章 氷の下の大陸
 第19章 海底の山脈
 第20章 大陸間に精度を求める
第4部
  飛翔
 第21章 宇宙から地球を測る
 第22章 宇宙からの地図作り
 第23章 新しい地理学への地図
 第24章 地球の外に目を向ける――月面図
 第25章 地球の外に目を向ける――火星
 第26章 宇宙の地図をつくる
  エピローグ
  謝辞/訳者あとがき/改訂増補版への訳者あとがき/参考文献/索引

 多少の前後はあるが、おおむね時系列で話が進む。

【感想は?】

 前半は歴史上の出来事の話が中心なので社会科、後半は地球の性質などが絡んでくるので理科、という感じ。特に終盤は人工衛星や画像処理の概要まで出てきて、もはや科学解説書の感がある。私は尻上がりに面白く感じた。特に第4部はエキサイティング。

 どうも変な所に目がいっちゃうんだよね。例えば1971年に打ち上げたマリナー9号が送ってきた火星の写真。モノクロで解像度は700×832、ただし各画素は9bit(512階調)、とか。これをパサデナのジェット推進研究所で受信して磁気テープ(たぶんオープンリール)に記録し、フラッグスタッフの宇宙地質学研究所まで航空便で運び、専用プログラムで画像処理(コントラストの調整とか)して…ってな事をやってる。今ならZIPで送りPhotoshopで処理するんだろうなあ。

 地図作成の最初の偉人として出てくるのがエラトステネス。夏至の正午、シエネの深い井戸の底に太陽光が差し込む(すなわち太陽が真上に来る)事を利用し、同じ日にアレクサンドリアのオベリスク(塔)の影の長さを測って、地球の大きさを測る。シエネの位置が北回帰線より北に60kmずれてたりシエネ・アレクサンドリア間の距離が間違ってたりで、16%の誤差が出たけど(実際は約4万km、エラトステネスの推測は4万6250km)。

 投影図法で有名なメルカトルは16世紀に活躍した人。彼の目的が「船乗りが一定の規則に従って航行すれば目的地に到達できるようにする」事、ってのも意外。最短距離は大圏航路(→Wikipedia)なんだけど、これだと方位を常に調整しなきゃいけない。メルカトル図法の地図で直線を引けば、羅針盤で得た方位を一定に保てばいいわけ。なお、地図帳によく使われる「アトラス」という名称も彼が神話の巨人アトラスから採ったのが起源だとか。

 「一度の長さの問題」から、地球の性質が地図の精度と大きく関わってくる。1736年に測量のためアンデスで大冒険を繰り広げたブーゲ、高地では重力が小さい事を発見する―地球の中心から遠いことを差し引いても。意外な事に、山地は密度が小さいそうな。このあたりになると、地球は赤道付近が少し膨らんだ回転楕円体なのが判明してきて、「一度の長さ」は場所と方角により違う事がわかってくる。

 ちなみに実際はもう少し複雑で、西洋梨みたく北極が少し突き出してる。「もっと正確に言えば、南北が対称である地球と重ねてみると、北極はそれよりも19メートル突き出ており、南極は下から26メートルへこんでいる」。なんでそうなってるのかは不明。不思議。

 航海時計を作ったジョン・ハリソンの苦労も涙。緯度は正確に測れても経度は難しい。1714年に英国議会が海上で経度を測る方法を公募、誤差30分(一度の半分)以内は2万ポンドの賞金を出すと決める。これに挑戦した貧しい大工の倅ハリソン、第一号は高さ1メートルで1736年に試験され好印象を与える。改良を続け出来た第四号は直径約12cmと小型化にも成功、1761年11月に試験航海を開始。第一号から25年。英国からジャマイカまで5ヶ月の往復で経度誤差は28分5秒(時間だと約99秒!)。

 出自の卑しさと、当時は月から経度を求める方法が主流だったので、全額出費は一旦見送られるが、時の国王ジョージ三世の鶴の一声で形勢逆転。なお、二世紀後にダウニング街10番地(首相官邸)のパーティで一人のアメリカ人が彼を称える。「ご臨席の皆さまがたが、われわれの旅だちに先鞭をつけて下さったのです」。彼の名はニール・A・アームストロング、最も遠くまで旅をした男。

 地図帳には南極大陸の地図も載ってる。氷に閉ざされてる大陸の形をどうやって調べるかというと、航空機による電波音響探査。航空機から下に向け電波を発信し、地表での反射を捉えるわけ。一種のレーダーだね。スキーを履いたC-130を使ってたりする。応用範囲広いなC-130。他にも70を越える氷底湖が見つかってて、古代の生物が見つかるかも。宇宙細胞はこれをネタにしてたのか。

 やはりSF小説「鯨の王」のネタになってた海底の熱水間欠泉の生物の群生を発見するエピソードを含む海底探査の物語、GPSにも応用されてるドップラー方式の基本アイデアはスプートニクの頃からあったという話、1854年のロンドンのコレラ流行の原因究明に地図が活躍する話など、面白エピソードが満載。

 今やカーナビは常識だし、Google Map なんて便利なものまで出てきて、個人がそれぞれの目的に応じた地図(主題図)を作れる時代になった。今後10年ぐらいは地図激動の時代が続くんだろうなあ。

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2012年1月19日 (木)

佐藤賢一「褐色の文豪」文藝春秋

 「とにかく、おもしろいものは良い、つまらないものは悪い。文学とは、そういうことなんだよ」

【どんな本?】

 フランスの歴史小説を得意とする佐藤賢一による、「黒い悪魔」「褐色の文豪」「象牙色の賢者」と続くデュマ三部作の第二幕。「黒い悪魔」は猛将トマ・アレクサンドル・デュマ、「象牙色の賢者」は小デュマ、そしてこの「褐色の文豪」では「三銃士」や「モンテ・クリスト伯」で有名なベストセラー作家・大デュマの浮沈の激しい生涯を描く。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 初出は別冊文藝春秋第246号(2003年7月号)~256号(2005年3月号)。「お、ちょうど256だね」とか言う人は職業病です。単行本は2006年1月30日第一刷。ハードカバー縦一段組みで本文約513頁。9ポイント43字×21行×513頁=463,239字、400字詰め原稿用紙で約1159枚。文庫本なら2冊分ぐらい。三部作の中ではこれが一番長いんだが、体感的な読みやすさはこれが最も読みやすい。もちろん、内容の面白さに引きずられた面が大きいのは認める。

【どんな話?】

 パリに近い田舎町ヴィレル・コトレ。17歳のアレックスことアレクサンドル・デュマ少年は、野望こそ抱くものの、今は公証人事務所で使い走りのような仕事をしていた。「父親のデュマ将軍のような大物になる」とは言うものの、軍に入る気はなく、具体的な将来の方向も決めていない。そんな時、劇作家志望の親友ルーヴァンと共に見た芝居に感銘したアレックスは、ついに将来の進路を定める。

 「決めた。僕は劇作家になる」

【感想は?】

 「象牙色の賢者」→「黒い悪魔」→「褐色の文豪」と間違った順番で読んでしまったんだが、結果的には良かったかも。私は三部作でこの「褐色の文豪」が一番好きだ。

 なんたって、主人公の大デュマがいい。天真爛漫で底抜けに楽天的、あらゆる事に好奇心旺盛で屈託がない。悪く言えば自己中心的で破綻した性格なんだが、明るく裏表がないんで憎めない。

 三部作を通し「父親との葛藤」が主なテーマになっている。が、この主人公は3歳になる前に父親と死別している。記憶に残るのは強く優しい父親だけ。地元民にとってデュマ将軍は自慢の出世頭だけに、デュマ少年に「デュマ将軍は偉大なお方でして」と吹き込む。

 デュマ少年、素直にそれを信じ込み、お父さん大好きっ子になる。父親にとって黒い肌と縮れた毛は被差別の象徴なのに、デュマ少年は黒人の血こそ「偉大な父親から譲り受けた大切な印」であり、むしろ誇りに結びつく。たとえ揶揄でも「アメリカ人」と言われれば、逆に喜んで父親の自慢話を始めるんだからたまらない。

 開幕からして気が利いてる。前巻で悪役を務めたナポレオンが、零落してヴィレル・コトレを通過する場面から始まる。トマに感情移入してた読者としては、「ざまあ」って気分だ。

 劇作家を目指すとは言ったが、基礎が出来てるわけじゃない。自分でもそれがわかってるだけに、原稿持ち込みで没を食らってもメゲない、どころか没を食らったその場で次の原稿を持ち込む始末。物書きが本業じゃない人だって、仕事で作った文書に赤字が入れば気分が腐る。本業じゃないから「面倒くさいなあ」で済むけど、物書きが本職なら、そりゃ落ち込むはず。そこで「別のを用意してきたから、こっち読んでください」なんて言える神経は、図太いを通り越して「こいつ何か魂胆があるんじゃないのか?」と疑いたくなる。

 こういう、「普通の人」としてデュマの天真爛漫さに呆れる役を、今作の序盤では幼馴染のルーヴァン、中盤以降はヴィクトル・ユゴー(→Wikipedia)に割り振ってる。ルーヴァンは神経・才能ともに普通だが、ユゴーの役割は「優等生」。教養と文学理論はバッチリ、パリじゃ期待の新星と将来を望まれ、自分でもそれを意識しつつ、作品として結実させなきゃ、とプレッシャーを感じてもいる。

 自負と周囲の期待が大きいだけに、作品には高い完成度を求め、必然的に発表は遅くなる。ところがライバルのデュマときたら、ロクに教養もなきゃ理論も知らないくせに、めっぽう筆が速くて、かつ面白い作品を書く…考証は甘いけど。

 デュマが劇作家としてデビューする「第二章 上京のとき」の「初演」は爆笑の連続。なんとかオルレアン公(殿下と呼ばれる立場のお方)の秘書室の仕事を見つけたデュマ、臨時雇いが常勤になってホッとしたのもつかの間、脚本家のバイトがバレてクビになる。ところがめげないデュマ、なんとオルレアン公に直談判して…。この顛末、気持ちいいったらありゃしない。

 このシーン、語りがいい。デュマが規格外の人物なだけに、誰に語らせても見事な対比になる。ここでは、デュマの母(デュマ将軍の妻)マリー・ルイーズに語らせている。夫の退役後はナポレオンの嫌がらせで遺族年金まで切られ、女手一つで苦労してデュマ少年を育てた彼女、堅実で常識的な考え方が身についてる。そういう人が、パリでのデュマの生活を見ると…

 当時のフランスの社会の変化や、それが文学界に与えた影響などが伝わって来るのもいい。社会体制の変化は教育の普及をもたらし、それによって向上した識字率は新聞業界を活性化させる。多数の新聞が発刊されるが、その売れ行きを左右するのは、政治姿勢でなく、連載小説。読み手が一般大衆だけに、小説の評価基準も小難しい文学理論ではなく「面白いか面白くないか」という、身勝手ではあるが厳しい基準となる。

 これ、今の日本に当てはめると、どうなんだろ。書店や図書館に娯楽読み物が氾濫してる分、記事の扱いなど政治姿勢が重要になって…いるのかなあ。商店のチラシが決め手って人も多いんでない?

 青年期までは父親から与えられた自信が好影響を与えてトントン拍子に進む物語が、中盤あたりから父親と自分を比較し始め、屈折を伴ってくる。なんたって父親は将軍で、実業だ。対する自分は名を上げたとはいえ、所詮は文学という狭い世界での話。なんとか父親を越えたいという思いが、変な方向に彼を駆り立てて…。この辺、最近読んだウエルズの伝記「時の旅人」とタブるなあ。

 文壇より、むしろ大衆からの圧倒的な支持で名を残した大デュマ。そんな彼に相応しく、痛快で波乱万丈な作品でありました。

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2012年1月18日 (水)

エレナ・ジョリー聞き書き「カラシニコフ自伝 世界一有名な銃を創った男」朝日新書 山本知子訳

 要するに「AK」は、私とカーチャの最初の愛の結晶なのだ……

【どんな本?】

 正規軍からテロリストまで世界中で使われ、その数は一億丁とまで言われる傑作自動小銃、AK(Avtomat Kalachnikova)ことカラシニコフ。そのAKを産み出した技術者ミハイル・カラシニコフにフランス人ジャーナリストがインタビューし、その生涯を綴るとともに、彼が生き抜いた20世紀のソ連とロシアの社会背景を明らかにしてゆく。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は MA VIE EN RAFALES ; Mikhaïl Kalachnikov,  Elèna Joly, 2003。日本語版は2008年4月30日第1刷発行。新書で縦一段組み本文約238頁。9ポイント42字×16行×238頁=159,936字、400字詰め原稿用紙で約400枚。小説なら軽めの長編の分量。「星々の蝶」を訳した人だから読みやすかろう、と思ったら期待通りやっぱり読みやすかった。

【構成は?】

 地図/凡例
 はじめに――恐怖と栄光の日々
第一章 隠された悲劇
第二章 一介の兵士から銃器設計者へ
第三章 AKの誕生
第四章 唯一の銃器
第五章 ソ連・ロシアの指導者たち
第六章 祖国と外国
第七章 雑記
 訳者あとがき/カラシニコフ略歴

 基本的に少年期から現在まで時系列に話は進むが、テーマごとに章わけしているため、多少前後する。各章の冒頭で、当時のソ連/ロシアの社会状況を開設してくれるのはありがたい。自伝なのに著者がいるのは、カラシニコフ氏にエレナ・ジョリーがインタビューし、それをエレナがテーマごとに整理して成立した本のため。アレックス・ヘイリー著「マルコムX自伝」と同じ手法だね。

【感想は?】

 カラシニコフ老自身は、ありがちな仕事中毒のエンジニアという印象。83歳になった今でも朝の5時に起きて週に4日働いてる、と誇らしげに語るあたり、「勤労は美徳」という日本人と同じ道徳観の持ち主らしい。根っから機械いじりが好きらしく、自宅の芝刈り機を設計し、モグラ捕り器も作ってる。

 というのも、ヴイクトル(息子さん)が私の誕生日にとても高価なモグラ捕り器をプレゼントしてくれたのだが、これがずいぶんと使い勝手の悪い代物だったのだ。ロシア人がドイツ人からモグラ捕り器を輸入するのはけしからんと思い、性能がずっとよい罠を自ら発案したのだ。特許を取るよう勧められもしたが、「カラシニコフのモグラ捕り器」なんてピンとこないだろう?だからこの提案を断り、この装置は貴重な一点物となった。

 特許はともかく商標登録すればブランド効果で抜群の売れ行きだと思うんだけど。上の引用でわかるように、結構気さくでユーモアに溢れた人であり、また先の戦争の影響でドイツには拘りを持っている。まあ、仕方ないやね。従軍したのは38年、戦車の操縦士兼整備兵。古参兵に睨まれ彼をモデルにした漫画コンクールまで開催される。それに、なんと彼自身が作品を寄せて好評を博し、上官に気に入られる。ユーモアのセンスがある人なんだなあ。

 幼い頃に一家揃ってシベリア送りになるが、二度の脱走を企てる、元々手先が器用だったのか、二度目の脱走では友人と組んで通行証の偽造までしてる。自分たちの分だけでなく、ちゃっかり人の分も作って売りさばき、旅費の足しにするしたたかさも。智恵に加え行動力もあるんだなあ。

 このシベリア脱走は当時のソ連じゃ彼の弱点となり、以後は自分なりに「公け」の経歴をデtッチあげている。AKの仕事を評価されソビエト連邦最高会議の代議員となってからも、クレムリンの門をくぐる際、衛兵に脱走の件を咎められる恐れを抱きビクビクしていた、というから笑うべきか悲しむべきか。

 肝心のAK、製造が容易で構造が単純、使いやすく頑丈で信頼性抜群なだけでなく、小さい部品があっちゃいけない。整備の際に見落としかねないからだ。これは盲点。ちなみに弾薬は「7.62ミリの口径の方が優れていると確信している」。

 脱走でわかるように結構図太い神経も持っているようで、突撃銃をコンペに出す際、実は審査用件に違反してるのを承知で出してる。「銃身の長さを500ミリから420ミリに変えた」。が、それがバレたのは優秀な成績が実証された後だったため、警告だけで済んだそうな。

 彼が銃設計の道を決意した環境が面白い。前線で負傷して入院した病院の図書室にはウラジミール・グリゴリエヴィッチ・フョードロフの「火器の変遷」があった上に、戦車兵・砲兵・歩兵・工兵などあらゆる兵科の将兵がいた。自分の身でニーズを痛感した状態で優れた教科書と現場のユーザに囲まれりゃエンジニア魂に火がつく。早速、短機関銃の設計に熱中したとか。

 ソビエト社会の奇妙さも本書の魅力。コンペは「設計者の名前に影響されずに、審査委員会が客観的な判断を下すため 」偽名で行う。意外と効率的な部分もあるのね。

 笑っちゃうのが、1972年に初めてアメリカの武器史家エドワード・エゼルからはがきで取材の打診を受けたとき。仰天した彼はKGBに赴き判断を仰ぐ。ところが「党(共産党)に聞け」と言われ、党に出向くと「KGBに聞け」と言われる。典型的なたらい回し。「そのKGBから来たんだよ」と文句を言うと党曰く「暫く様子を見よう」。ってんで放置してたら、一年後に外務省から返事の催促が来たそうな。結局、インタビューが実現したのは17年後というから、エゼルの執念も凄い。

 エゼルの招待でアメリカに渡った彼はユージン・ストーナーやビル・ルガー、ウジール・ガルなど他の高名な銃の設計者と出会い意気投合する。「ストーナーは自家用飛行機やヘリを持ってるけど勲章は一個も貰ってない、私はカラシニコフで1コペイカも儲けてないけど勲章は沢山貰った、ストーナーは私の勲章をしげしげと見てたよ」と誇らしげ。

 農民出身のためか医者嫌いで、医者にかからず腎結石を排出し、「英雄称号を二度も授けられたる者、肉体の不調も己の力で克服しなければならないのだ」なんてくだりは爆笑物。

 最後に、技術者としての信条を吐露する彼の言葉で終えよう。

「技術とはすべて改良することができるし、また改良されなければならない。よい結果を得るためには、つねに明確で具体的な目標を設定しなければならないのだ」
「発明家がまったく新しいものを発案することはもはや不可能だと思っている。発明品とは既存の要素をベースにして初めて得られるものだからだ」
「真の発明家は、決して探求の道で立ち止まることはない。どんな場面においてもつねに考えているものである」
「改良するという行為には、終わりがない」

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2012年1月17日 (火)

佐藤賢一「黒い悪魔」文藝春秋

 「氏名=アレクサンドル・デュマ、出生地=マルチニーク地方管区ジェレミ市、年齢=24歳、身長=5ピエと8プース、頭髪=黒縮れ、眉毛=黒縮れ、瞳=黒、円形で平たい顔、褐色で小さい口、厚い唇、右頬に小さな疣あり、額の右端に少し大きな疣あり」

【どんな本?】

 「褐色の文豪」「象牙色の賢者」と続く佐藤賢一のデュマ三部作の開幕編。三部作の主人公の名はいずれも「アレクサンドル・デュマ」で、祖父→父→子と続く三代。開幕編の主人公は兵卒から将軍まで登りつめ、「黒い悪魔」と恐れられた軍人トマ・アレクサンドル・デュマ(→Wikipedia)を、革命の嵐が吹き荒れるフランスを部隊に描く。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 初出は雑誌「オール讀物」2002年1月号~12月号。単行本は2003年8月10日第一刷。縦一段組みで本文約455頁。9ポイント43字×21行×455頁=410,865字、400字詰め原稿用紙で約1028枚。文庫本なら二冊分ぐらい。佐藤賢一の文章は相変わらずの読みやすさ。

【どんな話?】

  零落貴族がサン・ドマング(現在のハイチ)の奴隷女に産ませた子、トマ・アレクサンドルは父の気まぐれでフランスに渡り、無為の毎日を送るが、父の再婚 を機に家を飛び出し「アレクサンドル・デュマ」と名を変え兵卒として軍に入隊する。荒くれがたむろする王妃付竜騎兵第六十連隊だが、得意の腕っ節で君臨する。当時のフランスは革命の嵐が吹き荒れ…

【感想は?】

 これだよ、これ、こういう佐藤賢一が読みたかったんだ。やっぱりね、彼はこういう主人公を書かせたらピカ一だわ。

 荒くれで野望に燃え、腕っ節が自慢で度胸が売り物。戦場じゃ頭が働くけど政治的な駆け引きじゃちと抜けてる。喧嘩じゃ負けないけど惚れた女には弱い。一本気で信念に厚く、損とわかっちゃいても愛想笑いはできない。

 この作品の主人公アレクサンドル・デュマも短気で喧嘩っ早く、軍に入隊した初日から決闘(というより喧嘩)三連戦かましてる。きましたよ、きました。やっぱりこうでなくちゃ。

 とはいえ単純ってわけでもなく、それなりに屈折はある。主人公デュマの場合、それは二つ。父親との軋轢と、白黒ハーフの血統。一応は貴族の血筋ではあるものの、黒人とのハーフは一目でわかる。パリに来てはみたものの、「アメリカ人」として差別も受ける…大柄でしなやかな肉体は女性にはモテモテだけど。

 そんな差別が腹に据えかねてた彼が出会ったのが、宿屋の娘マリー・ルイーズと、彼女に教えられた「人権宣言」(→Wikipedia)。黒人の血を引く鬱屈を「これからは貴族も平民もない時代がくるのに」というマリーの言葉で吹き飛ばされたデュマ、たちまち双方に惚れ込み、生涯の伴侶と定める。

 という事で、お話は、人権宣言に惚れ込んだデュマが、それに掲げられた理想と、勢力争いや利権漁りに明け暮れる革命政府の現実の間で悩みつつ、自慢の腕っ節で切り抜けていく、という筋書きになる。特にロベスピエールへの傾倒ぶりは相当なもの。

 当時の軍の様子がわかるのも、ちょっとした読みどころ。今と違って文民統制が行き届いていないため、内戦ともなれば、各隊がどちらにつくかは隊の指揮官の政治姿勢に左右される。たぶん、今でも、シリアや少し前のリビアあたりじゃ似たような雰囲気なんだろうなあ。

 後半では、ライバルとしてナポレオンが登場してくる。大男のデュマに対し小男のナポレオン、徹底した共和主義者のデュマに対し底知れぬ野望を秘めたナポレオン。得意とする兵科も機動力を誇る騎兵のデュマと、火力重視の砲兵隊のナポレオンという対比が憎い。

 この辺、考えていくと結構面白い。共和主義者のデュマが、伝統的な貴族制を象徴する騎兵であるのに対し、ナポレオンは新時代を象徴する砲兵、というのも皮肉。砲兵は火力がある分、機動力はない。対するデュマの騎兵は神出鬼没の機動力が命。方位や距離など正確な情報を観測し、計算で射角を定める砲兵は冷徹な読みと計算、そして正確な観測が重要なのに対し、騎兵は瞬時の判断力と行動力、そして敵を恐れぬ度胸が命。

 砲を作るには工業力が必要で、維持・運用には数学力が必要。数学・科学・工学が重要な兵科なんで、実は貴族制と相性が悪く、民主制でこそ発展が期待できる。(戦闘用の)騎馬は育成と維持に手間と金がかかるんで、一部の者が富を独占する身分制と相性がいい…騎乗生活が当たり前の遊牧民族は例外だけど。

 やがてデュマはナポレオンに冷遇されるんだが、思想的な問題がなくても、やっぱり二人は対立しただろう。どっちも仕事熱心だから、真剣に軍の強化を考える。その際、ナポレオンは新世代の旗手として砲兵・工兵重視の軍政改革を進めるのに対し、デュマは騎兵の強化を主張して、軍の古株から守旧派の頭目に祭り上げられたんじゃなかろか。

 ナポレオンがその辺を読んでいたなら、伝統的な騎兵で優れた実績を挙げるデュマを快く思うはずがない。

 デュマの戦術そのものは伝統的だけど、戦い方は欧州のそれじゃなく、むしろ三国志あたりを思わせる、隊長自らが先頭を駆けて部下が慌てて追いかけて行く、というパターン。これまた読んでて爽快だったらありゃしない。もっとも、駆けてくデュマの心中は…まあ、読んでのお楽しみ。

 初期の傑作「傭兵ピエール」や「双頭の鷲」同様、荒くれでスレてるくせに妙に一途な戦う男の物語。三部作の開幕編としての客引きの役目はバッチリ。

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2012年1月15日 (日)

ノーマン&ジーン・マッケンジー「時の旅人 H・G・ウェエズの生涯」早川書房 松村仙太郎訳

「彼とわたしの作品のあいだには、比較の可能性は存在しない。彼の短編は、厳密な科学的基盤に立脚したものではない。わたしは物理学を応用するが、彼は創作する」  ――ジュール・ヴェルヌ

【どんな本?】

 タイムマシン・宇宙人の襲撃・透明人間など今なおSFで頻繁に使われるアイデアを産み出し、ジュール・ヴェルヌと並ぶSFの始祖とされるハーバート・ジョージ・ウエルズ。階級社会のイギリスで貧しい商人の家に生まれ、科学の世紀の曙に話題作を連発して時代の寵児となり、攻撃的とすら言える活発な論争と奔放な私生活でイギリスに旋風を巻き起こす。波乱と栄光とスキャンダルに満ちたH・G・ウエルズの人生を、手紙など豊富な資料で掘り起こす。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Time Traveller ; The Life of H.G.Wells, Norman & Jeanne MacKenzie, 1973。日本語版は1978年9月30日初版発行、1984年にハヤカワ文庫NFから上下巻で文庫版が出てる(ソースは翻訳作品集成(Japanese Translation List)ハヤカワ文庫(Hayakawa bunko)NFより)…が、絶版みたいだ。

 ハードカバー縦二段組で本文約609頁、厚さ45mmを越える凶器。8ポイント26字×21行×2段×609頁=665,028字、400字詰め原稿用紙で約1,663枚。そこらの長編3冊分の大ボリューム。文章も当時の翻訳物らしく、正確ではあるんだろうがイマイチ硬い。また、有名無名あわせ多くの人が登場するので充分な注意が必要。心身ともに相応の覚悟を決めて挑もう。

【構成は?】

 謝辞
Ⅰ かわいいバーティ
Ⅱ 文士
Ⅲ 予言者と政治家
Ⅳ 情熱と回転歩
Ⅴ 運命にあやつられる人々
Ⅵ 暗くなる森
 原註/訳者あとがき/書誌

 基本的に素直に誕生から時系列順に話が進む。

【感想は?】

 フェリクス・J・パルマの「時の地図」の中で軽く彼の人生に触れてたけど、全く印象が違った。偉大ではあるが、同時にかなり困った人でもある。お盛んな私生活や癇癪持ちで友人を困らせるエピソードを、容赦なく暴露してる。普通は評伝なんだから多少は手加減しそうなもんだが、この本は実に手厳しい。

 名声を得てからヘンリー・ジェイムズやジョージ・バーナード・ショーらとの付き合いができる。ジェイムズとは晩年に仲違いして、ジェイムズが没するまで仲直りできなかった。ジェイムズは「芸術そのものへの奉仕」を求めるのに対し、ウエルズは社会風刺やメッセージ性を主張する。傍から見りゃ「お互い芸風が違うんだから認め合えばいいじゃん」と思うんだが、特にウエルズが「俺だけが正しい、お前は間違ってる」と主張するから収まりようがない。

 これは「伝統を受け継ぎ洗練させる者」と「新しい世界を切り開く者」との姿勢の違いで、どっちが優れてるとかの問題じゃないんだが、ウエルズの文言があまりに攻撃的で冷静になれなかったんだろうなあ。

 感情的なやりとりはショーも同様で、こっちだと「キーキー騒ぐウエルズ」と「まあまあと宥めるショー」という関係になってる。両者の手紙が豊富に収録されていて、頭に血が上ってるウエルズと、なんとか落ち着かせようとするショーの対比が鮮やか。最もこの対立、最後は政治的な見解が軸になったようで、スターリンの言論弾圧が許せないウエルズと、スターリンへの幻想を捨てられないショーという構図になる。

 そういう癇癪持ちな部分は、晩年になると「ありゃ病気だからしょうがない」と周囲も諦め順応したようで、「ひとびとは大部分、すでにずっと以前から、彼の癇癪を当然のことのように考えるようになっていた」。生暖かい目で見守るって奴ですか。

 「ありゃビョーキ」なのは女性関係もそうで、次々と若い女性と関係を持ってる。うらやま…いやけしからん。それが元で世間に叩かれたりもしたけど、「俺は性欲が強いんじゃい、ソレが創作の原動力になるんじゃ」と晩年は開き直ってる。困った爺さんだ。知的で自立心旺盛な女性が好み、というあたり、単に性欲の対象ってわけでもないようで。

 だからといってポイ捨てってわけでもなく、例えば最初の奥さんイザベルが再婚した時はショックを受けてる。独占欲が強いのか、愛情が豊かなのか。両方なんだろうなあ。

 新しもの好きで自転車も夫婦(二度目の奥さんジェーン)揃ってサイクリングにも凝ってる。「自分自身の設計によるタンデム式自転車をハンバー社に注文した」というから相当なもの。面白いのは自転車が、意外な事に女性の解放にも一役買ってること。

男女がいっしょに遠乗りをするようになると、当時ようやくすたれかかっていた若い女性に年配の女性が付き添うという慣習に、最後の一撃がくわえられることとなった。

 組織の中では巧く動けない人らしく、フェビアン協会での騒動が彼の性格を綺麗に象徴している。拍手喝采で迎えられるも、増長して過激な言動で古株を批判し、若手を束ねて反乱を起こすが潰され、失望して去っていく、というパターン。高邁な理想家ではあるものの、短気で性急な結果を求め、また政治的な妥協が出来ない。

 一応は社会主義者になるんだろうけど、現代から見ると政治的な姿勢は分類不能。高潔なエリートが統治すべき、というファシスト的な部分もあれば、言論の自由の庇護者でもあり、自由恋愛を支持するリベラルかと思えば一夫多妻を理想と考えてたりする。ナショナリズムを嫌い世界統一政府みたいな事を考え、国際連盟を提唱するが、実際に出来てみると生臭い内情に失望する。理想は高いけど短気なんだよなあ。教会、特にカトリックには強い反感を持っていたようで、「進歩をさえぎるあらゆる敵のなかでもっとも危険なものとして、カトリック教会をとくに指名した」。

 晩年のエピソードでは、オーソン・ウエルズのラジオドラマ「宇宙戦争」パニック(→Wikipedia)の話が面白い。本当だと思い込んだ人の数は100万人を越えただろう、とあり、ハドリーキャントリルが編成した心理学者のチームが人々の反応の例を集めたところ…

宗教心のあついひとびとは世界の週末がきたと考えたし、ユダヤ人はそれがナチ党の攻撃だと信じたし、一般家族たちも、最後の運命の日をともにむかえようと、狂ったようにおたがいに身をよせあったということである。

 これに対するH・G・ウエルズの反応は、自分の作家としての力量を誇るかと思いきや…

 自分の作品にひとびとを震えあがらせる力があるということが、こういう予期せざるかたちで実証されたことについて、ウエルズ自身は怒りを感じ、自分の名声に傷がついたといって脅しをかけた。

 「感情を揺さぶる作家」になりたいんじゃなくて、「魂を呼び覚ます教師」になりたかったんだろうか。作家ってのは、わかんないもんです。

 気分屋で引っ越し魔で理想家で女好き。癇癪もちでパーティ好きで即興的に楽しいゲームを生み出す愉快なホスト。手紙には気の利いたイラストを載せる隠れた漫画家でもあり、若者を夢中にさせるアジテーターでもある…組織を運営する能力はないけど。傍にいたら少しイラつくけど、少し離れて見てる分には刺激的で面白い人だろうなあ。彼が切り開いたSFの世界で、今は多くの後継者が育ってる事を知ったら、少しは満足してくれるだろうか。それとも、「なんだお前ら、21世紀にもなって未だ言論弾圧する国家が沢山あるじゃないか」と失望するんだろうか。

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2012年1月10日 (火)

佐藤賢一「象牙色の賢者」文藝春秋

 それじゃあ、あらためまして。私はアレクサンドル・デュマ。いえ、父親のほうのデュマ(デュマ・ペール)ではなくて、息子のほうのデュマ(デュマ・フィス)です。

【どんな本?】

 「傭兵ピエール」や「双頭の鷲」など、フランス史上の実在の人物をモデルとした小説を得意とする作家佐藤賢一による、「黒い悪魔」「褐色の文豪」に続くデュマ三部作の完結編。本書で主役を務めるのは、「椿姫」(→Wikipedia)で知られる小デュマ(→Wikipedia)。波乱万丈で激しい物語を得意とする佐藤賢一だが、この作品は静かに小デュマの人生を振り返り、心のひだを探ってゆく。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 初出は雑誌「文學界」2008年4月号~2009年11月号。単行本は2010年2月10日第一刷発行。単行本で縦一段組み、本文約328頁。9ポイント43字×20行×328頁=282,080字、400字詰め原稿用紙で約706枚。長編としては少し長め。彼の作品にしては動きが少なく内政的な話だが、語り口の工夫で文章そのものは読みやすくなっている。

【どんな話?】

 フランスの大衆に大人気の作家サレクサンドル・デュマ(デュマ・ペール)の子供として生まれたデュマ・フィス。作風同様に豪放磊落な父に溺愛され、若い頃は社交界で放蕩三昧の生活を送る。そんな中で出会った一人の女性、マリー・デュプレシが、彼の人生を大きく変えてゆく…

【感想は?】

 予めお断りしておくと、私はデュマ・フィスの作品は何も読んでない。椿姫さえ。デュマ・ペールも三銃士ぐらいで、モンテ・クリスト伯は子供の頃に抄訳を読んだ程度。まあ、その程度の知識しかない者の評だ、とご了承いただきたい。

 この作品の対象読者は、ある程度の歳になった男性だろう。父親を「越えるべき壁」と感じてがむしゃらに突っ走る時期を過ぎ、気がつけば自分も父親になり、親を一人の人間として客観的に見れる歳になった人こそ、最も楽しんで読める作品だろう。ええ、鼻毛を抜いたら白かった、なんて衝撃を味わい、それに慣れた人こそ、この作品が楽しめるってモンです。いや私の体験談じゃないよ、ないったら。

 物語はデュマ・フィスの一人称で、人生を振り返る、という形で進む。といっても独白という感じではなく、軽く飲みながらの気楽なインタビューに答える、といった雰囲気。お茶というよりはくだけた感じだが、飲みすぎて呂律が怪しくもならず、あくまでも静かに、かつ理性的な語りが続く。

 彼の語りで中心を占めるのは、当然ながら彼自身の人生だが、その中でも大きな比重を占めるのが、父親であるデュマ・ペール。この記事の冒頭の引用は、この小説の出だしでもある。出だしから、デュマ・フィスが父を強く意識している事がよくわかる。

 そりゃまあ当然の話で、今でもデュマと言えば「三銃士」や「モンテ・クリスト伯」が出てくるように、大衆には圧倒的な人気と知名度を誇るベストセラー作家だ。ただでさえ男には父親の背は大きいのに、同じ作家と言う職業を選べば、そりゃ否応なしに強く意識する羽目になる。

 という事で、幼い頃から晩年まで、デュマ・フィスが自分の人生を語る形を取りつつ、その時々の彼の目から見た父親の姿が、次第に変転していくのが、この小説の読みどころ。

 小説家を主人公にしているだけあって、書く者の気持ちを吐露しているのも楽しいところ。若い倅に小説家としての修行法を相談されたデュマ・ペールの返事の手紙が、彼の浮かれた気持ちをよく表している。自分が好きなものについて人から相談されたら、誰だって嬉しい。それが自分の息子となればなおさら。「父さん、張り切っちゃうぞー」な気分が漲ってて、実に微笑ましい。

 「椿姫」の執筆に情景も、これまた作家ならでは、という臨場感がある。「とにかく書かねば」という激情と、「どう書くか」という計算のバランス。完成させてみたら、思った以上に計算どおりに行ってしまったというか、「そんなトコまで計算してなかった筈なんだが」的な意外感というか。巧くいってる時って、そういうモンだよなあ。

 この「椿姫」の売れ行きの話も、なかなかの読みどころ。最近の日本の出版会の状況だと、スタート・ダッシュが命みたいな雰囲気があるけど、「椿姫」はかなりのスロー・スターターだった模様。なんであれ、こういうスロー・スターターの物って、滅多にハズレがないんだよね。ガンパレとか←をい

 作家としての愚痴も「佐藤氏の本音じゃないか」と思わせる所があって、下世話な興味が湧いてくる。「死んじまったら代表作の数作ぐらいしか残らない、椿姫なんて24歳の時の作品だぜ、その後の作家生活って何なんだよ」とか。まあ確かに「ジャガーになった男」や「傭兵ピエール」には痺れたけどさあ。

 読む前には三部作の完結編なんて知らず、「佐藤賢一にハズレなし」という経験則で読んだ本だったが、こりゃ前作・前々作も読まないとイカンなあ。というのも、アチコチに「黒い悪魔」なんて言葉が出てくるんだよね。商売上手だなあ。

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2012年1月 8日 (日)

中村武久・中須賀常雄「マングローブ入門 海に生える緑の森」めこん

 マングローブ林は熱帯や亜熱帯の沿岸地域に、根元が海水に浸かって繁っている森林である。その姿や生態は、われわれが普段見ている陸の森林とはかなり違っている。

【どんな本?】

 熱帯の海岸の風景としてお馴染みになったマングローブ。普通の木や草は塩水を嫌うが、なぜか海水に浸かる地域に根を張り繁殖する不思議な樹木だ。マングローブの研究者が、マングローブの生態や種類、そしてマングローブが現在おかれている状況と、その保護と育成に必要な事柄を語る。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 1998年4月16日初版第一刷発行。発行は「株式会社めこん」だが、企画は「財団法人オイスカ」となっている。NGOオイスカの広報用書籍と見ていいだろう。ハードカバー縦一段組みで本文約220頁、9ポイント45字×19行×220頁=188,100字、400字詰め原稿用紙で約471枚。写真や図版も多数掲載しているので、正味の文字量は2~3割少ない。小説なら標準的な長編の分量。

 研究者の書いた本だが、文章は意外と親しみやすかった。

【構成は?】

はじめに
第一章 マングローブ入門
第二章 マングローブと人間のかかわり
第三章 地球環境とマングローブ
第四章 未来へ残そうマングローブ
第五章 世界のマングローブ植物
おわりに

 第五章はマングローブ植物の図鑑。枝や花・果実のイラストが載っている。のはいいが、贅沢を言えば樹木の全体像も入れて欲しかった。

【感想は?】

 マングローブそのものの生物学的な側面は控えめで、「人間とのかかわり」が多くを占める。構成でわかるように、植物学・生物学的なのは第一章と第五章で、第二章・第三章・第四章はマングローブの利用・環境との関係・マングローブの育成・保護の実態と注意点に充てられている。

 しかも、「なぜ海水中でも育つのか」「なぜ根が地上に出ているのか」などの疑問には、「よくわからない」と書いている。正直で誠実ではあるが、ちと残念。それでも、種によっては塩分を濾過しているのは事実らしく…

ほぼ塩分3%の海水で育っているオオバヒルギの導管から吸収水を引き出して、塩分計で計ったところ1%以下であった。またその胎生種子をすりつぶして内部の塩分を計ったところ、そこは1.4%から1.8%と、淡水よりはるかに濃度が高かった。

 海岸近辺に育つ植物だが、別に塩分が必須というわけでもなく、著者は実際に温室で「8種のマングローブ植物を栽培している」。オヒルギは花をつけ実もなるようになったとか。
 この実が独特で、胎生種子という奇妙なシロモノになる。

花は種子が出来る前に、直接根のもとになる担根体というものをつくり、母樹についたまま若木にまで成長させてしまう。まるで卵を生んで子孫を増やす魚類や鳥類などと、おなかの中で育て、出産する哺乳類の違いのようである。

 根も独特で、うねうねと地表を広く這うだけでなく、所々垂直ににょっきり筍や膝のような呼吸根が生える。だもんで、樹の周囲は無数のナイフが突き刺さっているように見える。こりゃ観察も大変だろうなあ。変なのは見た目だけでなく、光合成までしている、というから驚き。

 そのマングローブの利用、タイでは炭が多くて、「南部や半島部で使用される炭のほとんどはマングローブ炭」。「かたくて重く、火力が強く長持ちするので今日でも重宝がられている」。また、防災林としての意味もあり、「バングラデシュはサイクロンの常襲地で(略)1991年のサイクロンの被害は甚大で(略)マングローブ(ヒルギダマシ)のある地域はない所に比べて人命や家屋の被害が少ない」。

 だけでなく、豊かな生態系としての役割も大きい。

各生態系の1haあたりの年間平均生産量は、熱帯雨林で20トン、日本の森林である温帯常緑林で13トン、農耕地で6.5トン、湿原で25トン、一方、海洋では外洋が1.3トン、大陸棚で3.6トン、海藻群落・サンゴ礁で20トン、河口で18トン、マングローブ域で25トンと、マングローブ域の生産力は湿地と並んで高くなっている(吉良竜夫調べ、1976年)。

 ちなみに「生産力」とは「学問的に言うと、単位時間につくられる、水分を抜いた乾物量のことである」。バイオマスの事かな?河口とか湿地とか、海と陸の境目が豊かなのね。四大文明が大河のほとりで生まれたのも、このためかしらん。
 環境に関心が高まったのはいいが、意外と観光もマングローブ林に負荷をかけるようで、西表島では…

観光客の増加により、高速・大型で馬力の強いボートが、大きな波を蹴立てて何度も疾走するようになってきた。そのため、土砂の堆積で出来た河岸は容易に侵食され、その上に育成していたオヒルギやヤエヤマヒルギは、根元を洗われて倒れたり枯れたりしている。

 こういうフィーバー的な環境保護熱に著者は批判的な模様で、「植林よりその後の手入れが大変なんだよ」とか「所構わず植林せず、地元の人にちゃんと話を聞こうよ」などと苦言を呈している。

 進化的には海岸で進化したのではなく、内陸から次第に海に進出したのではないか、などの考察も交え、謎が解けるどころか、読めば読むほどますます謎が増えてしまう本であった。

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2012年1月 6日 (金)

司馬遼太郎「俄 -浪華遊侠伝- 上・下」講談社文庫

「太融寺の坊主がぬかしたわい。智恵より大事なのは覚悟や、と。覚悟さえすわれば、智恵は小智恵でもええ、浅智恵でもええ、あとはなんとかなるやろ」

【どんな本?】

 今や国民的作家とまで言われる司馬遼太郎の異色作。時代は激動の幕末、場所は商人が仕切る天下の台所大阪。主人公は、なんと侠客、明石屋万吉。度胸と愛嬌と根性で名を成し、幾多の修羅場を潜り抜け、財を成しては失う浮沈の激しい人生を駆け抜けた、爽快な男の物語。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 下巻巻末の年譜によると、初出は1965年5月15日~1966年4月15日報知新聞連載、1966年7月講談社より出版。私が読んだのは講談社文庫の新装版、2007年6月15日第一刷発行、2010年9月15日の9刷。出せば売れる本だなあ。文庫本縦一段組で上巻約528頁+下巻約487頁=1015頁。9ポイント38字×16行×(528頁+487頁)=617,120字、400字詰め原稿用紙で約1543枚。普通の長編3冊分ぐらいの分量。

 分量こそ多いものの、そこは天下の司馬遼太郎、読みやすさは抜群。彼独特のリズミカルな文章も相まって、とにかくスラスラ読める。他の作品では漢語が多かったりするのだが、この作品はあまり学のない人が主人公のためか、難しい言葉もほとんど出てこない。敢えて言うなら大阪が舞台なため会話がコテコテの大阪弁というぐらいだが、大抵の日本人は日ごろから漫才などで慣れてるから問題ないだろう。

【どんな話?】

 豪商茨城屋の小僧、万吉、歳は11。殴られても泣かない可愛げのない奴。正月そうそう、父親が家出したため、万吉は親兄弟を養う羽目になる。まっとうな生き方じゃじゃとても養えんと考えた万吉、庄屋に掛け合い無宿人となる。

「いままでは悪事を働いたことはございませんが、これからは泥棒もするかもしれませぬ」

 家族に迷惑がかからぬよう、縁を切ってくれ、というのだ。だからといって何か思案があるわけでなし、とりあえず稼ぎの道を探して歩きお初天神に行けば、子供ばくちが客を集めている。胴元の銭に目をつけた万吉、(この銭、とってやる)と決意を固め…

【感想は?】

 司馬遼太郎は「~主義」だの「~思想」だのと小難しい扱いがされるが、この作品はそんな難しいもんじゃない。少年マガジンあたりで漫画化して連載すればヒットまちがいなしの娯楽作だ。そういう意味では、司馬作品では異色作と言えるだろう。「竜馬が行く」や「坂の上の雲」より、阿佐田哲也の「麻雀放浪記」や大藪春彦の「汚れた英雄」あたりと並べたほうが座りがいい。

 司馬作品が小難しく扱われる理由の一つは、当時の社会情勢を詳しく書き込んでいて、それが作品の大きな魅力となり、時としてその魅力が主人公すら食ってしまうからだろう。SF者も司ファンが多いのだが、おそらくはジャック・ヴァンスと同様、「今とは異なった社会」の魅力に溢れているためだ。

 この作品でも、幕末の大阪については充分に書き込まれている。商人の町大阪だけに、当時の経済情勢も垣間見え、それはそれでなかなかに魅力的だ。が、この作品では、それ以上に主人公の明石屋万吉が大暴れする。

 己を浅知恵と割り切り、生きるには命を捨ててかかるしかないと覚悟を決め、敢えて危険に飛び込みハッタリとアドリブで切り抜ける。その人物像はヤンキー漫画の登場人物に近いが、べつに「トップを取ろう」という野望に燃えているわけじゃない。「自分みたいな奴が生きるには度胸しかない」と、生き方を定めているだけだ。つまりはハードボイルドなんだな。

「おれは体を粗末にして命を大事にしているのや」

 などと、遊侠物だけあって、啖呵がいちいちカッコいい。ところがカッコよく啖呵と決めても、それだけじゃ終わらないのが大阪。婆さんから子分まで、突っ込みがキツいキツい。それなりの名を上げ稼ぎも増え、一声かければ数百人が集まる身の上となり、お上から召し上げの話があっても、住み込みで世話を焼く婆さんに落とされる。

「えらい世の中になったものや。つくづく長生きはしとうない」
「お前はんは、ばくち打ちやないか。つまり人の屑やないか」
「そのお前はんを、市民の上に立つ侍にさせてやろうというご時勢が情けない」

 舞台装置がわからないと面白みが巧く伝わらないけど、こんな感じの爆笑場面がアチコチに仕掛けられてるのも、この作品の魅力。この後も新撰組に捉えられ、蔵の中で裸踊りをする場面があったりする。なんでそうなるのか判らないと思うけど、万吉以外にその理屈がわかる人はいないと思う。

 もちろん、魅力はギャグだけじゃない。序盤で万吉が名を挙げるきっかけとなる、米会所の殴り込みからして、爽快さは抜群。幕府が相場に介入して米の値段を吊り上げたので、貧民は飢え、大阪の商人が悲鳴をあげて万吉に頼み込んでくる。引き受けた万吉、どうするかというと…

 ケリをつけた彼を大阪庶民が迎えるシーンは、そのまんま物語のエンディングにしてもいいぐらいの盛り上がり。「カメラがロングで引いていき、群衆の大きさが次第に見えてくる」なんて風に動画が見えてきそうな華やかさ。

 他の司馬作品だと、主人公は何かしら目的や野望、または「自分の役目」を心得てるものだが、万吉はそんなもの持ってないのも異色。己を極道者・世間の屑と定め、体を粗末にする事で生きながらえてきた万吉、それでも女房をもらい娘のたまきが産まれると…

「人に出来んことがあるのや。つまり世間のお人よりも命を粗末にできる、という能や」
「子供のころから、粗末にしてきた。万吉は命の粗末屋やという評判が立っていろいろと依頼がころがりこんできた。その能ひとつでいまめしを食うとる」
「このたまきの顔を見ていたら、その能がついつい鈍るがな」

 嫁さんも苦労します。「つくづく、けったいな稼業の人のところへ嫁てしもた」などと愚痴ってる。

 時は幕末から維新にかけて、幕府と大名の関係、蛤御門の変や鳥羽伏見の戦い異人との軋轢や維新後の選挙の様子などを絡め、司馬作品には珍しく「治められる側」から見た世相も読みどころ。なにせ主人公が極道なんで、隙間から覗き見する感じではあるけど、それはそれで「他の本も読んでみたい」という気にさせる。

 司馬遼太郎の常で時折作者が読者に語りかける部分も、他の作品は「教養がにじみ出る」風なのに、この作品では講談調で弁士が素で語ってるような気分になってしまう。難しいことを考えず、娯楽作品として楽しもう。

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2012年1月 4日 (水)

デイヴィッド・ハルバースタム「ザ・コールデスト・ウィンター 朝鮮戦争 下」文藝春秋 山田耕介・山田侑平訳

老兵は死なず。ただ消え行くのみ。

【どんな本?】

 「ザ・コールデスト・ウィンター 朝鮮戦争 下」から続く。

 上巻は開戦前夜から北朝鮮軍の快進撃、釜山で国連軍が持ちこたえて仁川での大逆転、そして無謀な北進へと続く。下巻は中国軍の集結・参戦と国連軍の壊走で始まり、リッジウェイ登場で反撃開始、マッカーサーとトルーマンの対決を経て、朝鮮戦争後の米国政界の動きと、ベトナムへの道を軽くおさらいして終わる。

【感想は?】

 下巻の前半は、中国の人民解放軍が無敵の強さを発揮する。姿を見せずに移動し、いつのまにか米軍を包囲し、突然大軍で攻撃してくる。武装こそせいぜい機関銃と迫撃砲と貧弱なものの、神出鬼没の機動力は怖い。ただしコレにはタネがあって。

かれらが多用したのは主力部隊を背後のよく準備された陣地に待機させてから、国府軍を正面攻撃すると見せかけ、おびえて退却する同軍部隊に情け容赦ないはげしい銃砲撃を浴びせることだった。

 要は待ち伏せ。見つからずに移動できたのは、主に夜間に移動したのに加え、「白いアノラックを着ていて、たまに米軍機が上空に飛んでくると、腹ばいになって動かない」から。他にも木を体にくくりつけて並木を偽装したり、賢さは相当なもの。

 大軍を潜ませる中国に対し、マッカーサーはひたすら北進を命じる。北に行くほど山岳地帯が多く幅も広がる朝鮮半島、各隊の間隔は広がり部隊は細切れになる。素人の私でも戦場地図を見ればマッカーサーの作戦の稚拙さがよくわかる。

 長津湖近辺の海兵隊は、連隊~中隊ごとに島のように人民解放軍の中に埋まっている。隊ごとの連携が効かず、歩兵は長距離砲の支援を得られず、砲兵部隊は歩兵の護衛を受けられない。道は山間の一本道で、補給もままらなない、どころか街道の両側じゃ人民解放軍が待ち伏せしてるって寸法で、敗走するにも工夫がいる。

道路は米軍部隊に身近な存在で、身近なものは安心感を与えてくれた。(略)何人かの兵士が隊を離れて道路に向かって行ったが、すぐさま中国軍の銃撃にあった。(略)楽そうに見える道路の誘惑に抗しながら尾根を進み、ついに生還することができた。

 道なき山間部を隠れて動かにゃならんわけです。精神的にも体力的にもこれはキツい。
 第二師団が敗走する中、知恵を見せたのが第23連隊のポール・フリーマン連隊長。

フリーマンは砲兵将校と一緒に過ごす時間が多かった。(略)それには十分な理由があった。他の通信形態が全部だめになっているときでも、砲兵隊には最高の通信手段が確保されていたからである。砲兵隊にはそれが不可欠だった。さもなければ味方の部隊を砲撃する危険がある。そのためかれらは独自の偵察機を持っており、戦場からの報告も的確だった。

 10日間で200km近く敗走したマッカーサーは、中国本土への空襲を要求しはじめる。たまりかねた米国政府はマッカーサーに変え、マシュー・リッジウェイを送り込む。中国軍の戦術を調べたリッジウェイ、根本的に戦術を変更する。空挺部隊出身らしく、「補給路を断たれてもその場に留まる」方針だ。

「戦車で水原に行ってくれ」とリッジウェイはいった。
「分かりました。向うへ行くのは簡単です。戻ってくるのはもっと難しいでしょう。相手[中国軍]はいつでも後ろから道を塞いでしまいますから」
「だれが戻ってくるなどと言った?向うで24時間持ちこたえれば、こちらから一個師団送る。その師団が24時間持ってくれれば、今度は軍団を送る」

 戦略的に土地(面)を支配しようとしたマッカーサーに対し、リッジウェイは戦術的に陣地を確保して、人民解放軍を殺す方針に切り替えたわけ。補給?空輸すればいい。対する人民解放軍の補給は、重大な弱点だった。

12月にかれの手元にあった補給用のトラックは300台ほどだった。(略)中国側の兵站支援の大半はトラックではなく、運搬人足によって行われた。(略)38度線に近づくにつれて、飢餓水準をわずかに上回る食料で満足しなければならなかった。

 結果、いくつかの欠点が明らかになる。

中国軍は二日間、あるいはせいぜい三日間は強烈に戦うことができた。しかし、弾薬、食料、医療支援、そして純然たる肉体的持久力の限界――それに巨大な米空軍力――のために、有効な条件や局面突破があっても有効に活用できず、挫折や敗北が増幅されることだった。

 戦闘開始から三日間持ちこたえれば勝てる、というわけ。他にも指揮系統が硬直してるため、行軍中に空襲を受けても行動を変えられず、バタバタと倒される、なんて場面もある。こういう対地攻撃では、一撃離脱のジェット機より、滞空時間のながいプロペラ機の方が効果的だったとか。

 マッカーサーの解任、リッジウェイの反撃の後、戦線は膠着状態にもつれ込む。中国は戦術を改良し、トンネル網を作って国連軍の砲撃と空襲をかわす。長距離砲も山の裏側の洞窟に隠し、撃つ時に引き出し、すぐに穴の中に隠れる。後にこのトンネル戦術はベトナムでより効果的に使われる…どころか、今でもガザで似た手法を使ってるねえ。

 国際情勢ではソ連に加え中国が大国としての一歩を歩み始めた事を世界に示し、毛沢東が狂王の片鱗を見せた戦争であり、戦略・戦術的には現在でもアフガニスタンなどで使われている「毛沢東の戦略」が明確な姿を現した朝鮮戦争。そういえばアフガニスタンは地形的にも山がちで朝鮮半島に似てるよなあ、でもタリバンの戦術は一撃離脱(または自爆)で朝鮮半島より洗練されてるよなあ、などと考えると、暗い気分にあるから止めよう。

 最後は現代の明るい側面を一つ。朝鮮で戦った将兵たち、米国では「忘れられた戦争」として冷遇されてきたけど、インターネットが彼らの役に立っているそうな。

 そこで彼らが共有したのはこの大きな絆だった。互いに語り合うことができて、そこにいたものならつねに理解してくれる絆だった。彼らは電話と手紙で連絡を保ち、晩年には魔法のようなインターネットを使うようになった。それは歳月の経過で行方が分からなくなっていた古い戦友を探し出す素晴らしい手段だった。

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2012年1月 3日 (火)

デイヴィッド・ハルバースタム「ザ・コールデスト・ウィンター 朝鮮戦争 上」文藝春秋 山田耕介・山田侑平訳

 この本の執筆中の2004年、わたしはたまたまフロリダ州キーウエストの図書館を訪ねたことがあった。書架にはベトナム戦争関係の書籍は88点あったのに朝鮮戦争のものはわずか4点しかなかった。これはアメリカ人の意識をそのまま反映したものだ。

【どんな本?】

 ベトナム戦争をテーマにした「ベスト・アンド・ブライテスト」で知られるジャーナリストの著者が、死の直前に完成させた話題の書テーマは、アメリカにとって「忘れられた戦争」である朝鮮戦争だ。二次大戦後の軍縮で劣悪な状態にあった米軍は、突然襲い掛かった共産軍に壊走し、釜山にまで追い詰められる。

 ソ連崩壊などで明らかになった共産側の資料も参照し、当時の国際情勢と米国世論・政界の様子などの背景や、膨大な従軍将兵へのインタビューを基にした前線の様子も含め、「忘れられた戦争」を活写する。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原題は The Coldest Winter : America and the Korean War, by David Halberstam, 2007.9。日本語版は2009年10月15日第一刷、私が読んだのは2009年11月10日の第二刷。ハードカバーで上下巻、縦一段組みで本文上巻約490頁+下巻約466頁。9ポイント45字×20行×(490頁+466頁)=860,400字、400字詰め原稿用紙で約2151枚の大著。長編小説なら4冊分ぐらい。

 翻訳物の軍記としては比較的に読みやすい方。特に上巻の冒頭に軍用地図の記号の解説と軍事用語集があって、素人読者を意識している由が伝わってくる。特に用語集では「師団」や「中隊」まで解説してて、指揮官の階級まで書いてあるのが嬉しい。贅沢を言うと下巻にも同じものをつけて欲しかった。

 上巻だと、中国が二つあるのがややこしいかも。「チャイナロビー」なんて言葉が出てくるが、これは米国政界で台湾/蒋介石に同情的な勢力を示すのであって、中華人民共和国/毛沢東ではない。まあ、普通に読んでればわかるけど。

【構成は?】

上巻
  軍事用語集/関連地図リスト/軍用地図の符号について
 プロローグ 歴史から見捨てられた戦争
 第一部 雲山の警告
 第二部 暗い日々 北朝鮮軍が南進
 第三部 ワシントン、参戦へ
 第四部 欧州優先か、アジア優先か
 第五部 詰めの一手になるか 北朝鮮軍、釜山へ
 第六部 マッカーサーが流れを変える 仁川上陸
 第七部 38度線の北へ
  上巻 ソースノート
下巻
 第七部 38度線の北へ
 第八部 中国の参戦
 第九部 中国軍との戦い方を知る 双子トンネル、原州(ウォンジュ)、砥平里(チョビンニ)
 第十部 マッカーサー対トルーマン
 第十一部 結末
 エピローグ なさなければならなかった仕事
  著者あとがき 55年目の来訪/謝辞
  解説1 歴史における人間の力を信じた男 ラッセル・ベイカー
  解説2 最後にして最高 訳者
  下巻 ソースノート/参考文献

【感想は?】

 朝鮮戦争物は既にトーランドの「勝利なき戦い」を読んでる(けど既にほとんど忘れてる)が、あれと比べると政治的な部分の描写が多い。その大半は米国政府に割かれているが、ソ連・中国・北朝鮮、そして台湾(蒋介石)の実情も暴かれているのが斬新。その分、軍事的な記述は素人向けにわかりやすい描写に収まっている反面、軍記マニアには物足りないかも。

 今のところ下巻の前1/3までしか読んでいないが、米軍以外の描写がほとんどないのも特徴。下巻でフランス外人部隊とトルコ軍が出てきてるが、韓国軍は単なるやられ役。まあ歴史を考えれば生まれたばかりの軍だし、しょうがないか。

 全般を通しダグラス・マッカーサーが悪役となっている。傲慢で無責任、周囲には追従者ばかりをはべらせて気に入らない情報はシャットアウト、人の話を聞かず態度は尊大、敵を侮り中国との全面戦争を望んでいた、と。現場の朝鮮半島に視察に出かけても日帰りばかりで一晩も泊まらなかった、というから酷い。

 当然米国ではバリバリの保守主義者なのだが、占領地日本の統治者としてはリベラルだったという皮肉な側面も明らかにしている。所詮は他国と考えナショナリズムから解放されると、冷静で的確な判断ができるって事だろうか。ところが、朝鮮半島に関しては何も判っていない、というか判ろうとしなかった、と著者は糾弾している。

 対する共産側の描写、肝心の金日成は冒頭で少し出てくるだけ。この戦争は金がスターリンに売り込み、スターリンは黙認し、毛に尻拭いを任せた、という構図だ。金の楽天家ぶりは相当なもので…

金はスターリンにひたすら売り込む。売り口上は単純明快、南を共産軍が強襲すれば勝利はいとも簡単というものだった。ナチの電撃作戦風の装甲車両攻撃で突けば、南の人民は決起して北の兵士を歓迎し、戦争は数日で事実上終わるであろう、と金は信じた。

 当時の北に航空戦力はないが、戦車は充分にあり、相手の米軍は戦車を持たない。緒戦じゃ快進撃したわけで、あながち間違いとも言い切れない…かな?
 今との大きな違いは中国(共和国)の存在感。今でこそ大国の貫禄充分だけど、当時は共産国家としては新興。「金は侵攻が始まったことを中国当局に通報さえしなかった」というから、影の薄さがわかろうというもの。

 などと舐められちゃいるが、中国にも参戦せにゃならん理由がある。東欧の各国は完全にソ連の衛星国になったが、中国は飲み込まれるつもりはない。ここらでガツンと一発存在感を示して、中国共産党の偉大さを示そう、という腹。いずれ北朝鮮が敗走すると読み、表向きは渋るポーズでソ連の航空援護を引き出そうとしつつ、着々と開戦準備を進める。

 ところがマッカーサーは完全に油断して不意を突かれる。情報は入っていた。OSS(CIAの前身)の情報将校は「至極簡単」な情報収集で北の意図が本格的な攻勢である由を掴んでいたが、GHQ参謀第二部部長のチャルズ・ウィロビー准将に握りつぶされる。

まずもっとも重要な事項は、境界線一帯の北朝鮮人家族の立ち退きないし追い立ててで、これは共産党当局が見られてほしくない準備が進行中であることを示す兆候である。第二は小さな橋の補強ないし拡幅。三番目は南北鉄道路線の再開を示唆する工事である。

 北の強襲で米軍は撤退に次ぐ撤退で釜山に押し込まれるが、戦線が縮小し補給も潤滑になったため、なんとか踏みとどまり、大博打の仁川上陸を成功させる。マッカーサーに辛らつな著者も仁川上陸だけは「数千人の米兵の命を救ったことは間違いない」と認めている。

 ところが、その仁川作戦、機密保持体制は出鱈目で、「マッカーサー版Dデーの直前、かれは戦争担当の在京記者を招集し、指令船『マウント・マッキンレー号に同乗する随行取材に招待した」。演習などの様子から毛も上陸作戦を予想して金に警告するが、スルーされる。

 上陸後の進行方針も海兵隊と陸軍で軋轢があったようで、海兵隊は敵の退路と補給路を断つ前線を敷く事を主張したが、陸軍のアーモンドはウケのいいソウル占領を優先する。この辺、同じ構図の「パリは燃えているか?」を連想した。

 戦闘面では今更ながら、前線に到着した歩兵部隊が最初にすべきは「両翼の友軍を見つけ出し、連絡の段取りをつける」事だ、などと素人に優しい記述もある。北の戦術は見事で…

 その夜、隊員らが丘の上に陣をしいたさい、朝鮮人の担ぎ屋数人が手伝った。(略)兵士を担ぎ屋に偽装させるのはいとも容易で、かれらはアメリカ軍陣地の正確な地図も持ってまた前線をすり抜けていく。

 仁川で鼻高々なマッカーサーを、その後の元山では「不名誉なことに、十月十日、元山に陸路一番乗りしたのは友軍の韓国第三師団と首都師団の部隊だった」などと皮肉りつつ、下巻へと続く。 

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