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2012年1月15日 (日)

ノーマン&ジーン・マッケンジー「時の旅人 H・G・ウェエズの生涯」早川書房 松村仙太郎訳

「彼とわたしの作品のあいだには、比較の可能性は存在しない。彼の短編は、厳密な科学的基盤に立脚したものではない。わたしは物理学を応用するが、彼は創作する」  ――ジュール・ヴェルヌ

【どんな本?】

 タイムマシン・宇宙人の襲撃・透明人間など今なおSFで頻繁に使われるアイデアを産み出し、ジュール・ヴェルヌと並ぶSFの始祖とされるハーバート・ジョージ・ウエルズ。階級社会のイギリスで貧しい商人の家に生まれ、科学の世紀の曙に話題作を連発して時代の寵児となり、攻撃的とすら言える活発な論争と奔放な私生活でイギリスに旋風を巻き起こす。波乱と栄光とスキャンダルに満ちたH・G・ウエルズの人生を、手紙など豊富な資料で掘り起こす。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Time Traveller ; The Life of H.G.Wells, Norman & Jeanne MacKenzie, 1973。日本語版は1978年9月30日初版発行、1984年にハヤカワ文庫NFから上下巻で文庫版が出てる(ソースは翻訳作品集成(Japanese Translation List)ハヤカワ文庫(Hayakawa bunko)NFより)…が、絶版みたいだ。

 ハードカバー縦二段組で本文約609頁、厚さ45mmを越える凶器。8ポイント26字×21行×2段×609頁=665,028字、400字詰め原稿用紙で約1,663枚。そこらの長編3冊分の大ボリューム。文章も当時の翻訳物らしく、正確ではあるんだろうがイマイチ硬い。また、有名無名あわせ多くの人が登場するので充分な注意が必要。心身ともに相応の覚悟を決めて挑もう。

【構成は?】

 謝辞
Ⅰ かわいいバーティ
Ⅱ 文士
Ⅲ 予言者と政治家
Ⅳ 情熱と回転歩
Ⅴ 運命にあやつられる人々
Ⅵ 暗くなる森
 原註/訳者あとがき/書誌

 基本的に素直に誕生から時系列順に話が進む。

【感想は?】

 フェリクス・J・パルマの「時の地図」の中で軽く彼の人生に触れてたけど、全く印象が違った。偉大ではあるが、同時にかなり困った人でもある。お盛んな私生活や癇癪持ちで友人を困らせるエピソードを、容赦なく暴露してる。普通は評伝なんだから多少は手加減しそうなもんだが、この本は実に手厳しい。

 名声を得てからヘンリー・ジェイムズやジョージ・バーナード・ショーらとの付き合いができる。ジェイムズとは晩年に仲違いして、ジェイムズが没するまで仲直りできなかった。ジェイムズは「芸術そのものへの奉仕」を求めるのに対し、ウエルズは社会風刺やメッセージ性を主張する。傍から見りゃ「お互い芸風が違うんだから認め合えばいいじゃん」と思うんだが、特にウエルズが「俺だけが正しい、お前は間違ってる」と主張するから収まりようがない。

 これは「伝統を受け継ぎ洗練させる者」と「新しい世界を切り開く者」との姿勢の違いで、どっちが優れてるとかの問題じゃないんだが、ウエルズの文言があまりに攻撃的で冷静になれなかったんだろうなあ。

 感情的なやりとりはショーも同様で、こっちだと「キーキー騒ぐウエルズ」と「まあまあと宥めるショー」という関係になってる。両者の手紙が豊富に収録されていて、頭に血が上ってるウエルズと、なんとか落ち着かせようとするショーの対比が鮮やか。最もこの対立、最後は政治的な見解が軸になったようで、スターリンの言論弾圧が許せないウエルズと、スターリンへの幻想を捨てられないショーという構図になる。

 そういう癇癪持ちな部分は、晩年になると「ありゃ病気だからしょうがない」と周囲も諦め順応したようで、「ひとびとは大部分、すでにずっと以前から、彼の癇癪を当然のことのように考えるようになっていた」。生暖かい目で見守るって奴ですか。

 「ありゃビョーキ」なのは女性関係もそうで、次々と若い女性と関係を持ってる。うらやま…いやけしからん。それが元で世間に叩かれたりもしたけど、「俺は性欲が強いんじゃい、ソレが創作の原動力になるんじゃ」と晩年は開き直ってる。困った爺さんだ。知的で自立心旺盛な女性が好み、というあたり、単に性欲の対象ってわけでもないようで。

 だからといってポイ捨てってわけでもなく、例えば最初の奥さんイザベルが再婚した時はショックを受けてる。独占欲が強いのか、愛情が豊かなのか。両方なんだろうなあ。

 新しもの好きで自転車も夫婦(二度目の奥さんジェーン)揃ってサイクリングにも凝ってる。「自分自身の設計によるタンデム式自転車をハンバー社に注文した」というから相当なもの。面白いのは自転車が、意外な事に女性の解放にも一役買ってること。

男女がいっしょに遠乗りをするようになると、当時ようやくすたれかかっていた若い女性に年配の女性が付き添うという慣習に、最後の一撃がくわえられることとなった。

 組織の中では巧く動けない人らしく、フェビアン協会での騒動が彼の性格を綺麗に象徴している。拍手喝采で迎えられるも、増長して過激な言動で古株を批判し、若手を束ねて反乱を起こすが潰され、失望して去っていく、というパターン。高邁な理想家ではあるものの、短気で性急な結果を求め、また政治的な妥協が出来ない。

 一応は社会主義者になるんだろうけど、現代から見ると政治的な姿勢は分類不能。高潔なエリートが統治すべき、というファシスト的な部分もあれば、言論の自由の庇護者でもあり、自由恋愛を支持するリベラルかと思えば一夫多妻を理想と考えてたりする。ナショナリズムを嫌い世界統一政府みたいな事を考え、国際連盟を提唱するが、実際に出来てみると生臭い内情に失望する。理想は高いけど短気なんだよなあ。教会、特にカトリックには強い反感を持っていたようで、「進歩をさえぎるあらゆる敵のなかでもっとも危険なものとして、カトリック教会をとくに指名した」。

 晩年のエピソードでは、オーソン・ウエルズのラジオドラマ「宇宙戦争」パニック(→Wikipedia)の話が面白い。本当だと思い込んだ人の数は100万人を越えただろう、とあり、ハドリーキャントリルが編成した心理学者のチームが人々の反応の例を集めたところ…

宗教心のあついひとびとは世界の週末がきたと考えたし、ユダヤ人はそれがナチ党の攻撃だと信じたし、一般家族たちも、最後の運命の日をともにむかえようと、狂ったようにおたがいに身をよせあったということである。

 これに対するH・G・ウエルズの反応は、自分の作家としての力量を誇るかと思いきや…

 自分の作品にひとびとを震えあがらせる力があるということが、こういう予期せざるかたちで実証されたことについて、ウエルズ自身は怒りを感じ、自分の名声に傷がついたといって脅しをかけた。

 「感情を揺さぶる作家」になりたいんじゃなくて、「魂を呼び覚ます教師」になりたかったんだろうか。作家ってのは、わかんないもんです。

 気分屋で引っ越し魔で理想家で女好き。癇癪もちでパーティ好きで即興的に楽しいゲームを生み出す愉快なホスト。手紙には気の利いたイラストを載せる隠れた漫画家でもあり、若者を夢中にさせるアジテーターでもある…組織を運営する能力はないけど。傍にいたら少しイラつくけど、少し離れて見てる分には刺激的で面白い人だろうなあ。彼が切り開いたSFの世界で、今は多くの後継者が育ってる事を知ったら、少しは満足してくれるだろうか。それとも、「なんだお前ら、21世紀にもなって未だ言論弾圧する国家が沢山あるじゃないか」と失望するんだろうか。

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