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2011年12月 7日 (水)

ヒュー・マイルズ「アルジャジーラ 報道の戦争」光文社 河野純治訳

「一つの意見があれば、また別の意見もある」

【どんな本?】

 911以降のアフガニスタン戦争やイラク侵攻など中東関係の話題がニュース番組を席巻する中、命知らずの取材でスクープを連発し、また欧米のメディアとは異なる視点で突如世界の注目を集めたアラブ系の放送局、アルジャジーラ。彼らはどのように成立し、どんな姿勢で事業に臨み、何を目論んでいるのか。

 ある者はシオニストの手先と呼び、またある者はアルカイダと繋がっていると糾弾する。報道の世界に激震を起こしたアルジャジーラの正体を探るとともに、彼らを取り巻く中東、特に湾岸諸国の情勢を報告する。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 副題は「すべてを敵に回したテレビ局の果てしなき戦い」。原書は Al-Jazeera: The Inside Story of The Arab News Channel That Is Challenging The West, Hugh Miles、2005。日本語版は2005年8月30日初版1刷発行。

 ハードカバー縦一段組みで本文約437頁+訳者あとがき4頁。9.5ポイント45字×20行×437頁=393,300字、400字詰め原稿用紙で約984枚。長編小説2巻分ぐらい、かな。翻訳書ながら文章は読みやすい部類。内容の面白さに引っ張られた部分がある事は認める。

【構成は?】

イントロダクション 砂漠の小さな放送局
第1章 電波の種、中東に蒔かれる
第2章 アラブ世界への衝撃
第3章 反イスラエル闘争の真実
第4章 9.11はメディア戦争だ
第5章 アフガニスタンとタリバン
第6章 アルジャジーラかCNNか
第7章 「現場にいなけりゃ仕事にならん」
第8章 イラク戦争、特派員の殉職
第9章 テロリストに電波を利用させるな!
第10章 アラブ人と言論の自由
第11章 英語放送は未来を開く

 基本的に素直な時系列順。つまりアルジャジーラ設立の背景から成長、そして将来の展望という流れ。

【感想は?】

 基本的にアルジャジーラを持ち上げまくる本だ。こういう姿勢が明確な本は論調の歯切れがよくサクサク読めるものだが、それを割り引いても抜群に面白い。肝心のアルジャジーラの行動とそれに対する反応はもちろん、彼らを取り巻く湾岸諸国やアラブ世界の状況がとてもよく伝わってくる。アラブ世界に興味がある人には格好の副読本だろう。

 そのアルジャジーラ、この本が出た時点の主な番組はニュースと政治系の討論番組だ。よって、この本の内容も著者の政治的な姿勢が出ている。本書から察する限り、反ネオコン・反ブッシュjrなのは明らかで、マイケル・ムーアやノーム・チョムスキーに近いかもしれない。

 こういう政治的な内容は、著者の姿勢に共感できない人にとって大抵は不愉快なものになる。本書ではパレスチナ問題が重要な要素の一つになっていて、著者はイスラエルに批判的な姿勢を示している。この点、私はイスラエル擁護派なのだが、それでもこの本は楽しく読めたし、新たな視点を示してくれた。

 面白さの一つは、アルジャジーラという放送局の暴れん坊っぷり。

 看板番組のひとつ「反対意見」は討論番組。「そう反する意見をもった二人のゲストに、いまいちばん問題になっていることについて議論させる」番組で、司会のアル・カシムが「火に油をそそぐ」。「ゲスト同士が怒声と罵詈雑言の浴びせあいを始め、ついには二人とも席をけって帰ってしまう」事態が珍しくない。朝生なんて可愛いもんです。「放送時間帯にはアラブ諸国の街角からは人影が消え」って、「君の名は」かい。

 「イスラエル人を出演させる唯一のアラブ系放送局」でもある。それまで他の放送局は「イスラエル人の意見を伝えるにしても、アナウンサーが読み上げるだけ」だった。レバノン内戦の報道ではパレスチナ難民が虐殺される映像を流すが、予告編では…

PLOと敵対していたレバノン側のゲリラたちがアラファト議長のポスターを掲げているシーンがあって、議長の顔の前には靴がぶら下がっていたのである。

 「顔の前に靴を突きつける」のはアラブじゃ酷い侮辱だそうで、その前にもパレスチナ自治政府の腐敗を糾弾するニュースを度々流していた事もあり、ファタハは激怒。武装警備隊員がパレスチナのラマラ支局に踏み込み、支局は閉鎖となる。その後、アラファトとの会談で支局は再開となる。

 他にもタリバンのオマル師やアルカイダのビン・ラディンから届いたテープを放送したり、アフガニスタンでは唯一タリバン支配のカブールから独占映像をもたらしたり、イラク侵攻中に危険を恐れずバグダッドに踏みとどまって空爆を実況したり。特に迫力なのが、9.11の主犯へのインタビュー。冒険小説や漫画みたいな展開が待っている。

 そんなアルジャジーラは、全てを敵に回す。イスラエルからはインティファーダを煽ると睨まれ、ファタハや過激派からはシオニストと罵られ、アメリカからは「テロリストと繋がりがある」と見なされる。まあ、アルカイダやタリバンにコネがあるのは事実なんだが、マスコミだから当然だよなあ。ちなみにタリバン支配地域では「タリバンの広報担当者がついていた」そうで、北朝鮮で取材するみたいな雰囲気なんだろうし、視聴者もその辺を了解の上で見てるんだけどね。

 ってな感じで、本書のもう一つの面白さは、そんなアルジャジーラを巡る周囲の動き。対照的なのがアメリカとイギリス。イギリスはトニー・ブレア首相自らがアルジャジーラにインタビュー出演を打診し、実現させている。好評とは言えなかったようだが。対してアメリカのブッシュ政権はあの手この手で圧力をかけてくる。

 …といった西欧各国ばかりでなく、湾岸やアラブ各国の動きも抜群に面白い。最も典型的なのがサウジアラビア。あの辺一帯の広告事業はサウジ資本が牛耳っており、アルジャジーラに広告を出したら「未来永劫、サウジの市場から締め出す」と脅しをかけている。これでアルジャジーラの収益は大きく悪化した。

 広告について面白いのが、パレスチナの状況。

ビルゼイド大学メディア研究所の所長ナビル・ハティーブによれば、アルジャジーラのおもな視聴者はパレスチナ人であり、彼らのおよそ78パーセントがアルジャジーラを情報源としていた。だがCMで宣伝する商品を購入できる状況にあるパレスチナ人は、ほとんどいなかった。

 そんなアルジャジーラの存在を許しているカタールの政策も独特。湾岸の小国であり、常にサウジアラビアを意識しなければならない。そんな中、英国に留学経験を持つ現首長のハマドは「解放」政策を率先し、その一環としてアルジャジーラを設立する。どこでもマスコミって地元勢力には手ぬるいが、他国の政策は厳しく報道するもの。なまじ小国である分、アラブ諸国の大半に対し「公平」な視点で報道できるわけ。

 アルジャジーラが半官半民みたいな立場なんで、カラール政府にも圧力がかかる。これに対しカタール政府は「八方美人外交」で凌ぐ。ハマスの指導者を迎え入れる一方で、大規模な米軍基地基地建設も許可する。アラブ各国の駐カタール大使曰く「アルジャジーラに抗議を申し入れることばかりだったから、カタール駐在大使というよりは、アルジャジーラ駐在大使のようなものだった」。

 他にもイラクでバスラ蜂起のデマをすっぱ抜く話、ニューヨーク証券取引所からアルジャジーラ記者が叩き出される話、フセイン敗北に対するアラブ人の複雑な感情など、読みどころは一杯。

 後半のハイライトはイラク暫定統治機構の出鱈目っぷり。ニュース放送局IMNを設立するが、イラク人記者は暫定統治機構を批判しはじめる。ドサクサに紛れて「未来少年コナン」を放送しているのが楽しい。スタッフの大量辞任などで窮地に陥った当局は民間に委託するが、それを請け負ったのが、なんと軍需企業SAIC。

 …など、面白い所を挙げていったらキリがない。生真面目な人は怒りまくりだろうから、多少肩の力を抜いてロシアのジョークを楽しむ感覚で読もう。そういう態度で読めば、腹筋が鍛えられるのは確実。中東情勢に興味がある人には、文句なしにお勧めの一冊。

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