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2011年12月 2日 (金)

ニール・ゲイマン「アメリカン・ゴッズ 上・下」角川書店 金原端人/野沢佳織訳

 昔から不思議だったのだが、移住者が祖国を離れて新大陸へやってきたとき、故国で彼らとともにいた超自然的な存在はどうなったのだろう?アイルランド系アメリカ人は様々な妖精を、ノルウェー系アメリカ人はニッセを、ギリシア系アメリカ人はヴリコラカスを記憶しているが、それらが登場する話はいずれも故国を舞台としている。こうした超自然的な存在を、なぜアメリカではみかけないのだろう?  ――リチャード・ドーソン「アメリカ民俗学のための一学説」『アメリカ民俗学と歴史家』(シカゴ大学出版局、1971年)所集

【どんな本?】

 イギリス出身のファンタジー作家ニール・ゲイマンによる、現代アメリカを舞台とした長編ファンタジー小説。移民の国アメリカに、世界各地の移民とともに海を渡った古き神々や妖精・怪物などと、現代アメリカの技術文明が生んだ新しき神々の争いと、それに巻き込まれ翻弄される人々の姿を描く。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は American Gods by Neil Gaiman, 2001。日本語版は2009年2月28日初版発行。ソフトカバー縦一段組みで本文は上巻約418頁+下巻427頁=845頁に加え、訳者金原端人による2頁の解説と、「本書に登場する神・妖精など」19頁が」つく。9.5ポイント43字×18行×(418頁+427頁)=654,030字、400字詰め原稿用紙で約1636枚。長編小説2~3文分の分量。

 分量こそ多いものの、翻訳物のわりに文章はこなれていて読みやすい上に、お話の面白さも手伝って、読み始めたら一気に読み通せる。また、下巻巻末の参考文献一覧は神話や伝説の化け物が好きな人にはちょっとした参考になる。

【どんな話?】

 暴行で服役していた大柄な32歳の男シャドウは、おとなしく模範囚を演じて出所を目前に控えていた。暇なときは愛する妻のローラを思い、またはコインマジックを練習していた。出所を3日後に控えた日、突然所長に呼び出され、二つの用件を聞かされる。一つは出所が早まり今日の午後になること、二つ目は妻のローラが交通事故で死んだこと。

 感情が麻痺しながらも淡々と妻が住んでいたイーグルポイントへ向かうシャドウは、白いスーツの奇妙な男に付きまとわれる。「きみに仕事を用意したよ、シャドウ」

【感想は?】

 自分じゃファンタジーを苦手だと思ってたけど、これは楽しく読めた。世界中の神話や伝説に出てくる神々や妖精・怪物が現代アメリカに勢ぞろいする話で、化け物好きな人はニヤリとする場面が多々ある。

 登場するのは、ギリシア神話はもちろん、北欧神話・エジプト神話・スラヴ神話・インドのラーマーヤナなどの神々を始め、アイルランド・スコットランド・ウェールズに残るケルト系の妖精や怪物,ネイティブ・インディアンが崇めた動物神,中東の悪鬼など多種多彩。これだけ色々出てくるだけでも諸星大二郎的な面白さがある。

 日本じゃギリシア神話は馴染み深いし、最近は北欧神話をモチーフにしたアニメや漫画も多いので、この二つは良く知られている。ユニコーンやドワーフなどもファンタジーじゃ人気者。ところがスラヴ神話はちと馴染みが薄く、これが新鮮な魅力がある。ヴェチェールニャヤ・ウートレンニャヤ・パルノーツニャヤのゾリャー三姉妹とかは、「北欧神話のウルド・ヴェルザンディ・スクルドの三姉妹と関係があるのかしらん」などと余計な事を考え出すと妄想が止まらない。

 古代から伝わる神話や伝説は、往々にして生贄とか殺し殺されの殺伐とした物語だ。またギリシア神話のゼウスやパーンを代表として、好色な神も多い。この本に出てくる神々も、決して神々しい存在ではなく、力強くはあるが野卑で乱暴で身勝手な性格に描かれている。

 そんな神々が、現代のアメリカで何をやっているかというと、これが結構情けない。タクシーの運転手だったり、占い師だったり、葬儀屋を営んでたりと、地道かつ真面目に稼いでる者もいれば、詐欺師で荒稼するけしからん輩もいる。いずれにせよ共通しているのは、かつては崇められたのに、今は落ちぶれているって点。

 こういう「普通の人に神々が混じって生活している」って物語は、最近の日本のアニメじゃ「かみちゅ」「かんなぎ」「猫神やおよろず」などでお馴染みだけど、大抵は穏やかに人びとを見守る存在として描かれる。が、この本の神々は、ちと違う。時代にあわせ丸くなってる者もいるが、多くは原典の神話や伝説に描かれているように、身勝手で幼児的とも言える性格を失わず、かつ気位だけは高いからタチが悪い。

 そんな神々の姿と並行して、彼らを連れて来た人びとの物語も語られる。アイスランドからやってきたバイキング、コーンウォールの寒村に生まれた性悪娘、奴隷狩りでアフリカから連行された双子の兄妹、そしてユーラシアから渡ってきた狩猟民族。彼らの野卑で野蛮で悲惨で、でも生命力に溢れたダイナミックな生涯は、現代アメリカ社会を舞台とした物語の中で、強烈なスパイスとなっている。

 物語は、神々の争いに巻き込まれたシャドウが、アメリカ各地を点々とする形で進む。これがまたいかにも「聖地巡礼」を誘いそうなポイントを紹介してるのが憎い。カンザス州の寂れた「アメリカの中心」、<ロックシティ>、そして魅力的な田舎町レイクサイド。

 神々や妖精をモチーフとした物語だけに、伝奇的な挿話も魅力的。特にレイクサイドの住民ヒンツェルマンの語る、レイクサイドの冬の寒さをネタにした馬鹿話が面白い。厳寒の地で家族が冬を越す方法、湖で鹿の毛皮を手に入れる話、トランペットの練習をする話。

 挿話としてはもうひとつ、詐欺の手口を紹介してて、これまた面白い。とくに印象に残ったのが<ヴァイオリンのゲーム>。よく考えるよなあ。映画<ペーパームーン>もそうだったけど、アメリカって、たまに詐欺師をテーマにした物語が出てくるんだよね。

 などと埃臭いネタに対抗して出てくるのは、新しい神々。インターネットだったりテレビだったり。古い神々が次第に落ちぶれているのに対し、彼らは日々力を得て元気いっぱい。の筈なのに、全体を通すとどうにも印象が薄い。都会的で洗練された雰囲気に描かれている分、血を好む野卑な古い神々よりインパクトが弱いのは仕方がないか。

 出演者こそ幻想的であるものの、田舎のモーテルやグレイハウンド・バスの情景など現代アメリカの風景は生活感と臨場感たっぷりで、それがこの物語の吸引力を増している。本当に著者はイギリス在住なのかしらん…と思ったら、今はアメリカのミネアポリスに住んでた(→Wkipedia)。納得。

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